黒夜行

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メイン・ディッシュ(北森鴻)

「そういえば今日は土取りの日だった。案外ラッキーだったかも」
 そういって志保は、マルイさんの隣に置かれているシャベルを手にとり、シャベル専用の袋にしまってバッグに入れた。元々真っ赤だったそのシャベルも、今では塗装が剥げ、錆が浮いた、ところどころまだらに赤くなっているだけの代物になっていた。大人になった志保の手には小さすぎるそのシャベルは、子どもの頃からずっと使い続けているものだ。自分の手ばかりがどんどん大きくなるのに戸惑いを感じながら、ずっと使い続けてきた。時々、自分の身体の一部なのではないか、とも思えてくる。もしこのシャベルを失うようなことがあったら、片手を失ったような気持ちになるのではないかと思う。
 昨日までとあらゆることが変わってしまった朝を、志保は乗り切らなくてはいけなかった。志保までが、その変化に囚われて灰色になってしまうわけにはいかない。志保には志保の生活があるし、志保には志保の朝がある。マニュアルを見ながら機械を操作するようなもどかしさはあるけれど、志保はなんとかして自分の朝を取り戻すことにした。

「失踪シャベル 1-10」

内容に入ろうと思います。
本書は、プロローグやエピローグを除いて、9編の短編が収録された連作短編集です。
大枠の設定をざっと書いておきます。
小杉隆一という座付き作家とともに小さな劇団を運営している看板女優・紅林ユリエ(ねこ先輩と呼ばれている)は、奇妙な同居人と一緒に暮らしている。みんなからミケさんと呼ばれている三津池修というその男は、なんでもない食材を使って奇跡的な料理を生み出す一方で、周りで起こるちょっとした謎を解決する奇妙な才能も持っていた。しかしその三津池修も、どうやらワケありの男なようで、その素性は謎めいたままなのだ。ミケさんの作る料理を堪能しながら、身近で起こる不思議な事件を解決し、その一方でミケさんの過去が少しずつほどかれていく…。

「ストレンジテイスト」
小杉隆一は原稿を書くのが遅いことで有名なのだけど、その時も劇団は大変な事態に陥っていた。初日を10日後に控えた今、小杉は原稿をまったく書けなくなってしまっているのだ。ミステリ自立てに仕上げた作品なのだが、最後が書き上がらない。ラストが気に入らないから進まないというのだ。
そこでユリエの家にメンバーを呼ぶことにしたのだ。ミケさんの料理は魔法のような力がある。そこでミケさんが小杉に台本のどこがまずいのか聞いていき、なんとミケさんは小杉が考えてもいなかった『真相』を見出してしまう…。

「アリバイレシピ」
大学時代、ほとんど一緒につるんでいた五人の一人である泉谷伸吾からちょっと集まれないかという手紙をもらった滝沢良平。なんでも、大学時代に起こった事件の解決をしたい、というのだ。
それは、ワンコインディナーに関わる事件だった。金がなくなると五人のメンバーは、メンバーの一人であった恩田徹也に500円を渡し、恩田が作る特製のカレーを食べたのだった。
ある時そのワンコインディナーに、紅一点だった伊能由佳里が来なかったことがある。そこから、五人の仲間がその後集まらなくなるきっかけになった出来事が発覚するのだが…。

「キッチンマジック」
ユリエが、街で頻発しているバイクでのひったくりの被害者になってしまった。その時警察の厄介になったのだが、後日また警察がユリエの家までやってきた。
どうやら劇団の面々とミケさんの料理を食べている日、ユリエのマンションの下で殺人事件が起きていたようで、何か物音を聞かなかったか、というのだ。その日は何故か、ミケさんがちょっとしたミスをした日でもあり、それは違和感があったのだけど、事件についてはまったく…。

「バッドテイストトレイン」
滝沢良平は開けてもいない駅弁を前にして、電車の座席に座っていた。そこに、三津池修と名乗る、駅弁好きの男が声を掛けてきた。
駅弁についてのうんちくをあれこれ語ってくる奇妙な男で、別に不快ではなかったが違和感は拭えなかった。
しかししばらくすると滝沢は、別の違和感に気づくことになる。滝沢がいる車両の前後で、明らかに乗っている人の数が違うのだ。滝沢がいる座席周辺はがらがらなのに、もう半分はかなり埋まっている。これはどういうことだろう…。

「マイオールドビターズ」
小杉隆一が怪しい話を持ち込んできた。ビア樽をモチーフに使ったミステリ自立ての劇が好評だったのだけど、それを信州の資産家が自分ひとりで鑑賞したい、報酬は200万円出す、というのだ。完全に怪しい、と思いながらも、ユリエら一行は信州くんだりまで行くことになったのだ。
講演終了後、小杉がとんでもない推理を披露して、メンバーは慌てて指紋を拭きとって帰ろうとするのだが…。

「バレンタインチャーハン」
ユリエがミケさんから教わったチャーハンを作って雑誌に載った後、その担当編集者がユリエのところに泣きついてきた。どうやら謎めいた脅迫文みたいなものが来ているというのだ。それは、そのチャーハンの撮影をした日の日付のみが書かれている手紙で、それがもう何通も送られてきているという。
撮影したチャーハンは、別撮りしたらしい付け合せのスープなんかと一緒に写っていたのだけど、なんだか微妙に違和感のある写真で、それは気になっていたのだけど、撮影自体は問題はなかった。一体この嫌がらせは何なのか…。

「ボトル”ダミー”」
ミケさんが漬けていた梅酒をみんなで飲んでいる時、劇団の一部の人間は、以前あったとある出来事の真相に思い至った。
それは、夏毅組というアングラ劇団で相当注目を集めていた劇団に起こった出来事だった。
座付き作家である松浦の遅筆ぶりは有名で、その日も公演初日だというのに、まだ最後のシーンの脚本が上がっていなかった。さすがに遅いということで人をやり呼びに行かせると、松浦は自殺していたという。
松浦とともに劇団を立ち上げた看板女優でもある夏樹裕美は、松浦の死を隠して初日の公演をやる決断をした。
梅酒を飲みながら、当時その出来事に関わっていたメンバーは、真相に思い至ることになる…。

「サプライジングエッグ」
この作品は、まあ諸事情により内容紹介を省きます。

「特別料理」
小杉がとんでもない顔をしてユリエの部屋までやってきた。ミステリ作家としてデビューした小杉であるが、今とんでもない状況に置かれているというのだ。
それは、解決編を考えないままでミステリの問題編を雑誌に掲載してしまった、というのだ。
どうしたらいいのか分からず、謎解きに奇妙な才能を持つミケさんの元にやってきたのだった…。

というような話です。
正直そこまで期待しないで読み始めたんですけど、なかなかよく出来た面白い作品だなと思いました。
本作は連作短編集でして、正直なところ一つ一つの短編だけを取り出せば、さほどどうということのない作品です。短編それぞれだけで見れば、本書よりもレベルの高い短編はいくらでもあるし、一応それぞれミステリ仕立てになっているんだけど、ミステリ的にそこまで斬新かというとそういうわけでもありません。
ただ、連作短編集として全体を見た時に、非常に完成度の高い作品だなと思うんです。
一つ一つの短編が、少しずつ繋がっていくんですね。本書では、どういう風に繋がっていくのかという部分を敢えて書かないで内容紹介をしているんで(やっぱりそこに触れたらダメでしょうね)、僕の書いた内容紹介を読んでもその辺りのことはよく分からないでしょうけど、全体としてのまとまりがかなり秀逸だと思いました。独立した短編としてもきちんと成立させる一方で、全体としても一つの大きな流れを作って長編のような仕立てにしていて、そういう技巧的な面で本書はなかなか秀逸だと思います。
どの作品も、謎解きの部分に必ず何らかの形で料理が関わっていくんです。その設定も凄いなと思いました。謎解きのメインの部分に関わらない形で料理を作品に組み込むだけならなんてことはないですけど、本書の場合、料理が謎解きの中で非常に重要な役割を果たすんですね。そういう作品をいくつも考えるのは大変だろうし、しかもそれを全体で一つにつなげなくちゃいけないんだから、より高度な技術を必要とするだろうなと思いました。
本書でかなり重要な役割を果たすのが、小杉隆一という座付き作家ですね。この小杉は、毎回毎回勘違いの推理を展開して状況を引っ掻き回すみたいな役回りなんです。ちょうど京極堂シリーズの榎津みたいなキャラですね。小杉の珍推理に振り回されながら解決に向かっていくという流れがかなり踏襲されていて、ここまで形を統一させるのは難しかったのではないかなと思います。
あとミケさんのキャラが実にいいですね。経歴とかはかなり謎めいた感じなんですけど、まず料理がうまい、そして天然というかどうでもいい部分で鈍感というかそういう抜けている部分もいいし、でも推理の時には異常な冴えを見せるところもなかなかいいなと思いました。小杉とミケさんのキャラがかなり面白いと思います。
話としては、一番初めの「ストレンジテイスト」が印象的でした。これは、台本に行き詰まった小杉に対して、ミケさんがその台本に新たな解釈を付け加え小杉の停滞を解消するという話なんですけど、設定が面白いなと思いました。小杉自身が考えてもいなかった『真相』をミケさんが暴いてしまうわけで、面白いですよね。しかももちろんその『真相』を見抜く過程で料理が大きな役割を果たすわけです。これは秀逸だなと思いました。
あと「バッドテイストトレイン」で触れられる、池波正太郎のエッセイについての新解釈(もしかしたら著者独自の新解釈なのではなくて、どこかでもう既に指摘されていることなのかもしれないけど)が面白いなと思いました。店を取られた洋食屋の店主が、なぜどんどん焼きの屋台を始めたのか、という謎解きが出てくるんだけど、なるほどもしかしたらそういうことだったのかもしれないな、と思わせる解釈で面白いなと思いました。
まあそんなわけで、なかなかレベルの高い作品だと思いました。しかもライトなミステリなんで、軽く読める作品です。読んでみてください。

北森鴻「メイン・ディッシュ」



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2013年の個人的ベストです。

小説

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2位 雛倉さりえ「ジェリー・フィッシュ
3位 山下卓「ノーサイドじゃ終わらない
4位 野崎まど「know
5位 笹本稜平「遺産
6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
7位 須賀しのぶ「北の舞姫 永遠の曠野 <芙蓉千里>シリーズ」
8位 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日
9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
16位 藤谷治「世界でいちばん美しい
17位 神林長平「言壺
18位 中脇初枝「わたしを見つけて
19位 奥泉光「黄色い水着の謎
20位 福澤徹三「東京難民


新書

1位 森博嗣「「やりがいのある仕事」という幻想
2位 青木薫「宇宙はなぜこのような宇宙なのか 人間原理と宇宙論」 3位 梅原大吾「勝ち続ける意志力
4位 平田オリザ「わかりあえないことから
5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
6位 小阪裕司「「心の時代」にモノを売る方法
7位 渡邉十絲子「今を生きるための現代詩
8位 更科功「化石の分子生物学
9位 坂口恭平「モバイルハウス 三万円で家をつくる
10位 山崎亮「コミュニティデザインの時代


小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
10位 エイドリアン・べジャン+J・ペタ―・ゼイン「流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則
11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
7位 ジュディ・ダットン「理系の子
8位 笹原瑠似子「おもかげ復元師
9位 古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち
10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
11位 石井光太「遺体
12位 佐野眞一「あんぽん 孫正義伝
13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
19位 二村ヒトシ「すべてはモテるためである
20位 平川克美「株式会社という病

2011年ベスト

2011年の個人的ベストです
小説
1位 千早茜「からまる
2位 朝井リョウ「星やどりの声
3位 高野和明「ジェノサイド
4位 三浦しをん「舟を編む
5位 百田尚樹「錨を上げよ
6位 今村夏子「こちらあみ子
7位 辻村深月「オーダーメイド殺人クラブ
8位 笹本稜平「天空への回廊
9位 地下沢中也「預言者ピッピ1巻預言者ピッピ2巻」(コミック)
10位 原田マハ「キネマの神様
11位 有川浩「県庁おもてなし課
12位 西加奈子「円卓
13位 宮下奈都「太陽のパスタ 豆のスープ
14位 辻村深月「水底フェスタ
15位 山田深夜「ロンツーは終わらない
16位 小川洋子「人質の朗読会
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18位 飛鳥井千砂「アシンメトリー
19位 松崎有理「あがり
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新書
1位 「「科学的思考」のレッスン
2位 「武器としての決断思考
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6位 「もうダマされないための「科学」講義
7位 「自分探しと楽しさについて
8位 「ゲーテの警告
9位 「メディア・バイアス
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小説以外
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8位 「自閉症裁判
9位 「孤独と不安のレッスン
10位 「月3万円ビジネス
番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)