黒夜行

>>2014年04月

ケモノの城(誉田哲也)





内容に入ろうと思います。
町田市で、若い女性からの身柄保護を求める110番通報があった。この一本の通報が、すべての始まりだった。
香田麻耶と名乗るその少女は、全身に傷があり、下着も付けないままで衣服を着、自分では住所も言えない場所に一年以上も居住し続けていると、現場に向かった警官を困惑させるような証言をする。
彼女が住んでいたと思われるマンションに向かうと、そこには「アツコ」と名乗る若い女性がいた。明らかに衰弱した様子、異様な部屋の作り、そして異臭。状況はまるで見通せないが、この一室で何かが起こっていたことは間違いなく、求めに応じてアツコも署へと連行された。
そこから、麻耶とアツコが語り始めたことは、まさに「悪夢」と言うべき惨劇だった。二人の、異様で尋常ではない膨大な供述を裏取りするために捜査員が奔走し、またその翌日には新たな衝撃的な事実が飛び出している、というような、異例づくしの事件だった。
そして、その事件の中心にいると思われるのが、二人が「ヨシオさん」と呼ぶ男だ。そのマンションの住人は皆、ヨシオの管理下に置かれ、現実とは思えない異常な世界が作り出されていた。
捜査本部は、食い違いを見せることも多々ある二人の供述の裏取りを進めながら、当然、このヨシオなる人物を全力で見つけ出すつもりでいた。しかし、これだけの異常な事件を引き起こした張本人であるヨシオの痕跡は、遅々として見つからない…。
町田市の自動車修理工場で働く横内辰吾は、5歳年下の、周囲から羨まれるほど愛嬌のある聖子と一緒に暮らしている。まだ結婚はしていないが、ゆくゆくはそうなって、聖子と温かい家庭を作り上げたいと思っている。聖子と出会ってからの日々は、まさに充実そのものと言った感じで、生きる活力みたいなものに満ち溢れているようだった。
そう、あの男が現れるまでは。
ある日帰ると、部屋に見知らぬ男がいた。初対面の印象は「熊」。ホームレスと言われても信じてしまう風貌で、どうして聖子がこんな男を?っていうか、こいつは一体誰なんだ?と辰吾の頭は瞬間的に混乱する。
そして、聖子の第一声が、さらに辰吾を混乱させる。
聖子の「お父ちゃん」だというのだ。
まあいい。聖子の父親がどんな男でも、今の聖子とは関係はない。ただ、どうしてこの素晴らしく築き上げられた聖子との愛の巣に、父親が一緒に暮らすことになったんだ?

というような話です。
さて、この作品の評価はちょっと難しい(先に書いておくと、作品としてダメとか、面白くないとか、そういう意味ではない)。その辺りのことをまず書いていこう。
本書には、モデルとなる現実にあった事件が存在する。「北九州・連続監禁殺人事件」として知られるその事件は、「死体なき殺人事件」として当時の世の中を震撼させた。この事件について書かれた「消された一家」(豊田正義 新潮文庫)という作品をかつて読んだことがある。「消された一家」の内容を事細かに覚えているわけではないのだけど、本書の設定は、相当現実の事件に立脚して創りだされている。事件が発覚した端緒、家族構成や人間関係、マンションの一室で起こった出来事、主犯の人間像。細部で色々と違いはあるものの、明らかにベースを「北九州・連続監禁殺人事件」に置いていることが分かるように物語の設定が創りこまれている。
この点が、本書の評価にとって非常に難しい点だ。何故なら、悲惨で残虐であればあるほど、現実の持つ力の強さは物語と比べて圧倒的に肥大するからだ。
前述の「消された一家」を読んでいる、あるいは「北九州・連続監禁殺人事件」について新聞で事件を追っていた、という人が本書を読んだ場合、本書のインパクト(こんな表現を使っていいのか分からないけど)は薄れるだろう。やはりどうしたって、近い設定であれば、物語よりも現実の方に遥かに軍配が上がる。これは、作品そのものの瑕疵ではない(もっとも、そういう題材を敢えて選んだ著者の選択に対する判断は人それぞれあろうが)。作品が悪いわけではないので、評価が非常に難しくなる。
その一方で、本書を読んでこんな風にも思った。これだけアクの強い(こんな表現を使っていいのか分からないけど)現実の事件を、よく物語に落としこむことが出来たな、と。元になった事件そのもののインパクトが強すぎて、それを「物語の枠」の中に入れることはとても難しいのではないか、と読み始めは思っていたのだけど、そんなことはなかった。「現実にあったかもしれないことを、現実にあったかもしれないように描く」という戦争小説のような手法(そうではない戦争小説も多数あろうが)で描かれているのであればまた話は違うだろうが、本書は、誉田哲也がフィールドとするエンターテイメント小説にきちっと仕上がっている印象がある。そう感じるのは、全編を通じて語り口が軽妙なせいもあるだろう。横内辰吾のパートは、物語全体の「ハードさ」を和らげるために敢えてより軽妙な語り口で描いていると感じたが、本筋である捜査の方のパートも、事件自体の「ハードさ」を緩和するためか、重くない語り口で描かれる(もちろんそれは、誉田哲也の警察小説の魅力と言う言い方も出来ようが)。
何度も繰り返すが、本書は、描かれる事件そのものの「ハードさ」が、一般的な警察小説と比べても異様で残虐ではないかと思う。思わず顔をしかめたくなるような描写、もっと言えば、目が染みてくるような光景が描かれていく。それを、物語に、しかもエンターテイメント作品として落としこむのはとても難しいだろうと思う。しかし本書は、そこがきっちりと出来ていると感じられる。ハードすぎる現実の事件を、「物語の枠」に巧くはめ込むことに成功している、という点で、本書はとてもよく出来た作品だと思いました。
現実を知っている人にはインパクトは薄いが、現実の事件を知らない人には逆にインパクトが強すぎる。この相反する二つの性格が内在している作品なので、誰が読むかによって評価の振れ幅が非常に大きくなっていく作品だろうなと感じました。
さて、もう少し中身について書きましょう。まずは捜査側について。
僕はそこまで警察小説を読み込んでいる人間ではないので、今から書くことは的外れなことかもしれないけど、どちらかと言えばエンタメよりの警察小説を書く印象のある誉田哲也ですが、警察の捜査に関しては細部にこだわっているように思います。普通なら気にもとめないような捜査上の手続きなんかがチラッと描かれていたりすると、どちらかと言えば軽いタッチで描かれる捜査部分についても、捜査のリアリティが増していくという気がしました。
そんな中でもやはり、取り調べの描写は巧いと感じました。
この事件は、物的証拠が実に少ない。ないではないが、事件の全容を解明するためには、そのほぼすべてを麻耶とアツコの二人の証言に依らなければならない。しかし、二人の証言は時に大きく食い違い、それどころか、重要な部分を隠したままずっと話を続けているような印象さえ受ける。
そんな状況下で、どんな風にして被疑者に口を割らせるか。その心理戦は、決して本書のメインを占める部分ではないのだけど、僕の中では印象に残りました。十和田がずっとアツコの尋問を続けるのだけど、喋る内容にどんなことを織り交ぜるか、どんな流れで話をしていくか、相手の反応から何をどう判断していくのか。そうしたことがさらりと作中に織り込まれていて、非常に巧いなと感じました。
尋問について、十和田はこんな述懐をしている。

『調べが何日も続くと、たいていの被疑者は精神的にも肉体的にも追い詰められ、疲弊し、取調官の追求に抗する気力を失い、最終的には罪を認めることになる。そういった現行の捜査手法が冤罪を生むのだと主張する学者は弁護士は数多いるが、では我が子を甘やかす馬鹿な親のように、言いたいことだけ言えばいい、喋りたくなければ訊きませんよと、そんな生ぬるい取調べで一体どれほどの犯罪者が口を割るのかと、逆に十和田は訊きたい。
刑事の倫理観は完璧だなどと、木和田も思っているわけではない。ある者は手柄のため、またある者は自身を含む警察の過失や不手際を隠蔽するため、不完全な調べを行って冤罪を生み出すことはある。しかし、大多数の刑事はもう少し利口だ。』

これは、十和田の取調べの描写を読んで、なるほどと思わせるものだった。十和田も書いているように、もちろん悪い側面がゼロなわけではない。しかし、喋りたくない者にいかに口を割らせるか。様々な情報を分析しながら被疑者に切り込んでいく取調官のテクニックには、目を瞠るものがあるのだなと感じた。
本書の核心となる事件そのものについては、あまり深入りしたくはない。現実の事件を知っていようがいまいが、実際に作品を読まなければ、このモヤモヤとした感覚を受け取ることは出来ないだろう。恐らく、一般社会に生きる極々普通の人からすれば、「なんで?」「どうして?」と突っ込みたくなる場面に溢れているだろう。恐らく、本書の元となる事件が実在したのだ、という前知識がなければ僕も、人間はここまでの状況になるわけがない、と思ったかもしれない。それほどに、常軌を逸した展開が繰り広げられていく。読んで、自分の中で咀嚼して、そして結局咀嚼しきれなかった大量の「なにか」を、そのまま内側に溜め込んで抱えていくしかない。そういう事件だし、作品ではないかと思う。
ただ、本書を読んで、そして「消された一家」を読んでも感じたが、僕は自分自身が怖くなる。それは、ヨシオと自分が近いのではないかという感覚に囚われるからだ。

『人間は、怖いのではないか。
自分が被害者になるのはむろん怖いが、同じくらい加害者になるのも怖いことだ。自分の中にも犯罪の芽はあるかもしれない。今は大丈夫でも、でもいつ、自分も犯罪者になってしまうか分からない。だから知りたいのではないか。自分と犯罪者の何が違うのか。犯罪者になる者とならならずに済む者と、その境界線はどこにあるのか。
そして一番怖いのは、その境界線がないことだ。この件でいえば、梅木ヨシオを逮捕し、犯行理由を述べさせ、彼のこれまでの人生を俯瞰して見たとき、自分たちとヨシオを隔てる境界線が見当たらないことが、何より怖ろしいのではないかと思う』

人間はなぜ犯罪者に「動機」を求めるのか、という思考への一刑事の結論だ。こういう話は、様々な場面で描かれる。あの犯罪者と自分とは違うのだ、と思いたくて、犯罪者について知りたがる。そして、自分と違ってホッとする。極々普通の人の心の動きとしては自然だと僕は思う。
でも、僕が言いたいのは、こういうことではない。そういう、ごく普通の人たちが感じるような「漠然とした不安」ではない。僕が抱いているのは、もっと「リアルな不安」だ。
ヨシオと僕は、広く括れば同類かもしれない、という感覚だ。
僕は、「人間的な感覚」がとても薄いという実感がある。人が死んで悲しいと思ったことも、赤ちゃんを見て可愛いと思ったことも一度もない。具体的には思い出せないが、他の場面でもそういうことは多々ある。
だから僕は子供の頃から、「普通の人はこういう場面ではこう感じるんだな」ということをずっと学んできたのだと思う。自分の内側から、その感情は湧き出てこない。けれども、社会の中で生きていく上で、それはとても不都合なことだ。だから、そういう感情が湧き出ているかのように装う。そうやって僕はずっと、この年まで生きてきた。僕には実感として、「人間的な感覚」が先天的に備わっていたという感覚がまるでない。そのほとんどを、後天的に獲得し、そして外側だけを取り繕う術を身につけてきた、という実感がある。
それは、ヨシオに通じるものがある。
恐らく僕は、ヨシオのように「積極的な犯罪」を犯すことはないだろうと思う。一応そこは、自分のために認めてあげたい。僕はヨシオと同類項に括られるけど、決して同一ではないはずだ。
しかし、何か極端な出来事が起こった時、何か「普通の人々」が常識的な判断から遠ざからざるを得ない状況に陥った時、僕は自分がどう判断すべきか分からなくなるだろう。何故なら、「その非日常で、普通の人がどう判断するのか」という観察を、これまでの人生でしようがなかったからだ。後天的に学ぶ場がなかったからだ。
だからこそ、そういう状況下での自分のあり方に、僕は自信が持てない。判断を躊躇していれば何か重篤な被害を被るかもしれない。しかし、僕には、自分自身の判断を信じる根拠がない。そういう状況において、一体僕はどんな風に行動するのだろう。何を拠り所とするのだろう。
ヨシオについて語られる内容を読みながら、僕はそんなことを考えていた。
恐らくこんなことを考える人間はほとんどいないだろう。大多数の人は「ごく普通の人」という枠組みの中に自然と入っているからだ。僕は、自分がその中に入れないことを知っている。少なくとも、僕自身はそう思いこんでいる。自分が「怪物」になる瞬間があるかもしれないという恐怖は、嫌なものだ。
様々な意味で、「人間の底知れなさ」を実感することが出来る作品だろう。ごく一般的に信じられている「人間の限界」を、するりと拡張する。残虐な描写や辛い状況に目を覆いたくなる人も多いだろうが、本書の最も怖ろしい点はそういう具体的な悲惨さではない。もっと漠然とした、「人間の底知れなさ」が生み出す異次元の衝撃だ。

誉田哲也「ケモノの城」


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盤上に散る(塩田武士)

内容に入ろうと思います。
母ひとり子ひとりでずっと暮らしてきた蒼井明日香は、その母を亡くした。40歳を目前に結婚せずに生きてきた明日香は、葬儀の段取りなど様々な段取りに終われる日々に疲れきっていた。そんな折り、母親の遺品に封の閉じられた手紙を見つけた。
「林鋭生様」
そう宛名書きされた封筒。聞き覚えのない名前だった。勝手に開けるわけにもいかず、ならばとその本人を探し出し、直接渡すことにした。
ところが、である。この林鋭生という男、まったく尻尾を見せてはくれない。
将棋指しであることは早くに判明した。どうやら、真剣師であったようだ。平成の世にはもはや生き残れないだろう、将棋の腕で渡り歩く半ば極道のような世界だ。林鋭生は、アマチュアでありながらプロを打ち負かすほどの怖ろしい強さを誇っていたと語られるが、ある時を境にぷっつりとその消息が知れないままだ。消える直前、林鋭生は何か大きなものを賭けた真剣を行ったとされるが、その詳細を知るものも探しだすことが出来ない。
一体、何者なのだろうか?母とは、どんな関係があったのだろうか?
事情はわからないながらも、同じく林鋭生を探しているリーゼント頭の若者と一緒に、関西中を駆けずり回る二人。様々な話を聞き及ぶにつけて、林鋭生の奇人ぶりばかりクローズアップされていくのだが、しかしどっこい、明日香とリーゼントが話を出会う人間出会う人間、それはまた奇人変人のオンパレードで、それまでの人生でこれほど濃い面々と関わってこなかった二人は、林鋭生を探し出せない徒労感以上の疲労を常に感じることになる。
二人共、本来の目的を忘れているわけでは決してないが、同時に、林鋭生という一人の人格に惹きつけられていることも感じている。どう考えてもまともとは言えない人生、何に人生を賭けたのか定かではないが、真剣によって恐らく人生を棒に振った男。
一体、彼は、どこで何をしているのだろうか?
というような話です。
盤上のアルファ」でデビューした著者による、同じく将棋ものの作品。将棋だけをテーマにしている作家ではないのだけど、恐らくここが著者の一番のフィールドなのでしょうね。本作も、「林鋭生」という稀代の棋士を描き出す作品です。
将棋の話、と言われると、将棋はルールわかんないし、と思う方がいるでしょうが、基本的にそんな心配は無用です。最後の最後でちょっと対局の話が出てきますけど、飛び飛びで対局が語られているだけなので、よほどの有段者でも無い限り、二人の対局を通して想像することは難しいでしょう(あれだけの描写で、大体の流れって分かるもんなんかなぁ)。つまり、将棋のことは分からなくても大丈夫です。「必至」「詰めろ」という単語が、まあ将棋を知らない人には伝わりにくい用語かなと思うけど、まあどっちも、「王様がピンチな状況」だと思っておけば大丈夫です。
本書は、徹頭徹尾人探しの話です。そう考えた時まず、人探しだけで最後まで物語を引っぱっていけるというのは凄いものだなと思うのです。
ミステリや警察小説なんかでよく、人探しの物語は出てきますけど、うまくやらないと凄く退屈な作品になってしまいがちな題材だと僕は思っています。少しずつ情報が集まってくるとはいえ、基本的に「探している間」というのは徒労の連続なわけで(そうでないと物語にならない)、物語の都合だけであっちに行ったりこっちに行ったりするだけの物語に陥りがちだと思います。
本書は、その辺りがなかなかうまく出来ていると思います。本書は、先ほど書いたように、徹頭徹尾人探しのものがたりなので、明日香とリーゼントは最後の最後まで「林鋭生」を見つけ出すことは出来ないわけです。つまり、作中の描写のほとんどが徒労の連続。しかしその徒労を、とても面白おかしく描き出していて、最後まで飽きさせずに読めます。
その面白おかしくを演出するのが、随所で描き出される奇人変人たちです。
僕は基本的に奇人変人が大好き(物語の中だけでなく、リアルでも)なので、本書に出てくるような奇人変人も大好きです。正直、ちょっとマンガ的だなぁ、と思う部分も多いんだけど(もっと、リアルにいそうなんだけど、残念ながら自分の周りには見当たらない、みたいな変人だともっと好きです)、とはいえよくもまあこれだけの変人を描き分けることが出来るものだなと感心しました。類は友を呼ぶということなのか、あるいは林鋭生という魔力的な人間に関わったことで変質させられてしまったのか、あるいは大阪・神戸・京都の中でもさらに濃い土地柄がそうさせるのか、それはまあ分からないのだけど、次から次へと溢れんばかりに登場する変人が、物語をかき回し、二人による捜索をまるで進展させず、結局林鋭生の糞みたいなものしか手に入らない、しかもそんなことの連続、っていうような描写は面白いと思いました。
変人ばっかりが出てくる、マンガっぽい要素もありつつも、しかし物語全体は非常に骨太で、きっちりとしています。林鋭生は一体何を賭けて真剣に挑んだのか。林鋭生と母親の繋がりはなんなのか。リーゼント男(本当は、リーゼント男を動かしている刑事、なんだけど)は一体何故林鋭生を追っているのか。時代に翻弄され、理不尽な決断を飲み込まされ、生きる術を将棋に求めるしかなかった不器用な男を中心に、ほの暗い混沌がまだ世の中に漂うことが出来た時代が描かれていくのです。
個人的には、ここに若干の不満がある。
奇人変人を大量投入した人探しの部分も確かに面白い。少しずつパーツが増えていって、林鋭生という謎めいた男の背景が徐々に明らかになっていく過程も面白い。しかしやはり、本書を読んでいて何よりも面白いのは、やはり林鋭生その人だろうと思うのだ。明日香とリーゼントという、将棋にからしき関心のない二人が、林鋭生という伝説の男を探し出すからこそ、誰にでも読めるエンターテインメントに仕上がっている、ということは十分理解しているのだけど、しかし同時に、もっとディープに林鋭生を描き出して欲しかった、という希望もある。林鋭生がどんな思いで日陰の人生を歩み続けてきたのか。林鋭生はどんな場面でどんな決断を下してきたのか。真剣師として切った張ったの世界で生きるその圧倒的な存在感を、作品に打ち込んで欲しかった。そんな風にも思ってしまった。
本作は本作として、きちんと輪郭のはっきりした作品に仕上がっていると思う。エンターテインメントという軸をきっちりと定めて、その軸に沿って物語を編んでいるので、本作そのものを非難しているわけではない。しかしやはり、好みの問題として、もっとムワッと立ち上るような、真剣師の壮絶な生きざまみたいなものも読んでみたかったと思うのです。
そう感じてしまうのは、例えばこんな描写があるからだ。

『通常、上手が「王」で下手が「玉」を使うんやけど、これで揉めかけた』

将棋の駒には「王」と「玉」があって、お互いの力量を推し量ってどちらかを掴むんだけど、真剣師はともに自分が負けるとは思っていないからこの些細なやり取りで揉めるというのも分かる。そして、これを林鋭生がうまく収めるんだけど、その描写がなんかリアルなんだよなぁ。著者の創作なのか、実際にあった話を活かしたのか、まあそれはどっちでもいいんだけど、こういう場面を描けるのだから、全体のトーンをそういう感じで統一した作品も読んでみたい気がしました。まあ、そうなった場合、将棋のコアなファンにしか注目されないような作品になっちゃうかもしれませんけどね。
将棋に狂った男と、真っ当な世界で女手ひとつで自分を育ててくれた母親。接点のなさそうな二人を繋ぐ、ごちゃごちゃした時代と男の挟持。「少年一人がすり抜けられるほどのすき間が社会にあった」昭和という時代を駆け抜けた一人の真剣師の尻尾を執念で追い回す物語。読んでみてください。

塩田武士「盤上に散る」



イベリコ豚を買いに(野地秩嘉)

実に変わったノンフィクションである。

『秋田のスナックでさえイベリコが出てくるのか。ということは日本全国でイベリコ豚を食べてるんだな。イベリコ豚ってのは、そんなにたくさん飼われている豚なのか』

ある時から日本でもよくその名を聞くことになったイベリコ豚。著者は、少しずつその、それまで聞いたことがなかったイベリコ豚という存在に関心を抱くようになる。
そこからイベリコ豚について調べることになるのだが、さて、タイトルだけ見た方は、本書をどんなノンフィクションだと思うだろうか?イベリコ豚はスペインの豚だ。ならば、スペインに足を運び、イベリコ豚の生産過程を見、また日本にどんな風に流通してきているのかなどを取材してまとめた作品なのだろう、と思うだろうか。それとも、「イベリコ豚を買いに」というタイトルから、イベリコ豚に魅せられた著者が、最高のイベリコ豚を探求し続ける作品だと思うだろうか。
どちらも当たらずも遠からずなのだが、どちらも少し違う。本書は、旅に出かければ必ずなのか奇妙なことが起こる「何か持っている」辺境作家である高野秀行的な、ちょっと魔術的なおかしな展開によって時間が進んでいくノンフィクションだ。
イベリコ豚に関心を抱くようになった著者は、まさにこれからイベリコ豚の取材のためにスペインに向かうところだった。しかし、まさにそんなタイミングで、日本でとんでもないことが起こったのだ。
宮崎県で口蹄疫の感染が発覚したのだ。
スペイン在住の日本人を通じて、スペイン最大のイベリコ豚精肉会社を見学することになっていた著者は、その口蹄疫の発生を受けて先方から「取材拒否」の通達を受け取ってしまう。著者は宮崎県に住んでいるわけでもないが、先方の気持ちも当然理解できる。「日本で口蹄疫が発生した」となれば、日本から来る人間を受け入れるわけにはいかない。万が一にも家畜に感染でもしたら、それこそ壊滅的な被害になってしまうからだ。
しかし、何が功を奏すか分からないものだ。少なくとも著者にとっては、この口蹄疫騒動が本書のノンフィクションの方向性を決めたと言っていい。何故なら著者は、イベリコ豚の取材がしたいのに、日本人だという理由でそれが叶わない現状を打破するために、こう発想するからだ。

『なーんだ、買えばいいんだと思った。』

取材ではなく、お客さんとしてイベリコ豚を見たいと言われたら、先方だって断ることは難しいだろう。著者は、イベリコ豚に惚れ込んでイベリコ豚を買おうとしたわけではない(買おうと決めた時点では、スペイン入り出来ていなかったわけだから、スペインの極上のイベリコ豚の生ハムは食べていない)。取材を前に進めるためにイベリコ豚を買うことに決めたのだ。しかしイベリコ豚を買うからには、少量であっても継続的に買いたいし、買うからにはどうにかして捌きたい。そんなわけで著者は、作家でありながら何故かイベリコ豚の商品開発をすることになる…。
というのが本書の大きな流れです。イベリコ豚とは一体どんな豚なのか。スペインではどんな存在なのか。そして、どうしてイベリコ豚は大量に日本に入ってくるようになったのか。イベリコ豚に関する取材の中で、食品の流通や食文化についても様々に触れ、イベリコ豚という狭い範囲だけに留まる作品ではない。食品という、僕らにとってとても身近なものが、どんな風に生産され、どんな風に流通しているのかということを考えさせる一冊だ。
しかし、こんなことを書いても、興味が湧く人は多くはないかもしれない。食べ物なんか、食べられればいいんだ、という人は、きっと多いことだろう。
本書で僕が一番面白いと感じた部分は、スペインと(あるいは世界と)日本との、食文化の違いに関する部分である。

『夕方から12時間も食事をする民族は、世界中で日本人だけだ』

スペイン最大の精肉会社の専務の言葉だ。日本人が聞けば、「???」となるかもしれない。どこにいるんだ、夕方から12時間も飯食ってるやつは?となるかもしれない。でもこう説明されれば、そういうことかとなるだろう。

『(著者:明け方まで食べると言っても、食事は最初だけだろう) ああ、レストランの食事はそうだ。しかし、その後、クラブでオツマミを食べる。カラオケでもチキンやピザを注文する。ずっと何かを食べている。そして、シメにラーメンとギョウザを食べてビールを飲むだろう。』

『わたしたちにとって、夕食は最初の一軒だけだ。二次会、スナック、カラオケは食事ではない、たしかに最後のラーメンは食事の範疇に入るけれど、いまでは真夜中にラーメンを食べる人はそれほど多くはないと思われる。
しかし、彼らにとっては何かを食べることは、それがたとえ柿の種やコンペイトウであっても食事なのである。』

「食べる」という文化は世界中どんな国にもあるが、「食べる物」だけではなく、「食べることそのもの」にもこれほど考え方・価値観の違いが出てくる。著者は、『思えば日本人の食事が特異なのだ。たとえば日本人ほど世界の食事について寛容な民族は少ない』と言って、日常の食卓にいかに世界中の食事が並ぶかを書き連ねる。
別の場面で、イベリコ豚の精肉会社の社長の「イベリコ豚の小屋は100平米で狭いもんだ」という発言に、「日本人でイベリコ豚の一家より広い家に住んでる人はめったにいません。金持ちだけです」と著者が返し、驚かれるというシーンがある。相手は、日本人は金持ちなのに、と全然信じられない様子で、「日本人は住まいよりも食べ物に金をかけているのか?」と問いかけてくる。
そう問われて著者は、日本の食事に思いを馳せる。

『夕食だって、ヨーロッパの一般家庭で食べているものはソーセージ、パン、スープ程度である。肉や魚があって、小鉢がふたつくらいつく食事を当たり前と感じているのは日本人だけだ』

国の豊かさを測る指標は様々に存在するだろうが、本書を読む限り、「食の多様さ」という観点から見ると、日本は相当に豊かなのかもしれないと思う。ミシュランの星の獲得数が世界一(東京が、でしたっけ?)というのもニュースになっていたように思うし、食に掛ける日本人の熱というのはなかなか凄まじいものがあるのだなと思う。
その一方で、やはり肉食の国には勝てないよね、という話も出てくる。

『日本の肉屋はどの部位でも繊維の束を切断します。すると、切り口から肉汁が流れだしてしまう。肉汁が流れた後の肉を焼いてもカスカスなものにしかならないんです。ところが、スペインでは牛でも豚でも切り分ける部位の数が違う。単純な分け方でなく、極端に言えば腕の力こぶの部分があるでしょう。あれを丸々、ひとつの部位として数えるようなもので、部位だけで百種類くらいに分かれます。そうやって、丁寧に切り分けていくから繊維を切断することが少ない』

『ちょうど日本人が魚を下ろして刺身にする時には細かく分けるでしょう。あれと一緒ですよ。日本人は鰹でも、背側と腹側に切り分けるけれど、欧米人は魚を切るといえば内蔵を抜いて筒切りにしかしない。つまり、肉を食べ慣れた国の人は肉がおいしくなるような切り分け方を知っている』

店舗販売から高級肉のネット販売に切り替えた男の言葉だ。僕は料理には詳しくない(もっと言うと、特に興味はない)ので、ここで書かれていることがちゃんと理解できるわけでもないけど、でも魚の喩えは確かにそうかもと思う。著者も、「日本人の料理人は、屠場に通って肉を研究する人は少ないが、魚について魚屋に「切り身にして持ってこい」という和食の料理人はまずいない」と書かれていて、確かにそうだなと思う。日本の食は確かに相当なレベルにあるだろうけど、やはり素材としての肉の扱いに関しては、まだまだ肉食の国に劣る、学ぶことがたくさんある、ということが伝わってきた。
あと、これはスペインだけの話ではないのだけど、印象的な話があったのでついでに。スペインの日本料理店でイベリコ豚のとんかつを食べて旨くなかったとある料理人に語った著者は、「世界には、パン粉ってものがないんですよ」と聞いて衝撃を受ける。僕も驚いた。ないのか、パン粉。だから、旨いトンカツを作ろうとしたら、日本からパン粉を持っていくしかないとのこと。パン粉なんてむしろどっか外国からやってきたもんだと思ってた僕としては、日本にしかパン粉がないっていう事実には驚いたのでした。
さて、いい加減イベリコ豚の話も書こう。
本書には、夢を追い、食に情熱を掛ける様々な人物が登場する。特に、著者がイベリコ豚の新商品を開発しなくてはいけなくなってからは、そういう情熱を持ったたくさんの日本人の助けを借りることになるのだが、本書で一番印象に残っているのは、やはり、イベリコ豚の精肉会社社長であるレヒーノ氏だろう。

『あなたは放牧場で何を感じましたか。また、食肉加工場、屠場で何を感じましたか。イベリコ豚について、どう思いましたか。いい豚だとわかってもらえましたか。わたしは豚を買ってもらわなくともいいんです。あなたが取材したいと言えば何度でも案内しましょう。また、本に書いてくれなくともいいんです。イベリコ豚のことをよく知ってくれればそれでいい。わたしの仕事は豚を育てることです。その豚を遠くから来たあなたが評価してくれたのだから、豚はタダでもいいんです』

なんとなくこれは、非常に大げさな言いように聞こえもするのだけど、しかし、スペインで同じくイベリコ豚を扱っている生ハム会社の社長も、同じような情熱でもって、著者にこういう場面がある。

『イベリコ豚を宣伝してくれて感謝している。うちの生ハムでなくていい。スペインのイベリコ豚を宣伝してもらった方がいい。外国の人が自分で金を出して何度もスペインに来て、豚を買ってくれるなんてことはめったにないことだ。それはスペイン人の誰かが感謝しなければならない。それで、お前を招待した』

この二人の言い方からも伝わるように、スペイン人にとってイベリコ豚は非常に思い入れのある存在だ。この生ハム会社の社長は、今でも、ローマ時代から伝わる製法で生ハムを作り続けているという。船での保存食としても重宝された生ハムは、スペイン人にとって非常に重要な存在で、今でも、子供が生まれても結婚しても会社を退職しても生ハムを贈る習慣があるという。そしてそんな生ハムの元となるのが、イベリコ豚だ。

『イベリコ豚は体内の肉や脂肪に高い濃度でオレイン酸、ビタミンB群、抗酸化物質を蓄積できることから、脚のついたオリーブ(の実)ともいわれます』

『世界中でも、イベリコ豚ほどの頭数を放牧して育てている豚はいない。放牧している豚は少なくないが、どれも大した頭数ではない。また、放牧されている豚がどんぐりのような単一の餌を食べていることはまずない。
人間が与える穀物だったり、自然に生えている植物だったり、また、土のなかから掘り出したミミズを食べていることもある。そうすると、放牧されて育った豚には雑味が混じる。それはそうだろう。放牧するということは餌をコントロールすることができないという意味が含まれるのだから。
ところがイベリコ豚だけは自然界が餌をコントロールしている。彼らが育つ世界にはどんぐりか、もしくはハーブしかない。そこを考えると、ますますイベリコ豚は特別だ。自然状態でどんぐりとハーブしかない場所など、イベリア半島にしかない』

イベリコ豚は「樫の実」(日本では「どんぐり」とされるが、いわゆる日本のどんぐりとは違うようだ)を食べ、また放牧されて育つ、非常に特殊な豚だ。その味は食べた人間を瞬時に魅了する破壊的なものだ。著者の取材に同行した、スペインでイベリコ豚販売の会社を立ち上げた日本人は、自らを「イベリコ豚の伝道師」と称するほど入れ込んでいる。そして、イベリコ豚は、商品でありながら同時に、スペイン人にとっての文化そのものであり、社長であるレヒーノは、商売としての側面だけではなく、イベリコ豚の保全という側面でも事業を続けている男だ。

『イベリコ豚という名前を武器にやたらと数を蓋して金儲けしようとしたのではなく、ローマ字だから続いている血を守ることを第一番に考え、実行した。実業家として成功している人はスペインにも日本にも大勢いるが、レヒーノは目先の金よりも扱う商品の価値を信じたのである』

しかし、そんなイベリコ豚であるが、日本での評判は実はよくないと、先述したネット専売の肉屋のオーナーはいう。何故そんなことになったのか。その理由は本書を読んでもらうとして、ざっくりと言えば、イベリコ豚には二種類ある、ということだ。「イベリコ豚は超絶に旨い」という評判は一方のイベリコ豚のものであり、そして日本に入ってきたイベリコ豚はもう一方の方だったのである。そのために、評判と味の落差が浮き彫りになり、イベリコ豚の評判は悪くなってしまった。そういう状況下で著者は、イベリコ豚の新商品を開発し、売らなければならない。本書の後半は、新商品開発のための著者の奮闘記となっていて、その不可思議な、誰がコントロールしたわけでもない謎めいた展開は、本書の一つの魅力ではないかと思う。
「食」について、日本人の多くは、「美味しくて安いものを」という傾向が益々強くなっていると感じる。「安いものを」はともかくとして「美味しいものを」という方向はいいのではないか?と思うだろう。しかし本書を読んで感じたことは、「食」は歴史であり文化であるということだ。伝統工芸品のようなもの、と言ってもいいかもしれない。そしてそこには、味や値段には還元することが出来ない「何か」がある、と感じた。ハム会社の社長が、ローマ時代からの製法を脱却して近代的な製法で作ったら、もしかしたらより素晴らしいものが出来上がるかもしれない。しかし、それによってまた失われてしまうものもあるだろう。「食」というのは、あまりにも日常に根付いているがために、その変化に気づきにくい部分がある。変わっていないようでいて、長い年月の単位で見れば、食生活の変化は歴然だ。美味しいものを追い求めるその行為が、結果的に、歴史や文化を奪い去っている部分も、もしかしたらあるのかもしれない。それは、「豊か」と言えるだろうか?後半で著者自身も、経済原理に則って商品開発を目指すことになるのだが、スペインの伝統的なイベリコ豚の放牧と、経済原理に則った商品開発が並列されることで、「食の豊かさとは何か?」という問いを鋭く突きつけているようにも感じられた一冊だった。読んでみてください。

野地秩嘉「イベリコ豚を買いに」


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通りすがり

Author:通りすがり
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本をたくさん読みます。
映画もたまに見ます。
短歌をやってた時期もあります。
資格を取りまくったこともあります。
英語を勉強してます。













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2013年ベスト

2013年の個人的ベストです。

小説

1位 宮部みゆき「ソロモンの偽証
2位 雛倉さりえ「ジェリー・フィッシュ
3位 山下卓「ノーサイドじゃ終わらない
4位 野崎まど「know
5位 笹本稜平「遺産
6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
7位 須賀しのぶ「北の舞姫 永遠の曠野 <芙蓉千里>シリーズ」
8位 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日
9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
16位 藤谷治「世界でいちばん美しい
17位 神林長平「言壺
18位 中脇初枝「わたしを見つけて
19位 奥泉光「黄色い水着の謎
20位 福澤徹三「東京難民


新書

1位 森博嗣「「やりがいのある仕事」という幻想
2位 青木薫「宇宙はなぜこのような宇宙なのか 人間原理と宇宙論」 3位 梅原大吾「勝ち続ける意志力
4位 平田オリザ「わかりあえないことから
5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
6位 小阪裕司「「心の時代」にモノを売る方法
7位 渡邉十絲子「今を生きるための現代詩
8位 更科功「化石の分子生物学
9位 坂口恭平「モバイルハウス 三万円で家をつくる
10位 山崎亮「コミュニティデザインの時代


小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
10位 エイドリアン・べジャン+J・ペタ―・ゼイン「流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則
11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
7位 ジュディ・ダットン「理系の子
8位 笹原瑠似子「おもかげ復元師
9位 古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち
10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
11位 石井光太「遺体
12位 佐野眞一「あんぽん 孫正義伝
13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
19位 二村ヒトシ「すべてはモテるためである
20位 平川克美「株式会社という病

2011年ベスト

2011年の個人的ベストです
小説
1位 千早茜「からまる
2位 朝井リョウ「星やどりの声
3位 高野和明「ジェノサイド
4位 三浦しをん「舟を編む
5位 百田尚樹「錨を上げよ
6位 今村夏子「こちらあみ子
7位 辻村深月「オーダーメイド殺人クラブ
8位 笹本稜平「天空への回廊
9位 地下沢中也「預言者ピッピ1巻預言者ピッピ2巻」(コミック)
10位 原田マハ「キネマの神様
11位 有川浩「県庁おもてなし課
12位 西加奈子「円卓
13位 宮下奈都「太陽のパスタ 豆のスープ
14位 辻村深月「水底フェスタ
15位 山田深夜「ロンツーは終わらない
16位 小川洋子「人質の朗読会
17位 長澤樹「消失グラデーション
18位 飛鳥井千砂「アシンメトリー
19位 松崎有理「あがり
20位 大沼紀子「てのひらの父

新書
1位 「「科学的思考」のレッスン
2位 「武器としての決断思考
3位 「街場のメディア論
4位 「デフレの正体
5位 「明日のコミュニケーション
6位 「もうダマされないための「科学」講義
7位 「自分探しと楽しさについて
8位 「ゲーテの警告
9位 「メディア・バイアス
10位 「量子力学の哲学

小説以外
1位 「死のテレビ実験
2位 「ピンポンさん
3位 「数学ガール 乱択アルゴリズム
4位 「消された一家
5位 「マネーボール
6位 「バタス 刑務所の掟
7位 「ぐろぐろ
8位 「自閉症裁判
9位 「孤独と不安のレッスン
10位 「月3万円ビジネス
番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)