黒夜行

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片隅の迷路(開高健)

今日はある出版社が文芸部門を閉鎖するというニュースについて書こうかなと思います。
記事(というかとある作家のブログですけど)はこちら。

http://roadsidediaries.blogspot.com/2009/09/blog-post_03.html

晶文社というのは、割といい本を出すことで有名な出版社ではないかなと僕は思っています。あんまり晶文社の本は読んだことがないんですけど、あんまり売れないけど良い本を出す出版社というイメージがあります。
その出版社が、文芸編集部門を閉鎖して、これまでもずっと稼ぎ頭だった学習参考書や学校案内だけを出していく、ということに決まったんだそうです。文芸に関しては今ある在庫を売り切ったらお終いだそうで、重版したりというようなこともないようです。
これまでも、出版社自体の倒産という話は散々あって、つい最近もゴマブックスがかなり大規模な倒産というニュースがありましたけど、出版社内の一部門を閉鎖する、というのはなかなかないんじゃないかなと思います。
この決断には惜しむ声が多そうな気がしますけど、でも出版社としても苦渋の決断だったんでしょうね。晶文社としたって、学習参考書で稼ぎながら、一方で文芸書を出すことに矜持みたいなものはあったはずだと思うんです。たとえ採算が取れなくても、なんとか続けたいと思っていたはずでしょう。それでもどうにもならなくなって閉めざるおえなかったんでしょうから、仕方ないだろうと思うんです。
でも、業界の慣習はどうか分かりませんけど、こういうやり方はあったんじゃないかなと思うんです。その文芸編集の部門だけ、どこか別の出版社に買い取ってもらう。版権も編集者もすべてひっくるめて編集部門を丸々他者に売ってしまうというやり方は出来ないのでしょうかね。あるいはやろうとしたけど交渉がまとまらなかったのかもしれませんけど。
出版というのは、良い本をだそうと思ったら半分趣味みたいな感じでやるしかないんじゃないかと思うんです。良い本っていうのは、本当になかなか売れないんです。だから、内容が薄っぺらでもなんでもいいから売れる本を一方で確保しておきながら、そのもう一方で良い本を作り続けるという体制でないともはや成り立たないんじゃないかと思うんです。だからこそ、ベストセラーをたくさん抱えているような大手出版社に編集部門だけ組み込むみたいなやり方は結構うまく行くんじゃないかと思うんですけど、どうなんでしょうか。
しかし、ゴミみたいな本が山ほど売れるような世の中にあって、もう出版というものにロマンを求めることは難しくなってしまったのかもしれません。もちろん、ゴミみたいな本が売れてしまう原因は書店にもあります。売れる本を売らないと経営が成り立たないというのはもちろん正しいし、それを否定する気はないけど、その中でいかに良書を売っていくかということをもっと真剣に考えないといけないのかもしれません。まあ僕ももっと頑張らないといけないですね。まあでも本当に難しいですけど。
そろそろ内容に入ろうと思います。
本書は、1962年に単行本が発売され、1972年に文庫化された作品を、改めて新刊という形で掘り越して発売された作品です。四国で実際に起こったとある冤罪事件をベースにした作品です。実際の名前とは登場人物の名前が変わっていること、そして小説と同じく各人の内面描写がされているという点が本作をノンフィクションではなく小説にしているわけなんですけど、でも解説に書かれた実際の事件の経緯を読む限り、実際に起こった冤罪事件そのものを描いた作品と言っていいと思います。
以下、実際の事件の方ではなく、本書の小説の内容を紹介します。
ある年の11月。農機具店の主人山田徳三が何者かに刺殺された。妻の洋子や娘の道子は、何者かが押し入り徳三を刺したと証言した。その時分外を歩いていた二人の人間も、農機具店から出てきたのではないかと思われる人影を目撃している。妻の洋子は脇腹と背中を刺され病院に搬送されることとなった。
事件を追う警察は、しかし有力な容疑者を一人も見つけることが出来なかった。物的証拠が限りなく少なく、これはと思われる容疑者にもことごとくアリバイがあるのだった。結局しばらくして捜査は行き詰った。
しかし捜査が検察に移ると事態は一変する。当初誰もが当然外部犯行説を唱えていたのだが、検察は一変内部犯行説を取ることになる。そして妻洋子は逮捕されてしまうことになる。
決め手になったのは、農機具店で働いていた若者二人の証言である。彼らは洋子が徳三を殺したとする経緯を具体的に証言することとなったが、しかしその証言にはいろいろと不備があった。しかし、主にその二人の少年の証言を元にして、洋子の有罪が確定してしまう。
その後事態はさらに展開し、証人たちが次々に、検察に脅されて偽りの証言をしたと告白することになるのだが…。
というような作品です。
いや、これはホントすごい作品でした。本書の内容は実際の事件の経緯からすると途中の部分までで終わっているのだけど、実際は再審請求を何度も出し、その過程で妻・洋子は死亡し、死亡後に再審請求が認められ、最終的に昭和60年に無罪が確定したとのことです。事件が起こったのが昭和28年だそうだから、実に32年に渡って戦い続けてきたことになるわけです。
しかしこれは恐ろしいですね。昔の話だ、今はこんなことはないだろう、と言ってしまえばそれまでですけど、実際のところこういうケースはまだまだあると思うんですね。容疑者や証人をしつこく追及して証言を変えさせ、検察に都合のいい証言で固めてしまう。結局洋子は、丸っきり嘘っぱちの証言を元に有罪が確定してしまうわけなんです。
洋子は二度上告しましたけど、最高裁への上告を一度した後、それを取り下げてしまいます。取り下げると刑が確定し、自分が罪を犯したことを認めることになることは十分に分かっていて、それでもそうせざるおえなかった。裁判を続ければお金もなくなるし、家族もどんどんと疲弊していく。ここで私が折れれば、少なくともそれは回避できる。そういう悲壮な思いを胸に、洋子は上告取り下げをするんです。しかし運命のいたずらか、まさにその上告取り下げをした日、とんでもない事態が待ち受けていたりするんですね。それも実際にあったことなのかイマイチよく分かりませんけど、たぶんあったんでしょう。事実は小説より奇なり、という感じでしょうか。まあ、本書は小説ですけど。
本書の中で僕がとにかく凄いと思ったのは、洋子の従兄弟の浜田という男についてと、偽証だったと本人が認めた後の経緯です。
浜田は洋子を救い出すために、自ら足を運んで証人の元へと出向き、そしてそこで偽証をしたのだという話を引きだすことになります。最も重症な証言をした証人の行方が分からず、まったくあてもないままに大阪まで探しに行ったりしています。とにかくこの裁判において、もっとも精力的に動いた男ではないかなと思います。彼の努力は凄いなとホントに思います。
また凄いと言えば、徳三が前妻との間にもうけた子供竜子もなかなか凄いです。義理の母に当たる洋子のことを必死で守ろうと心を砕きます。これだけ多くの人に支えられていても、法の壁は厚いのだなと思うとやりきれないですね。
もう一方の、偽証だと告白した後の経緯も凄いんです。結局、裁判の行方に重要な証言をした四人の証人全員から、証言は嘘だったという供述を得たのだけど、しかしこれがまともに取り合われることはないんです。新聞は取り上げるけど、それが法のところまで届かない。普通証言が嘘だったということになれば、しかもそれが重要な証言だったのだから、その嘘の証言によって実刑になった洋子を救い出すような仕組みがなくてはおかしいですよね。しかし事はそう簡単には進まない。結局本書では途中までしか描かれませんが、実際の経緯では事件発生から32年もかかってようやく無罪が確定したわけです。最近でも、足利事件というかなり有名な事件の無罪が確定したというニュースがありましたけど、どうして無実の人間がこれだけ長い間刑務所に入っていないといけない仕組みが当然のようにまかり通っているのか、本当に不思議でなりません。
法に不備があったり、またその運用に不備があったりするというのはまあ仕方ないことだろうと思います。しかしその不備によって不利益を被った人々を早急に救済する仕組みがないというのがどうしても僕には納得がいかないですね。証言を偽証した証人には憤りを覚えますけど、でも仕方ない部分も多々あったことでしょう。何よりも一番最悪なのは検察で、非があったことさえ認めない体質というのは酷すぎるのではないかなと思います。
裁判員制度が始まりましたが、これがこういう冤罪事件にどれだけ大きな意味を持つのか、何とも僕にはわかりません。ただ、これまでの『法の世界の常識』では通らなかったものがすんなり通るようになるかもしれないと思ったりはします。でも何したって、こんな風にしか裁判制度を運用できないのであれば、どんな形であれ警察・検察・裁判所には関わりたくないな、と思います。
淡々と進んで行きますが、内容はかなり深いものがあります。かなり昔の作品ですが、今読んでもまったく古びていない作品だと思います。是非読んでみてほしい作品だと思います。

開高健「片隅の迷路」



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2013年ベスト

2013年の個人的ベストです。

小説

1位 宮部みゆき「ソロモンの偽証
2位 雛倉さりえ「ジェリー・フィッシュ
3位 山下卓「ノーサイドじゃ終わらない
4位 野崎まど「know
5位 笹本稜平「遺産
6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
7位 須賀しのぶ「北の舞姫 永遠の曠野 <芙蓉千里>シリーズ」
8位 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日
9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
16位 藤谷治「世界でいちばん美しい
17位 神林長平「言壺
18位 中脇初枝「わたしを見つけて
19位 奥泉光「黄色い水着の謎
20位 福澤徹三「東京難民


新書

1位 森博嗣「「やりがいのある仕事」という幻想
2位 青木薫「宇宙はなぜこのような宇宙なのか 人間原理と宇宙論」 3位 梅原大吾「勝ち続ける意志力
4位 平田オリザ「わかりあえないことから
5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
6位 小阪裕司「「心の時代」にモノを売る方法
7位 渡邉十絲子「今を生きるための現代詩
8位 更科功「化石の分子生物学
9位 坂口恭平「モバイルハウス 三万円で家をつくる
10位 山崎亮「コミュニティデザインの時代


小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
10位 エイドリアン・べジャン+J・ペタ―・ゼイン「流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則
11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
7位 ジュディ・ダットン「理系の子
8位 笹原瑠似子「おもかげ復元師
9位 古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち
10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
11位 石井光太「遺体
12位 佐野眞一「あんぽん 孫正義伝
13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
19位 二村ヒトシ「すべてはモテるためである
20位 平川克美「株式会社という病

2011年ベスト

2011年の個人的ベストです
小説
1位 千早茜「からまる
2位 朝井リョウ「星やどりの声
3位 高野和明「ジェノサイド
4位 三浦しをん「舟を編む
5位 百田尚樹「錨を上げよ
6位 今村夏子「こちらあみ子
7位 辻村深月「オーダーメイド殺人クラブ
8位 笹本稜平「天空への回廊
9位 地下沢中也「預言者ピッピ1巻預言者ピッピ2巻」(コミック)
10位 原田マハ「キネマの神様
11位 有川浩「県庁おもてなし課
12位 西加奈子「円卓
13位 宮下奈都「太陽のパスタ 豆のスープ
14位 辻村深月「水底フェスタ
15位 山田深夜「ロンツーは終わらない
16位 小川洋子「人質の朗読会
17位 長澤樹「消失グラデーション
18位 飛鳥井千砂「アシンメトリー
19位 松崎有理「あがり
20位 大沼紀子「てのひらの父

新書
1位 「「科学的思考」のレッスン
2位 「武器としての決断思考
3位 「街場のメディア論
4位 「デフレの正体
5位 「明日のコミュニケーション
6位 「もうダマされないための「科学」講義
7位 「自分探しと楽しさについて
8位 「ゲーテの警告
9位 「メディア・バイアス
10位 「量子力学の哲学

小説以外
1位 「死のテレビ実験
2位 「ピンポンさん
3位 「数学ガール 乱択アルゴリズム
4位 「消された一家
5位 「マネーボール
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番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)