黒夜行

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ベンハムの独楽(小島達矢)

「スナックのオーナーはどんな風に?」
「心当たりを当たってみるって。何か分かったらまた連絡が欲しいとも」
「どこかに行ったんだとして、志保ちゃんには心当たりとかはない?」
「分からないんです。スナックで働き始めてからのお母さんの知り合いとか一人も知らないし。すれ違いの生活だから、最近お母さんと顔を合わせることも少なくなってたし」
「そうか」
 敬叔父さんの声は、深刻な話をしているのだということを忘れさせてしまうかのようだった。いつもの世間話をしているように、志保の心は落ち着いていた。
 敬叔父さんの方を向き直ると、眉間に皺を寄せて難しい顔をしていた。何を言ったらいいのか考えているのだろうか。あるいはどう対処したらいいのかということを。
 通勤時間帯を過ぎているからだろう、道路は混雑していなかった。口調と同じく穏やかな運転に身を任せていると、そうか、ここは昨日自分で運転して通った道なんだ、と唐突に思いついた。昼と夜ではやはり印象がまるで違うのだということをはっきりと見せつけられた格好になった。
「お母さんが再婚しようとしていた、ということは知っているかい?」

「失踪シャベル 7-8」

内容に入ろうと思います。
本書は、新潮エンターテインメント大賞という、毎回作家が一人で選考委員を務めるという珍しい賞の最新受賞作です。本書を選んだ選考委員は荻原浩だそうです。
本書は、デビュー作では珍しい短編集です。ある短編でデビューして、それから短編を書きためて、短編集でデビューする、という形はよくありますけど、いきなり短編集を賞に応募してそれでデビューという形は、僕が記憶している限りないですね。たぶん結構珍しいケースだと思います。

「アニュージュアル・ジェミニ」
私は、子供の頃から何かおかしかった。さっきまでミルクを飲んでいたはずなのに、次の瞬間にはベッドに寝かされていたり、さっき食べたはずのエビフライが元通りになったりした。
やがて私はあることに気づく。私は双子として生まれたのだけど、どうやら二つの肉体に、精神は一つしか宿っていないらしいのだ。だから私は、二つの身体を行ったり来たりしておかしなことになっているのだ、と…。

「スモール・プレシェンス」
カウンセラーである兵藤に、昔からの友人である長谷川はある相談を持ちかける。それは、自分はどうも五分後の未来が見えてしまうようだ、というものだ。初めはまるきり信じなかった兵藤は、次第に長谷川の言うことを信じるようになっていくが…。

「チョコレートチップ・シースター」
傘を無くした美央は、友人の律子と一緒にその傘を探すことにする。傘なんて何でもいいじゃん、という律子に、美央はそれでも傘を探そうとする。美央は、かつて水族館で出会った一人の少年のことを思い出していた…。

「ストロベリー・ドリームズ」
わたしはようちえんのおともだちのみいちゃんがポッケにアメをかくしていることをしっています。いつもりょうてをポッケのなかにかくしているからです。おえかきのじかんも、手をポッケからだしません。それでときどきアメをくれます。
そんなみいちゃんがにゅういんすることになりました。わたしはおみまいにいくことにしたんだけど…。

「ザ・マリッジ・オブ・ピエレット」
鳩羽と久保は、コンビニの立てこもり強盗の現場にいた。犯人は銃を持っており、しかも人質をあっさりと殺しているらしい。すぐさま特殊部隊を突入させ、コンビニ立てこもり事件は解決したかに見えたのだが…。

「スペース・アクアリウム」
宇宙の果てまで行ける宇宙船を開発した博士。助手と共にその宇宙船に乗って宇宙の果てまで向かうことにしたのだが、窓の外が奇妙に揺らめいていたり、星がすべて消えてしまったりと謎めいたことが次々起こり…。

「ピーチ・フレーバー」
絵実は、司法試験に失敗して落ち込んでいる琢磨を元気づけようと丹精込めて料理を作るのだけど、最近どうも食べてくれない。聞くと、琢磨ははとんでもないことを言い出した。実は俺は、文字を食べて生きることが出来るようになったんだ…。

「コットン・キャンディー」
とあるきっかけで出会った同じ大学の三人。共通項などほとんどない三人は、それでも友情を育みながら、良き関係を続けていた。青春とは無縁だと思っていた主人公も、この二人と出会えたことが大学に入って得た最高のものだと思っているが…。

「クレイジー・タクシー」
東京から新潟までタクシーで向かう途中、男が相乗りを頼んできた。一緒に乗ることになったが、しかし次第におかしなことになっていく。その男は銃を持って私を脅しながら、運転手にあれこれと命令をし始めたのだ…。

というような話です。
さて、この作品はなかなか評価が難しいです。
まず、この作家がデビューしたことは正解だと思います。本書についてはこれからいろいろ書くけど、とにかく本書を読む限り、将来性を強く感じられます。それまでまったく本を読まなかったのだけど、大学時代に突然本を読み始め、ハマリにハマリ、卒業後就職するも二ヶ月で辞め、作家になるために執筆に専念したという、若干22歳というなかなか変わった人ですけど、22歳でしかも大学時代までまるで本を読んでいなかった人間がここまで書けるのであれば、伸び代(漢字はこれで合ってるかなぁ)は計り知れないものがあると思います。また後でも書くけど、「コットン・キャンディー」という作品が実に傑作だったので、その短編一つ取ってみても、今後の可能性をひしひしと感じます。
しかしですね、まだ作家として未熟な部分もやっぱり目につきます。
一番作品としてダメかなと思ったのは、「ザ・マリッジ・オブ・ピエレット」です。警察視点で犯罪者を描いているんだけど、このリアリティのなさは凄い。警察同士の会話の中で、コンビニに立てこもっている犯人のことを「容疑者」って呼んでるんだけど、そんなわけないと思うんですよね。そんなニュースキャスターじゃないんだから、もっと刑事らしい呼び方(ホシとも違うんだろうけど、なんでしょうね)があると思うんです。ここで描かれる刑事の人間としてのキャラクターは面白いと思いますけど、刑事としてのリアリティにはちょっと頷けないものがあります。
また全体的にミステリタッチの作品が多いんですけど、ただオチが早々に分かってしまうものも結構あります。僕は見ミステリとか読んでてもオチとかが全然分からない人間なんですけど、その僕でさえオチが分かる話がちらほらありました。
文章の技術的にもちょっとなぁと感じる部分はありました。表現力はあるんだけど、日本語力は作家のレベルに達していないというか、ちょっと惜しいんだよなぁというようなところが目につきました。
と悪いところをいろいろと書きましたけど、ただ僕にとって「コットン・キャンディー」があまりにも素晴らしい作品だと感じたので、こういう作品が書けるのであれば今後大成する可能性はあるなと思いました。
「コットン・キャンディー」は、はっきり言ってこれと言って明確なストーリーがあるわけではない話です。雰囲気としては、ミステリ的な仕掛けがない道尾秀介の青春小説(「ソロモンの犬」とか)っていう感じの雰囲気ですね。
しかしそれでも読ませるんです。キャラクターが実によく描けているし、細かなエピソードの積み重ねによってさらにキャラクターの輪郭を濃くするような感じで、うまいなと思いました。靴ひもを結ぶ話とか、三人が出会った時の出来事とか、そういう一つ一つがなんかいいなぁって感じさせるんですね。なんとなく、伊坂幸太郎の「砂漠」も思い起こさせるような作品ですね。西島みたいな突飛なキャラクターは出てこないけど、こっちでは松村っていう変な男が出てきたりして笑わせてくれます。
本書ではかなりいろんなタイプの作品を書いていますけど、この作家はミステリ的な仕掛けで読ませるとか、突飛なアイデアでストーリーを展開させて行くというのではなくて、文章の表現力とリアルなキャラクター作りで勝負出来る作家だと思うんで、「コットン・キャンディー」みたいな作品を書いて行けばかなりいい作品を書けるんじゃないかなと思ったりします。
本書は本書で良い作品だと思いますけど、正直次の作品に期待したいですね。まだ22歳だから、本書以上にさらに突飛な方向に行ってくれてもいいし、僕の望み通り「コットン・キャンディー」みたいな路線に進んでくれてもいいんだけど、とにかく次の作品に期待したいです。たぶんこの作家、かなり書ける作家だと思います。22歳らしい若い感性を持ちながら、それをしっかりと文章にする力を持っていると思うので、若い人によりアピールする作品を書けるような気がします。是非これからもバリバリ書いていって欲しいものだなと思います。
タイトルもいいなと思います。ベンハムの独楽っていうのは、白黒の独楽なんだけど回すといろんな色が見えてくる、という実際にある独楽らしくて、確かに本書はそんなベンハムの独楽のような雰囲気だなと思います。あと装丁がなかなか奇抜です。なんと帯が取れません!理由は手にとって見てみてください。表紙のイラストもかなりセンスがいいと思います。なんというか、タイトル・装丁共にセンスが光る作品だなと思います。
恐らく本書を読めば、この作家の可能性を感じることが出来るのではないかなと思います。本書は本書で読んでみて欲しいですけど、僕としてはとにかく次の作品を読みたいなという気持ちでいっぱいです。

小島達矢「ベンハムの独楽」



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2013年ベスト

2013年の個人的ベストです。

小説

1位 宮部みゆき「ソロモンの偽証
2位 雛倉さりえ「ジェリー・フィッシュ
3位 山下卓「ノーサイドじゃ終わらない
4位 野崎まど「know
5位 笹本稜平「遺産
6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
7位 須賀しのぶ「北の舞姫 永遠の曠野 <芙蓉千里>シリーズ」
8位 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日
9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
16位 藤谷治「世界でいちばん美しい
17位 神林長平「言壺
18位 中脇初枝「わたしを見つけて
19位 奥泉光「黄色い水着の謎
20位 福澤徹三「東京難民


新書

1位 森博嗣「「やりがいのある仕事」という幻想
2位 青木薫「宇宙はなぜこのような宇宙なのか 人間原理と宇宙論」 3位 梅原大吾「勝ち続ける意志力
4位 平田オリザ「わかりあえないことから
5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
6位 小阪裕司「「心の時代」にモノを売る方法
7位 渡邉十絲子「今を生きるための現代詩
8位 更科功「化石の分子生物学
9位 坂口恭平「モバイルハウス 三万円で家をつくる
10位 山崎亮「コミュニティデザインの時代


小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
10位 エイドリアン・べジャン+J・ペタ―・ゼイン「流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則
11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
7位 ジュディ・ダットン「理系の子
8位 笹原瑠似子「おもかげ復元師
9位 古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち
10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
11位 石井光太「遺体
12位 佐野眞一「あんぽん 孫正義伝
13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
19位 二村ヒトシ「すべてはモテるためである
20位 平川克美「株式会社という病

2011年ベスト

2011年の個人的ベストです
小説
1位 千早茜「からまる
2位 朝井リョウ「星やどりの声
3位 高野和明「ジェノサイド
4位 三浦しをん「舟を編む
5位 百田尚樹「錨を上げよ
6位 今村夏子「こちらあみ子
7位 辻村深月「オーダーメイド殺人クラブ
8位 笹本稜平「天空への回廊
9位 地下沢中也「預言者ピッピ1巻預言者ピッピ2巻」(コミック)
10位 原田マハ「キネマの神様
11位 有川浩「県庁おもてなし課
12位 西加奈子「円卓
13位 宮下奈都「太陽のパスタ 豆のスープ
14位 辻村深月「水底フェスタ
15位 山田深夜「ロンツーは終わらない
16位 小川洋子「人質の朗読会
17位 長澤樹「消失グラデーション
18位 飛鳥井千砂「アシンメトリー
19位 松崎有理「あがり
20位 大沼紀子「てのひらの父

新書
1位 「「科学的思考」のレッスン
2位 「武器としての決断思考
3位 「街場のメディア論
4位 「デフレの正体
5位 「明日のコミュニケーション
6位 「もうダマされないための「科学」講義
7位 「自分探しと楽しさについて
8位 「ゲーテの警告
9位 「メディア・バイアス
10位 「量子力学の哲学

小説以外
1位 「死のテレビ実験
2位 「ピンポンさん
3位 「数学ガール 乱択アルゴリズム
4位 「消された一家
5位 「マネーボール
6位 「バタス 刑務所の掟
7位 「ぐろぐろ
8位 「自閉症裁判
9位 「孤独と不安のレッスン
10位 「月3万円ビジネス
番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)