黒夜行

>>2017年03月27日

「3月のライオン 前編」を観に行ってきました

勝つことは、誰かを傷つけることと同じだ。
勝つことは、孤独だ。

『あんたが帰れば、あの家に。
おめでとう。父さんに勝ったんでしょ?』

強さは、生きるための武器になる。
そして強さは、自分を傷つけるための刃にもなる。

『得意げな顔してんじゃないわよ』

強いことは、弱さを蹴散らすことだ。
強いことは、自分の中の何かをどんどんと弱くしていく。

『負け犬でも見るような目しやがって』

弱いことからは、逃げることが出来る。
強いことからは、逃げられない。

『なんだよ、その目は。俺が途中で投げたって言いたいのかよ』

勝つことは、強くなることでもあり、弱くなることでもある。

『みんな俺のせいかよ!
ふざけんなよ!
どうすりゃ良かったんだよ!
他になんにもねぇってぐらい、将棋しかねぇんだよ…』

生きることと勝つことは、基本的にはイコールにならない。
勝とうと努力するかどうかは、ほとんどの場合、本人の意志次第だ。
しかし、そうではない環境も、時には存在する。
勝つことが、生きることと直結してしまうような、そういう環境が存在する。
勝たなければ、生きていけないのだと思わされるような、そういう環境が存在する。

勝つことは、生き抜くための手段だった。
しかし、そのことが誰かを傷つける。
そして、自分自身をも傷つける。

『その家族を壊したのは、どこの誰?』

傷つけることが分かっていても、勝つことから逃げることは出来ない。
自分が傷つくことが分かっていても、強くなることから逃げることは出来ない。
そうしなければ、生きてこれなかったからだ。
そうしなければ、これまでの自分の人生すべてを否定することになるからだ。

だから彼は、努力をする。
自分の中の何かを削り取りながら勝つための努力をする。
誰もが勝つための努力をしている世界の中で、勝つためでもあり、生きるためでもある努力を、彼は重ね続ける。

その軌跡しか、彼は「人生」と名付けられるものを持たないのだから。

内容に入ろうと思います。
桐山零は、中学生でプロ棋士になった史上5人目の天才棋士としてデビューした。しかし、9歳の時交通事故で両親と妹をいっぺんに喪った彼は、父の友人だった棋士の幸田に引き取られ、内弟子として育てられた厳しい過去を持っている。17歳、高校に通う零は、今は幸田の家を出て一人暮らし。家族も友人もなく、ただひたすら将棋と向き合う日々を送っている。
そんなある日、酒に酔って潰れている零を見かねた川本あかりは、零を自宅まで連れ帰る。あかり・ひなた・モモという三姉妹に気に入られた零は度々川本家に足を運ぶようになる。家族団らんという、長らく経験したことのない時間に心が浮き立つが、ここは自分がいる場所ではない、という思いも芽生える。
師匠の幸田の長女であり、弟の歩と共にプロ棋士を目指していた香子は、妻のいるプロ棋士である後藤と微妙な関係を続けている。香子は度々、幸田家を壊したのは零だとして零に辛く当たる。零は香子の行動を諌めるが、香子は後藤との関係を終わりにしようとしない。川本家で年越しをした零は、初詣の折に香子と一緒にいる後藤と出くわす。聞く耳を持たない後藤に、獅子王戦トーナメントで後藤を倒したら香子を家に戻せと詰め寄る。しかし後藤にたどり着くには、後藤と同じA級に所属する島田を倒さねばならないが…。
獅子王戦と同じくして、新人戦のトーナメントも進んでおり、幼い頃からライバルとして一方的に桐山に絡んでくる二階堂との対戦も実現間近だったが…。
というような話です。

凄く好きな映画でした。とにかくセリフが極端に少ない映画で、表情や仕草(それも非常に抑制されているのだけど)によって感情を伝えようとする映画だなと思いました。原作はマンガなので、マンガのやり方に近いと言えば近いですけど、ただマンガにはセリフだけではなく内面を描くような心の声も文字で書かれている。映画の方では、それも非常に抑えられていて、その場面場面で観る者がそこに何を観るかを問われているような、そういう映画だと感じました。

零を中心とした棋士の世界は、まさにそういうあり方を体現している。もちろん棋士の中にも、例えば二階堂のような騒がしい者もいる。しかし、この映画の中で描かれる棋士は皆、内に何かを秘めているような佇まいを見せる。その内面が、はっきりと描かれる場面は少ない。何を考えているのか分からないような、表情もあまり動かないような場面が非常に多くある。

それは、棋士らしい世界を表現しているなと感じる。棋士にとっての言語は、将棋であり、駒の動かし方を記した棋譜だ。彼らは、棋譜を読み込むことで、他の棋士と対話をする。実際に対局をしている時の駒の動かし方でも、対話が生まれる。実際に言葉を交わさなくても、彼らには伝わるものがある。そういう棋士ならではのあり方を、映画という手法の中でうまく描き出しているように感じました。

零を中心とした棋士の世界が「静」であるとすれば、棋士・桐山零の外側にある世界は「動」だ。
学校での零には、友達がいない。しかし彼には、担任の教師という強い味方がいる。零のことを応援してくれる存在だ。映画の中では目立つ存在ではないが、要所要所で零にとって重要なポジションを取る。零は、そのままにしておけば自分から動く人間ではない。そんな零のことを、「動」の世界にいる誰かが押し出していく。

「動」の世界にいるのは、川本家も同じだ。川本家の女たちは、零が何者なのか知る前から、零をあっさりと受け入れる。そして、やはり自分では物事を切り開いていかない零の世界に良い感じに入り込んでいって、零を動かしていく。

この物語は、「居場所」の物語でもある。

「静」の世界には、零の居場所はある。そこが、心地よい居場所であるかどうかはまた別の問題だが、零は「史上五人目の中学生プロ棋士」であり、「将来を嘱望される新人棋士」として関係者からも世間からも注目されている。そこは、勝ち続けなければならない厳しい勝負の世界であり、気の休まる時はないが、しかし零にとって居場所であることは間違いないだろう。

しかし、「動」の世界には、零が居場所だと思える場所はない。

『あんたの居場所なんて、この世のどこにもないんだからね』

幸田家からは、出て行くしかなかった。零が幸田家にいることが、諸悪の根源のような状況に陥ってしまったからだ。結局零は、幸田家の面々とは家族になりきれないまま、幸田家を離れることになった。

学校にも居場所はない。常に屋上で一人で飯を食い、担任の教師以外に話す相手はいない。

川本家は零にとって居場所になりうる場所だった。しかし零は、川本家を居場所だと思うことに抵抗を感じてしまう。

『今度はこの人たちなんだ。
得意だもんね。不幸ぶって他人の家族メチャメチャにするの』

零には、幸田家での苦い記憶がある。生きるために選択せざるを得なかった、将棋で勝つという道。しかしそのことが結局、零を幸田家から追いやる結果となった。
川本家は、棋士・桐山零を求めているわけではない。そのことは、零にもきちんとわかっているはずだ。あの人たちは、零が何者であろうときっと受け入れてくれる。とても素晴らしい人たちだ。
でも、だからこそ、自分という異分子が入り込むことで、川本家がバラバラになるようなことがあってはいけない。そんな可能性が少しでもあってはいけない。
そこまで踏み込んで描かれることはないが、零が積極的に川本家に足を向けないのには、そういう理由があるはずだろうと思う。

『家族を大事にできない人間は、サイテーです』

後藤に向けて放ったこの言葉は、零にとってどんな意味を持つ言葉なのだろうか?9歳の時に家族を喪い、その後他人の家で育てられてきた零は、自分が家族を大切にしてこれなかったという後悔を抱えているのだろうか?大切にした家族を持つことを望んでいるのに自分にはそういう存在がいないことを哀しんでいるのだろうか?あるいは、家族という存在を強く捉えすぎるが故に川本家に深入り出来ない自分を悔いているのだろうか?

『僕ならどこに行っても心配する人はいない』

「動」の世界では勝つことを常に宿命付けられ、「静」の世界では居場所を見つけることが出来ない桐山零。彼がどんな風に未来に向けて進んでいくのか、楽しみだ。

「3月のライオン 前編」を観に行ってきました

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2013年ベスト

2013年の個人的ベストです。

小説

1位 宮部みゆき「ソロモンの偽証
2位 雛倉さりえ「ジェリー・フィッシュ
3位 山下卓「ノーサイドじゃ終わらない
4位 野崎まど「know
5位 笹本稜平「遺産
6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
7位 須賀しのぶ「北の舞姫 永遠の曠野 <芙蓉千里>シリーズ」
8位 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日
9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
16位 藤谷治「世界でいちばん美しい
17位 神林長平「言壺
18位 中脇初枝「わたしを見つけて
19位 奥泉光「黄色い水着の謎
20位 福澤徹三「東京難民


新書

1位 森博嗣「「やりがいのある仕事」という幻想
2位 青木薫「宇宙はなぜこのような宇宙なのか 人間原理と宇宙論」 3位 梅原大吾「勝ち続ける意志力
4位 平田オリザ「わかりあえないことから
5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
6位 小阪裕司「「心の時代」にモノを売る方法
7位 渡邉十絲子「今を生きるための現代詩
8位 更科功「化石の分子生物学
9位 坂口恭平「モバイルハウス 三万円で家をつくる
10位 山崎亮「コミュニティデザインの時代


小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
10位 エイドリアン・べジャン+J・ペタ―・ゼイン「流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則
11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
7位 ジュディ・ダットン「理系の子
8位 笹原瑠似子「おもかげ復元師
9位 古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち
10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
11位 石井光太「遺体
12位 佐野眞一「あんぽん 孫正義伝
13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
19位 二村ヒトシ「すべてはモテるためである
20位 平川克美「株式会社という病

2011年ベスト

2011年の個人的ベストです
小説
1位 千早茜「からまる
2位 朝井リョウ「星やどりの声
3位 高野和明「ジェノサイド
4位 三浦しをん「舟を編む
5位 百田尚樹「錨を上げよ
6位 今村夏子「こちらあみ子
7位 辻村深月「オーダーメイド殺人クラブ
8位 笹本稜平「天空への回廊
9位 地下沢中也「預言者ピッピ1巻預言者ピッピ2巻」(コミック)
10位 原田マハ「キネマの神様
11位 有川浩「県庁おもてなし課
12位 西加奈子「円卓
13位 宮下奈都「太陽のパスタ 豆のスープ
14位 辻村深月「水底フェスタ
15位 山田深夜「ロンツーは終わらない
16位 小川洋子「人質の朗読会
17位 長澤樹「消失グラデーション
18位 飛鳥井千砂「アシンメトリー
19位 松崎有理「あがり
20位 大沼紀子「てのひらの父

新書
1位 「「科学的思考」のレッスン
2位 「武器としての決断思考
3位 「街場のメディア論
4位 「デフレの正体
5位 「明日のコミュニケーション
6位 「もうダマされないための「科学」講義
7位 「自分探しと楽しさについて
8位 「ゲーテの警告
9位 「メディア・バイアス
10位 「量子力学の哲学

小説以外
1位 「死のテレビ実験
2位 「ピンポンさん
3位 「数学ガール 乱択アルゴリズム
4位 「消された一家
5位 「マネーボール
6位 「バタス 刑務所の掟
7位 「ぐろぐろ
8位 「自閉症裁判
9位 「孤独と不安のレッスン
10位 「月3万円ビジネス
番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)