黒夜行

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ブラ・バロック(結城充考)

そろそろ内容に入ろうと思います。
本作は、今年の日本ミステリー文学大賞を受賞した新人の作品で、恐らくこれから大いに話題になっていくのではないか、と思われる作品です。
舞台は、京浜工業地帯。神奈川県警機動捜査隊に所属する女刑事・クロハは、喉を切り裂くという残忍な殺人事件の捜査中、別件で埋立地の冷凍コンテナに行かされることになった。事情があってコンテナを開けるんで、立ち会って欲しいということらしい。女だからという理由でこういう扱いをされる。機動捜査隊を希望したのは、捜査の本質を知るためなのに。
しかしそこでクロハは、予想もしなかった事態に遭遇する。冷凍コンテナから、14体の凍死体が発見されたのだ。
ドアノブから死んだ人間すべての指紋が検出され、また睡眠薬を服用していることから集団自殺と判断されたが、事態の解明のために捜査は続けられる。クロハは、上司の嫌がらせに遭い、捜査から外されるが、それに反発してあちこち首を突っ込むことになる。
後から見つかった遺書。クロハが逃げ込む仮想空間。アレルギーを抱える息子を持つ姉。ハラやサトウといった同僚。振り続く雨。頻発する殺人事件。謎の男との遭遇。増える死体…。
というような作品です。
新人の作品とは思えない出来で、これはなかなかレベルが高い、と思いました。著者はかつて、電撃大賞の銀賞とかを受賞しているようで、本作がデビュー作というわけではないようですが、それにしても新人でここまで書けるというのは素晴らしいと思います。
本作の一番の特徴は文体でしょうか。恐らく僕の予想では、この文体を受け付けないという人はいるだろうなと思います。全体的に感情が隠れていて無機質さを感じさせる文体で、非常に冷たい。苦手だと感じる人はいることでしょう。でも僕はこういう感じは好きでした。森博嗣の「スカイ・クロラ」ともちょっと違う感じではあるんですけど、イメージとしては近いです。「スカイ・クロラ」が完全な無関心によって無機質さを演出しているのに対して、本書では無機質さの中にキリっとしたトゲトゲしたものを感じます。もの凄く冷たい雨に打たれているような文体で、作品全体の雰囲気ともものすごく合っているんで、いいと思いました。この著者がこれから成功できるかどうかは、作品に合わせて文体を変えられるかどうか、に掛かっているかもしれません。あるいは文体を変えられないのなら、自分の文体に合ったストーリーを生み出せるかどうかに。本作では、作品の雰囲気と文体が非常に合っていたので、全体としていい効果を生んでいたと思います。
ストーリーもなかなか斬新じゃないかなと思います。本作は、括りとしては警察小説となると思うけど、普通警察小説って大きな事件を扱うじゃないですか。連続殺人とか誘拐とか。でも本作では集団自殺というのがストーリーの入口なんです。規模は確かに小さくはないかもしれないけど、それで警察小説を書くには厳しいんじゃないかなと思えるような題材で、それを新人がやるっていうんだから度胸があります。
そんな、警察小説で描くにはちょっと地味ではないかと思える集団自殺を扱った作品なんだけど、これが面白い風に展開していくんです。自殺だということはすぐ判明するんだけど、そこからどうやって物語を展開させていくんだろうと僕は思っていました。しかし、巧いですね。遺体の身元を割り出せば終わりだろうと高を括っていた面々(もちろん読者も)を驚かせるような事実が次々出てくるんです。構成が巧いと思いました。これだけ地味な題材で、ここまで物語を転がすことが出来るというのは、著者の力量だろうなと感じました。
しかも本作は、さっきも書いたように文体が非常に冷たくて落ち着いているんです。そうすると、まったく一切の予感がない状態でびっくりするような出来事が起こったりするんです。普通小説って、こうなるんじゃないか、あぁだったらどうしよう、みたいなことを読者に思わせて、で裏切られたぁ、そうくるかぁ、って思わせるんじゃないかって思うんだけど(特にミステリーでは)、本作はその「あぁだったらどうしよう」みたいなことを考える部分が全然ないんです。だから、自分の思っていたこととの落差に驚くみたいな風ではなくて、予想もしない方向から車が突っ込んできたみたいに、突然事態が進展するんです。これは、口で言うほど簡単ではないと思うんですね。だって、読者に何か予想をさせるのであれば、それを裏切れば読者を驚かせることが出来るけど(まあもちろんそれも難しいんだろうけど)、本作ではどうなるのかまったく先を読ませない(トリックがどうとかっていう点ではなく、ストーリーの展開がどんな風になっていくのかというのがイメージ出来ないと思う)状態で驚かせるわけで、一番難しい点は、「あぁだったらどうしよう」なんて言う風に思わせないで、でも早く先を読みたいと思わせること。本作ではここが出来ているんですね。
その最も重要な要素が、クロハという女刑事の存在だと思います。本作は、読者にストーリー以外の部分に意識を向けている間にストーリーの方で大きな展開を持たせるというような、何となくマジシャンがやっているようなテクニックでページをめくらせているような気がするんだけど、そのストーリー以外の部分で読者に意識を向けさせるのが、クロハではないかなと思います。上司とぶつかったり、同僚との関係性だったり、クロハ自身の過去だったり、姉との関わりだったり、謎の男との邂逅だったり、仮想空間での出来事だったりと、クロハの存在が非常に目立つんです。感情を抑えた冷たい文体の癖に、妙にクロハが気になる。そういう風に描いているんだろうけど、このクロハの存在が読者の目くらましになってストーリーへの注意を削がせ、その隙にびっくりするような展開を持ってきているんだろうなと言う気がしました。
帯には、選考委員の言葉が載っているんだけど、有栖川有栖の「今書かれ、今読まれるべき新感覚のミステリー」というのは確かにその通りだなと思います。例えば本作が10年前に出たとしたら、ちょっと受け入れられないんじゃないかって思います。わかりませんけど、まさに「今」だからこそ通用する雰囲気や背景を持っている作品だなと思います。
また、田中芳樹の「この作家でなければ書き得ない境地を獲得している」というのも、ちょっと大げさだけど分かる気はします。文体や作品全体の雰囲気に、著者自身の個性が滲み出ていて、こういう新人はそう多くはないと思います。これからうまくすれば、かなりメジャーな作家になっていくかもしれないなぁと思わせる萌芽があります。
新人賞受賞作というのは、正直外れが多いというのが僕の印象ですが、本作はかなり当たりだと思います。本作の文体が受け入れられないという人はまず間違いなくいると思うので、買う前に10ページくらい立ち読みすることをオススメしますが、文体が受け入れられるようなら是非読んでみてください。警察小説にしては地味な題材を、非常にうまく扱って面白い物語に仕立てています。全体の雰囲気も特徴的で、作家の個性が出ています。このクロハって女刑事はシリーズになりそうな予感もしますが、シリーズにならなくても、二作目以降ちょっと気にしてみようと思います。装丁も結構かっこいい(カバーだけでなく、本体そのものにも印刷があって、新人の作品への装丁としては結構気合いが入ってると思う)ので、是非手に取ってみてください。たぶんこれから話題になる作品だと思うんだけどなぁ。

追記)amazonを見たら、動画が貼ってありました。大した内容じゃないけど、出版社が力入れてるんだなぁというのが伝わってきます。

結城充孝「ブラ・バロック」





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2013年ベスト

2013年の個人的ベストです。

小説

1位 宮部みゆき「ソロモンの偽証
2位 雛倉さりえ「ジェリー・フィッシュ
3位 山下卓「ノーサイドじゃ終わらない
4位 野崎まど「know
5位 笹本稜平「遺産
6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
7位 須賀しのぶ「北の舞姫 永遠の曠野 <芙蓉千里>シリーズ」
8位 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日
9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
16位 藤谷治「世界でいちばん美しい
17位 神林長平「言壺
18位 中脇初枝「わたしを見つけて
19位 奥泉光「黄色い水着の謎
20位 福澤徹三「東京難民


新書

1位 森博嗣「「やりがいのある仕事」という幻想
2位 青木薫「宇宙はなぜこのような宇宙なのか 人間原理と宇宙論」 3位 梅原大吾「勝ち続ける意志力
4位 平田オリザ「わかりあえないことから
5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
6位 小阪裕司「「心の時代」にモノを売る方法
7位 渡邉十絲子「今を生きるための現代詩
8位 更科功「化石の分子生物学
9位 坂口恭平「モバイルハウス 三万円で家をつくる
10位 山崎亮「コミュニティデザインの時代


小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
10位 エイドリアン・べジャン+J・ペタ―・ゼイン「流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則
11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
7位 ジュディ・ダットン「理系の子
8位 笹原瑠似子「おもかげ復元師
9位 古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち
10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
11位 石井光太「遺体
12位 佐野眞一「あんぽん 孫正義伝
13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
19位 二村ヒトシ「すべてはモテるためである
20位 平川克美「株式会社という病

2011年ベスト

2011年の個人的ベストです
小説
1位 千早茜「からまる
2位 朝井リョウ「星やどりの声
3位 高野和明「ジェノサイド
4位 三浦しをん「舟を編む
5位 百田尚樹「錨を上げよ
6位 今村夏子「こちらあみ子
7位 辻村深月「オーダーメイド殺人クラブ
8位 笹本稜平「天空への回廊
9位 地下沢中也「預言者ピッピ1巻預言者ピッピ2巻」(コミック)
10位 原田マハ「キネマの神様
11位 有川浩「県庁おもてなし課
12位 西加奈子「円卓
13位 宮下奈都「太陽のパスタ 豆のスープ
14位 辻村深月「水底フェスタ
15位 山田深夜「ロンツーは終わらない
16位 小川洋子「人質の朗読会
17位 長澤樹「消失グラデーション
18位 飛鳥井千砂「アシンメトリー
19位 松崎有理「あがり
20位 大沼紀子「てのひらの父

新書
1位 「「科学的思考」のレッスン
2位 「武器としての決断思考
3位 「街場のメディア論
4位 「デフレの正体
5位 「明日のコミュニケーション
6位 「もうダマされないための「科学」講義
7位 「自分探しと楽しさについて
8位 「ゲーテの警告
9位 「メディア・バイアス
10位 「量子力学の哲学

小説以外
1位 「死のテレビ実験
2位 「ピンポンさん
3位 「数学ガール 乱択アルゴリズム
4位 「消された一家
5位 「マネーボール
6位 「バタス 刑務所の掟
7位 「ぐろぐろ
8位 「自閉症裁判
9位 「孤独と不安のレッスン
10位 「月3万円ビジネス
番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)