粗忽拳銃(竹内真)
東都テレビ第七スタジオ。そこでは今、ドラマの撮影が行われている。
今日の撮影では、拳銃を撃つシーンが出てくる。その拳銃にまつわる話である。
小道具係の大谷は、撮影で使うモデルガンを持ってスタジオ内に入った。しかしそこで助監督に呼び止められ、その時モデルガンをその辺に置いてどこかへ行ってしまう。
中谷のマネージャーである小磯から拳銃を受け取った小道具係の大谷は、モデルガンを所定の位置にセットした。撮影はもうすぐ始まることだろう。
「ば~ん」
照明係の大森は、メイク係である中西に拳銃を向けられて驚いた。本物であるわけがないとは分かっているのだけど、やはりいい気持ちがしない。なるほど、これが仕返しというわけか。
そこに、ものすごい形相をした中谷がやってきた。拳銃を持っている中西に近づくと、中西を殴りつけて拳銃を奪った。大森も中西もポカンとするばかりだった。
メイク係である中西は、通路脇の台の上に拳銃が置かれているのを見つけた。今日の撮影で使うものだろう。そうだ、さっき大森さんにされた悪戯の仕返しをしてやろう。中西はちょっと借りるつもりでその拳銃を持っていった。
楽屋に戻った中谷は、自分のバッグがなくなっていることに気づいた。そんなバカな。あの中には拳銃が入ってるんだぞ。中谷は急いで楽屋を飛び出した。
出演者の一人である中谷は、同じく出演者の一人である松本に恨みがあった。今日は、中谷が松本を拳銃で撃つシーンが出てくる。このチャンスを逃すわけにはいかない。中谷は、局内になんとか拳銃を隠し持っていた。今それは、楽屋のバッグの中にある。
バッグを持ち出した中西は、通路脇の人目につかないところでバッグを漁った。何だかごちゃごちゃしている。目的のものは見つからなかったが、バッグの中には拳銃が入っていた。今日の撮影で使う小道具だろう。どうしてこんなところにあるのだろう。とりあえず小道具係の大谷のところに持っていってあげよう。
中谷は急いでスタジオ内にやってきたが、拳銃は既に所定の位置に置かれてしまっていた。さすがに衆人環視の中拳銃を摩り替えるのは難しい。仕方ない。松本を殺すのはまたの機会を待つことにしよう。
拳銃を撃つシーンの撮影が始まった。中谷は松本に向かって銃を構える。そして、引き金を引いた。
一銃「さてどうなる」
そろそろ内容に入ろうと思います。
入門五年目にして未だ前座である噺家の流々亭天馬には、三人の友人がいる。映画監督を目指していて、有名な監督の元で助監督をやりながら自主制作映画を撮っている時村。ライターを目指していて、有名なライターの元で事務仕事をしながら取材や文章の書き方を学んでいる可奈。役者を目指していて、劇団に所属しながらいろんなオーディションを受けている広介。この四人はいつも一緒につるんでいて、時村の映画に出演したり上映の手伝いをしたり、天馬の公演を聞きに行ったり、人物レポの練習のために天馬をインタビューしたりと、お互い支えあいながら一緒に夢を目指している仲間である。
この四人組はある日、ふとしたことから落ちている拳銃を拾ってしまう。初めはモデルガンだと思って遊んでいたのだけど、ふと引き金を引いてみると実弾が出てきた。本物だ!
そんな、とんでもないと言えばとんでもないけど、人生を変えるほどでもないはずだった出来事が、彼ら四人の人生を大きく加速させていくことになる…。
というような話です。
ちょっと仕事にも関わる関係で読み始めた作品なんですけど、思った以上に、というか無茶苦茶面白くて非常に満足しました。
著者は本作ですばる文学新人賞を受賞しているんですけど、デビュー作というわけでもないみたいですね。他にも、三田文学新人賞、小説現代新人賞なんかを受賞しているようです。しかしものにもよりますけど、すばる文学新人賞受賞作というのはやっぱりレベルが高いですね。
本作は、実に構成がうまい作品だと思います。まず発端がある。それは、四人がたまたま拳銃を拾って、しかもそれを街中でぶっ放してしまう、という無茶苦茶な出来事なんだけど、とにかくこの発端を起点として、それぞれの夢に向かっている四人が、この一発の銃声をきっかけにして自分の夢が大きく動いていくという展開なわけです。噺家を目指している天馬も、映画監督を目指している時村も、ライターを目指している可奈も、役者を目指している広介も、この拳銃を拾って撃つという出来事と何かしらの関係があって、それぞれの夢をこれまでとは違った形で追いかけることになるわけです。
まずこの設定が絶妙ですね。拳銃を拾って撃つなんていうことがストーリーとここまで密接に絡んでくるとは、読み始めた時はまったく思いませんでした。最後の方になると何だかとんでもない話になってきて、しかもそのとんでもない状況を出来る限り楽しんでやろうじゃんみたいな発想になってくるから余計に渾沌としてきますね。いやはや、何度も書きますけど、拳銃を拾って撃ってしまったことからここまで話が広がるものかと、感心しました。
本作は、四人の視点がかなり頻繁に入れ替わる多視点の構成になっているんですけど、この処理も実にうまいです。ベテランの作家ならともかく、新人に近い作家が多視点で小説を書こうとすると、うまく処理できなくて失敗するケースが多いような気がします。本作では、難しいはずの多視点での構成にまったく無理がないし、四人のバランスも実にいいし、それぞれの場面での視点役の選択も的確だと思うし、ストーリーを展開させるのにこの多視点の文章というのを実にうまく使っているな、という感じがしました。
キャラクターも実にいいですね。まずやはり、本作全体の主人公であると言える天馬がいいキャラをしています。破天荒な師匠の下にいるからか、あるいは噺家というのは元々そういう人ばっかりがなるのか、妙に度胸が据わっているし言うことやること無茶苦茶です。拳銃を初めに街中でぶっ放してしまうのもこの天馬です。後半とんでもない状況になってきても、いやいやそれを楽しんでやろうじゃんと周りをけしかけるのもこの天馬です。とにかく落語が大好きで、何もない空間に喋りだけですべてのものを表現してしまう落語こそ、芸術のトップであると自負して止まない。やはりこの物語は、天馬がエンジンとなって回している印象です。
時村はよく天馬と対立する役どころです。対立というほどでもないのだけど、よく突っかかる間柄ですね。天馬に押し切られることもあるし、逆にやり返すこともあったりで面白いです。時村は時村で、映画こそが芸術のトップだと自負があって、映画にすべてを賭けているようなところがある。天馬に拳銃を向けられて危うく死にそうになったのもこの時村です。
広介は、かなり落ち着いた立ち位置です。いつどんな時でも冷静で場の空気を読み行動する一方で、腹を据えたら何でもやってしまう度胸はあって、さすが舞台俳優と言ったところです。いじられる役回りであることが多いのだけど、時々周りを凌ぐような発言や行動をすることがあって、なかなか一筋縄ではいかない男です。
紅一点の可奈は、男同士でいるかのように他の三人と付き合っています。一緒の部屋に雑魚寝をしたりなんていうのも全然平気で、いつどんな時だって一緒に行動をしている。年上だろうが呼び捨てで、そういう気の強い面もあるかと思えば、親から見合いをしろとしつこく迫られて天馬に相談したりなんていう殊勝さもあったりして、なかなか面白い女性として描かれています。
この四人それぞれに見せ場があります。天馬は基本的に全編を通じてメインで語られる存在だけど、広介はラストチャンスであると決めたオーディションのシーンがあるし、時村には後半の映画の撮影がある。可奈は天馬にした人物レポのインタビューがある。これらを、拾った拳銃と絡めて展開させていくわけです。
しかしちょっと残念だったのは、可奈の見せ場がちょっと少なかったということです。可奈はライター志望で、正直ストーリー上で見せ場を作るのはなかなか難しい立ち位置だったかもしれないけど、でももう少し頑張って欲しかったなぁ、と思わないでもありません。そこだけがちょっと残念ですね。
しかしまあいろいろ書きましたけど、かなり面白い作品でした。これなら仕掛けでやっても売れるかもしれません。フレーズは、
『一発の銃声が、四人の夢を加速させる』
とかかなぁ。もう少し考えるか。
まあそんなわけで、是非読んでみてください。かなり面白い作品ですよ。オススメです!
竹内真「粗忽拳銃」
今日の撮影では、拳銃を撃つシーンが出てくる。その拳銃にまつわる話である。
小道具係の大谷は、撮影で使うモデルガンを持ってスタジオ内に入った。しかしそこで助監督に呼び止められ、その時モデルガンをその辺に置いてどこかへ行ってしまう。
中谷のマネージャーである小磯から拳銃を受け取った小道具係の大谷は、モデルガンを所定の位置にセットした。撮影はもうすぐ始まることだろう。
「ば~ん」
照明係の大森は、メイク係である中西に拳銃を向けられて驚いた。本物であるわけがないとは分かっているのだけど、やはりいい気持ちがしない。なるほど、これが仕返しというわけか。
そこに、ものすごい形相をした中谷がやってきた。拳銃を持っている中西に近づくと、中西を殴りつけて拳銃を奪った。大森も中西もポカンとするばかりだった。
メイク係である中西は、通路脇の台の上に拳銃が置かれているのを見つけた。今日の撮影で使うものだろう。そうだ、さっき大森さんにされた悪戯の仕返しをしてやろう。中西はちょっと借りるつもりでその拳銃を持っていった。
楽屋に戻った中谷は、自分のバッグがなくなっていることに気づいた。そんなバカな。あの中には拳銃が入ってるんだぞ。中谷は急いで楽屋を飛び出した。
出演者の一人である中谷は、同じく出演者の一人である松本に恨みがあった。今日は、中谷が松本を拳銃で撃つシーンが出てくる。このチャンスを逃すわけにはいかない。中谷は、局内になんとか拳銃を隠し持っていた。今それは、楽屋のバッグの中にある。
バッグを持ち出した中西は、通路脇の人目につかないところでバッグを漁った。何だかごちゃごちゃしている。目的のものは見つからなかったが、バッグの中には拳銃が入っていた。今日の撮影で使う小道具だろう。どうしてこんなところにあるのだろう。とりあえず小道具係の大谷のところに持っていってあげよう。
中谷は急いでスタジオ内にやってきたが、拳銃は既に所定の位置に置かれてしまっていた。さすがに衆人環視の中拳銃を摩り替えるのは難しい。仕方ない。松本を殺すのはまたの機会を待つことにしよう。
拳銃を撃つシーンの撮影が始まった。中谷は松本に向かって銃を構える。そして、引き金を引いた。
一銃「さてどうなる」
そろそろ内容に入ろうと思います。
入門五年目にして未だ前座である噺家の流々亭天馬には、三人の友人がいる。映画監督を目指していて、有名な監督の元で助監督をやりながら自主制作映画を撮っている時村。ライターを目指していて、有名なライターの元で事務仕事をしながら取材や文章の書き方を学んでいる可奈。役者を目指していて、劇団に所属しながらいろんなオーディションを受けている広介。この四人はいつも一緒につるんでいて、時村の映画に出演したり上映の手伝いをしたり、天馬の公演を聞きに行ったり、人物レポの練習のために天馬をインタビューしたりと、お互い支えあいながら一緒に夢を目指している仲間である。
この四人組はある日、ふとしたことから落ちている拳銃を拾ってしまう。初めはモデルガンだと思って遊んでいたのだけど、ふと引き金を引いてみると実弾が出てきた。本物だ!
そんな、とんでもないと言えばとんでもないけど、人生を変えるほどでもないはずだった出来事が、彼ら四人の人生を大きく加速させていくことになる…。
というような話です。
ちょっと仕事にも関わる関係で読み始めた作品なんですけど、思った以上に、というか無茶苦茶面白くて非常に満足しました。
著者は本作ですばる文学新人賞を受賞しているんですけど、デビュー作というわけでもないみたいですね。他にも、三田文学新人賞、小説現代新人賞なんかを受賞しているようです。しかしものにもよりますけど、すばる文学新人賞受賞作というのはやっぱりレベルが高いですね。
本作は、実に構成がうまい作品だと思います。まず発端がある。それは、四人がたまたま拳銃を拾って、しかもそれを街中でぶっ放してしまう、という無茶苦茶な出来事なんだけど、とにかくこの発端を起点として、それぞれの夢に向かっている四人が、この一発の銃声をきっかけにして自分の夢が大きく動いていくという展開なわけです。噺家を目指している天馬も、映画監督を目指している時村も、ライターを目指している可奈も、役者を目指している広介も、この拳銃を拾って撃つという出来事と何かしらの関係があって、それぞれの夢をこれまでとは違った形で追いかけることになるわけです。
まずこの設定が絶妙ですね。拳銃を拾って撃つなんていうことがストーリーとここまで密接に絡んでくるとは、読み始めた時はまったく思いませんでした。最後の方になると何だかとんでもない話になってきて、しかもそのとんでもない状況を出来る限り楽しんでやろうじゃんみたいな発想になってくるから余計に渾沌としてきますね。いやはや、何度も書きますけど、拳銃を拾って撃ってしまったことからここまで話が広がるものかと、感心しました。
本作は、四人の視点がかなり頻繁に入れ替わる多視点の構成になっているんですけど、この処理も実にうまいです。ベテランの作家ならともかく、新人に近い作家が多視点で小説を書こうとすると、うまく処理できなくて失敗するケースが多いような気がします。本作では、難しいはずの多視点での構成にまったく無理がないし、四人のバランスも実にいいし、それぞれの場面での視点役の選択も的確だと思うし、ストーリーを展開させるのにこの多視点の文章というのを実にうまく使っているな、という感じがしました。
キャラクターも実にいいですね。まずやはり、本作全体の主人公であると言える天馬がいいキャラをしています。破天荒な師匠の下にいるからか、あるいは噺家というのは元々そういう人ばっかりがなるのか、妙に度胸が据わっているし言うことやること無茶苦茶です。拳銃を初めに街中でぶっ放してしまうのもこの天馬です。後半とんでもない状況になってきても、いやいやそれを楽しんでやろうじゃんと周りをけしかけるのもこの天馬です。とにかく落語が大好きで、何もない空間に喋りだけですべてのものを表現してしまう落語こそ、芸術のトップであると自負して止まない。やはりこの物語は、天馬がエンジンとなって回している印象です。
時村はよく天馬と対立する役どころです。対立というほどでもないのだけど、よく突っかかる間柄ですね。天馬に押し切られることもあるし、逆にやり返すこともあったりで面白いです。時村は時村で、映画こそが芸術のトップだと自負があって、映画にすべてを賭けているようなところがある。天馬に拳銃を向けられて危うく死にそうになったのもこの時村です。
広介は、かなり落ち着いた立ち位置です。いつどんな時でも冷静で場の空気を読み行動する一方で、腹を据えたら何でもやってしまう度胸はあって、さすが舞台俳優と言ったところです。いじられる役回りであることが多いのだけど、時々周りを凌ぐような発言や行動をすることがあって、なかなか一筋縄ではいかない男です。
紅一点の可奈は、男同士でいるかのように他の三人と付き合っています。一緒の部屋に雑魚寝をしたりなんていうのも全然平気で、いつどんな時だって一緒に行動をしている。年上だろうが呼び捨てで、そういう気の強い面もあるかと思えば、親から見合いをしろとしつこく迫られて天馬に相談したりなんていう殊勝さもあったりして、なかなか面白い女性として描かれています。
この四人それぞれに見せ場があります。天馬は基本的に全編を通じてメインで語られる存在だけど、広介はラストチャンスであると決めたオーディションのシーンがあるし、時村には後半の映画の撮影がある。可奈は天馬にした人物レポのインタビューがある。これらを、拾った拳銃と絡めて展開させていくわけです。
しかしちょっと残念だったのは、可奈の見せ場がちょっと少なかったということです。可奈はライター志望で、正直ストーリー上で見せ場を作るのはなかなか難しい立ち位置だったかもしれないけど、でももう少し頑張って欲しかったなぁ、と思わないでもありません。そこだけがちょっと残念ですね。
しかしまあいろいろ書きましたけど、かなり面白い作品でした。これなら仕掛けでやっても売れるかもしれません。フレーズは、
『一発の銃声が、四人の夢を加速させる』
とかかなぁ。もう少し考えるか。
まあそんなわけで、是非読んでみてください。かなり面白い作品ですよ。オススメです!
竹内真「粗忽拳銃」
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