黒夜行

>>2017年03月12日

BRODY 2017年4月号 寺田蘭世のインタビューを読んで



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僕にとっての乃木坂46の魅力の一つに、「ネガティブさ」がある。僕の中の「アイドル」というイメージを超えて、彼女たちは「ネガティブ」な自分を見せる。全メンバーがそういうわけではないが、乃木坂46にはそういうメンバーが多いような印象を僕は持っている。

「ネガティブさ」は、言葉を生む。

穂村弘の「蚊がいる」というエッセイがある。その巻末で、又吉直樹との対談が収録されているのだが、穂村弘がサッカー部に所属していた又吉直樹に対して、こんな風に言う場面がある。

『僕はそこが謎で。たとえば運動ができないとなぜできないかを考えると思うんです、言葉で。できるヤツは言葉要らないんですよ、できるから。モテるヤツ、運動できるヤツ、楽器弾けるヤツはそえでコミュニケーションできるから言葉を必要としない。だから意外で、サッカーができたのに、なぜ本を読む必要があったんだろうって』

「できるヤツ」は言葉を必要としない。その通りだ、と僕も思った。「できない」というネガティブな葛藤を抱える人間だからこそ、言葉を取り入れ、言葉で思考し、言葉で生きていくのだというのは、僕の実感としてもある。

だからこそ、乃木坂46のメンバーの言葉には力があるのだ、と僕は感じる。

僕は、テレビ(乃木坂工事中)と雑誌でしか基本的に乃木坂46を知らない。だから、選抜に入らないメンバーについてはあまり知る機会がない。寺田蘭世は、今回の17thシングル「インフルエンサー」で初めて選抜メンバーに選ばれた。だからだろう。最近雑誌のインタビューで、寺田蘭世をよく見かけるようになった。

寺田蘭世については、ほとんど知らない状態ながらも、言葉の強さが印象に残るメンバーだという印象はあった。時折視界に入る寺田蘭世の言葉や、本を読んでいるというイメージから、そんな強さを感じていたのだろう。

そしてやはり、寺田蘭世の言葉は強いなと、雑誌でのインタビューを読む度に感じるようになった。

『常にネガティブなので。』

寺田蘭世は、自身のことをそう語る。なるほど、やはり「ネガティブさ」が彼女の言葉の強さを生んでいるのだ、とこのインタビューを読んで改めて感じた。

しかし。このインタビューは僕に違和感ももたらした。
寺田蘭世の言う「ネガティブ」とは、一体何なのだろう、と。

先程僕は、「できない」という考えが言葉を生むのだ、と書いた。そしてその、「できない」と思ってしまうことそのものを指して「ネガティブ」と言うのではないか。僕は漠然と、「ネガティブ」というものをそんな風に捉えていた。

乃木坂46の他のネガティブなメンバーの印象も、大体近い。僕の中では、齋藤飛鳥や西野七瀬はネガティブなメンバーだと思うが、彼女たちの思考からは、「できない」という諦めみたいなものを感じる。もちろん、そう感じてしまったところをスタート地点として、その「できない」をいかに乗り越えていくのか、という葛藤を繰り返すことで彼女たちは成長してきたのだろう。そこにはきっと言葉の力や支えがあっただろうし、だから「ネガティブさ」が彼女たちにとってただマイナスだったわけではない。そういう風に感じていた。

しかし、寺田蘭世からは「できない」を感じられないのだ。

『常に負けず嫌いだし、褒めて伸びるんじゃなくて、挑発されたほうがスイッチが入るタイプなので。
―誰が挑発するんですか(笑)。
今はもうないですけど、コンサートのリハで怒られてばかりだったんですよ。右も左もわからない研究生時代だったのに、誰も助けてくれなくて。でも、心が折れるんじゃなくて、私は燃えたんですよ!面白いじゃんと思っちゃって!みんな泣いてて、私も涙は出ているんだけど、「面白い!」と思ったので。』

この発言からは、「できない」を感じることが出来ない。もちろん「私も涙は出ている」と書いているので、何らかの感情はあったのだろう。しかしそれはきっと、「できない」ではないのだろうなと、この発言からは感じられる。

『私は加入当初から「センターになりたい」と言わせてもらってきたんですけど…』

これは、寺田蘭世が選抜メンバーに選ばれる以前から目にしていた発言だ。選抜に入る前野寺田蘭世に対する僕のイメージは、「言葉が強い」と「センターを目指している」の二つだったと言っていい。それぐらい寺田蘭世はそう繰り返し発言している。この発言からも、「できない」を感じることが出来ない。

寺田蘭世の「ネガティブさ」が、どこにあるのか、僕にはなかなか見えない。

色んな可能性を考えることが出来る。
まず、自分で「ネガティブ」だと言っているけれど、本当はそうではない可能性だ。しかし、恐らくそれはない。それはこんな発言からも分かる。

『だからメンバーにもスタッフさんにも、「もっとポジティブになれ」って言われるんです。去年の誕生日はみんなからそう連絡が来て(笑)。』

少なくとも、寺田蘭世の周囲にいる人間は、彼女の「ネガティブさ」を感じとっているようだ。感じとっているどころではなく、誰が見ても明らかなほどネガティブなのだろう。こんな風にも言っている。

『コンサートのリハーサルでも常に斜め下を向いてて。カメラを見ることができなくて。リハーサルだと私は恥ずかしさが勝っちゃうんです。』

これも、彼女の「ネガティブさ」の発露なのだろう。

寺田蘭世が誰が見てもネガティブなのだとすれば、考えられることは、彼女が意識的にそれを隠している、ということだろう。いや、ネガティブである、ということは言っているわけだから、ネガティブであること自体を隠しているという意味ではない。そうではなくて、ネガティブさがあることを認めた上で、少なくとも対外的にはそのネガティブさが存在しないように振る舞っている、ということだ。

『アイドルってそういうものじゃないですか。私たちが頑張っている姿を見て、ファンの方も頑張ろうと思うから成立しています。だから、私もそういう存在になれたらいいなっていう意味を込めました(※武道館での、モハメド・アリの名言を意訳した発言に対して)。』

自分の中には「ネガティブさ」が横たわっている。しかし、アイドルというのは「ネガティブさ」を全面に出すような存在ではない。自分の努力が誰かの努力に繋がるような、そういう存在だ。だから自分の「ネガティブさ」が表に出ないように意識しよう。そう考えているのかもしれない。

そうだとすれば、齋藤飛鳥や西野七瀬とは違うアプローチを取っていることになる。彼女たちには、自らの「ネガティブさ」を隠すつもりはない。表に出すことのデメリットまで認識した上でそれを晒し、その状態で受け入れてもらえるように長い時間を掛けてきた。寺田蘭世はそうではなく、「ネガティブさ」を抱えた存在として受け入れられることを拒絶し、ネガティブであることを表に出しながらポジティブに振る舞うことで、アイドルという存在にしか伝えられない何かを伝えようとしているのかもしれない。

しかし、それもまたイメージに合わない。時折テレビで見かける寺田蘭世は、特別ネガティブでも、特別ポジティブでもないように見える。また、『ネガティブだからこそ成立しているところもあるんですけど』という発言からも分かるように、アイドルだからと言って自分の「ネガティブさ」を否定的に捉えている様子もない。

だから結局こんな風に考えるしかない。寺田蘭世にとって「ネガティブさ」は、常に取り込んでは体内に保持しておかなければ動けなくなってしまうようなものなのだ、と。

『「覚えとけよ~!」っていうのが私の原動力なのかな』

「ネガティブさ」が寺田蘭世を動かしている。彼女にとって「ネガティブさ」は、隠すものではなく、そもそも内側にあって当然のものなのだ。それが自然体なのであり、取り除いたり隠したりするために何かするような、そういう対象として捉えていない。そういうことなのだろう。

そしてその考え方の背景にあるのは、寺田蘭世のこんな考え方なのだろうと思う。

『私、満足することは死ぬまでないだろうっていうスタンスで生きてるんです』

この発言から、僕はこんなことをイメージした。
寺田蘭世は、「満腹」になることに対する恐怖がある。その恐怖がどのように寺田蘭世の内側に芽生えたのかについて興味はあるが、それはまだ分からない。しかし「満腹」に対する恐怖が常にあって、何らかの形で自分が「満腹」になることを妨げるものがなければ安心できない。それが彼女にとっての「ネガティブさ」なのだ。つまり彼女にとって「ネガティブさ」というのは、取り込むことによって「満腹感」を妨げるようなものなのだろう。「ネガティブさ」は寺田蘭世の原動力ではあるが、それは燃料や栄養とは違う。自分の内側にある「満腹感」を妨げるための薬のようなものなのだと思う。

そう考えると、次の発言も理解しやすくなるのではないかと思う。

『(選抜に選ばれた瞬間について)いつ呼ばれてもいいっていう心の準備ができていた時期だったから、自分で感情をセーブすることができたんです』

僕も、寺田蘭世が選抜に選ばれた瞬間の彼女をテレビで見た。非常に落ち着いていた。「満腹感」に対する恐怖として「ネガティブさ」という薬を常に取り込んでいる、と考えると、寺田蘭世のあの振る舞いも、理解しやすくなる。

「ネガティブさ」にも多様性があって面白い、と感じた。例えば齋藤飛鳥の「ネガティブさ」は、「こだわりを持たない」という生き方のスタンスを生んでいる。

『私、なんに対しても“こだわりを持つ”ってことが好きじゃなくて。もちろんいい方向に進む努力はしますけど、なるようになってくれればいいし、私は絶対にこうなりたいって夢は持ちたくない。周りにも、あんまり期待はしたくないんです。そのほうが、ワタシ的にはいい意味で楽なんですよね』(「Graduation 高校卒業2017」より)

齋藤飛鳥の場合、「ネガティブさ」が先に存在する。自分の内側にどうしても巣食ってしまう「ネガティブさ」を押さえ込むために、「こだわりを持たない」という生き方のスタンスを選択している。自分の努力によって未来を掴むのではなく、努力はもちろんするが結果として目の前に現れた現実を受け入れることで、自分の努力と未来を切り離し、「ネガティブさ」に囚われないように意識している。

寺田蘭世の場合、僕の解釈では、「満腹感」への恐怖が先に存在する。その処方箋として「ネガティブさ」があるのだ。「満腹感」への恐怖は、「食べる」という行動なしには生まれ得ない。だからこそ寺田蘭世は、センターを目指すというような大きな目標を持ち、それに向けて努力する(=「食べる」)という行動を取る。しかし「満腹」にならないように「ネガティブさ」もきちんと処方する。そのバランスの中に、寺田蘭世というアイドルは存在している。

『私は鈍感だし、気にしないんです。何を言われても、「いや、私は私なので」っていう感じなので(笑)』

『だから、人の意見にも左右されません(笑)』

「ネガティブさ」からは程遠いように感じられるこれらの発言も、「満腹感」への処方箋だ、と捉えれば分かる。寺田蘭世の中には、「満腹を目指すベクトル」と「満腹を避けるベクトル」の両方が存在する。「満腹を避けるベクトル(=「ネガティブさ」)」は、ある意味でブレーキなのだ。だから、時々しか顔を出さない。寺田蘭世にとってのアクセルは「満腹を目指すベクトル」であり、だから彼女の発言には、そういう方向のものが多くなるのだろう。

自分でこうして文章を書いてみて、やっと寺田蘭世のことを少し捉えられるようになったように思う。この文章を書き始めた時は、【「満腹感」に対する処方箋としての「ネガティブさ」】という概念はまだ持っていなかった(書きながら考えた)ので、この概念を自分の思考の中から取り出せた満足感がある。

ここまで読んでくれた方の「寺田蘭世像」とは、どの程度当てはまるだろうか?

さて最後に、数学の話をしたい。というのもこのインタビューの中で、寺田蘭世がこんな発言をしているからだ。

『みんな、枠にはめようとするじゃないですか。私はそれが嫌いで。決まりきったことの象徴が数学なんです』

この記事を寺田蘭世が読んでくれる可能性は低いと思うが、それでも僕は、寺田蘭世の中の「数学」の概念を変えたくて、以下の文章を書く。

(以下の文章は、「僕がそう思っていること」です。詳しく調べながら書いているわけではないので、僕自身の認識の誤りなどはあるかもしれません。その点を踏まえてお読み下さい)

僕は、数学ほど自由な学問はない、と考えている。その理由を、いくつかの例を示しながら書いていこうと思う。難しい話はしないつもりなので安心して読んでほしい。

まず、「数学には決まりきったことなどない」ということを示すために、「ユークリッド幾何学」についての話を書く。「ユークリッド幾何学」について詳しいことは書かないが、「ユークリッド幾何学」には、それを構成する大前提となる5つの「公準」と呼ばれるものが存在している。

1.2点を直線でつなげる
2.有限直線を好きなだけ延長できる(※線分は、どこまでも長く出来る、という程度の意味)
3.任意の点と距離に対し、その点を中心としその距離を半径とする円をかける(※点が一つあれば、その点を中心に円が書ける、ぐらいの意味)
4.直角はすべて等しい
5.平行な二直線は交わらない(平行線公準)

用語が難しい部分もあるだろうが、言っていることはどれも当たり前だと感じられるだろう。「ユークリッド幾何学」は、この5つの当たり前を大前提として成り立っている。

ユークリッドというのは、紀元前3世紀頃の数学者だ。それから2000年以上の間、数学者はこの5つの「公準」を正しいものと考えてきた。

しかし、5つ目の「平行線公準」だけは、長いこと議論の対象だった。これだけは、うまく証明することが出来なかったからだ。そこでこんな風に考える数学者が現れた。

「平行線公準を満たさない幾何学も存在するのではないか?」

そうして、「非ユークリッド幾何学」というものが生まれた。これは、「ユークリッド幾何学」の前提となる5つの「公準」の内、最初の4つは満たすが、最後の「平行線公準」だけは満たさない。つまり、「平行な二直線が交わる」ことを前提とした幾何学なのだ。

この一例だけ見ても、数学が「決まりきったもの」という印象を払拭できないだろうか?数学には、確かに様々なルールがあるように見える。実際にあるのだけど、しかしそれは「数学という学問」が押し付けてくるルールではない。数学の様々なルールは、人間が決めている、と言っても言い過ぎではない。何故そう決めるのかと言えば、「そういう風にルールを決めると良いことがあるから」だなのだ。

寺田蘭世は、武道館で『1+1=2って誰が決めたんだ』という発言をしたようだ。この発言からは、「数学という学問が、1+1=2というルールを定めている」と捉えている印象を受ける。しかし実は違う。「1+1=2」と定義したのは、人間だ。何故そう決めたのかと言えば、そう定義すると「良いこと」があるからだ。別に「A+1=足」と定義したっていいし、「7+×÷1==Z」なんていう定義だってすることは出来る。重要なのは、そういう定義をした時に「良いこと」があるのかどうか、ということだ。その定義によって、誰かにとって(主に数学者にとってだが)「良いこと」があれば、その定義は残る。新しい概念を定義し、その定義によってどういう広がりがあるのかを考える。これが数学者の仕事だ。決して数学は、「数学という学問」が元から持っている「決まりきったこと」を掘り出すような営みではない。

実は数学者の中でも、この点についての意見は割れている。数学は「神様が作ったもの」だと考える数学者もいるし、数学は「人間が作ったもの」だと考える数学者もいる。僕は今、後者の説明をした。僕自身、どちらかの考えに傾倒しているわけではない。重要なのは、数学は「神様がつくったもの」、つまりあらかじめルールが決まっているものだと確定しているわけではない、ということなのだ。

もう一つ書きたいことがある。それは、数学は「現実」とリンクさせる必要がない、という点で自由度が高い、ということだ。

例えば、歴史の場合、「過去に起こったこと」を知ろうとする学問だ。「起こらなかったこと」について考えるのは、物語や空想であり、歴史という学問ではない。

歴史においても、「こういうことが起こったかもしれない」という考え方は仮説という形で随時出てくるだろう。しかしそれらは、何らかの資料によって事実と確定されなければ、学問としての価値は持ち得ないはずだ。

科学も同じだ。例えば物理学の世界には「ひも理論」というものが存在する。内容について詳しく知らないが、「ひも理論」は、理論としては完璧だしとても美しいと言われている。しかし、「ひも理論」を実証するためには、現在の観測技術では観測が不可能な現象を捉えなければならない。「ひも理論」は、理論上は完璧だが、現実に起こっていることであるかどうか、現時点では確定することが出来ない理論だ。「ひも理論」について考えることに価値がないわけではないが、やはり実験や観測によって正しさを証明されなければ、「ひも理論」は物理学の中で評価されない。

このように学問には、「その仮説が現実とどうリンクするのか?」が重要となるものが多く存在する。

しかし、数学は違う。数学では、現実には存在しないもの、現実と関わりを持たないものも考えることが出来る。

例えば、「虚数i」を挙げることが出来る。「虚数i」は、「2乗すると-1になる数字」だ。こんな数字は、現実世界のどこを探しても対応するものを見つけることが出来ない。「1」という数字は、「りんご1個」のように現実と対応させることが出来るが、「虚数i」は現実とは対応しない。

しかし「虚数i」は、現実の世界で非常に役立っている。例えば、パソコンに入っている半導体の動作は、「虚数i」の存在抜きには説明できないという。現実世界には、「虚数i」と対応するものは存在しないのに、その存在は現実世界で役に立っているのだ。

重要なことは、半導体の動作を知りたい、という欲求が先にあって「虚数i」が生まれたわけではない、ということだ。数学者の、「虚数iという数字があったらどうなるだろう?」という妄想が、結果的に現実と結びつきを持ったのだ。

現実とどう対応するのか、という点が常に問われる学問と比べて、数学はとても自由だ。それが現実からどれだけかけ離れた概念であろうとも、定義し思考を深めることが出来る。これもまた、決まりきったことなどない、という印象を持ってもらえるのではないかと思う。

寺田蘭世の中の「決まりきったことの象徴」が、「数学」ではない何かに変わることを密かに期待している。

「BRODY 2017年4月号 寺田蘭世のインタビューを読んで」

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2013年ベスト

2013年の個人的ベストです。

小説

1位 宮部みゆき「ソロモンの偽証
2位 雛倉さりえ「ジェリー・フィッシュ
3位 山下卓「ノーサイドじゃ終わらない
4位 野崎まど「know
5位 笹本稜平「遺産
6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
7位 須賀しのぶ「北の舞姫 永遠の曠野 <芙蓉千里>シリーズ」
8位 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日
9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
16位 藤谷治「世界でいちばん美しい
17位 神林長平「言壺
18位 中脇初枝「わたしを見つけて
19位 奥泉光「黄色い水着の謎
20位 福澤徹三「東京難民


新書

1位 森博嗣「「やりがいのある仕事」という幻想
2位 青木薫「宇宙はなぜこのような宇宙なのか 人間原理と宇宙論」 3位 梅原大吾「勝ち続ける意志力
4位 平田オリザ「わかりあえないことから
5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
6位 小阪裕司「「心の時代」にモノを売る方法
7位 渡邉十絲子「今を生きるための現代詩
8位 更科功「化石の分子生物学
9位 坂口恭平「モバイルハウス 三万円で家をつくる
10位 山崎亮「コミュニティデザインの時代


小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
10位 エイドリアン・べジャン+J・ペタ―・ゼイン「流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則
11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
7位 ジュディ・ダットン「理系の子
8位 笹原瑠似子「おもかげ復元師
9位 古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち
10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
11位 石井光太「遺体
12位 佐野眞一「あんぽん 孫正義伝
13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
19位 二村ヒトシ「すべてはモテるためである
20位 平川克美「株式会社という病

2011年ベスト

2011年の個人的ベストです
小説
1位 千早茜「からまる
2位 朝井リョウ「星やどりの声
3位 高野和明「ジェノサイド
4位 三浦しをん「舟を編む
5位 百田尚樹「錨を上げよ
6位 今村夏子「こちらあみ子
7位 辻村深月「オーダーメイド殺人クラブ
8位 笹本稜平「天空への回廊
9位 地下沢中也「預言者ピッピ1巻預言者ピッピ2巻」(コミック)
10位 原田マハ「キネマの神様
11位 有川浩「県庁おもてなし課
12位 西加奈子「円卓
13位 宮下奈都「太陽のパスタ 豆のスープ
14位 辻村深月「水底フェスタ
15位 山田深夜「ロンツーは終わらない
16位 小川洋子「人質の朗読会
17位 長澤樹「消失グラデーション
18位 飛鳥井千砂「アシンメトリー
19位 松崎有理「あがり
20位 大沼紀子「てのひらの父

新書
1位 「「科学的思考」のレッスン
2位 「武器としての決断思考
3位 「街場のメディア論
4位 「デフレの正体
5位 「明日のコミュニケーション
6位 「もうダマされないための「科学」講義
7位 「自分探しと楽しさについて
8位 「ゲーテの警告
9位 「メディア・バイアス
10位 「量子力学の哲学

小説以外
1位 「死のテレビ実験
2位 「ピンポンさん
3位 「数学ガール 乱択アルゴリズム
4位 「消された一家
5位 「マネーボール
6位 「バタス 刑務所の掟
7位 「ぐろぐろ
8位 「自閉症裁判
9位 「孤独と不安のレッスン
10位 「月3万円ビジネス
番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)