黒夜行

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僕と『彼女』の首なし死体(白石かおる)

志保の気持ちは一気に冷めた。志保は、確かにビーフシチューは好きだけれど、それはお母さんが作るビーフシチューのことだ。他の誰かが作ったビーフシチューになんか、それがどれだけ高級だろうと興味はない。志保は泣き出しそうな気分になったけれど、テーブルの上にぽつんと残された外箱を睨みながら我慢した。
 お母さんと向きあって食べたビーフシチューは、味がしなかった。お母さんのビーフシチューには入っていないお肉が、なんだか気持ち悪かった。それでも志保は、黙々とビーフシチューを口に運んだ。お母さんも、志保の様子がおかしいことには気づいていたことだろう。でもどうしてなのかは分からなかったはずだ。お母さんもただ黙ってビーフシチューを口に運んでいた。
 あの時、二人の関係は決定的に終わってしまったのだと思う。志保は悟った。長い時間を過ごしたからといって、お互いを理解し合えるというのは幻想なのだと。お母さんはこれほどまでに遠い存在なのだとようやく気づいた。部屋に戻った志保は、マルイさんを抱きしめて泣いた。自分の中から何かが永遠に失われてしまったように感じたけれど、きっとそれは初めから持っていなかったのだろうとも思った。どうしてこんなことになってしまうのか、志保にはさっぱり分からなかった。

「失踪シャベル 13-5」

内容に入ろうと思います。
本書は、横溝正史賞の優秀賞を受賞した新人のデビュー作です。とはいえ、元々ラノベを何作か出していた人らしく、そういう意味では作家デビュー作というわけではないようです。
物語の冒頭。主人公の白石かおるは、切断した首をコンビニのビニール袋に入れて渋谷までやってきた。辺りに注意を払いつつ、衆人環視の中、ハチ公前にその生首を置いて立ち去った。
僕は四菱商事という総合商社に務める一介のサラリーマンだ。覇気があるわけでもなく、特別やる気があるわけでもない、どこにでもいるようなサラリーマン、のはずだ。少なくとも、自分の気持ちとしては。
ただ白石は、仕事上でいくつか注目を浴びることになる。本人としては大したことをしたつもりはないのだけど、周囲や上層部で賛否両論を巻き起こすようなことをさらっとやってのけてしまうのだ。
そんな白石の部屋の業務用冷蔵庫の中には、『彼女』の首なし死体が収まっている。理由があって『彼女』の首を切り落とした白石は、その動向を伺っている。
やがて不穏なことがいくつか起こる。冷蔵庫の中の死体から指が切り取られる、謎の男からの電話、そして襲撃…。そしてさらに、都心は大災害に見舞われるのだ…。
というような話です。
恐らくこの作品は、評価が真っ二つに割れる作品でしょう。選評を読んでいても、積極的に支持をしたのは北村薫のみで(でもまあ、他の選考委員の顔ぶれを見ると、北村薫にのみ絶賛されるというのはそれはそれで嬉しいことなのではないかと思うけど)、他の選考委員はよくてほどほどの評価、人によっては嫌悪感を抱くとまで言っている人もいました。
さて僕の評価はどうか。僕は結構面白い作品だと思いました。
本書の最も特異な点は、主人公である白石かおるの行動原理でしょう。考え方というか哲学というか、そういうものが一般常識からかなり隔たっているんですね。僕もある程度一般常識から外れた行動原理を持っていると思うけど、その僕なんか比較にならないぐらい奇妙なんです。
あまり知識のない状態でこういうことを言うのはよくないかもしれないけど、この白石かおるの行動原理は、自閉症の人のそれと近いような気がしました(一応書いておくけど、僕は別に特に自閉症に対してマイナスのイメージを持っているわけではありません)。相手の言葉を言葉通りに受け取ったり、嘘をつくのが嫌いだったり、一貫性のない行動を嫌ったりという感じが、なんとなく自閉症の人の行動原理に似ている気がするんですね。
自閉症の人がどうこうとか書いた後でこういうことを書くのもどうかと思うけど、この白石かおるの行動原理が実に面白いんですね。僕も結構普通の人とは変わった行動原理を持っているつもりなんで、共感出来るような部分も結構ありました。
この行動原理が変わっているというのは、殺人とかそういうことに関わる部分だけじゃないんですね。本書では、なんだかいろんな場面で特異な状況というのが現れるんだけど、そのどの場面であっても、白石かおるの行動原理というのはかなり異質です。ただ、論理的に考えれば、恐らくそれがベストではないか、という行動を取るんですね。どうしてその行動が奇妙に見えるかといえば、そういう特異な状況下において、それだけ冷静に論理的に正しい行動というのは取れるものではないからです。
この、白石かおるが何を考えて行動しているのか分からない、というのが、作品全体をミステリアスにしているわけなんです。正直冒頭で、首をハチ公前に置いたのが主人公だっていうのはわかっちゃうわけなんです。じゃあそこからどんな風にストーリーが展開して行くのか、という興味で読むわけなんですけど、それをさらに増幅させてくれるのが白石かおるの存在なんですね。普通の人とは違った行動原理を持っている主人公が、一体何だってハチ公前に首を置くようなことをしたのか、そしてどういう方向に事態を展開させようとしているのか。そういう部分がミステリアスで、かなり面白いと思います。
ただ一般的には、白石かおるのようなキャラクターは受け入れられにくいでしょうね。特に、年齢が高くなればなるほどそういう傾向が強くなるのではないかと思います。たぶん、白石かおるが何故そうしたのか、何故そう考えるのか、何故そんな風に言うのか、ということすべてがまるで理解できず、何なんだろうこの小説は、ということになるでしょう。逆に、若い世代であれば、こういうキャラクターは結構あっさり受け入れられるんじゃないかな、と思います。これぐらいのキャラクターは、若い世代の中ではそれほど違和感はないだろうと思います。たぶんこの作品は、年齢高めの世代にはきっと受け入れられないだろうと思います。
ストーリーとしてはミステリはミステリなんだけど、でもミステリ的な展開が特別なかったとしても面白い作品だっただろうと思います。白石かおるという特異なキャラクターにストーリー全体が引っ張られる(というか引きずりこまれる もちろん白石かおる自身は自分がそんなキャラクターだなんてまるで思わないだろうけど)という感じで、この白石かおるというキャラクターを物語の中心に据えたことがとにかくこの作品の肝であり、成功の要因だっただろうと思います。
それ以外にも魅力的なキャラクターはたくさん出てきます。大学時代からの友人である野田、秘書室長である冴草、主人公がよく行くコンビニの店員などなど、なかなか一癖も二癖もあるキャラクターばっかりで、こういうところはかつてラノベを書いていた時に培ったのではないかと思わせてくれました。何にせよ、キャラクターを描くというのは実に難しいし、それが出来れば小説なんて半分ぐらい成功しているようなものだと僕なんかは思っているんで。
横溝正史賞というなかなか固めのミステリ新人賞をとっているにも関わらず、表紙がラノベっぽい絵というのは、僕は本を売る戦略として間違っているのではないかなと思いますけど(この表紙はこの表紙でいいんだけど、この表紙と相まって、著者略歴に昔ラノベを出していたという風に書いてあると、それだけで手に取らない人がいると思う。ちなみに、表紙の装画は夢花李っていう人なんですけど、この人佐原ミズっていう漫画家みたいです)、内容はかなり面白い作品ではないかなと思います。正直、年齢高めの人にはあんまりオススメできない作品ですけど、ある程度の年齢までであれば充分楽しめる作品ではないかなと思います。一風変わったミステリなんで、ミステリとして読むのではなく、特にジャンルの先入観なんかはないままで読む方がいいかもしれません。読んでみてください。

追記)amazonのレビューを見ても、やっぱり賛否両論という感じですね。まあ気持ちは分かりますけど。
あと全然関係ないんですけど、選評で馳星周が、『残りの二作については、わたしは語る言葉を持たない』とばっさりやっているのがなかなか面白いと思いました。まあ新人賞の選評をやっている作家が、本当に本読みとして目利きなのか、という話は別として…。ってそれじゃあ東野圭吾の短編みたいですけど(笑)

白石かおる「僕と『彼女』の首なし死体」




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2013年の個人的ベストです。

小説

1位 宮部みゆき「ソロモンの偽証
2位 雛倉さりえ「ジェリー・フィッシュ
3位 山下卓「ノーサイドじゃ終わらない
4位 野崎まど「know
5位 笹本稜平「遺産
6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
7位 須賀しのぶ「北の舞姫 永遠の曠野 <芙蓉千里>シリーズ」
8位 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日
9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
16位 藤谷治「世界でいちばん美しい
17位 神林長平「言壺
18位 中脇初枝「わたしを見つけて
19位 奥泉光「黄色い水着の謎
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新書

1位 森博嗣「「やりがいのある仕事」という幻想
2位 青木薫「宇宙はなぜこのような宇宙なのか 人間原理と宇宙論」 3位 梅原大吾「勝ち続ける意志力
4位 平田オリザ「わかりあえないことから
5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
6位 小阪裕司「「心の時代」にモノを売る方法
7位 渡邉十絲子「今を生きるための現代詩
8位 更科功「化石の分子生物学
9位 坂口恭平「モバイルハウス 三万円で家をつくる
10位 山崎亮「コミュニティデザインの時代


小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
10位 エイドリアン・べジャン+J・ペタ―・ゼイン「流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則
11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
7位 ジュディ・ダットン「理系の子
8位 笹原瑠似子「おもかげ復元師
9位 古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち
10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
11位 石井光太「遺体
12位 佐野眞一「あんぽん 孫正義伝
13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
19位 二村ヒトシ「すべてはモテるためである
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2011年ベスト

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小説
1位 千早茜「からまる
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3位 高野和明「ジェノサイド
4位 三浦しをん「舟を編む
5位 百田尚樹「錨を上げよ
6位 今村夏子「こちらあみ子
7位 辻村深月「オーダーメイド殺人クラブ
8位 笹本稜平「天空への回廊
9位 地下沢中也「預言者ピッピ1巻預言者ピッピ2巻」(コミック)
10位 原田マハ「キネマの神様
11位 有川浩「県庁おもてなし課
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13位 宮下奈都「太陽のパスタ 豆のスープ
14位 辻村深月「水底フェスタ
15位 山田深夜「ロンツーは終わらない
16位 小川洋子「人質の朗読会
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新書
1位 「「科学的思考」のレッスン
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6位 「もうダマされないための「科学」講義
7位 「自分探しと楽しさについて
8位 「ゲーテの警告
9位 「メディア・バイアス
10位 「量子力学の哲学

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1位 「死のテレビ実験
2位 「ピンポンさん
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9位 「孤独と不安のレッスン
10位 「月3万円ビジネス
番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)