黒夜行

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凶悪 ある死刑囚の告発(「新潮45」編集部編)





さて今日は眠いので書店の話はほぼ省略。一つだけ、別に書店の話じゃないんだけど。
つい先日出た「大人の科学マガジン」をつい買ってしまいました。付録は、二眼レフカメラ。これは買いでしょう。僕は、あんまり撮らないんですけど、カメラとか好きなんです。しかも、デジカメは嫌い。撮った写真がすぐ見れちゃうのが嫌なんですね。
前にも、「大人の科学マガジン」のピンホールカメラの奴を買ったことがありますけど、これはいろんな理由から三脚を使って撮影しないと難しいんであんまり使っていません。でも今回の二眼レフカメラは、たぶん普通にカメラとして使えるはずなんで、楽しみです。
自分で組み立てる式なんで、時間がある時にでも作ってみようと思っています。
そろそろ内容に入ろうと思います。
本書は、つい最近新刊として発売された文庫で、見た瞬間にこれは絶対面白い、と思ってすぐさま買った本です。
予想通り、メチャクチャ面白い作品でした。
本書は、「新潮45」という雑誌が発した特大のスクープについて、どういう過程でそのネタを知り、どういう取材を経てどういう結末にたどり着いたのか、ということを、この事件の取材に最初から最後まで関わった編集者・宮本太一(現「新潮45」編集長)が書いているものです。
そもそもの発端は、宮本が個人的に付き合いのあった高橋という被告から聞いた話だった。宮本は、「FOCUS」という雑誌の編集部にいた際に、取材相手として知りあった。知りあった当初から刑務所の中にいて、「FOCUS」の取材が終わった後も、ずっと付き合いを続けてきた相手だった。
その高橋がある時宮本に、とんでもない話を聞いた、という話をする。何でも囚人の中に、警察がまだ把握していない殺人について告発したい、という奴がいるから話を聞いてやってくれないか、というものだった。
それが、後藤死刑囚だった。後藤はとある事件により逮捕された元暴力団組長であり、一審・二審とも死刑判決が確定、宮本が知り合った時は最高裁に上告している時であった。
その後藤は宮本に驚くべき話をするのだ。
娑婆に、『先生』と呼ばれている犯罪者がいる。自分はその『先生』と一緒に数々の犯罪を犯し、それによって金を奪い取ってきた。『先生』は、金に困っている人間を見つけ出して、うまいこと誑かして騙し、最終的にその相手を殺してしまう、ということを何度もやっている、というのだ。
その話を聞いた宮本は、死刑を遅らせるための作戦では、と当初は疑う。後藤は、それがまったくないとは言わないけど、自分にはきちんと理由があるのだ、という。何でも、後藤が可愛がっていた舎弟がおり、後藤が捕まった際、その『先生』に、舎弟のことをよろしく頼みます、と言って含めておいたのに、すぐに自殺に追い込んだのがどうしても許せないのだ、というのだ。
後藤は具体的に三件の事件について告発をした。
ケース1は、知りあったばかりの『先生』から後藤に、人を殺してしまった、と連絡がある。金の返済で揉めて、思わず殺してしまった、とのこと。その死体を始末した一件。被害者の名前についてはうろ覚えで、この事件は最後まで被害者が誰だったのか判定することができなかった。
ケース2は、土地を持っているにも関わらず20年間失踪したまま、兄弟や家族もいない、という人物に出会い、その人物を殺して土地を奪い転売した、という事件。
ケース3は、「カーテン屋」と呼ばれていた内装業者社長が、バブル後業績が悪化し会社は倒産、多額の借金を背負うことになる。「カーテン屋」の一家はこのままでは一家離散だと思い、『先生』に保険金殺人を持ちかける。「カーテン屋」に酒を飲ませ続けて殺し、保険金を手に入れ、それによって借金などを整理するという過程で、多額の手数料をせしめることに成功する。
後藤から話を聞いた宮本は、半信半疑のままとりあえず裏付けの取材を始める。すると、後藤の証言が事実であると確かめられるような話をたくさん拾うことが出来た。本当に、後藤の言っていることは正しいのかもしれない。
それから後藤と宮本の、いかに警察を動かし、『先生』を追いつめるのかという闘いが始まることになる…。
というような話です。
帯裏に、解説を書いている佐藤優の「少なくとも過去十年に私が読んだ殺人事件を扱ったノンフィクションのなかで最大の衝撃を受けた作品である」という文章が引用されているんだけど、まさにその通りだなと思います。僕も、これまで読んだ殺人を扱った作品の中で、一番衝撃を受けました。
この事件の経緯は、ありとあらゆる点が異例づくしでした。
まず、すべての発端が、死刑囚(当時はまだ最高裁に上告中で確定していなかったとはいえ)からの告発だった、という点です。死刑囚が、自ら行った警察が把握していない事件について告発をする、というのがまず異例です。
その告発を、一雑誌の記者にまず話をした、というのも異例でしょう。著者の宮本氏は巻末で、この事件は雑誌ジャーナリズムだからこそ出来た、というようなことを書いています。テレビや新聞は、警察のお墨付きを得られた事件(警察が立件することが確実である事件)についてしか報道しない。もしテレビや新聞が同じ事実を掴んでいても、警察が捜査を開始する前に発表することはできなかっただろうし、警察当局からストップが掛けられて、様々なものを巻き込んだこれだけの騒動にはならなかっただろう、と。後藤が雑誌の記者に話をしたのは偶然だとは言え、この異例の出来事が結果的に事件を明るみに出すきっかけになったと言えるでしょう。
また、死刑囚の話に雑誌記者が乗った、というのも異例ではないでしょうか。メディアに関わる人間は誰しもスクープが欲しいと思うだろうけど、今回の件のようなあまりにもデカイ話になると、尻ごみしたり、あるいは正直めんどくさがってほったらかしにするような人がいてもおかしくなかったと思うんですね。でも宮本氏は、嘘かもしれないと疑いつつ、後藤の話に乗った。これもなかなか異例なことではないかなと思います。
さらに異例なのは、後藤が告発した三つの内、たった一つではあったけれども実際に立件に成功したということでしょう。なにせ事件から日が経っているし、死体もない。しかも『先生』がかなり細かく証拠隠滅を図ったという形跡があり、物証もほとんどない状態での捜査だった。それが結実し、あらゆる奇策を打ち出した末に『先生』の身柄を確保、裁判にまでこぎつけたということはほとんど奇跡的だったと宮本氏も書いています。
さらに、これが最も異例なのではないかなと思いますけど、死刑が確定した囚人を、もう一度別の殺人事件で裁判する、ということが実際に行われたんですね。法務省でも、少なくとも戦後では初ではないか、と言っているようです。死刑が確定した者を再度裁判に掛けることに意味があるのか、という議論も出たようですが、真相究明が第一であるという理屈で裁判を行ったようです。
とにかく、ありとあらゆる面で異例づくしであるこの事件。僕は正直まったく知りませんでした。テレビのニュースとか見なくなって久しいですし、新聞はそもそも読んでないんですけど、ヤフーやmixiなどのポータルサイトのニュースはよく見ているんで、そういうようなところには出てこなかった話なのかなと思いました。
これがもし小説だとしたら、あまりにもいろんなところで偶然や奇跡が起こりすぎていて、ちょっとやりすぎだな、と思うことでしょう。しかし、これは実際にあったことなんですね。そう思うと、凄いな、としか言いようがないです。後藤の告発から、『先生』の裁判に至るまで、まさに薄氷を踏むような、まさにそこしかないというギリギリのラインを進み続けていくような、そんな緊張感があります。
僕がすごく印象に残っているシーンがあります。それは、ケース2の被害者を埋めた場所について後藤が思い出すシーンです。後藤は、ケース2の被害者の自宅周辺のことなんかはかなり具体的に思いだせたものの、被害者を埋めた場所についてはまったくほとんど何も思い出せない状態でした。本人も、端から思いだすことを諦めているような感じで、宮本にも無理ですよ、と言い続けていた。
しかし宮本は諦めない。住宅地図を拡大したものを差し入れしそれを見せたところ、突然後藤の記憶が蘇り、場所の特定に一役買いそうな出来事を思い出すのだ。人間の記憶ってのは凄いなと思うのと同時に、二人の執念だなと思いました。
結局最後の最後まで死体は見つからなかったわけですけど、後藤が思い出した周辺の地元の住人から、割と最近ユンボが夜中に作業をしていた、という証言を得ることが出来、恐らく『先生』が証拠隠滅のために死体を移動させたのではないか、と推測することになります。
まあそんなわけで、是非読んで欲しいですね。ノンフィクションとか普段読まない人にも是非読んで欲しい作品です。これはホント面白し凄いです。こういう作品を読むと、陳腐な言い方ですけど、まさに「事実は小説より奇なり」だな、と思います。
本書は解説もなかなか良いと思いました。解説って、大したこと書いてないものが多いんですけど(人の批判ばっかりじゃ釣り合わないんで僕自身のことも書きますけど、このブログで僕は大したことを書いていると思っているわけではないですよ)、本書の解説はなかなかちゃんとしたことを書いているなぁと感じました。まあ文庫よりハードカバーの作品を読むことの方が多いような気もするんで、そこまで解説をいっぱい読んでるとは言えないかもしれませんけどね。
そんなわけで、凄い作品でした。ノンフィクションは面白くないものもたくさんあるけど、これは僕がこれまで読んだ中でもトップクラスに面白い作品でした。異例づくしで最後まで進んだこの事件の顛末を是非読んでみてください。

「新潮45」編集部編「凶悪 ある死刑囚の告発」

追記)映画「凶悪」(新潮文庫「凶悪 ある死刑囚の告発」原作)を観に行ってきました


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2013年ベスト

2013年の個人的ベストです。

小説

1位 宮部みゆき「ソロモンの偽証
2位 雛倉さりえ「ジェリー・フィッシュ
3位 山下卓「ノーサイドじゃ終わらない
4位 野崎まど「know
5位 笹本稜平「遺産
6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
7位 須賀しのぶ「北の舞姫 永遠の曠野 <芙蓉千里>シリーズ」
8位 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日
9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
16位 藤谷治「世界でいちばん美しい
17位 神林長平「言壺
18位 中脇初枝「わたしを見つけて
19位 奥泉光「黄色い水着の謎
20位 福澤徹三「東京難民


新書

1位 森博嗣「「やりがいのある仕事」という幻想
2位 青木薫「宇宙はなぜこのような宇宙なのか 人間原理と宇宙論」 3位 梅原大吾「勝ち続ける意志力
4位 平田オリザ「わかりあえないことから
5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
6位 小阪裕司「「心の時代」にモノを売る方法
7位 渡邉十絲子「今を生きるための現代詩
8位 更科功「化石の分子生物学
9位 坂口恭平「モバイルハウス 三万円で家をつくる
10位 山崎亮「コミュニティデザインの時代


小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
10位 エイドリアン・べジャン+J・ペタ―・ゼイン「流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則
11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
7位 ジュディ・ダットン「理系の子
8位 笹原瑠似子「おもかげ復元師
9位 古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち
10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
11位 石井光太「遺体
12位 佐野眞一「あんぽん 孫正義伝
13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
19位 二村ヒトシ「すべてはモテるためである
20位 平川克美「株式会社という病

2011年ベスト

2011年の個人的ベストです
小説
1位 千早茜「からまる
2位 朝井リョウ「星やどりの声
3位 高野和明「ジェノサイド
4位 三浦しをん「舟を編む
5位 百田尚樹「錨を上げよ
6位 今村夏子「こちらあみ子
7位 辻村深月「オーダーメイド殺人クラブ
8位 笹本稜平「天空への回廊
9位 地下沢中也「預言者ピッピ1巻預言者ピッピ2巻」(コミック)
10位 原田マハ「キネマの神様
11位 有川浩「県庁おもてなし課
12位 西加奈子「円卓
13位 宮下奈都「太陽のパスタ 豆のスープ
14位 辻村深月「水底フェスタ
15位 山田深夜「ロンツーは終わらない
16位 小川洋子「人質の朗読会
17位 長澤樹「消失グラデーション
18位 飛鳥井千砂「アシンメトリー
19位 松崎有理「あがり
20位 大沼紀子「てのひらの父

新書
1位 「「科学的思考」のレッスン
2位 「武器としての決断思考
3位 「街場のメディア論
4位 「デフレの正体
5位 「明日のコミュニケーション
6位 「もうダマされないための「科学」講義
7位 「自分探しと楽しさについて
8位 「ゲーテの警告
9位 「メディア・バイアス
10位 「量子力学の哲学

小説以外
1位 「死のテレビ実験
2位 「ピンポンさん
3位 「数学ガール 乱択アルゴリズム
4位 「消された一家
5位 「マネーボール
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8位 「自閉症裁判
9位 「孤独と不安のレッスン
10位 「月3万円ビジネス
番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)