黒夜行

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借金取りの王子(垣根涼介)

来年やろうと思っている新たなプロジェクト(って大げさですけど)を考えました。
その名も、「スコーレプロジェクト」。
「スコーレNo.4」っていう作品があるんですけど、これがまあべらぼうによかったんですよ。で、来年ちょっと売りたいなと。でも、今年一年間でいろいろとやったやり方をまた繰り返すのも芸がないなと思ったんで、ちょっと新しい売り方を考えてみようと思ったんです。
しかしまあ、書店の現場で新しい売り方を考えるってのはなかなか難しいものです。これまで多くの書店員がいろいろ考えて来ても、革新的なやり方というのは見つかっていないわけですからね。
まあそれでもとにかく考えてみました。そして昨日、
「スコーレプロジェクト」を僕が名付けたアイデアを思いつきました。
骨子は二つ。
まずは、どこかの書店でもきっとやっているでしょうけど、手製のしおりを作ってみようかな、というアイデアです。そのしおりを、「スコーレNo.4」ではない文庫に挟む。「スコーレNo.4」は完全に女性向けの作品なんで、女性向けに売れそうな作品に手製のしおりを挟んで、アピールしようかな、という作戦です。
そしてもう一つ。こっちはなかなかやっている書店はないアイデアではないかと思うんだけど、mixi内に「スコーレNo.4」あるいはその著者のコミュニティを作る、というもの。POPや帯に、mixi内にコミュニティを作ったんで、そこに読んだ感想を書いてください、という誘導をするんです。書いていただいたコメントは、店頭で掲示するかもしれません、という断りを入れておいて、そのコミュニティ内に集まったコメントをどんどんと売り場に貼り付けていく、という感じです。
これはなかなか面白いアイデアなんじゃないかなぁと思ってるんです。今店のスタッフの一人に「スコーレNo.4」を読んでもらってるんですけど、そのスタッフも大絶賛してるんで、POPを作ってもらったり、コミュニティに管理人をやってもらったりする予定です。
初めは、アンケートボックスみたいなのを店内に置いて、そこにコメントを入れてもらえたらいいなぁと思ってたんです。でもそのスタッフとも話したんだけど、きっとコメントは集まらないだろう、と。以前とあることでお客さんのアンケートの回収をやった時も、ウチの店の回収率はとんでもなく低かったので、たぶんそういうやり方は合わないだろうなぁと思ったんです。
でも、自分で言うのもなんですけど、僕はこれまでにもとにかくいろんな本の売り方を試してきているんですね。とにかく思いついたことはどんどんやるという感じでいろいろやってきた。失敗したものも多いけど、大成功したこともある。その中で、お客さんとやり取りするという方向だけがまだ未開拓という感じなんですね。なんとかそっちの方面を開拓できないかと思っている時に、mixiのコミュニティというアイデアを思いつきました。これなら書きこむのにさほど抵抗もないだろうし、今ならmixiをやっていない人の方が少数派でしょうから(僕でさえ一応やってます)、結構いろいろと面白いことが出来るんじゃないかなと思います。
例えばツイッターとか僕は使ったことないんですけど、これも似たような使い方が出来るかもしれませんね。まあ本の感想なんてリアルタイムである必然性がないからmixiのコミュニティで十分だとは思うんだけど。
成功するかどうかは分かりませんが、たぶんまだほとんど誰も手をつけていないやり方だと思うんで面白いんじゃないかなと思っています。「スコーレNo.4」の来年の売り上げ目標はとりあえず500冊。今年「凍りのくじら」を現時点で450冊売っていることを考えると、無理な数字ということはありません。最終的には1000冊まで持っていければすごいと思うんだけど。それはさすがに厳しいかな。
そろそろ内容に入ろうと思います。
本書は、リストラを専門に行う会社で働く村上真介を描いた「君たちに明日はない」の続編です。
本書は5編の短編が収録された連作短編集ですが、まずは大雑把に全体の設定だけ書こうと思います。
主人公は、「日本ヒューマンリアクト」という、企業のリストラを専門に行う会社で働く村上真介。30代前半くらいかな、確か。優男風で柔和な印象を与えるのだけど、人の首を切るような仕事をしているのだからそれなりに厳しい内面を持ってはいる。でも、人を物のように見て無感情に仕事を進められるわけでもない。仕事に対しては真面目だし、何よりフェアにやろうとなるべく努力をしている。
真介は、芹沢陽子という女性と付き合っている(と書くと、「君たちに明日はない」を未読の人にとってはネタばれになってしまうんだけど、許してください)。陽子はかつて真介が首切りの面接を担当した女性だった。その時の縁で付き合うことになった。陽子は関東建材業業界という団体の局長をやっている優秀な女性なのだ。40代前半ぐらいだったと思う、確か。
真介の仕事がメインで描かれつつも、陽子の仕事や、あるいは真介と陽子の付き合いなどの話も進んでいくという話です。

「二億円の女」
真介は、とあるデパートの外商部のリストラ面接をしている。外商部というのは、お客さんの家や会社に営業に行く部署のことで、かつては力を入れていた部署だったが、今ではやる気のない人間の吹き溜まりみたいなところになってしまっている。真介が今面接した野口治夫という男もそんな感じの男だ。
そんな外商部に、年商2億円をたたき出す女性社員がいる。倉橋なぎさ。30代半ばの年齢で、外商部トップの売り上げだ。真介はデパート会社の社長から、この倉橋だけは辞めさせたくないから面接は穏やかに頼む、と言われるほどだ。しかし倉橋の方は、何となく自分の仕事に疲れを感じるようになってしまっていて…。

「女難の相」
生命保険会社の大手のリストラ面接をしている真介は、松本一彦という男の履歴に目を留める。総合職で働いている、幹部候補だった男だ。だった、というのは、かつてこの男は自らの意思で出世コースから外れたとしか思えないような行動を取っているからだ。資格も取り、出世コースを順調に進んでいたにも関わらず、幹部になるために必須のある役職を降りたいと言ってきたのだ。それで現在松本はシステム開発の部署にいる。完全に出世コースからは外れている形だ。
この男はどうして出世コースをはずれるようなことをしたのだろうか…。

「借金取りの王子」
「フレンド」という消費者金融会社のリストラ面接をすることになった。離職率の高い業界だが、会社のイメージアップのための戦略的なリストラらしい。
真介は、三浦宏明という男の面接をすることになった。三浦というのは甘いマスクをした男で、慶応卒という高学歴。かつては22カ月連続で目標を達成するという驚異的な数字をたたき出していたのだが、現在は降格ぎりぎりのライン。トップは、この男はやる気がなくなったのだと判断している。
三浦宏明には、どうしても会社を辞めるわけにはいかない理由があった…。

「山里の娘」
あるホテルの従業員に希望退職を促すという仕事が来た。評判のいいホテルなのだけど、系列の二つのホテルを閉めることになった関係であぶれるものを受け入れる受け皿として空きを作っておこうということらしい。無理やり辞めさせるという仕事ではないので気が楽だ。
視察を兼ねて陽子とそのホテルに泊りに行ったときに担当してくれたのが、窪田秋子。秋子はこの面接の目的を十分分かっている。無理やり辞めさせようというものではない。それでも、辞めることを考えてしまう。私はこれからもずっと、この田舎で暮らしてていいのだろうか…。

「人にやさしく」
陽子の事務所の派遣社員が辞めることになったのだけど、派遣会社との疎通がうまくいかずトラブルになりかけている。そんなタイミングで真介は、自分の会社で派遣会社のプロジェクトを立ち上げた。首を切られた社員を受け皿としての機能を持たせることが、担当する企業との関係もよくなるしビジネスとしてもやっていけるということで決まったのだ。
そこで陽子の事務所の派遣社員を真介が見繕うことになったのだけど…。

というような話です。
「君たちに明日はない」を読んだのがもう二年くらい前なんで、そっちのことはあんまり覚えていないんですけど、でも相変わらず面白い作品でした。とにかく作品としての完成度がメチャクチャ高いですね。文章は読みやすいし、細かな部分まで描写が行きとどいているし、キャラクターは地に足がついているし、ストーリーは面白い。文章やストーリーに癖がないのに、平凡というわけでもない、エンタメ小説のお手本みたいな作品だなと思います。
一番凄いなと思うのは、この読みやすい文章です。印象的には、東野圭吾のような文章に近いですね。東野圭吾もそうだけど、文章に特別特徴がない。作家名を知らされないで読んだら、誰が書いたか分からないでしょう。でも、とにかく読みやすい。前からいろんなところで書いているけど、特徴や癖がなくて読みやすい文章っていうのは、本当に書くのが難しいんです。文庫本で400ページくらいある作品なんですけど、とにかくスイスイ読めてしまいます。この文章の読みやすさはちょっと凄いなと思います。
また、細かな部分の描写が凄いなと思います。垣根涼介はそもそも取材に手を抜かない作家のようですけど(「ワイルドソウル」を書いた時も、実際にブラジル辺りを相当回ったようですしね)、そうした取材で得た知識を実にさりげなく巧みに作品に組み込むんですね。そういう細かな描写の積み重ねが、作品やストーリーにリアリティを与えるんです。指先までピンと伸ばして踊ってるダンサーみたいな印象です。
ストーリーもうまいと思うんですね。どの話も、首を切る話なんだけど、それでもそれぞれまったく違う話になっている。首を切る話でここまでバリエーションを生み出せるものなんだな、という感じです。でも考えてみれば、首を切る切られるというのは人生の中でもなかなか大きなウェイトを占めるし、そういう状況に陥ると人間の本性というのが見えるでしょうから、人の数だけ作品を生み出せるのかもしれないですけど。それぞれの話で、首を切られる人間の、ささやかではあるけど地に足のついた切実な問題が浮かび上がってきていいなと思いました。
話としては、表題作の「借金取りの王子」がいいですね。たぶん全短編中一番くっきりとしている物語ではないかなと思います。あと、「二億円の女」と「山里の娘」もなかなかいいです。働くというのはどういうことなんだろう、というのを考えさせてくれます。こと女性をメインにした作品は、なかなか感慨深いものになるような気がします。
ラストの「人にやさしく」も、これまでの作品とは毛色が違っていていいです。確かに、リストラ会社が派遣会社を併設していたらいいかもしれないなと思いました。
あとストーリーでうまいなと思ったのは、首切りをしなくてはいけない理由についてです。本来であれば、業績が悪化したからというような理由になるけど、それだけだと話がワンパターンになってしまう。「借金取りの王子」では、離職率の高い仕事ではあるけどリストラを敢行するのは、モラルに問題のある店長を辞めさせることで見せしめにするという目的があるし、「山里の娘」では、閉館するホテルの従業員の受け入れ先を捻出するための希望退職を募る、という話ですね。リストラにもいろんな背景を用意できるその多彩さがいいなと思いました。
とにかく、レベルの高い作品です。この作家自体もそもそも実に安定した作家ではありますけど、内容的に結構ハードな作品が多いんで、向かないという人は結構いるんじゃないかなと思います。でもこの「君たちに明日はない」シリーズは、垣根涼介の作品の中で例外的にライトなエンタメになっています。垣根涼介のハードな作品を読んでちょっと…と思っている人にもオススメです。是非読んでみてください。

追記)amazonのレビューに、「ワイルドソウル」などのハードな作品が好きなファンには、この作品は「微妙」だろう、と書いている人がいました。なるほど。本書は、既存の垣根ファン以外が読むといいのかもしれませんね。

垣根涼介「借金取りの王子」



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13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
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小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
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7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
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12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
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コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
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10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
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13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
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