黒夜行

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漆黒の王子(初野晴)

そんなマルイさんがある日いなくなってしまった。ふらっと家から出たりということはよくあって、いつでも家にいたわけじゃないけど、朝になっても戻って来なかったことはそれまで一度もなかった。マルイさんが帰ってこなかった朝、私は大泣きに泣いた。赤ん坊の頃を除けば、それまでこんなに涙を流したことはない、というくらい泣いた。お母さんは、まだたった一日だし、帰ってくるかもしれないよ、と言って慰めようとしてくれたけど、志保にはわかっていた。マルイさんはもう二度と戻ってくることはない、と。
マルイさんがいなくなる前の日、学校から帰ってくる途中で、志保はマルイさんを見かけた。マルイさんはよその家からのそのそと巨体を揺らしながら出てきた。口の周りには、キャットフードの食べかすらしいものがくっついていた。減量に気をつかってあげていたのに、よその家でご飯をもらってきたことが、志保には哀しかった。いなくなっちゃえ。志保はその時、はっきりとそう感じた。だからきっと、マルイさんは戻ってこない。けどお母さんには言いたくなかったから、志保はそのことを黙っていた。

「失踪シャベル 1-5」

内容に入ろうと思います。
本書は「上側の世界」と「下側の世界」という二つの章が交互に描かれる形で進んで行きます。
まず「上側の世界」。こちらでは、藍原組という暴力団が舞台の中心になっています。
藍原組では最近、異常な死が頻発していた。組員が原因不明の理由によって次々と死んでいくのだ。死の直前睡眠障害を訴えることの多かった被害者たちは、まるで眠るようにして死んでいった。
その組員の死に合わせて、組長代行である紺野と、紺野の右腕である高遠の元に脅迫状とも取れる謎のメールが送られてきていた。組員の睡眠を差し出せ、という謎の脅迫文だった。「ガネーシャ」を名乗る犯人が、この異状死を生み出しているというのは間違いないようだった。
紺野と高遠は、この異状死を探ることにした。藍原組がかつて無茶をして他の暴力団を駆逐した際に、相当怨恨が残っている対立組織・極東浅間会や、藍原組の上部組織でありながら、藍原組の暴走に手を焼いている沖連合などが入り交じり、組同士の抗争にまで発展していく。紺野の手下として動く秋庭や、高遠の手下として動く水樹は、紺野と高遠の深い闇を徐々に知りながら、次第に危険な状況に追い込まれていくことになり…。
一方「下側の世界」は、奇妙なホームレス達の物語です。
女は、目を覚ますと奇妙な空間にいた。光の差さない地下の空間だ。そこで<時計師>と呼ばれる男に助けられ、<王子>と呼ばれる少年に引き合わされた。
どうやらこの地下の空間は、行き場をなくしたホームレスがお互いに寄り添いながら生活をしている場であるようだ。他にも、<ブラシ職人><墓掘り><坑夫><楽器職人><画家>と呼ばれる人達がいるようだ。
女にも名前が必要だということだったが、記憶が曖昧にしかない女は自分のことをあまり思い出せない。その中で唯一思い出した名前が、<ガネーシャ>だった。女は地下の世界で、<ガネーシャ>と呼ばれることになる。
<ガネーシャ>は、地下に住まう奇妙な人々と様々に関わりながら、一方で彼らが抱えている秘密を知ることにもなった。それは、<ガネーシャ>の人生にも関わりのあることで…。
というような話です。
初野晴は、今僕が結構注目している作家です。これまで呼んだ作品は、「1/2の騎士」と「退出ゲーム」と本作ですけど、どの作品も実にレベルの高い作品だと思いました。初野晴は、ファンタジックミステリを書く作家として認知されているようですけど、「1/2の騎士」は被害者は無差別という特殊な事件ばかりを扱った本格ミステリ風の作品、「退出ゲーム」は高校を舞台にした人が死なない日常の謎系、そして本書は暴力団というノアールっぽい設定の中で描くミステリと言った感じで、一作ごとに作風を結構違えていて、しかもどれも実に出来のいい作品に仕上がっています。この作家はブレイクして欲しい作家ですね。確か近いうちに「1/2の騎士」が文庫になるはずなんで、まずはそれをバリバリ売ってみようと思います。
さて本書ですけど、表紙やタイトルから想像する雰囲気とはかなり違ったことに初め戸惑いましたけど(表紙のイメージとかは、暴力団とか出てきそうにない雰囲気なんです)、でもすぐに話に入り込みました。「上側の世界」は、藍原組の組員はどうやって殺されているのかという謎がメインになっていくし、「下側の世界」は、「上側の世界」とどう関わっていくのかというのがメインになっていくのだけど、そういう本筋以外の部分での細かな描写や伏線が実に見事だなと思います。
細かな描写の方については、あんまりうまく説明は出きないんだけど、例えば警察が犯人を追う際に、市井の防犯マニアみたいな人達の助けを借りているだとか、日本の大学が中国人留学生を受け入れる理由とか、舌にどうしてピアスをつけるのかとか、そういう別に本筋にはさほど関係のない部分で、へぇというような知識を入れてくるんですね。ほんとにこの著者の知識の範囲の広さはちょっと凄いものがあって、いろいろ調べてるんだか元々知ってるんだか知らないんだけど、凄いものだなと思います。
またそういう細かな描写が、後々伏線だということに気づいたりするようなこともあります。後半でいろいろな謎が明かされるんだけど、その中で、なるほどこれも伏線だったのかと思わせる描写がたくさんあることに気づいて、うまいなと思いました。
僕は馳星周が書くようなノアール作品もそこそこ読んでいますけど、暴力団とか中国マフィアとかそういうものを扱った作品って、どうも入り込めないみたいなことってあるんです。最近ノアールとかあんまり読んでないのもそんな理由だろうと思います。
でも本書は、そういうノアールっぽい設定でありながら、入り込みにくいという印象がそこまでないんですね。暴力団の組員の考え方にはあまり賛同出来ないし、アンダーグラウンドな世界の論理とか難しいなとか思うんだけど、それでも、一般のノアール作品に比べて入り込みにくいという感覚がほとんどありませんでした。
たぶんそれは、著者が描くべきポイントをきっちりと意識しながら書いているからだろうと思います。ノアール作品の場合、アンダーグラウンドの世界のディープさみたいなものを掘り下げないと作品として完成度が低くなってしまうけど、本書の場合、そういうアンダーグラウンド的な部分をさほど掘り下げなくても、ストーリーとして成立するんですね。だからかもしれないなと思います。
それでも、ところどころ残虐的だったり暴力的だったりする場面があったりするんで、メリハリはきちんとあるんですけどね。その辺りのバランスもうまいと思いました。
地下の世界の話も、なかなかに興味深いものがありました。地上に居場所をなくし、追われてしまった人々が、<王子>を中心にしてなんとか生活をしているんだけど、それぞれの人々の人生の有り様みたいなものが丹念に描かれていて、「上側の世界」とはまた違った雰囲気を醸し出しています。「下側の世界」だけでも、もう少しいろいろ付け加えれば一つの作品になりそうなくらい、世界観がきっちりとしています。
僕の印象に残ったのは、<楽器職人>です。楽器職人は地下で楽器を弾いているんだけど、どうして弾いているのかという理屈みたいなものがなかなか物悲しいなと思いました。
「下側の世界」がどんな風に「上側の世界」と関わっていくのかというのも読みどころですけど、「下側の世界」の奇妙さみたいなものも合わせて読んでいくと面白いと思います。
まあそんなわけで、初野晴は僕の中で結構注目の作家です。まだ読んでいない作品もたくさんありますけど、たぶんどの作品を読んでもかなりレベルが高いんじゃないかなと思います。初野晴、ちょっと注目してみてください。

初野晴「漆黒の王子」



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2013年ベスト

2013年の個人的ベストです。

小説

1位 宮部みゆき「ソロモンの偽証
2位 雛倉さりえ「ジェリー・フィッシュ
3位 山下卓「ノーサイドじゃ終わらない
4位 野崎まど「know
5位 笹本稜平「遺産
6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
7位 須賀しのぶ「北の舞姫 永遠の曠野 <芙蓉千里>シリーズ」
8位 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日
9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
16位 藤谷治「世界でいちばん美しい
17位 神林長平「言壺
18位 中脇初枝「わたしを見つけて
19位 奥泉光「黄色い水着の謎
20位 福澤徹三「東京難民


新書

1位 森博嗣「「やりがいのある仕事」という幻想
2位 青木薫「宇宙はなぜこのような宇宙なのか 人間原理と宇宙論」 3位 梅原大吾「勝ち続ける意志力
4位 平田オリザ「わかりあえないことから
5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
6位 小阪裕司「「心の時代」にモノを売る方法
7位 渡邉十絲子「今を生きるための現代詩
8位 更科功「化石の分子生物学
9位 坂口恭平「モバイルハウス 三万円で家をつくる
10位 山崎亮「コミュニティデザインの時代


小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
10位 エイドリアン・べジャン+J・ペタ―・ゼイン「流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則
11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
7位 ジュディ・ダットン「理系の子
8位 笹原瑠似子「おもかげ復元師
9位 古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち
10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
11位 石井光太「遺体
12位 佐野眞一「あんぽん 孫正義伝
13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
19位 二村ヒトシ「すべてはモテるためである
20位 平川克美「株式会社という病

2011年ベスト

2011年の個人的ベストです
小説
1位 千早茜「からまる
2位 朝井リョウ「星やどりの声
3位 高野和明「ジェノサイド
4位 三浦しをん「舟を編む
5位 百田尚樹「錨を上げよ
6位 今村夏子「こちらあみ子
7位 辻村深月「オーダーメイド殺人クラブ
8位 笹本稜平「天空への回廊
9位 地下沢中也「預言者ピッピ1巻預言者ピッピ2巻」(コミック)
10位 原田マハ「キネマの神様
11位 有川浩「県庁おもてなし課
12位 西加奈子「円卓
13位 宮下奈都「太陽のパスタ 豆のスープ
14位 辻村深月「水底フェスタ
15位 山田深夜「ロンツーは終わらない
16位 小川洋子「人質の朗読会
17位 長澤樹「消失グラデーション
18位 飛鳥井千砂「アシンメトリー
19位 松崎有理「あがり
20位 大沼紀子「てのひらの父

新書
1位 「「科学的思考」のレッスン
2位 「武器としての決断思考
3位 「街場のメディア論
4位 「デフレの正体
5位 「明日のコミュニケーション
6位 「もうダマされないための「科学」講義
7位 「自分探しと楽しさについて
8位 「ゲーテの警告
9位 「メディア・バイアス
10位 「量子力学の哲学

小説以外
1位 「死のテレビ実験
2位 「ピンポンさん
3位 「数学ガール 乱択アルゴリズム
4位 「消された一家
5位 「マネーボール
6位 「バタス 刑務所の掟
7位 「ぐろぐろ
8位 「自閉症裁判
9位 「孤独と不安のレッスン
10位 「月3万円ビジネス
番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)