黒夜行

>>2012年07月12日

祈祷師の娘(中脇初枝)

内容に入ろうと思います
わたしは、祈祷師の家に暮らしている。「おとうさん」と「おかあさん」とは、血が繋がっていない。「おとうさん」と「おかあさん」は実の姉妹だし、和花ちゃんは「おかあさん」の子だ。春永の実の父親は、わたしが生まれた頃に亡くなり、実の母親はある時出奔した。
うちで祈祷師なのは、「おかあさん」だ。うちは「なんみょうさん」と呼ばれたりしていて、信者もいるし、昔から慕ってくれる人もいるけど、逆に悪い噂をしたり、胡散臭く見ている人もいる。
わたしは毎朝水を浴びている。「行」というのだそうだ。「おかあさん」が病気でちょっと水浴びの行が出来ないから、代わりにやっている。そういうつもりだ。
うちによく運び込まれてくるひかるちゃん。実の母親との唯一の思い出である金魚。学校で仲良くしている周囲から人気を浴びたい女の子、隣の席に座ってるうちに関心があるらしい男の子。血の繋がらないわたしは、自分に能力がないことは知っていて、だから、なんかふわふわした日常の中で、自分の身の置きどころに迷っている。
というような話です。
なかなか面白い作品でした。中学1年生の春永の、不満があるわけではないけど満足できているわけでもなく、未来に不安があるわけではないけど希望があるわけでもなく、ちょっと変わった一家の中で暮らしているけども特別それがどうというわけでもなく。そういう、自分の生き方や将来の決断などが立ち現れてこない、目の前の日常の変化だけを追い続けていられる少女の、なんとなく落ち着かない日常を描いている作品、という感じでしょうか。あんまりうまく説明できてない気がするけど。
春永の立ち位置は、なかなかいい。誰とも血が繋がっていない家族の中で、別段何を思うわけでもなくすんなりそこにすっぽりとはまっている。他の家族はみんな、ちょっとした力を持っていて、それを「祈祷」っていう形で発現させるんだけど、春永は自分にはその力がないことを知っている。学校では、自分が漫画の主人公のようじゃなきゃ満足できない女の子といつも一緒にいさせられて、春永自身はそれに強く何を感じるでもないのだけど、周囲から同情される。
なんというか、春永という人間には、強く光るものとか、動じない何かみたいなものがない。中学1年生だし当然だろうと思うんだけど、でもなんとなくの印象として、物語の主人公になるような人物には、その『何か』があるような気がする。ここまでその『何か』を持たない主人公というのも、珍しいような気がする。
春永の日常や人生は、ほとんどが周囲の人間の動きで決まっていく。春永自身が何かを考えたり決断したりする状況は、そうは訪れない。周りにはちょっとした能力を持つ人間がいて未来を見ることができたり、「サワリ」に憑かれてそれを全力で祓っている「おかあさん」など、個性的な人物が周りにいすぎて、春永が個性を発揮するような隙がなかったりもする。
そういう主人公が真ん中にいる小説というのは、なんか中心が定まらない不安定さみたいなものがあって、読んでいて奇妙な感覚に陥るような気がする。そしてその不安定さや揺れ動く感じは次第に、『春永自身は何者でもない』という点に収束していくように思う。
周りの人間には、様々な転機がやってくる。和花ちゃんにも、ひかるちゃんにも、あるいはかつては「おかあさん」にもそれがやってきた。でも春永には、そんな機会は訪れない。水浴びをしても、コックリさんをしても、ダメ。春永は、春永には永遠に到達できない場所にいる人達に囲まれて日常を過ごしている。
たぶんそんな環境から一度抜け出てみたくなったのだろう。春永は少しずつ『外』を意識するようになる。それは、学校の外だったり、友達の外だったり、家族の外だったり。今まで自分がいたところを、もうひと回り外周から眺めてみる。なんかそんなことをやろうとしてもがいているような感じがする。
本書で一番好きなのは、やっぱりひかるちゃんだな。なんというか、凄く切ない。
ひかるちゃんは、恐ろしく能力の高い子で、「おかあさん」は自分より上かもって言う。色んな「サワリ」を引き連れてしまうので、よく大変な状態になって運ばれて、祈祷で回復させる。
そんな宿命を背負ったひかるちゃんの悲哀みたいなものが、なんか凄く突き刺さる。ひかるちゃんと春永のやり取りや関係性も凄く好きで、やがてそれは春永にとって、自分の立ち位置の一つとして自信を持つことができるものになっていく。
持つものの悲哀もあれば、持たざるものの悲哀もある。「持つもの」に囲まれた「持たざるもの」である春永の葛藤が、様々な人々と関わることで浮き彫りになっていく。
これから春永はどんな風に生きていくんだろう、「持つもの」たちとの生活はどんな風に変化していくんだろう。なんとなくそんなことが気になってくる作品だなという感じがしました。一人の少女のささやかだけど深刻な葛藤を描いた作品です。是非読んでみて下さい。

中脇初枝「祈祷師の娘」



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2013年ベスト

2013年の個人的ベストです。

小説

1位 宮部みゆき「ソロモンの偽証
2位 雛倉さりえ「ジェリー・フィッシュ
3位 山下卓「ノーサイドじゃ終わらない
4位 野崎まど「know
5位 笹本稜平「遺産
6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
7位 須賀しのぶ「北の舞姫 永遠の曠野 <芙蓉千里>シリーズ」
8位 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日
9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
16位 藤谷治「世界でいちばん美しい
17位 神林長平「言壺
18位 中脇初枝「わたしを見つけて
19位 奥泉光「黄色い水着の謎
20位 福澤徹三「東京難民


新書

1位 森博嗣「「やりがいのある仕事」という幻想
2位 青木薫「宇宙はなぜこのような宇宙なのか 人間原理と宇宙論」 3位 梅原大吾「勝ち続ける意志力
4位 平田オリザ「わかりあえないことから
5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
6位 小阪裕司「「心の時代」にモノを売る方法
7位 渡邉十絲子「今を生きるための現代詩
8位 更科功「化石の分子生物学
9位 坂口恭平「モバイルハウス 三万円で家をつくる
10位 山崎亮「コミュニティデザインの時代


小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
10位 エイドリアン・べジャン+J・ペタ―・ゼイン「流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則
11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
7位 ジュディ・ダットン「理系の子
8位 笹原瑠似子「おもかげ復元師
9位 古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち
10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
11位 石井光太「遺体
12位 佐野眞一「あんぽん 孫正義伝
13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
19位 二村ヒトシ「すべてはモテるためである
20位 平川克美「株式会社という病

2011年ベスト

2011年の個人的ベストです
小説
1位 千早茜「からまる
2位 朝井リョウ「星やどりの声
3位 高野和明「ジェノサイド
4位 三浦しをん「舟を編む
5位 百田尚樹「錨を上げよ
6位 今村夏子「こちらあみ子
7位 辻村深月「オーダーメイド殺人クラブ
8位 笹本稜平「天空への回廊
9位 地下沢中也「預言者ピッピ1巻預言者ピッピ2巻」(コミック)
10位 原田マハ「キネマの神様
11位 有川浩「県庁おもてなし課
12位 西加奈子「円卓
13位 宮下奈都「太陽のパスタ 豆のスープ
14位 辻村深月「水底フェスタ
15位 山田深夜「ロンツーは終わらない
16位 小川洋子「人質の朗読会
17位 長澤樹「消失グラデーション
18位 飛鳥井千砂「アシンメトリー
19位 松崎有理「あがり
20位 大沼紀子「てのひらの父

新書
1位 「「科学的思考」のレッスン
2位 「武器としての決断思考
3位 「街場のメディア論
4位 「デフレの正体
5位 「明日のコミュニケーション
6位 「もうダマされないための「科学」講義
7位 「自分探しと楽しさについて
8位 「ゲーテの警告
9位 「メディア・バイアス
10位 「量子力学の哲学

小説以外
1位 「死のテレビ実験
2位 「ピンポンさん
3位 「数学ガール 乱択アルゴリズム
4位 「消された一家
5位 「マネーボール
6位 「バタス 刑務所の掟
7位 「ぐろぐろ
8位 「自閉症裁判
9位 「孤独と不安のレッスン
10位 「月3万円ビジネス
番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)