黒夜行

>>2010年11月

檸檬のころ(豊島ミホ)

内容に入ろうと思います。
本書は、7編の短編が収録された連作短編集です。とはいえ、「神田川デイズ」と同様、同じ高校を舞台にしている、というぐらいのユルい繋がりの連作短編集です。もちろん、それぞれの短編で共通して出てくる人物なんかもちらほらいますけどね。

「タンポポのわたげみたいだね」
私は、時々保健室に行って、サトの様子を見に行く。授業に出よう、と声を掛ける。サトは相変わらず、保健室から出てこないけど。
高校への初めての登校日、田舎から出てきて不安いっぱいだった私に電車の中で声を掛けてくれたのがサトだった。ホッとした。高校にはうまく馴染めないかもしれない、と思っていたから、安心した。
サトとよく一緒に過ごしたのだけど、二年になってから、サトは突然授業に出なくなった。
周りからは、サトのことなんてほっといてもっと他の人と絡みなよ、と言われることもある。私だって、そうできるならそうしたい。
そんなある日、目立つ男子から、朝一緒に通学しない?と誘われて…。

「金子商店の夏」
腹を下してトイレに入っていると、外の会話が聞こえてきてしまった。明らかに年食ってる人、何回落ちたんだよ。痛々しいんだよ。
俺のことだ。
司法試験合格を目指し、資格試験予備校に通う俺は、自分だって何か突き抜けられる、と思っていたのだ。司法試験ぐらい合格して、すげーことがやれるんだ、と。周りも家族も、直接的にはあまり言わないけど、もう諦めろという顔をしている。
母親から電話があった。おじいちゃんが死にそうだ、と。
慌てて実家に帰るも、じいちゃんはピンピンしてた。金子商店。俺の実家。父親が継がなかったこの店を、俺に継がせようとしていることは、もちろん分かっている…。

「ルパンとレモン」
中学時代、俺は野球部で、秋元は吹奏楽部。同じクラスだったけど、特に接点はなかった。
ある日秋元に聞かれた。「自分のテーマ何がいい?」
それが、バッターボックスに立った時吹奏楽部が演奏する音楽だと気づくのに時間が掛かった。
何でもいい、と返すと秋元は、「じゃあルパンにするね」と決めた。
目指す高校が同じだと分かって、一緒に勉強するようになって、同じ高校に合格して…。俺は一体、どこで何を間違えたのだろう。今秋元の隣に最も近いのは、野球部のエースである佐々木富蔵だ。

「ジュリエット・スター」
私は母親から珠紀のことを押し付けられた形になって、正直めんどくさい。高校生専用の下宿を営んでいる我が一家では、下宿内恋愛は禁止、ということにしている。これまでそれが破られることはなかった。しかし今、珠紀と林の間で、それが破られようとしている。
頭ごなしに言っても聞かないだろう。それでなくても珠紀は厄介な性格をしている。とりあえず林と話をしてみるものの…。

「ラブソング」
私はいつだってヘッドフォンをして、ラジオからダビングした音楽を聴いている。音楽ライターになるのが夢で、それには学歴があった方が有利なんじゃないか、という理由でこの進学校にいる。だから周りの、どうでもいい会話しかしていないような連中には興味はないし、音楽以外のことにはほとんど興味が持てない。
うるさい教室を出て廊下で音楽を聴きながら雑誌を見ていると、一人の男子が目の前に立った。同じくらすだけど、名前が思い出せない。それでも、相手がイヤホンをしているのが目に入って、似たもの同士かもしれない、と思った。
辻本、と彼は呼ばれていた。まさか音楽漬けの私の生活の中に、それ以外のものが入り込む余地があるとは、全然想像もしていなかった…。

「担任稼業」
志望校を決める面談の時期。俺は生徒に、容赦のない判断を突きつける。進学校っていうのは、表立ったトラブルを起こす奴が少ないのはいいが、それはそれで厄介なこともたくさんある。俺もこの高校の卒業生だから、よく分かる。
そんな中でも一番の問題は、不登校の小嶋智だ。学校には来るが、保健室直行で、このままだと卒業も危うい。しかし小嶋が何を考えているのかは、まったくわからない。まったく、教師なんて、本当に報われない…。

「雪の降る町、春に散る花」
秋元は佐々木と一緒に、佐々木の合否発表を公衆電話で聞いていた。佐々木は神奈川の大学を落ちた。後は離れるまでのカウントダウンの日々だ。
東京の大学に行く以外の選択肢を持っていなかった秋元は、自分があと少しで佐々木と離れなくてはいけないという現実を、うまく消化できないでいた。自分がこれほど物分りがよくなかったという事実に驚くぐらいだった。
周りの女子は、先のことばっかり考えてて今を楽しめないのはもったいない、という。その通りだ。実際佐々木とも、最近では重苦しい雰囲気になっている。でも、離れることが分かっていて、なお楽しく振舞えというのか。私には出来ない…。

というような話です。
ここまで3連チャンで豊島ミホの作品を読んできましたけど、本当にこの作家は凄い、ということを確認するような読書でした。作品を読んだ順番もあるのかもですけど、読むたびに凄いと感じました。何度も書くけど、ホントつい1週間ぐらい前まではまったく読んだことのなかった作家で、こんな素晴らしい作家をまだ僕は知らなかったんだなぁ、と思いました。
解説氏が、『豊島ミホは、普通をかがやかす達人である。』と書いていて、まさにその通りだな、と思いました。この作品に出てくる人は、本当にごく普通の人が多いんです。特別『こういう人』っていう風に表現できないような、どの高校にも普通にいそうな、僕らも高校時代こんな人らと一緒にいたよな、というような人たちが物語の主人公になっているんです。
その、ごくごく普通の人たちを、本当に『かがやかす』んです。物語自体も、特別なことが起こるわけじゃないのに、です。普通の、僕らが想像できる範囲の高校時代という枠の中で、そういう普通の人達の生活がものすごく輝いて見える。
これが豊島ミホの凄さだなと思います。ありきたりの人、ありきたりの状況を使って、ここまでグッとくる物語を書けるものなのか、と思いました。
この作品を読むと、実は誰でも主人公なんじゃないか、っていう気がしちゃいます。よく、「あいつは物語の主人公になれるけど、俺はそうじゃない」みたいな感覚ってあると思うんだけど、でもこの作品を読んでいると、ちゃんと自分の目の前に広がっているものを見れば、誰しもが物語の主人公なんじゃないか、という錯覚が沸き起こってきます。
本書は決して恋愛小説というわけではないんだけど、恋愛をメインに据えた作品も結構あります。でも、僕が凄いと思うのが、そういう物語が、僕には『恋愛小説』には思えない、ということなんですね。
僕は基本的に、恋愛だけがメインになっている物語っていうのはあんまり得意ではないんです。それは、『恋愛小説の文法』みたいなものにあんまり馴染めないからだろうな、と思うんです。物語の展開や主人公の心の動き、そして文章なんかも、恋愛小説の場合基本的に『恋愛小説の文法』に従っているように思えてしまうんですね。僕が恋愛がメインになっている物語が得意ではないのは、こういう風に『恋愛小説の文法』に従わないと恋愛小説って成り立たないんだろうなぁ、と思ってしまうからかもしれません。
でも本書の場合、恋愛がメインになっている物語であっても、『恋愛小説』という感じがしない。豊島ミホが、『恋愛小説の文法』を無視して恋愛小説を書いている、という感じが僕にはするんです。僕が感じる凄さをうまく伝えられているかどうか不安ですけど、これは凄いな、と思うんです。恋愛小説なんだけど、なんか違う。たぶん、恋愛というものを殊更賛美していないその姿勢が、こういう物語を書かせるのではないか、と思うんですけどね。
どの話も凄く好きなんだけど、一番を挙げろと言われれば、僕は「ラブソング」かな、という気がします。いろんな意味でハラハラするし、ドキドキします。なんかもう、あーっ、って感じの物語なんだけど、でも爽快さは失われていない、みたいな。このバランス感覚は凄まじいとさえ思います。
というわけで、豊島ミホの凄さに驚かされた数日でした。もっと読みたい、という気にさせられる作家ですね。是非読んでみてください。

豊島ミホ「檸檬のころ」




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エバーグリーン(豊島ミホ)

内容に入ろうと思います。
中学生であるアヤコとシン。アヤコはクラスではオタク集団に属していて、大人しいけど将来の夢は漫画家。シンも大人しいタイプで、教室の端にいるような感じだけど、ギターが好きでミュージシャンになりたいと思っている。
二人は同じクラスだけど、話したことはなかった。話すようになったのは、シンが学園祭で出るはずだったバンドが、学園祭二週間前に突如解散してしまった、その場面にアヤコが遭遇したからだ。
アヤコはずっと、シンのことを見ていた。クラスでも目立たない男の子だったけど、アヤコにとってはすべてだとも言える男の子だった。いつだってシンのことを考えていたし、登下校中にシンが歌を歌っているのに気づいて、シンは将来絶対凄い人になるんだ、と疑わなかった。
アヤコは勇気を出して、学園祭一人で出ればいい、と言ってみた。それから、放課後一緒に帰ったりと、時々シンと関わるようになっていった。
あることがきっかけで気まずくなってしまった二人は、卒業式の日、その場の勢いである約束を交わす。10年後、ここでまた会おう。シンはミュージシャンになって、そしてアヤコは漫画家になって、またここで再開しよう。
その約束の日が近付いている10年後、シンはリネンの会社でシーツや枕カバーなんかをトラックで運んでいる…。
というような話です。
今連チャンで豊島ミホを読んでいるんですけど、ホントいいですね。1週間ぐらい前に「日傘のお兄さん」を読むまでまったく読んだことない作家で、こんな良い作家をまだ知らなかったんだなぁ、と思っているところです。
本書は、大雑把な括り方をすれば、『結構リアルな少女マンガ』という感じかも、と思います。少女マンガ、ほとんど読んだことないですけど。特にアヤコの心情は、僕が勝手に想像している少女マンガの感じに近い気がします。中学生の頃好きで好きで仕方なかった男の子のことが24歳になった今でも心の大部分を占めていて、アヤコは夢を叶えて少女マンガ家になっているのに、恋愛をしたことがない。卒業式以来一度も会っていないシンだけを胸に10年間ずっと過ごしてきた、という女性です。
これだけ書くと、うわぁーリアリティーなさそうな小説、という感じがしてしまうかもしれませんが、これがそんなことまったくないんです。もちろん、シンとアヤコどちらのキャラクターの方が現実にいそうか、と聞かれれば、それはシンの方がいそうですけど、でも、著者の描き方がうまいので、アヤコもそんな設定にも関わらず、ホントに現実にいそうな人物としてきちんと輪郭を持っています。
シンとアヤコはホントに、中学の卒業式以来10年間、約束の日まで一度も会わないし連絡も取らない。よくもまあそんな設定で、二人を主軸とした長編を書けるものだな、と感心しました。だって物語のほとんどのシーンが、シンとアヤコが別々のところにいる場面なわけで、それで長編を書くって物凄く大変だと思うんですね。
アヤコの、ただ奥手というわけではない恋愛未経験者の描き方は凄くうまいと感じました。ただ奥手だというだけの物語なら結構あるかもしれないけど、本書の場合アヤコは、確かに奥手であることは間違いないんだけど、その背景に、中学時代のシンの存在と彼とした約束、というのがでーんと横たわっているんです。アヤコにとっては、たとえ10年経とうとも、シンの存在感は変わらないままだし、かつて交わした会話や、沸き上がってきた感情なんかも、すべてありのままに思い出せる。かと言ってアヤコには、シンと付き合いたい、という感情はないわけです。付き合うとか付き合わないとかそういうことではなくて、もっと別次元の存在としてアヤコの中ではしまいこまれているわけなんですね。その絶妙なバランスみたいなものが丁寧に描かれていて凄くいい。
一方のシンは、高校を卒業した辺りからあっさりと音楽の道は諦めて、普通に就職。彼女とも家族ぐるみの付き合いだし、仕事も楽しくはないけどきちんとやっているしという感じで、田舎で暮らしていく自分、という現実に疑問を抱かずに日々を過している。でも、決してそういう自分を『受け入れた』わけではなかったことを自覚させられる出来事がある。彼女がアヤコが描く少女マンガの大ファンで、それでシンは、アヤコが本当に夢を叶えたのだということを知ってしまう。
そこからシンは足掻く。約束のことはもちろん忘れてはいなかった。けど当然、アヤコも夢を叶えることは出来なかったはずだ、と思っていた。再開して、やっぱりこうだよね、と言って笑って終わるはずだった。でもそうじゃなかった。
そうやってシンは、このまま田舎で終わっていく自分を少しも受け入れていなかったことを自覚させられる。トラックに乗って相棒であるオッサンとくだらない話をしてる自分とか、彼女の家の雪下ろしを手伝っちる自分とか、そういう自分がやっぱり違う、と思えてくる。10年間一度も会うことのなかったアヤコによって、シンの中の何かが動き出すことになる。
そうやって二人は、決して会うことはないままにお互いに影響を与え続け、そして約束の日を迎えるんです。その流れがホントうまくて、豊島ミホやるなぁ、と思ってしまいました。
あと、これは何作か豊島ミホの作品を読んできた感想なんだけど、ホントに文章がうまい。文章というか、なんだろう、感情の切り取り方、とでもいうのかな。僕が同じことを表現するのに10行ぐらい掛かりそうなことを、たった1行でスパッと表現してしまう、みたいな印象があります。僕とほぼ同い年のはずなのに、こんな表現が出来るのか、と思うと、ちょっと凹みますよね。
劇的な何かが起こるわけでもなく、ただ二人の日常が丁寧に掬い取られていくだけの物語なんですけど、ジワジワと胸に迫ってくるものがあります。僕が勝手にそう思ってるだけだけど、豊島ミホの作品には割と、『自分は何者かになれるはず』という期待が打ち砕かれた人々が描かれている、という印象があるのだけど、そういう諦念や焦燥みたいな描写も本当にうまくて、『何者にもなれなかった自分』を受け入れたことのある人にはグッと来るものがある作品ではないか、と思いました。
文庫裏の内容紹介を読むと、ちょっと稚拙な物語のような気がしてしまうかもしれないし、僕が冒頭で書いた『結構リアルな少女マンガ』っていう表現に、少女マンガならいいや、と思ったりする人もいるかもしれないけど、これは素敵な作品だと思います。女性だけではなくて男でも、シンに容易に感情移入出来るのではないか、という感じがします。是非読んでみてください。

豊島ミホ「エバーグリーン」




神田川デイズ(豊島ミホ)

内容に入ろうと思います。
本書は6編の短編が収録された連作短編集です。連作短編集とはいえ、それぞれの短編は、同じ大学が舞台である、というぐらいしか共通項はありません。もちろん、それぞれの短編で共通して出てくる人物なんかも結構いたりしますけども。

「見ろ、空は白む」
大学に行きさえすれば人生が変わるのでは。そんな漠然としたことを考えていた原田は、ふとしたことから知り合った二人、ガタイのいい陸奥男としゃくれアゴの仁田の三人で、青春のどん詰まりのようにして部屋にたむろしている。何もしていない。授業にも出ていないし、何者かになれると思っていたけど、何もやろうとしていない。部屋でダラダラと無為な時間を過しているだけで、時間だけが同じペースで過ぎていく。
このままでいいのか?原田は他の二人に言った。「なにかしよう!」と。このままで、いいはずがない。

「いちごに朝霧、映るは空」
中野道子は田舎の出身で、東京の大学には何者かになろうとする人間が集うのだ、と本気で思っていた。それは、軽薄そうな顔をして入学式前の新入生を勧誘しようとする先輩たちや、同じ入学式の場にいた同級生たちを見て、違ったのだと悟った。勧誘にもうんざりしているとき、ぽっかりと空間が空いているところがあった。
そこにはさっき、勧誘に疲れて途方にくれていた私にベンチを譲ってくれたお姉さんがいた。そのお姉さんが、マイクを持ってなにやら難しいことを演説していた。その周囲には人が寄付いていなかった。
及川緑というその先輩と一緒にいる内に、道子は学内でも異端視されている左翼系のサークルに入ることになった…。

「雨にとびこめ」
永浜準は、うまいことクレバーに大学生活を送ってやろう、と決めていた。それまでの自分と決別して。昔からの友人であるアズマと、なんとなく席が近かったからという理由でよく一緒にいるようになった道子と星子に、彼女が出来た、と報告するも、反応は薄い。
でもいい。大学生活をクレバーに過ごすには、まず彼女だ。高校時代の、俺じゃないのかよ、っていうあの感覚は、もう忘れてしまいたい。
左翼系のサークルで活動している道子と一緒にいると、彼女のみゆちゃんがなんか違うって感じになる。なんか違うのは…、もしかして俺の方なのか?

「どこまで行けるか言わないで」
香純は、奥村とマルちゃんと三人でとある映画サークルに入っていた。卒業までに大作を撮ってやる、と意気込んでいたのだけど、先輩たちがヌルイ作品で満足している姿を見て幻滅した。しかししばらくして奥村が、三人で映画を作るために新しいサークルを立ち上げる、と宣言した。奥村は、女のためのピンク映画を撮る、という。当初はノリノリだった三人だったが…。

「リベンジ・リトル・ガール」
小林には、大学に友人がいない。すべての成績で優を取ることに専念していて、趣味らしい趣味もなく、大学では誰とも話すことなく、淡々と毎日を過ごしていた。
中国語のクラスは、大きく二つのグループがあって、もちろん小林はどちらにも属していない。小林の後ろには、何故か大声で独り言をいう男がいて、課題をやっていない言い訳に、カブトムシの後尾を見ていたから、と言うようなどうしようもないやつだ。
ある日遅刻気味に学校に行くと、教科書を忘れたことに気づいた。友達がいないから、教科書を見せてともいえない…。

「花束になんかなりたくない」
貴男は、周囲には内緒で、売れない作家として活動している大学生だ。自分の本がまったく売れず、評判にもなっていないということは十分に分かっている。自分が夢にしがみつきたいのか、そうでないのか、よくわからない。
従姉妹の星子はよく部屋にやってきて、あーでもないこーでもないと愚痴を言う。貴男はそれをほとんど聞き流しながら原稿を書く。星子は、いろんなことに手を出しては見るけど、何もものに出来ていない。何かになれるのではないか、と夢見ている状態が好きなのではないか、と貴男は思っている。
周囲が就職活動をし始めた。貴男は考えている。自分はこれからどうしたらいいのかを…。

というような話です。
豊島ミホ、かなりいい。ちょっと前に読んだ「日傘のお兄さん」では、才能の萌芽が見え隠れしていたという程度だったのだけど、この作品は実にいい。
様々な大学生が描かれているのだけど、基本的に皆、『青春』という言葉から連想されるような明るい感じの大学生活ではない。もちろん、表向きはうまいことやっている人も出ては来るんだけど、それでも内心では全然『青春』から程遠かったりする。
『大学に入れば何か変わるかも』というのは、たぶん誰でも考えることなんだと思う。というか、『中学校に入ったら…』『高校に入ったら…』とそれぞれの時期に同じことを思うものだと思うんだけど、大学というのはまた違う。大学というのはある意味で、『何者かになるための最後のチャンス』みたいなそんな印象もある。だからこそ、それまでとはもっと違う、切羽詰った感が沸き上がってくるのだと思う。
僕らは、『大学に入れば何か変わるかも』と考えることが多いと思うんだけど、でもそれって正確に記述すると、『大学に入れば(何もしなくても自動的に)何か変わるかも』と思っているんだと思う。何かブラックボックスみたいなものがあって、そこをひょいと抜けることで、入った時とは別人になっているというような、そんなイメージなんだと思う。
そういうのは、結構分かる。僕も、もっと漠然とした形ではあったけど、『大学に入れば勝手に何かが変わる』んだと思ってた。
でも、当たり前の話なんだけど、そんなわけがない。考え方も行動も何一つ変わっていなければ、大学に入っただけでは何も変わらない。もちろん、大学という場は、やる気のある人間や強い意志を持った人間を後押ししてくれるような場ではあるのだと思う。でも、何もしない人間を蘇らせてくれるほど暇じゃない。
でも僕らはそれでも、何者かになれるんじゃないか、と思ってしまうんですよね。自分の人生、こんなはずじゃない。何かチャンスがあるはず。待っていればきっと、という感じ。
本書ではそういう、『変われるはずじゃなかったの?』というような人々がメインで描かれていきます。
6編それぞれ、描かれている主人公たちの性格なんかは全然違うんだけど、でもそれぞれ、分かるなぁ、という風に思ってしまった。これまで僕が辿ってきた人生にはない状況であっても、もし僕が同じような状況だったら、同じことを感じ、同じように行動するだろうな、という描写が本当にたくさんあった。
『こんなはずじゃなかったのに』と思う面々。じゃあ、どんなはずだったのか、と聞かれても明確に答えられはしない。恐らく大学生の大半はそんな人間ではないかと思う。そんな人々が醸しだす閉塞感みたいなものがすごくよく現れていたと思うし、彼らがどういう過程で現実を諦め、現実を受け入れ、あるいは現実を打破していくのかという展開が実に見事で面白いと思った。
そして何よりも凄いのが、人間観察力みたいなもの。僕らがうまく言葉に出来ないような、普段は、心の端っこに追いやっているような、そういう些細な感情を、的確に表現するんですね。自分の中にも転がっている感情に指を差されたみたいで、ドキッとすることが多いです。正直、今だから普通に読めるけど、これ大学時代に読んでたら平静ではいられなかったかもしれない、と思う。でも、それでも、これは大学時代に出会っておきたかったかもしれない、とも思う。
どの短編というか、僕が好きだなというキャラクターは、まあ結構たくさんいるんだけど、強いてあげるなら、左翼系の活動をしている道子と、勉強ばっかりしてて大学に友達がいない小林かな。道子には、僕自身も大学時代実に変なサークルに入ることになったという経験があるので(別に左翼系とかそういうところではなく。別にそこに入ったことを後悔しているわけでもないんですけど)、なんとなく親近感を持ちました。道子が左翼系のサークルに入る経緯を描いた「いちごに朝露、映るは空」と、ちゃんと入って活動をするようになってからを描いた「雨にとびこめ」では割とキャラが違ってて、そこが面白かったりもします。
勉強ばっかの小林も、僕も小学校高学年の頃から大学時代までとにかく勉強ばっかりしていた人間なので、やっぱり近いものを感じてしまうんですね。大学に友人がいなかったということはないけど、友人はすべてサークルの方だけで、クラスとかにはまったく友人はいなかったので、僕も教科書とか忘れて授業に行ったら、きっと小林と同じような行動を取るんじゃないか、という感じもします。
まあそんな感じで凄くよかったのだけど、やはりこれは書いておかないといかんだろうと思うことを一つ。大学生と高校生という違いはあるけど、僕の中では本書と同じような括りでジャンル分けされている作品に、朝井リョウの「桐島、部活辞めるってよ」というのがあるのだけど、それと比べてしまうとやっぱりちょっと見劣りするかな、という感じはあります。「桐島~」を読んだ時の僕の衝撃っぷりはやっぱりちょっと半端なかったですからね。本書では、『青春』という言葉から連想されるイメージからは程遠い人々が描かれるけど、「桐島~」の場合はまさに『青春』という感じの人々が描かれる、という意味でも同列に並べるのはいけないかもだけど、これは僕としてはどうしても書いておきたかったので書いてみました。
この後立て続けに豊島ミホの作品をもう2作読む予定なのだけど、とりあえず来年売る本は豊島ミホの作品のどれかで決まりそうな気がします。本作もその候補の一つ、という感じです。豊島ミホ、ちょっと前までまったく読んだことない作家だったけど、相当好きです。文章や表現も相当うまいんで、きっと良い作品が多いんだろうな、という感じがします。
しかし驚いたのは、解説の三崎亜記氏によれば、2010年現在、豊島ミホは作家活動を休止しているとのこと。理由は定かではないけど。そんな風に言われると売りたくなってしまう、天邪鬼な僕がいるのでした。
まあそんなわけで、豊島ミホ、僕の中でかなり掘り出し物です。本書は、大学生だったことがある人で、『大学時代、俺/私はあらゆることが全部うまくいった!』とは言い切れないという人が読んだら、かなりど真ん中ストライクの作品なのではないか、という感じがします。是非読んでみてください。

豊島ミホ「神田川デイズ」




安政五年の大脱走(五十嵐貴久)

内容に入ろうと思います。
舞台は安政五年、井伊直弼が大老として権力を振るっていた時代。井伊直弼はある時、20年以上も前に見初めた女性を、当時と同じ姿のままで見かけた。もちろんそんなわけがない。調べさせると、井伊直弼が見初めた女性の娘だという。名は美雪という。
井伊直弼は既に正室がいて、妻に迎えることは不可能。側室としてどうか、という打診をするも、断られてしまう。確かに政治的にいろいろと厄介な関係ではあるのだけど、それを抜きにしても、そもそも美雪にその気がまるでないのだ、という。これまであまた声が掛かったはずだが、それをすべて断ってきている、という。
ここで井伊直弼はとんでもないことを考える。美雪のいる南津和野藩の藩士51人と美雪を、断崖絶壁・難攻不落のとある山頂へと幽閉することに決めたのだ。表向きの理由は、南津和野藩に謀反の疑いがあった、というもの。美雪が井伊直弼の申し出を受け入れれば51人は釈放され、断れば皆殺されるという暴挙に出たのだ。
期限は一ヶ月。四方を囲まれた完全に脱出不可能な環境に、しかも刀も奪われた男達。しかし、姫を守るという気力に支えられ、彼らは奮起する。どうにも逃げられないというなら、なんとかして穴を堀り、下から逃げようというのだが…。
というような話です。
これは素晴らしい作品でした!時代物は基本(というかほぼまったく)ダメな人間で、正直本作も、冒頭80ページはかなり厳しかったです。井伊直弼が暴挙を思いつき、藩士たちを幽閉するのが大体80ページぐらいからなんだけど、そこまでは、井伊直弼の子供時代とか、井伊直弼が大老になってからの権力の有様みたいな話が続いてて、歴史の知識がまるでない僕には相当辛かったです。人間関係やら政治力学やらが、まあ理解出来ない。あと、どこまで実在の人物なのかまるでわからないので(聞いたことのある名前は、井伊直弼しかいない)、この人物は実在の人物なのだろうか、とか考えながら読んでしまう感じですね。
ただこの80ページを越えてからは、素晴らしいですね。突如絶対的な閉塞空間(どれがどれだけ絶対的なのかは、言葉ではうまく説明できないんで、本書に載ってる絵とかを見てもらうしかないんだけど)に突如幽閉されることになった藩士たち(何故か商人もいるけど)が、まず不可能だろうという困難事に立ち向かっていく姿が素晴らしい。
いやホント、どう考えたって、彼らが幽閉されている場所から脱出するのは無理だと思うんです。井伊直弼側の人間によって、あらゆる道が閉ざされている。そこで彼らは、ほぼ唯一だと思われる、地面に穴を掘って逃げる、という手立てを考えるわけです。
しかし、これがいかに現実的でないかは、井伊直弼側の人間がそんな対策を欠片も思いつきもしなかった、ということからも想像できるでしょう。井伊直弼側には、長野主膳という神経質で冷酷な人間がいるのだけど、その人間が刀を持たない武士達に対して、これでもかというぐらい慎重に慎重を重ねた完全な守りを敷いているわけです。その長野主膳が、地面を掘って逃げるというのは事前に思いつかなかったわけですが、それもまあ無理からぬこと。
というのも、掘らなくてはならない距離があまりにも長いからです。しかも、51人の藩士とは別に、姫は寺に幽閉されているので、脱出ルートとは別に、寺までの穴も掘らなくてはいけない。一ヶ月でそれだけのとんでもない距離を掘ることが出来るのか…。そこは南津和野藩士たちも半信半疑のまま進めていくわけですが、この一ヶ月では到底どうにもならないのではないか、という極限状況の穴掘りをメインに据えているので、物語が常に緊迫感があるんですね。しかも、ただでさえ間に合うのか間に合わないのか、という状況なのに、さらに色々と起こる。これがまた、物語の展開上違和感のない感じでうまいなぁと思いますね。
南津和野側には、桜庭敬吾という男がいて、あらゆる計画の中心に彼がいる。この男の冷静さは本当に素晴らしい、と思いました。計画全体の立案から、細部にまで行き届いた配慮、全体をまとめるリーダーシップ、困難な決断をする力など、恐らく彼の存在がなければこの計画は遂行し得なかっただろう、という男です。
しかしこの男が、一度迷う。そのシーンに僕は泣かされてしまいましたよ。久々に小説を読んでないたなぁ、という感じです。まあ、あっヤバいな、という予感はありましたけどね。初めはバラバラな感じがした藩士たちが、いくつもの困難を乗り越えて一つにまとまるシーンというのはいくつかあったんだけど、この場面もその内の一つだと思います。素晴らしい。
何故か商人である藤原宗達という男も51人の中にいるのだけど、この男の活躍たるや半端ない。一ヶ月の穴掘りに関わる、ありとあらゆるアイデアの部分を担当し続けた男なんだけど、いやはや素晴らしい。外部との接触が一切出来ない状況の中で、穴掘りに絶対的に必要なあらゆるものを調達・作成する手腕は計り知れないし、さらに、武士を相手にしてもひるまないだけの商人根性みたいなものがかなり素敵だと思いました。体面とか恥とか、そういう発想に支配されがちな武士とはまた違った視点を持っていて、この男もなくてはならない存在だったなと思います。
また、堀江竹人も素晴らしかった。彼は藩の中では最下層の人間だったのだけど、穴掘りを生業とする家系で、彼らの計画のまさに中心にいた人物です。とにかく、彼がいないと穴掘りは進まない、という中で、身を粉にする、なんていう表現では生ぬるいくらいの働き振りです。初めは、そんな最下層の人間に使われることを疎ましく思っていた藩士もいたわけですけど、竹人の超人的な頑張りに押され、初めは反対はもいた穴掘りを通じて、徐々にみなが一つにまとまっていきます。
しかし、まあ言ってしまえば、基本的には穴掘るだけの小説が、こんなに面白いとは。というか、これは本当に時代設定が絶妙なんだな、と思いました。もし同じ話を現代でやるとしたら、山田悠介的というか、よく若い作家が書きたがるような、無理難題の状況からなんとか脱出するみたいなチープな話になっていたと思うんだけど、時代を遡り、井伊直弼なんていう実在の人物を持ってきて、という形だったからこそここまでリアリティがあるんだろうな、と思うんです。どうしたってこの話、現代でやるとしたら、設定をゲーム的な感じにしないと無理ですけど、この時代にすれば、現代では通らないようなムチャクチャなことが、普通にまかり通る。いやもちろん、井伊直弼の時代だって、藩士51人を断崖絶壁に幽閉して姫に無理やり心変わりをさせる、なんていうのはムチャクチャなのかもですけど、でも、よくは知らないですけど、井伊直弼ってそういうことをやってきた人なんですよね?歴史についてはまるで知りませんが、本書を読む限りだと、井伊直弼は自身に反対する人間をどんどん投獄したりして(吉田松陰も井伊直弼に殺されちゃったんですね。知りませんでした)ムチャクチャやってたわけで、それがほんの少し逸脱しただけだ、という風にこのムチャクチャな状況を捉えることが出来るんですね。これは本当に見事だと思いました。
この作品を、時代小説として評価するのは僕にはちょっと難しいですけど、人間ドラマとして、そして脱出劇のエンタメとして、物凄く素晴らしい作品だと思いました。五十嵐貴久は好きで結構読んでたんですけど、舞台設定が古くて時代物が得意ではないという理由でこの作品は敬遠してたんだよなぁ。そういう人、結構いそうな気がするから、そういう人に読んで欲しいな、という感じがします。
というわけで、これは素晴らしい作品だと思います。僕のように歴史が得意ではない人には、たぶん初めの80ページぐらいは辛いかもしれませんけど、そこを乗り越えれば、本当に素晴らしいストーリーが待っています。時代物はあんまり得意ではない、という方にも、基本現代物を書いている著者の作品なんで受け入れやすいと思います(時代物としてどうなのかは、僕には判断できないのですけど)。是非読んでみてください。

五十嵐貴久「安政五年の大脱走」




群青(宮木あや子)

内容に入ろうと思います。
本作は、映画「群青」の脚本を原案に、著者が書き下ろした作品です。映画を見てないのでなんとも言えませんが、恐らく単純なノベライズという感じでもないんだろうと思います。
世界的ピアニストの由起子は、コンサート中に倒れ、恐らく治らないだろう病気だと宣告される。療養を理由に当時の恋人を振り切るようにして沖縄の離島・南風原島にやってきた由起子は、今まで手に入れてきたもの、背負ってきたものの大きさを改めて実感し、島でのんびりと過ごす。
そこで漁師の龍二と出会い、由起子は自らの命と引換えに娘・涼子を産み落とす。
涼子は、島の人達の助けを得てすくすくと成長し、島に三人しかいない同い年の仲間、一也と大介と日々楽しく過ごしていた。
やがて涼子は一也との結婚を考えるようになるが、龍二がそれを認めない。一也は龍二を超えようとして、海で命を落としてしまい…。
というような話です。
なかなか悪くない、という感じでした。話としては僕の好きな感じではないけど(恋愛が基本メインの物語だから)、島の閉塞的な人間関係とか、無邪気な友情とか、そういう恋愛ではない部分もそれなりにはあったので、まあまあという感じでした。
一番強く思ったのは、小説で書くにはちょっと分量が足りないだろうな、ということ。涼子が生まれてからの物語はまあまだいいと思うんだけど、由起子が島にやってきて龍二と恋に落ちて涼子を産んで死んでしまうくだりが早過ぎる。そこまでの話が大体50ページぐらいしかないんだけど、さすがに展開早すぎるだろ、という感じがした。まあ著者としても仕方ないんだろうとは思うんだけど。恐らく版元から、上限の枚数みたいなのを提示されているだろうし(あくまでも憶測ですけど)、その中で全体のストーリーを収めるには、どうしたって初めの由紀子と龍二の話を削るしかなかったんだろうけど、ちょっとなぁ、という感じはしました。もうちょっと、そこ丁寧に描いて欲しかったなぁ、と。
この作家の作品は初めて読みましたけど、文章はなかなかうまいと思いました。抑制の利いた静かなトーンで文章を進めていくのがなかなかうまいな、と。ノベライズ(と呼んでいいのかわからないけど)とは思えないぐらいだと思いました。やっぱりこの著者のデビュー作「花宵道中」を読んでみるべきかなぁ、と思ったりしました。
映画の脚本を原案にしてるんでまあ当然と言えば当然ですけど、やっぱり映画っぽい話でした。正直、原案が映画だということを知らないで読んだら、ちょっとこれはないな、と思うような設定とか展開は割とありました。やっぱり映画をノベライズしたらいかんと思うんですよね。どれだけ映画が素晴らしかったとしても、表現の仕方としてやっぱり映画と小説はかなり別物だから、なかなかうまくいかないと思う。
まあそんなわけで、著者の作家としての力量は感じられる作品ではありますけど、小説として読んだ時はうーむという部分が結構目に付くと思うんで、そこまではオススメ出来ません。決して悪くはないですけど、そんなにはオススメじゃないですね。文章はうまいと思います。この作家僕も初読なんで何ともいえませんが、他の作品を読むのがいいんじゃないかなと思います。

宮木あや子「群青」




でりばりぃAge(梨屋アリエ)

内容に入ろうと思います。
主人公の、中学二年生の河野真名子。近くの高校の校舎を使った夏期講習に通う夏休み。去年も行った夏期講習だから勝手は分かっているのだけど、何か違う。友達といても、何か気になる。窓から見える光景。
真名子の視界に入ってきたのは、大きな帆船だった。
もちろんそんなわけはない。それは、近くにある、元医院だった建物に干されている洗濯物だった。
雨が降ってきたのをきっかけに、真名子は校舎を飛び出した。誰もその洗濯物を取り込む人がいなかったのだ。
そしてそこには、去年見かけたはずのおじいさんではなく、一人の青年がいた。大学生とはいえない大学生、みたいなよくわからない返答をするので、真名子は彼のことをローニンセイと呼ぶことにした。
それから真名子は毎日、ローニンセイのところに通うことになった。何をするわけではない。ただ広い庭を眺めたり、ローニンセイに言われて何故か部屋を掃除したりといったことぐらいだ。ローニンセイともあんまり話すことはない。それでも真名子は日々、夏期講習をサボってローニンセイのところに向かった。
母親は、『ちゃんとした母親』になることだけが生きがいのつまらない女性で、教育関係の集まりによく出かけては家を留守にし、子供たちにはピザを頼ませる。そのくせ、自然食品だの無農薬野菜といったものを使った食べ物しか口に入れさせようとしない。
なんだか窮屈だ。
将来のことを考える。勉強して働くようになっても、結局女は結婚がゴールなのだ。なんてつまらない。
どうにも窮屈な毎日をやり過ごすために、真名子は日々ローニンセイのところに通う…。
というような話です。
これはなかなか良い作品だと思いました。正直に言うと、僕にはちょっと物足りない、というタイプの作品なんですけど、中高生には響くだろうなぁ、と感じました。著者もそもそも中高生をターゲットに作品を書いているだろうし(元々本書は児童書として出たみたいですからね)、そういう意味では、僕に合う合わないはともかく、書く側と受け取る側がぴったりと一致する作品だなと思いました。これは是非中高生に読んでもらいたいな、と思いました。
物語の冒頭、何故か僕はちょっと入り込みにくかったんですけど(うまくは説明できないんだけど、掴みのいい冒頭ではない感じがしました)、そこからすぐ物語が展開して、真名子がローニンセイと出会うんで、そこまで問題はありません。初めの内は真名子が抱える屈折みたいなものはイマイチ分からないままなんですけど、徐々に分かっていきます。母親に対する不満とか、自分の出生についての疑惑、将来に希望が持てない閉塞感というような、割とその年代の子達がその時期に悩んでしまってもおかしくないようなことが描かれるので、中高生はかなり親近感を持てるのではないかと思います。
特に母親への不満は、僕もわかるなぁ、という感じです。別に僕の母親がこんな感じだったわけではないんだけど、もし真名子と同じ境遇だったら、同じ風に感じるだろうなぁ、と。母親はもちろん、子供のために良かれと思ってやっているのだけど、でもそれが完全に逆効果でしかない。『子供のために』というのは、大抵逆効果にしかならないですからね。森博嗣がエッセイで書いてたことを思い出しました。確かこんな感じだったと思います。
『大人が楽しそうに遊んでいないと、それを見てる子供が大人になりたいと思うはずがない』
この言葉を、真名子の母親に贈りたいなと思いました。
ローニンセイははっきり言って、大した人間ではありません(笑)。詳しくは書かないけど、まあざっくり説明してしまえば『抜け殻』みたいな感じです。でも、そのローニンセイが真名子を癒していく。
これはきっと、真名子の周りにいる人間への不信感の現れなんだろうな、と思いました。母親を筆頭に、真名子は周りの人間に親しみを感じていない。学校でいつも一緒にいる友達に対してさえ、醒めた目で見ているわけです。それは、その人物が悪いこともあるし(真名子の母親なんかはこっち)、あるいは真名子の見方が悪いこともあるんだけど(学校の友人はこっちかな)、いずれにしても周りにこの人は!と思える人がいない。
じゃあどうしてローニンセイは良かったのかというと、たぶんだけど、真名子と積極的にコミュニケーションを取ろうとしなかったからだろうな、という感じはします。真名子の周りのいる人は、基本的に真名子とコミュニケーションを取りたがる。でもローニンセイは、基本的にほったらかし。たぶんそれが新鮮だったんだろうな、というのは僕の想像です。でもそうやって、無理やりではない窮屈でもない人間関係の存在を知った、ということなのかもしれません。たぶん中学生ぐらいだったら、基本的には家か学校かにしかコミュニティはないし、人によってはそこでの人間関係は窮屈に感じられるだろうから、ローニンセイとの関係は新鮮だったんだと思います。
そうやって真名子は、これまでの人間関係とは異なるローニンセイとの関わりを通じて、少しずつ変わっていく。その過程がなかなかいい。真名子とローニンセイの関係が、決して『恋愛』ではない、というのはよかった。たぶん普通のありきたりの物語だったら、ここは二人の恋物語にしちゃっただろうけど、そうはなってない。もちろん、真名子はローニンセイにかなり好意を抱いているだろうし、ローニンセイにしたって妹を可愛がるみたいな親近感を覚えてるだろうけど、でもそれが露骨に『恋愛』っぽさを醸しだしていないのが凄くいい。
あと個人的には、真名子の弟のケンジが良かったですね。後半、ケンジもちょっと変わるんだけど、その過程がいいと思う。ま、母親としては辛いところでしょうけどね。
まあそんなわけで、大人が読むにはちょっと物足りない感じはするだろうと思うんですけど、中高生にはかなりぴったりくるんじゃないかと思う作品でした。中高生に是非読んで欲しい作品ですね。この作家、ちょっと注目しようと思います。

梨屋アリエ「でりばりぃAge」




日傘のお兄さん(豊島ミホ)

内容に入ろうと思います。
本書は、3編の短編と1編の中編が収録された作品です。

「あわになる」
私は今、猫としか意思の疎通が出来ない。死んでしまって、幽霊のような存在になっているのだ。帰るべき家がない私は、タマオ君の家に行くことにしました。中学の時好きだった男の子で、私の葬式と同じ日に結婚をしたようでした。
他のことはどんどんと記憶から薄れていっていくのに、タマオ君のことだけは忘れないでいます。もう言葉が届かないというのが哀しくて、それでもタマオ君の家から離れられません。

「日傘のお兄さん」
島根に住んでいた子供の頃、近くの竹やぶで遊んでくれた「日傘のお兄さん」。喧嘩ばかりしていた両親の代わりに私の相手をしてくれた。その後両親は離婚、母親に連れられて東京に出てきた私は、母子家庭で貧しい思いをしながら、それでも健全に中学生をやっていた。
そんなある日突然、「日傘のお兄さん」が目の前に現れた。追われているからかくまって欲しい、と言われた私だけど、次の日学校で、ネット上で<日傘おとこ>っていうロリコンの変態が話題になっていることを知る。「日傘のお兄さん」はどうしてか、ロリコンの変態として追われているみたいなのだ。なのに私は、どうしてか「日傘のお兄さん」と一緒に逃亡することに…。

「すこやかだから」
「おとこおんな」と言われるぐらい男みたいな性格で、なのに身体の成長は著しい根岸は、どうも最近周りの女子から疎まれていることを敏感に察していた。成長することに喜んでいる根岸はどうも異端らしいのだ。
そんなある日根岸は、ナイフを持っているという噂の転校生の男の子と出会う。二人は一緒にいるようになり、それによって根岸は、学校にいないような存在として扱われるようになった…。

「ハローラジオスター」
ド田舎の三流大学に入学することになった知世は、こんなド田舎でも全力で青春を謳歌するべく、サークル選びからガンガン行った。そこのサークルで、みんなから「ノブオくん」と呼ばれているシャイな先輩を見かけて、知世は一瞬でロックオンした。ノブオくんはまったく知世に心を開いてくれないのだけど、それでも一緒にいた。
ある時喧嘩になってそれっきりになってしまったけど、自分が就職活動をするようになって、漠然とだけどノブオくんのことが分かるようになってきた…。

というような話です。
なかなかいいかも豊島ミホ、と思いました。正直冒頭の二編の「あわになる」と「日傘のお兄さん」があんまりだったので、うーん、と思っていたのだけど、「すこやかだから」と「ハローラジオスター」が凄くよくて、後半二編の雰囲気の長編があったら、これは結構仕掛けアリだな、と思える感じの作品でした。読む前から分かってはいたけど、やっぱり短篇集なんでなかなか仕掛けづらい作品ではあるんだけど。
本書の表題にもなっている「日傘のお兄さん」は、本書唯一の中編なんだけど、僕は、ちょっと長いなと感じました。こういう、『◯◯するだけ』(この作品の場合、『逃げるだけ』となるけど)みたいなストーリー展開は結構好きなんだけど、でもそういう作品こそ、読ませるための工夫が結構必要で、それがないとダラダラしてしまって、ちょっと長いな、という感想に僕の場合はなってしまいます。中学生の主人公が、子供の頃にお世話になったというだけの理由で(まあ、『だけ』ではないんだろうけど、作品をそのまま受け取るとそう感じられる)「日傘のお兄さん」を許すのだけど、でもそういう展開であるなら、もう少しその子供の時どれだけ「日傘のお兄さん」の存在に救われていたのか、という描写は必要なんじゃないかなぁ、なんて思ったりもしましたし。ちょっとこれは僕の中ではあんまりでした。
「あわになる」も、幽霊になった主人公が中学時代好きだった男の子を日々観察している、という設定があんまりうまく活かされてはいない感じがして、ちょっとなぁと思いました。
「すこやかだから」はよかったです。第二次性徴期に女子がどんなことを考えるのか、というのは男の僕には遠い話ではありますけど、根岸みたいなスコーンとした感じのキャラクターは結構好きだし、そのスコーンとしたキャラのはずの主人公がそうでなくなっていくという展開も面白いと思いました。
ままならない屈折みたいなものを抱えた二人が、しかも男の方が遙かに深いそれを抱えている状態で、それでも一緒にいたいと思うどうしようもなさ、みたいなものが表現されててよかったです。根岸が転校生の男の子の方にベクトルが向く過程が唐突な感じがしたので、もう少し長い話でもよかったんじゃないかな、という感じがしました。
「ハローラジオスター」は一番好きな話です。初めは、イケイケな女子(っていうのは古いかな? 笑)の知世が、周りの男にガンガンアタックしていくだけの話かなと思ってたんだけど、さにあらず。ノブオくんとの恋愛模様も、それまでの知世の恋愛経験にはないような実におかしな状態で楽しいんだけど、ノブオくんが突然怒る辺りから物語のテンションが変わってくる。それまでノーテンキに生きてきた知世が、就職活動をするようになり、その過程で、かつてノブオくんに突きつけられた言葉の意味を深いところで理解することになる。さらにある出来事があって、ノブオくんの近況を知ることになった知世が、それまでの自分の殻を捨て去るかのように変わっていくという物語で、これが凄く素敵。これだけの設定で長編は無理だろうけど、この雰囲気で長編にしてくれたら、かなり傑作になるんじゃないか、と個人的には思った。
後半二編から、豊島ミホはかなり注目すべき作家かもしれない、と思えました。本書はちょっと推すには弱い作品ではありますけど、ちょっと別の作品も試してみようかと思います。本書は、好みもあるでしょうけど、僕は後半二編は凄く読む価値アリだと思います。読んでみてください。

豊島ミホ「日傘のお兄さん」




人はなぜ簡単に騙されるのか(ゆうきとも)

内容に入ろうと思います。
本書は、クロースアップマジックの専門家(世界マジックシンポジウムのクロースアップコンテストで優勝の経験もあるみたいです)が書いた、人は何故簡単に騙されてしまうのかを書いた作品です。
帯には、『振り込め詐欺、架空請求、インチキ宗教、超能力…プロマジシャンが看破する騙しの心理トリック!』って書いてあるので、現実のそういう詐欺まがいの出来事の一つ一つに対して考察を加えている作品なのかな、と思って読み始めましたけど、どうもそういう感じではありません。
本書では、マジックの基本的なトリックや騙しのテクニックなどをざっくり説明し、また紙上で出来る騙しの実験などを通じて、マジシャンがどのようにして観客を欺く演出をしているのか、そしてどういう人間心理がそれを可能にしてしまうのか、というような話をメインに書いています。
あくまでもマジック的な視点から人が騙されてしまう心理を描いているので、正直なところ、じゃあ現実の詐欺まがいの出来事にはどう対処したらいいのかはよくわからない感じです。『人間の心理は、マジックの経験を通じて考えてみるとこうなっていますよ』ということは提示されるんですけど、『じゃあそれを応用して、こういう時はこうしましょうね』というような提案は特に載っていない感じです。
そんなわけで、あんまり実用的ではないなと思うんですけど、マジックの話は結構面白かったな、と思います。マジックのネタを完全にバラすみたいなことはあんまりやってないけど、ネタがどうこうということではなくて、言葉遣いとか演出とか、そういうものによっていかに人間が騙されてしまうのか、ということが示されます。
でも、せっかくコンセプトとしては面白いんだから、やりようによってはもう少し面白い本になったんじゃないかなぁ、と思ったりもします。どんな風にすればいいのかはちょっと分からないけど、少なくとも、このタイトルと帯の文句を見て読者が漠然と想像する内容とは結構かけ離れているのではないかな、という感じがしました。
本書ではまあいろんなことが書いてありますけど、大雑把に要約すれば、以下のようなことが言いたかった、ということになるでしょう。これはP166に載ってる文章そのままですけど。

『人間は自分が期待している通りにものごとを見てしまう傾向があります。それをいったん受け入れ、かつ信じこんでいまうと、その信念をくつがえすことはなかなかできないのです。』

これに関スルエピソードで実に面白いものがあったので書いてみます。
天才マジシャンがマジシャン向けに行ったマジックのレクチャーで、パームというマジシャンにとっては基本的なテクニックの説明をした時のこと。パームというのは『隠す』という意味で、コインなんかを観客から見えないような形で持つ、というようなやつです。
その時天才マジシャンがやったのは、手法自体は実に単純なものでした。右手で持っていたコインを左手に渡し、その後左手を開くと左手にあるはずのコインが消えているというマジックで、手法としては、左手にコインを渡すようにみせて、実は右手にずっと持っている、というだけのことです。
問題はここから。その天才マジシャンは、左手にコインがないことを見せているまさにそのタイミングで、コインを持っている方の右手をマジシャン達に1・2秒開いて見せたそうです。ただその場にいた100人ほどのマジシャンは誰一人、右手にあるコインに気付かなかったというのです。
視界には入っているはずなのに認識できないというのが凄いなと思いました。しかも、マジックの手法に精通し、右手にコインを持っているだろうということが分かっているはずのマジシャン達でさえ、右手のコインを認識することは出来なかったのですから、いかに人間が騙されやすいかということがわかるかと思います。
もう一つ面白いエピソードが書かれていたので書こうと思います。これは、『人は一度思い込んでしまうと、なかなか元の状態にリセットすることが出来ない』ということが分かるエピソードです。
世界チャンピオンを目指して日々練習に明け暮れていた竹原慎二は、特に趣味もなかった自分の生活を変えようと、それまでまったく読む機会のなかった「本」でもいっちょ読んでみようか、と考えました。本屋に行くと、シドニィ・シェルダンの単行本の上下巻が平積みされていたので、とりあえずこれにしてみようと、何故か下巻を先に買って読み始めたのですが、当然話の内容がわかりません。
実は、本をほとんど読んだことがなかった彼はこう考えたのだそうです。
『なるほど、上と下があるのか。自分のような初心者がいきなり上というのもマズイだろう。とりあえずは下の方から読んでみるか』
なるほど、そんな風な発想をする人もいるのか、と僕は衝撃を受けました。けど僕だって、まるで知識のないこと(たとえばパソコンとか)に関して、普通ぐらいの知識を持っている人では考えられないような発想をしているのかもしれない、と思うと、ちょっと怖いなと思ったりします。
まあそんなわけで、あまり実用的な本ではありませんけど、マジック的な演出の巧さみたいなものを知るのには結構面白いんじゃないかなと思います。

ゆうきとも「人はなぜ簡単に騙されるのか」




はじまりの空(楡井亜木子)

内容に入ろうと思います。
高校二年生の岡崎真菜には、つい最近結婚を決めた姉がいる。姉は21歳。どう考えても結婚するには早過ぎると思われたし、従姉妹と三人でパリに行く予定だって決めていた。それでも、姉は色んなものをさらっと振りきって、結婚を決めてしまった。真菜にはそれが信じられない。
相手の家族と食事をすることになり、そこで真菜は、姉の旦那の兄である小林蓮のことが気になってしまった。蓮は34歳。どう考えても釣り合う年齢じゃない。それにそもそも、真菜には同い年の彼氏がいる。自分の心に芽生えた感情が大したことじゃない、気のせいだと真菜は思おうとした。
食事会の後、何度か会う機会があった。画廊で働いている蓮は、そこのオーナーであり、かつての先輩の元妻である伽歩子の元で働いている。伽歩子曰く、蓮は結婚式当日に花嫁に逃げられたのだそうだ。
そんな人を、真菜は好きになってしまった。もう、自分の中で言い訳の利かないくらい、気持ちが膨らんでしまっていた。けど蓮の方は、一向に真菜に心を開いてくれはしない…。
というような話です。
ある程度予想はしていましたけど、やっぱりあんまり僕には合わない作品でした。
これはあくまでも僕の好みの話になりますが、恋愛だけがメインの話って、やっぱりあんまり得意ではないのです。じゃあなんでそんな本読んでるんだと言われるでしょうが、今は来年売る本を探し中で知らない作品を手当たり次第読んでるんでまあ仕方ないと言いますか。
僕の中では、メインのストーリーが別にあって、その中で恋愛も扱われている、という物語なら素敵なんですけど、恋愛だけが描かれていると、なんとなく白けてしまうところがあります。うまく説明は出来ないんだけど、なんか違うんだよなぁ、という感じです。
文章は結構うまいと思ったし、真菜と蓮のもやもやとさせられるやり取りもなかなかうまく描けているとは思いました。ただ、真菜の描写があんまり高校生っぽくない(確かに真菜は大人びてるんだけど、そういうことではなくて、やっぱり大人が高校生を描いているな、と感じさせる描写、ということです。使う言葉とか、思考や発想や感情なんかが)感じがして、違和感がありました。逆に蓮の描写はなかなか良かったと思いますけどね。若干屈折のある大人の男という感じで、雰囲気がよく出ていたと思います。
個人的にちょっとそれはどうなんだろうと思った展開が、蓮と真菜が二人でフランスに行く、というところです。別にリアリティがどうとかっていう理由でどうこう言うつもりはないんだけど、さすがに物語の展開的にちょっと唐突すぎやしないか、と思いました。だって、少し前に、これから親戚になる、という形で会った二人が、別に親しくなったわけでもないんでもないのに、仕事でパリに行く蓮に高校生の真菜がついていくというのは、さすがにちょっと無理があるんじゃなかろうか、と思ってしまいました。そういう描写が成り立つだけの設定(両親がちょっと変わってるとか、それまでの蓮と真菜の関係にそうなりうるだけの展開があるとか)があればまた別だと思うんですけど、全然そういうこともなくて、ちょっとそれは不自然すぎだなと思ってしまいました。
恋愛小説が好きだ、という人には結構受け入れやすい作品かもしれません。文章とか雰囲気は割といいと思います。

楡井亜木子「はじまりの空」




間の取れる人間抜けな人(森田雄三)

内容に入ろうと思います。
本書は、イッセー尾形という舞台俳優の専属の演出家である著者が、これまでの様々な経験をふまえて、人間関係を楽にやり過ごすにはどうすればいいのか、ということを書いた本です。
イッセー尾形というのは、一人芝居をやる俳優です。一人で何役もの別人格になりきるらしいです。そこには、「間」というのが非常に重要になってくる、という話が出てきます。
また著者とイッセー尾形は、素人を四日間で舞台に上げる、という演劇を全国各地でやってきたようです。そこで行ってきたワークショップの経験を踏まえて、人間関係について描いていたりします。
うまく表現できないんですけど、内容はそこそこ良いと思うんです。新書で人間関係の本なのに、ハウツー本になっていないというところがいいですね。ちゃんと読み物という感じの作品になっている。
でも一方で、なんか違うんだよなぁ、という違和感もあったりするんです。元々、仕掛けたら売れそうかも、という思惑を持って読んでいる本だったりするので、どうしてもそういう視点になりますけど、なんか違う。ちょっと考えてみるとその違和感は、タイトルと内容のギャップみたいなところにあるような気がしました。
さっき僕は、本書がハウツー本じゃなくてよかった、と書きましたけど、でも『間の取れる人間抜けな人 人づき合いが楽になる』というタイトルを見ると、やっぱりなんとなくハウツー本っぽい感じがすると思うんです。でも中身は、著者がこれまでの経験を踏まえて感じてきた人間関係の話という感じで、割と読み物に近い。このタイトルと内容の差みたいなものが、なんかちがうんだよなぁ、という違和感の原因なのかもしれない、と思います。
これが、もう少し別のタイトル(ちょっと考えたけどうまくは思いつきません)だったら、また違ったと思うんですね。内容に合ったタイトルだったら。でも正直、内容に合ったタイトルだと売れないと思うんです。「間の取れる人間抜けな人」というタイトルの方が多分売れる。でもそれだと内容とのギャップでなんとなく違和感が残る。これは難しいなと思いました。
本書に書かれていることでなかなか面白いなと思ったのは、
『生きていく上で、受け流してくれる聞き手の存在は重要』
という話です。例えばじいちゃんばあちゃんに子供がワーワー話しかけるけど、子供も別に返答を求めてるわけでもなく、じいちゃんばあちゃんも気が向いた時しか返答しない、みたいな感じの会話。昔は家族の会話っていうのは、そういう『受け流すこと』が基本だったはずなのに、今はそうじゃなくて『ちゃんと聞く』ことが主体になっているから、家族が窮屈になっているんじゃないか、みたいなことが書かれていて、なるほど、と思ったりしました。
結構良いことが書いてあるんですけど、どうしてもタイトルからハウツー本っぽい印象を受けてしまうので、読み物っぽい流れだと違和感を覚えてしまう、そんな不幸な作品です。初めからハウツー本ではなく、読み物だという認識で読み始めればまた違うのかもしれません。

森田雄三「間の取れる人間抜けな人」




はじめまして、本棚荘(紺野キリフキ)

内容に入ろうと思います。
本書は5編の短編が収録された、連作短編集です。
舞台設定だけ書いておきましょう。
本作の舞台は、東京にある「本棚荘」。大家さんが変わった人で、『昔はお家賃は本で支払うのが普通だったのに、最近の人は本を読まないから仕方なく現金で貰っている』と言っている。空っぽの本棚ばかりのあるアパートである。
そんな本棚荘に住むことになったわたし。わたしは、本棚荘にずっと住んでいたのだけど外国に行くことになった姉の代わりに本棚荘に住むことになった、という感じ。

「201号室 とげ抜き師のいた部屋」
わたしは、姉が住んでいた部屋に留守番として住みつくことになった。姉は、わたしたちの地元である『山』で、とげ抜きをしていた。姉は、東京でとげ抜きをする、と言って東京に出て、そして今では外国に言ってしまった。
姉がいなくなったことを知らない客がちらほらとやってくる。わたしは、姉よりとげ抜きがうまくない。いや、うまいと言われたことがあるけど、それじゃダメだ、と言われたのだった。それでも、抜いて欲しいと言われるので、わたしはとげを抜く。

「303号室 猫遣いのいる部屋」
本棚荘には猫がいた。大家さんが飼っているのとは別の猫のようだ。猫はいいのだけど、飼い主はあまりよくない感じである。
303号室には猫遣いが住んでいた。最近では仕事がないけど、行かず後家の女性に猫踊りを見せるのだそうだ。姉が猫遣いにお金を借りていたらしく、返すように言われた。なんだかあんまりいい人ではないようである。

「203号室 眠り姫のいる部屋」
ヒナツさんはずっと寝ている。この間弟さんが来て、姉をよろしくと言われたのだけど、よろしくも何も部屋から出ない。生活能力がない、と弟氏は言っていた。確かにその通りだと思う。
とにかく留年しまくっている大学を卒業してくれるのが弟の望みのようなのだけど、夏休みが明けても一向に大学に行く気配のないヒナツさんを無理やり大学に連れて行くわたし。

「302号室 サラリーマンと植木鉢の部屋」
ある日本棚荘の前に、サラリーマンが捨てられていた。植木鉢を抱えていた。なんだかんだで本棚荘に住むことになったサラリーマン氏だが、挨拶をするだけで仕事はしていないようだ。どうしてもサラリーマン氏が本棚荘にいることに納得の出来ないわたしは、大家さんに談判する。野良のサラリーマンは怖いですよ、と。

「さようなら、本棚荘」
姉が帰ってくることになった。ただの留守番であるわたしは、これを機に本棚荘を出ることにした。大家さんにも挨拶をした。しかし大家さんはわたしに残ってほしいらしく、それならばと猫遣いを追い出すことに決めたらしい。大家さんは本気だ。

というような話です。
いやはや、正直そこまで期待してなかったんですけど、これはなかなか面白いですね。著者紹介に『シュールな視点で独特な世界を生み出す』って書いてあるんだけど、まさにその通りだなと思いました。個人的な印象では、小川洋子の作風をちょっとマイルドにしてユーモアを足した感じです。
何なんでしょうね。ストーリーらしいストーリーは、あんまりないっちゃないんです。本棚荘を中心として、そこに暮らす変な人々と変わった出来事を描いてみました、はいオシマイ、という感じの作品なんです。
でもこれが面白いんですよね。なんだろう。やっぱりキャラクターがまず一番素敵だなと思います。特にヒナツさんは最強。実際自分の近くにこんな人がいたらめんどくさくってイライラするだろうけど(笑)、自分が関わらなくてよくて遠くから眺めているだけでいいならこんな面白い人はいないだろう、という感じ。とにかく、ありとあらゆることをやりたくなくて、「ちゃんとやりましょう」と言ってくるわたしをあの手この手でかわそうとするんだけど、それがもうおかしくって。わたしと一緒に大学に行くことになった日の服装なんか、もうムチャクチャですからね。ヒナツさんの発想、素敵だわぁ。
サラリーマン氏もいいですね。何しろ、「捨て猫」ならぬ「捨てサラリーマン」ですからね。どっからそんな設定を思いついたのやら。これでホントにサラリーマンやれてたんだろうか、と思うくらい何も出来ない人で、でも挨拶とか言葉遣いとかだけはちゃんとしてる。このサラリーマン氏もまた一悶着繰り広げるんだよなぁ。
猫遣いが出てきた時、これは変わったキャラだなぁ、と思ったんだけど、その後ヒナツさんやサラリーマン氏など強力なキャラクターが次々に出てきたんで、猫遣いのキャラが薄く感じられるほどです。本棚ばっかりあるのに住人は誰も本を読まないという謎のアパートですけど、でも本棚荘ちょっと住んでみたいですね。でもこれだけ変わった人ばっかりが集まってると、変人じゃないと入居できないような気がして、そうなると僕のレベルじゃ入居できないような気がします。
変なキャラクターたちによる、すっとぼけた会話が実に楽しいです。シュールはシュールなんだけど、でもぶっとびすぎていないところが素敵です。それぞれの人は、それぞれのやり方で何かに真剣なんだけど、それが普通の人とはちょっと違った攻め方をしているために、滑稽に見えてしまうんですね。そう書くとなんとなく、伊坂幸太郎っぽいかもと思ったりしますね。読んでる最中はそんなこと全然思いませんでしたけど。
本書では、色んなことがあんまり説明されません。『とげ抜き』とは何なのか、『サラリーマン氏』は一体何者なのか、『本棚荘』では本当に家賃は本で払えるのか、など、全部謎のままです。そういう、伏線めいたものが物語の中にぴったり収まっててくれないと嫌だ、という人には気になってしまうかもですけど、説明されないまま物語が進んでいくというのもなかなか面白いものです。『とげ抜き』は特に気になりますけどね。なんでしょうね。
なんかうまく説明できないんだけど、物凄く楽しい小説です。僕らが日常生活している中で感じるか感じないかぐらいの微妙な違和感を増幅して見せてくれているような、そんな面白さがあります。キャラクターや会話が本当に魅力的で、本棚荘の話をずっと読んでいたい気分になります。しかしホント、面白さをうまく文章にしにくい作品だなぁ。ちょっと是非読んでみて欲しいです。これはすごく面白いと思います。

紺野キリフキ「はじめまして、本棚荘」




造形集団海洋堂の発想(宮脇修一)

内容に入ろうと思います。
本書は、食玩なんかで世間的に知られるようになった海洋堂の専務(実際現在ではこの専務が会社を回しているようですけど)が書いた本です。
海洋堂という異端の企業が、どんな風に生まれ、何を考えてきたのか、ということが描かれている作品です。
海洋堂というのは元々模型屋でした。著者の父(海洋堂を立ち上げた社長であり、館長と呼ばれている)は転職を繰り返しまくった人だったようですが、なんとなく思いついて模型屋を始めます(模型屋かうどん屋かの二択だったようです)。何事にものめり込む性格の館長は、そこからとんでもないアイデアを次々と繰り出し、業界で多少名が知られるようになっていきます。
例えば、戦艦や船のプラモデルを売ってるんだから浮かべる場所が必要だと言って店内に巨大なプールを設けたり、プラモデルの大きなイベントを恐らく全国で初めてやったり、プラモデル用の工具というのがまだなかった時代、それを自作した海洋堂が全国を回って売り歩いたとか、そんなムチャクチャな話ばっかりです。
中学二年生だった著者が店長に抜擢されたというのもムチャクチャでしょう。館長としては本気で、好きなようにやれ、という感じだったようです。プラモデルについてはかなり詳しかった著者は、仕入れなんかも自分でやり、そのまま高校にも行かずにずっと海洋堂と共に歩んでいくことになります。
海洋堂は利益度外視で面白いことをやる、みたいなところが文化としてあるので、とんでもない失敗談もたくさんあります。大量に作ったものが売れなかったとか、借金返済のために店内で使える引換券と交換で新聞紙を集めたら(当時オイルショックだったんです)、換金しようとした途端にはじけたとか、失敗談も面白いです。
模型好きの常連がたむろしていた海洋堂は、造形に自信のある人達を社員に登用して、造形集団として方向性を変えていくことになります。アメリカと違って日本ではプラモデルの市場というのが狭くて、良いものを作ってもなかなか売れないという現状の中で、海洋堂はチョコエッグの爆発的なヒットにより、食玩という新たな道を切り開いていくことになります。
という感じの作品です。
なかなか面白い作品だったな、という気がします。読んで思ったのは、こんな仕事が出来るのはちょっと羨ましいなぁ、ということ。模型がどうとかじゃなくて、これだけ自分の好きなことをのめりこんで熱中してそれを仕事に出来るって羨ましいな、と。僕にはそもそも、そこまでのめり込めるものがないし、人生のすべての時間を使って打ち込めるみたいなものもないから、凄いなと思うし、ちょっとだけですけどそういう生き方には憧れます。「ちょっとだけ」と書いたのは、海洋堂の社員には相当変わった人が多いようで、海洋堂以外では普通の社会生活を送れないだろうみたいな人ばっかり、という感じなんで、そこまではちょっと行きたくないかなぁ、という感じだったり(笑)。
海洋堂の凄さは、利益とか金銭的なメリットなんていうものを基本無視して、『やりたいことを全力でやり、作りたいものを全力で作る』という点。そしてさらに、『そんなムチャクチャなやり方で経営を成り立たせている』という点だと思います。
前者については、昔から常連だった人や、色んな形で知り合う機会のあった人を造形師としてどんどん社員にしていったのが素晴らしいです。海洋堂以外の造形メーカーは、造形師を外部に置いて外注という形にすることがほとんどなんだそうです。メーカーにとって、造形師を社員にするメリットというのはそう多くはない。でも海洋堂は敢えてそれをする。
実際社員にしたものの、しばらく使い様のなかった人というのも結構いたみたいです。でも、社員として置き続ける。仕事の幅が広がってくることで、そういう社員にもやがてぴったりの活躍場所が見つかることになるわけです。模型のことは知りませんけど、恐らく世界レベルで見ても、海洋堂の造形師というのはトップレベルなんだろうな、という感じがしました。
後者については、館長や専務の存在が圧倒的だなという感じがします。
館長が経営をしていた時代は、実際あんまり経営的にはまともではなかったのだろうと思うんですけど、専務(著者)がメインで動くようになってからは、かなり安定しているんじゃないかな、という印象です。まあでもそれは、チョコエッグが大当たりして食玩を筆頭に仕事の幅が広がったから、という感じはしますけどね。館長も専務も、やっぱりビジネス的な発想よりも、作品のクオリティを追求してしまう人間なんです。
だから食玩の金型にしても、あまりにも異常な工程数のため赤字納品したこともある、と書いています。たぶん普通の会社だったら、そんなやり方は通らないでしょう。でも、利益よりもクオリティを優先する海洋堂では、それが当然のようにまかり通ってしまうんですね。凄い会社だなと思います。
でもホント、モノづくりに関わるすべての会社が海洋堂みたなことは出来ないだろうけど、こういうスタンスってモノづくりにとって一番大事なんじゃないかな、と思うんです。もちろん、ビジネスとして成り立たせられないなら生き残れないですけど、ビジネス的なものだけだとあまりにもつまらないよな、という感じはします。
僕は書店業界にいて、本と関わっているわけですけど、なんというか、これは本気で作ったのか?というような本が乱造されている現状を見ると、つくづくそう思います。出版業界も特殊な世界で、その中で生き残っていくためには仕方ない部分もあるんだろうけど、海洋堂のように利益度外視でクオリティにこだわるんだ、みたいな精神を忘れて欲しくないな、という気がします。
そういう意味では、やっぱり同人の世界っていうのは一番モノづくりの精神が宿っているのかもしれない、と思います。同人誌なんかにしても、ビジネスになっているのはほんの一部で、あとはトントンか持ち出しなんていうところもあるだろうけど、それでも『これを描きたいんだ、作りたいんだ』という情熱みたいなものが溢れでているんじゃないかな、という感じがします。
本書では、一点だけ不満があります。全体の構成がちょっともったいないな、という感じがするんです。本書は、物事をすべて時系列で並べて書いているんだけど、もう少し違う構成の方がよかったんじゃないかな、という感じがします。
というのも、海洋堂ってそりゃあ知ってる人は知ってる会社だろうけど、名前ぐらいは聞いたことあるとか、チョコエッグは買ったことある、みたいな人の方が多いと思うんです。本書のような、時系列で並べた構成だと、元々海洋堂に興味を持ってる人ならいいだろうけど、そうじゃない人の場合、結構退屈だと思うんですね。だから冒頭で、海洋堂というのはこんな現在こんな会社で、こんな仕事をしてて、みたいな現在の話を持ってきて、それから時系列で書いた方が良かったような気がします。そこがちょっともったいないな、という感じがしました。
僕はこういう『非常識』な会社は大好きなので、ちょっと羨ましいな、と思いました。子供の頃から特に模型とかプラモデルなんかに興味を持ってなかった人間だけど、もし万が一模型屋だった海洋堂が近くにあったら、自分の人生も大きく変わっていたかもしれないよなぁ、とか思うと楽しいですね。こういう仕事をしないとな、という気にさせてくれる本です。是非読んでみてください。

宮脇修一「造形集団海洋堂の発想」




水銀灯が消えるまで(東直子)

内容に入ろうと思います。
本書は、6編の短編が収録された作品です。それぞれの短編に共通するのは、作中に<コキリコ・ピクニックランド>という遊園地が出てくるということ。

「長崎くんの指」
とある事情で逃亡者になってしまった女性は、<コキリコ・ピクニックランド>で働くことになった。そこで一緒に働く、<長崎くん>の指に惹かれつつ…。

「バタフライガーデン」
妹の子供を育てる条件で妹の家に居候させてもらっている女性。ある日妹に、子供を<コキリコ・ピクニックランド>のバタフライガーデンっていう蝶がいるところに連れていってよと言われ…。

「アマレット」
ハーフだと間違えられることばかりの女性は、上司との不倫を解消するや否や、会社を追われた。ふと入った<コキリコ・ピクニックランド>で働くことにしたのだが…。

「道ばたさん」
家の前で倒れた女性と一緒に暮らすことになった。記憶喪失らしい。何故か母親と三人で<コキリコ・ピクニックランド>に行くことになったのだが…。

「横穴式」
雑誌の心霊特集で、<コキリコ・ピクニックランド>にある天然の洞窟を利用したアトラクション内に出るという幽霊の取材をすることになった女性…。

「長崎くんの今」
長崎くんが目を覚ますと、妊娠した女性(妻)が目の前にいて、いきなり破水して病院へと向かい、突然父親になってしまった…。

というような話です。
僕には正直、うーん、という感じでした。
こういうタイプの作品を読むといつも思うことは、とにかく短編じゃ短すぎるよな、ということなんです。
『こういうタイプの作品』の説明が難しいですけど、かっちりしたストーリーがあるわけでもない物語、ぐらいのイメージでしょうか。
その印象が強いのが、江國香織と村上春樹ですね。僕は、江國香織と村上春樹の短編って、基本あんまり受け付けないんです。短編だと、短すぎる、と感じてしまう。この二人の作品の場合、いかに静かにゆっくりと世界を作り込むか、みたいなところに僕は個人的に惹かれているようで、だから短編のように、世界が作りこまれるまえに物語が終わってしまうような作品の場合、どうしても物足りなさを感じてしまう。
本書もたぶんそういう理由であんまり受け付けないんだと思うんです。全体の雰囲気は決して悪くないと思うんだけど、いかんせん世界が作り込まれる前に話が終わってしまう印象はやっぱりあります。
こういう作品を読むと、この作家の長編を読んでみたいな、と思うことが多いですね。短編だと、うまく評価できない。この作家についても、この作品だけでは、僕はなんとも判断できないなぁ。
まあそんなわけで、個人的にはちょっとあんまりだなぁ、という感じでした。あんまりオススメは出来ません。長編を読んでみたい気がします。

東直子「水銀灯が消えるまで」





少女ノイズ(三雲岳斗)

内容に入ろうと思います。
本書は、5つの短編が収録された連作短編集です。
全体の設定をまず書きましょう。
殺人現場の写真に異様な執着を持つ大学生・高須賀(スカ)は、大学の講師である皆瀬から、進学塾でのアルバイトを紹介される。しかしそれはいささか奇妙なアルバイトだった。その進学塾に通う、斎宮瞑という少女の世話をする、という仕事らしい。
斎宮は授業をサボリ、屋上でだらしない格好で寝そべっているような少女だった。彼女はわけあって心を閉ざしたままでしかいられないのだった。高須賀はそんな彼女と時間を共にする中で、奇妙な事件に随分関わることになるのだが…。

「Crumbing Sky」
高須賀には、奇妙な記憶がある。だだっ広い小学校の校庭で、上から落ちてきたものが頭にぶつかり、先生らしき人が倒れて死亡する、というものだ。そこから、空が開けている場所が怖くなった高須賀。しかし斎宮はそんな高須賀謎めいた記憶を解明する。

「四番目の色が散る前に」
高校生の男女の死体が相次いで見つかった。その死体は、被害者の名前と関連のある場所に放置されていた。斎宮は、「ABCじゃなければいいのだけど」という謎めいたつぶやきをする…。

「Fallen Angel Falls」
塾生の一人が、どうやら酷い嫌がらせをされているらしい。机の中に手を入れたらガラスで手を切ったとか、背中を押されて階段から落ちたとか。誰がやっているのかわからないのだが…。

「あなたを見ている」
幽霊を刺してしまった、という相談を受ける。ストーカー被害に遭っていたその塾生は、ある男を刺したのだが、しばらくするとその痕跡は一切なくなっていた。警察がやってきたけれども、犯罪の痕跡はまるでなかったのだ…。

「静かな密室」
高須賀が試験監督をした教室で、同じく試験監督をしていた女性が試験中に鈍器で殴り殺されるという事件があった。その翌日、写真部の部室が謎の火災に見舞われ被災した高須賀は、やはり警察から容疑者として疑われているのだが…。

というような話です。
正直、うーん、という感じでした。
ミステリとしての出来がよかったなと感じたのは、「あなたを見ている」ぐらいかなぁ。設定の中に一つ、それはさすがにちょっと…、という部分もあるんだけど、まあそれはそれとして、ミステリとしてはうまく出来てるんじゃないかなと思いました。幽霊を刺したとか、幽霊に刺されたという設定がうまく最後まとまっていたと思いました。
でもそれ以外はちょっとなぁ…。悪くはないと思うんだけど、トリックとしてどうなのかなぁ、と思うようなものもあったし、その条件からだけで解決するのは無理じゃないかなぁ、というようなものもありました。
話の構成はなかなかのものだと思いましたけどね。捜査的な部分をウダウダ描かずに、斎宮瞑に一気に解決させるという展開は、凄くテンポがよくていいと思いました。斎宮瞑の、あまりにも頭の回転が早すぎて何言ってるんだかまったくわからない、みたいなところも結構面白いと思いました。もう少し、トリックとか真相の部分が面白かったら、結構いいミステリになったんじゃないかなと思いました。
キャラクター小説としても、どうなのかなぁ。ミステリとしてよりは、キャラクター小説としうて読む方が楽しいと思うけど、それでもあんまり強く推せるほどでもないかな、という感じはします。斎宮と高須賀のキャラは結構好きだけど、どうしてだろう、そこまで強く惹かれると言う感じでもなかったんだよなぁ。ちょっと残念でした。
一つだけ素敵だと思ったのは、最後の「静かな密室」です。別にミステリの部分がよかった、とかいうわけではありません。この作品を読むことで、明確には描かれないけど、なぜ斎宮が常にヘッドフォンをしているのか、ということが間接的に分かるようになっています。タイトルも恐らくこの辺りから来ているんでしょう。これはなかなかうまい構成だなと思いました。
そんなわけで、そこまでオススメ出来る作品というわけではありません。決して悪くはないですけどね。ミステリとして読むよりはキャラクター小説として読む方がいいかな、という気はします。

三雲岳斗「少女ノイズ」





憂鬱なハスビーン(朝比奈あすか)

内容に入ろうと思います。
本書は、群像新人文学賞を受賞した、著者のデビュー作です。
千本松凛子は、ハローワークのカウンターで雇用保険受給の手続きをしている。29歳、専業主婦だ。
職員に下に見られたことに腹が立って、呼び出す時名前を呼ぶのは個人情報保護の観点からマズイのではないか、と反論してしまう。
凛子は東大卒、超がつく有名企業で働いていたのだけど、結婚を機に退職した。
中学受験のために通っていた進学塾では、最低ランクのクラスから最上位ランクのクラスまで一気に這い上がってきた女の子として有名だった。そう、熊沢くんは言った。
ハローワークで紹介された再就職セミナーの会場で再会したのだ。そこで凛子は、「has been(ハスビーン)」という言葉を熊沢くんから教わる。「かつて何者かだった奴」というような意味らしい。
弁護士の旦那とは、微妙にうまく言っていない。子供が欲しいという旦那とそれを拒む凛子。旦那の母親と過ごす時間。自分の母親への苛立ち。
そういったあらゆるものが、凛子を蝕んでいく…。
というような話です。
あんまり僕には合わない作品でした。
そういう風に描かれているから著者の目論見通りなんだろうけど、凛子のキャラクターが好きになれないわけです。しかも好きになれない理由がよくわかる。同族嫌悪とでもいうのか、自分と同じ醜さみたいなものを持ってるように感じられるんですね。
正直、僕と凛子はさほど似てない。僕には学歴や社会人としてのプライドみたいなものは特にないし、始終何かにイライラしているような人間でもない。でも、僕はよく知っているのだ。自分が、自分自身のそういう部分を奥底にしまいこんでいるだけなんだ、ということを。きっと僕も、凛子のようになる可能性はあったと思う。幸いにして僕はその道を通らずに済んだけど、でも、自分が通るかもしれなかった道を改めて見せつけられているようで、なんとなく不快な感じがしました。
まあ、似てる似てないは別としても、凛子にポジティブな意味で共感できる人はそうは多くないだろうと思います。ネガティブな意味で共感できる人はたくさんいるでしょうけど。凛子の苛立ちみたいなものが、僕には理不尽に感じられることもあったりで、なんとなくこっちまでイライラしてくるような感じがします。文章はそれなりにうまいと思うんですけどね。
あと、別に作品とは関係ないですけど、解説がイマイチだった気がします。なんとなく、内容説明ばっかりしているような文章で、あんまり解説として素敵な文章ではなかったような気がします。
タイトルとか装丁とか、そういう外見は相当素敵だと思ったんで、これで内容が良い感じなら相当仕掛けやすい本だなと思っていただけに、ちょっと残念でした。個人的には、あんまりオススメは出来ません。

朝比奈あすか「憂鬱なハスビーン」




夫婦一年生(朝倉かすみ)

内容に入ろうと思います。
本書は、結婚したばかりの新婚夫婦の一年を描いた作品です。
百貨店に勤める朔郎と、文房具メーカーの事務をしていた青葉は、仕事の繋がりがきっかけで交際、結婚に至った。朔郎の仕事の都合で北海道までやってきた青葉は、朔郎以外知り合いのいない土地で生活を始めていく。
新婚旅行のお土産選定に悩み、実家暮らしが長かったためにほとんど出来ない料理を頑張ってみたり、趣味で近所の人を集めて書道教室を開いてみたり、青葉は慣れない土地できちんと自分の居場所を作り上げていく。
時には喧嘩めいたこともするし、朔郎の両親を北海道に迎え入れるのにわたわたしたりと色々あるけど、それでもゆっくりと着実に二人の時間を作り上げていく物語です。
なかなかよかったなと思います。本当に、新婚夫婦の一年目を描いただけの作品で、物語に凄く起伏があるとかそういうわけではありません。朔郎や青葉にしても、本当にごく普通の人、という感じ。どこにでもいそうな人を、どこにでもありそうな物語を通じて描いているという感じなのに、飽きさせずに読ませる辺りさすがだと思いました。
考えてみれば、普通の人が新婚夫婦の日常を覗くようなことってまずないですよね。もちろん家に呼ばれたりなんてことはあるかもだけど、その時はやっぱりある程度外向きの顔をしているだろうし、新婚夫婦がどんな風に日常を送っているのかっていうのは謎ですよね。
小説でも、新婚っていう設定は出てくることはあるだろうけど、でもそれはストーリーの中の一要素であって、新婚生活がメインで描かれるわけではないんですよね。そう考えると、色んな人が経験しているだろう結婚生活を扱った物語なんだけど、他人がどうしているのか覗く機会はなかなかないという意味で、凄く新鮮な物語なのかもしれないな、と思ったりしました。
青葉と朔郎の会話が、一番魅力的に描かれているかな、という気がします。なんというか、漫才というわけでもなく、やっぱり解説で描かれているように「落語」という感じはありますね。落語そんなに聞いたことあるわけじゃないんだけど、青葉と朔郎の会話が落語だと言われると、なんとなく腑に落ちる感じがあります。
二人共、新婚だ、という部分に若干の照れがあるんですね。それまで付き合っていて、結婚して基本的には何も変わらないはずなのに、でも新婚という立場になった。そんな中で二人は、どうしても『新婚ごっこ』をしている気がしてしまう。だから、『新婚夫婦』としての会話がなんとなくぎこちないし、そこが凄く面白いなと思います。
この本を読んで僕は、『結婚というのは、二人の時間を創り上げるんだな』という感覚が強くなった気がします。変なたとえですけど、すでに完成されきっている二つの料理を組み合わせてまったく別の料理にするみたいな感じかもです。たとえばチンジャオロースとカレーライスって、たぶんそれぞれ料理としては完成されきっていると思うんだけど、でもこの二つを組みあわせてチンジャオロースカレーを作ることにする。そうすると、どうやったら相手の味を引き出せるか、相手の味を活かすにはどう変わったらいいか、みたいなことを試行錯誤すると思うんですね。
なんか結婚も同じだな、と思いました。既に完成されきっている二人の個人が一緒になって新しい時間を産み出そうとしている。その中で、自分を抑えないといけないところ、逆にもっと自分らしさを押し出さないといけないところなど、個人だった時の自分とは形が変わっていく。譲れない部分なんかを時間を掛けながら少しずつ削っていきつつ、『二人の時間』という新しい完成形を産み出そうとする過程がつぶさに描かれていてリアルで、結婚願望ゼロの僕にも面白く感じられました。
個人的に一番好きなシーンは、朔郎の両親がやってきた夜、トランプで負けた青葉が罰ゲームとして秘密を告白させられるところ。ここは、青葉の『らしさ』みたいなものが如実に現れていていいなぁと思いました。
結婚しててもしてなくても楽しめる作品なんじゃないかなと思います。特に何が起こるわけでもない物語ですけど、じんわりくる作品だと思います。読んでみてください。

朝倉かすみ「夫婦一年生」




D列車でいこう(阿川大樹)

内容に入ろうと思います。
物語は、広島県の山花鉄道という赤字鉄道で起こった事故がきっかけになる。
バイクのツーリングでたまたま来ていた銀行員の河原崎慎平と、元役所勤めで、退職して「撮り鉄」となった田中博は、その日車両点検のために久しぶりに運行される幻の電車が走る線路沿いにいた。そしてその電車が、山花鉄道の時刻表を熟知しており、電車の来ない時間は線路を歩いていた女性を轢いてしまったのだ。配線が決定している山花鉄道は、最後のイベントとしてその幻の電車を復活させることにしたのだが、それが仇となってしまった。
それで親交の出来た二人。二人共、何故か東京から遠く離れた山花鉄道に惹かれてしまい、たった3000万円の赤字で廃線になってしまう山花鉄道をどうにか存続出来ないものだろうか、と考えてしまう。
慎平のいる支店には、夜学でMBAを取得した部下・深田由希がいた。どう考えても銀行にいるのはもったいない逸材で、彼女は出世コースを外れた支店長である慎平が何かやろうとしていることに気づき、自ら山花鉄道について調べたりもしていた。
資金は田中が出した。彼らはドリーム・トレインという会社を設立し、勝手に山花鉄道という赤字鉄道を再建する計画を立てることにした。
しかし、散々準備して山花鉄道にアポイントを取るも、第三セクターである山花鉄道の社長である町長が会ってくれなかった…。しかし、駅長の計らいで町内に住居を確保した彼らは、「いかにして山花鉄道の利用者を増やすか」というアイデアを次々に実行していくことになる…。
というような話です。
これはなかなか面白い作品でした。確かに話としては、山花鉄道という廃線が決まった鉄道をいかに再建するか、という話なんですけど、それは結局、「いかにして田舎に人を呼ぶか」という話に集約されていくんですね。電車の話だけじゃないんです。たぶん、電車であることを全面に押し出しているせいで、ちょっと間口が狭くなってしまっているような気がします。そこがちょっともったいない気がしますね。
とにかく、経済や企業論理や再建プランなどの描写は素晴らしいと思いました。正直僕は、そういう経済っぽい方面への知識はない人間なんで、たとえば山花鉄道が廃線を決定する方が誰かが得をするんじゃないか、みたいなところはよく分からなかったりするわけなんですけど、でも全体的には経済オンチの僕でも凄く分かりやすく書いています。銀行の理屈、町工場の理屈、山花鉄道の理屈、ドリーム・トレインの面々の理屈。それぞれの立場から見ると、経済や意思決定なんかのやり方に違いがあって面白いし、ドリーム・トレインが、望まれないままに勝手に乗り込んで再建を始めていく過程でも、それぞれの理屈をすりあわせたり、隙間をついたりしたりで、うまいことやるなぁ、という感じがしました。
経済っぽい描写で面白いなと思ったのが、amazonの描写。慎平が、あまり売れていない本(ここで著者が、自著の書名を出しているのも面白い。もちろん、「売れていない本」として、他人の本の名前を挙げるのは憚られたということなんだと思うけど)を買うと、どれぐらいで順位が上がり、それがいつまで維持されるのかということを実験する描写があって、なるほど、という感じがした。ネット上では、月に1000冊売れるある1点の本と、月に1冊しか売れない1000点の本というのを同じ価値で並べることが出来るという理屈から、田舎にどうやって人を呼ぶかというヒントにしたりします。
ドリーム・トレインの面々の再建プランは、本当に面白いです。これは、実際に行われているはずのものもあって、小説が先なのか現実が先なのかは知らないんですけど、本書では最も困難だという感じで描かれているものの現実に近い形で行われているというニュースを見た記憶があるので、他のアイデアも十分実行可能なんだろうなと思いました。
なによりも重要な点は、お金を掛けない、ということ。いくら田舎に人を呼ぶことが出来ても、それに掛かった費用が多ければどうしようもない。ほとんど費用を掛けずにどうやって田舎に人を呼ぶか。そのアイデアが素晴らしいと思うんですね。
実際ここで描かれているぐらいうまく進むかということはまあ置いておいて、経営努力は日本一なのに赤字が出てしまう、つまり経営努力だけではもはやどうにもならない鉄道にも、まだまだやれることはたくさんあるんだろうな、と思わせてくれる作品です。
キャラクターもなかなか魅力的に描きます。定年退職した「撮り鉄」、出世コースを外れているけど最も銀行員らしい仕事をしている河原崎慎平、能力はあるのに女子社員であるというだけで男社会の銀行では浮いている深田由希というデコボココンビなんだけど、三人のキャラクターや得意分野なんかをうまく活かして、全体としてのまとまりが凄くいいんですね。特に、色んな方向に振れ幅のある深田由希は本当に魅力的に描かれているな、と思いました。MBAを取った才媛でありながら、バンドもやっている。男言葉でガッツリ喋ることもあれば、ミニスカートで女らしさを出して自らが広告塔になることも厭わない。いい女性ですね。
最後の最後では、思わずホロッと来てしまう場面もありました。正直泣くような小説じゃないと思ってたんですけどね。物語の前半、ドリーム・トレインを設立するまではちょっと展開が遅いかなという感じもありますけど、設立されてからの展開は怒涛で、一気読みです。
鉄道の物語ではありますけど、より本質的には「いかにして田舎に人を呼ぶか」ということがメインになっていく物語です。鉄道を中心に据えて田舎に人を呼ぶ。そのためのアイデアが詰まっている作品だし、物語としても凄く面白いと思いました。是非読んでみてください。

阿川大樹「D列車でいこう」




隣の家の少女(ジャック・ケッチャム)

内容に入ろうと思います。
本書は、ホラー作品として非常に評価の高い作品です。
デイヴィッドは川で遊んでいる時、見慣れない美しい少女を見かけた。メグと名乗ったその少女にデイヴィッドは惚れ込んでしまうのだが、メグが隣の家に住んでいることを知って嬉しくなった。メグの両親は事故で亡くなったらしく、親類であるルースの家に身を寄せているのだ。
しかしデイヴィッドはルース家で、思いも掛けない光景を目にしてしまうことになる。ルースがメグと、メグの妹であるスーザンを折檻しているのだ。これはしつけなんだから、誰にも言うんじゃない、と言われるデイヴィッド。またデイヴィッド自身も、危害を加えることはなかったにせよ、ずっとそのせっかんを黙認していた。
日に日に傷が深くなっていくメグ。デイヴィッドの心は揺れ動くが…。
というような話です。
『なんか違うんだよなぁ』というのが僕の感想です。
たぶんそれは、『僕が思ってたのとは違う』という違和感なんだろうと思うんです。本書は、ホラー作品を挙げろと言われれば必ず名前が挙がるんじゃないかと思うし、物凄く恐ろしい作品だということで有名のはずで、僕もそういう評価をあらかじめ知っていました。なので本書に対して、ある程度のイメージがあったと思うんですね。その事前のイメージをうまく言語化出来ないんですけど、どうもそのイメージとはちょっと(というかかなり)違っていた作品で、なんとなく僕の中ではしっくりこない、という感じがしたんです。
なのでこれは、作品そのものの評価というか、僕の事前に持ってたイメージとは違うぞというだけの評価なので気にしないでもらっていいんだけど、僕にはあんまり面白いとは思えない作品でした。
そもそも、ホラーというジャンルが僕にはあんまり合わないんですね。ホラーで物凄く高く評価されている作品を読んでも、僕の中では「うーん」と感じられるものばかりだし、中には、「これは世紀の駄作ではないか」と感じられるものもあります。だからそもそもホラーというジャンルが合わないだけなんだろうと思います。
なんだろうなぁ。僕の中では、ルース家で行われていることが、どうも嘘臭く感じられてしまったんですね。どうして、と聞かれてもうまく答えられないんですけど、ルースを初め危害を加える側、危害を加えられる側のメグ、そして傍観者であるデイヴィッドのやり取りや関わりみたいなものが、本物っぽくない(この表現はおかしいですけどね。別に僕が本物を知ってるというわけではないので)感じがしちゃいました。誰もが演技でやってる、みたいな。別に本気じゃないんだけど、演技でそういう役割を与えられたからやってるだけなんだ、みたいな感じがしたんですね。どうしてそんな風に感じられたのか分からないんだけど。
まあそんなわけで、僕からすれば、全体的にちょっと違和感のある物語でした。なんとなく、「そうじゃないんだよなぁ」とずっと思っていました。一般的には実に評価の高い作品なので、興味のある方は読んでみて下さ。

ジャック・ケッチャム「隣の家の少女」




セカンド・ラブ(乾くるみ)

内容に入ろうと思います。
本書は、「ラスト2行がなければただの恋愛小説だけど実際は驚愕のミステリ」ということで話題になった「イニシエーション・ラブ」の第二弾(続編ではない)です。
舞台は1983年元旦。里谷正明は職場の先輩に誘われてスキーに行くことになった。先輩は彼女を連れてくるらしく、その彼女が友人の女性を連れてくるという。
その先輩の彼女が連れてきた内田春香が、驚くほどの美人だった。恋愛経験のない正明にはどうにもしようがなかったのだけど、ほんの少し喋れるだけで天にも昇るような気持ちになった。
しかし正明は、期待が裏切られることを極端に恐れる男だった。だから、春香とまた会えるなんて、そんなことは全然期待していなかったのだ。
しかしそれから、正明の元へと電話があり、二人は付き合うことになる。当然春香との結婚を意識している正明だったが、とあるきっかけによって自分の気持ちがぐらついていった。
春香と顔がそっくりな女性が、キャバクラで働いているのだ。美奈子というその女性は、春香と双子だというのだが、事情があって春香は双子である美奈子のことを知らないのだ、という。
美奈子の登場により、春香への気持ちや、あるいはささやかな疑念なんかが芽生えはじめ…。
というような話です。
「イニシエーション・ラブ」よりは分かりやすかったという感じですね。というか僕の場合、「イニシエーション・ラブ」は、読了後どこがミステリなのかまったくわからず、ネットをあちこち探してようやく真相を知った、という有様だったのでダメダメだったんですけど、今回はまあ、僕のそんなアホみたいな頭でも十分理解できるような内容でした。
でもなぁ、という感じがします。双子っていうのはどうなんかね、と。
「イニシエーション・ラブ」的なことをやろうとしたというのはいいと思うんだけど、その作品に双子というモチーフを出してしまうのは、反則でも間違いでもないけど、ちょっと納得いかないぞ、という感じがしてしまいました。本当に個人的な好みの問題なんですけど、双子なんていうガジェットを使わずにこういう物語を生み出して欲しかったな、という感じがしてしまいました。
僕からすれば、もちろん物語の最も大きなネタの部分はもちろん読んでて分かりませんでしたけど、でも双子を出してきてこのオチなら、そこまで凄いっていうほどでもないかなぁ、と感じちゃいました。さらに、『結局、どうしてそんなことをしていたのか?』という部分が全然説明がなかったので、どうも腑に落ちないという部分もありました。そこ、結構大事な点だと思うんですけど、いいのかなぁ、描かれなくても。
個人的には、もう一つのささやかなオチの方がよかったですね。ラストのラストで分かる、ちょっとびっくりするオチ。これも、最後の最後の記述を読んで全然理解できずに、何度かラストの部分だけ読み返してようやく分かりました。こっちは、綺麗にうまくまとまっていると思ったし、衝撃もなかなか大きいなと思いました。作中では明確には描かれないけど、実は…、と形が実にスマートに決まっていたと思いました。
ストーリーは、まあ春香や美奈子のキャラクターがなかなか面白かったので、それなりには楽しく読めました。しかし、正明の真面目なんだか不真面目なんだかよくわからないところは、もう少しうまく描いて欲しかった気もします。基本的には真面目な男のはずなのに、大事な場面でフラフラしているみたいな印象があって、若干キャラクターのまとまりに欠けていたような気もします。
まあそんなわけで、僕の中では、それなりには面白かった、という感じです。衝撃度で言えば、やっぱり「イニシエーション・ラブ」の方が圧倒的でしょう(一読で理解できるかは別として)。双子がモチーフになっていた、という点が僕の中ではちょっと残念な感じがしました。

乾くるみ「セカンド・ラブ」




ツナグ(辻村深月)

内容に入ろうと思います。
本書は5編の短編が収録された連作短編集です。
まず全体的な設定から。
本書には、使者(ツナグ)という存在が出てくる。使者は、死者と生者を引き合わせる役目を持つ者だ。生者は一度誰か死者に会ってしまうと二度と死者には会えないし、死者の側も同じく、一度生者に会ってしまうと二度と生者には会えない。その仲介をするのが、使者だ。
使者は都市伝説のように、噂レベルの情報として存在している。その噂を信じ、必死になって情報を集めれば、ようやく辿り着くことが出来る。
本書はそんな、死者に会いたいと願う人々の話です。

「アイドルの心得」
平瀬愛美は、大人しくて友人もそこまでいないOLだ。周囲の人から、楽しいことがなさそう、と言われてしまうような地味な女性。会社と家を往復するだけの毎日を、淡々とやり過ごしているような人生だ。
そんな彼女にとって支えになっていたのが、アイドルの水城サヲリだ。歯に衣着せぬ物言いで人気を得た元売れっ子キャバ嬢の彼女は、唐突に急逝した。自殺説や薬物依存症説など様々に話は出たが、愛美に限らず多くの人が彼女の死を哀しんだ。
愛美は、既に誰かが彼女に会ってしまっていて、もう自分が会うことは出来ないだろう、と思いつつも、噂を信じて使者の存在にたどり着いた…。

「長男の心得」
畠田靖彦は、本家の生業である工務店を継いだ長男である。昔気質の家風に育てられた靖彦は、次男の久仁彦とはまったく違う育てられ方をされた。靖彦にとっては、本家の長男であるという自覚が強すぎるほどにあった。それで周囲から疎まれることも多いのだが、靖彦は気にしなかった。
靖彦は、死んだ母親に会おうとしていた。使者の存在はその母親から聞いた。昔自分も会いに行ったことがあるのだ、と。半信半疑、というか正直まったく信じていなかったが、売ろうと思っている土地の権利証が見つからず、在処を聞こうと思い、使者に連絡を取った…。

「親友の心得」
嵐美砂は、自分に親友が出来るとは思っていなかった。常に自分が一番じゃなきゃ気が済まないという性格を自覚していたし、そういう自分がうまく付き合える相手はいないだろうと思っていた。
御園奈津は、嵐を立てる子だった。嵐を褒めて羨ましがって、そうやってお互いにいい関係でいられた。二人共漫画とかBLとかに詳しいオタクだけど、ファッションやコスメの知識にも精通していて、二人でハイブリッドオタクだよね、なんていっていた。御園の家では漫画が禁止されているらしいけど、とてもそんな風には思えないほど、嵐より知識があった。
演劇部だった二人は、あることをきっかけに気まずい関係になってしまう。そんな時期に嵐の心に忍び寄ったほんの僅かな出来心が、御園を死に追いやってしまったのかもしれない…。

「待ち人の心得」
土谷功一は、7年前に旅行に行くと言って出かけていった日向ヒカリを、たぶん今も待っているのだった。
9年前、前を歩いていた女性が風に煽られて転び怪我をしたことがきっかけだった。自分の好みではないはずのギャルメイクのその女性は、お礼にと誘った食事でお金が足りなくて会計が出来なかったり、ポップコーンとコーラ付きの映画に感動したりと、土谷にとって新鮮な反応をしてくれる女の子で、どんどんと惹かれていった。ヒカリが事情を抱えているということもなんとなく分かっていて、しばらくして一緒に暮らすことになった。
結婚して欲しい、とプロポーズした直後、ヒカリはいなくなった。会社の同期からは、お前は騙されていたんだ、早く新しい女性を見つけろ、と言われる。そうなんだろうか、自分はまだヒカリを待っているんだろうか…。

「使者の心得」
渋谷歩美は祖母から、使者の能力を受け継がないか、と言われた。心臓を患って入院している祖母は、まだまだ元気そうではあるけれども、ちょっと気弱になっているようでもあった。
祖母から使者の話を聞いた時、まだ半信半疑だった。実際にその能力が本物だと思えるようになったのは、使者の見習いとして初めて依頼人に会った件で、アイドルの水城サヲリを見た時だ。それから何人か依頼人と死者にあったが、会えば会うほど、使者の存在とはなんなのだろう、と考えさせられていく。
使者の能力を受け継ぐと、死者に会うことは出来ない。だから能力を受け継ぐ前に誰に会いたいか決めておきなさい。祖母にそう言われた。身近な死者は二人しかいない。父親に殺されたらしい母親か、母親を殺し自殺したらしい父親…。

というような話です。
相変わらずなかなかいい話を書きますね、辻村深月は。死者に会わせる、という設定はまあよくありがちかなという感じはしますけど、全体の構成がうまいのでベタな感じはしません。初めの4編までは依頼人視点の物語で、ラスト1編が使者視点の物語、という構成はよく出来ているなという感じがしました。なるほど、だから一番初めの依頼がアイドルだったのか、なんて思ったり。
個人的に一番好きだったのは、「待ち人の心得」です。これは泣きそうになりましたね。日向ヒカリがちょっとズルイですよね。こんな女の子、なかなかいないと思うんですけど、いたとしたらちょっとズルイですよね。ズルイって表現もなんかおかしい気はするんですけど、まあそう思っちゃいます。一つ一つの反応とか、意外にきっちりしてるところとか、そういうところがいいなぁ、って感じしちゃいます。いや、ホント、この話はズルイし、日向ヒカリはズルイ(笑)。
「親友の心得」もよかったですね。これは、ラストがなかなか凄いです。これまでの辻村深月の作品を読んでる人なら、辻村深月らしいな、と思える感じじゃないかな、と思います。少なくとも僕の中では、辻村深月ってこういうことを結構やるな、というイメージなんですね。御園と嵐という二人の女子高生の、些細なんだけどそれぞれにとっては大事だし決定的な出来事というものをいくつか積み重ねていくことで、致命的なすれ違いを生み出していく過程は、さすがだよなという感じがします。
「使者の心得」は、ある出来事の真相がうまく出来ているなと思いました。その真相を知るまでは、なんだか余計な設定が多いなぁ、と思っていたんですけど、全然余計じゃなかったですね。きちんと張られていた伏線にまるで気づかず、こんな余分な設定いらないだろ、とか思っていた自分が恥ずかしいです(笑)。祖母と孫が時々交わすとぼけたやり取りもいいし、使者見習いとして戸惑いながらも前に進んでいこうとする歩美がいい味出してます。
最後に。これは僕の辻村深月への期待の大きさの現れだと思って欲しいのだけど、やっぱり辻村深月は、大人を描くよりも子供を描く方が圧倒的にうまい。この差は、少なくとも僕が感じる限りでは、相当な開きがあるよな、と思います。偉そうなことを言えば、ここの壁を超えることが出来れば、辻村深月は作家としてさらに高いところまで行けるんじゃないかな、なんて思っています。やっぱりどうしても、辻村深月が描く中高生の凄まじさみたいなものの印象が強いので、大人をいかにそのレベルで描けるかというのが僕の大きな期待です。
そんなわけで、良い作品だったと思います。違った境遇の様々な人々が死者に会いたいと願い、様々な結末を得ていく過程で、自分だったらどうだろうな、なんて考えてしまうんではないかなと思います。是非読んでみてください。

辻村深月「ツナグ」



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短歌をやってた時期もあります。
資格を取りまくったこともあります。
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2013年ベスト

2013年の個人的ベストです。

小説

1位 宮部みゆき「ソロモンの偽証
2位 雛倉さりえ「ジェリー・フィッシュ
3位 山下卓「ノーサイドじゃ終わらない
4位 野崎まど「know
5位 笹本稜平「遺産
6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
7位 須賀しのぶ「北の舞姫 永遠の曠野 <芙蓉千里>シリーズ」
8位 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日
9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
16位 藤谷治「世界でいちばん美しい
17位 神林長平「言壺
18位 中脇初枝「わたしを見つけて
19位 奥泉光「黄色い水着の謎
20位 福澤徹三「東京難民


新書

1位 森博嗣「「やりがいのある仕事」という幻想
2位 青木薫「宇宙はなぜこのような宇宙なのか 人間原理と宇宙論」 3位 梅原大吾「勝ち続ける意志力
4位 平田オリザ「わかりあえないことから
5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
6位 小阪裕司「「心の時代」にモノを売る方法
7位 渡邉十絲子「今を生きるための現代詩
8位 更科功「化石の分子生物学
9位 坂口恭平「モバイルハウス 三万円で家をつくる
10位 山崎亮「コミュニティデザインの時代


小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
10位 エイドリアン・べジャン+J・ペタ―・ゼイン「流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則
11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
7位 ジュディ・ダットン「理系の子
8位 笹原瑠似子「おもかげ復元師
9位 古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち
10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
11位 石井光太「遺体
12位 佐野眞一「あんぽん 孫正義伝
13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
19位 二村ヒトシ「すべてはモテるためである
20位 平川克美「株式会社という病

2011年ベスト

2011年の個人的ベストです
小説
1位 千早茜「からまる
2位 朝井リョウ「星やどりの声
3位 高野和明「ジェノサイド
4位 三浦しをん「舟を編む
5位 百田尚樹「錨を上げよ
6位 今村夏子「こちらあみ子
7位 辻村深月「オーダーメイド殺人クラブ
8位 笹本稜平「天空への回廊
9位 地下沢中也「預言者ピッピ1巻預言者ピッピ2巻」(コミック)
10位 原田マハ「キネマの神様
11位 有川浩「県庁おもてなし課
12位 西加奈子「円卓
13位 宮下奈都「太陽のパスタ 豆のスープ
14位 辻村深月「水底フェスタ
15位 山田深夜「ロンツーは終わらない
16位 小川洋子「人質の朗読会
17位 長澤樹「消失グラデーション
18位 飛鳥井千砂「アシンメトリー
19位 松崎有理「あがり
20位 大沼紀子「てのひらの父

新書
1位 「「科学的思考」のレッスン
2位 「武器としての決断思考
3位 「街場のメディア論
4位 「デフレの正体
5位 「明日のコミュニケーション
6位 「もうダマされないための「科学」講義
7位 「自分探しと楽しさについて
8位 「ゲーテの警告
9位 「メディア・バイアス
10位 「量子力学の哲学

小説以外
1位 「死のテレビ実験
2位 「ピンポンさん
3位 「数学ガール 乱択アルゴリズム
4位 「消された一家
5位 「マネーボール
6位 「バタス 刑務所の掟
7位 「ぐろぐろ
8位 「自閉症裁判
9位 「孤独と不安のレッスン
10位 「月3万円ビジネス
番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)