黒夜行

>>2009年12月

スパイク(松尾由美)

さてというわけで今年も年の瀬となりました。このブログも、今年の更新はこれで最後、年明けは、ちょっといろいろ事情があって更新を始めるのは遅くなることでしょう。
今年も皆様一年間、この無駄に長いブログを読んでくださいましてありがとうございました。今年一年間は書店の話ということでいろいろ書きましたけど、やっぱり最後の方(というか中盤ぐらいから)適当になっていって、グダグダになってしまいました。やっぱり一年間ずっと同じ縛りで何かをやり続けるというのはなかなか厳しいものですけど、一応ずっと続けている形なので、なんとか頑張ろうと思います。
それで来年なんですが、長編の連載みたいなことをやろうと思っています。毎回書評の前に、新聞連載くらいの分量でちょっとずつ書いていく、みたいなことを計画中です。
実際、年明けの更新が遅れそうな理由はその点が大きいわけです。年末年始、わたくしはとにかく小説をバリバリ書かなくてはならないんです。
いろいろ事情があって、友人のために小説を書くことになったんです。元々、来年ブログで長編の連載をやろうかと思っていて、あるアイデアを考えていたんですけど、年末にまったく別のアイデアで小説を書くことになったわけです。年末に友人のために小説を書いて、一方でブログはブログで別の小説を書くというのもなかなか厳しいなと思ったので、友人のために書く小説をそのままチビチビと切り取って連載みたいな形にしよう、と決めました。
実際今小説を書いているところなんですけど、まあこれが進まないこと進まないこと。ブログに書くような適当な文章なら、過去最高で1時間に5000字近く書けたこともありましたけど、小説になると1時間に2000字程度が限界です。まあ書き慣れていないというのもあるんでしょうけど、なかなか厳しいものですね。年末年始の休みを目一杯使ってもちょっと書き終わらないんじゃないかと不安になってきました。一応プロットだけはもう出来ているんで、あとは組み立てるだけという感じなんですけど、普段さらっと読んでしまう小説も、書く方に回ってしまうとこんなに大変なんだなと改めて思いました。
まあそんなわけで、とりあえず内容に入ろうと思います。
江添緑は「スパイク」という名のビーグル犬を飼っている。友人から譲り受けたものだ。いつものように下北沢の街を散歩ていると、通りの角からスパイクと瓜二つのビーグル犬を連れた男性がやってきた。林幹夫という名のその男性に、緑は一目惚れしてしまった。幹夫の方から誘う形で少しだけお茶をして、連絡先を交換して別れた。次の土曜日にまた会いましょう、と約束を交わして。
そして約束の土曜日。最初にお茶をしたカフェで待っていたのだけど、幹夫は一向にやってこない。すっぽかされたのか。そんな落胆する緑を驚愕させるような出来事が起こる。なんと、連れていたビーグル犬がしゃべったのだ!一人と一匹は、待ち合わせの場所に現れなかった幹夫に何が起こったのか調べるべく、にわか探偵団を結成するのだが…。
というような話です。
もしこの作品が好きという人がいれば、それは実に申し訳ないことだけど、とにかく下手くそな小説だなぁ、と思いました。文章も下手だし、ストーリーの展開も実に下手という、素人が書いたみたいな小説だなと思いました。
文章は、読んでもらうしかないんだけど、やたら下手だなと思いました。どこがどう下手なのかというような分析的なことは書けないけど、本職の作家とは思えないレベルの文章に、ちょっと僕は驚きました。
ストーリーの展開も、本書で扱っているモチーフが実にナイーブで扱いが難しいことを差し引いても、ちょっと酷過ぎるなと思いました。ご都合主義、という言葉があるけど、まさにそんな感じで、ストーリーにとって都合のいい状況・展開がすぐさま現れるという感じだし、あらゆる箇所で、ちょっとそれは強引すぎるだろみたいな展開もありました。そもそも扱っているモチーフにも無理があるんだと思うんだけど、それにしてももう少し料理の仕方はあっただろう、と思いました。
というわけで、2009年最後にしてとんでもない駄作を引き当ててしまいました。まったくオススメできません。もう一度書きますけど、本書が好きという方がこの文章を読んでいたら、すいません。
というわけでして、今年一年のご愛顧ありがとうございました。そして、来年もまた、この更新頻度の高さと文章の長さだけがウリのブログをよろしくお願いいたします。

松尾由美「スパイク」



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ボーナス・トラック(越谷オサム)

そろそろ内容に入ろうと思います。本書は日本ファンタジーノベル大賞を受賞した著者のデビュー作です。
名前を聞けば誰もが知ってるハンバーガーチェーンで働いている草野哲也は、ある夜車で職場から帰る時に、後ろから暴走車に煽られる。草野は慣れたものだとばかりに車を端に寄せ、その暴走車を先に行かせる。仕事でささくれだった気持ちが、余計に陰鬱になっていく。
また走りだすが、しばらくするとさっき追い抜いた車が少し前で止まっている。まさか待ち伏せか?嫌な予感がしながら近づくと、その車は突然急発進していった。
道路の上では人が死んでいた。
轢き逃げだ。動転した草野は、何をしたらいいのかよくわからなくなっている頭で、どうにか警察を呼んだ。
轢き逃げされた横井亮太は、自分が幽霊になってしまったことに気づいた。道路に横たわっている自分の死体も見たし、目撃者で人工呼吸までしてくれたお兄さんの声も聞こえるのに、自分の存在は誰からも認識されないらしい。
幽霊になっても悲壮感のない横井は、草野の職場をうろちょろしたり、自分の葬式を覗きに行ったりということをするが、どうにも暇。
しかしその内に、どうやら草野にも横井の姿が見えるようになってきたらしい。二人はひき逃げ犯を捕らえるべくパトロールをするのだが…。
というような話です。
この作家の作品を読むのは二作目ですけど、まあなかなか面白い作品かなと思います。ファンタジーノベルというのは実にレベルの高い賞で、正直そのレベルに達しているかどうかと言われると評価が難しいですけど、新人のデビュー作とすれば十分なレベルの作品だと思います。
ストーリー自体は正直なところ実に地味です。大雑把に言ってしまえば、轢き逃げされた被害者とその目撃者が犯人を探す、みたいな話です。でも、別にずっと犯人探しをしているわけではありません。というか、正直あんまりしません。作品の最終到達地点はそのひき逃げ犯を見つけることにあるんですけど、それに対する努力はあんまりしていません。
じゃあどんな話なのかと言われると、説明に困りますね。前半のほとんどは、幽霊になってしまった横井亮太がその現実に慣れることと、横井の姿が見えるようになってしまった草野がその現実に慣れることに費やされます。後半は、ひき逃げ犯を探しつつ、一方で別の問題にも首をつっこむようになります。まあその別の問題というのは読んでもらうとして、大体全体としてはそんな感じです。
さほどドラマティックなことが起こるわけでも、最後にどんでん返しがあるわけでもないストーリーなんですけど、それでも読まされるのは、キャラクターがなかなか面白いからでしょうか。特に、草野と幽霊である横井の会話はなかなか面白いものがあります。横井は死んでいるのにまったく悲壮感がなくて面白いし、草野にしても横井の存在を自分の「幻覚」であると片付けて初めの内は相手にしなかったりと、この二人の掛け合いがなかなか面白くて読んでしまいます。
あと草野の仕事の話もなかなか面白いですね。草野はバイトでも出来る仕事を率先してやってバイトからは人気が高いけど、その分残業とかがかなりキツくてヒイヒイ言っている。それを幽霊の横井に、もっとバイト使いなよ、自分でやらなくていい仕事はやらせなよ、バイトだって仕事任せられたら嬉しいもんだよ、みたいなことを言って草野を変えていくんですね。ウチの社員も仕事の要領が悪すぎるんで(しかも草野のようにバイトでも出来ることを率先してやるというわけでもない)、彼らにも幽霊のアドバイスが必要だなとか思いました。
まあそんなわけで、そんなに強く勧めるような作品ではないけど、読んだら読んだでそこそこ楽しめるというような感じの作品だと思います。しかし、ファンタジーノベル大賞の受賞作があんまり文庫化されないのはどうしてなんだろうなぁ…。

越谷オサム「ボーナス・トラック」




ねたあとに(長嶋有)

どうも最近時間がないことが多いですけど、今日も時間がないので書店の話はさらっと。でももう年末ですね。今年もあと2、3冊読めればいいかな、という感じです。年末年始はちょっとやらなきゃいけないことがあって忙しいし、本読んでられないかもだから。
先週一週間はまあとにかく忙しくて大変でした。クリスマスがあるから包装とかでとんでもない忙しさになることはわかってたんですけど、それにしても忙しかったです。
何せ、12/25のクリスマス当日の売上が、ここ3、4年の一日の売上の中でたぶん一番だと思います。今までちょっとみたことないような、とんでもない売上でした。包装もそれなりにあったけど、コミックやらライトノベル文庫の新刊、あるいは年末年始前倒しで雑誌が大量に出たりとか、世間的に給料日だったりしたからだと思うんだけど、とにかくとんでもなかったです。僕は普段あんまりレジに入らない立場なんで、レジにたくさん入っている人からすればもっととんでもない一日だっただろうなと思います。まあ、僕は忙しいレジとかキライじゃないんでいいんですけど、あんなに忙しいのは多くても年1回ぐらいにして欲しいものだなとか思いました。
そろそろ内容に入ろうと思います。
本書は、コモローという小説家と、古道具屋を経営している父親が管理している、夏だけ行く山の別荘(安普請のボロ家ですけど)での出来事を描いている作品です。
そこは、東京での暑い夏を過ごすことを諦めた人々が避暑地としてやってくるところなんだけど、人が住むのにはなかなか最低限の設備しかない。インターネットをやるにも電話回線を使った非常時接続のやり方しかないし、風呂は最近ボイラーを設置したけど、基本的には薪で焚く。夏しか使わないのでブレイカーのレベルは最低ラインなんだけど、そのため電子レンジを使うためには家中の電化製品を一旦消さないといけない(ヤシマ作戦!)。虫もたくさん出るし、交通のアクセスも悪いし、携帯の電波も家の中では基本的に入らないという、なかなか住みにくい家です。
しかしそこに毎夏多くの人が集う。誰が来てももてなしたりするわけでもなくただダラダラ過ごすという独特の雰囲気を持つこの別荘には、それらの不便さを補ってあまりあるほどの快適さがあるのだ。
そしてさらに、「遊び」がたくさんある。麻雀牌を使った「ケイバ」や、「顔」「それは何でしょう」と呼んでいるものなど、その家の人間が独自に開発したルールに則って遊ぶ「遊び」が充実が充実しています。
遊びにかなり力を注いでいるという変な家族。そんな人々が集まる夏の別荘での日常を描いた作品です。
長嶋有という作家の作品を読んだのは本書が初めてですけど、僕の中ではあんまり面白くなかったかなぁという感じがしました。
出てくるキャラクターは、なかなか個性の強い人間が多くて、それは読んでて楽しめると思います。特に親子であるはずのコモローとヤツオおじさんが全然親子に見えなかったり、それぞれがなかなか強烈なキャラクターだったりと、結構面白いは面白いんです。他のキャラクターも、虫が出てきても全然驚かない女子とか、軍人将棋が出来ちゃう女子とか、言語学者であるヤツオおじさんの兄とか、結構みんな濃くて面白いです。
でも、その面白いキャラクターを描きながらやるのが「遊び」だというのがどうもなぁ。「遊び」も単体で見れば結構面白いんです。特に、麻雀牌を使ってやる「ケイバ」は、なかなか凄いと思いました。遊び方や展開の仕方なんかもなかなか洗練されているように思います。「顔」とか「それは何でしょう」とかも、割と思いつくタイプの遊びですけど、でもそれを結構真剣に準備したり遊んだりというところがおかしいんですね。
でも、ずっとそんな調子で小説が進んで行くので、『だから何?』という感じが強くなってきてしまいます。この小説で描かれるような別荘があったら僕も結構行ってみたいなと思わせるようなところなんだけど、でもそれをただ読んでるだけだとそこまで面白くない感じです。その場に一緒にいたいな、と思わせる描写なんかはなかなかのものだと思いましたけど、でも小説としてはどうかな、という感じがしました。
まあこの作家は、これ一作で判断してしまうのもどうかと思うんで、もう少し別の作品も読んでみるつもりです。なかなか変わったタイプの作家だなということは分かったと思うんで、もしかしたら僕に合う作品もあるかもしれません。
まあそんなわけで、本書は特にはオススメしません。他の作品を読んだことがないんで判断は出来ませんが、作家としてはなかなか面白そうなので、また機会があったら読んでみます。


長嶋有「ねたあとに」



ドーン(平野啓一郎)

さて今日は、2009年のウチの店の文庫と新書の売上ランキングを書いてみようと思います。

まずはいろんなところのランキングのリンクを貼ろうかと。

http://www.bunkyodo.co.jp/c/bookchart/2009chart_bunko.htm

http://www.kinokuniya.co.jp/release/2009_best.pdf

http://contents.oricon.co.jp/entertainment/ranking/091204_01_08.html

調べてみたけど、あんまり出てこないなぁ。
というわけで、ウチの店のランキングです。

1位 思考の整理学
2位 凍りのくじら
3位 終末のフール
4位 赤い指
5位 重力ピエロ
6位 向日葵の咲かない夏
7位 天使と悪魔 上中下
8位 さまよう刃
9位 名探偵の掟
10位 ストロベリーナイト
11位 100回泣くこと
12位 時生
13位 きみの背中で、僕は溺れる
14位 永遠の0
14位 0歳からの子育ての技術
16位 一勝九敗
17位 町長選挙
18位 汝の名
19位 ジェネラル・ルージュの凱旋 上下
20位 ブルータスの心臓
21位 ノルウェイの森 上下
22位 とらドラ10巻
23位 ジウ 1・2・3巻
24位 夜は短し歩けよ乙女
25位 ソウルケイジ
26位 頭のいい子が育つパパの習慣
27位 とある魔術の禁書目録 18巻
28位 わたしを離さないで
29位 宿命
30位 卒業

という感じです。
まずは何にせよ、2位の「凍りのくじら」が相当の快挙でした。2009年とにかく頑張って売りまくった本で、まあよかったです。未だに売れ続けてる本で、来年もまだ売れてくれるんじゃないかなと思います。
「凍りのくじら」と「思考の整理学」が大体同数で、3位の「終末のフール」とは100冊ぐらい違います。相当売れましたね、ホント。
あと、他の書店がさほど売ってないかな、と思う本は、「100回泣くこと」「時生」「きみの背中で、僕は溺れる」「永遠の0」「0歳からの子育ての技術」「一勝九敗」「汝の名」「ブルータスの心臓」「わたしを離さないで」「宿命」「卒業」といった辺りでしょうか。とにかく、他の本屋が売っていない既刊を売る、というのが僕の大いなる目標なので、今年はそれがなかなか達成出来ているんじゃないかなと思います。
しかし、ホントに今年は東野圭吾イヤーでした。トップ30内に、東野圭吾の作品が7作。凄いですね、マジで。「時生」については、2008年の売上も8位でしたからね。2年連続でトップ15位以内です。今年のこのミスも1位だったんで、また来年も売れることでしょう。
30位以下では、35位の「子どもの心のコーチング」、39位の「NOTHING」辺りが頑張ったところです。「NOTHING」はなるべく30位以内に入れたかったんですけど、ダメでした。「子どもの心のコーチング」は、2008年の売上が13位と、2年連続で売り続けている本ですけど、今年はこの「子どもの心のコーチング」が全国的に当たったようで、いろんな本屋でよく見かけます。嬉しいものです。
さて、新書も20位ぐらいまで書いてみましょうか。

1位 名もなき毒
2位 悩む力
3位 しがみつかない生き方
4位 化粧する脳
5位 共働き子育て入門
6位 16歳の教科書
7位 人間の覚悟
8位 人を見抜く技術
9位 子どもは「話し方」で9割変わる
10位 財務3表一体理解法
11位 1分で大切なことを伝える技術
12位 断る力
13位 「ニッポン社会」入門
14位 クラウド・コンピューティング
14位 陽気なギャングの日常と襲撃
16位 財務3表一体分析法
17位 生命保険の「罠」
17位 現代語訳学問のすすめ
19位 モデル失格
20位 発達障害の子どもたち

新書の方はそんなに書くことはないんですけど、とにかく1位の「名もなき毒」が凄すぎました。独走という感じで、2位の「悩む力」の1.5倍ぐらいの売上冊数でした。どうも他の書店ではそこまで売れている印象はないんで、どうしてウチだけこんなにアホみたいに売れているのかよくわかりません。
まあでも困るのが、これ文庫になった時に売れなくなるよなぁ、ということです。伊坂幸太郎の「陽気なギャングの日常と襲撃」も、ノベルスで山ほど売ってしまったんで、文庫が全然売れません。「名もなき毒」も同じ道を辿りそうな気がします。
そろそろ内容に入ろうと思います。
舞台は2033年のアメリカ。人類で初めて火星に降り立った日本人宇宙飛行士、佐野明日人がメインの主人公です。
人類で初めて火星に降り立ったクルー達は、地球に戻ってきて英雄扱いされることになる。しかしその一方で、「ドーン」という宇宙船内では、ある事件が起きていた。世間的にはその事件は秘されていたのだけど、現代よりもさらに情報へのアクセスが多様になった世界では、そのスキャンダルは隠しきれるものではなかった。
2年半に渡って火星へのプロジェクトに参加した佐野明日人は、妻の今日子との関係がギクシャクしていた。共和党の副大統領候補の娘で、生物学者として「ドーン」にのったリリアンや、コンピューターの責任者として「ドーン」に乗ったノノ、女オデュッセウスとも称される「ドーン」の船長メアリーなど、それぞれがそれぞれの立場で困難に立たされることになる。
東アフリカにおける戦争や、大統領選などが絡み、「ドーン」のスキャンダルは政治的にも実に微妙な扱いとなっていく。
『個人』という概念が細分化されてしまった世界の中で、「ドーン」の乗務員を中心に、様々な人々の人生を描く群像劇。
平野啓一郎という作家の作品を初めて読みましたけど、なんだか難しい作品でした。平野啓一郎は難しい作品を書く作家だというのはなんとなく知ってたんですけど、本書は内容紹介を見る限りエンタメっぽい作品な気がしたんでいけるかなって思ったんですけど、ダメでしたね。
作品がどうというよりもまず、扱っている話題が難しいんです。僕はホント、政治とか経済とか歴史とか思想とかそういう方向の知識はほぼゼロに近いんだけど、この作品はそういう話がバンバン出てくるんです。主に大統領選に関わってそういう話が出てくるんだけど、僕にはイマイチよくわからないわけでして。だから、作品の質がどうというか、そういう僕には難しい知識をメインに扱っている作品なんで、ちょっとダメでした。
『個人』について新たなステージが描かれていたのは設定としてなかなか面白いと思いました。うまく説明は出来ないんだけど、『個人』はいろんなディヴ(デヴィジュアルの略)の複合体で、関係性に応じていろんなディヴを使い分ける、みたいな世界になっているんです。それが、監視カメラと顔認識の技術の進化によってどんどん進んでいったみたいな設定になっていて、その話はうまく理解出来たとは思わないけど、なかなか面白いと思いました。
エンタメではないんでなかなかオススメはしにくいですけど、こういう作品が好きという人はいるでしょう、きっと。僕はちょっとダメでしたけど。平野啓一郎はもう読まないだろうなぁ。

平野啓一郎「ドーン」




球体の蛇(道尾秀介)

ちょっと時間がないので書店の話はさらっと。
昨日こんなことがありました。
僕がバイトをしている書店は、一階が本屋で二階がレンタルショップになっているんですけど、エレベーターとかはないんです。なので時々、ベビーカーを押している母親とかが一階のレジに来て、ベビーカーだけ見ていてもらえないか、と置いていくことがあります。
昨日もそんなお客さんがレジにやってきました。ベビーカーの中では赤ちゃんが眠っていて、レンタルの商品を返却したいから置いていってもいいか、と聞かれました。
僕はそこで、『ベビーカーだけならいいですよ』と言ったんです。
これ、ちゃんと意味通じますよね?
僕としては、赤ちゃんは抱いて行ってくださいね、ベビーカーだけなら見ていますよ、というつもりで言ったんです。僕がそれを言った後、お客さんも『わかってるわよ』みたいな雰囲気で頷いていたんで、きっと伝わったんだろうなと思ったんです。
でも、ちょっと目を離した後で見てみると、赤ちゃんはちゃんとベビーカーの中で眠っているんですね。
おいおい、とか思いました。ダメだろ、それは。赤ちゃんに何かあっても、こっちは責任持てないぞ、と。『ベビーカーだけならいいですよ』だけで普通は伝わると思ったんだけど、それで伝わらなかったというのがちょっと衝撃的でした。
きっとあの母親も、子供を大事にしていないとかそんな風ではないんでしょう。可愛がってちゃんと育てている普通の母親なのでしょう。でも、やぱそれはないわ、と昨日は思いました。
そろそろ内容に入ろうと思います。
海沿いの小さな町に住む主人公・友彦は、17歳の高校生。子供の頃、家族を愛せない父親に嫌気が差して母親が家を出ていき、その後離婚。また父親が転勤のために土地を離れることになった。父親についていきたくはなかった友彦は、隣人であり、白蟻駆除の会社を一人でやっている乙太郎さんの家に居候することになった。乙太郎さんは娘のナオと二人暮らし。奥さんとナオの姉を、ある時ほぼ同時に失い、二人で暮らしているのだった。
それから友彦は、乙太郎さんとナオを本当に家族であるように過ごしてきた。高校生になって、乙太郎さんの白蟻駆除の仕事をバイトで手伝うようになってからは、居候をしているという窮屈さも少しは解消されるようになった。ナオの姉であるサヨとの記憶を回想することはあれど、基本的に平穏な生活を続けていたのだ。
友彦の人生が大きく変わったのは、白蟻駆除のバイトである一軒の家を訪れてからだった。そこには、町中で時折見かける、サヨに似た女性がいた。友彦はその女性のことを頭から追いやることが出来なくなっていた。
友彦は夜、サヨに似た女性の家の床下に忍び込むことが習慣になっていった。頭上で繰り広げられているだろう痴態を想像して、自らも自慰にふける友彦。彼女への思いが積りに積もったある日、思いも掛けない出来事が起こり…。
というような話です。
実にいい作品だと思います。ただ、これまで結構道尾秀介の作品を読んでいる人には物足りないだろうなと思います。
例えば、本書で初めて道尾秀介という作家を知ったという人がいるとしましょう。その人は、この作家は文章もうまいし、人間も書けているし、ストーリーもきっちりとしているし、かなり実力のある作家だな、と思うでしょう。なるほど、こういう作風の作家なのか、と思うことでしょう。
確かにこの作品単体で見れば、実にレベルの高い作品だと思います。前から僕はずっと書いているように、道尾秀介は、作品を出す度に文章が上手くなっていきます。初期の頃の作品と比べれば、恐らくその差は歴然としていることでしょう。一つ一つの表現や、カメラの焦点がそこに急にフォーカスされるような緩急、人間の機微を描くような細かな描写まで、とにかくどれも素晴らしいものがあると思います。
ストーリーにしても、正直なところ特別な何かが起こるわけでもないような作品なんだけど、読ませるんですね。人間をきっちりと描いているという印象で、それぞれのキャラクターがどうなっていくのか、という興味で読ませるような、そんな作品です。特別な仕掛けはないんだけど、淡々とした文章の中に戸惑いや激情や不安や哀しみなんかをうまく織り込んで、線香の火を消したような余韻を持たせるような印象を持つ作品で、作家としてのレベルは本当にどんどんと上がっているなという印象がとにかく強いです。
ただ、やっぱりどうしてもこれは書かなくてはいけないんでしょうけど、道尾秀介という作家には、どうしても『期待』してしまうんです。
道尾秀介の作品を結構読んでいる人にはわかると思うんですけど、道尾秀介というのはデビュー当時は、とにかくトリッキーな仕掛けをいくつも張り巡らせるような作家だったわけです。ちょっと考えられないような、えっーうっそー、というような驚愕のトリックをいくつも仕掛けて読者を驚かせるタイプの作家だったんですね。作家としてのキャリアを重ねて行く中で、そういう傾向はどんどん薄まってはきているんですけど、やっぱり道尾秀介の作品を読む時には、『今度はどんなことをやってくれるんだろう』という『期待』を持って読んでしまうんですね。
でも、特に新しい方の作品は特にそうですけど、本書も特にこれと言った仕掛けのようなものはないんです。もちろん勝手に期待をしたのはこっちなので文句があるわけでもないんですけど、でも初めの期待が悪い意味で裏切られてしまった、という点で、どうしても作品を少しマイナスに捉えてしまう形になります。作品単体で見れば実にレベルの高い作品だと思うんだけど、道尾秀介の作品という風に考えるとやっぱりちょっと期待と違うんだよなぁ、と思ってしまうんです。
でも僕の中では、少しずつですけど道尾秀介の印象が変わり始めています。トリッキーなことをやる作家ではなくて、人間をきっちりとした文章の中で描く作家という風に変わってきています。だからもうしばらくすれば、道尾秀介に対するトリッキーさへの『期待』はかなり薄れてくることでしょう。
でも他の多くの人はなかなかそうはいかないだろうなと思います。特に、「向日葵の咲かない夏」から道尾秀介の作品に入った人は、今の道尾秀介の変化についてこれるでしょうか?道尾秀介という作家は、本当にそういう点でちょっと不幸だったかなと思います。
帯とかもよくないんです。帯には、『「向日葵の咲かない夏」の著者がまた新たな一線を超えた!魂を揺さぶる、最新最高到達地点。』って書いてあるんだけど、「向日葵の咲かない夏」の名前を出したりしたら、本書もそういう作品なんだって読者に期待させているようなものだと思うんです。でも、別の本書はトリッキーさとは無縁の作品なわけです。「向日葵の咲かない夏」のようなトリッキーな作品なんだろうと思って読み始めた人は肩透かしを食らうことでしょう。「向日葵の咲かない夏」が売れているから、それを帯に載せとこう、という安易な発想なんだと思うんだけど、絶対失敗だと僕は思います。
まあそんなわけで、作品自体は実によく出来ているレベルの高いものだと思います。これまで道尾秀介の作品をたくさん読んできた人は、トリッキーな作品ではないということを念頭に置いて読み始めてください。本書が初道尾秀介とい方は、とくに気負うことなく読み始めてみてください。しかしホント、道尾秀介って作家は成長したものだなと思います。

道尾秀介「球体の蛇」





ダブル・ジョーカー(柳広司)

NHKの大河ドラマ「龍馬伝」が始まることを受けて、龍馬関連本がたくさん出てきている、というニュースを見ました。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20091220-00000040-san-soci

ニュースを見るまでもなく、書店の現場にいれば、それはよく実感出来ます。僕は文庫と新書の担当ですけど、文庫と新書に限ってみても、かなりいろんな龍馬本あるいは幕末本なんかが出てきます。
そりゃあ、事情は分かります。NHKの大河ドラマという注目度の高いところで龍馬が扱われるわけだから、龍馬の関連本を出せば売れるかもしれない、と。世の中には山ほど出版社があるわけだから、そのほんの一部でもそういう風に考えれば、かなりの数の関連本が出てきてしまうことになります。
でも僕は正直「龍馬」特需なんかにはならないだろうな、と思うんです。
前にこういうようなことを書きました。似たような本を近くに並べておくと、どちらかに決める判断基準みたいなものがないので、結局どちらの本も買われないことが多いように思える、と。結局、現状で龍馬本が山ほど出ている状況では、同じようなことが起こるのではないかなと思うんです。
基本的に書店は、フェアみたいな感じで龍馬関連本を一箇所に並べて置くことでしょう。でもその売場には、とにかく大量の龍馬本があるわけです。僕だったら、どれを買ったらいいのかわからなくて、結局どれも買わない、ということになりそうな気がします。
ある程度歴史に興味があるような人であれば、まだ大丈夫かもしれません。龍馬についても、龍馬のこういう部分が知りたいとか、なるほどそういう視点は新しいなみたいな観点から本を選ぶことが出来るかもしれません。
でも、NHKの大河ドラマを見る人って、元々歴史が好きみたいな人だけじゃないと思うんです。福山雅治が出てるから、とかそういういろんな要素で見るか見ないか決まる。ということは、元々龍馬について全然知らないみたいな人だってたくさん大河ドラマを見ることでしょう。
そういうお客さんがその龍馬コーナーにやってきた時、そこにズラリと並んでいる本を見て、一体何を買えばいいのか判断出来るでしょうか?
いろんな出版社が龍馬関連本を出せば出すほど、お客さんの選択肢は増える。それは、自分で本を選ぶ基準を持っている人には実にいいことでしょう。龍馬のこういう部分が知りたい、アメリカから見た龍馬について知りたいなど、自分の興味の方向性がきちんと定まっている人であれば、選択肢が多いことはプラスに働くでしょう。
しかし、大河ドラマの「龍馬伝」を見て本屋に来る人には、龍馬について全然知らないけど、ドラマを見て興味が出たから知りたい、という人もいるでしょう。そういう人は、そもそも知らないわけで、何を買ったらいいのか分からない。それに最近では、『売れているもの』『話題になっているもの』『新聞広告に載っていたもの』みたいな基準でしか本を選べない人がたくさんいるんで、そういう人たちも何を選んだらいいか分からないことでしょう。
だから、龍馬関連本がたくさん出れば出るほど、取りこぼすことになるお客さんも増えそうな気がしてしまいます。
もちろんうまく売場づくりをすればなんとかなるかもしれません。初心者の方はこちら、多少知識がある人はこちらとか、書店員の判断でそれぞれの本にレベルをつけたりするとかです。でも正直なところ、人不足でかつ新刊が死ぬほど入ってくる現在の書店の現場で、そこまで丁寧なフェア作りをどれだけやれるのか、という疑問があります。書店員がやりたいと思って企画するフェアならまだしも、龍馬関連本であれば、まあまとめとけば売れるでしょう、的な判断になってもおかしくはないと僕は思うんです。
「龍馬」特需とかなんとか言っているのは、僕は少なくとも書店には当てはまらないだろうなと思います。もちろん、龍馬関連本でどれか一点だけもの凄く話題になってずば抜け売れる、なんていうことは普通にありえるでしょうけどね。龍馬関連本、売れますかね。
そろそろ内容に入ろうと思います。
本書は、去年各種ミステリランキングで相当評価の高かった「ジョーカー・ゲーム」の続編です。本書も今年の各種ミステリランキングで評価の高かった作品です。陸軍内部にあるD機関と呼ばれるスパイ組織を舞台にした連作短編集です。
各短編の内容を紹介する前に、ざっとD機関について書こうと思います。
伝説的なスパイであった結城中佐が、陸軍内部に作り上げた超極秘組織・D機関。そこでは、「死ぬな、殺すな」ということがまず徹底的に教え込まれる。その陸軍の教えとは真っ向から反する信条を持つD機関は、陸軍内部の組織でありながら、陸軍の中で疎まれ異端視される存在だ。しかしその実績は並々ならぬものがあり、莫大な機密費を使うことを許されている組織だ。

「ダブル・ジョーカー」
陸軍内に、D機関と同じくスパイ活動を行う組織が立ち上がった。その名も風機関。「死ぬな、殺すな」を信条としているD機関に対し、軍人のみで構成されている風機関は、「殺せ、死ね」を信条としている。D機関のように無用な殺戮をしないのではなく、不要な者はどんどん殺せと叩き込まれる。
ある時、D機関と風機関に、共に同じ指令が舞い込んでくる。白幡樹一郎という元外交官に、とある重要文書を盗読した疑いが掛けられているのだ。
この指令によって、陸軍内のスパイ組織をどちらか一方に決める腹づもりである陸軍に対し優位を見せつけてやろうと風機関は奮闘するが…。

「蠅の王」
戦地の最前線で軍医をしている脇坂は、とある事情からある情報提供者となった。しかし最近、陸軍内に多数いると言われている同士が多数「狩られている」らしいという情報が舞い込んでくる。それは「わらわし隊」という、前線にいる兵士を楽しませる芸人たちの移動にカムフラージュされているらしいのだが…。

「仏印作戦」
中央無線電信所に勤める高林は、軍の依頼で仏印(フランス領インドシナ連邦)に派遣されることになった。そこでの高林の仕事は、陸軍が大英帝国本部に送る文章を暗号化し送る、というものだった。
ある時夜道で襲われた高林は、その窮地を救ってくれた男と近しくなる。相手は陸軍の秘密のスパイだと名乗り、高林に奇妙な依頼をしてくるのだが…。

「柩」
ドイツのヴォルフ大佐は、敵国のスパイを見つけ出すスパイ狩りを行っている。
列車事故から始まったとあるスパイ狩りは、実に困難を極めた。その列車事故で死亡した日本人がスパイであるとされたが、しかしスパイらしい証拠は一向に上がってこない。
しかしヴォルフ大佐は、かつてドイツ国内で暗躍した「魔術師」と呼ばれるスパイの存在を知っている。あの日本人も、間違いなくスパイだ…。

「ブラックバード」
アメリカでバードウォッチングに興じている仲根は、スパイだと間違えられて連行されたところを、義父である実力者に救われ釈放されることになった。
しかし仲根は、実際にD機関のスパイだった。
仲根の任務は、西海岸におけるアメリカの様々な情報を仕入れること。そのために、二重の偽の経歴を持ち、アメリカ社会の中に溶け込むのだが…。

というような感じです。
なかなか面白い作品でした。前作の「ジョーカー・ゲーム」のことはほとんど覚えていないんですけど、でも多分本作の方が面白いんじゃないかなと思います。
まず、スパイの話という結構限られた制限の中で、これほど多様な作品を書けるというのはなかなか凄いものだな、と思います。主人公自身がスパイであることもあれば、主人公がスパイなわけではないこともあるんだけど、どの話も設定とか状況とかが結構違っています。確かにスパイというのは、忍び込んだ国の中でひたすら目立たぬように活動するわけで、つまり登場人物のどんな人間がスパイであってもおかしくない、という広さはありますけど、それにしてもD機関のスパイ要員を使ってこれだけいろんな話を生み出すのは相当大変だろうなと思います。だからというわけではないでしょうけど、おそらくこのシリーズは本作で終わりっぽいです。一応最後の話が、このシリーズの終わりを予感させるような、そんな短編でした。まあ時系列順に進んでいるような話でもないんで、過去の話ということでいくらでも話は書けるでしょうけど、たぶんD機関を扱った物語を産み出すのがかなり大変なんじゃないかなとか思います。分かりませんけど。
「ダブル・ジョーカー」は、D機関に対抗して作られた風機関の物語なんですけど、この対決はなかなか面白いです。D機関が、「死ぬな、殺すな」に対して、風機関は「殺せ、死ね」という対照的な信条を持っています。この二つの組織が一つのターゲットを舞台にして争うときどうなるか。うまい展開だなと思いました。
「蠅の王」はほどほどという感じでしょうか。ストーリーの展開とかは悪くないんだけど、最後の真相とかそこに至る過程とか、そういうのが他の短編と比べるとちょっと落ちるかなと思いました。
「仏印作戦」は、なるほどという展開でした。ちょっとだけ残念だところもあるんだけど、それはちょっと書いたらあんまりよくないかなと思うんで止めときます。
「柩」は相当よかったですね。本書の中で一番だと思います。「魔術師」と呼ばれる日本人スパイと、スパイ狩りを任務とするヴォイス大佐のバトルがかなりハイレベルで、面白いなぁという感じがしました。
「ブラックバード」もまあよかったですね。おそらくですけど、このシリーズを終わらせるために書いた話ではないかなと。もちろん今後シリーズが出る可能性がゼロというわけではないでしょうけど、一応ここで一旦終わり、という感じではないかと。スパイの存在というのは何なのか、というのをちょっと考えさせる作品になっています。
全体的にレベルの高い作品だと思いますけど、ただこのミス2位になるほどの作品かと言われるとそこが多少疑問ではあります。でも、D機関という超人的な能力を持つスパイが、ありとあらゆる状況で活躍する話は、その多様性もさることながら、現実的な舞台を背景にしながらエンターテイメントとして結構高いレベルに達していると思うので、レベルの高い作品だと思います。世間的な評価はちょっと高すぎるように感じますけど、なかなか面白い作品だと思うので、是非読んでみてください。

柳広司「ダブル・ジョーカー」



武士道シックスティーン(誉田哲也)

今日はちょっとびっくりするお客さんに出会いました。
僕がレジにいると、お客さんがやってきます。お客さんは自分のジャケットのポケットから本を出してきて、これお願い、と言って会計にやってきたわけなんです。
これだけ書くと、何だそいつは、ということになるでしょうけど、これにはちゃんと理由があるんです。
そのおじさんは、松葉杖をついていたんです。
新書サイズの本を三冊ぐらい買っていったくれたんですけど、松葉杖をつきながら本を持って歩く、というのは確かに厳しい。僕もかつて足の骨折を何度もして松葉杖にお世話になった人間なんでよくわかります。よく判るんですけど、ちょっとなぁという気もします。僕が松葉杖をついている側だったら、ちょっと同じことは出来ないでしょう。万引きだと間違えられたら嫌ですからね。じゃあどうするんだ、と言われると困っちゃいますけど。実際、本持ちながら松葉杖つくのは結構厳しいですし。
そんなわけでなんとも言えない気分になったわけでした。
しかし最近は本当に忙しい。もうてんやわんやです。特に金曜・土曜はすごかった。金曜はライトノベルの新刊は出るわコミックの新刊は出るわで、もうカバーカバーの嵐。問い合わせもいっぱい出し、電話もなるし、トラブルも起こるし(カレンダーについてちょっとゴタゴタがあったんです)、プレゼント包装はわんさかくるしで、もう自分の仕事がまあ出来ない。まあそれでも、メチャクチャ効率良く仕事をしてるんで、日々なんとか強引に仕事を終わらせているんですけど、大変ですね。
特にクリスマスが近いこともあって、プレゼント包装が凄い。クリスマスってやっぱ普通に子供とかにプレゼントあげるもんなんですね。ウチは子供の頃そんなんなかったけどなぁ。ケーキ食ったぐらいかな。そういえば、誕生日プレゼントでもらったものも覚えてないなぁ。たぶんなんかもらってると思うんだけど。昔からあんまり物欲がなかったから、もらってない、っていう可能性もあるかな。でも、高校に上がる時は一眼レフのカメラを買ってもらったなぁ。懐かしい。
まあ全然違う方向に話が飛びましたけど、忙しいものです。ちょっと前に入った新人が3人ぐらいいるんですけど、やっぱりまだ一人前というわけではないんで、包装は出来ないし、電話も出れない。まあ別にそれは仕方ないんだけど、クソ忙しい時に新人の面倒も見ないといけないというのは結構ハードだったりします。
まあそんなこんなでもうメチャクチャ忙しい一週間でしたけど、おそらく来週の方が忙しいでしょう。たぶんですけど。来週を乗り切れば、少しして休みです。荷物が入ってくる日はほぼ毎日入るけど(だから僕は週6でバイトしてますけど)、荷物が入ってこない日はすべて休む、というポリシーで仕事をしている僕としては、年末年始1週間程ダラダラ休むというのはちょっと楽しみです。でもあまりに仕事しなさすぎると逆に暇すぎて飽きてくるんですけど…。
まあそんなわけで、来週も頑張ります。
そろそろ内容に入ろうと思います。
本書は、現在「ストロベリー」「ソウルケイジ」「ジウ」という文庫がバカ売れしている、警察小説で有名になった著者の、初の「人が死なない」青春小説です。
主人公は二人の女子高生。二人の出会いは中学3年の時ですけど。
磯山香織は新免武蔵(宮本武蔵のことらしい)を心の師と仰ぐ、兵法にかぶれた女の子。小さい頃から厳しい剣道の修行を重ねてきた香織は全中(たぶん全国中学生とかなんとかの略だろう)の2位というとんでもない強さを誇る剣道エリートだ。剣道を、斬るか斬られるかの勝負であると捉え、勝たなくては意味がない、と考えている、とにかく剣道に関しては容赦のない女だ。
一方の西荻早苗は、日本舞踊から剣道に転身したという変わった経歴を持つ女の子。剣道は中学から始めたばっかりの初心者なんだけど、日本舞踊で培った身体感覚が抜群らしく、とにかく形を真似るのが天才的に上手い。力は弱いが、剣道らしからぬ動きで相手を翻弄する厄介なタイプ。性格は大らかで物事を深く考えず、嫌なこともすぐ忘れてしまう楽天家の癖に、プレッシャーには弱い。
そんな二人が出会ったのは、とある市民大会でのこと。ほとんど消化試合だと思っていた磯山は、しかし4回戦で破れてしまう。
その相手が、西荻だったのだ。
しかし磯山には、敗因がさっぱりわからない。油断があったわけでもなければ、舐めていたわけでもない。真剣に勝負に臨んでいたのに、真正面から面を打たれたのだ。ありえない。何者なのだ、西荻というのは。
そこで磯山は、数ある推薦校の中から、西荻がいるはずの高校に行くことに決めた。
まったく違うタイプである二人が出会い、ぶつかり合うことで、二人は剣道というものをよく見つめ直すことになり…。
というような作品です。
面白い作品でした。シリーズで続きも出ているみたいなんで、是非読みたいなと思います。
まず文章がとにかく読みやすい。僕は昔から何度も書いているんだけど、特徴は特にないんだけど読みやすい文章を書ける作家というのは凄いなと思っているんです。その代表格が、東野圭吾でしょうか。癖がなくてスイスイ読めるような文章というのは、簡単そうでなかなか書けるものではない。エンタメ作家でも、読みにくいというのではないけどスイスイ読めるわけでもない、という作家はたくさんいるし、読みにくいなと感じる作家もいたりする。ここまで読みやすい文章を書けるというのは凄いと思うんです。
あと、誉田哲也の特徴だけど、女性を描くのが結構うまい。もちろん、これは男が読んでそう感じるだけなんで、女性がこの作品を読んでどう感じるかは分からないんだけど、うまいなと思います。誉田哲也の小説は、ほとんど女性が主人公なんですけど、よく男の作家が女性を主人公にしてここまで面白い作品を書けるものだなと思います。
主人公二人の描き分けみたいなのがなかなか面白いです。磯山は、とにかく取っつきにくい。剣道のことしか考えてなくて、他のことはすべて無視、みたいな感じ。その剣道にしたって、とにかく勝つことが目的だから、えげつないこともする。負けるものの気持ちなんか考えることもない。いかに斬るか、いかに倒すか、それしか考えていないのだ。
一方の西荻は実に大人しい。両親がとある事情で離婚しているんだけど、その辺りが理由になって勝ち負けみたいなものにあんまり興味が持て無くなっている。もちろん、勝てれば嬉しいし、負ければ悔しいけど、でも剣道を続けている理由はそこにはない。先生が言ったことをきちんとやれているとか、自分の思っていた通りの動きが出来たとか、そういう自分なりの評価軸を持って剣道という競技を楽しんでいる。
だからこの二人はとにかく合わない。というか、磯山が合わせようとしない。西荻の方は、なんとか磯山と仲良くなろうと頑張るんだけど、これがまあうまくいかない。いかないどころか、とんでもない返り討ちにあったりするわけだ。剣道の道を究めるためにここまで出来るというのも凄いけど、それをさらっと受け流せてしまう西荻もなかなか凄い。
そんな二人が、いろんなやり取りを経て、それぞれ剣道というものを考え直すことになる。磯山は、勝ち負けだけを追求していていいのかと、そして西荻は、勝ち負けに興味がない自分でいいのかと。なかなか答えを見出せなくて悩む二人だけど、お互いがお互いを高め合って…とかなんとか書くとなんかベタっぽい小説みたいだから止めよう。
女子高生の話なのに、恋愛の話はほとんどないし、青春の悩みみたいなのもあんまり出てこない。とにかく剣道ばっかり。それでも面白いんだから、さすがだなと思います。僕は剣道はやったこともないし、ちゃんと見たこともないけど、それでも十分楽しめる作品でした。
エンターテイメントとしてはとにかく素晴らしく面白い作品だと思います。誉田哲也は警察小説だけじゃない、ということがよく判る作品です。是非読んでみてください。

誉田哲也「武士道シックスティーン」



リスクテイカー(川端裕人)

12月の恒例になりましたけど、「このミス」なんかの各種ランキングが発表されました。東野圭吾の「新参者」がいろんなランキングで1位になっていたり、米澤穂信や道尾秀介なんかの秀作がまたたくさんランクインしたりという感じではありますが、年々こう言ったランキングが廃れていっているなという感じがしてきています。
ミステリ系のランキングでは最古参と言っていいだろう「このミス」にしても、最近1位を取ってもそこまで売れなくなって来てしまっているような気がします。確かに、何年か前に、東野圭吾の「容疑者Xの献身」が1位になった時は、それから東野圭吾ブームと言っていいほどの感じになりましたけど、その後は微妙ではないかと。「独白するユニバーサル横メルカトル」や「警官の血」などが「このミス」の1位になってきましたが、売上的にはさほどでもないように思えます。伊坂幸太郎の「ゴールデンスランバー」や東野圭吾の「新参者」なんかは、そもそも作家のネームバリューで売れる作品ですし、ランキングで1位になったからどうこう、ということはないだろうと思うんです。
最近では「このミス」のようなランキング本が結構増えてきましたけど、だからと言ってそれが売上に反映されるのかと言われるとそんなことはないです。逆に、いろんなランキングが反乱しすぎているために、一つ一つのランキングの価値が相対的に下がってしまっているというような感じもします。
ただ一方で、「売上」のランキングにはかなり敏感なんですね。どこかで、「この本は売れていますよ」とう情報が流れると、その本がすごく売れたりする。ランキング依存などと言われる現象だと思うんだけど、僕には不思議に感じられることが多いです。
何故なら、『作品の内容』よりも、『どれだけ売れているか』で本が評価されてしまう、という傾向が強くなっているからです。
ランキング本は、基本的に内容の善し悪しを測っています。もちろん、選者がマニアックだったり、普通の人が読んで面白いと思える作品が選ばれているわけではないなど、いろいろと問題点はあるでしょうけど、基本的に「良い内容ですよ」ということを伝えているわけです。
しかしその指標では本は売れない。
一方で、内容の善し悪しに関わらず、「売れていますよ」と言われると、人はその本を買ってしまう。僕は何度も書いているけど、売れている本の5割ぐらいは読む価値がないクズ本、3割ぐらいは悪くはないけど特別買って読むほどでもない、という感じです。
それなのに、「売れている」というだけの理由で売れてしまう。
普段本を買わない人が本を買うとベストセラーになるといわれています。
じゃあその普段本を買わない人は、どんな目的で本を買うのか。
あくまでも僕もイメージですけど、結局それは『周りの人間と話を合わせるため』『周囲の流行に乗り遅れないため』なんだろうと思うわけです。だから、内容自体は関係ない。みんなが読んでいるのかどうか、ということが重要で、『みんなが読んでいるから』という点が最も重要なポイントとしてその本が選ばれていくんだろう、と思います。
もちろん、書店としては、本が売れてくれるに越したことはないんです。でも、どう見てもクズみたいな本、あるいは他にもっと面白い本があるのにという本が売れていくのは非常に哀しい気分になります。
本というのはあまりにも数が多すぎるために、どれを選んだらいいのか分からない、という気持ちは分かります。でも、失敗を恐れて無難な本(みんなが読んでいる本)ばかり選んでしまうことこそ、不幸なことはありません。失敗する可能性があっても、いろんな本に手を出してチャレンジしてみて欲しいな、と思います。
そろそろ内容に入ろうと思います。
本書は、アメリカを舞台にしたヘッジファンドの物語です。
主人公であるケンジは、日本の銀行を辞めてアメリカのビジネススクールに入学した変わり者。そのビジネススクールでケンジは、ジェイミーとヤンという二人の男と出会う。彼らは、物理学者でひも理論の研究をしているヤンが作った『市場を読む』システムを利用して、ヘッジファンドの世界で一旗揚げてやろうと意気込んだ。
彼らは幸運にも、ルイスという伝説的なトレーダーと知り合い、彼の支援を受けてヘッジファンドをスタートさせることができた。しかしそこで彼らは、ちょっとした油断からとんでもない損失を生み出してしまう。
ルイスはその損失に目をつぶる代わりに、自分の手足となって働くことを要求してくる。決して悪い条件ではないが、しかしルイスの目論見はさっぱり分からない。何かデカイことを企んでいるようなのだけど…。
新興ヘッジファンドとして市場を荒らして稼ぐ一方で、「マネー」とは何なのかという本質を考えさせられることになり…。
というような話です。
なかなか面白い話ではあったんですけど、何せ経済系の記述がさっぱり理解できないので、僕にはちょっと難しかったんです。
僕はもう株とか金融とかそういった方面は全くダメで(あとダメなのは、歴史・政治・思想と言った文系分野。理系分野は大丈夫なんだけど)、本書で描かれる金融や市場に関わる記述のほとんどがまったく意味不明でした。そもそも僕には、「空売り」というのがどんなものなのか、全然分からないですからね。ちゃんと説明がされているんだけど、でも分からない。自分が持っていない株券を売るから「空売り」と言われるらしいんだけど、なんで自分が持っていない株を売れるのかが全然理解できないわけです。外貨準備金だの変動率だの先物取引だの、そういったものについて、説明がされるけど僕にはその説明が全然理解できないわけなんです。もうお手上げでしたね。将来に渡って株だの何だのという世界に足を踏み入れるつもりがまったくないんで別にいいんですけど、難しすぎますね、ホント。本書はとにかく、そういう金融に関する様々な話がメインになってくる話で、僕はそういう話をほとんど理解できないわけで、そういう意味ではちょっと辛い作品でした。
一方で、ヤンが開発しているシステムについては相当面白そうだな、と感じました。ヤンというのはとにかく数学の超天才で、実際はひも理論の研究をしているんだけど、自前で加速器を作りたい、そのために50億ドルほど稼ぎたい、ということでケンジとジェイミーの話に乗った変な男です。
ヤンがしていることも、11次元がどうたら、なんとか式がどうたら、とまったく理解できないんだけど、経済市場を一つのカオスと捉えるというのが面白いなと思いました。経済市場全体を一つのカオスとして捉えることはできないけど、様々な状態の定常状態を見つけ、一つの定常状態からもう一つの定常状態に移行する仕組みさえ理解することが出来れば、経済市場を解析し理解する仕組みを作ることは不可能ではない、と考えて取り組んでいる男です。このヤンが作っているシステムも作中で非常に重要な要素になっていくんで、こっちの方は面白いなと思いました。
ヘッジファンドなんかに関わる人間はとにかく奇人変人の集まりでケンジたちはもう振り回されっぱなしなんだけど、最終的にはチーム一丸となって一つの目的に向かって進んでいくという感じになっていきます。
しかし、電話したり電子取引をしたりするだけで何十億ドルも稼いだり損したりなんていうのは、もう理解不能な世界ですね。僕は別に巨額のお金が欲しいと思ったことも、巨額のお金を運用したいと思ったこともないんでよく分かりませんけど、そうやってお金を移動させるだけで儲けるっていうのは面白いんでしょうかね?ギャンブルみたいなものなんだろうけど、僕はギャンブルにもまったく興味がないので、たぶん面白さは理解できないだろうなと思います。
本書でちょっと意外だったのは、ジョージ・ソロスという名前でした。僕はこのソロスという人のことを勘違いしていたんです。なんかよく分からない予言をする外人がいるじゃないですか?あれがソロスだと思ってたんですね(今ネットで調べたら、ジュセリーノって人だと判明)。「ソロスは警告する」っていう本が一時売れたんですけど、それを予言本だと勘違いしていたんですね。本書を読みながら、「へぇ、あの適当な予言をする人は、実はすごいヘッジファンドの人だったんだ」とか思っていました。馬鹿ですね。
「マネー」とは何か、という講義みたいなのが挟まれることがあるんだけど、その話は結構興味深かったです。昔は、それがあれば金と交換できる、というのが貨幣だったのに、いつの間にか金本位制がなくなり、今ではお金は何の裏付けもないままに発行されているただの紙切れになってしまった。それなのに、何故莫大な力を持つのか…。ハーヴァードという大学教授をしている男の講義で語られる「マネーとは」という話はなかなか面白かったと思います。
株とか金融とかに興味がある人にはかなり面白い作品だろうと思います。円高と円安の違いとか、デフレとインフレが何かみたいなことがあんまりきちんと分からない人は(実は僕もそうなんですけど)、あんまり読まない方がいいでしょう。多少経済的な知識(というか理解力)を必要とする作品だと思います。

川端裕人「リスクテイカー」



退出ゲーム(初野晴)

二匹目のドジョウということがあります。書店の世界でもよく使われますけど、ある本がヒットすると、類似本がたくさん出てくる、みたいなことを指します。
出版社としては、売れている本家の本の近くにその本が置かれることを期待しているんでしょうし、実際多くの書店でそういう風な置き方をしていることでしょう。
でも僕は、類似本は並べて置かないようにしているんです。というか類似本に限らず、似たような感じの本は並べて置かないようにしているんです。
よく出版社からのFAXでも、「○○社の××が売れてるから、ウチの△△も隣に置いてください」なんていう案内が来たりしますが、僕はそういうのを無視するか、あるいはその売れているという××とは並べない形で売り場に置くようにしています。
何故か。
それは、選択肢が多いと人は選べないからです。
僕自身の経験でもそういうことがあります。
昔本屋で、ポアンカレ予想という数学的理論についての本を買おうと思いました。ポアンカレ予想というのは、数学の中でも超難問と言われていた未解決問題でしたが、ちょっと前にペレルマンというロシアの数学者が解き話題になりました。それを解説する本も何冊か出たわけです。
その本屋には、ポアンカレ予想に関する本が二冊ありましたが、中をパラパラめくったり、著者紹介やなんかを読んでも、一向にどちらか一冊に決められないんですね。こっちにしよう、という判断基準がないんです。
僕は数学に関する本は時々読むんで、そういう数学本についても多少見る目はあると思うんです。知識がない人間が選ぶことが出来ない、ということではないんです。そこにあった二冊は、どれだけいろいろ見てみても、どっちにしたらいいのか決断できるだけの差異が立ち読み段階では見いだせなかったんです。
その日はポアンカレ予想の本を買う、と決めていたんで結局どちらか一冊を買いましたけど、しかし相当悩みました。
これがもしポアンカレ予想に関する本が1冊しかなければ、悩むこともなかったはずなんです。もしかしたらその1冊は外れだったかもしれないけど、少なくとも、悩んだ末に買わない、なんていう選択肢は取らなかっただろうと思います。
また、これはかつてある出版社の営業の人から聞いた話ですけど、娘だか孫だかの入学祝に英語の辞書を贈ろうと思って書店に行ったんだけど、その書店には相当いろんな種類の英語の辞書が平積みされていて、どれを選んだらいいんだかさっぱり分からず3時間ぐらい悩んだ、みたいなことを行っていました。まあ人に贈るものであれば選択肢は多い方がいいかもしれませんが、3時間も悩んで買いたいかというとちょっとという感じではないでしょうか。
つい最近もこういうことがありました。
「インドなんて二度と行くか!ボケ!」という文庫が結構売れているんです。で、とある出版社の営業の方が、「インド人の頭ん中」という文庫を横に一緒に並べて置きませんか、というんで置くことにしました。
そうすると、「インド人の頭ん中」が売れないばかりか、「インドなんて二度と行くか!ボケ!」の方の売れ行きも若干落ちたという印象だったんです。なので、「インドなんて~」と「インド人の~」をまるっきり別々の場所に置いてみたところ、どちらも売れるようになりました。
たぶんこれも同じ理屈だと思うんです。お客さんの視点では、「インドなんて~」と「インド人の~」はほぼ同じ本なんです。どっちを買えばいいのか判断が出来ない。もし一方を買ってつまらなくて、実はもう一方の方が面白かった、なんていうことだと損をした気分になる。だったら買わないことにしよう。そんな感じの判断をするんじゃないかなと思うんです。
でも別々の場所に置くことで、インドの旅行記はその周辺にはそれ一冊しかないわけで、比べる対象がないわけです。だからこそ、なるほどインドか面白そうだな、というお客さんを逃すことがないわけなんですね。
似たような本を並べて置く、というのは書店の常識的な売り場作りのやり方だとは思います。でも、本当にそれが正解なのか、ということを考えている人はあんまり多くはないような気がします。僕のいる店には、優秀な書店員の先輩みたいなのはほとんどいないんで、僕は書店員になって以降書店の常識的な仕事みたいなことを教わったことがありません。ほぼすべてのやり方を、自力で考え出してきました。逆にそれはラッキーだったのではないかなと思っています。
似たような本を一緒に並べた方が良いというケースももちろんあるでしょう。結局のところケースバイケースということです。でも今の書店員は忙しすぎる。あまりに入ってくる本が多すぎるので、思考停止して機械的に仕事をこなしていくしかなくなってしまっているのだと思います。自分がしているやり方を、一度疑ってみるのもいいのかもしれません。
そろそろ内容に入ろうと思います。
本書は4編の短編が収録された連作短編集です。
まず全体の設定を。
主人公は、高校生で吹奏楽部に所属している穂村千夏。吹奏楽部の顧問の草壁先生に恋しているのだけど、ライバルがいるんでなかなか簡単にはいかない。
チカの幼馴染である上条春太も同じく吹奏楽部。チカとハルタは、万年人材不足の吹奏楽部をなんとかせんと、部員集めに奔走するのだけど、その過程でいつも変な謎解きに関わることになり…。
という感じです。

「結晶泥棒」
とある事情から引きこもってしまったハルタを学校に来させるべく、チカは文化祭運営に関する難題を解決してくれるようハルタに依頼する。文化祭では化学部が毎年恒例となっている硫酸銅の綺麗な結晶を展示する予定だったのだが、その結晶が紛失したというのだ。
硫酸銅は劇薬だ。参ったことに文化祭には毎年新聞記事の文字を切り貼りした脅迫状が届く。誰もがイタズラだということは知っているけど、硫酸銅の結晶が紛失したことを教師が知れば、文化祭は確実に中止されることになるだろう。
ギリギリまで教師への報告を遅らせ、その間に自分たちでなんとか解決する。ハルタ、協力して…。

「クロスキューブ」
チカとハルタの通う高校で、ルービックキューブが大流行りした。流行の発信は吹奏楽部で、さらにハルタがとんでもないスピードでキューブを完成させるスピードキュービストと呼ばれるまでになった。
一方でチカとハルタは、成島美代子という元オーボエ奏者を吹奏楽部に勧誘しようと奮闘していた。成島は何故かオーボエを止めてしまっているのだ。その理由を無理矢理探っていた二人は、何故か六面すべてが真っ白に塗られたルービックキューブの謎を解かなくてはならなくなったのだが…。

「退出ゲーム」
演劇部に幽霊部員として在籍している、中国系アメリカ人のマレン。このマレンが、サックスの超実力奏者だと知り、チカやハルタは勧誘を目論む。しかし演劇部の部長である名越は、マレンに演劇の魅力を分からせないまま手放すのは嫌だという。そこでハルタが、マレンや吹奏楽部の面々が出られるような超傑作の戯曲を書いてくると張り切ることになった。
しかしその結果として、何故かチカとハルタは演劇部を相手に『退出ゲーム』なる即興劇をやらなくてはならなくなった。その場の設定をうまく活かして、その部屋から退出するように演技するのだが…。

「エレファンツ・ブレス」
生徒会執行部のトップである日野原が、チカに特命があるという。何でも発明部が問題を起こしたのだとか。
発明部は「オモイデマクラ」という珍妙な発明を生み出し、それを二人の生徒に一つ1万円で売ったというのだ。「オモイデマクラ」とはその名の通り、好きな夢を見られる枕だ。チカに与えられた特命は、枕を買った人間を探し出し返金する、というミッションだ。
しかし話は段々とおかしな方向へと進んでいき、結局ある余命幾ばくもない爺さんの過去を掘りだすことになったのだが…。
というような話です。
初野晴の作品を読んだのはこれで二作目ですが、本当にこの作家はレベルの高い作家だなと思います。本書もかなり面白い作品でした。
著者初の青春ミステリということですけど、高校生のドタバタみたいな感じが結構面白いと思います。高校生の描き方は、雰囲気的に米沢穂信を彷彿とさせます。個性的なキャラクターがいろいろと出てきて、一方で、それ高校生で知ってるやついないだろ、出来るやついないだろ、みたいなのがわらわら出てくる、という感じです。それでいて、別にリアリティがないみたいな雰囲気を与えない作品なんで、うまくまとまってるなと思いました。
個人的に気になるのは、草壁先生です。この設定がシリーズとしてまだ続くならいいんですけど(最後の短編で、『これで私たちが一年生の時の話はおしまい』と書いてあったんで、シリーズとして続きそうな気はするんですけど)、草壁先生がどうして今の高校に赴任することになったのかという謎が結局明かされなかったんで、そこが気になるところではあります。
一つ一つのストーリーも実にレベルが高いなと思いました。
この著者の短編は、『どこからそんな発想が出てきたんだ』というような話が実に多いんです。
「結晶泥棒」や「クロスキューブ」はまだ分からなくもないんです。それぞれ特徴的な知識が出てきますけど、そこからスタートして話を組み立てていくことは出来るだろうなと思うんです。
でも、「退出ゲーム」と「エレファンツ・ブレス」は、どっからそんな話の発想がやってきたのかさっぱり理解できないようなそんな話です。
「退出ゲーム」は実に説明のしにくい作品で、どう凄いのかというのがうまく伝えられないんだけど、後半はほとんど『退出ゲーム』をしているだけなのに、問題が解決してしまうんですね。しかも、『退出ゲーム』を使って問題を解決する、という点も素晴らしいですけど、『退出ゲーム』自体の展開もお見事で、素晴らしいなと思います。しかし、『退出ゲーム』を使って問題を解決するなんて発想、どっから来たんだろう。
「エレファンツ・ブレス」も変な話なんです。そもそも「エレファンツ・ブレス」というのは色の名前らしいんですね。でも、世界的権威のある色事典にも、どんな色なのか分からないと記載されているような、そんな色らしいんです。
最終的にその「エレファンツ・ブレス」という言葉から、一人の老人の過去が暴かれていくことになるんだけど、しかしその話の冒頭が、発明部が作った意味不明な「オモイデマクラ」なんていう発明品ですからね。どっからそんな話を思いついたのか、ホントさっぱり分かりません。
本書ではどの短編にも、普通の人が知らないようななかなかマニアックな知識が出てきます。そのマニアックな知識が、問題の本質だったり、解決の突破口だったりするわけなんですけど、たぶん著者はこういうマニアックな知識が好きなんでしょうね。小説を書くという目的で見つけ出せるような、そんな知識じゃないと思うんです。元々興味があってそういう知識を持っていて、それを小説に活かしたということでしょう。小説になりそうにもない知識を小説に仕立て上げているという点でも実にうまいと思いました。
短編が四つ収録されているにしては分量が少ないなという感じはありますが、一つ一つの話はなかなか濃いです。米沢穂信とか好きだったら結構楽しめると思います。表紙も綺麗だし、世間的にも評価の高い作品だと思います。是非読んでみてください。

初野晴「退出ゲーム」





晩夏の蝉(前川麻子)

そろそろ内容に入ろうと思います。
少年犯罪を専門に扱う弁護士である真希は、今世間を騒がせている、母と幼い娘を暴行し殺害した16歳の少年を担当している。なんとか心を開かせようと頑張ってはみるものの、あまりに価値観が違いすぎて、言っていることが理解できない。少年との間の深い溝を知り、真希はやりきれない思いを抱える。
真希の父親ほどの年齢である夫・良介とは、微妙にうまくやっていけていない。結婚当初は、生活の面倒は見るから自分のやりたい弁護を好きに担当すればいい、と言ってくれた夫との結婚はぴったりだと思っていたのだけど、真希も良介も、お互いに相手に些細な不満を抱えながら結婚生活を送るようになってしまった。
そんなある日、夫の前妻が入院することになり、一人になってしまう息子を真希と良介の家に置くことになった。真希のかつて自殺した弟が生きていれば同じ年齢だ。その同居が、夫婦の関係をさらに揺るがせることになる。
良介は良介で、会社で厄介なことに巻き込まれてしまっている。どうにも出来ないやりきれない思いから、ついイライラしてしまう。
穏やかだったはずの家庭が、少しずつ軋みだしていき…。
というような話です。
表紙が凄く綺麗なんで、仕掛けたら売れるかもしれないと思って読んでみたんですけど、ちょっと微妙でした。
なんというか、イマイチ輪郭がはっきりしない小説なんです。恋愛小説でもないし、じゃあ家族小説かっていうとそこにピントが合っているわけでもない。少年犯罪をメインにしているわけでもないし、現代の闇とかそういうようなものも、描かれてはいるんだけどそれが核になっているかというとそうでもない。
もちろん、小説にジャンルというレッテルを貼る必要はないと思っています。でも面白い作品って、結構核になる部分がはっきりしていて、作品全体の内容をすっきり表現できると思うんです。でも本書の場合、そういうすっきりとした感じがない。いろいろと詰め込んだせいで、輪郭がぼやけてしまっている感じがする。文章とか描写とかは決して悪くないと思うんだけど、ストーリーの構成がたぶんそんなにうまくない作家なんだろうなと思います。読み終えて何も残らない小説というのはよくあるけど、本書もそういう感じで、文章が割とうまかったかな、というぐらいの感想しか残りませんでした。
文章なんかは、なかなか落ち着いていて読ませるし、細かな描写も女性特有の感性が滲んでいるようで、うまいなと思う部分は結構ありました。漫画家みたいに、ストーリーだけは誰か別の人に作ってもらって、文章だけ書くみたいな感じにしたら、結構いい小説が出来上がりそうな気がします。
元々舞台女優だそうで、小説の新人賞を受賞してデビュー。その後も女優をやりながら小説家としても作品を出し、脚本家や演出家としても活動しているとか。なかなか多彩な人ですね。文章は結構いい作家だと思うんで、あとはストーリーがもう少しなんとかなればなぁという、感じです。今後の作風次第では期待できる作家かなと思います。そんなにオススメはしませんけど、でもこういう話が好きという人もいるかもしれません。表紙に惹かれたという人は読んでみても面白いかもです。

前川麻子「晩夏の蝉」



非属の才能(山田玲司)

さて今日も、直接的には本屋の話とは関係ないんだけど、本書の内容とうまくマッチするんで、『どうして僕が本屋のバイトというフリーター生活をすることになったのか』という話を書くことにしましょう。
僕は、自分で言うのもなんだけど、昔から勉強は結構出来たんです。高校は進学校だったし、大学も日本人で名前を聞いたことがない人はいないだろうといういくつかの大学の内の一つに行っていました(卒業してませんけど)。でも今はフリーターです。
僕は中学の頃、サラリーマンにはなれない、と思ったんですね。
どうしてそう思ったのか、イマイチちゃんと覚えていないんですけど、とにかくその感覚だけは覚えています。将来サラリーマンになって普通の生活をしていくのは絶対に無理だな、と。それは今でも継続して思い続けていることでもありますけど。
でも一方で僕は、勉強が出来たんですね。またいろいろあって、『勉強が出来る』という立ち位置が気に入ってしまったわけです。僕は周囲に勉強を教えることで友達を作っていたような人間なんで、『勉強が出来る』という立ち位置を手放すのはなかなか難しかったわけです。
必然的に、いい高校、いい大学に行く、という選択肢を選ぶことになります。
しかし既にその時点で僕の人生は矛盾していたわけです。サラリーマンには絶対になれない、と思っていたのに、サラリーマンになるための良いルートを選択して進んでいたわけですから。次第にその矛盾が僕を苦しめるようになっていきます。
まあその後、いろいろあって(今でも自分の言葉で説明できないようなところもありますけど)、僕は一時期引きこもりっぽくなったんですね。実際の引きこもりとかと比べると期間も実態もショボイ感じですけど、合計で1年間ぐらい、誰とも会わず、家でひたすら本を読んでるかテレビを見ているだけ、という生活をしていたことがあります。
その後実家に強制的に戻されることになったんですけど、実家にいるのがあまりに嫌すぎて家出っぽいことを繰り返し、その後テキトーに決めたバイト先で働くことにしたわけです。
それが今バイトしている本屋です。
学生時代飲食店とコンビニでバイトをしたことがあったけどすぐ辞めたことがあったんで、その二つは避けようと思っていたところに本屋があったんで、とりあえずここでいいやということで決めただけでした。
まあそんな理由で本屋で働き始めたわけですけど、本屋の仕事というのは僕には天職だったようですね。実に面白い。フリーターというテキトーな立場だけど、本ばっかり読みまくってる自由な生活で実に気楽だし、楽しい。サラリーマンにはなれない、という違和感を無視してサラリーマンになったりしなくてよかったな、と今でも思っています。
まあそんなわけでそろそろ内容に入ろうと思います。
本書は、「絶望に効く薬」という、著名人にインタビューをしてそれを漫画にした作品を書いている漫画家が著作です。そんな著者が、これまで山ほど才能を持った人間と話をしてきて分かったことが、『才能というのは、どこにも属せないという感覚の中にこそある』ということでした。著者はそれを、『非属の才能』と読んでいるわけです。
学校にひとりも友人がいなかったという爆笑問題の太田光や大槻ケンジ、高校三年間で5分しかしゃべらなかったというほっしゃん、15歳にして女性と付き合う可能性を100%諦め研究に没頭した荒俣宏、小学校のクリスマス会を「自主参加でいいですよね」と言って堂々とサボった井上雄彦、などなど、とにかく『あたりまえの環境』『誰もが理解している常識』なんかに染まることが出来なかった人間こそが才能を発揮することが出来るのだ、ということなんです。
本書は、そうした『非属』という言葉をキーワードにしながら、親が子の才能を伸ばすにはどうしたらいいか、引きこもり達はどうすればいいのか、メディアや多数派の意見に流されるような生き方はするな、学校には行かなくたっていい、というようなことについて書いている作品です。
実に素晴らしい作品だなと思いました。
僕も正直なところ、かなり非属っぽい感覚が強い人間だと思っています。サラリーマンになって歯車になるのなんか死んでも嫌だし、ベストセラーだからと言って本を買うことはない。その時流行しているものにはそんなに興味が持てないし、大抵の場合少数意見に興味が惹かれる。金持ちになんかなりたくないし、結婚もしたくないし、長生きもしたくない。周りの人からは『変だね』っていわれることが多いけど、僕にとってはそれは最大級の褒め言葉だったりするわけです。逆に『普通だね』って言われるとメチャクチャ哀しくなります。
よく『学生時代に戻りたい』とか言っている人がいるけど、正直僕には信じられないですね。あんな大変な時代には二度と戻りたくないですね。家と学校という超閉塞的な環境の中で生き抜いていくことがどれだけ大変だったか。僕は勉強が出来たんでまだ何とかなりましたけど、僕の性格でもし勉強が全然出来なかったら、たぶん友達とかほぼ出来なかっただろうなとか思います。小中高大学と、どの時代にもそれなりに友達が出来たし、いじめられたり不愉快な経験をしたということは特にないんだけど、常に学校という環境には違和感を感じていたし(教師に反発することは多々あった)、もう一度学生時代に戻れと言われたら友達が出来る自信とかホントないですね。
まあ僕が非属っぽい感覚を持っているからと言って、何か凄い人間になれるっていうわけじゃないだろうけど、でも非属の感覚があると、生きていくのが結構楽になると思います。
群れないと生きていけない人は、テレビはきちんと見て、最新の流行をチェックして、美味しいと評判のレストランがあれば食べに行き、泣けると絶賛の映画の行列に並び、ということをしながら、常に『周囲からの評価』を気にしなくてはいけなくなります。流行を知らない人だと思われていないか、ファッションに疎いと思われていないか、空気が読めていないと思われていないか、などアホみたいな心配をしなくてはいけなくなります。
でも僕は今ではそういう感覚はほぼないです。学生時代は周りの雰囲気に合わせるためにそれでもそれなりに努力をしていたと思うけど、今では全然。ファッションなんて気にしたことはないし、髪の毛は一回切ると3カ月ぐらいほったらかし。テレビは最大でも週に2時間ぐらいしか見ないし、最新の流行については、流行っているという情報だけは知っているけど、体験したいとは思わない。ベストセラーになっている本は、元々興味のある作品・作家でない限りあんまり読まないし(というか、みんなが読んでるなら僕は読まなくてもいいか、と思ってしまう)、僕は古本屋で見つけるような、今では普通の書店に並んでいないような変な本にかなり惹かれる人間だ。今では、周りが僕のことをどう評価していようと、大して気にはならない。自分が面白い・正しいと思えることが、自分にとって一番正解だ、ということを知っているからです。
本屋で働いていると、群れている人が多いな、ということがよくわかります。それは、ベストセラーの売れ方を見ると分かるんですね。
ベストセラーというのは8割ぐらいはクズだと僕は思っているんですけど(クズだと思いながらも、売り上げのためには売り場におかなくてはいけないという哀しさをいつも感じております)、じゃあ何でクズなのに売れるのかというと、『みんなが読んでるから』という雰囲気があるからなんですね。
主にメディアを通じて、『この本はみんなが読んでいますよ』という雰囲気が作り上げられる。その本の内容とかそういうことは全部関係なくて、『みんなが読んでいるかどうか』ということが売れる・売れないの基準になってしまう。まあそれは、映画でも音楽でも同じだと思うんだけど。
別に、ベストセラーを買うことが悪い、と言っているつもりはないんです。ベストセラーになっている本を買って読書に目覚めて、それから最終的に太宰治を読むようになったり、という人だってきっといることでしょう。問題は、ベストセラーしか買わない、という人です。そういう人は、本書でも書かれていたけど、思考停止状態に陥っているんです。
しかし世の中は、そういう思考停止状態に陥っている人たちによって回っているんですね。だから本書でも、『人のいうことは聞くな』と書かれています。この場合の人は特定の個人ではなく、『みんな』ということなんですね。『みんながどう思っているか』なんてのは、少なくとも僕自身にとってはどうでもいい。人の意見を聞くことは大事だけど、みんなの意見を聞くことはない、ということですね。
本書から、いろいろと示唆に富んだ文章を抜き出してみましょう。

『親が本当にすべきことは、子供に失敗させることだ。』
『子供のみらいは「親が子供の失敗をどれだけ許せるかで決まる」と考えていいと思う』
『新しいことにチャレンジすれば、結果は必ず「失敗」である』
『前述のスティーブ・ジョブズは毎朝、「今日が人生最後の日だとしたら、今日スケジュールしたことをやるだろうか?」と自問するという。』
『みんなと同じじゃない子はダメな子だ。
こんな大嘘がいまでも信じられている。
そしてこの国では、今夜も孤独なエジソンが眠れぬ夜を過ごしている。団地のジョン・レノンは学校を追い出され、平成のトットちゃんは病気扱いされている』

どうでしょうか?
本書は、『非属の感覚を持っていない人間を改心させる本』ではないと思います。『非属の感覚を持っているが故に、どうしていいのか分からない人を救う本』だと思います。だから、人生に悩みなんかない、という人は読まないでよろしい。逆に、何でもいいからいろんな価値観とかメディアの言っていることに違和感を感じたことがあるという人は、是非読んでみたらいいと思います。たぶん、そういう非属の感覚を持っている人って、結構いるんだと思うんです。でも、自分でそれを押さえつけてしまっている。そういう人たちの気持ちが少しでも楽になるようにと書かれた本ではないかなと思います。
ちょっと本書をバリバリ売ってみようと思っています。POPのフレーズは考えました。

『教師よ 読め!
親よ 読め!
そして人生にウダウダ悩んでる奴
とにかく読め!
人生に悩みなんてないっていう人は、読まんでよろしい』

是非読んでみてください。

山田玲司「非属の才能」



世界のすべての七月(ティム・オブライエン)

今日はちょっと時間がないので、書店の話は省略。しかし年末になりましたね。書店の話を書くのがもう少しで終わると思うと、何となく気が楽です。正直なところ、だいぶ前からネタ切れなんです。まあ来年は来年でまた大変そうなアイデアを考えてるんで、楽にはなれないんでしょうけどね。
内容に入ろうと思います。
本書は、卒業から30年後の大学時代の同窓会と、そこに集う人々の過去の話を描いた群像劇です。
1969年度の卒業生である多くの面々が同窓会に集まっている。そこには様々な人々がいるのだが、本書では11人の人間が描かれる。
弁護士であり、カジノで勝ちまくったことがあるエイミー・ロビンソン。
元ストリート劇団員で、大金持ちと結婚したジャン・ヒューブナー。
話し合いの結果、二人の夫との二重生活を続けているスプーク・スピネリ。
徴兵を忌避してカナダのウィニペグという寂しい街に移り住んだビリー・マクマン。
乳癌を患っている、ビリーと駆け落ちするはずだったドロシー・スタイヤー。
とある事情から牧師を辞めさせられてしまったポーレット・ハズロ。
不倫相手が溺死し、それがいつ夫にバレるかとビクビクしているエリー・アボット。
とある事情で死んでしまったカレン・バーンズ。
驚異的なダイエットに成功し、とあることがきっかけでのっぴきならない事態に陥ってしまったマーヴ・バーテル。
ヴェトナム戦争で片足を失い、生死をさまよったデイヴィッド・トッド。
デイビッド・トッドの元妻であるマーラ・デンプシー。
こういった面々が、過去を告白したり、後悔したり、やり直しを求めたり、新たな恋が芽生えたり、罪を告白したりといったような同窓会を過ごしていく様子を描いた作品です。
前に読んだ「ニュークリアエイジ」が結構面白かったんで、こちらも読んでみました。
本作はちょっと僕にはダメでした。何がダメ何だかよくわかりませんけど、あんまり面白くなかったです。
会話とか文章の表現は、実に村上春樹っぽいんです。まあ訳者が村上春樹なんで当然なんですけど、だから全体の雰囲気みたいなものは結構好きなんです。一つ一つの会話が気が利いてるなと思ったり、なかなか面白い表現だなぁというのはあるんです。
でも、なんというか、全体的にはちょっと面白くなかったんです。
たぶんそれは、本書の構成にも問題があったかもしれませn。本書は、同窓会のシーンを間に挟みながら、いくつもの短編をつなげたような構成の長編作品なんですけど、元々本書は初めの内は短編として雑誌に発表されていたようなんです。著者が途中から、最後長編としてまとめることを意識して書くようになった、みたいなことをあとがきで村上春樹が書いています。
たぶん、本書が短編集という構成だったら、まだよかったのかもしれないな、と思います。でも、長編作品として見た場合、なんというかまとまりに欠けるような気がするんですね。一つ一つの話は、それだけ取り出してみれば面白いんですけど、全体で一つの長編という風に見るとまとまりがない。本書をあんまり面白いと感じられなかったのは、そういう側面もあるのかなという感じがしました。
短編として見た場合、僕は「痩せすぎている」という話が結構好きでした。昔は太っていた男が、努力の末にダイエットに成功すると、それまでは太っているというだけで避けられていたものが、痩せてみると、何を言っても信用してもらえる。カウボーイだの野球選手だの、およそ適当なことを言っては女性と関わりを持っていたわけです。
でもある時主人公はとんでもない失態を犯してしまいます。自分は○○だと嘘をついて窮地に追い込まれていくことになるんだけど、その追い込まれっぷりが結構面白いなと思いました。
あと「ルーン・ポイント」も結構よかったです。これは不倫相手が溺死しちゃった主人公の話だけど、まさにその不倫相手が溺死した日の出来事を、一風変わった警官とのやり取りを通じて描いている作品です。
まあそんなわけで、長編作品としてではなくて、短編集という構成で本書は読みたかったですね。ちょっとそこが残念です。長編としてはちょっとまとまりがないような気がするんですけど、山本弘の「アイの物語」っていう作品のような短編集だと思って読めば結構面白いかもしれません。気になる人は読んでみてください。

ティム・オブライエン「世界のすべての七月」



夜の光(坂木司)

書店の話と直接関係があるわけではないんだけど、昔から考えていたことがあります。
僕のブログを読んでくれる人は分かると思うけど、僕は本の評価をする時に、数字や星の数で点数みたいなものをつけたりはしないんですね。
何でかって言うと、僕がどんな文章を書いたとしても、その数字や星の数の印象によって評価が決まってしまうと思うからなんです。
もしこんな実験をやってみたらどんな結果になるんだろう、と考えることがよくあります。
二つのグループを用意します。それぞれのグループには、ある作品(小説でも映画でも音楽でも何でもいいんだけど)についての感想の文章が配られます。二つのグループが読む文章はまったく同じ内容のものです。ただ、一方のグループの文章には5段階評価で2を、もう一方のグループには5段階評価で4という数字をつけるとします。
それぞれのグループに、その感想を読んでその作品を読んでみたくなったかどうか聞いた時、どういう結果になるでしょうか?
僕の予想ですけど、評価が2の方の文章を読んだグループは、評価が4の方の文章を読んだグループよりも、その作品を読みたいと思う人が少ないんじゃないかな、と思うんです。まったく同じ文章を読んでも、その文章につけられた数字によって評価が左右されてしまうんじゃないかな、と思うんです。まああくまでも僕の予想ですけど。
これはよくamazonのサイトを見ている時に考えますね。amazonではレビューを投稿する際に評価に応じて星の数を決めるんですけど、たぶんamazonの評価を見て本を買うような人は、文章とか読んでなくて、星の数ぐらいしか見てないんだろうな、と。
もし僕のブログに、作品の評価を数字や星の数で表現していたとしたら、ただでさえ長くてつまらない僕の文章を読んでくれる人はさらに減ってしまうでしょう。それは僕としては不本意なので、そういう分かりやすい評価はつけないようにしています。
最近はホント、そういう『分かりやすい評価』によって本が売れていく傾向があります。何かのランキングで1位になった、テレビで紹介された、売り上げのランキングで1位になった、みたいな感じです。もちろん昔からそういう傾向はあったでしょうけど、最近は特に酷くなってるなという感じがします。
もちろん、気持ちは分からないではありません。昔に比べたら、出版される本の数がとんでもなく増えています。その中から、自分が面白いと思える作品を何の指針もないままに選ぶというのは相当に難しいことだと思います。僕みたいに、外れを引いても仕方ないから積極的に面白そうな本を探す、みたいな人間は少数派でしょう。大抵の人は、面白くない本は買いたくない、と思っているはずで、だからこそそういう『分かりやすい評価』によって本を選ぶことになるんです。
でも正直なところ、そういう『分かりやすい評価』の与えられた作品というのは、8割ぐらいが面白くない作品なんですね。世間的に売れている本というのは、誰が読んでもそこそこな作品だからこそ売れるわけで、飛びぬけて面白いわけでもないし、メディアで紹介される作品というのは、出版社やなんやらのいろんな思惑によって決まっていることが多いんで、実際の面白さとはかけ離れています。ランキング本で1位になったりする作品も、大抵はマニアックな人間たちが決めたランキングであることが多いんで、マニアックではない人たちが読むとちょっとついていけない作品だったり、ということになります。
じゃあ何を基準に本を選べばいいんだ、と言われると困ってしまうんですけどね。僕のいる店に来てもらえれば、僕が個人的に推している作品なんかがたくさん置いてあるんで、新しい選択肢をいろいろ知ることは出来ると思うんだけど。
出版点数が膨大になったからこそ、本はかつて以上に知識がないと選べないものになってしまいました。だからこそ、書店の役割もそこにあるべきだ、と思うんですね。売れているから、出版社から送られてきたから、売らないといけない本だから、メディアで紹介されたから。そんな理由ばっかりで店に置く本を決めていたら、書店としての役割が果たされなくなってしまうと思うんです。地図やコンパスを持たずに大海に放り出されてしまった人を助けるような気持で書店の仕事が出来たらな、と思います。
そろそろ内容に入ろうと思います。
本書は5つの短編が収録された連作短編集です。
大雑把な設定だけ先に書きます。
舞台はとある高校の天文部。部員はたったの4人で、顧問の田代先生も緩ければ、活動内容も緩いというやる気のない文化部です。
でも、そんな四人は、観測会だけは定期的に開いていた。みな星に興味があるというわけでもないのに、泊りこみの観測会には熱心だ。
夜だけ仲間になれる関係。
四人はそれぞれ自分のことをスパイだと思っている。スパイとしての目的はそれぞれだけど、皆最前線で必死になって闘っているのだ…。

「季節外れの光」
ジョーは正統派美人の女の子。口数は少ないしとっつきにくそうに見えるけど、冷たいわけじゃない。
彼女は、家族の元から逃げ出すために、日々スパイ活動に邁進している。女の子は結婚しさえすれば幸せだ、と思っている両親の攻撃を巧みにかわし、勉強の時間を奪っていく意味のない誘いを華麗にスルーしていく。ジョーは最前線で常に気を張ってスパイ活動をしている。
天文部の他のメンバーが、入部希望者を部室で待ってる時にホタルを見たという。しかし時期がおかしい。観測会の夜にその光がなんなのか調べてみることにしたのだが…。

「スペシャル」
ゲージは子供の頃からうるさい子供だった。子供の内はよかったけど、次第に年の割に落ち着きがない、という評価になっていった。
そこでゲージは考えた。日本一有名な大泥棒をモチーフに、軽薄で無邪気だけど子供っぽくない大人というキャラクターを作りだし、それを演じよう。それがゲージのスパイ活動の最前線だ。そんな中天文部のメンバーと出会い、彼らと夜会うことがミッションの加わった。
夏合宿に行った先で、ピザ屋で働いている天文部のメンバーがちょっとした謎を持ってきた。おかしなピザの頼み方をする客が二人いるというのだ。一人は毎回具が一種類の超シンプルなピザを頼む客。配達に行くと、外着のままドアの外で待っているのだ。もう一人は、最大で8種類というありえないトッピングをしてくる客。どうしてそんな変な注文をするのだろうか?

「片道切符のハニー」
ギィはギャル風のファッションに身を包み、周囲を威嚇しながら、オッフェンシブにスパイ活動を行っている。
彼女のミッションは、家を出ること。暴力的な父親とそんな父親を止めようとしない母親を見限って、自活への準備を着々と進めている。見た目はギャル風だけど、実はかなりしっかりした女の子。
学園祭でジョーが手芸部で気に行った財布を買おうとしたのだけど、売り子の女の子に拒絶された、という話を聞く。ジョーはその女の子とは完全に初対面だったのだけど、一体何が問題だったのだろう?

「化石と爆弾」
ブッチは農家の仕事に精を出しながら、野菜という名の爆弾を常に運び続けるスパイだ。ブッチも、前時代的な発想の家族を振り切るために、日々スパイ活動に邁進している。農作業のためにとんでもなくガタイのいい体格をしているけど、実にいい奴。野菜は食べないけどブロッコリーだけは食べる。
ちょっと変わった感じの恰好をした女子生徒が、何かの生き物を抱えて焼却炉を探している、という話が出る。ギィとゲージが目撃したらしい。その女の子は一体何をしてるんだ?

「それだけのこと」
大学に入学し、無事ミッションを終了させたジョーは、久しぶりに天文部のメンバーから連絡をもらった。キャンプをするらしい。それぞれの形でスパイ活動に終止符を打った面々が集まり、依然と変わらない観測会の雰囲気のまま一夜を過ごす。
実はジョーのスパイ活動はまだ終わっていない。最前線からようやく抜け出せた、というだけだ。しかしそれでも、ここに辿りつけただけでもよかった。

というような感じです。
読み始めた時は、ちょっと微妙かな、と思ったんですけど、なかなかいい作品でした。
本書は坂木司の作品らしく、日常の謎系の物語になっていますけど、設定がなかなか面白いんですね。主人公である天文部のメンバーが皆、自分のことをスパイだと思っている、ということです。お互いにそれを明かしたことはないんで、個々人がそれぞれそう思っている、という感じなんだけど、まずその設定がいいですね。
スパイと言っても、その活動の目的は本物のスパイから比べれば些細なものです。でも、彼らは自分の人生を生き抜くために必死です。個々人がそれぞれ持っている個人的な事情が、彼らをスパイ活動へと駆り立てます。そうしなければ生きていけない、という切実さが、彼らの窮屈な生き方に現れています。
そんな窮屈な生き方を強いられている彼らが、唯一安心できる場が天文部なんですね。それぞれが超個人主義で、群れたりつるんだりすることがまったくない、集まっていても何もなければ特に会話が発生しないような、そんなクールなメンバーだけど、そこに日常の謎というスパイスが加わることで彼らの関係がより進展していきます。
僕も高校ぐらいまでは、実家にいることが苦痛で苦痛で仕方なかったし、スパイ活動と言えば確かに僕もそれに近いことをやっていたので(親のことが嫌いだということを親に気づかれないようにして、速やかに実家とおさらばする、というミッション)、彼らに親近感が湧きました。今の高校生が本書を読んでどう感じるか分からないけど(少なくともケータイ小説を読んでリアルだなんて言ってる高校生がいるわけで、そういう人たちには期待は出来ないんですけど)、僕は若い人のことをうまく描いているなぁと感じました。
日常の謎の部分については、まあさほど可もなく不可もなくという感じでしょうか。特別いいわけでも、凄く悪いというわけでもない感じです。日常の謎的な部分については、やっぱり「青空の卵」から始まるシリーズの方が秀逸かな。でも本書はキャラクターがなかなかいいので、そういう部分で結構読まされるのではないかなと思います。
あと本書のもう一つの魅力を挙げれば、料理ですね。「青空の卵」から始まるシリーズでもそうでしたけど、坂木司は料理を描くのがうまいんですね。どのシーンも旨そうです。たぶん著者自身も料理をするんでしょうね。最後の方に出てきた闇鍋みたいな鍋は、ちょっと食べてみたい。ホントにうまいのかなぁ。
ミステリとしての出来はさほどでもないですけど、青春小説として読めばかなり楽しめる作品ではないかなと思います。是非読んでみてください。

追記)amazonでの評価は結構低いんだよなぁ。相変わらず、僕の評価とamazonでの評価が合わないことが多いなぁ。

坂木司「夜の光」




淳(土師守)

つい先日ですけど、売り場にいる時に、女子高生二人の会話が耳に入ってきました。

「ねぇねぇ、私エッセイ書こうと思うんだけど」
「うんうん、書けるよ、エッセイとかだったら。自費出版だったら2・3冊買うからさぁ」

ちゃんと見ていたわけではないですけど、見た感じまああ普通っぽい女子高生なんですね。それがまあこんなアホっぽい会話をしていました。
確かにこの会話だけからすれば、エッセイを出版出来ればいいのであって、それが売れるということは望んでいない、という解釈も出来るでしょうけど、きっと本人の中では、エッセイを書いて売れる、ということが目標なんでしょう。この会話をしている時も、コミックエッセイがある棚の前にいてあれこれ本を見ながら喋っていたので、やっぱり売れたいと思っているんだと思います。
しかしですねぇ、エッセイほど書くのが難しいものはないですね。正確に言えば、売れるエッセイを書くのが、ということですけど。
以前森博嗣のブログかエッセイか何かを読んでいた時に書いてあったと思うんだけど、エッセイの発行部数は小説と比べると大体4分の1、なんだそうです(間違ってるかもですけど)。出版社としても、売れると思って出してはいない、ということなんでしょう。有名作家のエッセイにしたって、これは売れたなぁ、なんていうのはほとんどないと思います。
ネットから出てくるような、コミックエッセイの類は、確かにかなり売れているものもあります。でも正直売れているのは、だいぶ以前に話題になったものの続巻ぐらいなものでしょう。最近新しく売れ始めたコミックエッセイというのは記憶にないですね。二匹目三匹目のドジョウを狙いまくった結果、市場としてはもう飽和して、なかなかベストセラーが出にくくなってきているんだろうなと思います。
まあ女子高生としたって、そんなに本気で言っていなかったのかもしれません。それにしても、なんてアホな会話なんだ、と思ってしまったので、書いてみました。ただの女子高生が書いたエッセイなんかが売れるわけがないんですよね。
あともう一つ。こんなニュースを見ました。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20091207-00000038-mai-soci

国会図書館がパンク寸前、というニュースです。
この図書館は、国内で発行されたすべての出版物を保存することが法律で義務付けられているんです。
しかしまあ、そりゃあパンクするだろ、っていう感じです。
最近読んだ「本の現場」という本には、50年前と比べると出版点数が7倍になった、ということがわかるデータが載っていました。現在では、1日に200点新刊が出ると言われています。確かに書店の現場も、日々送られてくる新刊にあっぷあっぷですけど、すべての出版物を保存しておかなくてはいけない国会図書館は、そりゃあ大変なことになっているでしょう。ご愁傷様です。
しかしどうするんですかね。デジタルデータで保存をしたとしても、原書は破棄しないらしいんで、それは根本的な解決にはならないそうです。いろんなところに分散して保存するにしても、いろんな事情から東京に置いておかなくてはいけない本というのもあるようなんです。どうすりゃあいいんでしょうね。
そろそろ内容に入ろうと思います。
本書は、神戸の連続児童殺傷事件の被害者の一人、土師淳君の父親が記した手記です。
被害者の首が切られ、それが小学校の校門の前に置かれる、しかも加害者が14歳の少年だったという衝撃的な事件に否応なしに巻き込まれた著者が、息子との思い出やその後の悲しみ、事件を通して知った少年法やマスコミの矛盾など、被害者としてのありのままの声を書きつづっています。
最近、光市の事件についてのノンフィクション「なぜ君は絶望と闘えたのか」という作品を読んで、そこにこの土師守さんが少しだけ出てきたので、それで名前を知りました。この事件が起こった時、たぶん僕は加害者と同級生ぐらいの年代だったと思うんで、ニュースとか見てたはずなんですけど、被害者の家族の名前とかは全然覚えていなかったんです。その「なぜ君は~」で初めて名前が記憶に残りました。
その後本書を見かける機会があったので読んでみることにしました。
正直なところ、作品としての出来はさほどではありません。でもまあそれは仕方ないことだと思います。書き手がプロの作家というわけではないわけですからね。それに、うまく文章にすることが出来なかったというだけで、実際は本書で描かれているよりももっと深く重い感情を抱いているんだろうと思います。本書を読んで、被害者だからこそ知ることの出来る感情に近づけるかというと、それはなかなか難しいんじゃないかと思うんです。それは概ね文章力や構成力の問題で、まあ仕方ないことだろうと思います。
日本という国において、被害者がないがしろにされているという現状については、先ほども話に出した「なぜ君は~」で知りました。光市の事件の遺族である本村さんの尽力で、被害者に配慮するような流れが作られていったようですが、神戸の事件が起きた時はまだそんな風潮はなかったわけです。裁判はもちろん非公開、少年法に守られて刑務所にはいかない、マスコミは被害者のプライバシーを丸裸にする、心ない嫌がらせ。
特にマスコミについては酷いなと感じます。最近僕はテレビのニュースとかまったく見ないですけど、そんなことどうでもええがな、というようなプライバシーに関する話がいろいろ出ます。加害者が少年だから何も書けない代わりに、被害者については突っ込んでやろう、ということなんでしょうけど、マスコミのそういう、とりあえず何でもいいからネタを取りに行く、という風潮は嫌いですね。まあそれが収まることはないと思いますけど。
こういう事件が起こると、日本という国は法律もマスコミも国民もみんな幼稚だなと思いますね。もちろん、きっと僕も幼稚なんでしょう。もっと社会全体が、そして仕組みの一つ一つが、大人であることを目指していかなくてはいけないのではないかなと思います。
いろいろ考えさせられる作品だと思います。読んでみてください。

土師守「淳」



借金取りの王子(垣根涼介)

来年やろうと思っている新たなプロジェクト(って大げさですけど)を考えました。
その名も、「スコーレプロジェクト」。
「スコーレNo.4」っていう作品があるんですけど、これがまあべらぼうによかったんですよ。で、来年ちょっと売りたいなと。でも、今年一年間でいろいろとやったやり方をまた繰り返すのも芸がないなと思ったんで、ちょっと新しい売り方を考えてみようと思ったんです。
しかしまあ、書店の現場で新しい売り方を考えるってのはなかなか難しいものです。これまで多くの書店員がいろいろ考えて来ても、革新的なやり方というのは見つかっていないわけですからね。
まあそれでもとにかく考えてみました。そして昨日、
「スコーレプロジェクト」を僕が名付けたアイデアを思いつきました。
骨子は二つ。
まずは、どこかの書店でもきっとやっているでしょうけど、手製のしおりを作ってみようかな、というアイデアです。そのしおりを、「スコーレNo.4」ではない文庫に挟む。「スコーレNo.4」は完全に女性向けの作品なんで、女性向けに売れそうな作品に手製のしおりを挟んで、アピールしようかな、という作戦です。
そしてもう一つ。こっちはなかなかやっている書店はないアイデアではないかと思うんだけど、mixi内に「スコーレNo.4」あるいはその著者のコミュニティを作る、というもの。POPや帯に、mixi内にコミュニティを作ったんで、そこに読んだ感想を書いてください、という誘導をするんです。書いていただいたコメントは、店頭で掲示するかもしれません、という断りを入れておいて、そのコミュニティ内に集まったコメントをどんどんと売り場に貼り付けていく、という感じです。
これはなかなか面白いアイデアなんじゃないかなぁと思ってるんです。今店のスタッフの一人に「スコーレNo.4」を読んでもらってるんですけど、そのスタッフも大絶賛してるんで、POPを作ってもらったり、コミュニティに管理人をやってもらったりする予定です。
初めは、アンケートボックスみたいなのを店内に置いて、そこにコメントを入れてもらえたらいいなぁと思ってたんです。でもそのスタッフとも話したんだけど、きっとコメントは集まらないだろう、と。以前とあることでお客さんのアンケートの回収をやった時も、ウチの店の回収率はとんでもなく低かったので、たぶんそういうやり方は合わないだろうなぁと思ったんです。
でも、自分で言うのもなんですけど、僕はこれまでにもとにかくいろんな本の売り方を試してきているんですね。とにかく思いついたことはどんどんやるという感じでいろいろやってきた。失敗したものも多いけど、大成功したこともある。その中で、お客さんとやり取りするという方向だけがまだ未開拓という感じなんですね。なんとかそっちの方面を開拓できないかと思っている時に、mixiのコミュニティというアイデアを思いつきました。これなら書きこむのにさほど抵抗もないだろうし、今ならmixiをやっていない人の方が少数派でしょうから(僕でさえ一応やってます)、結構いろいろと面白いことが出来るんじゃないかなと思います。
例えばツイッターとか僕は使ったことないんですけど、これも似たような使い方が出来るかもしれませんね。まあ本の感想なんてリアルタイムである必然性がないからmixiのコミュニティで十分だとは思うんだけど。
成功するかどうかは分かりませんが、たぶんまだほとんど誰も手をつけていないやり方だと思うんで面白いんじゃないかなと思っています。「スコーレNo.4」の来年の売り上げ目標はとりあえず500冊。今年「凍りのくじら」を現時点で450冊売っていることを考えると、無理な数字ということはありません。最終的には1000冊まで持っていければすごいと思うんだけど。それはさすがに厳しいかな。
そろそろ内容に入ろうと思います。
本書は、リストラを専門に行う会社で働く村上真介を描いた「君たちに明日はない」の続編です。
本書は5編の短編が収録された連作短編集ですが、まずは大雑把に全体の設定だけ書こうと思います。
主人公は、「日本ヒューマンリアクト」という、企業のリストラを専門に行う会社で働く村上真介。30代前半くらいかな、確か。優男風で柔和な印象を与えるのだけど、人の首を切るような仕事をしているのだからそれなりに厳しい内面を持ってはいる。でも、人を物のように見て無感情に仕事を進められるわけでもない。仕事に対しては真面目だし、何よりフェアにやろうとなるべく努力をしている。
真介は、芹沢陽子という女性と付き合っている(と書くと、「君たちに明日はない」を未読の人にとってはネタばれになってしまうんだけど、許してください)。陽子はかつて真介が首切りの面接を担当した女性だった。その時の縁で付き合うことになった。陽子は関東建材業業界という団体の局長をやっている優秀な女性なのだ。40代前半ぐらいだったと思う、確か。
真介の仕事がメインで描かれつつも、陽子の仕事や、あるいは真介と陽子の付き合いなどの話も進んでいくという話です。

「二億円の女」
真介は、とあるデパートの外商部のリストラ面接をしている。外商部というのは、お客さんの家や会社に営業に行く部署のことで、かつては力を入れていた部署だったが、今ではやる気のない人間の吹き溜まりみたいなところになってしまっている。真介が今面接した野口治夫という男もそんな感じの男だ。
そんな外商部に、年商2億円をたたき出す女性社員がいる。倉橋なぎさ。30代半ばの年齢で、外商部トップの売り上げだ。真介はデパート会社の社長から、この倉橋だけは辞めさせたくないから面接は穏やかに頼む、と言われるほどだ。しかし倉橋の方は、何となく自分の仕事に疲れを感じるようになってしまっていて…。

「女難の相」
生命保険会社の大手のリストラ面接をしている真介は、松本一彦という男の履歴に目を留める。総合職で働いている、幹部候補だった男だ。だった、というのは、かつてこの男は自らの意思で出世コースから外れたとしか思えないような行動を取っているからだ。資格も取り、出世コースを順調に進んでいたにも関わらず、幹部になるために必須のある役職を降りたいと言ってきたのだ。それで現在松本はシステム開発の部署にいる。完全に出世コースからは外れている形だ。
この男はどうして出世コースをはずれるようなことをしたのだろうか…。

「借金取りの王子」
「フレンド」という消費者金融会社のリストラ面接をすることになった。離職率の高い業界だが、会社のイメージアップのための戦略的なリストラらしい。
真介は、三浦宏明という男の面接をすることになった。三浦というのは甘いマスクをした男で、慶応卒という高学歴。かつては22カ月連続で目標を達成するという驚異的な数字をたたき出していたのだが、現在は降格ぎりぎりのライン。トップは、この男はやる気がなくなったのだと判断している。
三浦宏明には、どうしても会社を辞めるわけにはいかない理由があった…。

「山里の娘」
あるホテルの従業員に希望退職を促すという仕事が来た。評判のいいホテルなのだけど、系列の二つのホテルを閉めることになった関係であぶれるものを受け入れる受け皿として空きを作っておこうということらしい。無理やり辞めさせるという仕事ではないので気が楽だ。
視察を兼ねて陽子とそのホテルに泊りに行ったときに担当してくれたのが、窪田秋子。秋子はこの面接の目的を十分分かっている。無理やり辞めさせようというものではない。それでも、辞めることを考えてしまう。私はこれからもずっと、この田舎で暮らしてていいのだろうか…。

「人にやさしく」
陽子の事務所の派遣社員が辞めることになったのだけど、派遣会社との疎通がうまくいかずトラブルになりかけている。そんなタイミングで真介は、自分の会社で派遣会社のプロジェクトを立ち上げた。首を切られた社員を受け皿としての機能を持たせることが、担当する企業との関係もよくなるしビジネスとしてもやっていけるということで決まったのだ。
そこで陽子の事務所の派遣社員を真介が見繕うことになったのだけど…。

というような話です。
「君たちに明日はない」を読んだのがもう二年くらい前なんで、そっちのことはあんまり覚えていないんですけど、でも相変わらず面白い作品でした。とにかく作品としての完成度がメチャクチャ高いですね。文章は読みやすいし、細かな部分まで描写が行きとどいているし、キャラクターは地に足がついているし、ストーリーは面白い。文章やストーリーに癖がないのに、平凡というわけでもない、エンタメ小説のお手本みたいな作品だなと思います。
一番凄いなと思うのは、この読みやすい文章です。印象的には、東野圭吾のような文章に近いですね。東野圭吾もそうだけど、文章に特別特徴がない。作家名を知らされないで読んだら、誰が書いたか分からないでしょう。でも、とにかく読みやすい。前からいろんなところで書いているけど、特徴や癖がなくて読みやすい文章っていうのは、本当に書くのが難しいんです。文庫本で400ページくらいある作品なんですけど、とにかくスイスイ読めてしまいます。この文章の読みやすさはちょっと凄いなと思います。
また、細かな部分の描写が凄いなと思います。垣根涼介はそもそも取材に手を抜かない作家のようですけど(「ワイルドソウル」を書いた時も、実際にブラジル辺りを相当回ったようですしね)、そうした取材で得た知識を実にさりげなく巧みに作品に組み込むんですね。そういう細かな描写の積み重ねが、作品やストーリーにリアリティを与えるんです。指先までピンと伸ばして踊ってるダンサーみたいな印象です。
ストーリーもうまいと思うんですね。どの話も、首を切る話なんだけど、それでもそれぞれまったく違う話になっている。首を切る話でここまでバリエーションを生み出せるものなんだな、という感じです。でも考えてみれば、首を切る切られるというのは人生の中でもなかなか大きなウェイトを占めるし、そういう状況に陥ると人間の本性というのが見えるでしょうから、人の数だけ作品を生み出せるのかもしれないですけど。それぞれの話で、首を切られる人間の、ささやかではあるけど地に足のついた切実な問題が浮かび上がってきていいなと思いました。
話としては、表題作の「借金取りの王子」がいいですね。たぶん全短編中一番くっきりとしている物語ではないかなと思います。あと、「二億円の女」と「山里の娘」もなかなかいいです。働くというのはどういうことなんだろう、というのを考えさせてくれます。こと女性をメインにした作品は、なかなか感慨深いものになるような気がします。
ラストの「人にやさしく」も、これまでの作品とは毛色が違っていていいです。確かに、リストラ会社が派遣会社を併設していたらいいかもしれないなと思いました。
あとストーリーでうまいなと思ったのは、首切りをしなくてはいけない理由についてです。本来であれば、業績が悪化したからというような理由になるけど、それだけだと話がワンパターンになってしまう。「借金取りの王子」では、離職率の高い仕事ではあるけどリストラを敢行するのは、モラルに問題のある店長を辞めさせることで見せしめにするという目的があるし、「山里の娘」では、閉館するホテルの従業員の受け入れ先を捻出するための希望退職を募る、という話ですね。リストラにもいろんな背景を用意できるその多彩さがいいなと思いました。
とにかく、レベルの高い作品です。この作家自体もそもそも実に安定した作家ではありますけど、内容的に結構ハードな作品が多いんで、向かないという人は結構いるんじゃないかなと思います。でもこの「君たちに明日はない」シリーズは、垣根涼介の作品の中で例外的にライトなエンタメになっています。垣根涼介のハードな作品を読んでちょっと…と思っている人にもオススメです。是非読んでみてください。

追記)amazonのレビューに、「ワイルドソウル」などのハードな作品が好きなファンには、この作品は「微妙」だろう、と書いている人がいました。なるほど。本書は、既存の垣根ファン以外が読むといいのかもしれませんね。

垣根涼介「借金取りの王子」



神様のカルテ(夏川草介)

最近スタバに行くことがあったんだけど、そこで古本を回収するみたいな案内を目にしました。

http://www.starbucks.co.jp/holiday/event/index.html?cid=pc_wh_b42

調べてみると、不要になった本をスタバに持っていくと、それをスタバが回収し、中古本業者に査定してもらい、その査定金額すべてを日本点字図書館に寄付する、とのことです。日本点字図書館は、目の見えない人のために音声図書や点字図書なんかを作ったりしているようなところらしいです。
なかなか面白いと思うんですけど、どうしてスタバで本を回収しようと思ったんだろうな、と思います。確かにスタバでは、コーヒーを読みながら本を読んでる人が結構います。そういう人たちにアピールできるように、ということなんでしょうか。
でも、やっぱり『本』というもののパッケージの力みたいなものって、やっぱりまだまだ大きいんだな、と思います。本はホントにどんどん売れなくなってきているんですけど、本という形態が持つ力みたいなものはきちんと残っているな、と。
だって例えばですけど、音楽とか映像とかだと、この企画って成り立たないじゃないですか?それは、音楽とか映像とかっていうものの価値は普遍でも、それを納めるパッケージがどんどんと変化していっているためだと思うんです。音楽の場合、昔はレコードだったけどだんだんCDになって、今ではUSBメモリで新曲が発売されたり、なんてことだって起こっています。映像にしたって、ビデオだったりDVDだったりブルーレイだったりいろいろですけど、とにかく技術革新によって形態が変化していくものというのは、その形態自体が歴史を獲得することが出来ないので、普遍性を持つことが出来ないのだろうなと思うんです。
でも、本の場合って、もう何千年も前から形が変わっていないんです。文学自体の価値はもちろん普遍的だけど、それを収めるパッケージとしての本という形態もまた普遍的なものなんですね。だからこそ、『本』というパッケージを使った企画がいろいろと成立するんだろうなと思うんです。
今電子書籍なんてのが徐々に出始めています。正直なところ、僕は電子書籍なんてのがかなり出回るようになっても、本という印刷物で小説を読みたいと思っています。電子書籍がどこまで広がっていくのか分からないけど、本という形態が、なくなることはないだろうけど、衰退してほしくもないよなぁと思います。
そろそろ内容に入ろうと思います。
舞台は地方病院である本庄病院。信濃大学医学部を卒業し、そのまま地元に残って地域医療に身を捧げる、5年目の医師栗原一止が主人公です。
一止は、慢性的に医師の不足している本庄病院において、ほぼ何でも屋というような状態になっている。専門は内科だけど、夜間の救急医療ともなればどんな患者でも診る。徹夜なんて日常的で、ほぼ慢性的に疲労困憊している、そんな労働環境です。
そんな中で一止は、医療とは何かということを考えながら日々の仕事をこなしている。一止の元には、大学病院の医局にこないか、という誘いが来ているのだけど、大学病院に行くことが正解なのかどうかわからない。確かに本庄病院の勤務はキツイ。でも、こうやって日々身を削りながら、最後の人生を生きる人々を看取っていく。それが自分のやるべき医療なのではないか…。
天然でふんわりしているけども、重い機材を持って山に登る山岳写真家の妻や、元旅館という謎めいた建物「御嶽荘」に住む、男爵や学士殿と言った奇天烈な面々と共に、生や死の尊厳を描いていく作品です。
今売れてるみたいなんですよね。僕は正直興味があったわけではないんですけど、バイト先の人に読んでみる?と言われたので、借りて読んでみることにしました。
正直、ちょっと残念な作品なんですね。良いか悪いかと聞かれれば、良くも悪くもないと答えるしかないんです。
何が残念なのか、というと、足りないんです。
例えば、本書を医療物という観点からみた場合、確かに地域医療について書いている小説ってそう多くないから悪くないんだけど、でもやっぱり海堂尊には及ばないんですね。医療物のエンターテインメントではもう海堂尊が独走みたいなところがあって、海堂尊も「極北クレイマー」という作品で地域医療を書いている。確かに作品のトーンみたいなものは違うんだけど、でもやっぱり地域医療の現実を描いているという点では、海堂尊の作品の方が遥かに上だと思うんですね。
で本書は、語りの軽妙さやキャラクターの愉快さなんていうのも魅力の一つなんだと思うんです。主人公は、夏目漱石の「草枕」が大好きらしく、しゃべり方も古臭い感じになってしまう変人で、文章もなんとなく古っぽい感じの雰囲気を出しています。また、「御嶽荘」に住む男爵や学士殿、それに主人公の奥さんなんかが結構いいキャラクターで、変なキャラクターを気に入る人もいるかもしれません。
でも、そういった部分も、どうしても森見登美彦には及ばないわけなんです。文章を古っぽくしたり、奇天烈なキャラクターを出したりという点では、もう森見登美彦にかなう存在はいないでしょう。万城目学くらいの力があれば、まだ森見登美彦と拮抗出来ると思うけど、本書の場合森見登美彦には遠く及ばないという感じなんですね。
もし、海堂尊も森見登美彦もいない時に本書が出ていたら、もしかしたら面白いと思えたかもしれません。でも、海堂尊も森見登美彦もいる世界では、本書の魅力というのは限りなく薄まってしまうと思うんです。僕が初めに『足りない』と書いたのはそういうことで、そこがちょっと残念だなと思います。
あともう一つ思ったのが、ちょっと枚数が少ないかなということ。これも『足りない』という部分ですけど、本書はハードカバーで200ページくらいしかないんですね。本書は、小学館文庫小説賞とかいう新人賞を受賞してて、もしかしたらその新人賞の規定枚数がそれぐらいなのかもしれないけど、でも地域医療を舞台にして、かつ男爵とか学士殿とか奥さんみたいな結構魅力的なキャラクターを登場させる物語にしては、ちょっと話が短いなと思うんです。せめて300ページを超えるくらいの分量がないと、ちょっと物足りなさを感じてしまうのではないかなと思うんです。
まあでももしかしたら、今の世の中にはこういう作品がいいのかもしれないですね。海堂尊ほどとんがってなくて、森見登美彦ほど奇天烈ではなくて、枚数的にも読みやすいような、そういうライトな小説が求められているのかもしれません。だから売れているのかもしれません。こういう作品ばっかり売れていくのは、僕としては怖いんですけどね。20年後とかって、僕が読みたいと思えるような本って出版されてるかなぁ。
まあそんなわけで、僕としてはそんなにオススメではないんです。僕なら、海堂尊や森見登美彦をオススメします。まあでも、軽い小説を求めている人にはいいかもしれません。

夏川草介「神様のカルテ」





崖の館(佐々木丸美)

いろいろあって、時間がないんですけど、このタイミングで感想を書きたいんで、書店の話は省略です。
内容に入ろうと思います。
寒風吹きすさぶ崖の上に立つ洋館に一人で住む財産家のおばを訪ねて、いとこたちがやってくる。まとまった休みになるといとこはこの館に集まるのだ。
2年前。おばの養女として育てられてきた千波という少女が、崖から落ちて亡くなった。事故だろう、と思われていた。
しかし、涼子たちいとこが館にやってくると、絵の紛失や密室間の人間移動など、不可解な出来事が続出する。
これらは、何かよからぬことの前触れなのか?もしかして、千波の死も事故ではなかったのだろうか?普段仲良くしているいとこたちの中に『犯人』がいるという状況の中、皆が疑心暗鬼になり…。
というような話です。
いやはや、とにかく僕には合わない作品でした。正直なところ、初めの100ページくらいはなんとか真面目に読みましたけど、残りの200ページは相当飛ばし読みしました。それでも結構時間掛かったなぁ。とにかく僕にはダメな作品でした。
一応本格ミステリっぽい雰囲気を出しているんだけど、謎自体さほどということもないし(まあ別に読んでて分かるというわけでもないんだけど)、それに芸術方面の蘊蓄やらなんやらが多すぎて、もうダメでした。
というわけで、本当に書くことはほとんどないんですね。こういう作品が良いという人もいるかもしれないけど、僕はちょっとオススメできません。久々に、ものすごくつまらない作品を読んだなぁ、という感じでした。

佐々木丸美「崖の館」



ぼくと、ぼくらの夏(樋口有介)

ツイッターってあるじゃないですか?まあ僕はやってないんですけど、あれでちょっと面白いことを考えたんです。
最近、ツイッターで書いた140字以内の短い小説を集めた本、みたいなのが出版されたんです。140字以内でどんな短編が書けるのか分からないけど、まあ書いてるんだから書けるんでしょう。
だったらこんなんもアリなんじゃないかって思ったわけなんです。
ツイッターで連載小説。
アイデアとしては、単純です。ツイッターで連載小説を書くっていうだけのことなんだけど、いろんな人がリレー形式で書いたら面白いと思うんです。一人の人がツイッターで連載しても、別にそれは他の媒体でやっても同じだけど、リレー小説という形態だったら面白いことができそうな気がするんです。
それはRPGのゲームのように、無限に分岐する物語を作れるかもしれない、ということです。
例えばある人が、Aという書きだしをツイッターで書くとしましょう。別の人がB1という続きを書くんだけど、また別の人がB2という続きを書いて、さらに別の人がB3という続きを書く。これで既に、Aという書きだしから物語が三つに分岐したことになります。その後同じ風にリレー小説を続けていけば、Aという書きだしから無限に分岐していく小説というのが作れるような気がするんですね。
僕はツイッターをやったことがないんで、システム上こういうことが可能なのかどうか知らないんだけど、もし出来るとしたら、他では不可能な表現方法になるでしょう。
近いものと言えば、さっき例を出したRPGのゲームか、あるいはゲームブックと呼ばれるような本でしょうか。でもどちらも、物語の範囲が限られてしまいます。作った側が想定した範囲内にしか物語が存在しないんです。でも、このツイッターリレー小説では、Aという書きだしを書いた人間から、続きを書く人間が現れさえすればだけど、いくらでも永遠に物語を分岐させることができる。しかも、その物語をそのまま楽しみたければ、ツイッター上で読むしかない(書籍化した場合、どうしても切り捨てなくてはいけない部分が出てくるから)。小説というのは、雑誌やウェブやいろんなところで連載されているけど、それらは雑誌やウェブでなくてはダメだという理由があるわけではありません。でもこのツイッターリレー小説の場合、ツイッターで書いてツイッターで読むということに意味がある小説、ということになるはずなんですね。
これはなかなか面白いと思うんですけど、どうでしょうか?最近は、小説を読みもしないのに書きたいという人がたくさんいるらしいから、書こうと思う人は結構いるんじゃないかな。ツイッターのシステムが、このアイデアを実行できるようなものなのかどうかは僕にはわからないんだけど、システム上可能なんだとすれば、だれかやってみたら面白いんじゃないかなと思います。
そろそろ内容に入ろうと思います。
本書は、1988年にサントリーミステリー大賞の読者賞を受賞した作品の新装版です。
主人公の戸川は高校生。夏休みで、馬鹿デカイ家に父親と二人で住んでいる。両親は離婚し、戸川は家事全般を引き受けている。父親は刑事。ジャイアンツファンで、生活全般がだらしない、47歳。
戸川はそんな父親から、クラスメイトが自殺したことを聞いて知る。『自殺なんかしなければ、高校を卒業したあとで思い出すことも、ぜったいないような感じの女の子だったのに』と戸川は思う。自殺したクラスメートじゃなくても、戸川はそう思ったかもしれない。戸川はぜんたいに、感情というものに欠けているきらいがある。
ひょんなことから、ヤクザの娘である酒井麻子と親密になり、自殺したクラスメートについて調査をすることになった。自殺したクラスメートは妊娠していたのだけど、相手が誰なのか浮かんでこない。しかも、クラスでは親しそうには見えなかった女の子とディスコに行っていたのだという。
しかし、何があったのかまったく見えてこない。麻子との関係も行ったり来たり。その内父親が一目ぼれ。そしてようやく、事件は哀しい結末を迎える…。
というような話です。
なかなか面白い作品だなと思いました。一応ミステリーですけど、ミステリーがメインという感じのしない作品です。じゃあ恋愛小説なのか、家族小説なのかというとそうでもなくて、漠然と青春小説と表現するしかないような、そんな感じの作品でした。
何より僕が好きなのが、主人公の人生に対するトーンです。とにかく、感情の起伏が少なくて、あまりいろんなことに関心がない。でもそれはそういう風に見える(あるいは見せている)というだけで、探偵ごっこにも首を突っ込むし、麻子というクラスメートとも仲良くやろうとしている。まあそんな、うまく説明出来ないんだけど、そんな主人公の人生に対するトーンみたいなのがいいんですね。僕も実はこの主人公みたいなトーンを狙ってるんだけど、なかなか難しいものです。
主人公だけじゃなくて、本書の主要な登場人物はみんなキャラクターがいいですね。僕が主人公に次いで好きなのは、主人公の父親です。僕は、大人だからとかいう理由でいばるような人間って嫌いなんだけど、この父親はそれとは真逆の人間なんです。息子と目線が同じというか、息子と友達みたいな感じで接している。自分が大人であるということを忘れているみたいな感じ。僕は結婚はしたくないし、子供だって欲しくはないけど、もし天変地異が起こって自分に子供が出来たら、こんな父親になりたいなぁ、と思えるような父親でした。まあ僕のように思う人間はそう多くはないと思うけど。
酒井麻子もいいです。ヤクザの娘としていろいろ苦労しながら生きてきた女の子で、でも主人公とは何だか急に親密になったりする。よくわからないことで怒ったり(と感じるのはきっと、僕が鈍感な男だからだろうけど)、感情の起伏が激しかったりして主人公を振り回すんだけど、それが全然『嫌な女の子』という感じではないんですね(まあ女性の視点から見たら、麻子は嫌われるタイプだったりするかもだけど)。
また、主人公の担任の先生っていうのも出てくるんだけど、これもなかなか面白い。先生としてきちんとやっていかないといけないと思っているようだけど、どうも『先生』という枠組みから外れているような雰囲気を醸し出す。ものすごく美人で、生徒が『何で学校の先生なんかやってるんだろう』と思ってしまうような人だからかもしれないけど、その『先生』という座標からのズレみたいなものが僕は結構好きだったりします。
ストーリーについても少し書きましょう。ストーリー自体は正直さほどということはないんです。クラスメートが自殺したと聞いて、どうして自殺したのか調べ始める。その過程でまた別の事件が起こる。いろいろな細い線を辿っていくと、隠されていた真実が浮かんでくるという、まあミステリー小説のよくある展開で、ストーリー自体はさほどどうこうということはありません。結局うまいこと回収できていない伏線もあると思うし(僕にはイマイチ、どうして自殺したクラスメートがディスコに行っていたのかが分からないんだけど。最後まで読んでも、関係ないような気がするんだよなぁ)、そういう意味ではちょっと作品として弱いのかもしれません。
でも、それを補って余りあるくらい、キャラクターと文章の雰囲気が僕は好きです。もちろん、本書のような雰囲気がダメという人もいるでしょうけど、淡々として主人公の雰囲気とマッチしている渇いた感じの文章はアリだと思うし、ちょっとずつ『普通』からズレているような登場人物たちの日常も笑えてくるしで、面白いなと思いました。これがデビュー作だと考えれば、なるほどなかなかレベルは高いんじゃないかなと思います。
こういう文章の雰囲気がダメという人はいると思うんで、買う前にところどころパラパラめくって文章をざっと読んでみたらいいかもしれません。嫌いな雰囲気の文章じゃなければ楽しめる作品だと思います。是非読んでみてください。

樋口有介「ぼくと、ぼくらの夏」



1/2の騎士(初野晴)

今日は時間がないのでさらっと。こんな記事を。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20091202-00000526-san-soci

都内の万引きの被害が650億円で、振り込め詐欺の11倍の被害金額だ、というニュース。ちょっと尋常ではないですね。
内容に入ろうと思います。
本書は、女子高生と幽霊が活躍する連作短編集です。まず全体の設定から書きます。
アーチェリー部に所属する円裕美は、ある日好みの子を校内で見つけてしまう。勝手にサファイアと呼ぶことにした。しかし哀しいかな、サファイアは幽霊のような存在だったのだ。
サファイアは、何故かマドカを守ってくれるのだという。マドカはそれからとんでもない事件にいくつも巻き込まれることになるのだけど、いつでもサファイアが傍にいて、マドカを救ってくれる。

「騎士叙任式 もりのさる」
中学生たちが街で猿を探している、という噂が少しずつ聞こえ始めている。何をしているのかはわからない。でも良いことではなさそうだ。一方で、マドカと深い関係にあった子の行方が分からなくなってしまった。マドカはその子を探すべく、暴力団の力を借りることにするのだが、その過程で中学生を操っている「もりのさる」という存在に近づくことになり…。

「序盤戦 DogKiller」
盲導犬が飼い主の目の前で殺されるという事件が頻発している。とあるルートから、街のある令嬢の盲導犬が惨殺されたことを知ったマドカは、盲導犬殺しの犯人である「ドッグキラー」を探し出そうとするのだが、何故か飼い主の祖父に調査を止められてしまう。一体どうなっているのか…。

「中盤戦 Invasion」
アーチェーリー部の先輩がマドカに相談を持ってきた。興信所の人間が来るから付き合ってほしい、と。何でも、ストーカーではないかと思われる事態に巻き込まれているようだ。しかし状況がはっきりしない。物の配置が変わっていたり、気配を感じたりするのだけど、なくなっているものはないらしい。興信所の人間には、盗聴と盗撮の可能性を調査してもらったけど、その可能性もないという。ただその興信所の人間は、最近こういう依頼が実に多いと言い、個人的に調べているのだ、という。ネットでも、「インベージョン」という名前でそういう不審者の存在が噂になっているようだが…。

「終盤戦 Rafflesia」
市内の天気予報であれば99%以上の確率で当てることの出来るハロという人間がいるらしい・魔法でも何でもない。雲やその他あらゆる気象条件を照らし合わせた確率の積み重ねだ。
一方で、時々有機リン系の毒物を散布するという事件が起こっていた。警察でも捜査を続けているけど、犯人はおろか、散布の手段さえ分かっていない。しかしそれをハロは、私への挑戦だという。「ラフレシア」と名付けられたその愉快犯は、なんとハロが天気予報を外した時に限って犯行に及ぶらしいのだ…。

「一騎討ち GrayMan」
さらった人を灰にして、その灰を撒く男の噂が少しずつ広まっている頃、マドカはちょっとした興味から「灰男」について調べていた。ちょっと前に知り合った興信所の人にも話を聞くと、この街では失踪事件が増えているらしい。失踪者の家族の元に灰が送られてくるという出来事もあった。そんな中、マドカの一番の親友が失踪したことが判明し…。

というような作品です。
読み始めは、まあこんなもんかな、という感じでしたけど、なかなかレベルの高い作品だったかなと思います。ただ、相変わらず僕が思うのは、講談社ノベルスは帯の惹句が大げさです。本書にも、『この才能は奇跡だ!』って書いてあるんですけど、どう考えてもそれは大げさだなと思います。初めて読んだ作家で、確かに期待できる才能の持ち主だとは思いますけど、『奇跡』はちょっとねぇ。
本書は、犯罪が起こってそれを解決するという、まあ本格ミステリのような感じの作品ですけど、本格ミステリとは明らかに違う点が一点。それは、どの犯罪者も、不特定多数の対象を狙っている、という点です。もちろん犯罪者によっては、対象がある程度絞り込まれている、ということもあります。でも、普通の本格ミステリであれば、名前のある登場人物が被害者になるのに対し、本書では名前のない多くの被害者が存在し、その事件の一部について語られる、という感じなんですね。本格ミステリっぽいストーリーで、不特定多数の対象を狙う犯罪を扱うというのはなかなか珍しいんで(パット思いつくのは、倉知淳の「壺中の天国」ぐらいです)、面白いと思います。
本書の中で一番すごいと思った話は、「Invasion」です。これは凄い。侵入した形跡はあるのに、盗撮も盗聴もしていないし、物も盗んでいない。しかしその部屋の主は、いつでも何となく何かの気配を感じている。「Invasion」と呼ばれる犯罪者は一体何の目的で部屋に侵入しているのか?という話なんですけど、この真相はちょっとびっくりしました。実によくできた短編だと思います。実際にこういう犯罪が起こったら、と考えたらメチャクチャ怖いですからね。
「Rafflesia」も、犯罪者の論理についていけるかどうかは別として、なかなか面白い話でした。天気をほぼ100%当てる話とか、どうやって毒物を散布しているのかという謎なんかが結構面白いと思いました。
他の三つは、まあまあ、という感じでしたけど、それでも不特定多数の対象が被害者になっている事件を本格ミステリのように解き明かすというストーリーは巧いなと感じました。
また本書は、さまざまな形でマイノリティの存在というのが取り上げられます。それらについて考え方はいろいろでしょうけど、本書では持ちあげすぎてもないし、逆に貶すこともないというなかなかいい立ち位置の本ではないかなと思いました。
あと、「もりのさる」の中でマドカが少年を諭す時に言っていたいろんな言葉は面白かったですね。特に『捕食者』の話。なるほどな、という感じがしました。
あと、「Invasion」の中でサファイアがすることになる決断も好きですね。あの話がストーリーとどうかかわってくるんだろう、と思っていましたけど、素晴らしい展開でした。どの話もそうですけど、伏線の配置が絶妙だなと思いました。
マドカの高校生活の話もなかなか面白いし、サファイアと名付けた幽霊みたいな存在とのやり取りや関係もいい感じです。ミステリをあんまり読んだことがないという人でも結構とっつきやすい作品ではないかなと思いました。なんにしても、「Invasion」だけでもいいから読んでみて欲しいですね。なかなか面白い作品だと思います。是非読んでみてください。

初野晴「1/2の騎士」





美女と竹林(森見登美彦)

宝島がまた変なものを出すようです。

http://www.oricon.co.jp/news/music/71166/full/

待任谷由実とくるりの新曲を、雑誌サイズのCDブックみたいな感じで発売するんだそうです。
宝島と言えば、「cher」などのいわゆるブランドムックを生み出した出版社です。最近出た「イヴ・サンローラン」のブランドムックもかなり売れています。そんな宝島がまた新たな試みをやるみたいですね。
たぶんですけど、この記事を読む限り、ユーミンとくるりの新曲は普通のCDのような形でCDショップとかに回ることはない、ということなんですよね?宝島が出す雑誌サイズのCDブックを買わないと手に入らないということなんですよね?そうだとすれば、かなり斬新なことをやるもんだなぁ、という感じがします。
確かに、詳しいことは知らないけど、CDの販売数は落ち込んでいるんでしょう。でも一方で、雑誌だって本だって売り上げは落ちているわけです。CDブックという形で発売して売れるのか。まあその辺はやってみないとわかんないですけどね。
しかし宝島はすごいなと思います。昔はそんなに大した出版社ではなかったと思うんですけど、ブランドムック以降好調ですね。やっぱり、ブランドムックという形で新たな需要を創出したというのはすごいなと思います。もしこのCDブックが当たれば、また新たな需要を創出することになるでしょう。そうなれば、さらに宝島の評価は上がるだろうなぁ、と思います。
本を売るというのは、出版社としても書店としてもなかなか厳しい時代になってきました。でも、本というパッケージを活かして新しいビジネスを行うというのは、まだそれほどされていなかったように思います。ブランドムック、CDブックと続けば、本というパッケージを活かした商品がたくさん出てくるようになるのではないかなと思います。まあ、おまけつきのお菓子みたいなイメージはありますけどね。それでも、そういう形でも業界全体が少しずつ元気になってくれればいいと思いますね。
さてもう一つ。今年の「キノベス」が発表されたとのこと。

http://www.kinokuniya.co.jp/01f/kinobes/2009/index.htm#best10

「キノベス」というのは、紀伊国屋書店が選ぶ(どうやって選ぶのかは詳しく知らない。知りたい人は自分で調べてみてください)、是非読んでほしい本のランキングだそうです。毎年やっているみたいで、ジャンルは限定されていないんでいろんなタイプの本が入っています。12月は各種ランキングがいろいろと出る時期で、ミステリとかSFとかは結構ありますけど、オールジャンルのランキングというのはなかなかないんで見てみたら面白いかもしれません。
トップ30の中で読んだことがあるのが、「ヘヴン」「猫を抱いて象と泳ぐ」「プリンセストヨトミ」「宵山万華鏡」「植物図鑑」「1Q84」「恋文の技術」のみ。もともと存在を知ってて読みたいと思っていたものは、「星守る犬」「神去なあなあ日常」「単純な脳、複雑な「私」」「神様のカルテ」「学問」「夜想曲集」「動的平衡」「日本語が亡びるとき」。このランキングを見てちょっと面白そうだなと思ったのが、「元素生活」「読んでいない本について堂々と語る方法」という感じでしょうかね。僕の読書に関する興味はちょっと幅が広すぎるんで、なかなかその年に出た作品を読めないというのが難点ですね。あと意外だったのが、東野圭吾の「新参者」が入っていないということ。何ででしょうね。
そろそろ内容に入ろうと思います。
本書は、森見登美彦のエッセイです。しかし普通のエッセイではありません。妄想エッセイです。エッセイというのは普通本当にあったことや自分が考えたことなんかを書くようなものですけど、本書の場合、どこまでが妄想で、どこまでが嘘で、どこまでが本当のことなのかよくわかりません。そんな嘘八百が書かれたエッセイで、乙一の「小生物語」みたいな雰囲気があります。
元々の発端は、森見登美彦が多角経営に乗り出そう、と考えたことに始まります。森見登美彦は作家としてデビューしましたけど、未来永劫これで食っていけるとはとても思えない。となれば他に何かやれることを見つけなくてはなるまい。だとすればそれは竹林経営だ、という発想に至るわけです。森見登美彦は、「竹林にぼーっとするのが好き」というだけの理由で、大学時代竹を研究テーマにしてしまったような男で、とりあえず竹林が大好きなんだそう。これまで書いてきた小説の中にも度々竹林が顔を出します。
さて、竹林経営に乗り出そうと決めた登美彦氏でしたが、まずは自分で竹林を管理してみないとなるまいということで、同僚の(今はどうか知らないけど、連載時登美彦氏はまだ普通に小説家以外の仕事を持っていた)鍵屋さんという女性の両親が管理する竹林の竹を切らせてもらうことになった。
かねてからの盟友である明石氏を召喚し、竹林経営の第一歩として華麗なる竹捌きを見せるつもりだったが…。
というような形で進んでいくわけなんですけど、しかし登美彦氏はとにかく竹林に行かないのだ。本書は17の章により成っているので、普通に考えれば最低でも17回は竹林に行っていないと成立しないエッセイのはずが、実際は10回も行っていないはずです。7回とか8回ぐらいじゃないかなぁ。じゃあ、竹林に行っていない時の回では一体何を書いているのか。
まさにその部分こそ本書の真骨頂といえるでしょう。もちろん竹林に行って竹を切る話も面白いんですけど、森見登美彦のくだらない妄想が炸裂する、竹林に行かない回の話も滅法面白いんです。
ある回では、自分が竹林にいけない理由を、鍵屋さんの御尊父と夢の中でやり取りをしているという形式にして言い訳をするというものがあります。その回は本当に、竹林に行きたくてもいけないのだ、という言い訳しか載っていません。
また、何故か本上まなみ氏との対談の話も載っています。竹林とはほぼ関係ありません。一応、適当な理屈をつけて竹林と絡めようとするのだけど、全然関係ないんですね。こんな感じの理屈。
『美女とは竹林という概念に含まれる。竹林と美女とは、本質的に同じものだ。「美女と竹林」とは、美女がいて竹林があるという意味ではなく、美女と竹林が等価交換の関係にあることを示している。つまり読む人は、洛西の竹林の涼やかなざわめきの向こうに、玲瓏たる美女のおもかげを感じ取らねばならない。』無茶苦茶ですね。
他にも、大学時代竹とどう関わっていたのかや、10年後、MBC(森見バンブーカンパニー)の最高経営責任者になっている自分を妄想した話なんかが書かれています。
竹林を切りに行く話でもテキトーっぷりは素晴らしいですね。「秘技三本倒し」という荒技に取り組んだとか、恐るべき特殊技能を持った竹林バスターズとかいう変な集団を考えたり、腰をやられて戦線離脱したのに自分は司令塔になったのだと自己暗示を掛けたりとはちゃめちゃです。最後の大団円も、たけのこを掘って食べるというのが目標のはずで、実際文章ではたけのこが掘れたことになっているんだけど、でも実際は掘れていないと思う。完全に捏造だと思うんですよね。そんな感じで、最後から最後まで嘘と妄想に塗れた、ある意味で気の抜けない(?)エッセイになっています。
森見登美彦の変さが余すところなく滲み出ている作品だと思います。普通作家のエッセイというのはそこまで面白くはないんですけど、これはもはやエッセイというか小説に近いんで面白いです。僕がこれまで読んできたエッセイでは、乙一の「小生物語」が最強だと思うんですけど、それに匹敵するほどの面白さです。是非読んでみてください。

森見登美彦「美女と竹林」





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1位 宮部みゆき「ソロモンの偽証
2位 雛倉さりえ「ジェリー・フィッシュ
3位 山下卓「ノーサイドじゃ終わらない
4位 野崎まど「know
5位 笹本稜平「遺産
6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
7位 須賀しのぶ「北の舞姫 永遠の曠野 <芙蓉千里>シリーズ」
8位 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日
9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
16位 藤谷治「世界でいちばん美しい
17位 神林長平「言壺
18位 中脇初枝「わたしを見つけて
19位 奥泉光「黄色い水着の謎
20位 福澤徹三「東京難民


新書

1位 森博嗣「「やりがいのある仕事」という幻想
2位 青木薫「宇宙はなぜこのような宇宙なのか 人間原理と宇宙論」 3位 梅原大吾「勝ち続ける意志力
4位 平田オリザ「わかりあえないことから
5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
6位 小阪裕司「「心の時代」にモノを売る方法
7位 渡邉十絲子「今を生きるための現代詩
8位 更科功「化石の分子生物学
9位 坂口恭平「モバイルハウス 三万円で家をつくる
10位 山崎亮「コミュニティデザインの時代


小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
10位 エイドリアン・べジャン+J・ペタ―・ゼイン「流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則
11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
7位 ジュディ・ダットン「理系の子
8位 笹原瑠似子「おもかげ復元師
9位 古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち
10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
11位 石井光太「遺体
12位 佐野眞一「あんぽん 孫正義伝
13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
19位 二村ヒトシ「すべてはモテるためである
20位 平川克美「株式会社という病

2011年ベスト

2011年の個人的ベストです
小説
1位 千早茜「からまる
2位 朝井リョウ「星やどりの声
3位 高野和明「ジェノサイド
4位 三浦しをん「舟を編む
5位 百田尚樹「錨を上げよ
6位 今村夏子「こちらあみ子
7位 辻村深月「オーダーメイド殺人クラブ
8位 笹本稜平「天空への回廊
9位 地下沢中也「預言者ピッピ1巻預言者ピッピ2巻」(コミック)
10位 原田マハ「キネマの神様
11位 有川浩「県庁おもてなし課
12位 西加奈子「円卓
13位 宮下奈都「太陽のパスタ 豆のスープ
14位 辻村深月「水底フェスタ
15位 山田深夜「ロンツーは終わらない
16位 小川洋子「人質の朗読会
17位 長澤樹「消失グラデーション
18位 飛鳥井千砂「アシンメトリー
19位 松崎有理「あがり
20位 大沼紀子「てのひらの父

新書
1位 「「科学的思考」のレッスン
2位 「武器としての決断思考
3位 「街場のメディア論
4位 「デフレの正体
5位 「明日のコミュニケーション
6位 「もうダマされないための「科学」講義
7位 「自分探しと楽しさについて
8位 「ゲーテの警告
9位 「メディア・バイアス
10位 「量子力学の哲学

小説以外
1位 「死のテレビ実験
2位 「ピンポンさん
3位 「数学ガール 乱択アルゴリズム
4位 「消された一家
5位 「マネーボール
6位 「バタス 刑務所の掟
7位 「ぐろぐろ
8位 「自閉症裁判
9位 「孤独と不安のレッスン
10位 「月3万円ビジネス
番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)