黒夜行

>>2010年08月

太陽の坐る場所(辻村深月)

それから少しだけ沈黙があった。普段アカネちゃんも入れた三人で話すことが多いし、アカネちゃんと二人ということもよくあったけれど、アカネちゃん抜きでカナちゃんと話すというのは入学当初ぐらいのものだった。カナちゃんと二人で会話をするというのはどうも緊張する。何を話したらいいのか、よく分からなくなってしまう。
「話そうかどうしようか迷ったんだけど」
 カナちゃんがそんな風にして切り出す。これから話すことが本題なのだろうなと志保は直感した。
「この前、アカネを探してた日ね」
 そこでカナちゃんは、決意を固めるみたいにして少し間を開けた。
「会田君が他の女の子と歩いてるのを見ちゃった」
「え?」
 志保は頭の中が真っ白になった。携帯電話を落としそうになって、慌てて右手に力を入れなおした。カナちゃんが言っている会田君と志保の知っている会田君がうまく結びつかなくて、でも頭の芯では、会田君が浮気をしていると言われているのだと理解していた。

「失踪シャベル 20-4」

内容に入ろうと思います。
本書は5編の短編が収録された連作短編集という形の作品ですが、連作短編集として内容を紹介するのがなかなか難しいことと、全体的に長編作品と言った趣があるので、それぞれの短編の紹介はせず、長編作品として内容紹介をしようと思います。
話は、高校の3年2組の同窓会で出たある話。名前だけの芸名<キョウコ>として女優デビューをしたクラスメイトを同窓会に連れてこよう、という話になった。ミーハー的な興味からだ。
美人だけど今はしがない小さな会社で事務の仕事をしている聡美や、映画の配給会社という華やかな世界で働く女性らしさのあまりない紗江子、アパレル業界で働きミーハー的な興味の強い由希らが動き出すも、なかなかうまくいかない。その過程で彼らは、自分の小さな世界が崩壊する音を聞くことになる。
高校時代、響子は女王だった。どんな高校にも行けた学力なのに好きな人と同じ高校を選んだ、という伝説から始まって、自分をまとう華美な衣装をこれでもかと積み上げていった。誰にでも優しくきさくな、という噂とは裏腹に、自分にとって都合のいい人ばかりを選抜し周囲に置いていた。すべては、熱烈に愛した清瀬の関心を惹くためだったのだけど…。
というような話です。
やっぱり辻村深月は、大人を描くより中高生を描く方がいいなぁ、という感じがしました。本書では、高校時代の話と大人になった彼らとがハイブリッドで描かれる話ですけど、大人の世界の視点が入っていることで辻村深月の良さが薄まってしまっているような気がしました。あくまでもこれは僕の個人的な感想ですけど。でも、「ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ」を読んだ時も思ったけど、やっぱり僕の中で、辻村深月は大人を描くよりも中高生を描く方が圧倒的にうまいな、と思いました。
たぶんそれは、世界の狭さが関係するんじゃないかなと思うんです。大人の世界というのは、様々な方向にベクトルが伸び、成長して感情なんかも調整出来るし、付き合う人間関係も広い。そういう意味で、大人の世界というのはやっぱり広いと思うんです。
でも、中高生の世界っていうのは狭いですよね。学校と家ぐらいしか基本居場所がないし、それなのにその中での価値観や序列の決定事項がシンプルなようでいて実は複雑だというところも面白い。辻村深月はそういう、境界が狭まれているような狭い世界での、濃縮されたような人間関係を描くのが凄くうまいような気がします。
大人の世界を描く場合、中高生時代のような狭い境界みたいなものってなかなかないですよね。基本的にみんなバラバラに生きているし、逃げ道もたくさんある。そういう関係性をリアルに描こうとすると、どうしても辻村深月の良さが希薄してしまうな、という印象があります。気体の分子というのは、空間が狭くなればなるほど激しく動きまわるけど(確か物理法則でそんなのがあったはず。逆に空間が広いとあまり激しくは運動しない)、それと同じように、狭い世界に閉じ込められた人々の、狭い世界にいるからこその激しい運動みたいなものを描かせたら辻村深月ほどうまい作家はなかなかいないんじゃないかなと思っています。
そんなわけで、高校時代の描写とのハイブリッドではあったけど、基本大人の世界を描いているこの作品には、どうもあんまり乗り切れなかったな、という感じがしました。やっぱりどうしても、大人の世界というのは外へ外へと逃げ道がいくらでもあるので(あってもそれを選択できない、という状況が本書でも描かれるのだけど、それでも)、どうしても境界に狭められている環境と比べて拡散してしまう感じがしました。
でもやっぱり、辻村深月の悪意の描く能力みたいなのは凄いなと思いました。本書では、『悪意』という言葉から連想されるような『積極的な悪意』(いじめとかそういうこと)ではなく、『積極的ではない悪意』を描くのが素晴らしいという感じがしました。『積極的な悪意』というのは誰しもが持つわけではないだろうけど、『積極的ではない悪意』、つまりそれを保持している本人さえそれが悪意であるとは気づいていないような、様々な言い訳や虚勢のベールに守られているような、そういう悪意っていうのは結構誰もが抱えているんじゃないかなと思うんです。本書では、そういう『積極的ではない悪意』が全編を通じて描かれていて、凄いなと思いました。嫉妬や妬みから相手の行為を純粋に受け取れないとか、自分はこんな場所にいるべき人間じゃないというような自惚れとか、そういう人間のさもしい部分を切り取らせたら、辻村深月は天才的だなと思います。
まあそんなわけで、個人的には今ひとつ乗り切れない作品ではありましたけど、辻村深月の力量が健在であることを感じさせる作品ではありました。辻村深月の作品を何か読もうと思っている人には、「凍りのくじら」や「スロウハイツの神様」辺りを勧めますが、でも人によってはこういう作品の方が合うのかもなぁとか思ったりします。やっぱり僕は、辻村深月が描く中高生が好きだなぁと思いました。

辻村深月「太陽の坐る場所」



スポンサーサイト

青いバラ(最相葉月)

「土取りをしてる森で死体が見つかったって。詳しいことはまだ全然わかんないんだけど」
「何でそんな連絡が部長から?」
「ほらうちのサークルって、地主さんに許可をもらってあそこで土取らせてもらってるでしょ?警察が地主さんのところに話を聞きに言った時に、私たちの話も少ししたみたいなのね。それで警察から部長の元に連絡があった。一応何か参考になるかもしれないからメンバーに話を聞くことがあるかもしれないっていう事みたい。出来るだけ部長だけが矢面に立つ形で終わらせられるようにしてみるって言ってたけれど」
「そう」志保は、雨が降るまでだ、という男の言葉を思い返していた。
「アカネもいなくなるし、警察から連絡があるしでちょっといろいろバタバタしてて、今週の活動は休止するって。たぶん来週は普通にあると思うけれど」
「わかった」

「失踪シャベル 20-3」

内容に入ろうと思います。
本書は、この世に存在せず、作り出すことも不可能だと言われている「青いバラ」を追い求めた人々の話です。
実際青いバラは、サントリーとオーストラリアのベンチャー企業の共同開発により2004年に発表され、2009年に発売されたわけですが、本書は親本が出たのが2001年頃で、文庫化されたのが2004年頃なので、実際に青いバラがいかに開発されたのか、ということが書かれている本ではありません。
ではどんな本なのか。まあ一口には説明できませんが、海外から「ミスター・ローズ」と呼ばれる日本のバラ育種家の権威である鈴木省三へのインタビューを軸として、文学や史実で青いバラがいかに扱われてきたのかという歴史、青いバラを交配によって追い求めてきた育種家、日本の園芸ブームや園芸後進国からの脱却、バイオテクノロジーによる青いバラへの挑戦など、様々なアプローチから青いバラに迫る、という内容になっています。
著者が青いバラについて取材するきっかけになったのが、サントリーとオーストラリアのベンチャー企業が青いバラを研究している、バイオテクノロジーによって実現可能だと思う、というようなニュースを見た時に覚えた違和感が出発点です。何に違和感を覚えるのかもイマイチ分からないまま、衝動に突き動かされるようにして青いバラについて、ありとあらゆることについて調べることになります。
青いバラについて調べることで、人間の本質や欲望について追求していく。そういうノンフィクションになっています。
個人的に結構期待して読んだんですけど、僕が思っている感じの作品ではなかったんですね。なので、僕の中での評価はあまり高くないです。
僕は本書をなんとなく、青いバラが開発された後に書かれた本だと思っていたんです。僕にとっての青いバラへの興味というのは、バイオテクノロジーを駆使していかに青いバラを完成させたか、という点に尽きるのですが、本書はそういうタイプの作品ではなかったんですね。いや、もちろんそういうバイオテクノロジー的な話も出てくるんですけど、それがメインというわけではないし、しかもそのバイオテクノロジー的な部分も生物の知識のない僕にはなかなか難しかったし、しかもバイオテクノロジー的な部分についても企業の合併やら遺伝子組換え食品がどうしたこうしたみたいな話が結構多かったりして、ちょっと僕の興味からは外れていたんですね。
本書は、科学的な話に興味がある人より、園芸全般に興味がある人向けなんだろうな、と思いました。バイオテクノロジーが出てくるまで、育種家がどのようにして青いバラを追い求めてきたのかという歴史はかなり詳しく語られるし、ミスター・ローズこ鈴木省三氏の活躍やその周辺の話なんかもかなり描かれます。日本の園芸市場や園芸ブームに至るまでの歴史なんかも結構扱われるんで、園芸に興味のある人にはなかなか楽しめる内容なんではないかなと思います。逆に、青いバラがバイオテクノロジーの知見を駆使していかに作られたのか、という点に興味のある人にはあまりオススメ出来ない作品かなという感じがしました。
というわけで、ちょっと僕には興味の範囲があまり重ならなかったためにあまり面白いとは感じられない作品でしたけど、読む人が読めばかなり興味深く読めるのではないかなと思います。バイオテクノロジー的な話より園芸そのものに興味のある人向けではないかなと思いました。

最相葉月「青いバラ」




バガージマヌパナス(池上永一)

電話があったのは十二時を少し回った頃だった。カナちゃんからで、カナちゃんから電話なんて珍しい、と思いながら電話に出た。
「もしもし、シホ。今日休んだの?」
「うん、ちょっと体調が悪くって」
「大丈夫?」
「うん。アカネちゃんのこと?」
「それもあるんだけど。アカネはまだ見つかってない。ご両親がこっちに来るみたい。昨日来ようと思ってたみたいなんだけど、台風だったから」
「警察は?」
「部屋に帰ってないってだけじゃ事件かどうか分かんないし、それじゃあ警察は動けないって。失踪届はご両親の方から出してもらう方がいいかなと思って何にも」
 志保は、アカネちゃんの両親に会うようなことになるのだろうかと思うと、少しだけ憂鬱な気分になった。
「部長から連絡来た?」
「部長から?何の?」
 午前中はうとうとしていたからメールには気付かなかったと言うと、カナちゃんは少しだけ声を潜めて言った。

「失踪シャベル 20-2」

内容に入ろうと思います。
本書は、日本ファンタジーノベル大賞を受賞した、池上永一のデビュー作です。
舞台は沖縄(離島なのか本島なのかはよくわからない)。大和(日本本島のこと。アメリカ軍による占領が終わって間もない頃の物語だと思う)に行っても恥ずかしくないようにと、「綾乃」という名前をつけられた19歳の少女は、しかし島人として生きることに決めていた。同い年の若者がどんどんと都会へと出て行く中、働くことにも流行にも特に興味がなく、高校にも碌に行かず、ほとんど働きもしないで、日がな一日ガジュマルの樹の下でぼんやりをしているのだった。島のゆったりと流れる時間を愛し、他人にとやかく言われようが何もしないでダラダラと生きていくことが出来る環境に満足している綾乃は、今年86歳を迎える親友・オージャーガンマーと常に一緒にいて、怠惰で享楽的な毎日を過ごしている。
そんな綾乃の元に、神様のお告げがやってくる。なんと綾乃にユタ(巫女)になれと言うのだ。綾乃には確かにユタとしての力があるのだけど、はっきり言ってそんなめんどくさいことしたくない綾乃は、神様からの命令をあーだこーだで逃れようとする。しかし、ユタにならなければ神罰が下る、という無茶苦茶な脅しに屈し、ユタへの道を進むことになるのだが…。
というような話です。
「シャングリ・ラ」「テンペスト」なんかを既に読んでしまっている身からすれば、このデビュー作はちょっと大人しいなぁ、という感じがしてしまうのだけど(もちろん大人しいわけないんですけど、他の作品があまりにもぶっ飛んでるんでそう感じてしまうんです)、しかしデビュー作でこれだけの作品が書けるというのは、池上永一っていうのは本当に始めっからとんでもない作家だったんだなと思いました。
本書は、まあストーリー自体は本当にどうってことはない話です。ダラダラ生きてきた綾乃が、神様にユタになれと脅され、めんどくさいから逃げ回っていた綾乃が、最後には観念してユタになる、という話です。物語の骨子は本当にこれだけです。
小説のほとんどを占めるのが、綾乃とオージャーガンマーとのダラダラした日常です。特に前半から中盤に掛けてはほとんどそればっかりが描かれます。もちろん、神様からのお告げの場面やカニメガという島一番のユタの話とか、もちろん他の話もいろいろと出てくるわけですけど、基本的には綾乃とオージャーガンマーがずっとダラダラしているだけの展開だと思ってもらって間違いないと思います。
このダラダラした日常が面白いんですよね。当時の沖縄の若者の常識から完全に外れた規格外の少女である綾乃の行動は突飛で無茶苦茶だし、それに一緒に付き合っているオージャーガンマーも破天荒です。この二人が揃うともう手がつけられない感じで、島の人も遠巻きに見てるんだけど、二人はそんなこと気にしないで二人だけの世界で満足して遊んでいるわけです。
この自由な感じが凄くいいんですね。それが、沖縄を舞台にした、凄くゆったりと流れる沖縄時間みたいなものと凄く合うんです。そもそも時計を持ってない二人にとっては、一日の時間の区分は「昼」と「夜」しかない。待ち合わせもしないし、お互いにやりたいことをやっている。ストーリーがどうこうというのではなくて、まさにこのゆったりとした沖縄の雰囲気を感じ取ってもらえるように文章や会話やキャラクターなんかの細部に力を入れているように思える作品です。
沖縄の方言が多用された会話が結構出てきて、正直よくわからないところも多いんだけど、それがまた魔術的な雰囲気を醸し出していて、同じ日本だけど決して同じではない沖縄という土地の特殊さみたいなものが醸しだされてる感じがしました。
綾乃がユタになることを決めてからの展開は非常に早いです。とにかく、ポンポンポンと話が展開していく。今までの、ダラダラしたゆったりとした雰囲気が嘘のようなテンポになります。これも、それまで怠惰だった綾乃の急激な変化を表すのに凄く効果的だと思うし、島一番のユタであるカニメガとの争いもテンポが出てきて凄くいいなと思いました。
とまあいろいろ書きましたけど、ストーリーで読ませるわけでもなく、かと言ってキャラクターの魅力だけで読ませるわけでもなく、これだけの「雰囲気」をデビュー作の時点で作り上げられるというのは本当に凄いなと思います。まさに、沖縄がすぐ傍にあるかのような気持ちにさせてくれる作品だと思います。「シャングリ・ラ」や「テンペスト」なんかを既に読んでいたりすると、本書が大人しく思えてしまうだろうし、物足りなさを感じる人もいるかもしれないけど、これがデビュー作だというのはちょっと驚異的だなと個人的には思います。素晴らしいと思います。池上永一読んでみたいけどどれも分厚いしどうしよう、という人にもオススメです。是非読んでみてください。

池上永一「バガージマヌパナス」




まほろ駅前番外地(三浦しをん)

20

 雨は大分落ち着いてきて、もう小雨と言ってもいいくらいになっていた。これなら大学の講義も普通にあるだろう。でも志保は、どうも体調が優れなかった。昨日の夜、泣きながらどんどん体調が悪くなっていって、夕ご飯を作るのを止めてそのままベッドで横になった。朝起きると、昨日感じた不安感は大分薄れていたけれど、頭が痛くて全身がダルかった。起き上がるのも億劫で、今日は大学を休もう、と思った。これまで講義を休んだことなんてほとんどないからどうするべきなのかよく分からなかったけれど、出席を取る授業は一つしかなかったし、それにしたってこれまできっちり出ているのだからどうにでもなるだろう。何もする気が起きなくて、ベッドで横になって浅い眠りを繰り返した。
 どうにか起き上がれそうになったのは昼近くになってからで、シャワーで汗だけ流して部屋に戻った。だるさは相変わらずで、ストラップ作りの仕上げをやる気にはなれなかったし、食欲も湧かなかったので、部屋でぼーっとしながら過ごした。

「失踪シャベル 20-1」

内容に入ろうと思います。
本書は、直木賞受賞作「まほろ駅前多田便利軒」の続編というか番外編のような作品です。7つの短編が収録されています。

「光る石」
便利屋に依頼が。職場の女性が、自分よりも大きなエンゲージリングをつけているのは癪だから隠してくれ、というなんとも奇妙な依頼だった。

「星良一の優雅な日常」
押しかけてきた女子高生と暮らしている星は、近くの公園で行われている薬物売買にちょいと首をつっこむことになった。

「思い出の銀幕」
まほろ市の映画館「まほろばキネマ」の看板娘だった曽根田のばあちゃん。便利屋の二人は息子の代わりに曽根田のばあちゃんの見舞いに行くという仕事をしているのだけど、そこで曽根田のばあちゃんの戦後直後の三角関係の話を聞かされることに…。

「岡夫人は観察する」
バスの運行状況に不信感を持っている岡夫人の旦那は、便利屋に運行状況をチェックするよう仕事を依頼。そのついでに庭の掃除もする。岡夫人はもう多田と行天との付き合いは長いのだけど、どうも今二人は仲違いをしているらしい。同窓会がどうの…。

「由良公は運が悪い」
由良は、両親の都合により予定がなくなってしまった土曜日、軍資金もあるこだしと駅前に出ようとしたところで行天に捕まってしまう。なんでも同窓会に行くのが嫌らしいんだけど…。

「逃げる男」
遺品整理を頼まれた二人は、遺族同伴でと言ったのにやってこない依頼人に無理矢理頼まれて、遺族の同伴なしで整理を始める。そのウチ、依頼人がとあるレストランチェーンの社長だということがわかるのだが…。

「なごりの月」
インフルエンザに掛かった妻を置いて出張に出なくてはならない夫に依頼され、妻の看病と子供の世話を頼まれた便利屋。しかし料理も子育ても出来ない二人は…。

というような話です。
全体的には、うーん、という感じですね。悪くはないんだけど、たぶんこの作品は、多田と行天にどこまで思い入れを持っているかによって大分読み方が変わってくるだろうなと思います。
さっき見てみたら、前作の「まほろ駅前多田便利軒」を読んだのは4年も前なんですね。だからやっぱりもうほとんど覚えていませんでした。前作自体も、読んだは読んだけど、僕の中では三浦しをん作品の中でも凄く好きというほどの作品でもなかったので(いや、良い作品だったと思いますけど、でも他の作品の方が好き)、主人公である多田と行天にそこまで強い思い入れがないんですね。
本書は、ストーリー自体はさほどっていうほどでもないと思うんです。それぞれ悪くない話だと思いますけど、ストーリーだけ抜き出せば、全体的に小粒だなという感じはします。だからストーリーで読ませる作品ではないんですね。とにかく、あー前作で大好きだった多田と行天とそしてまほろ市の話が出てくるんだ!という思い入れの強さで読む作品だな、と。でも僕には、多田にも行天にもまほろ市にもさほどの思い入れがなかったので、読んでてそこまででもないな、と思ったんだろうなと思います。
実際、例えば前作を読まない状態で本書だけ読んでも、そこまで楽しめる作品ではないと思うんですね。シリーズ作って、作品によっては途中から読んでもそれなりに面白かったりすると思うんだけど、たぶん本書は、前作を読んでない人にはイマイチピンとこない作品だろうなという気がします。
というわけで、前作を読んで多田と行天に凄く強い思い入れを持っている人が読んだら楽しい作品なんだろうな、という気がします。そうでない場合は、読まなくてもよろしいんではないか、という気がします。

三浦しをん「まほろ駅前番外地」




儚い羊たちの祝宴(米澤穂信)

テレビを見るともなしに見ながら夕ご飯の支度をしていた志保は、唐突にとてつもない不安に襲われた。鍋の火を止める余裕もなく、志保はその場でうずくまった。頭が痛いような気がしたし、全身の関節が痛いような気もしたけれど、実際どうなのかよくわからなかった。うずくまった志保は、人間の形を失い、どんどん球体になっていくような気がした。身体中から何かが失われていくのが分かった。今日の雨のように、止めどもなく流れ出していった。志保は恐ろしかった。気づけば泣いていた。失うことが怖いのではなかった。自分が何を失っているのかが分からないことが怖かった。志保を襲った圧倒的な不安感の前では、為す術もなかった。このまま時間が止まってくれればいいのに、と思った。明日が来るという事実が絶望的に思えた。志保は突然、お母さんの部屋を掃除している時に見つけたよくわからないゴミのことを思い出した。ゴミ用のゴミ袋に突っ込んだそれは、中学の頃志保がお母さんに作ってあげた小さなマルイさんのぬいぐるみだった。盛大に埃を被り、元が何なのかわからない程汚れていた。志保は声を上げて一層泣いた。泣き声は雨の音にかき消されていった。志保はもう、自分がどうして泣いているのかわからなくなっていた。

「失踪シャベル 19-12」

内容に入ろうと思います。
本書は、5編の短編が収録された短編集です。
ミステリでは、「最後の一撃(フィニッシング・ストローク)」と呼ばれる、終盤にどんでん返しするというのが短編の至芸と言われているのだけど、その中でも本書は、「ラスト一行の衝撃」に徹底的にこだわった作品です。ラスト1行ですべてをひっくり返す5編の短編が収録された作品集です。

「身内に不幸がありまして」
丹山家のお嬢様・吹子の身の回りのお世話をする役目を任された村里夕日。両親を失い、孤児院にいた夕日を引きとってくれた丹山家への感謝としてだけでなく、夕日は日々美しく成長していくお嬢様の傍にいられることが幸せで、一生懸命に勤めを果たして来ました。
お嬢様が大学に進学しお屋敷を離れると寂しさが募ります。それでも長期休暇には戻って来て、また夕日を喜ばせるのです。
そんな丹山家に不幸が見舞います。お嬢様が入った大学のサークル「バベルの会」の合宿を間近に控えたある日、屋敷を追われた兄・宗太が丹山家を襲撃にやってきたのです…。

「北の館の罪人」
母親を失った内名あまりは、母の指示に従って、六綱家へと向かった。母は、その当主の愛人をしていて、あまりは妾腹の娘だったのだ。
お金を渡され追い返されそうになったものの、六綱家に置いて欲しいと訴えると、離れのような陰気な建物をあてがわれた。
兄を離れから出さないように。
あまりが仰せつかったのは、そんな指令だった…。

「山荘秘聞」
前降家で雇われていた屋島は、前降家の零落により仕事を失ったが、新たに辰野家での別荘の管理という仕事を紹介され、日々別荘の手入れに勤しんでいる。いつお客様が来てもいいように、別荘を完璧な状態で維持する。別荘自体の素晴らしさもあって、仕事にも力が入るというもの。
しかし1年経っても、この別荘はお客様を迎えることがなかったのです。
ある時山荘の周辺で、雪山から滑落したらしい男性を発見するのですが…。

「玉野五十鈴の誉れ」
小栗家のただ一人の子であった小栗純香は、絶対的な権力を持つ祖母の元で、小栗家の当主として間違いのない生き方をするように命じられてきた。そのため、友人も出来ず、純香は常に寂しい思いを抱えて生きていくことになった。
純香が15歳を迎えた日、祖母は純香に一人の女性をあてがった。人を使うこともそろそろ覚えないと。そう言って玉野五十鈴という同い年の女の子を使用人として傍に置くことになった。
嬉しかった。純香にとって初めて出来た友達だった。祖母を丸め込んで同じ大学に通うことも出来たのだけど、ある事件が幸福だった純香の日常を奪い去っていく…。

「儚い羊たちの祝宴」
成金である父の一人娘である大寺鞠絵は、大学で所属していた「バベルの会」というサークルを除名されてしまう。表向きは、会費を期日までに払えなかったということだが、きっと別の理由があるのだろう。
成金の父は、食事も一流のものを食べなくてはいけないとのことで、新たに料理人を雇った。厨娘というそうだが、宴の時にだけ腕を振るう料理人なのだそうだ。
他にも、よく知りもしないくせに絵を買ったりと、どうでもいい無駄な金ばかり使う父親を軽蔑しながら、鞠絵は日々を過ごしていたのだけど…。

というような話です。
それなりに面白い作品だったかな、という感じでした。本書でこだわったという、「ラスト一行の衝撃」には、うーんそこまでかなぁ、という感じはありましたけど、全体的な雰囲気はなかなか悪くなかったと思います。
どの作品も、旧家を舞台にしていて、僕らの日常の感覚からはかけ離れた世界なんですけど、まあそういう世界の描かれ方が結構面白いですね。僕にはとてもじゃないけど許容できない環境・論理みたいなもので満ち溢れていて、凄い世界だなぁ、と思ったりします。
「ラスト一行」が冴えてるなと思ったのは、「身内に不幸がありまして」ですね。なるほど、これはちょっとびっくりという感じでした。ラスト一行が見事に決まっているな、という感じがしました。「玉野五十鈴の誉れ」も、これは「Story Seller」という本で既に読んでいた作品だったんですけど、これもなかなかラストの一行はいいなと思いました。
でも、それ以外の三つはうーんちょっとどうだろうなぁ、という感じがしました。悪くはないけど、衝撃という感じでもないな、という印象で、そこまでズバリとはまっているわけではないように感じました。
全編にわたって、「バベルの会」という大学のサークルがチラリと登場します。正体のよくわからないサークルですけど、その謎めいてるっぽさが、桜庭一樹の「青年のための読書クラブ」に出てくる読書クラブっぽい感じもして面白かったです。
正直なところ、ミステリとしての衝撃はほどほどかなという感じはありますが、全体的に抑制の利いた文章で、雰囲気がなかなかいいなという感じがしました。気が向いたら読んでみてください。

米澤穂信「儚い羊たちの祝宴」




太陽の村(朱川湊人)

リビングに置いたままのゴミ袋の方は、必要な分類をしてから、リビングやキッチンのゴミなんかを足して一杯にして、玄関の脇に置いた。
 もう六時を過ぎていて、結局一日はあっという間だったなと志保は思った。お昼ご飯が遅かったからまだお腹は空いていないのだけれど、作るだけ作っておこうと思って夕ご飯の準備を始めた。テレビは夕方のニュースをやっていて、台風情報の他に、日々起こる様々な事件や事故の情報を流していた。雨は多少弱まっている感じがした。
雨は海へと流れ込み、海水はしばらくしたら蒸発して雲になる。その雲からまた雨が降るという循環が、これまでも永遠に繰り返されてきた。人間はどうなのだろう、と志保は考えた。人間にも、同じような循環はあるのだろうか。輪廻転生という言葉を聞いたことがあるから、考え方としては昔からあるのだろうと思う。志保が知りたいのは、人間の場合、水の場合の蒸発に当たる変化の後どんな物質に変化するのか、ということだ。水は、蒸発したら雲になる。人間は何になるのだろう。その物質を見ることが出来れば、志保は生まれ変わりという考えを信じてみてもいい、と思った。

「失踪シャベル 19-11」

内容に入ろうと思います。
主人公はデブのフリーターで、週にわずかばかりのアルバイトをする以外は部屋に閉じこもってゲームばっかりしている、いわゆるオタク。
そんな主人公は、父親の定年退職の記念旅行でハワイに来た帰りの飛行機の中。旅行になんかまるで行きたくなかった主人公は不満たらたらで、ようやく楽園のような部屋に帰れるのだと思うと嬉しくて仕方なかった。
しかし、離陸後飛行機は何らかのトラブルに見まわれ墜落。目が覚めると主人公は、どこかの浜辺で子どもたちに棒でつつかれていた。
そこは日本語が通じるようだからどうやら日本らしいけど、子どもたちはみんな粗末な服を着ているし、電線もなければ自販機もない。田んぼばかりで茅葺き屋根の家と、どうみても現代の日本とは思えないところだった。
村長と呼ばれる人のところで厄介になることになったのだけど、ここに至って主人公はもうこう考えるしかなくなってしまった。
なるほど、きっと自分は大昔にタイムスリップしてしまったのだな、と…。
というような話です。
軽く読めるタイプの作品でした。まあ割と面白い、という感じでしょうか。
とにかく、軽いタッチで進んでいく物語でした。主人公がオタクなので、オタク的な話もいろいろ出てくるし、主人公がヘタレなので脱力するような場面も多々ありました。キャラクターもほどほどに面白く描かれていて、サクサク読めました。
まあでも、やっぱり物足りないなと感じる部分もありました。これはきっと、朱川湊人の他の作品を結構読んでるからだろうな、と思います。基本、もっと題材的にも渋く、結構感動させるような話を書く作家なんで、かなり違うタイプの作品でした。もちろん作家がいろんなタイプの作品を書くことは僕は賛成なんだけど、でもこの作品はちょっとこの作家の良さがあんまり出ていないような感じがしました。やっぱり笑わせる方向よりも、感動させる方向の作品の方が適性があるんじゃないかな、とか思ってしまいました。
最後のオチも、まあ漠然とは想像していたという感じで、でもそれはちょっと無理あるよなぁ、という感じがしました。しかもラストが結構あっさりしてて、ちょっと消化不良という感じもしました。
サクサク読める、かなり軽めの作品で、決して悪くはないと思うんだけど、そこまで強くは推せないなぁ、という感じでした。そこまでオススメという感じでもありません。

朱川湊人「太陽の村」



小暮写眞館(宮部みゆき)

志保は銀行のキャッシュカードだけは保管しておくことにし、キャッシュカードやポイントカードの類はすべて折ってからゴミ用のゴミ袋に入れた。万札も抜き取ると、牛皮の財布もゴミ用のゴミ袋に突っ込んだ。
 一杯になったゴミ袋をとりあえずリビングへと運んだ。物がなくなった部屋はがらんとして、一層寒々しくなった。志保は掃除機を掛け、固く絞ったぞうきんでタンスや机や窓を拭いた。とりあえずそれで、部屋は大体綺麗になった。部屋の印象はお母さんのイメージと結びついていて、乱雑だった部屋のイメージがそのままお母さんのイメージに重なっていた。こうやって部屋が綺麗になったからといって、志保の中のお母さんのイメージがすぐに更新されるはずもなかったけれど、優しかったお母さんのイメージが少しだけ強くなったような気がして、掃除をしてよかったと志保は思った。
 リビングに運んだゴミ袋のうち、バッグなどを放り込んだものをお母さんの部屋に持って行き、ゴミ袋に入ったまま部屋の片隅に置いた。どうしてもお金に困ったりした時には、売れば少しはお金になるだろうか、と考えた。それよりも、キャッシュカードの暗証番号を知りたい、と思った。

「失踪シャベル 19-10」

内容に入ろうと思います。
本書は、宮部みゆきの最新作で、講談社の書き下ろし100冊の1冊として発売されたものです。
舞台は郊外の寂れた商店街にある<小暮写眞館>。ここに花菱一家が引越してくるところから物語が始まります。
主人公の花菱英一は高校生で、ちょっと変わった親を持ったばっかりにヘンテコな家に住むことになってしまった。<古家あり>と表記された物件で、不動産会社としても上物を壊して新たに家を建てるだろう、つまり土地のみの物件として考えていたのだけど、両親は元写真館というその建物を面白がって、そのまま住むことに決めてしまったのだ。
英一の同級生のテンコが面白がって遊びに来たり、弟のピカが作品を飾ったりと、そんなこんなで徐々にその変な生活に慣れた頃、英一は変わった写真を手に入れることになってしまった。
それは、ある女子高生から手渡されたものだった。
その女子高生は無愛想で、ほとんど喋る間もなく立ち去って言ったのだけど、<小暮写眞館>の看板を掛けたまま人が住み始めたから、写真館を再開したのだと思ったのだという。あなたのところで撮った写真なんだから、と無理矢理おしつけられたそれは、俗に言う心霊写真というやつだった。
英一はなんだか気になってその心霊写真について調べることになってしまう。するとしばらくして英一は、心霊写真バスターだという噂が広がり始め…。
というような話です。
なかなか良い作品でした。というか宮部みゆきはやっぱりうまいですね。宮部みゆきのファンタジーものとかは正直あんまり相性よくないんだけど、現代モノの作品はやっぱりうまいな、と。僕にとっては、感動するとか染み入るという程の作品ではないのだけど、宮部みゆきの技術力の高さに感心すると言った感じです。ホント巧いと思います。
正直読み始めは、ちょっと微妙かな、と思ったんです。それは、心霊写真の調査というのが物語の本筋だと思ったからです。
正直、心霊写真の調査のくだりは、ちょっと微妙かなと思うんです。最大の理由は、心霊写真というのが、<謎>としては実に曖昧な存在だから、と言えるでしょうか。本書を心霊写真の調査がメインのミステリだと捉えた時(実際は違いますが、読み始めはそう思ったということです)、<謎>の核心部分が心霊写真なんですね。これは、どうとでも解釈しようがあるし、どうとでも話を展開させられるし、そういう意味でミステリとして扱うには微妙だなと感じたんですね。心霊写真についてあーだこーだやってるウチは、やっぱり物語の落ち着き先もちょっと安定性に欠けていた気がしますし。そういう意味で、前半はあんまり乗り切れなかったというのが正直なところです。
でも読み進めていくと、次第にこの作品が、心霊写真について調査するミステリというのがメインではないのだな、と分かってくるんですね。そうなってからの物語の転がし方は、さすがベテランという感じでした。
これは、花菱一家を中心とした家族の物語だったんです。心霊写真云々というのは、花菱英一の周囲にいる人間をさりげなく紹介し、かつ後半に関わる人々との出会いの場を演出するための導入部分なわけで、それは決して本筋ではなかったんですね。
家族の物語がメインになり始めてからは、スイスイ読み進めていくことになりました。家族の物語とは言っても、決して花菱家だけの話ってわけでもないんですね。特に、英一とある女性との関わりについてはかなり大きな展開を迎えるし、英一の友人らとの関係性もかなり重要になってくるんですけど、それでも物語の核になってくるのは、花菱家の問題なんです。これがまた、複雑ではないんだけど厄介でという感じで、誰もが蓋をして閉じ込めておいたものが、<小暮写眞館>に引っ越したことや、あるいは皆が成長していったことなんかによって徐々に蓋が外れていきます。その蓋の外れ方の描き方も巧いし、そうなってからの花菱家の変化もなるほど、という感じでした。
それになによりも、キャラクターを描くのが実に巧いんですね。本書には、魅力的なキャラクターがたくさん出てきます。主人公の英一はほどほどに常識人として描かれますけど、弟のピカは誰にでも取りいって仲良くなってしまう常勝将軍。同級生のテンコは何をやらせても万能で女子からもモテてファッションが奇抜。コゲパンは地黒なのをからかわれてはいるものの、カラッとした性格のだけど時々情熱や怒りがほとばしる女の子。英一の両親は二人共感性がズレているというかなんというか、とにかく一般的な常識の当てはまらない親だし、それはテンコの親にも当てはまる。テンコの父親は広い庭に寝袋で野宿するのが趣味なのだ。不動産屋の社長はのらりくらりしつつも芯はしっかりしてるし、不動産屋の事務員をしている垣本は無愛想で口の悪い何だか陰険な女。他にも、チラッと出てくるキャラクターも含めれば、一癖も二癖もあるのに何だか惹かれてしまうようなキャラクターがたくさん出てきます。ストーリーがどうこうというより、彼らの普段の日常を追っているだけでも充分楽しめてしまう作品だなと思います。
特に僕は、英一の弟であるピカが素晴らしいと思いますね。大人びている自分と子どもの自分を自在に使い分け、それでいてズルいわけでもなくて誠実で、まだ子どもなのに子どものままではいられない自分にいろいろ悩んだりとかして、そういうところが全体的に素晴らしいなと思いました。
というわけで、内容にはあまり触れませんでしたけど、結構面白い作品だと思います。もちろん、宮部みゆきの傑作群(と世間で評価されている作品。僕は正直、宮部みゆきの傑作群との相性は悪いんだけど)と比べれば小粒かもしれないけど、なんだかじわりと暖かいものを感じさせてくれる良い物語だと思います。長い物語ですが、結構スイスイ読めるのではないかなと思います。是非読んでみてください。

宮部みゆき「小暮写眞館」






もう誘拐なんてしない(東川篤哉)

バッグや小物もどんどんとゴミ袋に放り込んでいった。元々ファッションや化粧品にそこまで強い興味のない志保は、同じような形にしか見えないいくつかのバッグや、ぎらぎらと下品に輝くゴールドの装飾品などを見ても、欲しいとか羨ましいとかいう感情はまったく湧き起こらなかった。値の張るものもあるのかもしれないけれども、志保はそんなことにはお構いなしに、まるで投げるようにしてどんどんとゴミ袋に放り込んでいった。
 途中志保は、牛皮の財布を見つけた。開くと何枚かの万札と一緒に、いくつかのクレジットカードを見つけてぎょっとした。今では大半がゴミ袋に入ったブランド物の山を見て、もしこれをカードで買っていたとしたら、と恐ろしくなった。請求がいつ来るのか、毎月どれぐらい払っていたのかなどまったく知らないのだけれど、もし請求が来たとしても、志保は絶対に払うものか、と決めた。クレジットカードに保証人が必要なのか志保は知らなかったけれど、もしそんな仕組みがあるのだとしても、まさか志保が保証人になっているなんてことはないだろう。

「失踪シャベル 19-9」

内容に入ろうと思います。
本書は山口県の下関と福岡県の門司を舞台に狂言誘拐が繰り広げられるユーモアミステリです。
大学生の樽井翔太郎は夏休み、バイトでもしようかと思っていたのだけど、先輩に何故かたこ焼き屋の移動屋台を押し付けられ、暑いさなかたこ焼きを売ることになった。下関で売上が芳しくなかった翔太郎は、門司に遠征してたこ焼きを売っていたところ、怖そうなオッサンに追いかけられている可憐な女子高生を発見する。助けを求められてしまったのでここぞとばかりに奮闘するも、その女子高生の正体を聞いて唖然とする。
花園絵里香というその女子高生は、なんと門司を中心にシマを持つ花園組というヤクザの娘だったのだ!絵里香を追っていたのも、絵里香の護衛についていた花園組の組員で、絵里香はちょっと一人でしたい用事のために監視を振りきっただけだという。
厄介なことに巻き込まれたなと感じる翔太郎だが、さらに厄介なことに巻き込まれることになる。絵里香が、このまま下関まで連れて行ってくれというのだ。しかし絵里香の目的である用事はうまくいかなかった。絵里香には大金が必要な事情があるのだけど、しかしそれを親に出させるのはほぼ不可能だ、という絵里香の話を聞き、翔太郎は、「だったら俺がおまえを誘拐してやろうか?」と持ちかける。
狂言誘拐である。
翔太郎は、たこ焼き屋の屋台を押し付けた先輩の元へと行き、協力を求めるのだが…。
というような話です。
なかなか面白い作品でした。これはサラッと読める良作ですね。
本書の一番の魅力は、脱力っぷりの激しいユーモア的な部分でしょう。なかなか「ユーモアミステリ」と言われる作品ってないですけど、本書はその脱力っぷりが一つの大きな魅力になっていると思います。
なんというか、ストーリー展開に特に関係のないところで、どうでもいいような描写がされるんですね。うまく説明できないけど。解説にも書いてあったけど、三谷幸喜とかが映像化したら面白いかも、っていう感じの脱力さ。なんとなくわかります?ギャグとかそういうんじゃないんだけど、ストーリー展開の緊張の糸を緩めるというか、予想していなかった方向にボールを投げるとか、そういうような描写が多くて、思わずクスリとさせられてしまうようなところが多いですね。ヤクザとか出てくるんですけど、このヤクザもホントヘッポコで、そういう力の抜け加減が凄く面白いと思います。翔太郎と絵里香のちょっとエロいやり取りとか、翔太郎の力みすぎてて失敗するようなところとか、絵里香の姉の傍若無人っぷりとか、爆笑ってことはないけどクスリとさせられる描写が多いです。描かれる登場人物もみんな面白くて、マンガにしてもいいかもしれません。
その一方で、ミステリとしてもなかなか面白い展開になります。基本的には狂言誘拐がメインで話は進んでいくわけなんですけど、ミステリ的な展開はそれだけではありません。本格ミステリというにはちょっと雰囲気は違うんだけど、作品の雰囲気にあった事件とかトリックという感じで、全体のバランスがいいように感じました。後半、いろんなことがバタバタと起こり過ぎてて、ちょっとそれは偶然すぎだろとか、ちょっとどうやって真相にたどり着いたんだ、と突っ込みたくなるような部分もあるにはあるけど、でも全体の長さとかストーリーのバランスとか作品の雰囲気とかを考えると全然不自然のない展開で面白いと思いました。
この作家の作品を読むのは3作目なんだけど、これが一番面白かったかなぁ。「館島」と「密室の鍵貸します」も悪くはなかったけど、「館島」はユーモアミステリというか割と本格ミステリの雰囲気に近かったし、「密室の鍵貸します」はユーモアミステリというにはちょっとユーモア不足だったような印象があるので、本書がまさにズバリユーモアミステリという名に値するような気がします。
あと、僕は本書の表紙って凄く好きなんだけど(こういう女子高生のバックショット的な写真を使った装丁って時々あるけど、どれもなかなか様になってていいんだよなぁ)、でも作品の雰囲気とは若干合わないんだよなぁ。というわけで、もの凄くB級っぽいPOPでも作ってもらおうかなと思っています。うまくやったら売れそうな気がするよなぁ。
というわけで、本格ミステリと言えば本格ミステリではあるけど、「本格ミステリってあんまり合わないんだよなぁ」と思っている人に是非読んで欲しいと思える作品でした。本格ミステリというほどガチガチではないし、キャラクターや脱力的な描写が軽く読める作品だと思うので、是非読んでみてください。

東川篤哉「もう誘拐なんてしない」




通天閣(西加奈子)

お母さんは掃除好きというわけではなかったけれど、こまめに家中を掃除していたはずなのに、スナックで働くようになってからは自分の部屋さえも掃除しなくなったようだった。家の掃除は志保がするようになったけれど、お母さんの部屋だけは手をつけなかったから、相当年季の入った汚さだった。今日で一気に片付けてやろうと決意して、志保は気合を入れた。
 まずキッチンから大きなゴミ袋を二つ持ってきた。一つはゴミを入れる用、そしてもう一つはあちこちに散乱しているバッグなどを入れる用だ。いずれにしても、バッグや小物を一旦どこかに持っていかないと、掃除が出来ない。
 志保は部屋中にある収納されていないものを、すべて二つのゴミ袋のいずれかに放り込んでいった。部屋には、化粧品の外箱や空き瓶、煙草の吸殻、缶ビールの空き缶などあらゆるゴミがあちこちに散らばっていたけれど、志保はそれらを分類することなくゴミ用のゴミ袋にどんどん放り込んだ。分類するのは後にして、とにかく今は部屋を片付けることに専念したのだ。

「失踪シャベル 19-8」

内容に入ろうと思います。
本書は、二人の主人公の大阪での生活を交互に描いた作品です。
男は、毎日同じようなことをして生きている。生きているというか、こなしている。同じものを食べ、同じ習慣を保ち、同じ単純な仕事をずっと続けている。イライラすることばかりでやってられない人生だけど、まあいいやこれで、と投げやりにもなっている。喫茶店に行き、銭湯に行き、あるいは仕事先で新人に仕事を教え、というルーティンの生活の中に、ある時突如珍事が紛れ込んでくる。
女は、広い部屋に一人で住んでいる。ちょっと前、同棲していた相手がニューヨークに行ってしまったのだ。映像作家になるのだ、とか言って。最近はあんまり連絡も来ない。周りの人に話すと、大丈夫?といつも聞かれるのだけど、大丈夫に決まっているのだ。マメと私はちゃんと結びついているのだ。
だから、今の職場のクソみたいな人間関係にもどうにか我慢が出来ているのだ。クソみたいなオーナーと、クソみたいなホステスと、恐ろしく暗いママしかいない店だ。やってられないよ。それでも私は、マメのことを信じて、この最低な毎日を過ごしている…。
というような話です。
ちょっとなんとも言えないなー、という感じの作品でした。たぶんこの作品は、主人公の二人のどちらか(あるいは両方)を好きになれたりあるいは肩入れ出来たりするかどうかで、好き嫌いが結構変わってくるんじゃないかな、という気がします。
僕は、男の方も女の方も、そんなに好きにはなれなかったんですね。たぶんこの作品は、どこにでもいそうな、割と底辺近くで漂っている人々のありのままを描く、みたいな作品じゃないかなと思うんだけど、そのどこにでもいそうな感じがなんかなぁ、というところ。うまく説明できないけど、やっぱりもう少し変わったキャラだったり、ズレているキャラだったりする方が僕の好きな感じの作品にはなったかな、という感じがします。
男の方も女の方も、確かに境遇的にはあまり恵まれていないかもしれないし、生活自体も決して幸せとは言えない感じなのかもしれないけど、でもやっぱり普通だなぁという感じの人たちなんですね。いや、別に普通の人を主人公にしてはいけない、とかいうつもりはまったくないんだけど、この作品に関して言えば、個人的には普通すぎる人を真ん中に置くのはちょっと違うのかな、という感じがしました。
女の方は、マメというニューヨークに行ってしまった彼氏への思いばっかりが強くて、それ以外のことはどうでもいい、みたいなキャラなんだけど、マメが既にニューヨークに行ってしまっている後なので、マメとのやり取りは描かれないんですね。なので、女の方の一番の根底の部分であるマメとの生活が描かれてないので、なんとなく女の方の人間性みたいなものがうまく立ち上がっていないような気がしました。これはちょっと後付けというか、イチャモンみたいなものかもしれませんけど。
どちらかというとまだ男の方のキャラの方が人間らしくていいかなとは思いますけど。こう、普通から外れようと思っているんだけど、なんだかんだでちゃんとした人間の部分が出てしまう、みたいなところは憎めないですね。普段から文句ばっかり言ってるのに、なんだかんだ良い人だなっていう感じのキャラ。まあだからこそ、ちょっと普通だなぁ、と思ってしまうんですけど。
僕個人としては、この二人のキャラがそこまで好きになれなかったので、この二人がもう少し僕好みの描かれ方をしていれば、展開とか構成とかはまあまあよかったし、面白い作品だと思ったんじゃないかな、と思います。
個人的には、各章の初めにあった、ショートショートみたいな短いお話が結構好きでした。理不尽で一貫性のない夢を見せられているような不思議な話が多くて、面白いなという感じです。
というわけで、個人的にはそこまでオススメは出来ないですけど、この主人公二人のどっちかに肩入れできる人なら結構面白く読めるのかもしれません。

西加奈子「通天閣」





ひとりぼっちの王様とサイドスローのお姫様2(柏葉空十郎)

お母さんは掃除好きというわけではなかったけれど、こまめに家中を掃除していたはずなのに、スナックで働くようになってからは自分の部屋さえも掃除しなくなったようだった。家の掃除は志保がするようになったけれど、お母さんの部屋だけは手をつけなかったから、相当年季の入った汚さだった。今日で一気に片付けてやろうと決意して、志保は気合を入れた。
 まずキッチンから大きなゴミ袋を二つ持ってきた。一つはゴミを入れる用、そしてもう一つはあちこちに散乱しているバッグなどを入れる用だ。いずれにしても、バッグや小物を一旦どこかに持っていかないと、掃除が出来ない。
 志保は部屋中にある収納されていないものを、すべて二つのゴミ袋のいずれかに放り込んでいった。部屋には、化粧品の外箱や空き瓶、煙草の吸殻、缶ビールの空き缶などあらゆるゴミがあちこちに散らばっていたけれど、志保はそれらを分類することなくゴミ用のゴミ袋にどんどん放り込んだ。分類するのは後にして、とにかく今は部屋を片付けることに専念したのだ。

「失踪シャベル 19-7」

内容に入ろうと思います。
本書は、メディアワークス文庫の創刊時のラインナップとして出版された第一作目に続く、甲子園を目指す弱小高校野球部を描いた青春小説です。
1巻の内容をざっとおさらいするとこうです。
とある事情によって、これまで無敵のピッチャーとして活躍していた川崎巧也は、高校入学後野球部に入らず、医学部を目指すと言って勉強を始めた。一方、巧也と同じリトルリーグのチームで野球をしていた幼なじみの本田綾音は、父親の仕事の都合で外国に行くことになり、小学校時代に巧也と離れ離れに。しかし、高校になったら日本に戻り、巧也と一緒にまた野球をするべく必死で練習に明け暮れていたのだ。どんな学校なのかも碌に調べないまま、巧也が進む高校なら野球の強豪校だろうと、進学先を決めたのだった。
高校に入学した綾音は、そこが野球部すら存在しない公立高校だったことに驚き、さらに巧也が野球を止めたことを知ってさらに驚く。巧也にまた野球をやらせるべく綾音はあの手この手で巧也に迫るのだが…。
という感じです。
そして2巻の内容。
ついこの間まで野球部すら事実上存在しなかった公立高校の野球部が、夏の高校野球で私立の強豪校を破るも、甲子園出場はやはり厳しかった。
とある事情により、夏休みはバイトに明け暮れることになった野球部の面々。チームメイトである石橋蘭の父親が経営するホテルなどでアルバイトをさせてもらいつつ、午前中は野球部の練習をする、という変則的な夏休み。綾音は女子野球の代表に選ばれ遠征中で、巧也は毎日掛かってくる電話にうんざりしている。
野球の練習時間があまり取れない中で、個々人が何か得意な技を一つは身につけることを目標にしよう、と巧也が提案し、午前中の短い時間で特訓をすることになるも、もともと女子で非力な上に、成長が止まって小柄な蘭には、何を得意技にすればいいのかわからない。
そんなある日、巧也とふたりっきりになる機会があり、そこで蘭は、自分が女だという理由で男に太刀打ち出来ない哀しみを吐露する。そんな蘭に巧也は、男に真っ向勝負を仕掛ける必要はないとある秘策を伝授するのだが…。
というような話です。
ホントこの作家、面白い作品書くなー、という感じがします。もともとラノベ系の作家で、メディアワークス文庫っていうのも若干ラノベよりのレーベルだったりはするんですけど、物語はちゃんとした青春小説という感じです。しかも、ラノベ出身だからか、キャラクターを描くのがうまいうまい。本書には魅力的な要素はいろいろとあるけど、やっぱキャラクターの魅力は最高だなと思います。
このシリーズは、野球で甲子園を目指すとか言っておきながら、実は野球の練習の描写がそんなになかったりします(でも必ず、最後は強豪校との試合シーンで締めくくられていて、それがまた面白いんだなぁ)。1巻目では、巧也と綾音のあーだこーだがメインだったのに対し、2巻目は巧也と蘭のあーだこーだがメインになっています。
裏表紙の内容紹介にも書いてあるからいいと思うんだけど、本書で蘭は巧也に惹かれてしまうんですね。でも、蘭にとって綾音は、また野球をやろうと思わせてくれた恩人でもあるし、普通に親友でもある。だから巧也のことを好きになってはいけないのだけど、でも一緒にいる時間が長くなるとどうしても…、という感じで、こういう男女のあれこれを書くのがうまいなと思います。
蘭が巧也に惹かれてしまうのは、綾音が代表戦で遠征中のことで、綾音がそこから戻ってくると、まあ巧也と綾音が大変なことになったりするわけです。しかもこれがめんどくせーめんどくせー。僕は男なんで、やっぱ巧也の方に肩入れしたくなりますね。確かに、巧也の失言はちょっと酷い。ちょっと考えれば、それを言ったら相手を怒らせるだろう、とわかるはずのことをさらっと言ってしまうのだけど、にしても綾音のめんどくささはちょっとハンパないなという感じがします。まあ女性からすれば、程度の差こそあれ、綾音の言動は共感できるものなんだろうけど、でも男からすれば綾音みたいな女子はめんどくさいだけだよなぁとか思ったり。僕もまあいろいろあって、巧也と同様「来る者拒まず去る者追わず」みたいなところがあったりするんだけど、だからこそ綾音の振る舞いはめんどくさいですね。
本書で描かれている限りだと、蘭の方がいいなー。蘭はちょっと周りに気を遣いすぎるところがあって、それはそれでちょっと厄介なんだけど、でも自分のことしか考えてない綾音に比べれば断然いいな、と。って、綾音のことをボロクソに言ってますけど、これはあくまでも恋愛の部分に関してだけで、基本的に綾音も良い人なんだけどね。
前半から中盤に掛けては、野球がどうのというよりは、そういう野球部内の人間関係(というか、巧也と綾音と蘭のあーだこーだ)がメインになってくるんですけど、でもうまいのが、そういう合間にきちんと野球の話を挟みこんでくるんですよね。練習や試合なんかはあんまりしてないんだけど、そうじゃない場面でも、会話の流れの中で野球の話が出てきたりすると、高校野球に関する詳しい説明なんかが出てきたりする。元々スポーツ全般には詳しくないし、高校野球についても知らないので、本書で出てくる基本知識や雑学ぽいネタはなるほどなーという感じがします。
著者は野球(あるいは高校野球)にはかなり詳しいようで、それはラストの強豪校との試合シーンを読んでもよくわかります。エンタメとしての面白さを損なわず、かつ野球の知識のない人にも戦略や技能が伝わるような描き方が出来ていて、基本ルールぐらいしか知らない僕でも充分楽しめる試合シーンでした。マンガならそれなりに描きやすいんだろうけど、文章でしかもそんなに長いページ数を使わずに、ここまで面白い試合シーンを書けるというのはなかなか凄いなと思いました。
というわけで、総合的に見て凄く面白いエンタメ青春小説という感じです。あくまでも、野球そのものがメインというわけでもないので、王道のスポーツ青春小説を期待して読むとちょっと違うなーという感じになるかもですけど、野球を中心として高校生の青春を描いた作品と捉えれば素晴らしいエンタメ作品だと思います。野球にそこまで興味がないという人でも十分楽しめる作品だと思います。ちょっと長いけど、スイスイ読めます。是非読んでみてください!

柏葉空十郎「ひとりぼっちの王様とサイドスローのお姫様」




聖家族(古川日出男)

会田君からのメールでは、知り合いの家で床下浸水したらしいとか、電車は全部止まっているみたいだとか、この近辺の被害の状況なんかも教えてくれていた。過去五年間で最大級の台風だろうと、気象予報士が真面目な顔で言っていた。サークルで育てている花たちは大丈夫だろうか、と思ったけれど、何にせよ今出来ることは何もないと思って、考えるのを止めた。
 お昼ご飯を食べ終わると、志保はふと思い立ってお母さんの部屋へと向かった。先程キッチンを少し片付けたことが念頭にあったのだろう、どうせ時間があるならお母さんの部屋を片付けてしまおう、と思った。
 ついこの間脇坂さんに言われてお母さんの部屋を少し漁ったものの、基本的にはお母さんがいなくなった時と変わらないままの状態だった。ブランド物のバッグや小物があちこちに散乱していて、整理整頓という概念からは程遠い状態だった。

「失踪シャベル 19-6」

内容に入ろうと思いますが、これは内容紹介とかほぼ無理ですね。大枠だけざっと説明しようと思いますけど、それもうまくいくかどうか…。
物語の中心にいるのは、狗塚家と呼ばれる、青森を中心とした名家。物語に直接関わってくるのは、ばば様と呼ばれる一家の長のような存在のらいてふ、その息子・真大とその妻・有里。そしてその子どもである三兄弟。長男であり異形の者である牛一郎、次男で死刑囚である羊二郎、そして胎児と交信する妹・カナリア。
彼らの来歴、生きてきた証、その末路が描かれる壮大な物語。
ぐらいの漠然とした紹介しかちょっと僕には出来無いですね。これほど濃密な物語は、内容紹介とか無理ですよ、間違いなく。
いやー、凄い物語を読んだなぁ、というのがとりあえずの感想です。二段組みで700ページ以上というページ数もそうだけど、何よりも、描かれる物語の濃密さが凄すぎる。相変わらずの古川日出男節が炸裂する物語で、ストーリーがどうとかキャラクターがどうとかっていうような評価を一切遠ざけるような感じがします。まさに『孤高』という感じですね。基本的に作家が紡ぐ物語を読む場合、作家が作品に込めたものの10分の1ぐらい読み取れればいいかな、と僕は思っているんですけど、古川日出男の作品の場合、それが100分の1ぐらいでも仕方ないかな、と思いますね。それぐらい、古川日出男の立っている地平が遠すぎて・高すぎて、とてもじゃないけど同じ地平にはたどり着くことは出来ないという感じがします。
正直、わけわからん部分は多々あります。人にこの物語を説明するとか、僕にはちょっと出来ないですね。一体どこからこんな物語が生まれるのか、不思議で仕方ありません。物語を『創る』というのではなく、物語が『降りてくる』という感じなのかもしれないな、という気がしますね。これだけの物語を『創る』のって、人間業じゃないような気がします。
ただ、これは個人的な好みとかそういう問題だと思うんだけど、前半はハチャメチャに面白かったんだけど、後半は僕にはちょっと合いませんでした。具体的に言うと、後半の「見えない大学 附属図書館」からちょっとダメになりました。僕の印象ですけど、前半と後半で結構雰囲気が変わる気がします。前半はノリノリな感じなんだけど、後半は落ち着いているという感じで、後半の雰囲気にはあんまり馴染めなかったなぁと。最後の100ページぐらいはちょっと流し読みしてしまいました。
なんだろうなぁ。前半の、牛一郎と羊二郎のハチャメチャは話とか、狗塚家の来歴、あとよく意味はわからなかったけど真大と有里の旅路みたいな話は凄く面白かったんだけど、羊二郎が捕まっちゃった辺りから、僕の好みからすると物語が失速したかなぁという感じでした。でも、どこがどう、と言われても困るんですけどね。うまくは説明できません。
というわけですいません、僕にはこの物語についてうまく説明したり、良さを力説したりということがちょっと難しいですね。知り合いに、表現力があまりにもなさすぎて、自分が好きな対象について、「これはヤベェ。マジすげぇよ」みたいなことしか言えない人間がいるんだけど、この作品については僕もそういうようなことしか言えないですね。いやホント、これは凄い物語だと思います。これだけ長い物語なので、気軽に読んで欲しいとはなかなか言えませんけど、凄い物語だと思います。あー、この小説をもっとちゃんと理解できるだけの頭が欲しいなって感じです。

古川日出男「聖家族」




バナールな現象(奥泉光)

志保はストラップ作りに取り掛かった。作業は順調だったけれど、同じものを二つ作るというのがやはり難しかった。型紙はあるので、サイズなどは同じものを作れるのだけれど、細かな部分での失敗や僅かなサイズ違いが全体に影響を及ぼすため、慎重にやらなくてはならなかった。ストラップに出来るぐらいの小さなサイズの人形を作るのは技術的にもなかなか大変で、志保は手先に意識を集中した。雨音は一層激しくなったような気がしたけれど、激しい雨音と手芸の細かな作業が志保の頭から雑念を取り払ってくれるようで、志保は余計なことを考えずにストラップ作りに精を出した 
 どうにか形になりそうだという頃、空腹を感じた。時計を見ると既に二時に近い時間で、志保はキッチンに向かい、ありあわせのもので適当にお昼ご飯を作って食べた。ニュースでは台風の影響で、土砂崩れや津波などが各地を襲っていると伝えていた。翌朝には東北地方に抜けるようで、明日には雨も穏やかになっているだろう。

「失踪シャベル 19-5」

内容に入ろうと思います。
木苺勇一は、大学の臨時講師であり、かつ予備校講師でもある。結婚しており、妻が妊娠した。ちょうど湾岸戦争が始まった頃だ。
木苺は妻との関係がある時を境にうまくいかなくなってしまった。
妊娠を契機に、よき夫だろうとしていた木苺だったが、どうやら底の浅さを見透かされていたらしい。ある時妻が、子どもはジャズ奏者にするからと胎教を始めた。これはつまり、ちょっとおかしな状況になっていた妊娠に関わる夫婦のあり方を、その空気を変えようという提案だったわけである。しかしそこからどう転がったものか、木苺はやがて妻を撲ることになってしまった。それを境に、妻との関係がギクシャクしている。
そしてある日家に帰ると、妻の姿が見えなくなっていた…。
なんて内容紹介で終えると、ただの夫婦小説という感じがしてしまうなぁ。実際はまあまったく違うのですけど。でもこれ以上うまく、僕にはこの作品の内容をまとめられないなーという感じもします。
デビュー間もない頃の作品だと思いますけど、相変わらず奥泉光は素晴らしい作品を書くなと思います。今「シューマンの指」という最新作が物凄く評判がいいわけなんですけど、凄い作家だと思います。
本書も、僕の内容紹介を読むと、なんだか牧歌的なよくある夫婦の話か、という感じがするでしょうけど、すいません、全然違います。どちらかというと、木苺勇一が世界(とは言っても、自分の周囲の狭い世界だけど)の改変に立ち向かう、というような話です。
貧しいけどそれなりに順調だったはずの木苺の人生は、妻の妊娠を契機として変わってしまうことになります。いや、妻の妊娠が契機というか、自分たちが住む部屋を、60年代の早稲田大学の学生の下宿という設定にした頃だったか、いやそうではなくて、その部屋に飾るアフリカの地図を買い求めることに決めた時だったか。まあ契機がいつだったかは、そこまで頭のよろしくない僕にははっきりとはわからないものの、とにかくある瞬間を境に木苺の人生というのは大きく変わってしまうことになります。
その変化の第一弾が、妻の失踪です。出産を間近に控えた妻が突如いなくなってしまう。木苺はあれこれ理由をつけてちゃんと妻を探すことをしないわけなんですけど、さらにそんな木苺にいろんな状況が降りかかってくる。木苺自身にも何が起こっているのかさっぱりわからない。尾行されたり、異常に体調が悪くなったり、謎の女性が現れたり、就職先の斡旋の話がとんでもない方向に進んだりと、おかしなことになる。さらに木苺は、「もう一つの日記」を見つけてしまうことになる。これが事態をさらにややこしくわけのわからないものにさせてしまう。僕も結局何がどうなったのかまるで分からないのだけど、それでも面白い。
何が面白いんだろうなぁと考えてみるんだけど、これが結構難しい質問だったりするんですね。この作品は何が面白いんだろう。木苺という男の小市民的なせせこましさや、哲学や理屈を大仰に振りかざすような態度も面白いし、木苺が「友人」をする会話も面白い。ストーリー自体は僕にはほとんど理解できなかったのだけど(特に後半にいけばいくほど何がどうなっているんだか分からない)、でもストーリーの展開は凄く面白いと思った。特に章と章の継ぎ目が、時系列や次元が吹っ飛んでいるようなことがあったりするし、また様々に比喩的に現れる事柄がいろんなところで絡みあったりしているようなのも凄くいい。
でもこうやって文章にしても、何か違うよなぁという感じがするんですね。本書の面白さの本質を捉えきれていない感じがする。そこまで頭のよくない僕には、それを捉えて言葉にすることはちょっと難しいだろうなという感じがします。なんだかよくわからないけど、とにかく面白い、というぐらいの表現しか僕には出来無いですね。こういう物語を、もっと分析的に読める頭が欲しいなぁ、という気もしました。
たぶん僕の感想では本書の魅力はあまり伝えられていないと思うんだけど、この作品は凄く面白いと思いました。奥泉光は、作品によって当たり外れもありますけど、基本的にはもの凄い作家だと僕は思っています。是非読んでみてください。奥泉光作品で、現時点で一番好きなのは「鳥類学者のファンタジア」です。「シューマンの指」も早く読みたいところ。

奥泉光「バナールな現象」




4444(古川日出男)

そう言ってマルイさんの頭を撫でる。考えてみれば、明日でマルイさんがいなくなってから十年が経つのだ。マルイさんの失踪は、志保にとってはもう遠い昔の出来事のはずだったけれど、最近その時のことを思い返すことが増えた。マルイさんのことをほったらかしにしていたつもりはなかったのだけれど、マルイさんは志保の態度に不満だったのかもしれない。志保の頭の中に無理矢理入り込んで、忘れないでよと訴えかけているようにも思えた。
「大丈夫。マルイさんのことはホント大事にしてるし、忘れてなんかないよ」
 ホントはちょっと忘れてたし、この間は怒りに任せてマルイさんを床に叩きつけちゃったから、若干の罪悪感を抱えながらだけれど、志保はそう言いながらマルイさんの頭を撫で続けた。十年という年月の長さに思いを馳せ、これからも同じようにして時間が刻まれていけばいい、と考えていた。

「失踪シャベル 19-4」

内容に入ろうと思います。
とは思うんですけど、ちょっとこの作品は内容紹介ができるほど僕が理解出来ていないので、ちょっと内容紹介は不可能だったりするんです。すいません。
古川日出男が44歳になった今、44章からなる小説を44週に渡ってケータイサイトで連載した、とかいう4づくしの小説なんですけど、もはやなんなのか僕にはまるで分かりませんでした。いや、ホント、全然理解出来ないんです。ここまで理解出来ない小説は久しぶりで、ストーリーが何なのか、主人公が誰なのか、そもそも長編小説なのかショートショートの集まりなのかすら僕にはよくわからないという、まあそんな感じの小説でした。
というわけで、すいません、僕にはこの作品について書けることはまったくありませんです。もしかしたら素晴らしい作品だったりするのかもですけど、僕個人としてはオススメできませんです。

古川日出男「4444」




書店ポップ術 グッドセラー死闘篇(梅原潤一)

ポツポツとメールを返しながら、志保は朝ご飯を食べ、全国の台風の被害をニュースで見、食器を洗った。どうせ時間があるからと思って、流し台やコンロの周りの掃除をし、冷蔵庫の中にある賞味期限が切れている食材を探し出して捨てたりした。そんな風にしてもまだ午前中で、大学の講義がないだけでこんなに時間の過ごし方に困るのかと志保は驚いた。いかに自分が大学中心の生活を送っていたかに気がついて、教授さえ死ななかったらなと理不尽なことを思ったりした。志保は部屋に戻って、ストラップの続きでもやろうと思った。
 部屋に戻ってマルイさんの姿を見ると、そういえばと思い出して、携帯電話のカレンダーを見た。
「やっぱり。マルイさん、明日供養の日だった。ごめんごめん、いろいろ忙しくってうっかり忘れてたよ」

「失踪シャベル 19-3」

内容に入ろうと思います。
本書は、ポップ職人と言ってもいいとある書店員がこれまでに描いてきたPOPを収録した作品です。
有隣堂横浜西口店の文芸担当をしている著者は、かなりキャッチーなポップを作ることで有名な方で、梅原さんが作ったポップが印刷されて全国書店に送られたり、あるいは新聞広告に載ったりするぐらい、書店ポップに関しては相当有名な方です。あらゆる書店で使われたと言う点では、誉田哲也の「ストロベリーナイト」のポップが挙げられるでしょうか。無名だった著者のヒット作になった作品で、梅原さんが単行本時代からポップで推しまくり、文庫版の解説を書いていたりもします。本書では、帯の推薦文を誉田哲也氏が書いていたりします。
本書は見開き2ページでワンセットという作りで、左側に書影とPOPを作成した時の気持ちや注意点、そして右側に作成したポップ画像が載っている、という感じです。
梅原さんのポップは、自体や色使いやデザインなんかがかなり特徴的でパッと目に入ってくるのだけど、本書を読むと、それはあくまでも『従』であることが分かる。『主』はやはり、キャッチフレーズや文章。本書でも、POPを作成する際に、どんなことを気をつけてキャッチフレーズを考えるのか、どういう層を意図して狙った文章なのか、作品によってどんな風に文章のスタイルを変えているのか、という話が基本的にメインになってくる。そして、そこで考えた文章をいかに活かすデザインにするのか、ということが次に来る。だから、こんなカッコいいデザインのポップなんか描けないよ、と思っている書店員にも、どんな風にポップのフレーズを考えるべきなのか、という点で凄く参考になると思います。
梅原さんがの手法としてはいくつかあって、「表紙などのイメージとは真逆のPOPを作る」「内容には敢えて触れない」「放っておいても買ってくれるだろう層は敢えて無視する」「ありとあらゆる層を取り込めるようにする」などなど、まあ他にもいろいろあったりするわけなんですけど、それらを作品によって使い分けて、その本に最も合っているのではないかというポップを作り上げるのだ。
しかしまあ何よりも大事なことは、自分が読んで素晴らしいと感じた作品にポップを描くということ。本書は、ポップの本としてだけではなくて、ブックガイドとしても読める。梅原さんがが、「これは凄ぇ」と感じた作品しか載っていないわけで、その興奮度合が伝わってくる。やはりそうやって、実際に読んで思い入れの強い作品に自分の中でしてしまわないと、ポップにも力を入れることは難しいだろうと思います。
本書にも書かれていたけど、とにかく今小説の単行本というのは異常に売れない(文庫はまだある程度売れるんだけど)。入荷しても、1冊も売れずに返品なんていうのはもう常態です。そんな中で、話題作でもない小説の単行本をポップで売るというのは本当に至難の業なわけです。だから梅原さんは、小説の単行本のポップを描く時は、ちょっと読んでみてね、程度では買ってはもらえない、と書いています。もう、激賞!ぐらいの気持ちを込めないと、なかなか売れないのだとか。いや、ホントそうだなと思います。まさにそれが、副題の「死闘篇」という言葉にこめられているわけです。
本書では様々なポップが掲載されていますけど、その中で僕が一番好きなキャッチコピーは、「これが発禁じゃないなんて、表現の自由って凄ぇなあ」というもの。これはかなり印象的なフレーズだなと思います。梅原さんはこういう、短いフレーズで印象に残るような言葉を考えるのが得意みたいで羨ましいです。あと最近文庫化されて、その作品についてはまるで知らなかったけどなんとなく注目していた、椰月美智子の「しずかな日々」の単行本時のポップがあって、なるほど単行本の時から注目してたのか、やっぱり僕も頑張って文庫売ろう、と思ったりしました。
さて、僕自身のポップの話も少し書きましょう。
僕にとってポップの役割というのはいくつかあります。その中でも僕なりに最も重要だと思っている二つがあります。
それが、『目を惹くこと』と『お客さんのイメージを覆す』ことです。
僕にとって、POPの最大の役割は、とにかく『目を惹くこと』です。POPの内容はもちろん大事だと思うのだけど、最終的に僕は、買うかどうかはお客さん自身で判断して欲しい、と思ってるんです。POPで物凄く推してるから買う、というのももちろんいいんですけど、それはお客さんが自分で判断して本を買うという力をどんどん奪っていってしまうことにもなりかねないよなぁ、と思っているんです。だから、POPの文章であまり押しすぎない、というのが僕の中の一つのモットーとしてあります。
だからこそ、僕がポップに求める重要な点は、『目を惹くこと』になるわけです。とにかく、ただ置いているだけでは埋もれてしまいがちな本に、ポップがあることでお客さんの目に留まりやすくする。目に留まりさえすれば、あとは買うかどうかお客さん自身で判断してもらう。そういうスタンスです。まあこれは、文庫だからこそ出来ることなのかもしれませんけどね。本書も書かれていたように、小説の単行本の場合、こんなやり方ではなかなか売れないのかもしれません。
もう一つは、『お客さんのイメージを覆す』こと。これはどういうことかというと、本って、装丁・著者名・タイトル・内容紹介・帯などの外的な情報から、お客さんが何らかのイメージを抱くと思うんですね。「東野圭吾=ベストセラー作家」とか、「告白=映画化された奴ね」とか、「表紙がホラーっぽい=怖そうな小説なのか」などなど。
でも、いろんな要因が重なって、お客さんが抱くイメージがその本自体の中身と乖離している場合というのがあるんですね。僕はそういう場合、その差をポップで埋めようと思うことが多いです。
具体例を挙げて説明しましょう。
例えば、サイモン・シンの「フェルマーの最終定理」という本。この本は、大抵のお客さんはパッと見ただけで、「数学?難しそう」と思うでしょう、間違いなく。だからこそ僕はポップのフレーズのトップに、『数学が苦手だ、というだけの理由でこの本を読まないのは、あまりにももったいなさすぎる』と書きました。実際に、数学が苦手だという人でもかなり面白く読める本なのだけど、タイトルは難しそうだし、著者は外国人だしで、なかなか手に取れない。そのイメージとの乖離をポップで埋めよう、という感じです。
また、飛鳥井千砂の「はるがいったら」という文庫の場合、パッと表紙を見ただけだと恋愛小説っぽく見えるんですね。だからポップには、「表紙は恋愛小説に見えるけど全然違いますよ」という一文を入れる。また、「レヴォリューションNo.3」という本には、「3巻というわけではないので安心して買ってください」という一文を入れたりするわけです。
また、道尾秀介の「ソロモンの犬」が文庫で出た時は、「向日葵の咲かない夏を読んで道尾秀介から離れてしまった方。もしいたら、もう一度チャンスを下さい!」という文章を入れました。これは誉田哲也の「武士道シックスティーン」の時も同じで、「ストロベリーナイトを読んで~」という一文を入れた。僕は向日葵もストロベリーも好きですけど、どちらも超ベストセラーになった割に、ダメだった面白くなかったという評価があることを知っていたし、道尾秀介・誉田哲也という名前を見たとき、「向日葵の人か」「ストロベリーの人か」と思われて敬遠されるのも残念なので、そういう文章を入れたりしています。
こんな風に、僕にとっては、その本からお客さんがどんなイメージを抱くか、そしてその中で最もマイナスに作用しそうなイメージをどうやってポップで中和するか、という意図を持ってポップを作るケースも結構多いです。
まあそんなわけで、書店に限らず、モノを売るという仕事に関わっている人にはなかなか有益な本ではないかなと思います。ポップを作るかどうかに関わらず、どういう層を狙ってどういう言葉でアピールするか、ということが語られるので、書店員以外の方にも広く有益なのではないかなと思いました。ブックガイドとして読んでも面白いと思います。是非読んでみてください。

この本、なんとamazonで検索しても表示されないので(2010年8月10日現在)、とりあえずヤフーブックスのサイトのアドレスでも載せておきます。
http://books.yahoo.co.jp/book_detail/ABA06020/

梅原潤一「書店ポップ術 グッドセラー死闘篇」

ハニービターハニー(加藤千恵)

志保は勝手に大学は休講だろうと思っていたのだけれど、そういえば確かめてはいなかった。パソコンを立ち上げて、大学のホームページを開く。トップページに、台風のためすべての講義を一斉休講とします、とあった。志保は会田君に、うちも休講みたい、いきなり休みになると暇だね、と返した。
「真面目だな。俺の周りなんか、そもそも大学にほとんど行ってないやつが多いから、休講だろうが変わんねぇ、とか言ってるけど」
「会田君は何するの?」
「ま、ゲームかな。池上さんは?」
「私は、ストラップを作るよ」
 そんな風にして、会田君とぽつぽつとメール続けた。三日前に会ったばかりなのだけれど、立て続けにいろんなことがあったせいで、会田君に久しく会っていないような気がした。声が聞きたいと思ったれ、電話はしたくなかった。昨日叫んだからかもしれないけれど、喉の調子があまりよくないし、疲れたような声しか出せないような気がした。会田君を心配させるのも嫌だし、メールで充分、と志保は思った。

「失踪シャベル 19-2」

内容に入ろうと思います。
本書は、高校生歌人としてデビューした著者の、初の小説作品です。9つの短編が収録された短編集です。

「友だちの彼」
親友の彼氏と付き合ってる。親友とも普通に仲良くやっている。陽ちゃんは、私の方が彼女より「優しい」という。私は何も指摘しない。

「恋じゃなくても」
二ヶ月前、彼氏に「好きな人が出来た」と言われる。それからもずっと付き合っている私たち。彼氏は、その好きになった女性にアプローチをしているようだ。私は、彼が何をしているのか想像する余地を減らすために、彼女とのことを何でも話して欲しいという。

「甘く響く」
サークルの新勧飲みで出会ったミネ。ずっと気になっている。カメハメハ一族が、私たちの距離を縮めてくれる。

「スリップ」
ドーナツ屋の行列で、高校時代好きだった人と再会した。今は名古屋にいるとかで、出張で東京に来てるとのこと。それから私たちは、彼が東京に来る度に会うようになった。

「もどれない」
バイト先の先輩の彼氏がバンドをやってるとかで、なんとなくライブに行ってみることにした。そこで見た、ボーカルの彼。ライブ後の飲み会に誘われて、ボーカルの人が好きだってやっぱりそう思った。

「こなごな」
壁掛けの時計が動かなくなったせいで、彼氏の浮気を知ることになってしまった。どうしたらいいんだろう?泣くことも責めることも、大きな心で許すことだって出来ない。

「賞味期限」
冷蔵庫の中にはいつもジャムがある。私は食べない。彼がウチに来てくれないかな、そんな風に思ってしまう自分が、よくわからない。

「ねじれの位置」
大学の数学科に在籍している彼。初めのウチは、見ている世界が何もかも違うってことが新鮮だった。でもそのウチ、何もかも違うっていうことが、なんだか馬鹿にされているような感じもしてきた。

「ドライブ日和」
別れた彼からメールが来る。今私は、友人とドライブ中。温泉に向かってる。泣き喚く彼。本当に、ダメな男だった。

内容紹介をすると言っても、本書の内容紹介は本当にちょっと不可能ですね。大体こんな話、というぐらいのものしか提示できない。ストーリーはきっちりあるのだけど、それ以上に物語が感覚的なものによって支えられているので、短い言葉で内容を表現するのが凄く難しい。
女性的な感性に溢れた作品だと思いました。僕はそういうかなり女性向けの作品でも結構読める人間なんで、なかなか凄いなと思いました。著者と同い年なんですよね。同い年でこれが書けるのかぁ。
加藤千恵が描くのは、まさに『一瞬』なんです。それぞれの物語は、きちんとそれなりに時間経過のある話(つまり一瞬を切り取ったわけではないということ)なんですけど、その話の中で、加藤千恵が描こうと思っている部分はまさに『一瞬』なんだろうなと思うんです。その『一瞬』が、結末にあるというわけでもない。
恋愛において、決定的に何かが変わってしまうという『一瞬』ってあると思うんです。良い方向にも悪い方向にもそうだけど、まさに今このタイミングで男女の関係性が変わってしまった、というような『一瞬』が。加藤千恵は、まるで写真でも撮るかのように、その『一瞬』を切り取るんです。そこに、物語の焦点がグッと当たっている。ストーリー全体としては、その『一瞬』がやってきてからの二人のその後の話だったり、あるいはいろいろとあった後でその『一瞬』が訪れるだったりといくつかパターンはあるんだけど、本書で収録されたどの話も、基本的にはその『一瞬』を捉えようと言葉を紡いでいるなという感じがしました。
その『一瞬』が、男にはなかなか理解出来ないわけなんですね。本書は基本的にどれも女性視点なんですけど、描かれる男が大抵ダメなんです(もちろん良い風に描かれる男もいますけど、基本的にダメ男ばっかり)。女の側から見れば明らかな『一瞬』が、男の側からはイマイチ理解出来ない。そういう恋愛の非対称性みたいなものが浮かび上がってくる物語は、うまいと思いました。
実際本書を男が読んだら、よく分からない話もあったりするんだろうなと思います。僕は、さっきも書いたけど、自分では女性向けの作品もかなり読めると思ってるんで、僕は結構読める。女性の感情の動きとか、その『一瞬』以降見える景色が変わってしまうという感じとか、そういうのはそれなりに分かる(女性並に分かるとはさすがにとても言えないけど)。ただ男が読んだ場合、女性視点から切り取られた『一瞬』が見えないという可能性は結構あるかもしれないなと思いました。
ただ、本書はかなり素晴らしい作品集だと思うんだけど、一点だけどうしても僕としては残念なところがある。それは、一つ一つの話がちょっと短すぎるということ。
それぞれの短編が、20~30ページぐらいしかないんです。もちろん、この分量だからこそ良い、という方もいるでしょう。実際、さっきから書いているように、本書は、恋愛におけるどうしようもなく変わってしまうある『一瞬』を切り取っている作品なので、これぐらいの短さでよかったりするのかもしれません。
でも、僕の個人的な意見では、ちょっと短すぎるんですね。始まったと思ったら終わってしまったというような感じ。女性的な感性に溢れているし、シンプルな描写で実に豊かな情景を描く作家だなと思うのだけど、それでもやっぱりもう少し長い話であって欲しかった。
個人的にはどの話も、2倍ぐらいの長さでもいいんじゃないかなと思ってる。たぶんそれぐらい書ける作家なんじゃないかなと思うんですよね。ちょっとそこだけもったいない気がしました。
とはいえ、これだけの短さで、9つのまったく違う恋愛を描き分けられるというのもさすがだと思います。短歌出身というだけあって、短い描写で広がりのある世界観を描き出す力は、かなり強いなと感じました。若い作家なので、これからが楽しみだなという感じもします。個人的には是非、もう少し長い作品を書いて欲しい、と思いました。かなり女性向けな作品で、たぶん男が読んでもイマイチよくわからないという感じじゃないかなと思います。是非読んでみてください。


加藤千恵「ハニービターハニー」




死ねばいいのに(京極夏彦)

19

 朝から、窓を叩きつけるような横殴りの雨が降っていた。降っているというより飛んでくるという感じの雨で、窓に雨が当たる音も騒々しかった。身体は疲れきっていたけれど、音がうるさくて眠れそうになかった志保は、ベッドで横になりながら昨日のことを考えていた。雨が降る、と言っていた男の言葉は、当然だけどその通りになった。その言葉の意味を、志保は理解しているつもりだった。しかし、それがどのような結果を生むのか、志保にはまだ分かりかねていた。自分の立っている地面が、少しずつぐにゃぐにゃになっていくような不安定さを感じて、志保はもう一度眠りに落ちたいと思った。どうせ大学には行けないだろうし、大雨の中家に閉じこもっていたら、不安ばかりがどんどん押し寄せてくるような気がした。それなら、ずっと寝ていたかった。だけど、眠ろうとすればするほど余計に目が冴えてきて、結局諦めた志保は、いつも通りの朝を過ごすことにした。
 シャワーを浴びて部屋に戻ると、会田君からメールが来ていた。
「池上さんのとこも、休講?」

「失踪シャベル 19-1」

内容に入ろうと思います。
本書は、6編の短編が収録された連作短編集です。基本的にはどの話も筋は同じで、渡来ケンヤというなんとも言えない無礼な男が、殺人事件に巻き込まれて死んでしまったアサミという女について聞いて回る、という話です。ちょっと事情があって、最後の短編である「六人目」の内容は紹介しないことにします。

「一人目」
契約社員だったアサミが勤務していた会社の上司だった男のところにケンヤがやってくる。アサミの話を聞きたいというのだが、コイツは一体何者なのだろうか?アサミとどういう関係なのかよくわからない。それでなくてもいろいろ大変なのだ。仕事も家庭も、もう限界なのだ。こんなよく分からない男に付き合っているような暇はないのだ…。

「二人目」
アサミの住んでいた部屋の隣の住人である女性のところに、ケンヤがやってくる。アサミの話を聞きたいというのだけど、何だってこんなよくわからない男を部屋に上げる羽目になっているんだろうか。あの尻軽で男関係に軽い女の、一体何を話せばいいというのだろうか。学歴もあって仕事も出来る私にはロクな仕事は回ってこないくせに、男とヤりまくって仕事を回してもらってるような女の、何を聞きたいというのだろうか…。

「三人目」
アサミを愛人にしていたヤクザの元へケンヤがやってくる。アサミの話を聞きたいというが、なんなんだコイツは。アサミと恋愛関係でもあったのだろうか。何が聞きたいんだかもわからないが、ヤクザを目の前にしても怯んだ様子がないってのも癪に障る。そうだよ、俺はアサミを10万で買ってモノ扱いしていたさ。愛してたかだって?そりゃあ、愛してたさ…。

「四人目」
アサミの母親の元へ、ケンヤがやってくる。ロクに片付いてもいない部屋に、何だってこんな若い男を入れなくっちゃいけないんだか。どうせアサミと付き合ってた男か何かなんでしょう。何が聞きたいって?アサミなんかよりもね、私の方がずっと不幸だったよ。男運も悪かったし、幸せだったことなんかありゃしない。ホント、不幸な人生だよ…。

「五人目」
アサミの事件の捜査を担当している刑事の元にケンヤがやってくる。情報提供にやってきたのか?それとも被害者を追いかけて楽しむただの変態なのか?こちとら忙しいが、善良な一般市民なだけに、きちんと対応しないわけにもいかない。って、君はアサミの知り合いなのか?水も漏らさぬ捜査をしたはずだが、君のことはまるで浮かんでこなかったのだが…。

というような話です。
いやー、これは凄い小説でしたよ!読んでて、やっぱ京極夏彦天才だな、と僕は思いました。僕はこの作品を、史上最強の<言い訳>小説と呼ぶことにします。これは凄い。
何が凄いってまず、たったこれだけの設定で短編一つ書けちゃうってことなんです。どの短編も基本的に、アサミの関係者にケンヤが話を聞きに行くってだけで、登場人物もほぼ二人だけ。二人が、どこか室内で喋ってるっていうだけです。普通これだけの設定で物語なんて書けないですよ。三谷幸喜ぐらいじゃないですか、出来そうなのって。しかもその二人が喋ってるってだけの話が、まー面白いんですよ。
何が面白いかって、やっぱりまずケンヤのキャラクターが素晴らしいっていうところですね。僕はこの作品、それぞれの短編を舞台にしたら面白いと思ってるんです。室内で登場人物二人が喋るだけって、舞台で結構やりやすそうじゃないですか?でも、その場合凄く難しいのが、このケンヤを演じる役者さんだろうなと思うんです。
ケンヤは、無職だし、バイトをしても続かないし、学歴もなければ身元を明かすものも特にないという、引きこもっていないし完全にニートというわけでもないけど、それに近いようなそういう存在です。ケンヤは自身のことを、馬鹿で常識を知らないし頭が悪い、と自己評価をしていて、態度も悪ければ言葉遣いも乱暴で、人に話を聞くような態度じゃない。それでも、とりあえず相手の懐の内側に入り込んじゃうんですね。まずそこが凄い。普通こんな無礼極まりない男が話を聞きたいんだなんてやってきたって、追い返すだけだと思うんですよ。でも、まあ小説だからと言われたらそれまでだけど、でもそこまで無理じゃない形でケンヤは相手の懐に入り込む。これがまず凄く難しいと思うんですね。
しかもそれからケンヤは、読者がハッと思うようなことを言うわけなんですよ。これが痛快ですね。僕は、周りからどう見られているかはわからないけど、人生に対してそんなに言い訳とかしてないつもりなんです。誰が悪かった、運が悪かったなんてほとんど思ってないし、現状は自分で獲得したものだと思ってるから不幸だなんてほとんど思ったこともない。でも世間の人って、たぶんそうじゃない人の方が多いと思うんですよね。人生に対して言い訳ばっかりしてて、自分は悪くない悪いのは全部他人だあるいは運が悪いだけなんだ、と思ってたりするんだろうなと。そういう人が読むと、グサリと来るようなセリフとか表現とか結構あるんじゃないかなと思うんです。
あんまり具体的なところに触れると面白くないかもしれないけど、ケンヤが話を聞きに行く相手は、基本的にアサミのことを全然話さないんですね。ケンヤはしつこいくらい、アサミの話を聞かせてくれっていうんだけど、みんな自分の話ばっかりしてアサミの話をしない。自分の不幸話、言い訳話ばっかりしてるんだけど、それを最後の方でケンヤがするっとひっくり返してくれるんですね。しかもケンヤは、馬鹿だし頭悪いしっていう設定だから、全然難しいこととか言わないんです。ホント、シンプルなものの見方で、相手の言い分をするっとひっくり返してしまう。これは凄かったです。
それに、今っぽい若者の雰囲気をふんだんにふりまいているケンヤの描写は痛快ですね。もちろん、京極夏彦が描くケンヤというキャラクターが、どこまで今の若い世代のリアルを描いているかは僕には判断できないですけど、ごく主観的な判断をすれば、凄く的を射ているんじゃないかなと思うんです。特に、このセリフには僕は痺れました。

「馬鹿にされるのが厭だとか、出世してえとか、金が欲しいとか、そんな理由つけて文句垂れてるうちは甘えてるって話だって。それなら引き籠ってる奴らの方がずっと弁えてるってことじゃん。あいつら、そんなもん一切合切捨てて、それと引き換えに部屋引き籠っtルんだぜ」

これはもう素晴らしい表現だなと思いました。僕は結構、引き籠ってる人間のこと、理解出来ないことってないんです。そんなに不自然じゃないだろ、と。もちろん、食い扶持ぐらいは自分で稼ぐべきだなとも思うんで、完全に理解できるわけじゃないんですけど、でも「引き籠ってること=悪」なんていう図式は別に理解出来ないんですよね。だって、何でわざわざ外の世界に出ないといけないわけ?僕も、出世だの大金だのそんなものまるで興味ないし、たぶん僕よりももっといろんなことに興味ない人間ってたくさんいると思うんですよ。そういう人間に、外に出て何をしろと?自分が求めているものが、部屋の中ですべて手に入るんだとしたら、別に外に出る必要なくない?とか思うんですよね。もちろんもう一回書くけど、食い扶持は自分で稼ぐべきだと思うけど、とりあえずそれは議論の対象外にしてます。
部屋に引き籠らないで外に出ることを選択したってことはさ、すっげー辛いことだってたくさんあるってことも受け入れたってことだと思うんですよ。実際、生きてくのって辛いですよ。すげー大変だし、僕も昔からずっーとギリギリのラインでなんとか生きてるっていう実感があります。自分の思い通りになんていかないし、嫌なことだってたくさんあるし、嫌なことしかないかもしれないけど、でも正直、それって全部自分で選択してるんですよね。だって、嫌だったら逃げればいいし、最悪引き篭ればいい。でも、嫌でもなんでも外の世界で生きたいっていうんだったらさ、それはすっげー辛いことだって受け入れるしかないと思うし、それこそ本書のタイトル通り、それが我慢出来ないっていうなら、<死ねばいいのに>って感じですよね。僕は結構そんな風に思って生きてます。幸せを追い求めるより、いかに不幸なことを遠ざけるか、そうやって死にたくなるような気持ちをいかに遠ざけるかっていうのを人生の主眼にしてます。だって僕は、自殺が出来ないということをもう実地で知ってしまったから。だから、なんだかんだで生きていくしかない。無理でも辛くても、しがみついてでも生きていくしかないんです。だったら、どうやって楽しい人生を送るかじゃなくて、いかに苦痛を取り除くかで人生を判断しています。だから今、フリーターでふらふらした生活をしてるけど、それでも僕は、上司や部下からのストレスもないし、結婚願望なんてないし、ローンを組んで返済に追われてるなんてこともないしで、幸せですよ。不幸ではないし、死にたくならないという意味で、僕は幸せです。それ以上、何か望むことってありますか?って感じです。
そんなわけで、本作品とは関係ないことをずらずら書きましたけど、とにかくこれは素晴らしい作品ですよ。人生に不満持ってる人は、とにかく読んだほうがいいと思う。ケンヤのシンプルな理屈に、ハッとさせられるんじゃないかなと思います。
びっくりしたのが、amazonでの評価があんまりよくないこと。嘘でしょ?こんな傑作なのに、何がダメなのか僕にはまるでわからん。大絶賛の作品です。是非読んでみてください!

京極夏彦「死ねばいいのに」






メグル(乾ルカ)

志保はぜいぜいと荒い呼吸を繰り返した。心臓が痛いくらい早く鼓動を打っている。雲の切れ間から一瞬だけ月が顔を覗かせた。志保は、このまま狼になってしまいたいと思った。そうすれば、目の前にいる男の喉笛を掻っ切ることが出来るのに、と。
「私は、自分が正しいと思ったことをすることしか出来ない」
 男はそう言うと、志保の車から離れた。志保はしばらく男の後ろ姿を見ていた。志保にはもう、正しいことがなんなのか、分からなくなりつつあった。
 後悔だけはしたくない。
 今の志保には、その考えだけが頼りだった。自分が選んだ、最良のはずの選択肢にすがりつくしか方法はなかった。ずっと全身に力を入れていたようで、それに気づいた時には、身体中が恐ろしく強ばっていた。軋む身体に鞭打つようにして車へと向かった。砂漠で穴を掘るような無意味な展開になるのかもしれないけれど、それでも志保はやり遂げようと思った。

「失踪シャベル 18-5」

内容に入ろうと思います。
本書は、先ごろ別の作品でですが、直木賞候補にもなった、話題の新人の連作短編集です。5つの短編が収録されています。
まず全体の設定を書いておきましょう。どの話も、ある大学に通う大学生が主人公です。彼らは、学生部という学生にアルバイトを斡旋する部署にいる、悠木さんというよくわからない迫力を持つ職員に、「断らないでね」と半ば無理矢理アルバイトを押し付けらてしまいます。よくわからないまま、彼らはアルバイトに向かうことになるのですが…。

「ヒカレル」
高橋健二は、アルバイトでも探そうかとフラリとよった学生部で、突然悠木さんにアルバイトを押し付けられる。それは、今日の夜からという急ぎのアルバイトで、しかし報酬は5万円となかなか悪くない。早速向かった寺で仕事内容を聞くと、一晩中寝ていればいい、いや嫌なら寝なくてもいいんだけど、とよくわからないことを言われる。
「引き手」になってしまった人の手をずっと繋いでいる、というのが仕事のようだ…。

「モドル」
飯島涼子には、とにかく家にいたくない事情があった。「勉強しないと」という学生最大の言い分を駆使してなるべく家にいなくていいようにはしているものの、どうにも時間を持て余すこともある。それならと、学生部でアルバイトの募集を探してみることにした。
そこで悠木さんに押し付けられたのが、とある病院の売店の商品の入れ替え作業のアルバイト。父親が入院していた病院だ…。

「アタエル」
高口康夫は、学生部の掲示板に貼られたアルバイトの募集で、とんでもなく条件のいいものを見つけてしまった。二週間、一日一度、犬の餌やりをするだけで一日一万円もらえる、というのだ。しかし、そのアルバイトの申請をしようとすると、学生部の悠木さんに止められてしまう。あなたは行くべきではない、と。それを、学生部特有の嫌がらせだと受け取った高口は、なんとか無理矢理そのアルバイトをすることになったのだ。
猛犬がいるということで有名らしいお屋敷で依頼された仕事は、確かに餌やりだったのだけど…。

「タベル」
橋爪啓太は、飲み終わったゼリー飲料の空容器を捨てようと学生部に立ち寄ったところ、悠木さんに無理矢理アルバイトを押し付けられてしまった。それは時給5千円と破格だったが、仕事内容が『食事』だという。特にお金に困っていない橋爪はなんとか断ろうとするが、うまくいかない。
しかしよりにもよって仕事内容が『食事』とは…。

「メグル」
悠木さんと一緒に学生部の職員として働く大橋冬樹は、今年もまた悠木さんに呼び止められ、とあるアルバイトを打診される。5年前、学生だった悠木さんから何故かそのアルバイトを紹介された時から、毎年ずっと同じアルバイトを大橋は続けている。
5年前、悠木さんに押し付けられたアルバイトは、何故か自分が今住んでいる家で行われることになっていた…。

というような話です。
これはなかなか面白い作品でした。まったく知らない作家でしたが、これは注目の作家だなと思います。
まず設定が秀逸。普通アルバイトというのは、アルバイトをしようと思った人間が自発的にするもののはずなんだけど、本書の学生たちは、一つの例外を除いてみな、無理矢理やらされている、という立ち位置なわけです。普通の設定ではなかなかこの違和感バリバリの冒頭は処理出来ないと思うんだけど、大学の学生部というのはうまい設定ですよね。確かに、なんとなくのイメージだけど(大学時代、そういうところでバイトの紹介を受けたことがないので)、大学の学生部になら変なアルバイトの募集も来そうだし(普通の募集ではなかなか難しいものとか)、学生もまあとりあえず暇なわけで、無理矢理という意味不明な状況であっても、とりあえずアルバイトをするという流れに持っていくことは出来ますよね。
しかしその胡散臭いアルバイトの紹介をするのが、これまた謎めいた女性である悠木さん。ほとんど物語の初めと終わりにしか登場しないのに、存在感が凄まじいです。何故「断らないでね」と強気に言えるのか、何故学生の名前を覚えているのかなど、謎めいたところは多々あって(一応書いておくけど、これらの謎が解消されるということはありません)、その謎めいたところが魅力的に映る女性ですね。
話もなかなか面白いです。オチが想像しやすい、という難点はありますが、奇妙な設定を描くだけでなく、その奇妙な状況に直面した人間、個々人の事情、それからの人生、みたいなものをきっちりと描いていて、面白いなと思いました。
個人的に好きな話は、「タベル」と「メグル」。「タベル」は本作中一番の秀作ではないかと思う。何よりも、主人公ではない方の小泉という男が実に素晴らしいではないか。「食べる」ということを通じて、短い話の中でいろいろ伝えようとしているところはなかなかいいなと。
「メグル」は、結局そういうオチなのか、というオチの安易さはちょっと微妙かなと思ったけど、なんだか爽やかな話で好きです。それまでの4作と設定が異なるというのも面白かったですしね。
「ヒカレル」「モドル」「アタエル」は、どの話も基本オチが結構早い段階で分かってしまったリしたのだけど、作品全体のトーンみたいなものはかなりいいと思います。特に、「ヒカレル」は、その異常な設定と異常な展開になかなか驚くのではないかと思うので、作品の冒頭の掴みとしてかなりいいと思います。「モドル」は正直、全作品中一番地味だったかな。「アタエル」はなんとなくオチが分かってしまったとはいえ、なかなか衝撃的な話で、凄い話を考えるものだなと思いました。
まったく知らない作家でしたけど(僕はどうしても、海月ルイと被るんです。乾ルイという作家についてきちんと認識するまでは、同じ作家だとなんとなく思ってました)、これはかなり注目すべき作家だなと思います。ホント今年は、新人の作品がかなり秀逸だなと思います(あくまで僕が読んだもの基準なので、今年デビューしたとかそういうこととは無関係ですけど)。デビュー作の「夏光」も近いうちに文庫化するとのことで、これは力を入れて売っていこうかなと思っておりますですよ。是非読んでみてください。

乾ルカ「メグル」




あなたのための物語(長谷敏司)

志保はその瞬間、脳裏に様々な場面が押し寄せてくるのを感じた。お母さんがいなくなった朝の違和感、穴を掘っている時の焦り、父親の浮気相手からの電話への怒り、マルイさんがいなくなった時の哀しみ、お母さんのビーフシチューの味、アカネちゃんの失踪の困惑。そうした様々な断片が渾然一体となって、やがてそれは昨日初めて見た脇坂さんの姿に収斂していく。昨日会った脇坂さんと、志保の空想の中の血まみれの脇坂さんが二重写しになり、志保を苦しめる。その苦しみのすべての原因が、目の前の男にあるような気になって、志保の怒りは頂点に達した。
「あんたが全部悪いんだよ!」
 志保は、怒りのすべてを鋭いトゲのような声に変換して、一気に解き放った。
「あんたが浮気なんかしなかったら、こんなことにはならなかったよ!全部あんたのせいだよ!今更なんだよ!こんな時ばっかり顔出して、それで何がお前は間違っているだよ!いい加減にしろよ!」

「失踪シャベル 18-4」

内容に入ろうと思います。
舞台は西暦2083年アメリカ。ニューロロジカル社の共同経営者にして研究者のサマンサ・ウォーカーは、擬似神経の世界での成功者だった。ITPと呼ばれるその仕組みは、脳内に擬似神経を埋め込むことで、言語を介すことなく感情や経験を伝達できるというものだ。ITPはまだ研究段階であるにも関わらず、ITPは創造性を失わせるという批判が持ち上がったために、ITPには創造性を生み出すことが出来ると証明するために、<wanna be>と名付けた仮想人格を作り出し、小説を書かせるという実験を始めた。
そんな中、サマンサ自身も脳内にITPを移植する手術を受けたのだけど、その検査の過程で、現時点での医療技術では治療困難な難病に罹っていることを知らされる。
余命半年と宣告されながらも、ITPの致命的な欠陥である『平板化』の問題を解消しようと研究を続けるサマンサだったが…。
というような話です。
SF作品として、世間的には凄く評価が高いようなんですけど、正直僕にはまったく無理でした。文章が悪いのかジャンル的に合わないだけなのか(基本SFってそんなに得意ではないんです)、全然文章が頭に入ってこないし、ストーリーもなんだかなぁという感じでした。まあでも何にせよ一番辛かったのは、全然読み進められないという点ですね。ホント、遅々として進まない、という感じでした。
ITPに関する事柄がまるで理解できなかった、というのも辛いところでした。ITP自体についてはたぶんそれなりに理解出来ていると思います。要するにたぶんこういうこと。プロのピアニストの中の、ピアノを弾く部分に関わる神経を擬似神経で再現し、それを脳内に移植することで、突然プロ並みにピアノが弾けるようになる、みたいなのがITPの仕組みだと思う。でも、平板化がどうのとか、平板化が起こる原因、その対応策、あるいはITPの実用化に向けたいくつかの問題点などは、詳しくあれこれ書いてあるんですけど、僕には何を言ってるんだかまるで理解出来ないような話がほとんどでした。特に平板化がどうして起こるのかなんて話は、まったく理解出来ないと言ってもいいくらいでした。
というわけで、世間的には凄く評価の高い作品のようですが、僕にはまったく合わない作品でした。残念。僕は、こちらも世間的に凄く評価の高い、伊藤計劃「
虐殺器官」も、何が面白いのかイマイチよくわからないという人間なので、まあ仕方ないかなという気はします。個人的にはオススメは出来ないです。

追記)amazonのレビュアーの評価の高いことといったら。6人全員が5つ星ですよ。

長谷敏司「あなたのための物語」






ふがいない僕は空を見た(窪美澄)

「だから?」
 志保は、男の言いたいことが分かりながらも、弱気な部分を見せたくなくて、強がってそう言った。
「たぶん、雨が降る」
「当たり前でしょ」
 男は黙って志保のことを見続けていた。何を考えているのか分からない目をしていた。怖い、という感情は今日も沸き起こらなかった。志保の内側にあったのは怒りの感情だけで、その怒りが自分の身体をどんどん大きくしていくような気がした。気分としては、目の前にいるガタイのいい男よりもずっと身体が大きくなっているような感じだった。今なら男を倒せるんじゃないかと、祈りにも近い思いを抱いたりもした。
「志保、お前は」
「私の名前を呼ばないで!」
 志保は絶叫した。自分にこんなに大きな声が出せるんだと驚くくらい大きな声だった。風に乗って男の元に届いたその声は、もし質量があれば男の身体を倒すことが出来たのではないかと思えるほどだった。
「お前は間違っている」
 志保の声に気圧された男は、弱々しい声でそう言った。

「失踪シャベル 18-3」

内容に入ろうと思います。
本書は、本書収録の「ミクマリ」で、「女による女のためのR-18文学賞」を受賞した著者による、連作短編集です。本書がデビュー作です。
普段ならそれぞれの短編を紹介するんですが、本書は全体の繋がりが見事で一つの長編作品として読めること、また短編をバラバラに紹介しても全体の雰囲気をうまく説明できないと判断したので、長編のように内容を紹介しようと思います。
一応各短編のタイトルだけ下に書いてきます。

「ミクマリ」
「世界ヲ覆フ蜘蛛ノ糸」
「2035年のオーガズム」
「セイタカアワダチソウの空」
「花粉・受粉」

物語の中心には、高校一年生の斎藤卓巳がいます。自宅で助産婦をしている母親に育てられた卓巳は、子供の頃からお産の手伝いをするような優しい男の子。父親がいないという環境でもきちんと育っていました。
しかしある時から卓巳の生活は一変することになります。友人に連れ出されて行ったコミケで出会った変態主婦・あんずと、日常的にセックスをするような関係になったのだ。とはいえそれは、コスプレをし、あんずの作った台本通りに展開していくという奇妙なセックス。とはいえ卓巳は、ずっと好きだったクラスメート・松永に告白されたのに、頭の中はあんずのことで一杯だったのだ。
そのあんずはというと、ずっといじめられてきた過去を持ち、特に好きだというわけでもない男と結婚をし、子供が出来ないまま今に至っている。二人共特に子供が欲しいというわけではないのに、旦那の母親がどうしても孫が欲しいようで、大金をつぎ込んであんずに不妊治療を受けさせている。
卓巳に告白をした松永は、高校生になったら胸がもう少し大きくなるはずなのに、と思っていた女の子。夏の間に卓巳とセックスをしているはずだったのに、全然そんな風になってない。しかも卓巳のあんな噂を耳にしてしまい…。
卓巳の親友である福田は、母親がいなくなり限界まで最低限の生活をしている。なんとかこの境遇から抜け出したいと思う一方で、やり場のない鬱屈をある行動に向けたりしてしまう…。
というような感じで、高校生の斎藤卓巳を中心に、複雑な人間模様を描いた作品です。
いやー、これは素晴らしい作品だなと思いました。新人のデビュー作とは思えないほどの質で、正直驚きました。でも正直、この作品の良さをうまく言葉で表現できる自信はちょっとないんですよね。
全編にわたって、非常に女性的な感性に溢れた作品です。僕は、かなり女性向けの作品がイケる人間なんですけど、もしかしたら男性にはあまり向かない作品かもしれないとは思います。女性から見たセックスや、出産・不妊治療・嫉妬と言ったものが描かれていて、その生々しさが凄いと思いました。
「ミクマリ」は凄く短い話で、何でこんな話がこれほど気になるんだろうというような、ストーリー的にはさほどどうってこともない話なんですけど、これはもの凄く吸引力のある物語だと思いました。その後に続く物語の世界観の導入としては見事だし、短い話なのに初めと終わりの落差がかなりある。危ういバランスで成り立っている人間関係の微妙さを良く描いていると思ったし、斎藤卓巳にしてもあんずにしても、なんかそれちょっとどうなのよと思えるようなそこまで共感を誘う物語でもないはずなのに、読まされてしまう。ホントに、冒頭から引張られるような物語でした。
「世界ヲ覆フ蜘蛛ノ糸」も凄いです。この作品は、メインで出てくる人が4人しかいないのに、実に濃密です。特に不妊治療を無理矢理やらせる義母の存在が恐ろしいなと思いました。いじめられ続け、好きでもない男と結婚し、さらに子供が出来ないと言って責められる女性の心理を重苦しくなく描いていていいと思います。とにかく、世界のどうにもならなさ、世界に対する自分の無力さみたいなものがにじみ出ている作品で凄いと思います。
「2035年のオーガズム」は一転、女子高生が主人公の話。作品全体のトーンを崩すことなく、鬱屈した主婦と思春期真っ只中の女子高生を両方共きちんと描いているというのがいいですね。松永にしたら、全部何もかもうまく行くはずだったのに、それとは真逆で何もかもうまくいかないという状況の中、それでも卓巳が好きだ、ということを確認する物語。松永の兄の話もなかなか強烈でインパクトがあります。
「花粉・受粉」は、助産婦である卓巳の母親の話。セックスから始まった物語が、子供を産むという物語で終わるというのが実に象徴的だと思いました。卓巳もあんずも松永も、結局セックスってすべてここにたどり着くんだよ、みたいな感じに僕は受け取りました。
しかし何よりも個人的に一番グッときた話が、「セイタカアワダチソウの空」です。この短編は凄いな、と思いました。昔、是枝裕和監督の「誰も知らない」という作品を見て衝撃を受けた記憶がありますが、この「セイタカアワダチソウの空」という短編は「誰も知らない」と似た雰囲気を感じさせるな、と思いました。様々に事情があって、最底辺に近いところでの生活を余儀なくされている福田。その厳しい日常生活と積もっていく鬱屈。理由など付けられないだろうけど、つい加担してしまったある悪事。
そんなマイナスの連鎖からなんとか抜け出したい福田は、バイト先にいる人から勉強を教わることにする。超有名大学を卒業したらしいのだがコンビニでアルバイトをしているという謎めいた存在だけど、福田や友達に親切にしてくれるのだ。しかし…という感じで、どうやっても割り切れない、割り切りたくもない、でも現実にこういう子供だって世の中にたくさんいるんだろう、と思わされるような話でした。この作品は、全体としてはかなり女性向けの作品だろうと思うのだけど、この「セイタカアワダチソウの空」だけは男女共にいけると思います。例えば冒頭の話を読んで、なんかなーと思った男性がいたら、とりあえず全部すっとばして「セイタカアワダチソウの空」を読んでみて欲しいなと思います。
この作品ももちろん素晴らしい傑作だと思うのですけど、僕は本書を読んで、この作家はいつか超大傑作を物すのではないか、という予感を抱いて、その予感にやられました。凄い作家になるのではないか、なんて期待しすぎると作家さんにプレッシャーかもですけど(とはいえ、著者さんがこのサイトを見ることもないでしょうけど)、これからかなり期待大の作家だなと思いました。皆さんも是非注目してみてください。凄い新人が現れた、という感じです。是非読んでみてください。

窪美澄「ふがいない僕は空を見た」





モップガール(加藤実秋)

風はどんどんと強くなり、穴を掘る手をおぼつかなくさせていく。余計な力が入るせいで、力の抜きどころが分かった今でも、疲労が溜まっていくのが早い。時折、身体ごと吹っ飛ばされてしまうような突風が志保を襲い、雑念ばかりが増えていった。精神統一としての穴掘りはあくまで理想論であって、現実には坐禅のようにはうまくいかないのだなと思った。
 どうにか穴掘りを終えた志保は、森の入口に停めた車まで戻った。半ば予想していたことだったけれど、今日も前の時と同じ男が、志保の車の傍に立っているのだった。
「また?」
 志保は不愉快さを隠すこともなく、刺々しい口調でそう言った。風が強いからだろうか、男は煙草を吸っていなかった。
「明日は台風だそうだ」
 天気予報を見るような習慣はあまりないけれど、なるほど台風が来ると言われれば納得しそうな天候ではある。

「失踪シャベル 18-2」

内容に入ろうと思います。
本書は、特殊な清掃会社でアルバイトをすることになった長谷川桃子を主人公にした、4編の短編が収録された連作短編集です。
まず全体の設定から。
長谷川桃子は、自分の才能を活かせる場がどこかにあるはずだと思い、前向きな気持ちでフリーター生活をしている女の子。清掃のアルバイトの広告を見て面接に行くと、その日の内に現場に行かされることになったのだけど、なんとそれが死人が出た部屋の清掃だった。そういう特殊な清掃も扱っている会社だったのだ。
犬のことしか頭にない社長、売れない劇団に所属しその時その時で振られる役になりきって日常生活を送る重男、イケメンの癖に能面のようでほとんど喋りもしない遅刻魔・翔、そんな翔にガツガツアプローチを掛けているギャルファッション全開の未樹など、変人だらけの中、時代劇オタクの桃子も次第に馴染んでいく。
桃子は時折片耳だけ難聴になるのだが、そのタイミングで特殊な清掃現場に行くと、五感のどれかがおかしくなるという異常が起こる。その現場に関わりのある人の思いが桃子に何らかの影響を与えているようなのだが…。

「おわりの町」
会社経営者の妻が殺された現場を清掃中、何故か外国の風景が浮かび、以後その光景に悩まされることになる。事件に関わりがあるのだろうと思い、翔と一緒に事件を調べることになるのだが…。

「赤い衝撃」
飛び降り自殺の現場付近の道路を清掃した直後、何故か高級フランス料理を食べることになった桃子だったが、そこで突然、どんなものを食べても「赤いきつね」の味しかしないようになってしまう。そこで今度もまた翔と一緒に、飛び降り自殺をした人について調べることになるのだが…。

「ファンハウス」
元華族が住んでいたという、廃墟と化した洋館を清掃することになった一向だが、そこで桃子は死体を見つけてしまう。どうやら、認知症を発症し施設にいたはずの元当主のようだ。その直後、桃子の鼻がある匂いしか感じられなくなってしまう。どこかで嗅いだことがあるその匂いの原因を探るべく、また翔とその華族について調べるのだが…。

「ブラッシュボーイ」
翔が明らかにおかしい。これまでに関わったいろんな事件でも、なんとなくおかしいという断片は垣間見えていたが、やはりいつもとは違う。
そんな折、とあるきっかけで知り合った人の会社の社員が行方不明になっていることを知る。それが翔が調べている件に関わってくると直感した桃子は、独自にその行方不明になった社員について調査を始めるのだけど…。

というような話です。っていうか、内容紹介とかいいながら、ほとんど意味のない内容紹介ですね。まあそれも多少は仕方ないんです。というのも、正直に言ってしまえば、物語的にはまあほどほどかな、という感じの作品だったんです。いや、決して悪くはないんですよ。でも、ちょっと深みがないかなー、という印象はありました。なんとなく、「名探偵コナン」を読んでるみたいな感じ(笑)。いや、「名探偵コナン」は大好きですけどね。
なんというか、それぞれの短編の謎というか背景というか、そういうものはちょっとありきたりだなと思いました。決して悪いわけではないのだけど、ちょっとなぁ、という感じ。
しかしですね、その物語の欠点(とまではいかないのだけど)を補って余りあるほど、設定とキャラクターが面白いと思いました。キャラクター小説としては相当秀逸だなと思います。決して悪い意味ではなく、マンガ的な感じで、キャラクターが自在に飛び跳ねているというような自由さを感じました。
メインとなるキャラクターは凄く少ないんです。さっきも書いた、犬好き社長、売れない役者、無口なイケメン、派手なギャル、時代劇オタクという感じ。しかしこの五人の掛け合い・やり取りはとにかく面白すぎる!変人大好きな僕としては凄く好みのキャラクターたちです。正直、本書の物語の部分だけだったら及第点ギリギリかちょっと落ちてるみたいな感じもあるんですけど、それをキャラクターの力でグーンと面白くしているという感じです。
みんな、自分の信じる道をきっちり歩んでいる、というところが凄くいい。誰にどう思われようと、自分を貫くぞ、みたいな強い意志を感じる。桃子と未樹は、性格も生き方もまるで違う女性だけど、それぞれが自分の生き方を全力で追求しているという点では同じ。特に未樹なんか結構アリだなぁー。僕はオンナオンナした感じの女性って基本的に好きになれないんだけど、未樹はただそれだけの女性ってわけでもない。恋愛命!って感じだけど、でも自分ってものをきっちりと持ってるし、自分の頭できっちりと考えてる。それに、スタイルが良いっていうのはやっぱポイント高いよなぁ(笑)。
翔のストイックな生き方はなかなか真似できる人はいないだろうし、普段無口な癖に人と話して何か調査するなんていうのは憎らしいほど上手い。重男の、その時々の役柄を日常生活でやるっていうのは、ストーリーにもかなりうまく組み込まれていて、こういうところは凄くこなれているなと感じた。なくてはならないアクセント的存在。仕事がバリバリ出来るというのも好印象だし。
そして何よりも、社長の存在感はピカイチ!掃除の業務は基本何もしないし、口を開けば犬の話ばっかり。しかも大の犬好きなのに犬の毛アレルギーという不幸な人で、ストレスがたまると、「大」という字を「犬」に書き換えてしまうというはた迷惑な人(笑)。なのに、ここぞという時に良いアシストをするんだよなぁ。出てくる場面は凄く少ないくせに、凄く印象に残るキャラクターです。
そんなわけで、ストーリーの平凡さをキャラクターがふんだんに補って飾り付けしているために、結構面白い作品に仕上がっていると思います。これはマンガにしても結構面白くなるだろうなー、という感じ。
設定もなかなか面白いと思いました。何故か五感のどれかがおかしくなってしまうというSFチックな設定ですけど、非現実的にならないようにうまいこと扱っていると思う。毎回どの五感が影響を受けるかが変わるのも上手い。もちろんストーリーによっては、ちょっとそれは無理やりだなぁ、と感じるものもあるのだけど、キャラクター達が実によく動いてくれるので、面白いと思う。
装丁もなかなか目を惹く感じだし、もう一回チャレンジしてみようかな。昔売ろうと思ってあんまり売れなかった記憶があるんだけど。小説としての深みはあまりないけど、軽くさらっと読めるなかなかよく出来た小説だと思います。是非読んでみてください。

加藤実秋「モップガール」




 | ホーム |  »

プロフィール

通りすがり

Author:通りすがり
災害エバノ(災害時に役立ちそうな情報をまとめたサイト)

サイト全体の索引
--------------------------
著者名で記事を分けています

あ行
か行
さ行
た行
な行
は行
ま行
や行~わ行

乃木坂46関係の記事をまとめました
(「Nogizaka Journal」様に記事を掲載させていただいています)

本の感想以外の文章の索引(映画の感想もここにあります)

この本は、こんな人に読んで欲しい!!part1
この本は、こんな人に読んで欲しい!!part2

BL作品の感想をまとめました

管理人自身が選ぶ良記事リスト

アクセス数ランキングトップ50

TOEICの勉強を一切せずに、7ヶ月で485点から710点に上げた勉強法

一年間の勉強で、宅建・簿記2級を含む8つの資格に合格する勉強法

国語の授業が嫌いで仕方なかった僕が考える、「本の読み方・本屋の使い方」

2014の短歌まとめ



------------------------

本をたくさん読みます。
映画もたまに見ます。
短歌をやってた時期もあります。
資格を取りまくったこともあります。
英語を勉強してます。













下のバナーをクリックしていただけると、ブログのランキングが上がるっぽいです。気が向いた方、ご協力お願いします。
にほんブログ村 本ブログへ
にほんブログ村

アフィリエイトです

アクセスランキング

[ジャンルランキング]
本・雑誌
16位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
和書
11位
アクセスランキングを見る>>

アフィリエイトです

サイト内検索 作家名・作品名等を入れてみてくださいな

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

月別アーカイブ

Powered By FC2ブログ

今すぐブログを作ろう!

Powered By FC2ブログ

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR

カウンター

2013年ベスト

2013年の個人的ベストです。

小説

1位 宮部みゆき「ソロモンの偽証
2位 雛倉さりえ「ジェリー・フィッシュ
3位 山下卓「ノーサイドじゃ終わらない
4位 野崎まど「know
5位 笹本稜平「遺産
6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
7位 須賀しのぶ「北の舞姫 永遠の曠野 <芙蓉千里>シリーズ」
8位 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日
9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
16位 藤谷治「世界でいちばん美しい
17位 神林長平「言壺
18位 中脇初枝「わたしを見つけて
19位 奥泉光「黄色い水着の謎
20位 福澤徹三「東京難民


新書

1位 森博嗣「「やりがいのある仕事」という幻想
2位 青木薫「宇宙はなぜこのような宇宙なのか 人間原理と宇宙論」 3位 梅原大吾「勝ち続ける意志力
4位 平田オリザ「わかりあえないことから
5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
6位 小阪裕司「「心の時代」にモノを売る方法
7位 渡邉十絲子「今を生きるための現代詩
8位 更科功「化石の分子生物学
9位 坂口恭平「モバイルハウス 三万円で家をつくる
10位 山崎亮「コミュニティデザインの時代


小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
10位 エイドリアン・べジャン+J・ペタ―・ゼイン「流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則
11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
7位 ジュディ・ダットン「理系の子
8位 笹原瑠似子「おもかげ復元師
9位 古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち
10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
11位 石井光太「遺体
12位 佐野眞一「あんぽん 孫正義伝
13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
19位 二村ヒトシ「すべてはモテるためである
20位 平川克美「株式会社という病

2011年ベスト

2011年の個人的ベストです
小説
1位 千早茜「からまる
2位 朝井リョウ「星やどりの声
3位 高野和明「ジェノサイド
4位 三浦しをん「舟を編む
5位 百田尚樹「錨を上げよ
6位 今村夏子「こちらあみ子
7位 辻村深月「オーダーメイド殺人クラブ
8位 笹本稜平「天空への回廊
9位 地下沢中也「預言者ピッピ1巻預言者ピッピ2巻」(コミック)
10位 原田マハ「キネマの神様
11位 有川浩「県庁おもてなし課
12位 西加奈子「円卓
13位 宮下奈都「太陽のパスタ 豆のスープ
14位 辻村深月「水底フェスタ
15位 山田深夜「ロンツーは終わらない
16位 小川洋子「人質の朗読会
17位 長澤樹「消失グラデーション
18位 飛鳥井千砂「アシンメトリー
19位 松崎有理「あがり
20位 大沼紀子「てのひらの父

新書
1位 「「科学的思考」のレッスン
2位 「武器としての決断思考
3位 「街場のメディア論
4位 「デフレの正体
5位 「明日のコミュニケーション
6位 「もうダマされないための「科学」講義
7位 「自分探しと楽しさについて
8位 「ゲーテの警告
9位 「メディア・バイアス
10位 「量子力学の哲学

小説以外
1位 「死のテレビ実験
2位 「ピンポンさん
3位 「数学ガール 乱択アルゴリズム
4位 「消された一家
5位 「マネーボール
6位 「バタス 刑務所の掟
7位 「ぐろぐろ
8位 「自閉症裁判
9位 「孤独と不安のレッスン
10位 「月3万円ビジネス
番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)