黒夜行

>>2015年02月

となりの革命農家(黒野伸一)

自分には出来るとは思わないのだけど、農業には少し興味がある。
僕は、職人的な技能を持つ人(刀鍛冶とか町工場の職人とか)に憧れを持つ傾向があるのだけど、農業にもそれに近いものを感じる。天候を読み、土の状態を知り、旬を捉え、自然災害や病と闘い、そうやって野菜を作る。それは、「人間には力が及ばないものと格闘し、ねじ伏せたり屈服させたりすることなしに共生していく」というような姿が、なんだかカッコイイなと思うのだ。経験と知識と試行錯誤が必要だろうし、きちんとやれば、毎日違った感覚で作業が出来るに違いない。土の状態も、天候も、何もかも同じところには留まっていない。そういう環境の中で、その本質を捉え、逆らわないようにして付き合い、作物を育てていくというのは、ある意味でなかなかクリエイティブな作業ではないかと思うのだ。
一度、田植えを経験したことがある。震災後の福島にバスツアーで行き、農業体験をさせてもらったのだ(その時の記事はこちら)。裸足で田んぼに入って土を感じ、腰を曲げて苗を植え、日差しを浴び、その作業の後で近くで穫れた野菜を食べる。もちろん、たった一日の経験だったからこそ、新鮮で楽しいと感じられたのかもしれないけど、こういう生き方も悪くないなぁ、と思う気持ちが生まれたのは確かだ。
「農業」にはなんとなく、「野菜を育てる」というだけではない何かがあるような気がする。それは、環境を守ることだったり、自然と共生していくことだったり、地球の未来に想いを馳せることだったりするのかもしれないけど、そういう、ただ「労働」に還元されるだけではない何かに惹かれる人は、現代人には結構いるのではないかと思う。
さて、ここまで書いたことから察することが出来ると思うのだけど、僕が「農業」をイメージする時、僕には、「日本が昔から続けてきた農業の姿」が浮かんでいる。もちろん、農業が近代化されるにつれて、機械がどんどん導入されているだろう。しかし日本はまだ、多くの地方で、お年寄り夫婦が二人で細々と続けているような、代々の土地を守るために農業をし続けているというような、そういう姿が浮かぶ。間違っても、アメリカの大規模農業のような光景は浮かんでこない。
そこには、何故か、大きな差があるような気がしてしまう。
同じように「野菜を育てる」ということをしていても、アメリカのような、馬鹿でかい土地で、機械をバンバン使って、工場ですか?みたいなレベルの農業には、どうにも惹かれない。だから僕の「農業に対する関心」は、「食べるものを作っている」とか「効率良く野菜を作る」とか、そういう部分にはない。あくまでももっと余白の部分、「野菜を作る」という行為に欠かせないのだけど、直接的に関係がなさそうに見えること。そういうものに惹かれているのだろうと思う。
さて、この僕の「農業」に対する感覚はきっと、本書の登場人物の一人である理保子にぶった切られることだろう。

『あたしは、如何にコストを下げ、効率よく、均質の作物を大量に生産できるか、常に考えてるんだよ。千個注文があったら、千個の色も形も大きさも同じ野菜を、期限内に出荷することに頭を痛めてるんだ。「できませんでした、ゴメンなさい。でも悪いのはお天道様です」じゃ済まされないから。そんな言い訳が、近代経営で通用するわけがないから。でも、この連中ときたら―。』

理保子はこれまでエリート街道をひた走ってきたバリキャリの女性だったが、自分とは関係のない社内の権力闘争に巻き込まれた結果、アグリコ・ジャパンという、地方農業法人に左遷されてしまった。大沼という集落に根ざして活動を続けるアグリコ・ジャパンは、その地で農業生産を経営的に軌道に乗せるために仕事をしているが、同じく左遷されたらしき理保子の上司である氷川は地元に関心は持たないし、理保子は理保子で会社を見返してやろうと、まず地元に溶け込むところからと奮闘するが、閉鎖的で都会の者を簡単に受け入れない土地柄で、しかも女ということで、都会ではすぐセクハラで訴えられるような扱いを受けていた。それでも、松岡というこの土地の地主の機嫌を損ねては仕事にならないので、怒りに笑顔の仮面を貼り付けてどうにか日々努力している。

『日本の農業にもっとも欠けているのが、経営感覚なの』

そんな理保子は、「農業」を当然「ビジネス」と捉えている。だからこそ、均質で同じ大きさのものを期限内に出荷する、そういうシステマティックで効率の良い農業を目指したいと考えている。しかし、地元の人間と関われば関わるほどに、農家連中の「経営感覚」のなさに呆れることになる。こんなんで、外国資本が入ってきてなんとかなると思ってるわけ?

『兼業農家の場合、普段は会社員として働き、週末は野良仕事に勤しみ、さらには補助金まで出るのだから、一般サラリーマンよりは稼ぎが多いのは不思議ではない。彼らが簡単に農地を手放したがらない理由がここにある。
しかし兼業でも、真面目に農業に取り組んでいるのならまだいい。農地としてまったく機能していないにも関わらず、お除菌や税制優遇措置を受けている土地があまりにも多い。
そもそも、耕作放棄地という概念自体があいまいだ。草ぼうぼうの荒れ地でも、自然農法だと言い張れば、農地として認められてしまう。ヘドロが湧いていても、有機肥料を巻きすぎたと強弁すれば、農地として活用されているとみなされる。だから何もしないで放置しておいても実損はない。
こんなずるがしこい農家には、早く一線から牽いてもらい、保有している土地は、やる気のある人間に譲渡すべきだ。さもなくば、日本の農業に未来はない』

本書のテーマの一つが、ここまで書いてきたような、「日本の農業と、農業を行う土地の未来」についてである。僕は農業を取り巻く状況について全然知らなかったのだけど、上記に挙げたような状況は確かによくないと思う。今、若い世代が地方で農業を、というような話をいろいろ耳にするし、実際に僕が福島に行った際も、若い人が少しずつ増えているという話を耳にした。しかしその一方で、補助金目当てで農地を手放さない農家が本当に一定数いるのであれば、それは日本の農業の未来を潰しているいえるだろう。本書でも冒頭で、外からきた人間に土地を貸さない、という話が出て来る。貸したとしても土の状態の良くないところを貸し、借りた人間が数年頑張って耕して肥沃な土地にしたところで契約を打ち切ってしまう、という事例もあるようだ。理保子の、あまりにもビジネスに徹しすぎる感覚もどうかと思うのだけど、同じように、時代感覚が古いと言わざるを得ない農地を所有する地方の人の考え方もどうしたものかと感じる。
本書では、この二つの考えがそこかしこで対立することになる。昔からのやり方で、自分たちが食っていく分の農業をやれれば良い、それ以上のことは自分が考えることではないとする農家の人々。そして、日本の農業の未来を憂い、近代的な経営感覚を農業に取り込むことで世界と渡り合えるだけの力を養っていきたいと考える理保子。両者は共に、どちらが悪いというのでもないだろう。見ているものが違うだけだ。どちらも責められるべきではない。しかしそうは言っても、現実的に、日本の農業は危機的な状況にあることは間違いないだろう。若者が農業をするようになっている、とは言っても、若い世代の流出を上回るほどではないだろうし、跡継ぎなどの問題も含めて、日本の農業が今転換点に立たされているというのは確かだろうと思う。ある意味で両極端にいる両者の言い分を小説の中で読みながら、日本の農業について考えさせるという点で、非常に良く出来ていると思う。
さて、まだちゃんと内容紹介をしていなかったから、この辺でもう少し内容について触れよう。
先ほど書いたように、権力闘争の末破れ左遷された理保子は、それでも退職はせず、この地で一発逆転をかまして、自分を左遷した人間を見下してやろうと日々奮闘していく。アグリコ・ジャパンには、現地採用の社員も当然いて、彼らと関わる中でも、理保子の考え方は少しずつ変わっていく。理保子は、あるきっかけから、「自分の出世のため」に仕事をするのをやめ、「本気でこの地の農業のことを考えるため」に仕事をするようになっていく。そしてしばらくして、大きなうねりが生まれるのだが…。
という理保子のパートと平行して、春菜と和也という二人の若者の物語も同時に描かれていく。
和也は、農業高校を卒業したものの、農業をする気もなく、都会での生活への憧れから無理やり上京するも、2年で撤退。今は地元の直売所でアルバイトをしている。しかし、土地持ちの松岡と揉め事を起こして、そのアルバイトをクビになってしまった。
そのきっかけとなったのが、春菜だった。
和也は直売所で、見知らぬ女性から声を掛けられる。作った野菜を見て欲しいというのだが、虫食いだらけでとてもじゃないけど売り物にはならない。それが春菜だった。春菜が松岡に絡まれているのを見て、咄嗟の行動から揉め事になってしまったのだ。
そうやって和也は、何故だか春菜のところで働くことになる。
春菜は先ごろ夫を失っていた。夫の遺志を継いで農業をしているようなのだが、夫が生きていた頃はまったく手伝ったことはなかったようで、やっていることがめちゃくちゃだ。しかし、和也から見ても春菜の農業がめちゃくちゃに見えるのには、もう一つ理由があった。
春菜が(春菜の元旦那が)やっていたのは、有機農業だったのだ。農薬を使わず、自然な状態で作物を育てていく。そりゃあ、虫食いだらけのものが出来上がるわけだ。
和也は、今の農薬は徹底的に安全だし、有機農業はしんどいから止めた方がいいと説得しようとするが、春菜は聞く耳を持たない。そして和也も、あることをきっかけに、本腰を入れて春菜の有機農業の手伝いをしていくことになるのだ。
本書のもう一つのテーマ。それが「有機農業と慣行農業のバトル」である。

先ほど書いた、理保子の農家に対する罵倒は、有機農家に対してのものである部分が大きい。農業にも近代的な経営感覚を取り入れるべきなのに、何故有機農業なんていう、非効率極まりない、まったく生産性の欠片もないような農業をやる人間がいるのかと、理保子はプリプリしている。

『「有機農業は生産性の低い、非効率な農法よ。これじゃ、外国との競争には勝てない」
「競争とか、関係ないんです。理保子さんたちがやっているのでは、人間が野菜を支配する農法です。だから、生産性とか効率を追求できる。あたしたちのは、野菜が生育するのを人間が手助けしてあげる農法。主役はあくまで野菜ですから、生産性や効率を人間の力でコントロールすることは難しいです。あたしたちの考え、根本的な部分で違うんですよ」
「でもそれじゃ、ビジネスとはいえない。あなたは農家の担い手不足のことを、どう思ってるの?農家がどんどん衰退していくのを尻目に、自分たちの殻に閉じこもって、やりたいことだけをやっていれば、それで満足なの?」』

理保子と春菜のやりとりである。見ているものが違うのだから話が噛み合わないのは当然だし、どちらが正しいということもないのだろうが、僕自身の感覚としては、春菜の意見を応援してあげたい。理保子の言っていることは分かるけど、でも、しっくりこない。
それは、恐らく、農家に共通した意見なのだろうと思う。

『「まあ、本音を言えば、百姓というのはどこかで有機農家を妬んでいる部分があるんだよ」』

『「有機農家はあえて茨の道を進んでおる。悪く言えば変人だが、よく考えれば非常に純粋な人たちだ。純粋さこそ、百姓の本懐なんだよ。一般の農家は、彼らの純粋さ、ひたむきさに実は後ろめたいものを感じている。だから、近代化に乗り遅れているだの、経営をわかっていないだのと難癖をつけて、糾弾している
のさ」』

僕は農家の出身でも百姓でもないけど、なんとなくこういう感覚は分かる。これは、決して農業だけに限らない。今、ありとあらゆることが世界的なビジネスにさらされていて、あらゆるものの価値が標準化されようとしている、そういう流れを感じる。僕は、その流れがどうも気に食わない。気に食わないっていったって、粛々と進行しているわけだから、その流れを無視するわけには当然行かないのだけど、でもその流れに乗ることで失われていくものの多さを考えると、なんだか少し寂しい気持ちになる。
農業にしても、日本人の勤勉さとか工夫とかによって、生態系を破壊しないでうまいバランスを保ったまま、必要な量の作物を生み出すような仕組みが連綿と続いてきたのではないかと思う。もちろん、近代的な技術がなかった時代には、飢饉だとか干ばつだとかで作物が一気に死滅したりと言ったこともあったはずで、技術革新が悪いわけではないのだけど、でもそれが行き過ぎてしまうことで、うまく保たれてきたバランスが崩れてしまうのはどうもなぁ、と思ってしまう。
有機農業はその点、自然の流れに任せるやり方で、なんだか好ましい。確かに、均一さ、生産性、安定性などとは無縁の話だけど、でもそれは当たり前ではないか。工業製品じゃないんだから、そもそも農業をビジネス的に捉えようとすることの方がおかしいわけで、なんだかなあ、と思う。甘いことを言っている自覚はあるのだけど。

『「そりゃあ、毎日土に触れていれば、化学肥料や農薬を使わない農法には興味が湧きますよ。いったいどうやってやるんだって」』

本書で描かれているのは、決して農業だけの問題ではなくて、世界中ありとあらゆる場所で起こっていることなのだろうと思う。伝統を守ろうとすれば経営が成り立たず、経営を成り立たせようとすれば伝統が守れない。そういう中で、どんな解決策を見出していくのだ。作中で、真逆の立場にいた人間たちの考え方がどんな風に変わっていくのか、あるいは変わっていかないのか。農業の話として読んでも当然面白いのだけど、現在世界中で起こっていることの縮図として本書の内容を捉えてみることで、また少し違った読み方が出来るのではないかと思います。
物語の展開は、エンタメ小説としてよく出来ています。複数の対立構造を同時に走らせつつ、その対立構造が様々な事情から変化していく過程も面白いし、終盤になればなるほど、地方の一集落を舞台にした大きな企みが展開されていって、どう決着するのか楽しく読めました。個人的には、春菜と和也の農家としての進歩が早過ぎる気がして(ド素人がそんなに早くどうにかなるもんなんだろうか、と思ったり)、それに有機農業をマスターする過程があっさり描かれた感じがしましたけど、物語をテンポよく展開させるためには仕方なかったんだろうなと思います。
本書を読むと、「農業」に未来があると感じることも出来るし、また「農業」の未来は閉ざされているなと感じることも出来ます。誰の視点から「農業」を捉え、どこを目指すのかによって、まったく違った見え方になります。エンタメ小説でもありつつ、農業を取り巻く現況をうまく掬い上げている小説であるという風にも感じました。是非読んでみてください。

黒野伸一「となりの革命農家」


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神様のカルテ0(夏川草介)

強くなりたいな、と思う。
強く生きられる人間になりたいなと思う。

強さとは、優しさのことだと思う。

『優しさというのはね、想像力のことですよ』

主人公の一止は、ある患者からそんな言葉を聞く。

『まどかさんが、タッちゃんにありがとうって』

タッちゃんと呼ばれた男は、悩みつつも決断したある行動に対して、そうお礼を言われる。

『学士さんから聞いて手を合わせてるんです』

見も知らぬ人のために祈る女性がいる。

彼らは、自分たちの無力さを知っている。生きている中で、その様々な経験の中で、そう納得せざるを得ない経験をたくさんしてきたのだろう。だけど、無力であるということが、何も出来ることがないこととイコールではないことも、また彼らは知っている。自分たちの無力さをちゃんと分かった上で、無駄ではないか、傷つけはしまいか、悪い結果を招きはしないかと悩みながら、そんな素振りを見せないまま自分なりの結論を行動で見せていく。
彼らは、自分がしたことを誇らない。それが当然のことであるように振る舞う。そしてそれを、殊更騒ぎ立てない仲間がいる。現代社会においては「不器用」と称されるだろう人々なのだけど、そんな彼らの生き方がとても眩しく見える。
誰かから褒められたいだけのために優しくするとか、自分のしたことを誇らしげに語るような振る舞いとか、どうも世の中にはそういう態度が溢れているように思うし、僕の中にもやっぱりそういう気持ちがある。それは、決して悪いことではないとは思うのだけど、でも強くはないと思うし、そしてかっこ良くもないと思う。この物語に出て来る人物たちは、皆かっこ良い。今の自分との距離感に目眩がしそうなほどだけど、あぁこんな人になれたらいいのにな、と思わされた。

そして、強さとは、孤独のことだと思う。

『時間がありません。生きるつもりなら、立ち上がってください』

強靭な忍耐力を持つ女性は、そう言って死の淵から男を引き上げる。

『生きる理由なんてものは、しっかり生きてから考えればいいんだよ』

高い高い山をようやく乗り越えた男は、実感を込めてそう諭す。

『帰るために…、登ったのです』

一瞬の沈黙の中にすべてを雲散させた男は、そうやって前を向く。

孤独と付き合っていくことは、なかなかに難しい。それには、終わりがないからだ。ないように見えるからだ。どこまでどこまでも、永遠に孤独が続くように思えるからだ。
実際に、孤独は永遠に続く。自分でその孤独に、ピリオドを打たない限り。

『一人ぼっちなのは自分だけじゃない。人はみんなひとりなんだって』

僕は、孤独への耐性はある方なのだと、最近まで思っていた。でも、案外そうではないのかもしれないなとついこの間感じて、なんというか、少しショックだった。とりあえず、そういう自分を認めることにして、孤独との闘いは、まあこれからというところだ。
誰にも見られていない、誰の存在も感じられない。そんな場所にいるのは、やっぱり辛い。そんな時に、何を支えにするか。それを他者に求めることは、発想としては簡単だけど、問題の解決にはたぶんなっていない。他者は、常に自分の世界にいるわけではないからだ。支えにしていたものが、スッとなくなってしまうこともあるだろう。結局それは、時間稼ぎとか、問題の先送りのようなものでしかない。
自分の内側に、何か支えになるようなものを持つこと。結局それしかないという結論までは来ているのだけど、なかなかそれが難しい。そういう時に、「みんなはどうしてるんだろうなぁ」と考えてしまって、自分はまだまだだなと思う。
結局、自分で見つけるしかないのだ。

『生きていれば死にたくなるようなことは山ほどある。それでも生きるって選択肢が選べるだけ俺たちは幸せなんだ。』

強い人は、弱い人の立場を理解した上で、厳しい態度を取ることもできる。自分の中に、きちんと芯があるからだろう。そういう人に、僕もなれたらいいなと思う。

内容に入ろうと思います。
本書は、「神様のカルテ」シリーズに関係する人物を中心に据えた短篇集です。

「有明」
医師国家試験前の、最後の追い込みの時期を過ごす一止。彼らは、「6年生最強」と呼ばれるある一派を構えていて(本人たちにはそんな自覚はないのだが)、成績優秀な辰也を中心に、毎朝の学習に勤しんでいる。50過ぎで医師を目指すシゲさんや、そんなシゲさんに遠慮のない言葉を飛ばすまどかなど、個性豊かな面々との勉強は、暗記暗記の毎日に刺激を与えてくれる。
そんなまどかが、朝の勉強会に、顔を出さなくなった。

「彼岸過ぎまで」
『24時間365日』
そんな看板を据えるようになったのは、事務長が代わったからだ。ソロバン勘定と交渉が得意な優秀な人間だが、いかんせん利益に寄りすぎていると不満を漏らす者もいる。地域の救急医療を担う本庄病院は、今日も相変わらず忙しい。
本庄病院を支えてきた古参の医師たちが、新しくやってきた事務長とやり合いながらどうにかこうにか進めてきた日々。国の方針が変わり、医療の現場は「合理化」か「患者を第一に」かを選択せざるを得なくなっている。事務長のやり方は、間違っているとは思わないが、しかしやりきれない思いも残る。
ある日、内科部長の板垣は、飲み屋で事務長を見かける。

「神様のカルテ」
本庄病院に初の研修医としてやってきた一止。「24時間365日」の看板を見てここに決めたという、やはり筋金入りの変人である。研修医の生活は、数年間は「初めてのことばかり」と言われる。そんな中一止は、早速とんでもない「初めて」を引くことになる。
末期のがん患者。治療して持ちこたえるかどうかギリギリという状況で、さらに患者のある特殊な希望が重なる。一止は、研修医として、医師として、そして人間として、彼とどう対峙すべきか、日々悩まされることになる。

「冬山記」
30年ぶりの冬山。縦走路から落ちて生きているというのは、僥倖という他ない。とはいえ、脚は折れている。さすがにここまでかもしれない。そんな時彼は、幻想を見た。幻想という他ない、それはありえないような声と姿だった。
皆、何かを求めて山にくる。それが何かは人それぞれ違うけれども、それでも、みんなきちんと、生きて帰るために、山に登るのだ。

というような話です。

僕は、「神様のカルテ」シリーズを、すべて読んでいるわけではない。1・2は読んだが、3は読んでいない。そして正直僕は、1・2に対する評価は高くない。
読んだのはもう大分前だから、どうしてそういう評価になったのか分からない。けれども、この短篇集を読んだ今、こう思う。1・2を読んだ時から年を取っているし、昔とは何か精神状態が変わっているのかもしれない、と。
この短篇集は、とても良かった。正直、1・2に対する僕個人の評価が高くないので、全然期待しないで読み始めたのだけど、とても良かった。ちょっとびっくりするくらいに。
人間のかっこよさは冒頭で少し触れたから、こちらでは先に、舞台について触れることにしよう。
どの話も、医者や医療と何らかの形で関わりを持つ。僕たちは医者や医療に対して、「患者」としての立場でしか関わることはない。大抵の人はそうだろうと思う。しかし、当然「医者」側の世界があり、そしてその世界は、様々な困難が取り込まれたまま淀むしかなかった、一種の魔窟と言ってもいいような環境だ。
努力だけでは、どうにもならない世界だ。
例えば、50過ぎて医師を目指しているシゲさんには、医学を学ぶ環境というのは残酷的に厳しい。医学部に入学出来る学力を持ちながら、卒業試験のあまりのハードルの高さに眩む。人それぞれ、持って生まれた学力の差、そして当然年齢の差が、圧倒的な現実となって突きつけられる。シゲさんがどんな思いで医学部を目指しているのか、それは分からないけど(シリーズ作のどこかに登場したのかもしれないけど)、「思い」だけでは突破できない。
例えばある医師は、こう呟く。

『徹夜で百人助けても、一人でも見逃しが出たら、即抹殺されるのがこの仕事なんだ』

どれほどの使命感を持とうとも、日本の医療制度を取り巻く環境の厳しさに太刀打ちすることは難しい。医療事故はすぐに報道され、一気に社会問題に発展する。もちろん、人の命が関わっているという理屈は分かるが、僕にはこの風潮は行き過ぎに感じられる。同じ人間だ。絶対にミスをしないなんてことはありえない。しかし、何故か医師にはそれが求められる。しかも、昼も夜もないような壮絶な環境で仕事をしているのにも関わらず、である。
また医師は、国の方針から逃れることはできない。本書では、国が国庫を節約するために、医療の現場に対して通達しているDPCという方針について触れられている。詳しくは書かないが、それが医療の現場をより複雑にしていることは間違いない。

『ただ、人を救うというだけの医療が、ずいぶんややこしいものになってきたという思いは、しみじみとした実感を含んでいる』

医療の裏側を垣間見る機会は多くはないが、本書を読むだけでも、その殺伐とした雰囲気を伺うことが出来る。使命感や切なる思いだけでは乗り越えられない、不条理と残酷に満ちている。どんな医師として生きていくかの選択によっても、それぞれの生き方は様々に違うだろうし、そこで待ち受ける出来事も様々に違うことだろう。もちろん、泥水ばかり飲んできただろう医師も数多くいるだろうし、国民皆保険制度と結びついている以上、国の方針と決別出来ないのだから、これからもそれに振り回されていくことだろう。
それでも本書は、そんな世界の中に咲く、美しい花を描き出そうとする。
例えば、一止のような医師の存在が、どれだけ現実とかけ離れているのか(あるいはいないのか)、それは僕には分からない。もし一止のような医師の存在が現実離れしているのだとすれば、そういう意味で本書はファンタジーなのだろうけど、しかしだからこそ存在価値があるのかもしれないとも思う。たぶん現代は、医師も患者も疲れきっている。状況は、どんどん悪くなっていくだろう。そういう中で、希望を感じられる物語があるというのは、とても良い。

『私の仕事は、先生方に完璧な診療を求めることではありません。先生方が完璧に近づけるように環境を整えることにあります』

医師ではなく医療に関わる者の、こうした覚悟が、今も医療現場を支えている。

『栗ちゃんの判断が間違ってるって思ったときは、遠慮なくぶっ飛ばしてやるからよ』

どうにもならない現実を飲み込むための生き様を、背中で見せようとする者が現場にいる。

そうしたことすべてが、医療という、様々な有象無象を内包した複雑怪奇な世界を紡ぎ上げている。そしてそんな世界の中で生きる住人の生き様は、僕たちに、「人間とは何か?」という問いを突きつけてくるようでもある。「生きるとは何か?」を考えさせるようとしているようにも感じられる。
さて、本書の登場人物たちは、ほとんど皆饒舌ではない。性格的に大人しいものもいれば、言葉にしないという「生きる術」を体得している者もいるだろう。
そういう人たちの物語だからこそ、「語られない言葉」の重みがずしっと来る物語だと思う。彼らが、恐らく飲み込んだのだろう言葉が、彼らがそれを飲み込んだ音と一緒に、行間から染み出てくるように感じられる。そして、その「多くを言葉にしない」関係性が、実に絶妙に成り立っている。
現代は、言葉が過剰な世の中であるようにも思う。過剰な言葉で溢れている、という言い方の方が正確だろうか。「何かを装飾する」だけの言葉が、無意味に宙を飛び交っているような世の中に思える。
装飾することが得意なだけでは、自分を大きく見せることは出来るかもしれないが、自分自身を大きくすることはできない。この物語の登場人物たちは、人間が大きい。だからこそ、余計な言葉で自分を飾り立てる必要がない。自分の存在を、自分の生き様によって示すことが出来る人達だ。環境的に、そうならざるを得なかった人たちが織りなす人間の折り重なり合いが、丁寧に掬い取られていく。
どう生きるべきか。
その問いへの答えを、僕たちは迷い続けながら探し求めていく。その過程こそが「生きる」ということなのかもしれないと、彼らの「生きることへの闘い」を見守りながら、そんな風に思った。素晴らしい物語でした。涙ぐんでしまう場面もいくつもありました。是非読んでみてください。

夏川草介「神様のカルテ0」


デジカメが顔を認識してくれずクーラーも風送り間違う

Ⅰ 「題詠blog2014」(http://blog.goo.ne.jp/daieiblog2014)の100のお題から
  (結局エントリーはせず)


(お題:実)忠実なゴムの薄さを過信して「オレの子なのか?」と酷い言い草



Ⅱ 「うたの日」(http://utanohi.exout.net/index.html)に投稿した作品


デジカメが顔を認識してくれずクーラーも風送り間違う
(7/18 冷 http://www55.atpages.jp/utanohi/page.php?id=109)



Ⅲ その他の自作短歌


(お題:箱)冷蔵庫はシベリアに続く箱だってばあちゃんはそう怖がってたわ



Ⅳ 「連歌の花道」(http://renga57577.bbs.fc2.com/)に投稿した作品


猿まねのアイラブユーが砕け散る波止場の白いスーツの男よ
http://renga57577.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=6195227
(上の句:詠伝さん、下の句:黒夜行)

犬小屋を含んだ線でこの庭はセシウム領に認定された

Ⅰ 「題詠blog2014」(http://blog.goo.ne.jp/daieiblog2014)の100のお題から
  (結局エントリーはせず)


(お題:延)三度目の手術の前の同意書はもう地獄への切符には見えない



Ⅱ 「うたの日」(http://utanohi.exout.net/index.html)に投稿した作品


犬小屋を含んだ線でこの庭はセシウム領に認定された
(7/17 以内 http://www55.atpages.jp/utanohi/page.php?id=108)



Ⅲ その他の自作短歌


(お題:眼鏡)ダ・ヴィンチさん、まじオシイわぁ モナリザが眼鏡掛けたら超好みっす



Ⅳ 「連歌の花道」(http://renga57577.bbs.fc2.com/)に投稿した作品


「落としたのは綺麗に磨いた月ですか?
http://renga57577.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=6194999
(上の句:黒夜行)


メガバンク絶滅戦争(波多野聖)

友人に誘われて、一度だけ競馬をやったことがある。
全12レース、一つも当たらなかったはずだし、そもそも大した金額を掛けてたわけでもないので、この一回の競馬をもってギャンブルをどうこう言うつもりはないのだけど、でも、僕には、ギャンブルにハマる素質はたぶんないんだろうなぁ、と思った。
たぶんそれは、「運」の要素が大きい、つまり、自分の力で関与できる部分が少ない、という気持ちがしてしまうからだろうと思う。
最近、独自のシステムを開発して競馬でボロ儲けしたが、外れ馬券を損金扱い出来ないことを不服とした裁判が終結するというニュースを見かけた。それは、競馬好き友人からも聞いていた話だったのだが、「システムを使って儲けられる」のであれば、うまく情報を取捨選択すれば、確実さの程度を上げていける、ということなのだろう。だから競馬も、努力すれば実は、実力(と表現していいのかどうかは分からないけど)で勝負出来るものなのかもしれない。
と思うこともあるのだけど、やはり、ギャンブルと呼ばれているものは全般に、それがギャンブルであるからこそ、不確実性に支配されているように思う。もちろん、そこにスリルがあるのだろうけど、僕はどうもそういうものにスリルを感じないようだ。
株投資をギャンブルと同じ括りに入れて良いのかどうか、それはよく分からないのだけど、競馬好きの友人が語ることの延長線上に、本書で描かれるファンドマネージャーの心情があるようにも思えて、相場師と呼ばれる人たちのことを、競馬好きの友人の実像を膨らませることで捉えてみようと思ったのだ。

『相場の神様は存在する』

TEFGという、日本最大のメガバンクでディーラーとして活躍する桂がそう語る場面がある。桂は屈指のディーラーであり、その運用手腕は高く評価されている。しかしそんな桂でさえも、「相場の神」という存在を肯定している。時に人間は、「自分には認知・許容が出来ない、名伏しがたい存在」に「神」と名付けることがあるが、桂のそれは少し違うように思う。桂にとっての「神」も、名伏しがたい存在であることは確かだろうが、なんとなくかつらは、その輪郭は捉えているように感じられるのだ。なんだか分からない存在を、ただ分からないという理由で「神」と名づけているのではなく、はっきりと捉えきれはしないが、ぼんやりと輪郭だけは掴んでいる存在に「神」という名をつけているように思う。
それは、相場という、生物ではないが「生きている存在」である何かと、長いこと触れ続けてきた者だからこそ捉えきれる何かなのだと思う。
僕の日常生活の中では実感はないけど、この相場という存在は、もはや人類の生活と切り離せないものになったのだろう。僕自身は、株式投資をしたこともないし、知識もないので、何がどうなっているのか分からないのだけど、この相場という存在が、あらゆる人種・ルール・社会・価値観を飛び越えて、世界を否が応でも一つにしてしまう存在であるということは分かる。人間が誕生しなければまず間違いなく誕生することのなかった相場に、今や人類は飲み込まれようとしているようにも感じられる。既に、人間の手にはほとんど制御できない存在だろう。僕自身の経験ではその実感はないのだけど、株を扱った小説を何度か読んだ経験から、そういう想像は出来る。
そういう意味で僕は、ギャンブルには興味はないけど、人間が生み出した「相場」という化け物には少しだけ興味がある。それは、宇宙の開闢の歴史を探ろうとする物理学者のような関心の持ち方だ。本書は、自身が実際に大金を動かしてきたファンドマネージャー自身が書いた小説である。「相場を知り尽くした」と言っていい存在だろう。そういった人物が、真正面から「相場」を描くという点に、まず非常に興味がある。
一方、まったく違う原理で動くが、「相場」と同じ程度に複雑な挙動を見せるのが「人間社会」である。

『部長。株式市場は本当に恐いです』

同じくTEFGで、総務部部長代理という肩書の二瓶(ヘイジ)はそう上司に注進する。しかし、上司はその話を一切理解しない。何故か。
それは、その上司が「帝都銀行」出身だからである。
TEFGは合併を繰り返しながらメガバンクとなった銀行だが、その中心は、戦前からの財閥の流れを組む帝都銀行であり、「帝都でなければ人にあらず」という恐ろしいまでの選別がなされていく。
先に挙げた桂もヘイジも、共に帝都銀行出身者ではない。
エリート中のエリートである帝都銀行出身者は、「帝都が潰れるわけがない」という考えを基本として持っている。これまで、危機らしい危機に直面したこともない。ないからこそ、実感も対策もない。しかし、帝都出身というだけで昇進し、威張りくさっている。

『舌先三寸でどんな白でも黒にされる』

同じく帝都銀行出身ではない役員の言葉である。吸収合併された銀行出身であり、かつて役所からさんざん辛酸を嘗めさせられた経験を持っている。また本書の冒頭では、「半沢直樹」のドラマでも有名になっただろう「金融庁」が登場し、その横暴さを見せつける。「立場」が人間を形作るということを、強く思い知らされる。
本書を読むと、「人間の価値」というものを考えさせられる。どんな地位にいるのか、どんな権限を持っているのか、どこ出身なのか。そういう物差ししか存在しない社会。それは、物差しの大きい小さいの差はあれど、様々な社会で起こりうる状態なのだと思う。そんな部分に「人間の価値」などないと思っていたとしても、状況が少し変われば揺れてしまう。

『人間などには自分自身にさえも信頼を置かない。人間は脆く弱いもので信頼に足るものではないとの思いが深い。それが逆に桂の人間への優しさに繋がっていた』

僕自身も、自分を含めた人間をそこまで信頼していないのだけど、そういう割り切りをせざるを得ないような社会や日常というのは歪かもしれないな、と感じることもある。信頼すればいいとも思っていないが、ヘイジのような人間を見ると(自分の友人にも、ヘイジのようだと感じる人間がいる)、こういう形で世界と関わっていきたいなと思う。
相場も人間社会も、あまりにも複雑になりすぎていて、誰もその全貌を把握することは出来ない。しかし、もしその仕組みを完全に把握できるとすれば…。本書では、「相場」と「人間関係」を共に支配しようとする有象無象が集結し、TEFGを舞台に暴れまわっていく。

日本国債が暴落した。すべての始まりはそこにある。
いつかは暴落するだろう、と思われていた日本国債だが、それが現実のものになると誰もがパニックになる。しかし、メガバンクの多くは、日本国債の比率を低く抑えていたし、償還期間も短くするように処理してきた。TEFGにおいては、運用担当のトップである桂自身が、この日のことを見越してすべて準備をしており、損失が出ることがあっても大したことはない。
はずだった。
桂が違和感を覚えたのは、日本国債暴落後のブリーフィングで、何人かの役員の顔が青ざめていたことだ。決定的だったのは、自らが開発を指揮したシステムにログイン出来なくなっていたこと。
何かが起こっている…。
桂に知らされたのは、驚愕の事実だった。桂の知らないところで、TEFG内に、とんでもない時限爆弾が仕掛けられていたのが。最悪の想定をすれば、自己資本の2倍もの損失を出すことになる。桂は現状を打破するために、相場に向き合おうとするが…。
というところから始まる、メガバンクを舞台にあらゆる者が知力を振り絞って勝ち抜けようとする、政治とマネーの戦争物語です。
非常に面白い物語でした。
僕は以前、同じく株式投資を扱った、川端裕人「リスクテイカー」という作品を読んだことがある。全然覚えていないのだけど、当時書いた感想を読み返すと、株式投資を廻る用語や状況説明などがなかなか難しくて、うまく物語を追えなかったようだ。
本書にも難しい描写は多少は出て来る。「大手証券各社に現物の売り注文が出されて、あらゆるビット(買い提示価格)にぶつけられたということです」「償還までの期間がながくなればなるほど債権のリスクは高くなり、特に流動性の無い四十年物などの価格は低くなり損失額はさらに上乗せされる」みたいな文章は、僕にはよくわからない。
ただ、本書の場合、こういう「株を実際にやりとりしている場面」というのはそう多くはない。これは「相場」の話ではあるのだけど、具体的な描写よりもむしろ、相場師である桂の身体感覚などを通じて、読者にも感覚的に「相場」というものが伝わるようにしているように感じられる。先に挙げたような描写が一切なければリアリティ的に難しくなるのだろうから、その辺りは最小限に留めて、「相場」というものを、経済用語や数字などではない形で感覚的に理解させようとしているように思う。
たとえば、そんな描写の一つだなと思うのが、これだ。「相場と対峙する集中力によって消費される膨大なエネルギー。場合によっては一時間で体重が2キロ落ちる。」これなどは、著者自身の経験談なんだろうなと思ってしまう。こういう描写によって、「相場」というものを理解させようとする。そして、もちろん僕みたいな経済に疎い人間にはたぶん輪郭さえ掴めていないのだろうと思うけど、なんとなく掴めたような気にさせてくれる。この著者は元々筆力は高い作家だと思っているのだけど、自身の経験や得意分野を予断なく物語に組み込むのってなんとなく難しい気がしているから、その辺りもうまく出来ているような気がする。
そして本書は、メガバンクが舞台であり、日本国債の暴落に端を発しており、相場を廻る物語ではあるのだけど、やはり最終的には様々な場面で「人間」が鍵を握っていく物語になる。
読めば分かるが、狭い範囲の登場人物たちが、結構色んな形で繋がっている。現実的にはありえないだろうけど、物語的にはなかなか面白い。初めこそ、ドライにカネを追いかけているだけに見える人物たちが、実は様々な物語や過去を内面に抱えていて、時にそれがカネを凌駕する。カネの話だったはずのことが、いつの間にかヒトの問題にすり替わっていることもある。そもそも、この物語の発端の発端が、他者からはどうでもいいとしか思えない、ある人間たちのエゴから始まっている。そんなエゴさえ持たなければこんな問題は起こらなかったが、しかし、そのエゴが何よりも大事に思えてしまう人もいるのだろう。
マネーゲームという舞台で、ヒトという不確実な要素がどのように舞台をかき乱していくのか。ただのマネーゲームとして捉えても十分にスリリングな物語なのだけど、ヒトとの複雑な絡み合いも一つの読みどころです。
また、こういう物語ではある程度お約束ではあるのだけど、弱者もきちんと勝負の俎上に載せられている、というのも良い。本書で言えば、弱者というのは桂やヘイジのことだ。彼らは、ファンドマネージャーでも、投資家でもなく、銀行内でも帝都出身ではない。桂は辣腕を振るうディーラーだが、ヘイジに至っては総務部部長代理である。しかし彼らも、きちんと闘いの舞台に立つことが出来る。
ただ、この点で若干の不満もある。彼らがきちんと闘いの舞台に立てていることはいいのだけど、もう少し弱者の活躍が見たいと思ってしまう気持ちもある。
本書で物語を引っ張っていくのは、政治家や官僚やファンドマネージャーや頭取と言った「なんだか凄い人たち」だ。もちろん、そういう人たちの物語でもいいのだけど、一庶民視点で物語を読むと、やっぱり「弱者が強者に噛み付く」というのがなんだか痛快だし楽しい。もちろん、桂もヘイジも奮闘するんだけど、どうしても物語の中心軸は「なんだか凄い人たち」の方にあるように感じられてしまった。物語上それは仕方ないのだけど、物語の舞台設定も「相場」や「銀行内部」など、庶民にはなかなか馴染みのないものだったりするわけです。もちろん、これまで僕が読んだこの著者の作品も、そういう傾向はありました。しかし、僕がこれまで読んだ作品は、舞台設定が明治・昭和など、現代を舞台にしていなかったので、そもそも自分と引きつけて物語を捉えなくても良かったというのがあります。本書はまさに現代を舞台にした作品であるので、庶民としては、もう少し庶民が活躍出来る感じの物語だと、より入り込めるんだろうな、という感じがしました。
とはいえ、この著者が描く「上流階級の雰囲気」は、どの作品を読んでもさすがだなぁ、という感じがする。別に僕自身は「上流階級の雰囲気」なんて全然知らないから、現実の何かと比較できるわけではないんだけど、(さっきの話と矛盾することを言うけど)「僕には全然手の届かない感」が凄く伝わってきて良いと思う。本書は他視点の物語で、色んな人物の視点を行き来するが、例えばヘイジが出て来る場面と、上流階級の人間が出て来る場面では、その場面の雰囲気が全然違う。描写によって、「まるで手の届かない感じ」を絶妙に醸しだす感じは、やっぱりうまいなぁ、と思うわけです。
また、これもこの著者の作品の感想ではたぶん毎回書いてるけど、教養的な部分がさりげなく物語に組み込まれていく感じが巧いと思う。本書では、方丈記や徒然草、あるいは仏教の用語なのか「只管打坐」というのが出て来る。以前の作品では、西田幾多郎や九鬼周造なんかが出てきたりする。しかも、知識を披瀝するような登場の仕方ではなくて、登場人物の内面を浮き彫りにするような形で使われるので、著者自身がそれらの教養をきちんと内側に取り込んで血肉化してるんだろうなぁ、と思わせます。こういう部分は、物語全体からすれば些細なもので、ストーリーそのものに影響を与えるわけではないけど、しかし作品全体に深みを与えるし、グッと引きしまる感じがあって良いなと思います。
株式の話はやっぱり難しいし、「なんだか凄いたち」が織りなす物語であるので身近に感じにくい物語ではあるのだけど、しかしこれまでの作品同様、非常に面白く読ませる作品だと思います。そして僕は、やっぱりこういう世界には近づかないでおこう、と思ったのでありました(笑)。カネを前にしたヒトの有り様を様々に実感できる作品ではないかなと思います。是非読んでみてください。

波多野聖「メガバンク絶滅戦争」


毎夜毎夜船に水色積み込んでせっせと海に放る神々

Ⅰ 「題詠blog2014」(http://blog.goo.ne.jp/daieiblog2014)の100のお題から
  (結局エントリーはせず)


(お題:錆)錆ついた腕で握った包丁で切られる鯛の悲鳴聞こえる



Ⅱ 「うたの日」(http://utanohi.exout.net/index.html)に投稿した作品


毎夜毎夜船に水色積み込んでせっせと海に放る神々(1位)
(7/16 水色 http://www55.atpages.jp/utanohi/page.php?id=107)



Ⅲ その他の自作短歌


(お題:旅)言葉こそ永遠を流るる旅烏 熱る・怒る・激おこぷんぷん丸 熱る=いきる



Ⅳ 「連歌の花道」(http://renga57577.bbs.fc2.com/)に投稿した作品


荒れた手をぼーっと見ていて思いつく死んでも翼は生えてこないのか
http://renga57577.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=6195261
(上の句:はだし、下の句:黒夜行)

「メガネ」って片仮名で書くのなんか嫌 滝廉太郎の眼鏡好きです

Ⅰ 「題詠blog2014」(http://blog.goo.ne.jp/daieiblog2014)の100のお題から
  (結局エントリーはせず)


(お題:倒)手の力抜くな!わかるよこのままじゃ共倒れ けど手は離すまい



Ⅱ 「うたの日」(http://utanohi.exout.net/index.html)に投稿した作品


めんどりを食うか卵を産ませるか好いとこ取りのサムシング待つ
(7/15 いとこ http://www55.atpages.jp/utanohi/page.php?id=106)



Ⅲ その他の自作短歌


(お題:眼鏡)「メガネ」って片仮名で書くのなんか嫌 滝廉太郎の眼鏡好きです



Ⅳ 「連歌の花道」(http://renga57577.bbs.fc2.com/)に投稿した作品


かじかんだ指をほどけば東風吐息のつもりなら温く もっと
http://renga57577.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=6195223
(上の句:白石フランソワさん、下の句:黒夜行)

悪魔の封印 眠る株券(波多野聖)

長年従事したファンドマネージャーという職を辞し、その報告も兼ねて世界中を巡っている主人公は、かつての上司であるスイス人からある内密の依頼を受ける。彼の長年の友人であるという人物の父が亡くなり、その相続財産を整理している中で、その元上司のいる会社が、長年開けられていなかった金庫を管理していたことが判明する。そしてそこから出てきたのが、日本語で書かれた膨大な量の帳面なのだ。元上司は主人公に、これを解読し、財産に関係するものなのかどうか判断して欲しいと頼まれる。
それは、戦後最大の疑獄事件として知られる「帝人事件」の一部始終を、シナリオのような形で記述したノートだった。何故スイス人がそんなものを所有していたのかは謎だったが、元上司からのさらなる依頼を受けて主人公は、「帝人事件」について調べることになる。
それは、予審喚問での証人数185名、公判では140名、公判開廷数265回、弁護士数は56名という、裁判史上空前の規模で展開された事件だった。さらに、予審の過程でほぼ全員が自白し、その後公判において全員が否定するという、異例の経緯をとった裁判でもある。
主人公は、あまりに膨大な記録を整理していき、事件の中心を見定めた。そして帝人事件は、渋沢栄一の後に財界の長としての地位を不動のものとした郷誠之助と、郷を囲む会という趣を持つ番町会を中心に展開されていると知り…。
というところから物語が始まっていきます。
実際の物語は、帝人事件が起こる遥か以前の地点をスタート地点としている。郷がまだ東京株式取引所の理事長だった頃からだ。そこから郷がいかにして財界の長へとなり、番町会が形成され、番町会が財界に対してどれほどの力を持っていったのかが描かれ、その延長線上に帝人事件が描かれるのである。
僕は帝人事件を本書で初めて知った。名前ぐらいはどこかで耳にしたことがあったかもしれないけど、正直なところ「帝銀事件」と混ざって覚えてて、初め銀行内での毒殺がモチーフになってるんだと思ったほどだ。僕は、近現代史に限らず歴史全般に疎いのだけど(それはもう、日本人とは思えないレベルで何も知らない)、ごく一般的な日本人には、この帝人事件はどれほどの知名度があるのだろうか。本書を読み終わった今は、帝人事件というものに対して強い関心を持っている。裁判の過程が異常だし、何故そのような裁判になってしまったのかという部分に色濃く時代背景が映し出されていて、小説内でそれが上手く描かれている。また、政治事件でもありながら、経済事件でもあり、カネに翻弄される有象無象を取り巻く物語は非常に面白いと思う。しかし、ざっくりした情報で括ってしまえば、帝人事件というのは株売買の事件であり、「戦後最大の疑獄事件」と言われてもそこまで知名度は高くはないのではないかという気もする。
とにかく本書は、その複雑怪奇な帝人事件という実際の事件をモチーフに、実在した人物が織りなす様々な人間ドラマを描き出す物語だ。どこまで史実なのか、それは僕にはさっぱり判断しようがないけど、僕の勝手な感触では、「帝人事件に関わることになったスイス人」以外は全員実在の人物なのではないかという気がする。帝人事件の裁判記録だけでは、帝人事件に関する部分でも十分ではないだろうし(そもそも帝人事件では、自白が強要されているわけで、記録として不確かsなこと甚だしい)、帝人事件に至るまでの様々な人物の来歴なども、かなり細かく描かれているので、大枠の流れは押さえつつ、大部分を想像力で補って構築したのだろうと思う。そういう意味で、本書で描かれていることが、帝人事件に限らずどの部分であっても、「史実」と呼べるものではないのだろうという感じはする。しかし、物語としては滅法面白い。
そもそも、物語の中心であるはずの「帝人事件」はかなり後半に出て来るのであって、前半は、郷誠之助を中心とした当時の政財界のトップクラスの人間たちの動向が描かれていく。もちろんそれは、「帝人事件がどういう事件であったか」という事実(あるいは、著者の考え)をより強調するための伏線でもあって、郷誠之助を中心とした番町会の面々の活躍をきっちりと描き出すことで、後々帝人事件のパートでそれが生きてくる。
のだけど、前半部分は決してただの伏線なだけのパートではない。前半部分だけ取り出してみたって、十分に面白いのだ。
まず、郷誠之助が東京株式取引所の理事長時代の話には、あの「天一坊」が出て来る。
同じく著者の作品に「銭の戦争」という作品があるが、その2巻にこの天一坊が出て来るのだ。本書が著者のデビュー作だということだから、天一坊の登場はこちらの方が早いわけだが、「銭の戦争」の後で本書を読んだので、懐かしい人物に再会した気分になった。
天一坊は、(確か実在した人物だったと思うのだけど)天才相場師として一時代を築いた男だ。奇策と豪胆さで数々の修羅場をくぐり抜け、数々の相場でその名を残す男だった。その天一坊が、郷誠之助と関わりを持つ。この天一坊のパートは、よく出来たコンゲームのようで痛快だ。世の中の隙間を突き、大勝負を仕掛けてくる天一坊と、株式の取引を一手に引き受ける東京株式取引所のトップのバトルは、なかなかに痛快だ。そして、この天一坊とのバトルで、トラブルシューターとしての才能を見出されたのが、後に帝人事件でも重要な役割を果たす番長会のメンバー、河合良成である。彼がどう天一坊と争い、そしてその結果、どんな価値観を見出すことになるのか。物語のラスト付近で河合良成が吐露した本心は、天一坊とのバトルあってのものだろう。
それから、帝人事件を事件として形作る張本人となる福原憲一が登場する。彼がいなければ、「帝人事件」などというものは恐らく存在しなかっただろう。番町会と福原憲一との関わりの発端以降は、何か特別ド派手な展開は起こるわけではないのだけど、福原憲一という歪んだ男の妄想と、真っ当な商取引がいかにして「事件」に仕立てあげられるのかという、歪な権力闘争と時代背景がゆっくりと描かれていき、読ませるのだ。
正直僕は、経済のことはさっぱり分からない。本書ではそこまで複雑な描写はないが、それでも、株式や相場の話はスッとは入ってこないし、よくわからない部分もある。それでも、株式や相場を取り巻く「熱気」みたいなものがうまく掬い上げられているように感じられるので、経済の描写がイマイチ分からなくても物語に入っていける。
また、それなりの数の登場人物が出て来る物語なのに、人間関係などはすんなり入ってくる。それぞれに個性的な性格を持たせているということもあるだろうし、その場その場で重要
な人物に重点をおいて描写しているということもあるだろうと思う。財界人という、一般人にはなかなか馴染みのない世界の住人の物語ではあるのだけど、彼らが何を考え、どういう意図で何をしているのか、そういうことが、当時の時代背景などについてあらかじめ詳しい知識を持っていなくても読めるのも巧いと感じるし、ちゃんと史実には沿っているのだろうけど、史実として残っていない遊びの部分での登場人物の動かし方が巧いのだろうなぁ、と思う。
それと、これは「銭の戦争」でも同じことを感じたのだけど、この著者は、芸術や文化と言った方面への造形が滅法強い。僕はまったく知識がないので、固有名詞を並べられてもピンとくるものは少ないのだけど、この著者は、ただ固有名詞の羅列にならないで、きちんとその雰囲気を伝えるように描いているのが見事だと思う。言ってしまえば芸術だの文化だのと言った部分は、物語の本筋とは関係ないのだけど、当時の財界人にとっての嗜みであっただろうからそういう描写はあって当然だし、それが登場人物たちの人間性にさらに幅を持たせているとも感じる。
著者は、別名で出している新書で、芸術方面にかなりカネを使ったと書いていたように記憶しているのだけど、恐らくそれらの趣味趣向がきちんと作品に反映されているのだろう。この「遊び」の部分が、作品を一層引き締めていて良いと思う。
著者自身もファンドマネージャーだったからこそ読み解けたのだろう「帝人事件」という謎めいた疑獄事件の裏側を、「恐らくこうだったのだろう」というリアルさを持って描き出す作品です。ラストまで一気に読ませる筆力と、難しい題材をエンタテインメントに仕上げる手腕は見事だと思いました。僕は「帝人事件」については、本書に書かれていること以外一切何も知らないので、本書の記述がどこまで真に迫っているのかは分かりませんが、もしどこかに齟齬があったとしても、フィクションとして非常に読ませる面白い作品だと思います。是非読んでみてください。

波多野聖「悪魔の封印 眠る株券」


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霧の犬(辺見庸)

内容に入ろうと思います。
とはいえ、正直、書けることはほとんどありません。
これは、ネタバレがどうとかではなく、僕が内容をほぼ理解できなかったからです。
「内容を」というか、ほとんど「日本語を」理解できなかった、という感じです。

僕は、自分が苦手とする本を読んでいる時、目の前に半透明の衝立みたいなのが下りてくるイメージが常にあります。半透明なので、文字がぼやけたり判然としなかったりする。読んでも読んでも、ぼやけてるからイマイチ意味が掴めない。

本書も、最初から最後まで、ひたすらそういう感覚を僕に与え続けました。そもそも文章を、日本語として理解できない、というレベルで、僕は本書を「まったく読めませんでした」。というわけで、ほとんど書けることは何もありません。

内容に触れなくてもいいレベルのことをいくつか書いておきましょう。
本書は、4篇の短編・中編が収録されています。冒頭の二編、「カラスアゲハ」「アプザイレン」は、雑誌に既発表のもの、そして後半二編、「まんげつ」と表題作である「霧の犬」が書きおろしです。
この4篇のうち、舞台設定をどうにか理解できたのは「アプザイレン」のみです。他の3篇は、どんな舞台設定なのかさえ、僕には把握出来ませんでした。「アプザイレン」は、死刑執行を実際に執り行う刑務官の話です。とはいえこれも、現実の日本が舞台なのか、どこか外国が舞台なのか、架空の世界の話なのか、そういうこともよく分かりませんでした。
基本的にどの作品も、「外部へ向けられた言葉」は少ないです。ここで言う「外部」というのは、「読者」のことです。これは、地の文が少ないとか、そういう意味ではありません。むしろ会話文の方が少ないのですが、とにかく、「外部に対して、状況や設定や展開を説明するような文章がほとんどない」という意味です。僕はそう感じました。ほとんどの文章が、「誰かが」「どこかで」「見たこと・感じたこと・考えたこと」が連なっています。
「誰が」とか「どこで」とか「どんな状況で」みたいな説明なしに、いきなり「見たこと・感じたこと・考えたこと」だけが突きつけられるというのは、なかなかに困惑させられる体験でした。お前は誰なんだ、今はいつなんだ、お前は何をしている時にそう感じたんだ。そういうことがまったくすっぽり抜け落ちてしまっている。
だからこそ僕は本書を読んで、この作品を読み解くためには、「想像力」ではなく「創造力」が必要だと感じました。「誰が」「どこで」「どんな状況で」という本書における欠落を、文中の情報から「想像する力」ではなく、文中に書かれていない中で「創造していく力」が求められるように感じました。たぶん僕には、その力が全然ないんだろうな、とも思いました。
amazonのレビューを見ると、現時点で二人が大絶賛の評を書いているので、おそらく作品としては上質なのだろうと思います。僕にはまったく理解の及ばない作品だったというだけなので、何かで興味を持った方は、僕の評だけで判断しないようにお願いします。


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たぶんもうバレてるだろうそれでもなお朝スーツ着て公園に行く

Ⅰ 「題詠blog2014」(http://blog.goo.ne.jp/daieiblog2014)の100のお題から
  (結局エントリーはせず)


(お題:いずれ)夫との細かいずれに目を瞑る 隙間に泥が積もり詰まりぬ



Ⅱ 「うたの日」(http://utanohi.exout.net/index.html)に投稿した作品


たぶんもうバレてるだろうそれでもなお朝スーツ着て公園に行く
(7/14 内緒 http://www55.atpages.jp/utanohi/page.php?id=105)



Ⅲ その他の自作短歌


(お題:箱)コノ箱ニ入ラヌ箱ハ箱デハナイ故ニコノ箱ハ箱デハナイ



Ⅳ 「連歌の花道」(http://renga57577.bbs.fc2.com/)に投稿した作品


「まとめると修学旅行はロシアです
http://renga57577.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=6195002
(上の句:黒夜行)


「子」の字はね「一」から「了」の意味なのよ あなたの「一」ももう始まるね

Ⅰ 「題詠blog2014」(http://blog.goo.ne.jp/daieiblog2014)の100のお題から
  (結局エントリーはせず)


(お題:原)嫌だったすぐにでも出たかったけどこの裏通りが私の原宿



Ⅱ 「うたの日」(http://utanohi.exout.net/index.html)に投稿した作品


真夏日に粉雪が舞う意味を知る気力もなくて指輪を外す
(7/13意味 http://www55.atpages.jp/utanohi/page.php?id=104)



Ⅲ その他の自作短歌


(お題:始)「子」の字はね「一」から「了」の意味なのよ あなたの「一」ももう始まるね



Ⅳ 「連歌の花道」(http://renga57577.bbs.fc2.com/)に投稿した作品



さん付けをやめた夜やや冷たくて微かな光でも集めたくて
http://renga57577.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=6195266
(上の句:ナイス害さん、下の句:黒夜行)

なんとなく十徳ナイフが気になって買ってみるけど使わずにいる

Ⅰ 「題詠blog2014」(http://blog.goo.ne.jp/daieiblog2014)の100のお題から
  (結局エントリーはせず)


(お題:員)雪の降る大通り沿いでチラシまき会社員とて風邪ぐらいひく



Ⅱ 「うたの日」(http://utanohi.exout.net/index.html)に投稿した作品


なんとなく十徳ナイフが気になって買ってみるけど使わずにいる
(7/12ナイフhttp://nono.php.xdomain.jp/page.php?id=103)



Ⅲ その他の自作短歌


(お題:旅)血を吸った地面を踏まぬ旅路などない ほとぼりは冷めても消えぬ



Ⅳ 「連歌の花道」(http://renga57577.bbs.fc2.com/)に投稿した作品


動かないゆりかご抱いて眠る夜いつかの返事が降りそそぐ月
http://renga57577.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=6195260
(上の句:白猫喫茶店さん、下の句:黒夜行)

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(「Nogizaka Journal」様に記事を掲載させていただいています)

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この本は、こんな人に読んで欲しい!!part1
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TOEICの勉強を一切せずに、7ヶ月で485点から710点に上げた勉強法

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国語の授業が嫌いで仕方なかった僕が考える、「本の読み方・本屋の使い方」

2014の短歌まとめ



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本をたくさん読みます。
映画もたまに見ます。
短歌をやってた時期もあります。
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2013年ベスト

2013年の個人的ベストです。

小説

1位 宮部みゆき「ソロモンの偽証
2位 雛倉さりえ「ジェリー・フィッシュ
3位 山下卓「ノーサイドじゃ終わらない
4位 野崎まど「know
5位 笹本稜平「遺産
6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
7位 須賀しのぶ「北の舞姫 永遠の曠野 <芙蓉千里>シリーズ」
8位 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日
9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
16位 藤谷治「世界でいちばん美しい
17位 神林長平「言壺
18位 中脇初枝「わたしを見つけて
19位 奥泉光「黄色い水着の謎
20位 福澤徹三「東京難民


新書

1位 森博嗣「「やりがいのある仕事」という幻想
2位 青木薫「宇宙はなぜこのような宇宙なのか 人間原理と宇宙論」 3位 梅原大吾「勝ち続ける意志力
4位 平田オリザ「わかりあえないことから
5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
6位 小阪裕司「「心の時代」にモノを売る方法
7位 渡邉十絲子「今を生きるための現代詩
8位 更科功「化石の分子生物学
9位 坂口恭平「モバイルハウス 三万円で家をつくる
10位 山崎亮「コミュニティデザインの時代


小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
10位 エイドリアン・べジャン+J・ペタ―・ゼイン「流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則
11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
7位 ジュディ・ダットン「理系の子
8位 笹原瑠似子「おもかげ復元師
9位 古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち
10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
11位 石井光太「遺体
12位 佐野眞一「あんぽん 孫正義伝
13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
19位 二村ヒトシ「すべてはモテるためである
20位 平川克美「株式会社という病

2011年ベスト

2011年の個人的ベストです
小説
1位 千早茜「からまる
2位 朝井リョウ「星やどりの声
3位 高野和明「ジェノサイド
4位 三浦しをん「舟を編む
5位 百田尚樹「錨を上げよ
6位 今村夏子「こちらあみ子
7位 辻村深月「オーダーメイド殺人クラブ
8位 笹本稜平「天空への回廊
9位 地下沢中也「預言者ピッピ1巻預言者ピッピ2巻」(コミック)
10位 原田マハ「キネマの神様
11位 有川浩「県庁おもてなし課
12位 西加奈子「円卓
13位 宮下奈都「太陽のパスタ 豆のスープ
14位 辻村深月「水底フェスタ
15位 山田深夜「ロンツーは終わらない
16位 小川洋子「人質の朗読会
17位 長澤樹「消失グラデーション
18位 飛鳥井千砂「アシンメトリー
19位 松崎有理「あがり
20位 大沼紀子「てのひらの父

新書
1位 「「科学的思考」のレッスン
2位 「武器としての決断思考
3位 「街場のメディア論
4位 「デフレの正体
5位 「明日のコミュニケーション
6位 「もうダマされないための「科学」講義
7位 「自分探しと楽しさについて
8位 「ゲーテの警告
9位 「メディア・バイアス
10位 「量子力学の哲学

小説以外
1位 「死のテレビ実験
2位 「ピンポンさん
3位 「数学ガール 乱択アルゴリズム
4位 「消された一家
5位 「マネーボール
6位 「バタス 刑務所の掟
7位 「ぐろぐろ
8位 「自閉症裁判
9位 「孤独と不安のレッスン
10位 「月3万円ビジネス
番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)