黒夜行

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アカペラ(山本文緒)

今日は結構広い丸善に行って来たんだけど、そこであるものを見つけました。
8月下旬に発売になるという、伊坂幸太郎の新刊「あるキング」の冒頭15ページが読める無料の冊子。恐らくその丸善の人が手作りで作ったものでしょう。
書店で働いていると、ゲラと呼ばれるものがもらえることがあります。ゲラというのは、これから発売される本が印刷された紙の束で、僕も何度かもらったことがあります。僕がこれまでもらったことのあるゲラは、両手で足りるくらいですけど。
昔はどうだったか知りませんが、最近ではこのゲラがかなり書店員に出回っているようなんです。本の雑誌社の営業員である杉江さんという人のブログには、書店員の人とよく喋ったりするんだけど、書店員さんはこれから出る本のゲラをかなり読んでいるので話が合わない、みたいなことを前に書いていました。
ゲラが書店員にばらまかれる理由は、発売前に書店員に興味をもってもらい、販売に力を入れてほしいと願うためです。また時々、前もって読んでもらうことで帯のコメントを書いてもらったりというようなこともあるようです。
ちょっと話はずれますが、今年の本屋大賞を受賞した「告白」なんかは、まさに書店員と共にベストセラーを作り上げていったみたいです。発売前から出版社の人間と一部の書店員とで「告白販売チーム」みたいなものを組み、発売前から宣伝の仕方や売場での展開の仕方なんかで書店員の話を参考にしながら販売計画を立てていったのだ、みたいな話をどこかで聞きました。最近では、ベストセラーの陰にはどこかの書店員の力が働いてたりすることがかなりあります。以前と比べると、書店員が持つ力というのが格段と増してきたと言えるでしょうか。
冒頭で話を出した無料の冊子も、恐らくそういう書店員に配られるゲラをコピーして作ったものでしょう。ゲラは書店員に配られるといいますが、やっぱりそれは力のある書店に限られます。特にメジャー級の作家のゲラは有名な書店員のところにしかいかないでしょう。というかそもそもゲラっていうのは文芸書の担当がもらうもので(小説以外でゲラというのはなかなかないし、文庫の新刊の場合は既に発売されている本が文庫になるわけでゲラの存在の必要がない)、だから文庫担当の僕が少ないながらもゲラをもらったことがある、というのが結構凄いことではありますけど、それでもやっぱり羨ましいものだなと思います。伊坂幸太郎の新刊のゲラなんか、一生手に入らないでしょうね。
でもふと考えました。僕は文庫の担当ですけど、文庫でも同じことは出来ないだろうか、と。
文庫の新刊の場合、既に作品自体は発売されているわけで、だったらこれから出る文庫で注目作の冒頭をハードカバー版をコピーすることで無料冊子を作り、それを店頭で配るというのはどうだろうな、と思ったわけです。
問題点は二つ。
一つ目は、出版社の許可がもらえるのか、ということです。恐らく今日もらってきた伊坂幸太郎の冒頭の無料冊子にしても、出版社の許可なしでは出来ないでしょう。まして僕がやろうとしてるのは、既に製本済みのハードカバーの作品を冒頭だけにせよコピーして配ろう、というわけです。それが著作権もろもろ含めて、出版社から許可が出るのかというのが一つ。
そしてもう一つは、どれだけ効果があるのか、ということです。既に流通している本なんだから、冒頭部分が読みたいならいくらでもやりようはある。どっかの本屋でハードカバーの在庫を探してもいいし、図書館に行ってもいい。それなのに、わざわざ既に発売されている作品の冒頭だけをコピーして無料配布することに、どれだけ意味があるのか、ということです。
まあ適当に思いついたアイデアなんで使えるかどうか分かりませんが、そんなことを考えてみました。どうでしょうか?文庫でしか本を読まないという方、もし店の店頭にこれから文庫になる新刊の冒頭だけが無料冊子で置いてあったらちょっとは興味惹かれるでしょうか?それとも別にいいやって感じでしょうか?何か意見があったら教えてほしいなと思います。
そろそろ内容に入ろうと思います。
本書は三つの短編が収録された短編集です。

「アカペラ」
タマコは中学生。高校には進学しないことに決めていて、学校に内緒でアルバイトをしている。古着屋で自分が作った服を売っていて、卒業後はそこで正社員として働こうと思っている。
またママが家出した。パパはどこにいるのか知らない。ママがいなくなって、じっちゃんはすごく快適そうにしている。じっちゃんとの二人暮らしは快適。問題なし。私の将来も、何の問題もなし。
蟹江はタマコの担任の教師。デモシカで教師になった男。進路希望表にタマコだけが就職と書いていて焦る。高校ぐらいは出ておけよ、と思うが、家族も大変そうだし、校則で禁止されてるバイトもしてるようでよく分からない。何故か親とバイト先の社長とで面談したり。何やってるんだろうな、俺は。

「ソリチュード」
16の時、テストをフケるつもりで武藤ん家に行こうとしてそのまま家出したっきり20年。久しぶりに実家に戻ってきた。親父が死んだらしい。母親は、やけにあっさりおれを迎えてくれた。恨み言一つ言わない。美緒と再会し、その娘である一花に懐かれ、東京からおれを追っかけて人がやってきて、父親の四十九日の法要に出て、何をしてるんだか分からないけど、そうやって毎日を過ごしている。

「ネロリ」
楢崎志保子は中堅出版社の社長秘書。弟と二人暮らし。弟は39歳で、昔から体が弱くて、今まで一度も働いたことがない。ほとんど家から出ず、志保子と一緒の時間を過ごすことが多い。50歳になって、相変わらず黙って仕事をしていて、ある時社長に呼ばれて、仕事を辞めることになった。
ココアは病院でヒデ君に出会った。今まで母性本能って何?って感じだったけど、ヒデ君には何でもしてあげたくなる。ヒデ君は月に一回病院に行くために外出して、その時は会える。後は出版社で働いているお姉さんといつも一緒に暮らしている。何だかよく分かんない関係だけど、一応付き合ってるんだと思う。

というような話です。
小説にはいろんなタイプの小説があるんだけど、その中に、読んでいる人間の経験値が高くないとよく分からない小説というのが結構あります。どういう小説がそれだ、と具体的に挙げるのは難しいですけど、割と恋愛小説なんかはそんな感じがあるでしょう。そして本書は、恋愛小説っていう感じではないけど、やっぱりそういう感じの小説です。経験値が高くないとよくわからない。
たぶん本書は、人生に対して真剣に取り組んでて、酸いも甘いも経験して、そうやって人生を生きてきた30代とか40代の人なら分かるんだろうし面白いんだと思います。ただ僕は、人生に対してまったくやる気のない20代の人間で、そういう人生に対する経験値の低い人間にはちょっと本書はよく分からないんだろうな、というのが僕の感想です。
だから本書のことをうまく評価できないんですね。たぶんamazonとかのレビューを見れば、きっと評価は高いと思うんです。本書を絶賛している文章も読んだことがあります。でも僕には掴みどころのない作品だなとしか思えないんです。
小説というのはいくつもの取っ手が付いているものだと思うんです。読んでる人間は、その取ってのどれか一つ、あるいは複数を手に持って、そうやってその物語を自分の方へと引き寄せるんだと思います。
経験値の高い人間にはきっと、その取ってがたくさん見えるんだと思います。だからその取っ手を掴んで物語を自分の方向に引き寄せることが出来る。だけど経験値の低い僕には、取っ手がどこにあるのか全然見えないんです。たぶん他の人には見えてるんだろう取っ手がどこにあるのか分からないので、その物語を自分の方向に引き寄せることが出来ないんです。だからちょっとよく分かりませんでした。
三つある話の内、面白いなと思ったのは「アカペラ」です。タマコさんのすっとぼけた語り口も面白いし、じっちゃんのキャラもいいし、全体のほわほわした感じもいいと思いました。何を伝えたいんだかよく分からない話でしたけど、面白いことは面白いと思いました。
「ソリチュード」と「ネロリ」は何だかなぁという感じで、僕には合わない感じでした。別につまらない作品ではありませんでしたけど、特に面白いという感じでもなかったなぁ、という感じでした。
たぶんこれは、読んでいる僕の経験値の低さに原因があると思うので、作品自体に問題があるわけではないんだと思います。ちょっと僕には合わない感じの作品でしたが、たぶんちゃんとした経験値のある人が読めが楽しめる作品なんではないかな、という気がします。僕の感想は無視して読んでみてください。

追記)山本文緒という作家は一時うつ病みたいになったようで、執筆から遠ざかっていたんですけど、本書がその復帰第一作になるんです。で、amazonのレビューを見る限り、どうも本書は過去の山本文緒の作品とは大分違うらしいです。本書が初めての山本文緒作品の僕としてはよく分かりませんが、人によっては過去の作品の方がいいという意見もあるようです。なるほど、本書だけで山本文緒という作家を判断してはいけないということのようです。

山本文緒「アカペラ」



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2013年ベスト

2013年の個人的ベストです。

小説

1位 宮部みゆき「ソロモンの偽証
2位 雛倉さりえ「ジェリー・フィッシュ
3位 山下卓「ノーサイドじゃ終わらない
4位 野崎まど「know
5位 笹本稜平「遺産
6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
7位 須賀しのぶ「北の舞姫 永遠の曠野 <芙蓉千里>シリーズ」
8位 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日
9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
16位 藤谷治「世界でいちばん美しい
17位 神林長平「言壺
18位 中脇初枝「わたしを見つけて
19位 奥泉光「黄色い水着の謎
20位 福澤徹三「東京難民


新書

1位 森博嗣「「やりがいのある仕事」という幻想
2位 青木薫「宇宙はなぜこのような宇宙なのか 人間原理と宇宙論」 3位 梅原大吾「勝ち続ける意志力
4位 平田オリザ「わかりあえないことから
5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
6位 小阪裕司「「心の時代」にモノを売る方法
7位 渡邉十絲子「今を生きるための現代詩
8位 更科功「化石の分子生物学
9位 坂口恭平「モバイルハウス 三万円で家をつくる
10位 山崎亮「コミュニティデザインの時代


小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
10位 エイドリアン・べジャン+J・ペタ―・ゼイン「流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則
11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
7位 ジュディ・ダットン「理系の子
8位 笹原瑠似子「おもかげ復元師
9位 古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち
10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
11位 石井光太「遺体
12位 佐野眞一「あんぽん 孫正義伝
13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
19位 二村ヒトシ「すべてはモテるためである
20位 平川克美「株式会社という病

2011年ベスト

2011年の個人的ベストです
小説
1位 千早茜「からまる
2位 朝井リョウ「星やどりの声
3位 高野和明「ジェノサイド
4位 三浦しをん「舟を編む
5位 百田尚樹「錨を上げよ
6位 今村夏子「こちらあみ子
7位 辻村深月「オーダーメイド殺人クラブ
8位 笹本稜平「天空への回廊
9位 地下沢中也「預言者ピッピ1巻預言者ピッピ2巻」(コミック)
10位 原田マハ「キネマの神様
11位 有川浩「県庁おもてなし課
12位 西加奈子「円卓
13位 宮下奈都「太陽のパスタ 豆のスープ
14位 辻村深月「水底フェスタ
15位 山田深夜「ロンツーは終わらない
16位 小川洋子「人質の朗読会
17位 長澤樹「消失グラデーション
18位 飛鳥井千砂「アシンメトリー
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20位 大沼紀子「てのひらの父

新書
1位 「「科学的思考」のレッスン
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6位 「もうダマされないための「科学」講義
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小説以外
1位 「死のテレビ実験
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10位 「月3万円ビジネス
番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)