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シービスケット あるアメリカ競走馬の伝説(ローラ・ヒレンブランド)

そろそろ内容に入ろうと思います。
本書は、1930年代、大恐慌時代のアメリカに彗星のごとく現れた、伝説の競走馬・シービスケットの歴史を綴るノンフィクションです。
シービスケットが当時どれだけ人気だったのかを示す、こんな話があります。1938年、新聞が最も紙面を割いたのは、2位のルーズベルト、3位のヒットラー、4位のムッソリーニをおさえて、シービスケットが1位だったという事実です。当時の大統領(ルーズベルトがその当時の大統領でいいんですよね?)を差し置いて、新聞に最も顔を出したほどの人気ぶりだったわけです。
しかしそんなシービスケットも、元々スターだったというわけではありません。
シービスケットはかつて、全米一の調教師と呼ばれたフィッツシモンズという男が面倒を見ていました。しかしそのフィッツシモンズでさえも匙を投げだすような、そんな馬だったわけです。フィッツシモンズも、シービスケットの素質は見抜いていました。しかし、彼はその素質をどうやっても引き出すことが出来なかった。厩舎でも、シービスケットはもてあまされているような存在でした。
そんなシービスケットの素質を見抜き、馬主に絶対に買うようにと進言したのが、後にシービスケットの調教師として名を馳せたスミスです。スミスは元々大草原で野生馬馴らしをしていた本物の馬使いで、それがどういういきさつか都会に流れ出て、無名の厩舎で調教しとしての人生をスタートさせました。その後運命がスミスとハワードを引き合わせることになります。
ハワードはシービスケットの馬主で、1900年初頭、アメリカ西部最大のカーディーラーとして大成功を収め、巨万の富を築いた男です。まさに自動車産業が産声を上げ始めた時に、アメリカに自動車を普及させた功労者で(当時自動車は馬に劣ると思われていたのだけど、ハワードがそのイメージを一新させ、自動車が一気に普及するきっかけを作った)、そのハワードが自分が駆逐した馬によってさらに名声を高めるというのはなかなか面白い。
ハワードは、まったく実績のないスミスを雇い入れ、そのスミスの助言に従ってシービスケットを買った。しかし、ハワードの厩舎で働いていた者はそれをとんでもない愚行ではないかと思った。シービスケットは事故を起こした列車のようだった。とにかく常に暴れていたし、体重も標準を90キロ以上も下回っていた。どこから手をつければ、そもそもまともな競走馬になるのか分からないような始末だった。
しかしスミスはそんなシービスケットを、まるで『魔法のような』やり方で調教し、完全に自分のものにしていった。シービスケットも落ち着くようになり、スミスによって素質を引き出されたシービスケットは信じられないスピードを見せた。しかしまだ問題はあった。このクセのある馬に乗れる騎手を探しだなければいけない。
ポラードは子供の頃家を飛び出し、騎手への人生を歩み始めた。その当時の騎手の扱いは、最低のはるか下と言っても言い過ぎではないものだった。雇い主に僅かな穀物と交換で売りに出されたり、深刻な嫌がらせもあった。また、常に体重を低く維持していなくてはならないため、絶望的な方法で過酷なダイエットをすう羽目になった。それだけ努力しても、もらえる報酬はほんのわずかという有り様だった。
ポラードはそんな世界の中で努力したが、しかしそう簡単にはいかない世界だった。一時浮き上がったものの、とあるトラブルのせいでみるみる内に成績が下がっていった。ポラードは金に困るとボクサーとして金を稼ぐこともあった。
ポラードはある日、車で出かけた。途中で車が壊れ、ヒッチハイクをした。その終点で彼は、シービスケットのいる厩舎にたどり着いた。旅の相棒はいつものように、ダメだろうと思いながら、ポラードを売り込み始めた。
こうしてハワード・スミス・ポラードという三人が、シービスケットを中心に集まった。
シービスケットは、その圧倒的な強さを武器に、快進撃を続けた。人気はうなぎ登りだった。しかし、常に順風満帆だったというわけではない。というよりは、波乱の連続だった。ポラードは怪我に悩まされ、シービスケットも怪我とは無縁ではいられなかった。何度も雨に降られ、濡れた馬場が得意ではないシービスケットは何度も出走取消をする羽目になった。謂れのない中傷も山ほど受けた。憶測や噂が飛び交い、一時はハワード陣営は世間からまったく信用されなくなった。
しかし何よりもドラマチックなのは、ウォーアドミラルという競走馬の存在だろう。西部で最強を誇っていたシービスケットだったが、ウォーアドミラルは東部で最強を誇り、しかも世間的にはウォーアドミラルの方こそが全米最強の競走馬だと思われていた。
ハワードはこのウォーアドミラルとのマッチレースを何度も実現にこぎつけようとして様々な手を打った。しかしその度毎に何かが起こり、マッチレースはなかなか行われない。もうダメか、と誰もが諦めた時にそれは実現した。そしてその世紀の対決で、シービスケットは伝説となるのである。
最初から最後まで波乱万丈の連続で、小説よりもドラマチックな作品で、競馬なんかにまったく興味がないのにめちゃくちゃ興奮して読みました。こんなことが実際に起こったんだと思うと、本当に凄いなと思います。
シービスケットはとにかく強かった。シービスケットよりも強い馬がその後出てきたのかどうか、そういうことについては僕は分からないけど、でも僕は思う。もしシービスケットよりも強い馬が今後出ようとも、シービスケットほどドラマを生み出す馬は現れないだろう、と。
そもそも、ハワード・スミス・ポラードの三人が出会う経緯からしてなかなかのものです。特にスミスの存在は圧巻です。スミスは、それまでの調教の常識を180度ひっくり返すようなやり方で調教をし、それによって最高の馬を生み出したわけです。それなのに、晩年になっても適正な評価を与えられなかった不運な調教師でもあります。マスコミが大嫌いで、いかにマスコミを出しぬくかという点にサディスティックな満足を覚えていたその性格も面白いです。
ポラードもまた凄いです。シービスケットの馬主であるハワードは、「ポラードなくしてシービスケットなし」と言うほどポラードを評価していて、自分の息子のように可愛がっていました。しかしポラードは、残念なくらい怪我に悩まされることになります。重傷を負いながらもその度毎に復帰するという不屈の精神を見せ、最後の最後でのカムバックなんかはもう素晴らしいの一言です。本書は一応、ライバルであるウォーアドミラルとの対決が山場になりますが、その後シービスケット最後のレースとなるサンタアニタのレースがさらに最後の山場として控えています。先ほども書いたけど、こんなにもドラマを生み出す馬は、今後生まれないだろうと思います。
本書はもちろん、シービスケットを中心とした話になりますが、それだけではありません。当時の競馬をとりまく状況もあまねく伝えようとしています。騎手が減量とどう戦っていたのか、反則も何でもありだった当時のレース事情、賭博が法律で禁止されていた時代の競馬事情など、シービスケット周辺の話だけではなく、より広い視野で当時の競馬事情を描いています。なので、非常に重厚な作品に仕上がっていると思います。競馬のことなんか知らないし興味もないという人(僕もそうです)なんかでも十分に楽しめるし、たぶんシービスケットのことが好きになるんじゃないかなと思います。時間があれば、もっと本書の良さを色々書きたいところですが、ちょっと時間がないのでまだまだ書き足りないですけど、とにかく素晴らしいノンフィクションだったと思います。理系作品や経済作品のノンフィクションは時々読みますけど、スポーツ物はあんまり読まないです。これからもスポーツ物の良作ノンフィクションを読んでみようと思わせるような傑作でした。ぜひ読んでみてください。

ローラ・ヒレンブランド「シービスケット あるアメリカ競走馬の伝説」



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5位 笹本稜平「遺産
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9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
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13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
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小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
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3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
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5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
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11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
7位 ジュディ・ダットン「理系の子
8位 笹原瑠似子「おもかげ復元師
9位 古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち
10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
11位 石井光太「遺体
12位 佐野眞一「あんぽん 孫正義伝
13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
19位 二村ヒトシ「すべてはモテるためである
20位 平川克美「株式会社という病

2011年ベスト

2011年の個人的ベストです
小説
1位 千早茜「からまる
2位 朝井リョウ「星やどりの声
3位 高野和明「ジェノサイド
4位 三浦しをん「舟を編む
5位 百田尚樹「錨を上げよ
6位 今村夏子「こちらあみ子
7位 辻村深月「オーダーメイド殺人クラブ
8位 笹本稜平「天空への回廊
9位 地下沢中也「預言者ピッピ1巻預言者ピッピ2巻」(コミック)
10位 原田マハ「キネマの神様
11位 有川浩「県庁おもてなし課
12位 西加奈子「円卓
13位 宮下奈都「太陽のパスタ 豆のスープ
14位 辻村深月「水底フェスタ
15位 山田深夜「ロンツーは終わらない
16位 小川洋子「人質の朗読会
17位 長澤樹「消失グラデーション
18位 飛鳥井千砂「アシンメトリー
19位 松崎有理「あがり
20位 大沼紀子「てのひらの父

新書
1位 「「科学的思考」のレッスン
2位 「武器としての決断思考
3位 「街場のメディア論
4位 「デフレの正体
5位 「明日のコミュニケーション
6位 「もうダマされないための「科学」講義
7位 「自分探しと楽しさについて
8位 「ゲーテの警告
9位 「メディア・バイアス
10位 「量子力学の哲学

小説以外
1位 「死のテレビ実験
2位 「ピンポンさん
3位 「数学ガール 乱択アルゴリズム
4位 「消された一家
5位 「マネーボール
6位 「バタス 刑務所の掟
7位 「ぐろぐろ
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9位 「孤独と不安のレッスン
10位 「月3万円ビジネス
番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)