黒夜行

>>2017年07月27日

天盆(王城夕紀)



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恩田陸「蜜蜂と遠雷」という小説を読んだ時は驚いた。
何故か。
この小説は、言葉で表現するのは不可能なのではないかと思える「音楽(しかもクラシック音楽)」を、言葉だけの力で描ききっている作品だったからだ。
誰もが知っているわけではない曲を、言葉の力だけで「聴かせる」。このことがどれだけ大変なことか、想像することはなかなか難しい。しかも「聴かせる」だけではない。「蜜蜂と遠雷」はクラシックのコンクールの話だったが、言葉の力だけで読者を、そのコンクールの「観客」に仕立て上げるのだ。その場にいて、その場で音楽を聴いているかのような感覚に、読者を引きずり込んでいく。凄まじい小説だったのだ。

本書も、ちょっと違うのだが、「蜜蜂と遠雷」を読んだ時に近いような感覚を味わった。

タイトルにもなっている「天盆」というのは、蓋という国固有の盤戯、つまりボードゲームである。将棋のルールを知っている人が読めば、概ね将棋に近いルールなのだろう、と想像は付く。しかし本書の中では、明確には「天盆」のルールは説明されない。

つまり読者は、ルールのはっきり分からない「天盆」というゲームについての小説を読むことになるのだ。

もちろん、そこにはプラスの効果もある。将棋ではなく、将棋に似た「天盆」という架空のゲームを設定したことで、「ゲームのルールそのものを知らなくてもこの作品は読めますよ」というメッセージを発することが出来る。「天盆」のルールを明確に設定しなかったのも、そういう意図からだろうと思う。

しかし、いくら将棋に似ているからと言って、ルールのはっきり分からないゲームについて描写することはなかなか困難だろうと思う。将棋のルールを知っている人に向けて将棋の対局を描写するのだってそう簡単なことではないはずだ。ルールを明示しないゲームの対局を描写することはより困難だろう。

しかし著者は、デビュー作にしてその困難をさらりと乗り越えている。確かに「天盆」のルールは分からないし、彼らがどう駒を動かしたのか、そうすることで盤面がどうなったのかなどの状況は分からない。それでも、対局中の熱気や対局に賭ける想い、一手指す毎に変化する観客の様子や息遣いなんかを、実にうまく描き出していく。

ルールを明示しない架空の「天盆」というゲームを設定したことで、「将棋は知らないから…」と尻込みされる可能性を排除出来た。そして、ルールを明示しないゲームの描写を、その筆力によってきっちりと描き出すことで、「天盆」を設定したマイナス部分を見事に補って見せた。その力量に、僕は驚かされたのだ。

内容に入ろうと思います。
蓋の国には、「天盆」と呼ばれる盤戯が昔から親しまれている。国を興した者たちが興じていたことがきっかけだったらしいが、今では天盆の才のあるなしが立身に影響を与えるほど、蓋の国では重要なものとなっている。
蓋の東端に住む少勇は、大工ではあるがあまり仕事をせず、賭け天盆などで日銭を稼ぐ毎日。その妻・静が中心となって「百楽門食堂」を切り盛りして、なんとか生計を立てている。
彼らには、12人の子どもがいる。そしてまさに今日、一人子が増えた。12人の子は皆、12×12のマスで行う天盆にちなんで、1から12までの数字の含んだ名前となっている。しかし13は天盆にはないので、仕方なく「凡天」という名前をつけた。
様々な個性を持つ、5人の兄、7人の姉たちに囲まれながらすくすくと育った凡天。やがて天盆を習うようになるが、天盆とは相性が良かったのだろう、凡天はめきめきと強くなり、やがて「天盆士」を目指して塾に通っている二秀を除いて、兄弟の誰も凡天に勝てなくなってしまった。
夏街祭で行われる天盆の大会に凡天を出すことにしたが、そこで類稀な強さを見せつけたことで、凡天とその家族はちょっとした窮地に陥ることになる。食堂で使う食材を仕入れるのにも事欠くようになっていったが、家族総出で助け合いながらどうにか取り繕う。そんな中でも凡天は、何かに取り憑かれたかのように天盆をし続けるのだが…。
というような話です。

デビュー作とは思えないほどの力強さを持った作品で、冒頭でも書いたように、ルールを明示しない「天盆」をベースにしながら、一人の少年の奮闘を描ききった意欲作だと感じました。

まずはやはり、「天盆」に関する描写が素晴らしいですね。ルールこそ示されないのだけど、蓋の国において天盆がどんな存在であるのか、どんな歴史を持っているのか、天盆が強いとどうなるのか、強い天盆打ちたちがどんなことを考えているのか、というようなことまで深掘りされていきます。日本における「将棋」とは、ルールこそ近いですが、存在としては大分違っていて、蓋の国にとっての天盆は、かつての中国にあった「科挙」と呼ばれる試験のような、そこに才を見出されれば登用される可能性があるというような、そういう重要な存在として描かれていきます。

そういう存在として天盆を描き出すことで、電子デバイスが普及しているわけではないという設定や、民が政治に対してどう感じているかという内実など、実に多くのことを自然に物語の中に登場させている、と感じました。この設定が上手いなと感じました。

前半は、ただ天盆を異常に好きなだけの凡天を中心に描かれる作品ですが、後半になればなるほど、天盆を中心とした蓋の国の歪みみたいなものが浮き彫りになっていく展開になります。架空の国の輪郭を、天盆と呼ばれる架空の盤戯を通じて描き出すことで、蓋という国がリアルに立ち上がってくるような、そんな印象を受けました。

そして、凡天を含めた登場人物たちが実に活き活きと描かれているのも素晴らしい。それほど長くない物語ではあるのだけど、本書は登場人物がメチャクチャ多い。凡天の兄弟からして12人もいて、さらに町の人間、天盆を通じて関わる者、蓋の国を司る者たちなどなど、実に多くの人物が描かれていく。これだけの登場人物を描き分けるのは非常に困難なはずだが、著者は彼らを躍動感溢れる描き方で登場させる。

特に、少勇を中心とする一家の面々は魅力的だ。全員の名前を出すのは面倒なのでやらないが、12人それぞれが家族の中で役割を担い、支え合いながら生きている。天盆ばかりに興じている凡天と、未だに天盆士の夢を諦めずに凡天と共に天盆を指し続ける二秀が、一家の中で稼ぎをもたらさないある意味で穀潰しなのだ。しかし、色んなことが起こりながらも、そんな二人も家族として彼らは受け入れる。

本書は、天盆という盤戯から蓋という国の歴史を描き出す物語ではあるのだが、もう一つ、家族の物語という側面がある。本書は最初から最後まで、「家族とは何か?」と猛烈に問い続ける作品でもあるのだ。13人の兄弟にどんな過去があるのか、ということについてはこの感想の中では触れないが、「家族」であるために彼らがどう振る舞ってきたのか、「家族」というものをどう捉えることでまとまりを成してきたのか、などが随所に描かれていく。「家族」である、ということが決して当たり前ではない環境の中で、それでも「家族」だ、と力強く言う覚悟みたいなものを、兄弟たちがどう気づき身につけていくのか。少勇と静という二人の男女が、いかにして「家族」という輪郭を維持し続けてきたのか。そのことが、強烈に描かれていく作品だ。

「家族」について静が放った言葉には、ハッとさせられる者も多いだろう。

凡天は、ただ無心に、強くなりたい、勝ちたいという想いだけで天盆を指し続けるが、しかしそのことが彼ら家族を結果的に追い詰める場面が頻繁に出てくる。天盆が才あるものを登用するための入り口として用いられている蓋の国ならではだろう。そういう状況の中で、彼ら家族のあり方が問われていく。凡天は、確かに滅法強かった。10歳にして、誰も到達出来ないのではないかと思われるような圧倒的な高みに手を伸ばせる位置にいる。しかし、凡天がその力を最大限に発揮出来たのは、家族がいたお陰だ。凡天は、一人では決して闘えなかった。

本書の中で非常に印象的なセリフがある。

『誰かのために戦う奴に勝てるわけがない』

その通りだと僕も思う。しかし凡天は、さらにその上を行くと僕は思う。凡天は、自分のためでも他人のためでもなく戦う。純粋に、戦うことの高揚を、勝つことの喜びだけを追い求めて戦うのだ。それは、無心であるが故に、圧倒的に強いだろうと思う。

『この期に及んで、この童は、楽しいのか。
何の制約もない。
何の掟もない。
己のすべてを解き放って、ただ、駒を打つだけ』

そして凡天にそれを許容したのが、彼の家族たちだ。凡天は決して、家族のために戦わったわけではなかった。むしろ、家族と共に戦ったという方が正しいだろう。凡天という異能を受け入れ、のびのびと生きさせた。そのことで、奇跡を呼び起こしたのだ。

物語が終盤どう展開するのか、具体的には触れないが、凡天の戦いと同時並行でとある戦いが描かれ、両者が呼応していく。凡天の快進撃は、蓋の国に一つの伝説を打ち立てようとしている。蓋の国ではもう長い間、天盆の実力者にしかなることが出来ない「征陣者」が平民から出ていない。もし凡天が天盆陣で勝ち進めば、平民から「征陣者」が出るという奇跡が生まれることになるのだ。その予感を孕んだ空気が、人々を熱狂させる。そして、凡天と共に別の戦いを挑む者たちもまた、その熱狂の中にいる。

ここでは触れないが、本書の最後の一文は、まさにその熱狂の渦の中にいた者たちを描写したものだ。物語を閉じるのに、これほど素敵な一文はないだろうと思われるほど、この物語に相応しいラストだと思う。

物語全体は、勘の良い人間なら先の展開が読めてしまうかもしれないぐらい、まさに王道と呼べるようなものだ。王道を臆せずに真正面から堂々と描ききる筆力と物語力に溢れた一冊だ。

王城夕紀「天盆」

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2013年ベスト

2013年の個人的ベストです。

小説

1位 宮部みゆき「ソロモンの偽証
2位 雛倉さりえ「ジェリー・フィッシュ
3位 山下卓「ノーサイドじゃ終わらない
4位 野崎まど「know
5位 笹本稜平「遺産
6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
7位 須賀しのぶ「北の舞姫 永遠の曠野 <芙蓉千里>シリーズ」
8位 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日
9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
16位 藤谷治「世界でいちばん美しい
17位 神林長平「言壺
18位 中脇初枝「わたしを見つけて
19位 奥泉光「黄色い水着の謎
20位 福澤徹三「東京難民


新書

1位 森博嗣「「やりがいのある仕事」という幻想
2位 青木薫「宇宙はなぜこのような宇宙なのか 人間原理と宇宙論」 3位 梅原大吾「勝ち続ける意志力
4位 平田オリザ「わかりあえないことから
5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
6位 小阪裕司「「心の時代」にモノを売る方法
7位 渡邉十絲子「今を生きるための現代詩
8位 更科功「化石の分子生物学
9位 坂口恭平「モバイルハウス 三万円で家をつくる
10位 山崎亮「コミュニティデザインの時代


小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
10位 エイドリアン・べジャン+J・ペタ―・ゼイン「流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則
11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
7位 ジュディ・ダットン「理系の子
8位 笹原瑠似子「おもかげ復元師
9位 古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち
10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
11位 石井光太「遺体
12位 佐野眞一「あんぽん 孫正義伝
13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
19位 二村ヒトシ「すべてはモテるためである
20位 平川克美「株式会社という病

2011年ベスト

2011年の個人的ベストです
小説
1位 千早茜「からまる
2位 朝井リョウ「星やどりの声
3位 高野和明「ジェノサイド
4位 三浦しをん「舟を編む
5位 百田尚樹「錨を上げよ
6位 今村夏子「こちらあみ子
7位 辻村深月「オーダーメイド殺人クラブ
8位 笹本稜平「天空への回廊
9位 地下沢中也「預言者ピッピ1巻預言者ピッピ2巻」(コミック)
10位 原田マハ「キネマの神様
11位 有川浩「県庁おもてなし課
12位 西加奈子「円卓
13位 宮下奈都「太陽のパスタ 豆のスープ
14位 辻村深月「水底フェスタ
15位 山田深夜「ロンツーは終わらない
16位 小川洋子「人質の朗読会
17位 長澤樹「消失グラデーション
18位 飛鳥井千砂「アシンメトリー
19位 松崎有理「あがり
20位 大沼紀子「てのひらの父

新書
1位 「「科学的思考」のレッスン
2位 「武器としての決断思考
3位 「街場のメディア論
4位 「デフレの正体
5位 「明日のコミュニケーション
6位 「もうダマされないための「科学」講義
7位 「自分探しと楽しさについて
8位 「ゲーテの警告
9位 「メディア・バイアス
10位 「量子力学の哲学

小説以外
1位 「死のテレビ実験
2位 「ピンポンさん
3位 「数学ガール 乱択アルゴリズム
4位 「消された一家
5位 「マネーボール
6位 「バタス 刑務所の掟
7位 「ぐろぐろ
8位 「自閉症裁判
9位 「孤独と不安のレッスン
10位 「月3万円ビジネス
番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)