毎月新聞(佐藤雅彦)
そろそろ、来年売る本を考え始めています。
最近の書店の風潮として、本が売り場に置かれる期間がもの凄く短い、ということがあります。1日200点新刊が出ると言われている中、限られた売場面積の中でそれらを捌いていくためには、どうしても回転が早くなってしまう、つまり置いた本をすぐに返品して別の本を置かなくてはいけなくなるようになります。
一か所にどわっと本を並べて売る多面展開というやり方も最近かなり行われていると思いますが、これも一か月もする別の本に変わっている、なんていうことがよくあるんだそうです。
僕はそんな流れに逆行するかのような売り場作りをしています。
とにかく、売れてさえいればいつまででも売場に置き続ける、というやり方です。
以前とある出版社の営業の方に、「凍りのくじら」という本を1年弱ずっと置き続けて450冊ぐらい売っているんですよ、と言ったら驚かれました。累計で売った冊数についてではなく、1年間もずっと同じ本を置き続けるなんていうのは最近の書店ではないんで、珍しいですね、と言って驚かれたわけです。
長いこと置いている本ではまだいろんなものがあって、「思考の整理学」はもう2年以上一度も売場から外していないし、「子どもの心のコーチング」も2年近く置き続けています。東野圭吾の「時生」という文庫も、「ガリレオ」ってドラマがやってた時期があるじゃないですか?あの頃から売場から一度も外していません。一番凄いのは森博嗣の「スカイクロラ」という作品でして、文庫が出たのが2004年の10月なんですけど、それ以来一度も売場から外したことがありません。もう5年以上置き続けているということになりますね。
そんなわけで、売ろうと思っている本、あるいは売れている本はいつまででも置き続けるというやり方をしていますけど、これがどう来年売る本と関わってくるのか。
多くの書店が割と同じことをやっているのではないかと思いますけど、年末にその年に売れた本のランキングを出すと思います。ウチの店もHP上でそのランキングを発表しています。で、僕はその年間ランキングの中に、他の店のランキングにはまず入らないだろうマニアックな作品を入れたいんですね。他の店が絶対に売っていないだろうっていう本をたくさん売ると
すごく達成感があるわけなんです。今年で言えば、文庫ならトップ30内に「凍りのくじら」「0歳からの子育ての技術」「時生」「NOTHING」辺りが入ってくるでしょうか。他にもあるかもしれませんけど。
で、年間ランキングに他の店が売っていないような本をランクインさせるには、年頭から売り始めるのがいいんですね。とにかく一年間の累計なわけで、売りたい本あるいは売れている本は置き続けるという僕のやり方では、年の始めから売り始めた方が累計の売上冊数が増えていくことになります。
そんなわけで今、来年売る本を考え始めているんです。いろんな出版社の注文書を見ながら、amazonの評価とかも見つつ何点か選び、それを全部自分で読んで、よければPOPを作ってもらって来年からバリバリ売る、という流れです。
そんなわけでかなり大量の文庫を買わないといけないんですけど、自分が普通に読む本が溜まりに溜まっているんで結構キツイですね。まあなんとか頑張りますけどね。さて、来年はどんな掘り出し物を発掘することが出来るでしょうかね。
そろそろ内容に入ろうと思います。
本書は、毎日新聞に月に一回連載されていた「毎月新聞」というタイトルのミニ新聞を本にまとめたものです。「バザールでござーる」っていうフレーズや、だんご三兄弟の作詞や(でも僕は本書を読むまで、「だんご三兄弟」の作詞が佐藤氏だとは知らなかった)、「ピタゴラスイッチ」なんかでお馴染みの佐藤雅彦氏が、自分の身の回りで起こったちょっとおかしなこと、気になること、ささやかに訴えたいことなんかを、独自の切り口で紹介するようなコラムが書かれています。「ケロパキ」という名前のカエルが主人公の3コマ漫画(著者自身が描いている)とか、その月に起こったニュースが箇条書きで書かれていたりといろいろ盛り込まれている作品です。
これはなかなか面白い作品でした。書かれている内容が大したことではないんだけど、でも僕らにも身近に感じられることで分かりやすい。それでいて、同じものを見ていても普通の人とは違った視点から物事を見ているので、凄く新鮮な気分になれます。
とまあ漠然としたことを書いてもなかなか伝わらないと思うんで、いろいろ具体的に抜き出してみようと思います。
本書の表紙にもなっている、「じゃないですか禁止令」というのは、現代の僕らにはもう割と聞きなれてしまった表現ですけど、これが書かれた1998年だったらなかなか衝撃的だったかもしれません。「私って、○○じゃないですか?」という形で使われるこの言葉は、自分の欲求を一般化してぼかしているズルイ表現で、これが広まると怖いなと著者は感じていたのだけど、実際に広まってしまった。アナウンサーまで同じような言葉を使っているのを聞いて残念に思う、という話。
「だんご三兄弟」の大ブームを受けて、ブームになったら危険という話を書いている。ブームになってしまうと、中身に関係なく、「手に入るかどうか」だけが価値基準になってしまうため、手に入れてしまえば愛着も興味も薄れてしまう、という話。これは書店でも当てはまるなと思いました。ブームになって一時売れた作品というのは、本当にその後まったく売れなくなります。しかも本の場合、これは僕の主観的な判断ですが、どう読んでも面白くないだろみたいな本がブームになったりするんで始末が悪いんですね。
友人のアートディレクターが家族と遊園地に行った時の話。写真を撮ってくれと言われてカメラを構えたが、その瞬間アートディレクターとしてのスイッチが入ってしまい、構図がよくない服装がよくないとあれこれいい、結局写真を一枚も撮らずに帰ってきたという話。これを著者は、人間はいとんなモードを持って生きている、という話に繋げるのだけど、僕はこれを読んで、そんな風にはなれないだろうなと思ったものでした。
でかける時に、靴を履き終わった後で忘れものに気づいた時どうするか、という話。これはとある企画会議中にいろんな人に意見を聞いたらしいんだけど、全員違う方法を採用しているらしい。すげーな。僕だったら、靴を脱いで取りにいきます。
著者はかつて慶応大学の教授だったわけですけど、そこで「垂直または水平な直線だけを使って何かを表現しなさい」という課題を出した。そこで学生が出してきた様々な表現にはユニークなものがあって、まずそれが紹介されます。
その後、「今度は、僕からは条件をつけません、個人個人で自分に対して何らかの条件を考えて、その上で表現してみてください」と言ったら、先ほど素晴らしい回答を出してきた学生がまったくどうしていいかわからず、結局課題を提出出来なかったとか。僕らはいろんな制約の中で生きているけど、制約があるからこそうまく行くという側面もあるのだな、という話。
かつて著者は、缶紅茶の商品開発を手がけたことがあるらしい。そこで、とにかく美しいパッケージを作り上げた。皆大絶賛だったのだが、いざ売りだしてみると消費者がストレスを感じているということが分かった。なんと缶のデザインが美しすぎて捨てられないというのだ。著者はすぐさまデザインの変更を申し出たとか。
事務所のスタッフの女性に、三角形の内角の和が180度であるという証明を数学っぽくやってみせたところまるで無関心。しかし、著者がやったとある強引な方法を見せると、「ほんとだ!平らになってる!180度!」と興味を示したとか。同じく数学の話で、実際に円周率を割りだしてみる、という話も出てきますけど、これは面白いなと思いました。
本書には、本文とは別に「ミニ余禄」として、一言メモみたいなコーナーがある。そこで書かれていたことが面白かったんで抜き出してみます。
『事務所の近くに築地市場がある。入口脇の掲示板に「本日の拾得物・ぶり1本、カツオ3本」と、さすが築地、落し物も威勢がいい。』
そんな感じの作品です。なかなか面白いと思います。そういう習慣がある人は、トイレとかに置いておいて、毎回ひとつずつ読むとかでも面白いかもしれません。結構厚そうな本ですけど、たぶん普通の本よりスムーズに読めるんじゃないでしょうか。字もかなり大きいですしね。なかなかオススメです。ぜひ読んでみてください。
佐藤雅彦「毎月新聞」
最近の書店の風潮として、本が売り場に置かれる期間がもの凄く短い、ということがあります。1日200点新刊が出ると言われている中、限られた売場面積の中でそれらを捌いていくためには、どうしても回転が早くなってしまう、つまり置いた本をすぐに返品して別の本を置かなくてはいけなくなるようになります。
一か所にどわっと本を並べて売る多面展開というやり方も最近かなり行われていると思いますが、これも一か月もする別の本に変わっている、なんていうことがよくあるんだそうです。
僕はそんな流れに逆行するかのような売り場作りをしています。
とにかく、売れてさえいればいつまででも売場に置き続ける、というやり方です。
以前とある出版社の営業の方に、「凍りのくじら」という本を1年弱ずっと置き続けて450冊ぐらい売っているんですよ、と言ったら驚かれました。累計で売った冊数についてではなく、1年間もずっと同じ本を置き続けるなんていうのは最近の書店ではないんで、珍しいですね、と言って驚かれたわけです。
長いこと置いている本ではまだいろんなものがあって、「思考の整理学」はもう2年以上一度も売場から外していないし、「子どもの心のコーチング」も2年近く置き続けています。東野圭吾の「時生」という文庫も、「ガリレオ」ってドラマがやってた時期があるじゃないですか?あの頃から売場から一度も外していません。一番凄いのは森博嗣の「スカイクロラ」という作品でして、文庫が出たのが2004年の10月なんですけど、それ以来一度も売場から外したことがありません。もう5年以上置き続けているということになりますね。
そんなわけで、売ろうと思っている本、あるいは売れている本はいつまででも置き続けるというやり方をしていますけど、これがどう来年売る本と関わってくるのか。
多くの書店が割と同じことをやっているのではないかと思いますけど、年末にその年に売れた本のランキングを出すと思います。ウチの店もHP上でそのランキングを発表しています。で、僕はその年間ランキングの中に、他の店のランキングにはまず入らないだろうマニアックな作品を入れたいんですね。他の店が絶対に売っていないだろうっていう本をたくさん売ると
すごく達成感があるわけなんです。今年で言えば、文庫ならトップ30内に「凍りのくじら」「0歳からの子育ての技術」「時生」「NOTHING」辺りが入ってくるでしょうか。他にもあるかもしれませんけど。
で、年間ランキングに他の店が売っていないような本をランクインさせるには、年頭から売り始めるのがいいんですね。とにかく一年間の累計なわけで、売りたい本あるいは売れている本は置き続けるという僕のやり方では、年の始めから売り始めた方が累計の売上冊数が増えていくことになります。
そんなわけで今、来年売る本を考え始めているんです。いろんな出版社の注文書を見ながら、amazonの評価とかも見つつ何点か選び、それを全部自分で読んで、よければPOPを作ってもらって来年からバリバリ売る、という流れです。
そんなわけでかなり大量の文庫を買わないといけないんですけど、自分が普通に読む本が溜まりに溜まっているんで結構キツイですね。まあなんとか頑張りますけどね。さて、来年はどんな掘り出し物を発掘することが出来るでしょうかね。
そろそろ内容に入ろうと思います。
本書は、毎日新聞に月に一回連載されていた「毎月新聞」というタイトルのミニ新聞を本にまとめたものです。「バザールでござーる」っていうフレーズや、だんご三兄弟の作詞や(でも僕は本書を読むまで、「だんご三兄弟」の作詞が佐藤氏だとは知らなかった)、「ピタゴラスイッチ」なんかでお馴染みの佐藤雅彦氏が、自分の身の回りで起こったちょっとおかしなこと、気になること、ささやかに訴えたいことなんかを、独自の切り口で紹介するようなコラムが書かれています。「ケロパキ」という名前のカエルが主人公の3コマ漫画(著者自身が描いている)とか、その月に起こったニュースが箇条書きで書かれていたりといろいろ盛り込まれている作品です。
これはなかなか面白い作品でした。書かれている内容が大したことではないんだけど、でも僕らにも身近に感じられることで分かりやすい。それでいて、同じものを見ていても普通の人とは違った視点から物事を見ているので、凄く新鮮な気分になれます。
とまあ漠然としたことを書いてもなかなか伝わらないと思うんで、いろいろ具体的に抜き出してみようと思います。
本書の表紙にもなっている、「じゃないですか禁止令」というのは、現代の僕らにはもう割と聞きなれてしまった表現ですけど、これが書かれた1998年だったらなかなか衝撃的だったかもしれません。「私って、○○じゃないですか?」という形で使われるこの言葉は、自分の欲求を一般化してぼかしているズルイ表現で、これが広まると怖いなと著者は感じていたのだけど、実際に広まってしまった。アナウンサーまで同じような言葉を使っているのを聞いて残念に思う、という話。
「だんご三兄弟」の大ブームを受けて、ブームになったら危険という話を書いている。ブームになってしまうと、中身に関係なく、「手に入るかどうか」だけが価値基準になってしまうため、手に入れてしまえば愛着も興味も薄れてしまう、という話。これは書店でも当てはまるなと思いました。ブームになって一時売れた作品というのは、本当にその後まったく売れなくなります。しかも本の場合、これは僕の主観的な判断ですが、どう読んでも面白くないだろみたいな本がブームになったりするんで始末が悪いんですね。
友人のアートディレクターが家族と遊園地に行った時の話。写真を撮ってくれと言われてカメラを構えたが、その瞬間アートディレクターとしてのスイッチが入ってしまい、構図がよくない服装がよくないとあれこれいい、結局写真を一枚も撮らずに帰ってきたという話。これを著者は、人間はいとんなモードを持って生きている、という話に繋げるのだけど、僕はこれを読んで、そんな風にはなれないだろうなと思ったものでした。
でかける時に、靴を履き終わった後で忘れものに気づいた時どうするか、という話。これはとある企画会議中にいろんな人に意見を聞いたらしいんだけど、全員違う方法を採用しているらしい。すげーな。僕だったら、靴を脱いで取りにいきます。
著者はかつて慶応大学の教授だったわけですけど、そこで「垂直または水平な直線だけを使って何かを表現しなさい」という課題を出した。そこで学生が出してきた様々な表現にはユニークなものがあって、まずそれが紹介されます。
その後、「今度は、僕からは条件をつけません、個人個人で自分に対して何らかの条件を考えて、その上で表現してみてください」と言ったら、先ほど素晴らしい回答を出してきた学生がまったくどうしていいかわからず、結局課題を提出出来なかったとか。僕らはいろんな制約の中で生きているけど、制約があるからこそうまく行くという側面もあるのだな、という話。
かつて著者は、缶紅茶の商品開発を手がけたことがあるらしい。そこで、とにかく美しいパッケージを作り上げた。皆大絶賛だったのだが、いざ売りだしてみると消費者がストレスを感じているということが分かった。なんと缶のデザインが美しすぎて捨てられないというのだ。著者はすぐさまデザインの変更を申し出たとか。
事務所のスタッフの女性に、三角形の内角の和が180度であるという証明を数学っぽくやってみせたところまるで無関心。しかし、著者がやったとある強引な方法を見せると、「ほんとだ!平らになってる!180度!」と興味を示したとか。同じく数学の話で、実際に円周率を割りだしてみる、という話も出てきますけど、これは面白いなと思いました。
本書には、本文とは別に「ミニ余禄」として、一言メモみたいなコーナーがある。そこで書かれていたことが面白かったんで抜き出してみます。
『事務所の近くに築地市場がある。入口脇の掲示板に「本日の拾得物・ぶり1本、カツオ3本」と、さすが築地、落し物も威勢がいい。』
そんな感じの作品です。なかなか面白いと思います。そういう習慣がある人は、トイレとかに置いておいて、毎回ひとつずつ読むとかでも面白いかもしれません。結構厚そうな本ですけど、たぶん普通の本よりスムーズに読めるんじゃないでしょうか。字もかなり大きいですしね。なかなかオススメです。ぜひ読んでみてください。
佐藤雅彦「毎月新聞」