黒夜行

>>2017年03月07日

蚊がいる(穂村弘)

穂村弘、やっぱり好きなんだよなぁ。

そもそも僕は、世界にうまく馴染めない人が好きだ。
もちろん、馴染めない人にも色んなタイプの人がいる。挙動不審だったり、対人関係が極度に無理だったりと、見た目ですぐに、あぁ馴染めないんだな、と分かる人もいる。確かにそういう人も、決して嫌いではない。嫌いではないけど、しかし実生活ではあまり出会わないし、ちょっと関わり合うのがめんどくさそうだなという気持ちも持ってしまう。

僕が好きなのは、世界に馴染んでいる風で全然馴染めていない人だ。表向き、友達もたくさんいるし、誰とでも話せるし、明るくてハキハキしてるし何でも楽しそうにやるんだけど、いざ話を聞いてみるとどうも馴染めていないような人、というのがいる。僕は人生で何人かそういう人に会ったことがある。

こういう人は、本当に魅力的だ(少なくとも僕にとっては)。そういう人は、やはり昔から馴染めなさを感じているから、自分の馴染めなさを自分なりに説明するために、言葉が巧みであることが多い。何故自分がそう思うのか、そして何故自分がそんな風に思わないのか。そういうことをきちんと説明できるのだ。

それは、馴染めてしまう人にはなかなか持ち得ない性質だ。本書の巻末には穂村弘と又吉直樹の対談が載っていて、そこで穂村弘が又吉直樹に、

『(サッカー部に入っていた又吉直樹に対して)僕はそこが謎で。たとえば運動ができないとなぜできないかを考えると思うんです、言葉で。できるヤツは言葉要らないんですよ、できるから。モテるヤツ、運動できるヤツ、楽器弾けるヤツはそえでコミュニケーションできるから言葉を必要としない。だから意外で、サッカーができたのに、なぜ本を読む必要があったんだろうって』

と聞いていて、確かにその通りだと僕も思った。そう、世界に馴染めてしまう人は、言葉を必要としないのだ(普通は)。僕はそれが不満で、世界に馴染めてしまう人には、あまり魅力を感じない。

欠損や歪みがあって、その欠損や歪みをきちんと捉えて自分の言葉で説明できる人。そういう人はやっぱり素晴らしいなぁ、と思ってしまうのだ。

そして、穂村弘という人は、まさにそういう人である。

本書はエッセイ集であり、それぞれのエッセイ毎に話は全然違う。けれど、あるエッセイの中で書かれていたある文章が、穂村弘のその欠損部分をうまく表現しているように感じられたので、そこを抜き出してみようと思います。

『文化祭でもキャンプでも大掃除でも会社の仕事でも、いつも同じことが起きる。全ての「場」の根本にある何かが私には掴めないのだ。現実世界に張り巡らされた蜘蛛の巣のようなルールがみえない。何のための穴なのかよくわからないままに、どこまでも掘ってしまう。だが、わかっていないということは熱心さではカバーできないのだ』

何故穴を掘っているのか、という点は是非本書を読んでほしいが、穂村弘のこの感覚は僕も凄くよく分かるし、そうそう、って感じになる。

僕は、世界に対するアプローチの仕方が、穂村弘ととても似ているように感じられる。自分の中に確信がない。確信を得ようと周囲を観察するのだけど、ルールらしきものが分からない。自分にはルールが分かっていないのに、どうも周りの人は特に説明もされないままルールを把握しているようで、その場に馴染んだ振る舞いをしている。色々と考えて、これかな、という行動をしてみる。でも、どうも違う。いや、はっきりとは分からないが、違うような感じがする。そういう雰囲気だ。でもじゃあどうすればいいのだろう?

というような葛藤は、僕の根っこにある。今の僕はもう、世界から外れることをあまり恐れなくなった。自分がその場で浮いていても構わない。むしろ浮いていることが当然であるような立ち位置を作ってやろう、と思って普段から生活をしている。そういう意識に切り替えて、前よりは楽になった。

そういう意味で、僕は日常の中で、穂村弘が感じているようなことをあまり感じなくなった、ような気がする。でも、まったくというわけではないし、このエッセイを読みながら、穂村弘の行動原理にとても共感している自分がいる。

だから、やっぱり穂村弘って好きなんだよなぁ。

本書は、穂村弘が日常の中で感じたあれこれについて書くエッセイだ。一遍一遍はとても短い。だいたい文庫本で2ページくらいだ。一気に読んでもいいし、ちょっとずつ読んでもいい。

2ページの文章の中で話をうまく完結させるから、一部だけ抜き出して面白い箇所というのは実は少ない。話全体の中で面白さを醸し出すスタイルなのだ。一遍全体で面白いエッセイというのは本書の中にたくさんある。その中で、これは抜き出しても面白い、と思える箇所を抜き出してみる。

『最近、五十肩になってしまって「家庭の医学」的な本を買った。そこに「アイロンを使った振り子運動」というものが紹介されていた。家庭でできる運動療法らしい。
ふと見ると、図解の端っこに注意書きがある。「アイロンがない場合は、ダンベルなどの代替用品でもかまいません」。えっ、と思う。そもそもアイロンの方が代替用品なんじゃ…、でも、自信がない。全てがよくわからない。』

思わず吹き出してしまった。穂村弘は、こういうのをよく見つけるのだ。「漁師プリン」の話も面白い。別になんてことのない話なんだけど、穂村弘の手に掛かると、面白い話になっちゃうんだよなぁ。

「周りの人も、みんな本当に日常の中で大変さを味わうことがあるのか?」という疑問に囚われた穂村弘の、こんな妄想も面白い。

『お天気お姉さんが腋の下から体温計をしゅっと抜き出して「今日の体温は三十八度八分、ふらふらです。でも、仕事だから頑張ります。もしも、あたしが倒れたら、明日のお天気はあなたが自分で空を見上げて予想してね」と云ったら、どんなにときめくことだろう』

なんか分かるような気がする。本書の「蚊がいる」というタイトルにも込められていることだが、テレビや雑誌ではもっと色んな人がしゅっと生きているような気がする。テレビや雑誌の世界には、蚊なんていないのだ。でも、現実にはいる。この落差は一体なんだろう?というような疑問から、こんな妄想が生まれてくるのだ。

世界は一つかもしれないが(複数あっても特に問題はない)、世界の見方はそれこそ山ほど存在する。その視点をたくさん持っていればいるほど、色んな世界の中で生きることが出来る、といえるかもしれない。穂村弘は、世界に馴染むのが苦手だが、馴染むのが苦手というだけで、色んな世界を見ることが出来る。穂村弘は、そんな自分で見た世界を、時に短歌で、時にエッセイで切り取っていく。穂村弘には、色んな世界が見えてしまい、ただでさえ世界に馴染むのが苦手なのに、余計に苦手になっていく。でも、その困惑みたいなものが、見ている方としては楽しい。

自分も世界にうまく馴染めないんだよなぁ、という自覚がある人の方が、きっと読んでいて面白いだろう。馴染めてしまう人からすれば、この人は一体何をそんなに悩んでいるんだろう、となるのかもしれない。分からない。とにかく、僕にとっては、とても楽しいエッセイだった。

穂村弘「蚊がいる」

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2013年ベスト

2013年の個人的ベストです。

小説

1位 宮部みゆき「ソロモンの偽証
2位 雛倉さりえ「ジェリー・フィッシュ
3位 山下卓「ノーサイドじゃ終わらない
4位 野崎まど「know
5位 笹本稜平「遺産
6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
7位 須賀しのぶ「北の舞姫 永遠の曠野 <芙蓉千里>シリーズ」
8位 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日
9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
16位 藤谷治「世界でいちばん美しい
17位 神林長平「言壺
18位 中脇初枝「わたしを見つけて
19位 奥泉光「黄色い水着の謎
20位 福澤徹三「東京難民


新書

1位 森博嗣「「やりがいのある仕事」という幻想
2位 青木薫「宇宙はなぜこのような宇宙なのか 人間原理と宇宙論」 3位 梅原大吾「勝ち続ける意志力
4位 平田オリザ「わかりあえないことから
5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
6位 小阪裕司「「心の時代」にモノを売る方法
7位 渡邉十絲子「今を生きるための現代詩
8位 更科功「化石の分子生物学
9位 坂口恭平「モバイルハウス 三万円で家をつくる
10位 山崎亮「コミュニティデザインの時代


小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
10位 エイドリアン・べジャン+J・ペタ―・ゼイン「流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則
11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
7位 ジュディ・ダットン「理系の子
8位 笹原瑠似子「おもかげ復元師
9位 古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち
10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
11位 石井光太「遺体
12位 佐野眞一「あんぽん 孫正義伝
13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
19位 二村ヒトシ「すべてはモテるためである
20位 平川克美「株式会社という病

2011年ベスト

2011年の個人的ベストです
小説
1位 千早茜「からまる
2位 朝井リョウ「星やどりの声
3位 高野和明「ジェノサイド
4位 三浦しをん「舟を編む
5位 百田尚樹「錨を上げよ
6位 今村夏子「こちらあみ子
7位 辻村深月「オーダーメイド殺人クラブ
8位 笹本稜平「天空への回廊
9位 地下沢中也「預言者ピッピ1巻預言者ピッピ2巻」(コミック)
10位 原田マハ「キネマの神様
11位 有川浩「県庁おもてなし課
12位 西加奈子「円卓
13位 宮下奈都「太陽のパスタ 豆のスープ
14位 辻村深月「水底フェスタ
15位 山田深夜「ロンツーは終わらない
16位 小川洋子「人質の朗読会
17位 長澤樹「消失グラデーション
18位 飛鳥井千砂「アシンメトリー
19位 松崎有理「あがり
20位 大沼紀子「てのひらの父

新書
1位 「「科学的思考」のレッスン
2位 「武器としての決断思考
3位 「街場のメディア論
4位 「デフレの正体
5位 「明日のコミュニケーション
6位 「もうダマされないための「科学」講義
7位 「自分探しと楽しさについて
8位 「ゲーテの警告
9位 「メディア・バイアス
10位 「量子力学の哲学

小説以外
1位 「死のテレビ実験
2位 「ピンポンさん
3位 「数学ガール 乱択アルゴリズム
4位 「消された一家
5位 「マネーボール
6位 「バタス 刑務所の掟
7位 「ぐろぐろ
8位 「自閉症裁判
9位 「孤独と不安のレッスン
10位 「月3万円ビジネス
番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)