黒夜行

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天使と悪魔(ダン・ブラウン)



 敬叔父さんと話をしたからだろうか、二限の講義の間中、志保はお母さんとのこれまでの生活のことを思い返していた。頭の中では回想を繰り広げながら、一方できちんと板書を目で追ってノートを取っている。特殊能力と呼んでもいいんじゃないだろうか、と志保は思った。
 離婚をしてからしばらくの生活は、実に素晴らしいものだった。
 志保が高校に入学するまで、離婚の気配を感じさせないように、と両親は考えていたのだろうけれど、そううまくいくはずもなかった。表向き両親は仲良く振舞っていたけれど、志保が父親と喋らなくなってからは、少しずつではあるけれども関係が微妙になっているように感じられた。休みの日に両親が一緒に買い物に行くことはなくなったし、父親が出張に行っても、お土産を買ってくることは滅多になくなっていった。お母さんと二人きりの夕ご飯の時も、なんとなく気詰まりなものを感じていた。父親という存在が、たとえその場にいなくても、家族という形に暗い影を落としていたのは明白だった。

「失踪シャベル 8-1」

内容に入ろうと思います。
本書は、「ダ・ヴィンチ・コード」が世界的にヒットし、最近「ロスト・シンボル」の日本語訳が発売された著者の、アメリカでの刊行順で言えば「ダ・ヴィンチ・コード」より先、ラングドンシリーズの第一弾です。
アメリカの宗教象徴学を専門とする教授であるラングドンは、ある朝、セルンという物理学の研究所の署長であるコーラーから電話をもらう。至急来て欲しいと言われたが用件がわからず乗り気になれないラングドンは、送られてきたFAXを見て驚いた。それは死体が写った写真だが、そこには『イルミナティ』と読めるアンビグラム(180度回転させても同じように読める図表)の焼印が押されていた。イルミナティというのは、はるかむかしに消滅したと考えられている秘密結社である。
現地に飛んだラングドンはそこで、殺された科学者が反物質を製造したことを知る。反物質とは、普通の物質である正物質を構成する原子とは逆の電荷を帯びていること以外すべて同じ性質を持つ物質だ。反物質は正物質と接触すると対消滅という現象を起こし、核物質を遥かに凌ぐエネルギーを放出するのだ。
調べた結果、殺された科学者が作った反物質が盗み出されていることを知ったラングドンは、その後その反物質がヴァチカンにあることを知る。まさにその日ヴァチカンでは、コンクラーベ(新しい教皇を選出する儀式)が行われていた。新教皇の最有力候補と呼ばれていた4人の行方が分からなくなっており、その後ラングドンはらは、イルミナティの手先がその4人を殺そうとしていることを知る。
ラングドンは、ローマ市内の建造物に隠された古代の暗号を解き明かしながら、殺人が行われるはずの場所を推理するのだが…。
というような話です。
いやー!これはもうめちゃくちゃに面白い話でした!まさかこんなに面白い話だとは思わなかったんでびっくりしました。
「ダ・ヴィンチ・コード」も読んだんですけど、正直もいうほとんど内容については覚えていないんですけど、あんまり面白くなかったなということは覚えています。本作でも宗教がらみの話は出てきますけど、「ダ・ヴィンチ・コード」はその宗教の話がよくわからなくて難しいなぁと思った記憶があります。たぶん、キリスト教というものにかなり深く迫った作品だったんじゃないかと思います。
本書でも宗教の話はたくさん出てきますし、キリスト教がそもそものメインの舞台になるんですけど、宗教について興味も知識もない僕でも全然問題ない感じでした。本書では、キリスト教というものの本質に深く迫るという感じではなくて、宗教というのもの存在そのものを扱っているという感じです。しかもそれが、科学との対比で描かれる部分が結構あるので、科学が好きな僕としてはなかなか興味深く読みました。もちろん、一応科学的な記述もあるにはありますけど、理解できなくてもストーリー上まるで問題はないので、科学が苦手だという人でも充分楽しめると思います。
いやーしかし、本書で描かれていることのどこまでが正しいのか分かりませんが、少なくとも『本当かもしれない』と積極的に信じてもいいかな、と思えるぐらいのリアリティがありました。もちろんそれは、僕がキリスト教の人間でもなく、またローマやヴァチカンにも行ったことがないから、という可能性はゼロではないですけどね。
イルミナティに関わる記述にはかなりいろいろ創作があるんでしょうけど(イルミナティ・ダイヤモンドは素晴らしかった!)、冒頭で著者が書いているように、ローマにある建造物の詳細や位置関係なんかは本書で描かれている通りなんだろうと思います。だとすれば、もちろんストーリーの展開上、背景に関しては創作した部分はあるかもしれないけど、でも今でも、イルミナティが残した(のかどうかは知らないけど、本書ではそういう風に扱われている)『神の道』への手がかりは残されてるってことですよね。実際に誰の目にも触れることが出来るものを使って暗号ミステリーを書くというのは相当凄いな、と思います。日本の感覚で言えば、京都にある寺や神社に残された古来からあるものを使って暗号小説を書くようなものでしょう。実際そういう作品も日本にあったりするのかもしれないけど、なかなか出来ることじゃないと思います。しかもそれが、相当説得力がある(ように僕には思える。知識がないだけかもしれないけど)。すごいなと思いました。
そして暗号だけじゃなくて、ストーリーの展開もお見事です。すべてが完璧なタイミングで展開するので、後から考えれば、それちょっと都合良すぎるだろ!と突っ込みたくなるような部分もあるんだけど、でも小説として考えればこのリーダビリティは凄まじいなと思います。とにかく、息をつく暇もない。次から次へと新しい展開が襲ってきて、次はどうなるんだ!と思わずにはいられません。ラングドンはありとあらゆる危機的状況をかいくぐるんだけど、ちょっと超人的杉だろ!と突っ込みたくなるところももちろんあるけど、それにしてもよく出来てる。
畳み掛けるようにしてストーリーを展開させ、これでもかと事実と虚構を散りばめ、さらに最後の最後でびっくりするような真相を用意し、さらにそれが宗教と科学という全体のテーマと密接に関わっている。ハリウッド映画的なトップスピードの展開とアクションシーンなんかもありつつ、虚構を事実の中にうまく忍ばせて(そもそも反物質を本書で描かれているほど大量に製造し、しかも安全に保管するなんて不可能!)、圧倒的なリアリティを生み出すその力量は素晴らしいと思いました。
時間がちょっとないので駆け足でいきますけど、僕はとにかく特定の宗教は何も信じていません。本書を読んで、信仰を持つ人のひたむきさや熱心さみたいなものは理解出来たし、宗教を至上なものであると捉えることも悪くはないのかもしれない、と思ったりもするけど、それでもやっぱり僕は、どんなものであれ宗教を信じることはないだろうな、と思います。やっぱり科学の方がいいですね。
僕がとにかく思うのは、こういうことです。宗教を信じるのは一向に構わないと思います。それがどれだけ怪しげなものでも(一応書いておくけど、キリスト教が怪しげだと書いているんじゃないですよ)、その本人が心の底から信じているのならば、他人がとやかく言うべきではないと思います。
でも、それと同時に思うのは、自分が信じている宗教を他人に押しつけるのは絶対にダメだ、ということです。いくら自分が信じている宗教が素晴らしくて、それを信じない人間がいるなんて人生を損しているのだと心の底から強く強く信じているのだとしても、誰かを巻き込んではいけない、と思うんです。宗教は、多くの人々がそれを必要とすれば残るし、そうでなければ消える。ただそれだけの存在だと思うんです。もちろんそれは科学にしても同じだと思いますけど。多くの人が、テレビなんて見れなくてもいい、薬なんてなくてもいい、と考えれば、科学は消えるでしょう(それでも数学だけは残りそうな気はするけど)。宗教は(というか宗教を運営するものは)、それを肝に命じなくてはいけない、と僕は個人的に勝手に思います。本書を読んでて、実にいいなと思った宗教に関する二つの描写があるので、それを抜き出して終りにしようと思います。
まずある人が、聖職者に会うときは必ずこれを聞いている、と前置きして、神は全能かつ慈悲深いのに、どうしてこの世の中はこんなに苦痛に満ちているのか、と聞きます。それに対するとある聖職者とのやり取りがこれです。

「八歳の息子がいると想像してごらんなさい…息子さんを慈しみますか?」
「もちろんです」
「自分の持てる力をすべて傾けて、息子さんが人生で感じるであろう苦痛を防ぐ意志がありますか?」
「もちろんです」
「スケートボードに乗るのを許しますか?」
(中略)
「すると、あなたはその子の父親として、役立ちそうな大まかな助言を与えたあとは、子供の自由にさせてみずから失敗をさせるわけですね」
(後略)

なるほど、そういう発想をするのか、と思いました。
今度は、とある女性科学者(殺された科学者の娘)とラングドンの会話。科学者が宗教について語ります。

「それはちがう。信仰は普遍的なものよ。理解するための手段が異なるだけ。ある者はイエスに祈りを捧げ、ある者はメッカへ趣き、ある者は原子を構成する粒子を研究する。結局は誰もが真実を、自分より偉大な存在を探しているだけなのよ」
(中略)「で、神は?きみは神を信じるのかい?」
(中略)「神は間違いなく存在する、と科学は語っている。自分が神を理解することは永遠にない、とわたしの頭は語っている。理解できなくていい、と心は語っている」

最後のセリフがいいですね。
そんなわけで素晴らしい作品です。あと素晴らしいのがアンビグラムですね。巻末の謝辞を見ると、画家だという奥さんが作ったものなんでしょうね、きっと。凄いですよ。180度回転させてもまったく同じに読めるものが本作中6個も出てくる。しかもその中でも、イルミナティ・ダイヤモンドは素晴らしいですね。よくこんなもの作ったもんだと思います。とにかく、『ザ・エンタメ』として素晴らしい作品です。是非是非読んでみてください!

ダン・ブラウン「天使と悪魔」







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2013年の個人的ベストです。

小説

1位 宮部みゆき「ソロモンの偽証
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3位 山下卓「ノーサイドじゃ終わらない
4位 野崎まど「know
5位 笹本稜平「遺産
6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
7位 須賀しのぶ「北の舞姫 永遠の曠野 <芙蓉千里>シリーズ」
8位 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日
9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
16位 藤谷治「世界でいちばん美しい
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新書

1位 森博嗣「「やりがいのある仕事」という幻想
2位 青木薫「宇宙はなぜこのような宇宙なのか 人間原理と宇宙論」 3位 梅原大吾「勝ち続ける意志力
4位 平田オリザ「わかりあえないことから
5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
6位 小阪裕司「「心の時代」にモノを売る方法
7位 渡邉十絲子「今を生きるための現代詩
8位 更科功「化石の分子生物学
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10位 山崎亮「コミュニティデザインの時代


小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
10位 エイドリアン・べジャン+J・ペタ―・ゼイン「流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則
11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
7位 ジュディ・ダットン「理系の子
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9位 古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち
10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
11位 石井光太「遺体
12位 佐野眞一「あんぽん 孫正義伝
13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
19位 二村ヒトシ「すべてはモテるためである
20位 平川克美「株式会社という病

2011年ベスト

2011年の個人的ベストです
小説
1位 千早茜「からまる
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3位 高野和明「ジェノサイド
4位 三浦しをん「舟を編む
5位 百田尚樹「錨を上げよ
6位 今村夏子「こちらあみ子
7位 辻村深月「オーダーメイド殺人クラブ
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9位 地下沢中也「預言者ピッピ1巻預言者ピッピ2巻」(コミック)
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11位 有川浩「県庁おもてなし課
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13位 宮下奈都「太陽のパスタ 豆のスープ
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1位 「「科学的思考」のレッスン
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6位 「もうダマされないための「科学」講義
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小説以外
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10位 「月3万円ビジネス
番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)