きみは白鳥の死体を踏んだことがあるか(下駄で)(宮藤官九郎)
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内容に入ろうと思います。
本書は、脚本家であり、他にも様々な顔を持つ宮藤官九郎が、初めて書いた小説です。作中で本人が「恥小説」と書いていますが(そう、小説なのに、「現在の宮藤官九郎」が時々出てきます)、書かれているのは宮藤官九郎の青春時代がベースになっているよう。本人は虚8実2ぐらい、と書いているけど、さて実際のところはどうだろう。
舞台は宮城県の、冬に白鳥が飛来することぐらいしかウリのない土地。実家が文具屋である主人公の「僕」は、中学時代の仲間たちとは一人違う高校へ進学することに。月伊達高校は、筋金入りのバンカラ高で、下駄で通学、上履きは雪駄という、強烈な男子校だった。「僕」はそこで、先輩たちにもみくちゃにされながらも、童貞感丸出しのまま、何者でもないフラフラした自分を持て余す。
『不良でも秀才でもスポーツマンでもハンサムでもブサイクでも貧乏でも金持ちでもないモヤぁっとした男子高校生が、いつもお腹がモヤぁっと痛苦しい十二指腸潰瘍の十七歳が、モヤぁっとした霧の向こうにあるパリっとした何かを掴み取るための戦い』
ある場面で「僕」はそんな決意をすることになるのだが、つまり「僕」の高校時代とは、そういう感じだった。冬に飛来する白鳥に餌付けすることだけが生きがいの「白鳥おじさん」ぐらいしか話し相手がおらず、高田文夫の素人オーディションに出てみたり、修学旅行先で出会った女の子と文通してみたり、ギターに熱中してみたけど、全然続かない。ハマれない。何か違う。どう違うのかも分からないまま、モヤぁっとし続けたまま、僕は時々白鳥の死体を踏む(下駄で)。
というような話です。
小説としてどうか、というのはなかなか判断しにくい作品ですけど、読み物としてはなかなか面白い作品だったと思います。
さっきも書いたけど、著者はこの作品を「虚8実2」と書いていて、まあそれも一応小説内の描写なんでホントかどうか分かりませんけど、読んでいるとなんとなく、かなり実際のことをベースにしているんじゃないかなぁ、という感じがします。個々のエピソードはともかく、舞台設定とか、あるいはその時々の感情とか、そういうものはかなりきちんと拾っているんじゃないかなと思います。
本書の解説は、宮藤官九郎がドラマの脚本を担当した「池袋ウエストゲートパーク」の著者である石田衣良なんですけど、解説で石田衣良が本書を非常に的確な表現で短くまとめていたので抜き出してみます。
『「きみ白(下駄)」は、どんな作家でも一度きりしか書けない青春の(危機をくぐり抜ける)物語である。本来、生まれるべきでない場所に産まれたセンスのいい少年が、さまざまな葛藤を経て、のびのびと生きていける自分の居場所を見つけるまでの貴種流離譚だ』
まさにその通りの作品だ。もし宮藤官九郎が東京に生まれていたら、こんな葛藤を抱きながら青春時代を送ることはきっとなかっただろう。宮藤官九郎の存在を受け入れる場がどこかにあっただろうし、宮藤官九郎の欲求を引き出してくれるような存在にも出会えたかもしれない。そうやってきっと、どこかに居場所を見つけることが出来たに違いない。
でも、それでよかったのかどうか。宮藤官九郎は、白鳥以外に名物がない土地で、しかも下駄で登校するような高校でもみくちゃにされている。そこに自分の居場所はなさそうだと思いながらも、そこから抜け出すことも出来ない。そういう中で、悩み、もがき、苦しみながら、色んなことをグルグル考える。そんな時間があったからこそ、宮藤官九郎は宮藤官九郎になれたのではないか。
とはいえ僕には、本書で描かれているような「男子高校生の青春の葛藤」的なものに、あまり懐かしさを覚えない人間だ。同レベルの友達だと思っていた奴に彼女が出来たとか、しかもその彼女が微妙に可愛くないとか、文通をしただけで恋に落ちるとか、そういうような青春らしい葛藤みたいなものとは無縁だった。それは僕がモテたとかそういうわけではなくて、僕の場合もっと、「あー、生きてくのしんど」みたいな、青春とは程遠い鬱々とした葛藤を抱えていたような気がするので、そういう明るい真っ当な葛藤とは無縁だったような気がするんだよなぁ。僕は、辻村深月が描くような、あまり爽やかではない葛藤を描かれた方が、懐かしさを感じるし、グッと刺さる。
そういう意味で本書からは懐かしさは感じないのだけど(本書で出てくる音楽とか映画とかそういうものも全然分からない。年代が違うってこともあるだろうけど、元々そういう方面に関心がないのだ)、羨ましいなという感じはある。こういう、大人になったら馬鹿話になるような青春エピソードって、羨ましいなぁって思う。そもそも僕は、小中高大学時代のことをもうほっとんど覚えていないんで、覚えていないだけかもしれないけど、そういう話題で盛り上がっている会話なんかに入れなかったりすると、ちょっと悲しい気分になることもあるのだ。勉強ばっかりしてたからなぁ。ホントに面白くない男だったなぁ(今もだけど)。
冒頭でも書いたけど、小説としてどうなのかは、まあうまく判断できません。でも、主人公と現在の宮藤官九郎を重ねて、宮藤官九郎って面白いんだろうけどなんだかよくわかんない人だなぁ、っていうだけだったイメージが、なるほどこんな青春時代を送っていたのか、と肉厚されるような感じで、そういう面白さはあるなと思います。読んでみてください。
宮藤官九郎「きみは白鳥の死体を踏んだことがあるか(下駄で)」