黒夜行

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23分間の奇跡(ジェームズ・クラベル)

リビングに戻り、冷め切ってしまったご飯にラップをかけて冷凍庫に入れた。新しくよそったご飯を食べ、歯を磨き、着替え、軽く化粧をした。そうやっていつもの朝の動作を繰り返すことで、自分の中のリズムをとり戻そうとした。完全にとはいかないけれど、走った後の心臓が徐々に落ち着くようにして、志保は自分の生活をとり戻しつつあった。志保はもう、マルイさんを失って泣いていた子どもの頃の自分とは違う。大人になって純真さを失ったことが、自分を守ってくれているように感じられた。
 家を出る前にもう一度バッグの中にシャベルが入っているかどうか確認して、志保は玄関を出た。出てしまってからそういえば今日は土取りの日だったと再度思い出して、鍵を閉めようとしていた手でドアノブを掴んだ。スカートをジーンズに替えて、クローゼットの奥からジャージの上着と軍手を取り出して、玄関に向かった。いつもの電車には間に合わないけれど、なんとかぎりぎり一限には間に合うだろう。朝の空気を思い切り吸い込みながら、志保は何かに闘いを挑むかのような気持ちで、駅までの一歩を踏み出した。まるで鎧を着ているかのように、その足取りは重かった。

「失踪シャベル 1-11」

内容に入ろうと思います。
本書は1冊の文庫本という形態で出版されていますけど、内容としては短編が一つしか収録されていません。英語の原文を一緒に載せていたり、字組をいろいろと膨らませるように構成しているので1冊の文庫本という体裁になっていますが、普通の文庫と同じような体裁にした場合、40ページくらいの短編ではないかなと思います。
舞台は、敗戦国であり他国に占領されてしまった国の学校(たぶん小学校)における、午前9時から9時23分までの出来事を描いた作品です。
その日教室には、新しい先生がやってきました。これまでの先生は泣きながら追い出されてしまいます。生徒の一部は、新しい先生を信じまいと決めるのだけど、新しい先生はたった23分間で生徒の心を掴み、考えを変え、新たな価値観を植えつけることに成功してしまいます。
さて新しい先生は、一体何を教え、生徒達は何故23分間で変わってしまったのだろうか…。
というような話です。
話としては実に単純ですけど、実に奥が深い話だなと思いました。
本書の著者が本書の構想を思いついたのは、娘が学校で習ってきたあることがきっかけだったようです。
ある時娘が、国旗に忠誠を誓うのよ、と言ってなにやらもごもごと言い、その後手を出してきます。10セントくれ、というのです。なんでも先生が、この国旗への忠誠を間違えることなく言えれば、親が10セントくれるでしょう、と言ったのだそうです。
そこで著者は、娘に10セントあげるわけですけど、同時にこう聞きます。
「忠誠を誓う、という言葉の意味を知っているかい?」
娘は答えられませんでした。こんな難しい言葉を、先生は意味も教えずに暗記させているのか。
その想いが生まれた瞬間、この作品は誕生したようです。
その国旗についての問題は、作中でも扱われています。国旗に忠誠を誓う言葉を口に出す生徒は、しかし国旗に忠誠を誓うことの意味を知りません。新しい先生はそこを突いて、生徒にある形で国旗を扱わせることになります。
また、神に祈る、という話も出てきます。これもなかなか示唆に富んでいます。新しい価値観を打ち破ることは、かようにも容易なのかと驚かされます。
本書を読むと、教育というものに対して不安を感じる親は多いかもしれません。教わる内容が正しいかどうか、あるいはそれまで教わってきたことと整合性があるかどうかに関わらず、教師から教わったことをそのまま吸収してしまう子どもに対しては、もっと教育というものを見つめ直さなくてはいけないのかもしれません。
もちろん、現代の日本の子どもに、本書と同じやり方で同じような効果を生み出すことが出来るとは思えません。でもそれは、本書のやり方が通用しないというだけであって、現代に適したやり方でやれば、本書と同じような効果を生み出すことはさほど難しくないのだろうなと思います。
僕は読んでいて、この新しい先生が良い先生なのか悪い先生なのかよくわからないなという感じがするんです。他の人はどう思うのでしょうか。分からないことがあったら聞いてほしいと言うとか、生徒の名前を覚えてきたりだとかというような点では実に良い教師です。しかしその一方で、戦勝国の都合の良いように洗脳するために、いろんな手を打って子どもたちの価値観を変えようとするし、これまでの先生を追い出す時も冷酷です。良い先生の部分も、洗脳をうまく実行に移すための演技なのかなと思えたりしてしまいます。難しいものです。
まあそんなわけでして、深読みしようと思えばいくらでも深く読むことが出来る、そんな作品だと思います。すごく勧めるわけではないですけど、すぐ読めるんで、機会があったら読んでみてください。

ジェームズ・クラベル「23分間の奇跡」



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2013年ベスト

2013年の個人的ベストです。

小説

1位 宮部みゆき「ソロモンの偽証
2位 雛倉さりえ「ジェリー・フィッシュ
3位 山下卓「ノーサイドじゃ終わらない
4位 野崎まど「know
5位 笹本稜平「遺産
6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
7位 須賀しのぶ「北の舞姫 永遠の曠野 <芙蓉千里>シリーズ」
8位 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日
9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
16位 藤谷治「世界でいちばん美しい
17位 神林長平「言壺
18位 中脇初枝「わたしを見つけて
19位 奥泉光「黄色い水着の謎
20位 福澤徹三「東京難民


新書

1位 森博嗣「「やりがいのある仕事」という幻想
2位 青木薫「宇宙はなぜこのような宇宙なのか 人間原理と宇宙論」 3位 梅原大吾「勝ち続ける意志力
4位 平田オリザ「わかりあえないことから
5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
6位 小阪裕司「「心の時代」にモノを売る方法
7位 渡邉十絲子「今を生きるための現代詩
8位 更科功「化石の分子生物学
9位 坂口恭平「モバイルハウス 三万円で家をつくる
10位 山崎亮「コミュニティデザインの時代


小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
10位 エイドリアン・べジャン+J・ペタ―・ゼイン「流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則
11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
7位 ジュディ・ダットン「理系の子
8位 笹原瑠似子「おもかげ復元師
9位 古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち
10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
11位 石井光太「遺体
12位 佐野眞一「あんぽん 孫正義伝
13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
19位 二村ヒトシ「すべてはモテるためである
20位 平川克美「株式会社という病

2011年ベスト

2011年の個人的ベストです
小説
1位 千早茜「からまる
2位 朝井リョウ「星やどりの声
3位 高野和明「ジェノサイド
4位 三浦しをん「舟を編む
5位 百田尚樹「錨を上げよ
6位 今村夏子「こちらあみ子
7位 辻村深月「オーダーメイド殺人クラブ
8位 笹本稜平「天空への回廊
9位 地下沢中也「預言者ピッピ1巻預言者ピッピ2巻」(コミック)
10位 原田マハ「キネマの神様
11位 有川浩「県庁おもてなし課
12位 西加奈子「円卓
13位 宮下奈都「太陽のパスタ 豆のスープ
14位 辻村深月「水底フェスタ
15位 山田深夜「ロンツーは終わらない
16位 小川洋子「人質の朗読会
17位 長澤樹「消失グラデーション
18位 飛鳥井千砂「アシンメトリー
19位 松崎有理「あがり
20位 大沼紀子「てのひらの父

新書
1位 「「科学的思考」のレッスン
2位 「武器としての決断思考
3位 「街場のメディア論
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5位 「明日のコミュニケーション
6位 「もうダマされないための「科学」講義
7位 「自分探しと楽しさについて
8位 「ゲーテの警告
9位 「メディア・バイアス
10位 「量子力学の哲学

小説以外
1位 「死のテレビ実験
2位 「ピンポンさん
3位 「数学ガール 乱択アルゴリズム
4位 「消された一家
5位 「マネーボール
6位 「バタス 刑務所の掟
7位 「ぐろぐろ
8位 「自閉症裁判
9位 「孤独と不安のレッスン
10位 「月3万円ビジネス
番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)