祈祷師の娘(中脇初枝)
内容に入ろうと思います
わたしは、祈祷師の家に暮らしている。「おとうさん」と「おかあさん」とは、血が繋がっていない。「おとうさん」と「おかあさん」は実の姉妹だし、和花ちゃんは「おかあさん」の子だ。春永の実の父親は、わたしが生まれた頃に亡くなり、実の母親はある時出奔した。
うちで祈祷師なのは、「おかあさん」だ。うちは「なんみょうさん」と呼ばれたりしていて、信者もいるし、昔から慕ってくれる人もいるけど、逆に悪い噂をしたり、胡散臭く見ている人もいる。
わたしは毎朝水を浴びている。「行」というのだそうだ。「おかあさん」が病気でちょっと水浴びの行が出来ないから、代わりにやっている。そういうつもりだ。
うちによく運び込まれてくるひかるちゃん。実の母親との唯一の思い出である金魚。学校で仲良くしている周囲から人気を浴びたい女の子、隣の席に座ってるうちに関心があるらしい男の子。血の繋がらないわたしは、自分に能力がないことは知っていて、だから、なんかふわふわした日常の中で、自分の身の置きどころに迷っている。
というような話です。
なかなか面白い作品でした。中学1年生の春永の、不満があるわけではないけど満足できているわけでもなく、未来に不安があるわけではないけど希望があるわけでもなく、ちょっと変わった一家の中で暮らしているけども特別それがどうというわけでもなく。そういう、自分の生き方や将来の決断などが立ち現れてこない、目の前の日常の変化だけを追い続けていられる少女の、なんとなく落ち着かない日常を描いている作品、という感じでしょうか。あんまりうまく説明できてない気がするけど。
春永の立ち位置は、なかなかいい。誰とも血が繋がっていない家族の中で、別段何を思うわけでもなくすんなりそこにすっぽりとはまっている。他の家族はみんな、ちょっとした力を持っていて、それを「祈祷」っていう形で発現させるんだけど、春永は自分にはその力がないことを知っている。学校では、自分が漫画の主人公のようじゃなきゃ満足できない女の子といつも一緒にいさせられて、春永自身はそれに強く何を感じるでもないのだけど、周囲から同情される。
なんというか、春永という人間には、強く光るものとか、動じない何かみたいなものがない。中学1年生だし当然だろうと思うんだけど、でもなんとなくの印象として、物語の主人公になるような人物には、その『何か』があるような気がする。ここまでその『何か』を持たない主人公というのも、珍しいような気がする。
春永の日常や人生は、ほとんどが周囲の人間の動きで決まっていく。春永自身が何かを考えたり決断したりする状況は、そうは訪れない。周りにはちょっとした能力を持つ人間がいて未来を見ることができたり、「サワリ」に憑かれてそれを全力で祓っている「おかあさん」など、個性的な人物が周りにいすぎて、春永が個性を発揮するような隙がなかったりもする。
そういう主人公が真ん中にいる小説というのは、なんか中心が定まらない不安定さみたいなものがあって、読んでいて奇妙な感覚に陥るような気がする。そしてその不安定さや揺れ動く感じは次第に、『春永自身は何者でもない』という点に収束していくように思う。
周りの人間には、様々な転機がやってくる。和花ちゃんにも、ひかるちゃんにも、あるいはかつては「おかあさん」にもそれがやってきた。でも春永には、そんな機会は訪れない。水浴びをしても、コックリさんをしても、ダメ。春永は、春永には永遠に到達できない場所にいる人達に囲まれて日常を過ごしている。
たぶんそんな環境から一度抜け出てみたくなったのだろう。春永は少しずつ『外』を意識するようになる。それは、学校の外だったり、友達の外だったり、家族の外だったり。今まで自分がいたところを、もうひと回り外周から眺めてみる。なんかそんなことをやろうとしてもがいているような感じがする。
本書で一番好きなのは、やっぱりひかるちゃんだな。なんというか、凄く切ない。
ひかるちゃんは、恐ろしく能力の高い子で、「おかあさん」は自分より上かもって言う。色んな「サワリ」を引き連れてしまうので、よく大変な状態になって運ばれて、祈祷で回復させる。
そんな宿命を背負ったひかるちゃんの悲哀みたいなものが、なんか凄く突き刺さる。ひかるちゃんと春永のやり取りや関係性も凄く好きで、やがてそれは春永にとって、自分の立ち位置の一つとして自信を持つことができるものになっていく。
持つものの悲哀もあれば、持たざるものの悲哀もある。「持つもの」に囲まれた「持たざるもの」である春永の葛藤が、様々な人々と関わることで浮き彫りになっていく。
これから春永はどんな風に生きていくんだろう、「持つもの」たちとの生活はどんな風に変化していくんだろう。なんとなくそんなことが気になってくる作品だなという感じがしました。一人の少女のささやかだけど深刻な葛藤を描いた作品です。是非読んでみて下さい。
中脇初枝「祈祷師の娘」
わたしは、祈祷師の家に暮らしている。「おとうさん」と「おかあさん」とは、血が繋がっていない。「おとうさん」と「おかあさん」は実の姉妹だし、和花ちゃんは「おかあさん」の子だ。春永の実の父親は、わたしが生まれた頃に亡くなり、実の母親はある時出奔した。
うちで祈祷師なのは、「おかあさん」だ。うちは「なんみょうさん」と呼ばれたりしていて、信者もいるし、昔から慕ってくれる人もいるけど、逆に悪い噂をしたり、胡散臭く見ている人もいる。
わたしは毎朝水を浴びている。「行」というのだそうだ。「おかあさん」が病気でちょっと水浴びの行が出来ないから、代わりにやっている。そういうつもりだ。
うちによく運び込まれてくるひかるちゃん。実の母親との唯一の思い出である金魚。学校で仲良くしている周囲から人気を浴びたい女の子、隣の席に座ってるうちに関心があるらしい男の子。血の繋がらないわたしは、自分に能力がないことは知っていて、だから、なんかふわふわした日常の中で、自分の身の置きどころに迷っている。
というような話です。
なかなか面白い作品でした。中学1年生の春永の、不満があるわけではないけど満足できているわけでもなく、未来に不安があるわけではないけど希望があるわけでもなく、ちょっと変わった一家の中で暮らしているけども特別それがどうというわけでもなく。そういう、自分の生き方や将来の決断などが立ち現れてこない、目の前の日常の変化だけを追い続けていられる少女の、なんとなく落ち着かない日常を描いている作品、という感じでしょうか。あんまりうまく説明できてない気がするけど。
春永の立ち位置は、なかなかいい。誰とも血が繋がっていない家族の中で、別段何を思うわけでもなくすんなりそこにすっぽりとはまっている。他の家族はみんな、ちょっとした力を持っていて、それを「祈祷」っていう形で発現させるんだけど、春永は自分にはその力がないことを知っている。学校では、自分が漫画の主人公のようじゃなきゃ満足できない女の子といつも一緒にいさせられて、春永自身はそれに強く何を感じるでもないのだけど、周囲から同情される。
なんというか、春永という人間には、強く光るものとか、動じない何かみたいなものがない。中学1年生だし当然だろうと思うんだけど、でもなんとなくの印象として、物語の主人公になるような人物には、その『何か』があるような気がする。ここまでその『何か』を持たない主人公というのも、珍しいような気がする。
春永の日常や人生は、ほとんどが周囲の人間の動きで決まっていく。春永自身が何かを考えたり決断したりする状況は、そうは訪れない。周りにはちょっとした能力を持つ人間がいて未来を見ることができたり、「サワリ」に憑かれてそれを全力で祓っている「おかあさん」など、個性的な人物が周りにいすぎて、春永が個性を発揮するような隙がなかったりもする。
そういう主人公が真ん中にいる小説というのは、なんか中心が定まらない不安定さみたいなものがあって、読んでいて奇妙な感覚に陥るような気がする。そしてその不安定さや揺れ動く感じは次第に、『春永自身は何者でもない』という点に収束していくように思う。
周りの人間には、様々な転機がやってくる。和花ちゃんにも、ひかるちゃんにも、あるいはかつては「おかあさん」にもそれがやってきた。でも春永には、そんな機会は訪れない。水浴びをしても、コックリさんをしても、ダメ。春永は、春永には永遠に到達できない場所にいる人達に囲まれて日常を過ごしている。
たぶんそんな環境から一度抜け出てみたくなったのだろう。春永は少しずつ『外』を意識するようになる。それは、学校の外だったり、友達の外だったり、家族の外だったり。今まで自分がいたところを、もうひと回り外周から眺めてみる。なんかそんなことをやろうとしてもがいているような感じがする。
本書で一番好きなのは、やっぱりひかるちゃんだな。なんというか、凄く切ない。
ひかるちゃんは、恐ろしく能力の高い子で、「おかあさん」は自分より上かもって言う。色んな「サワリ」を引き連れてしまうので、よく大変な状態になって運ばれて、祈祷で回復させる。
そんな宿命を背負ったひかるちゃんの悲哀みたいなものが、なんか凄く突き刺さる。ひかるちゃんと春永のやり取りや関係性も凄く好きで、やがてそれは春永にとって、自分の立ち位置の一つとして自信を持つことができるものになっていく。
持つものの悲哀もあれば、持たざるものの悲哀もある。「持つもの」に囲まれた「持たざるもの」である春永の葛藤が、様々な人々と関わることで浮き彫りになっていく。
これから春永はどんな風に生きていくんだろう、「持つもの」たちとの生活はどんな風に変化していくんだろう。なんとなくそんなことが気になってくる作品だなという感じがしました。一人の少女のささやかだけど深刻な葛藤を描いた作品です。是非読んでみて下さい。
中脇初枝「祈祷師の娘」