黒夜行

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雨ン中の、らくだ(立川志らく)

今日は、本の売れ方について書いてみようかなと思います。
普段僕は文庫と新書の担当をしているんですけど、売れ方を見ていると気づくことがあります。ただこれは、他のどの店でも通用するような話なのかは分かりません。僕のいる店だけの特徴という可能性もないではないと思うので、あまり一般化しないでください。まあそれは、この書店の話で書いているどの話についてもそうなんですが。
まず、特に文庫に多いですが、一時ものすごく話題になる作品というのがあります。映画化だったり、あるいはどこかの書店が仕掛けたりというようなことだったりしますが、そういうある一時期にものすごく売れた作品というのは、その後めっきり売れなくなるものが多いです。棚に差して置いてももちろん売れないし、もう一度平積みにしても売れない、ということが多い。
映画化作品で一番印象が強いのが、福井晴敏の「亡国のイージス」「終戦のローレライ」です。これは映画になった時はもうハチャメチャに売れましたが、今はもう全然ダメです。棚でも全然売れないのでもう長いこと置いていないし、最近文春文庫から「オペレーションローズダスト」が出たんで「亡国のイージス」を隣に置いてみたんだけど、まったく動かない。僕の中では、「亡国のイージス」と「終戦のローレライ」は、これまでの読書人生の中でも5本の指に入ると思っている傑作なんで、ここまで売れなくなってしまうというのが非常に残念です。
また、書店の仕掛けから火がついた作品だと、志水辰夫の「行きずりの街」や安達千夏の「モルヒネ」なんかがありますが、これらもやっぱりもう売れないです。元々売れていなかった作品なんで、売れなくなったとは言っても昔の状態に戻ったということですけど、やっぱり尋常ではなく売れていた時期があったわけで、それを考えるとこの急激な落ち込みにはビックリします。
一時話題になって売れるというのは決して悪いことではないとは思うんだけど、でも僕の経験上それはほぼ長続きしません。文芸書であれば、いずれ文庫になってしまうのだから短期間で話題になって出来るだけたくさん売れる方がいいでしょうが、文庫の場合は長く売ることが目標になってくるのではないかなと思います。その場合、短期間で話題になって売れまくって消費されてしまうと、その後まったく売れないという状態になってしまうので、文庫の存在意義が薄くなってしまうのではないかと思います。
だから森博嗣なんかはうまいと思うんです。森博嗣は、確かに新刊が出た時は割とスピーディに売れていく作家ですが、しかし大きく話題になるとかいうことはありません。でも、棚でずっと売れるんです。未だに回転がいい。一時ものすごく売れて、その後文庫の棚から消えてしまうよりは、長く売れ続けて棚にずっと残っていくということの方が重要だろうなと思います。
売れ方で気になるというと、特別なことは何もしていないのにずっと売れ続けている本というものがあります。ひと月に売れる冊数はそこまで激しいものではないけど、でも1年とか2年とかずっと売れ続けているから売場から外せない、というものですね。こういう本が割と多いんです。
伊坂幸太郎の作品なんかは全点をもう2年近く平積みしていると思うし、森博嗣の「スカイクロラ」シリーズは、「スカイ・クロラ」が文庫になった時から一度も売場から外したことがありません。「スカイ・クロラ」の累計の販売数は、紀伊国屋の本店の数字に匹敵すると営業さんに言われたこともあります。東野圭吾の「時生」は、「探偵ガリレオ」がテレビドラマになった時からずっと平積みにしていますが、未だに毎月20冊以上はコンスタントに売れています。雑学系だと、「子どもの心のコーチング」という本が大ヒットしたし、「知っておきたい日本の仏教」「知っておきたい日本の神様」なんて本もずっと売れています。こういうずっと売れる作品をいかに発掘するかというのが僕の一つの目標になっているんですけど、こういういつまでも売れ行きが落ちない本というのはすごいものだと思います。
最後に気になる売れ方は、一旦店内在庫が品切れになってしまったものです。そういう場合、また売れ始めるまでに少々時間が掛かることが多いです。
例えば最近では、集英社新書の「共働き子育て入門」という本があります。僕はこの本を去年かなり売ったんですけど、2、3月辺りで一旦出版社の方で品切れてしまって、店頭の在庫も切れてしまったことがあります。幸い出版社が重版してくれたようなので4月にまた入荷したんですけど、まだ以前ほどの売れ行きを取り戻せていません。こういうことはまあよくあって、だから店内在庫を切らしてはいけないとうまいこと発注しなくてはいけないんだけど、なかなか難しいものです。
まあそんなわけで、とりとめもなく売れ方の話を書きました。何にせよ本屋としては、売れるものを売るしかない、ということなんですけどね。
そろそろ内容に入ろうと思います。
本書は、立川談志の弟子であり、談志から「俺の狂気を受け継いでいる」と言わしめた立川志らくの、落語との出会いから現在に至るまでを立川談志との関わりをメインに据えながら描いた作品です。まあ要するに、立川談春の「赤めだか」みたいな作品です。冒頭で志らくもそう言っています。本書には「青めだか」なんて副題があるとかなんとか適当なことを言っていますけど。
志らくというのは、高田文夫に見出された才能なんです。大学の落研にいた志らくは、そのOBだった高田文夫に見込まれ、高田文夫自身も入門している立川流と引き合わせてくれます。立川談志は、高田文夫が面白いというなら引き受けようと言って弟子として受け入れます。
前座なのに前座らしいことが一切できず失敗ばかりして師匠を怒らせ、師匠の好きなものを好きになろうとして努力していたら周りの弟子に嫌われ、師匠に築地に修行に行けと言われて嫌だと答えたことが伝説になり、と入門当時からなかなか破格の存在だったようです。
しかし、師匠の好きな映画や歌謡曲を心底好きになり、師匠と同じ価値観を共有出来ていると確信できている志らくは、師匠の落語を間近で見てきたという自負もあり、師匠の一番の理解者だと自信を持っています。師匠と価値観を共有しているという点では、師匠からのお墨付きもあります。周囲からも大いに期待されている存在です。
しかしその人生は決して平坦なものではありませんでした。ぎっくり腰になったり、テレビでブレイクしてアイドルみたいになったはいいけど、誰も真面目に落語を聞きにきてくれなくなったり、そのファンを追い払って新たにシネマ落語を作り始めるも初めは評判がよくなかったり、その後映画を撮るんだけどこれで大失敗し、映画のための練習として始めた芝居が当たったけど、そのせいで落語が疎かになったりと、なかなか苦労して今の場所にたどり着いています。
近代落語中興の祖と言われる立川談志。この人を超える落語家は出ないと言われているようですが、しかしその壇志から、「俺のようになれ、そして俺を超えていけ」と言われる男。そんな男の自叙伝です。
全体的にはもうまるっきり「赤めだか」と雰囲気は同じです。どうして落語家になろうと思ったのか、何故立川談志の弟子になったのか、前座時代の失敗、それからいかにして落語家として精進していったのか、立川談志との関わり、などなど、本当に「青めだか」というタイトルでもいいかもしれないと思える作品でした。
まあ似てるとは言え、やはりタイプの違う二人が書いた作品。「赤めだか」も面白かったですが、本書もまた面白かったです。
立川志らくと談春は仲がいいようです。が、昔はそうでもなかったようです。確かに「赤めだか」の方でも、志らくが築地での修業を断ったという話を聞いて壇春がムカついたというような話があった気がします。また本書でも、一緒にテレビ番組に出ていて、それが原因でちょっと険悪な感じになってしまった、みたいなことが書いてありました。兄弟子である談春を差し置いて志らくが先に真打ちになってしまった、という部分もあるでしょうし。それでもいまではよきライバルとして互いに切磋琢磨しているようです。
一般には、「努力の談春、天才の志らく」と言われているようですが、志らくの側からすると違うみたいです。志らくは小心者で何かにつけて心配なんだけど、談春はそんなことはない。テレビのコントでも、志らくは必死で練習するんだけど、談春はへいちゃらだという感じでやらない。一度立川談春の落語を聞きに行ったことがありますが、その時の印象では、確かに豪胆というか動じない人っぽいなぁという感じはしました。
弟子というのは基本的に師匠を惚れ抜くものなんでしょうが、志らくは本当に突き抜けているという感じがしました。師匠と弟子というのは価値観の共有がなければ意味がない、と断言し、師匠と価値観を共有するために師匠が好きなものなら何でも好きになろうと思うような人間です。そのお陰もあって、師匠からお前は俺の狂気を受け継いでいると言われるほど価値観を共有することが出来るまでになったわけです。すごいものだなと思います。たぶん僕には出来ないですね。
志らくは映画評論家としても評価が高いようですが、映画監督としてはもう最低だったようです。最終的に四本撮ったようですが、周囲からはどれも駄作という評価。「映画さえ撮らなければ志らくはいい」と言われるくらいだったようです。やっぱり何でも出来るという風にはいかないということなんでしょうね。
本書を読んで思ったのは、立川談志の落語を生で聞きにいかないと後悔するんじゃないかっていうこと。だって、立川談志以上の落語家は今後出てこないかもしれない、と言われているような人なんです。そんな人と同時代に生きているのに生で聞きにいかないというのはものすごく損しているんじゃないかという気がしてくるんです。機会があったら聞きに行ってみたいですけど、どうなりますかねぇ。
まあそんなわけで、「赤めだか」を読んで面白いと思ったらこちらもどうぞ。どちらの作品も、落語にさほど興味がなくても十分楽しめる作品だと思います。是非読んでみてください。

立川志らく「雨ン中の、らくだ」




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2013年ベスト

2013年の個人的ベストです。

小説

1位 宮部みゆき「ソロモンの偽証
2位 雛倉さりえ「ジェリー・フィッシュ
3位 山下卓「ノーサイドじゃ終わらない
4位 野崎まど「know
5位 笹本稜平「遺産
6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
7位 須賀しのぶ「北の舞姫 永遠の曠野 <芙蓉千里>シリーズ」
8位 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日
9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
16位 藤谷治「世界でいちばん美しい
17位 神林長平「言壺
18位 中脇初枝「わたしを見つけて
19位 奥泉光「黄色い水着の謎
20位 福澤徹三「東京難民


新書

1位 森博嗣「「やりがいのある仕事」という幻想
2位 青木薫「宇宙はなぜこのような宇宙なのか 人間原理と宇宙論」 3位 梅原大吾「勝ち続ける意志力
4位 平田オリザ「わかりあえないことから
5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
6位 小阪裕司「「心の時代」にモノを売る方法
7位 渡邉十絲子「今を生きるための現代詩
8位 更科功「化石の分子生物学
9位 坂口恭平「モバイルハウス 三万円で家をつくる
10位 山崎亮「コミュニティデザインの時代


小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
10位 エイドリアン・べジャン+J・ペタ―・ゼイン「流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則
11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
7位 ジュディ・ダットン「理系の子
8位 笹原瑠似子「おもかげ復元師
9位 古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち
10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
11位 石井光太「遺体
12位 佐野眞一「あんぽん 孫正義伝
13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
19位 二村ヒトシ「すべてはモテるためである
20位 平川克美「株式会社という病

2011年ベスト

2011年の個人的ベストです
小説
1位 千早茜「からまる
2位 朝井リョウ「星やどりの声
3位 高野和明「ジェノサイド
4位 三浦しをん「舟を編む
5位 百田尚樹「錨を上げよ
6位 今村夏子「こちらあみ子
7位 辻村深月「オーダーメイド殺人クラブ
8位 笹本稜平「天空への回廊
9位 地下沢中也「預言者ピッピ1巻預言者ピッピ2巻」(コミック)
10位 原田マハ「キネマの神様
11位 有川浩「県庁おもてなし課
12位 西加奈子「円卓
13位 宮下奈都「太陽のパスタ 豆のスープ
14位 辻村深月「水底フェスタ
15位 山田深夜「ロンツーは終わらない
16位 小川洋子「人質の朗読会
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18位 飛鳥井千砂「アシンメトリー
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新書
1位 「「科学的思考」のレッスン
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5位 「明日のコミュニケーション
6位 「もうダマされないための「科学」講義
7位 「自分探しと楽しさについて
8位 「ゲーテの警告
9位 「メディア・バイアス
10位 「量子力学の哲学

小説以外
1位 「死のテレビ実験
2位 「ピンポンさん
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9位 「孤独と不安のレッスン
10位 「月3万円ビジネス
番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)