黒夜行

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理性の限界 不可能性・不確定性・不完全性(高橋昌一郎)

しかも、さりげなく全体を盛り上げるのにも長けている。志保はただ普通にしているつもりなのだけれど、どんな会話であっても、その会話を次に繋げる返しや相槌をすることが出来る。他の女子が受けきれないボールが飛んできても、志保はそのボールを打ち返すことが出来る。会話に入れていない人がいればさりげなく話を振り、下ネタが行き過ぎないようにブレーキを掛ける。特別なことをしている自覚はないのだけれど、志保はそうやって全体の会話をリードしサポートすることが出来るのだ。
 志保も、全体でわいわい話している時は、合コンを楽しむことが出来る。知らない世界を知ることが出来るし、話す機会のあまりないタイプの人とも話すことが出来る。しぐさや事前に取り決めた合図から友人が誰を気に入っているのかを知って、うまくくっつけてあげられるように会話をコントロールしたりするのも楽しいし、お酒のなくなった人に注文を振ったり、料理を全員で取り分けられるように配慮したりと、誰かにいろいろ構ってあげるのも元々好きだ。志保にとって合コンというのは、知らない人と話す場であり、自分の力で全体をスムーズに進行させたいと思う場なのだ

「失踪シャベル 11-2」

内容に入ろうと思います。
本書は、『理性』というキーワードで、政治・経済・数学・物理・哲学・宗教などありとあらゆる分野について書かれた作品です。メインで描かれるのが、「アロウの不可能性定理」「ハイゼンベルグの不確定性定理」「ゲーデルの不完全性定理」の三つで、それが副題の三つの言葉にそれぞれ対応しています。
本書は、『論理学者』『科学主義者』『数理経済学者』『会社員』『学生A』と言ったような様々な人々が集う『理性』をテーマにした架空のシンポジウムで、いろんな人が議論のやりとりをしている、という形式で描かれる作品です。専門的な話が会話調で書かれていて読みやすいし、『会社員』や『学生A』と言った素人が素朴な疑問を出してくれるし、しかも『司会者』の議論の采配が見事なので、難しい話を読んでいるはずなのに、すいすい読めてしまう作品でした。
本書は本当にありとあらゆる分野にまたがって議論が展開されるので(ゲーム理論・量子論・科学史・民主主義などとにかく本当に話題が多岐に渡る)、内容を紹介し尽くすというのはちょっと難しいので、先に挙げた本書のメインとなる三つの話についてざっと書いてみようと思います。
「アロウの不可能性定理」というのは、『完全に民主的な社会的決定方式は存在しない』ということを証明した理論なんだそうです。二人以上の故人が三つ以上の有限個の選択肢に選好順序をもつ場合のすべての社会的決定方式について当てはまるようです。
要するにこれは、どんな投票のやり方をしたとしてもおかしな点が出てくるよ、ということなんです。それぞれ一票ずつ投票するとか、過半数に達しなかったら上位二名で決選投票とか、1位には5点、2位には4点という感じで重みをつけて投票するとか、まあいろんな投票のやり方がありますけど、そのどれを取っても不完全であって、投票した人間の思惑とは違う結果が出てきてしまう可能性がある、ということがすでに証明されているようなんです。この「アロウの不可能性定理」の話は初めて知りましたけど、びっくりしました。この「アロウの不可能性定理」は非常に難解だそうで、自力で証明できる経済学者もほとんどいないそうなんですけど、それを本書は、なんとなく分かったような気分にさせてくれます。
二つ目の「ハイゼンベルグの不確定性定理」は、僕は物理の本を結構読んだことがあるんで割と知っている話です。これは、『位置と速度を両方共正確に測定することは出来ない』というような感じです。まあ位置と速度に限らず、対応する関係にある物理的な情報についてはこれが当てはまるようなんですけど、説明しやすいのは位置と速度についてですね。
ちょっと不正確な部分のある説明をすると、例えば電子の位置を測定したいとしましょう。測定には光を当ててその反射光を観測するしかないんだけど、光というのは波であると同時に光子と呼ばれる粒でもあるんですね。だから、電子に光を当てるというのは、二つのビリヤードのボールが衝突するようなものです。すると、光を当てることによって、電子の位置に影響を与えてしまいますよね?だからこそ、位置を正確に測定できない、ということなんです(まあホントは光の波長がどうとか、みたいなことを言わないといけないんだけど省略)。これも、現代物理学で最も成功したと言っていい量子論から得られた知見であって、僕の拙い知識ではその驚きを表現出来ないんだけど、物理学にとんでもない衝撃を与えたものでした。
さて最後は、「ゲーデルの不完全性定理」です。これもいろんな本を読んで元々知っていた話ではありますが、ナイトとネイブのいる島、という喩えがもの凄く分かりやすくて、ゲーデルの不完全性定理を厳密に理解したいということであれば他の本の方がいいのかもしれませんが、大体のイメージを知りたいということであれば本書に優る本はないのではないかな、と思いました。ゲーデルの不完全性定理も基本的にものすごく難しいですけど、本書はなんとなく分かったような気分にさせてくれるんですね。
ゲーデルの不完全性定理は、『あるシステムの中に、真であるのにそのシステム内では証明出来ない命題が存在する』というような感じですね。本書ではそれを司法システムと犯罪者で形容しているんですけど、ゲーデルが成し遂げたことは、『真犯人だと分かっていながら、いかなる司法システムSでも立証出来ない犯罪Gを生み出したようなイメージ』だそうです。司法システムは当然その犯罪Gに対処する新たな法を組み込んで新しい司法システムにバージョンアップするでしょうが、それでもその新システムの内部に、その新システムでは立証出来ない新たな犯罪を構成出来る、ということを示したわけなんですね。
これは、数学の世界には、真であるのに証明不可能な命題が存在する、ということです。実際、本書には書かれていませんが、ヒルベルトの23の問題の中の一つが、確か証明不可能だということが証明されたような気がします。これも、僕の拙い知識ではその驚きを伝えるのは難しいですけど、数学や哲学の世界に大きな波紋を投げかけた理論でした。
この三つの話を主軸として、さらにあらゆる方面に話が進んでいきます。凄いなと思うのは、この三つの話はそれぞれ一つずつでも1冊の本が書けるほどの内容なのに、その難しい三つの話をなんとなく分かったような気にさせつつ、さらに非常な広範囲に渡ったあらゆる話題が展開されているという点です。著者の博識っぷりにも驚きますけど、何よりも分かりやすく人に伝えるという技術が抜きん出て素晴らしいなと思います。
さて時間の許す限り、気になった話をいろいろと書いていこうと思います。
詳しくは書きませんが、第一章の「アロウの不可能性定理」に関わる部分で実際にあった選挙の話がたくさん出てきます。ブッシュとゴアが争った時は、結果的にはブッシュが勝ったけど、得票数で言えばゴアの法が33万票も上回ってたとか、フランスの選挙(上位二名による決選投票あり)で、最有力と言われた候補の内一人が決選投票に進めなかったりと、実際の選挙制度で起きたいろんな問題が面白いと思いました。
また投票のやり方には、どの投票のやり方を選ぶかによって当選者のタイプが決まってしまうんだそうです。「単記投票方式」や「上位二者決選投票形式」は強いリーダーシップを持つ者が当選し、「順位評点方式」は様々な分野の専門家集団で代表者を選出するような場合に、「勝ち抜き決選投票方式」は企業の商品開発などで使われるなど、どの投票方式を採用するかによって様々な違いが出てくるんだそうです。知りませんでした。
囚人のジレンマをゲーム化したものをコンピュータプログラムに戦わせた際、結局勝つのは「TFT」あるいは「しっぺ返し戦略」と呼ばれる、相手のやり方をそのまま返すような戦略だというのは面白いなと思いました。
ハイゼンベルグの不確定性定理のアナロジーとして面白い表現があったので書いてみます。不確定性定理というのは、位置と速度を同時に正確には測れない、というやつです。
『いつか友人と一緒にバードウォッチングに行った時に、似たような経験をしました。バードウォッチングの醍醐味は、まったく自然のままの鳥の姿を見て、その鳴き声を楽しむことにあります。遠くから双眼鏡を使えば、いきいきとした鳥の姿を観察することはできますが、あまり鳴き声が聞こえません。ところが、鳴き声が聞こえるまで鳥に近づこうとすると、今度は鳥が人の気配を察して逃げてしまうのです。つまり、自然なままの「鳥の姿」と「鳴き声」を同時に味わうのは非常に難しいわけでして…』
電子を一つずつ発射する二重スリット実験については知っていましたけど、本書にはもっと驚くべき二重スリット実験について書かれています。それは、世界各地で同じ時刻に同じ実験を行い、それぞれのフィルムに電子を一個だけ発射するというものです。その後このフィルムを集めて重ね合わせると干渉パターンが現れたんだそうです!
本書では、科学とはなんなのか?という議論が出てくるんだけど、議論の帰結の一つとして、「科学は物語なんだ」という話が出てくるのが面白いと思いました。なるほど、確かに本書の議論を読んでいると、科学にも合理的な根拠があるわけでもないのだな、と思えてきます。まあ僕はそれでも、科学を『信じて』いますけどね。
さて、ちょっと今日は起きるのが遅かったのでいろいろ駆け足になってしまいましたけど、とにかく素晴らしい本でした!もう一度言います。とにかく素晴らしい本でした!もう何にしても面白すぎます。タイトルだけみて難しいそうだなと思った方は、是非ちらっと中を見てください。いろんな人が会話をしている形式なんでホント読みやすいんです。しかも、本書の登場人物である『会社員』や『学生A』と言った素人にも分かりやすく議論が展開されるんで、とんでもなく難しいはずの話が、なんとなく分かったような気になれます。いやー、これは素晴らしいですね。POPを作って頑張って売ろうと思います!是非読んでみてください。特に「ゲーデルの不完全性定理」については、本書より分かりやすいイメージを伝えてくれる本はなかなかないのではないかなと思いますよ!

高橋昌一郎「理性の限界 不可能性・不確定性・不完全性」



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2013年ベスト

2013年の個人的ベストです。

小説

1位 宮部みゆき「ソロモンの偽証
2位 雛倉さりえ「ジェリー・フィッシュ
3位 山下卓「ノーサイドじゃ終わらない
4位 野崎まど「know
5位 笹本稜平「遺産
6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
7位 須賀しのぶ「北の舞姫 永遠の曠野 <芙蓉千里>シリーズ」
8位 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日
9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
16位 藤谷治「世界でいちばん美しい
17位 神林長平「言壺
18位 中脇初枝「わたしを見つけて
19位 奥泉光「黄色い水着の謎
20位 福澤徹三「東京難民


新書

1位 森博嗣「「やりがいのある仕事」という幻想
2位 青木薫「宇宙はなぜこのような宇宙なのか 人間原理と宇宙論」 3位 梅原大吾「勝ち続ける意志力
4位 平田オリザ「わかりあえないことから
5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
6位 小阪裕司「「心の時代」にモノを売る方法
7位 渡邉十絲子「今を生きるための現代詩
8位 更科功「化石の分子生物学
9位 坂口恭平「モバイルハウス 三万円で家をつくる
10位 山崎亮「コミュニティデザインの時代


小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
10位 エイドリアン・べジャン+J・ペタ―・ゼイン「流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則
11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
7位 ジュディ・ダットン「理系の子
8位 笹原瑠似子「おもかげ復元師
9位 古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち
10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
11位 石井光太「遺体
12位 佐野眞一「あんぽん 孫正義伝
13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
19位 二村ヒトシ「すべてはモテるためである
20位 平川克美「株式会社という病

2011年ベスト

2011年の個人的ベストです
小説
1位 千早茜「からまる
2位 朝井リョウ「星やどりの声
3位 高野和明「ジェノサイド
4位 三浦しをん「舟を編む
5位 百田尚樹「錨を上げよ
6位 今村夏子「こちらあみ子
7位 辻村深月「オーダーメイド殺人クラブ
8位 笹本稜平「天空への回廊
9位 地下沢中也「預言者ピッピ1巻預言者ピッピ2巻」(コミック)
10位 原田マハ「キネマの神様
11位 有川浩「県庁おもてなし課
12位 西加奈子「円卓
13位 宮下奈都「太陽のパスタ 豆のスープ
14位 辻村深月「水底フェスタ
15位 山田深夜「ロンツーは終わらない
16位 小川洋子「人質の朗読会
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18位 飛鳥井千砂「アシンメトリー
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新書
1位 「「科学的思考」のレッスン
2位 「武器としての決断思考
3位 「街場のメディア論
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5位 「明日のコミュニケーション
6位 「もうダマされないための「科学」講義
7位 「自分探しと楽しさについて
8位 「ゲーテの警告
9位 「メディア・バイアス
10位 「量子力学の哲学

小説以外
1位 「死のテレビ実験
2位 「ピンポンさん
3位 「数学ガール 乱択アルゴリズム
4位 「消された一家
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8位 「自閉症裁判
9位 「孤独と不安のレッスン
10位 「月3万円ビジネス
番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)