黒夜行

>>2009年07月

本の学校・出版産業シンポジウム2008記録集 出版産業再生へのシナリオ(本の学校)

さて今日は、時間があんまりないこともありますけど、読んだ本の内容がそもそも出版・書店業界に関わるものなので、書店の話は省略にしたいなと思います。
本書は、「本の学校」という、出版・書店業界全体の集まりみたいなところが主催(?)したシンポジウムについてまとめたものです。シンポジウムは、冒頭の特別講演と、第一分科会から第四分科会までの計五つの講演があったようで、そのそれぞれについて、パネラーの会話を再現する形で進んで行きます。
冒頭の特別講演は、出版産業のビジネスモデル全体についての話です。有隣堂社長・筑摩書房社長・インフォバーン代表取締役の三人がパネラーとなり、出版業界全体の話をします。
ここでメインで挙げられている話は、雑誌の落ち込み、委託販売制度、電子化の三点だと思います。
雑誌については、第一分科会でさらに深く話があるのでそちらに回しますが、これまで書店というのは雑誌を売ることで成り立ってきたビジネスモデルなんだけど、今雑誌が売れなくなってきていて書店のビジネスモデルが崩れ始めている。そこを立て直す必要がある、という話です。
委託販売制度というのは要するに、買い切りではなく返品が出来るということです。書店・出版社ともにいろいろ言い分はありますが、とにかく返品率を改善しないと利益は見込めない。委託販売制度を維持するのかどうかも含めて、返品をどうするかというのが喫緊の問題だ、ということです。
電子化については主に、インフォバーンの代表取締役が話をしています。書籍は情報を再構築することで新たな価値を創出できるけど、雑誌の場合あらゆる点でウェブと競合するのでこれからどんどん厳しくなる。出版社はもっと電子化への視点を持った方がいいのではないか、という主張でした。
第一分科会は、雑誌をいかにして売るのか、という話がメインになります。
パネラーは、マガジンハウスの営業局長・今江書店社長・CCCコミュニケーションズのTポイントビジネス事業部長の三人。
とにかくここでは、顧客データを活用した話がメインになります。つまり、もはや雑誌を売るには顧客データをふんだんに活用しなくては無理で、それは即ち、顧客データのない店(ウチもないです。ポイントカードとかやってるところはあるんでしょうけど)は手詰まりなんだろうか、と僕なんかは思ってしまうわけなんですけど。
とにかく、顧客データを使ってその店の客層を把握する。書店員が実感として持っている以上に、各書店における客層というのは違う。それにあった雑誌を置くようにするべき。
また出版社の立場としては、顧客データを編集の人間に伝えることや、書店の販売データを元に、もっと個店別の対応が出来るようにしなくてはという課題が提示されます。
CCCではデータの分析事業みたいなものを結構やっているようで、その中であらゆるデータを拾い上げている。顧客との兼ね合いもあるから具体的なデータはあんまり出せないけど、例えばある雑誌を3号連続で買うお客さんは7%しかいないというデータが出たりするんだそうです。
そういう顧客データを元にして、いかに雑誌を売っていくのか、という話でした。顧客データのない店はどうしたらいいんでしょうかねぇ…。
第二分科会は図書館と書店の問題について扱っています。パネラーは、丸三書店社長・日本図書館協会理事・みすず書房取締役の三人。
ここでは、図書館・書店・出版社の関わりについて話が進んで行きます。問題となるのは、図書館と書店の共存、そして図書館と出版社の関わりについて。
まあここの話は正直書店とはあんまり関係ないんでちょっと飛ばしますけど、ざっと書くと、図書館があるから本が売れないわけではないこと、図書館側と出版社側の思惑が合わなくてデータ化が進まないこと、図書館で本を売ることの出来る法律が出来たけど、本を売るのは書店がやるべきだという話などです。
第三分科会は、書籍出版のデジタル対応について。パネラーは東京電機大学出版局の人、筑摩書房の人、シュプリンガージャパン代表取締役・ポッド出版代表取締役の四人。
ここでは、まだ方向性の定まっているとは言えない書籍のデジタル化についていろんな人が現状や未来を話したりするところです。問題点を話し合うというよりは、今後の展開がどうあるべきかという話がメイン。
ここも書店とは関係ないのでざっと飛ばしますけど、学術論文の世界では電子アーカイブは商業的にも成功していること、筑摩書房が電子化をやっているけどもあまり商業的には成功していないこと、PCよりも携帯での需要が遥かに多いこと、第二分科会でも出た図書館でのデータベース化についてなどについて話がされます。
第四分科会は、若手出版人の本音トークと題して、いろんなところでキャリアを積んでいる人を集めた座談会という感じ。
パネラーは、伊坂幸太郎の担当編集者として有名な新潮社の編集者、マンガ大賞を始めた一人であるジュンク堂書店のコミック担当者、久美堂という老舗書店の後継者、ミシマ社というちょっと変わった出版社を興した社長の四人。
質問内容としては、10年後自分はどうしているのか、独立を考えたことがあるか、これからの日本語の書籍は大丈夫か、フリーペーパーは脅威になるか、出版界のルールで変わってほしい点などなどです。経営者・編集者・書店員などいろんな立場の人が自分の立場で話をしていて、片意地を張らずに読めます。
僕が一番そうだよなぁと思ったのが、コーディネーターを務めたフリーライターの永江氏が最後にまとめの言葉として言ったこと。
書籍の価格決定権は出版社にあるが、その時、書店や取次のスタッフみんなが食って行けるだけのマージンを含ませて欲しい、今の給料で10年後も書店の現場の人間が働けると思っているのか、家庭を持って行けると思っているのか、そういうことまで考えて価格を決めてほしい、という主張でした。書店業界というのは、能力のある人間がどんどん辞めて言ってしまう業界です。その理由にはいろいろあるでしょうが、その一つが他業種と比べて圧倒的に低い給料でしょう。まあ僕はアルバイトなんで、実際書店員の正社員の給料がどれくらいないのかよく知らないし、平均的なサラリーマンの給料がどれくらいなのかもわかんないけど、まあ低いんでしょう。僕は別に正社員になりたいなんてこれっぽっちも思っていませんが、アルバイトの給料もそんなに高いとは言えないんで、生活は楽というわけではないですね。別にそんなにお金を使わないんで苦労してるってほどでもないですけど。
全体的に見て、書店とは関わらない話もありましたが、書店の問題としてはとにかく雑誌と返品率なんだろうなと思いました。返品率については、出版社の出してる点数が多すぎるんだ、という話を以前書きましたが、ドイツでは日本と同じく再販制度が採用されていて(ただし委託販売制度はなし。つまり買い切りということ)、さらに日本よりも出版点数が多いみたいなんですけど、それでも返品率が10%を切るらしいんです(まあ買い切りだから当たり前なんだろうけど)。出版点数のせいだけには出来ないということですね。ただ気になるのは、ドイツの売上規模です。返品は確かに少ないかもしれないし、出版点数は日本よりも多いのかもしれないけど、じゃあどれくらい市場規模なのかというのが気になります。ドイツは日本よりも本の値段がはるかに高いらしいので、売れない本を書店で捨てても利益が出るんじゃないか、と。つまり日本では出版社が本を捨ててるけど、ドイツではそれを書店がやってるだけなんじゃないかなとか思ってしまいます。ただの予想ですけど。
雑誌についてはウェブと競合するという意見に僕は全面的に賛成なので、雑誌をどうするかという議論ではなくて、雑誌に依存しない書店経営をどうしたらいいのかという方向で考えるしかないんだろうな、と思います。雑誌はどう頑張っても衰退していくと思うんです。だからそれを食い止めるために多大な努力を費やすよりは、それ以外の部分に力を入れて書店経営を維持出来ないかという方向に持っていくしかないんじゃないかと思うんですね。まあ具体的にどうしたらいいのか分かりませんけど。
書店の現場にいても、売れなくなったなという程度の危機感は持つことが出来ます。でもやはり、ビジネスモデルに限界が来ているとか、出版社・書店・取次三社が皆生き残るにはどうしたらいいのかという視点は、普段仕事をやっている中ではなかなか出てきません。こういう本を読むと、たとえ一瞬だけだったとしても危機感が高まるのでいいなと思っています。
とにかく一書店員としては、ヤバいヤバいと言われているけど、具体的に何をしたらいいのかが分からない。返品を減らすと言っても、書店員の側の努力ではどうにもならない部分もあると思う。書店が生き残るにはとにかく売るしかないといつも思っているけど、それじゃあ全体の解決にはならない。どうしたもんでしょうね。難しいですけど、まあとにかくなるべく返品を減らせるように頑張ってみます。返品減らすのってホント難しいんですけど…。

本の学校「本の学校・出版産業シンポジウム2008記録集 出版産業再生へのシナリオ」



フェルマーの鸚鵡はしゃべらない(ドゥニ・ゲジ)

今日もネットから記事を引っ張ってきます。
まずは、読書メーターというサイトが発表した、2009年上半期読んだ本ランキングについて。
記事はこちら。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090721-00000016-rbb-ent

読書メーターというサイトについては詳しいことは知らないけど、たぶんブログのように感想をアップするか何かするサイトで、でそのアップされた量を元にランキングが計測されているんだろうなという感じがします。
あくまでも、読書メーターといサイトをやっている人の中でのランキングなので、これが日本人全体のランキングになるわけではないんでしょうけど、結果はなかなか面白いなと思います。実際本屋にいて感じるのは、5位以下にある本の方が4位以上にある本より売れているということです。特に「秋期限定栗きんとん事件」は、確かにそこそこ売れましたけど、売れ筋のランキングではこんなに上位に入ってくる作品ではないという感じがします。
コミックの方は特に何か分析できるほどデータはありませんけど、「聖☆おにいさん」と「バクマン」が圧勝という感じですね。僕も「聖☆おにいさん」は読んじゃいましたからね。面白いです。
読書メーターというサイトはそこまでメジャーなサイトではないと思うので、mixiぐらい規模の大きな媒体で集計してもらえるともっと面白いんだろうと思うんだけど、なかなか面白いことやってるなという気がしました。
さてもう一つの話題。こちらは、大手出版社であるリブロが、長らく品切れだった作品を一部買い切る形で出版社に重版させたという話。
記事はこちら。

http://www.shinbunka.co.jp/news2009/07/090728-01.htm

リブロ日暮里店は、吉村昭の縁のある地域にあるようで、もともと吉村昭の著作が売れていたとのこと。そこで出版社に重版の打診をし続け、リブロが一定部数買い切るという条件で重版が決まったとのことです。
不況だ不況だと言われている時代に、こういうことが出来るというのは素晴らしいですね。出版業界は今、一日に200点の新刊が出ると言われていて、だからサイクルがものすごく速い。本も、売れ筋以外の作品はどんどん品切れ(実質的な絶版)になるし、著者が亡くなったりするとその傾向がさらに強くなるそうなんです。だから良作であってもどんどん流通に乗らなくなって、古本屋でしか買えなくなってしまう。
だからこそ、書店の力で出版社に重版をさせるというのは素晴らしいなと思いました。なかなか出来るものではないと思います。それに、リブロ日暮里店での実績を元に、リブロの商品部というところが動くというのもいいですよね。風通しがいい会社なのかな、という感じがしました。
厳しい出版・書店業界ですけど、文化的な役割を忘れていないというのは素晴らしいなと思いました。
そろそろ内容に入ろうと思います。
古書店のオーナー・リュシュ氏、古書店で働くペレット、耳の不自由な少年マックス、マックスの兄と姉で双子のジョナサン&レアは、一つ屋根の下で暮らしている。
ある日マックスがどこからか鸚鵡を連れてきた。一緒に暮らすことになるが、「弁護士が来ないとしゃべらないよ」と意味不明なことを言う。
またリュシュ氏は、居所の分からなかった旧友から手紙を受け取った。何でも、蔵書を送るからよろしく、とのことだった。しばらくしてその友人が死んだという連絡を受け、リュシュ氏は図書館に数学史を学びに出掛けて行く。
家族とと共に数学史について学びながら、リュシュ氏のかつての友人の死の謎について検討していく…。
というような感じです。
とにかく、よくわからない話でした。
初めに書いておくと、amazonでの評価は高いんです。普段僕は、本を読む前・読んでる最中はamazonの評価を見ないことにしてるんです。なるべく世間的な評価を知らないまま読みたいんで。でも本書の場合、半分ぐらい読んだところで、これは面白いんだろうかと疑問に思ってamazonの評価を見てしまいました。投稿してるのは二人だけでしたけど、二人とも高評価でした。
本書は数学史とミステリーが融合している作品なんですけど、僕にはどう融合してるんだかさっぱり意味不明でした。旧友が死んだことと数学史を学ぶことの間に関係性があるのかどうかよく分かりませんでした。本書は小説なのに、数学の話ばっかりです。特に数学史の話が多い。ただ、小説に組み込むようなものなので、数学の話は全体的に非常に容易で、僕にはちょっと退屈だったし、数学史の話は冗長すぎてそんなに好きになれませんでした。数学史については、一つのテーマ(素数だのフェルマーの最終定理だの)についての歴史だったら面白く読めると思うんだけど、本書の場合紀元前から現代までの数学史についてひたすら語っているので、ちょっとなぁという感じでした。
で、数学の話ばっかりで、肝心のストーリーが良く分からないんです。とにかく僕には、リュシュ氏の死を知り、その謎を解明するために数学史の勉強を始める、という風にしか捉えられなくて、で旧友の死と数学史の関係がまったく理解できなかったので、全体的にとにかく意味が分かりませんでした。
ストーリーが面白いとは思えないし、数学の話も数学史の話もさほど大したことはないと思うんで、本書の何が面白いのか僕にはイマイチよく分かりませんでした。結構長い作品だったので、時間がもったいなかったという感じです。オススメはしません。でもamazonの評価は高いんだよなぁ。
さて僕はこれからさらに長い作品を読む予定です。今週末はちょっと予定があったりするんで、感想を書くのがしばらく先になるかもしれません。気長にお待ちくださいまし。

ドゥニ・ゲジ「フェルマーの鸚鵡はしゃべらない」



リヴァイアサン(ポール・オースター)

さて今日は、眠いのと26時間テレビのさんまと中居と紳助のやつを見たいというのがあって、ちょっと本屋の話は手短にしたいと思います。
今日の話は、僕がよく見ているサイトで紹介されていたあるサイトについてです。
さいと自体はこちら。

http://q.hatena.ne.jp/1248099050

はてな、というサイトについてはよくわかんないんですけど、ようするにはてなのメンバーに質問をするようなところがあるんでしょうね。質問の内容は、『紙の本が電子書籍より優れている点は何か?』というもの。
これは結構長いんで全部は読んでないんですけど、なかなか面白い企画ですね。これを読んでると、まだまだ紙の本も大丈夫かもしれない、と思えてきます。
大体主要な意見を挙げるとこんな感じでしょうか。

・書き込みが出来る。
・所有欲を満たせる
・貸し借りがしやすい
・電子書籍は読みにくいし目が疲れる
・装丁なども気に入ってる
・デバイスがなくてもいつでも読める

などなど。
最近では、amazonのkindleみたいな電子書籍が流行してるみたいですけど、日本ではどうでしょうね。最近ではBLコミックなんかが携帯で見れたりするのが大きな市場になったりしてるらしいですけど、まだまだ日本では電子書籍は広まる気配がないような気がします。あっても、すでに版権が切れた古典作品が電子化されているぐらいで、現役で流通している作品が電子化されているというのはなかなかないですね。作家が携帯サイトで作品を連載したり、timebooktownとかいうサイト(今もあるのかどうか知らないけど)のような作家の作品をネット上で連載しているようなところもあるけど、あくまでそれは連載で、最終的には書籍化することが前提になっているような気がします。
僕としては、このまま電子書籍が流行らず、紙の本がいつまでも残っていってくれればいいなと思うんですけど、どうでしょうかね。
何かブレイクスルーみたいな出来事があって電子書籍が大きく広まる可能性はあるかもしれないけど、とりあえず今のまま紙の本が残ってくれるといいなぁ、というのが僕の個人的な希望です。
そろそろ内容に入ろうと思います。
さて、外国人作家があんまり得意ではない僕が結構気に入っている作家、ポール・オースターの作品です。
本書は、ピーターという作家が、友人であるサックスという男について、その出会いから最後爆死するまでの関係を小説にした、という設定の作品です。
ある日ピーターは、男が爆死したというニュースを新聞で読んだ。その男は、アメリカ全土を巻き込んだ自由の女神像爆破テロ犯ではないか、と目されていた。その爆弾を作っている間に誤爆したのだ、と。
ピーターはその記事を読んだ時、それがかつて友人だったサックスであると分かった。
数日後、FBIがピーターの元にやってきた。ピーターは彼らに情報は明かさず、知らぬ存ぜぬで通した。
そしてそれからピーターは、サックスとの出会いからのすべてを小説に記録することに決めた。
サックスとの出会いは、記録的な大雪のために中止になった朗読会でのことだった。二人は意気投合し、それから間もなく無二の親友になった。
二人の関係は様々な紆余曲折を経て、そしてささいなすれ違いやちょっとした出会い、そして不運な偶然によって絶望的にズレてしまっていく。そしてサックスの物語は同時にピーターの物語でもあり、そしてさらに様々な多くの人々の物語でもある。
例えばピーターはこんな風に語っている。
『ディーリア・ボンドとの結婚が崩壊しなかったら、私がマリア・ターナーに出会うこともなかったろうし、マリア・ターナーに出会っていなかったらリリアン・スターンについて知ることもなかったろうし、リリアン・スターンについて知ることがなかったら、今こうして本を書いてはいないだろう。』
サックスの人生には、ピーターの人生が大いに関わっているし、そのピーターの人生には何人かの女性が深く関わっている。いくつかの捻じれがなければ、恐らくサックスは爆死することはなかっただろう。
ピーターの知る限りの情報をすべて盛り込み、かつてお互いを完全に理解し合っていた親友がいかにして爆死するに至ったのかを丹念に描いた作品。
いやはや面白い作品でした。ポール・オースターの作品はかなりどれも好きなんだけど、その中でもかなり好きな作品だなと思います。
面白かったなぁ。とにかく凄かったです。冒頭で、親友だったサックスが爆死するという情報が明かされるんだけど、それ以外の情報は少しずつしか明らかにされないんです。出会った当初からしばらくは、どこにも問題のないような人生が描かれることになります。もちろん、そこで出会った人々、起こった出来事が後々の出来事に関わってくるわけなんだけど、読んでいても、どういう方向に話が進んでいくんだか分かんないんです。
僕は通常なら、そういうどういう方向に進むのか分からないストーリーというのは苦手なんですけど、でも本書の場合は、最終目的地はすでに提示されているわけです。サックスが自由の女神像を爆破するテロリストになり、爆死するという最後は既に明かされているわけです。だから、どうやってそこに繋がるのかさっぱり分からないまま、それでも不安にならずにストーリーを読み進めることが出来るわけです。
初めのウチは普通だったのに、それが本当に些細なことからどんどんとズレて行くことになります。それが、実に丁寧に描かれていくし、しかも自然な流れで進んでいくんですね。崩壊の音が、少しずつ近づいてくるわけなんです。これがうまい。
なかなか本書の良さをうまく説明できないんだけど、これは傑作だと思います。ミステリ-としてもエンターテイメントとしても素晴らしい。ポール・オースターは現代アメリカ文学の旗手みたいな感じで語られるんだけど、文学的にどうなのかっていうのはよく分からないですね。でもとにかく面白い。面白いですよ。
書評家とかだったら、こういう作品をうまいこと解説したり面白さを短く言葉に出来たりするのかもしれないですけどね。僕には無理なんで、面白いですよ、と繰り返すだけに留めてみます。
アメリカ文学だと思うとちょっとハードルが上がるかもしれないけど、エンターテイメントとしてすごく上質な作品だと思います。ぜひ読んでみてください。ポール・オースターはいいですよ。

ポール・オースター「リヴァイアサン」



日本テレビとCIA 発掘された「正力ファイル」(有馬哲夫)

さて今日は時間がすこぶるないので書店の話は省略。
早速内容に入ろうと思います。
本書は、日本テレビの設立の陰にはCIAが存在していた、という極秘資料の存在を元に、戦後の日本にいかにして民間初のテレビ局が開局したのかという流れを、アメリカ側がどういう思惑で日本のテレビ局開局に奔走したのかという面を強調したノンフィクションです。
大雑把な流れを書くとこんな感じです。
戦後いろいろあってアメリカは、日本を反共の防波堤の核としようと考えます。日本を共産主義に染めないことももちろんそうだけど、日本にあれこれ関わり、アジア全体の反共の防波堤にしよう、と目論みます。
その施策の一つとして、「テレビを含む国際通信のためのユニテル・リレー網計画」というものを構想します。
これは壮大な計画でした。アジア全体の安全保障のために、マイクロ波通信網を整備するという内容なんだけど、これはテレビやラジオだけではなく、軍事ファクシミリや警察無線、航空防空管制など様々な用途に使える、多重通信網の構想です。
アメリカはこの多重通信網を実現するために、この計画においてアジアの「北のアンカー」としての役割を担うことが出来る日本に、全国的なテレビ・通信リレー網を持つユニットをまず日本に建設するとしています。その後このネットワークをアジア全域に拡大し、アジア全体でのリレー網を完成させる、という大きな構想を持っていました。
日本テレビというのは、まさにそのユニテル・リレー網計画の第一歩であり、その壮大な計画が第一歩だけで終わってしまったその名残だ、というわけです。
日本テレビ開局の裏には、様々な「神話」があったようです。日本テレビ開局に奔走した正力松太郎は、当時戦犯容疑が掛けられてたけど、正力がアメリカ側に働きかけて解除してもらったとか、当時アメリカ側と交渉していた柴田という男は、日本の総理大臣でも会えないようなアメリカのトップクラスの人々に何故頻繁に会うことが出来たのかなど、いろいろと「神話」があるようです。
ただそれも、アメリカ側の文書から見てみると、結局のところ正力にしても柴田にしてもアメリカ側に翻弄されていただけだ、ということが分かります。
まあそんなわけで、日本初の民間テレビ局開局の陰には、実に壮大な計画があり、またジャパン・ロビーやドゥマン・グループと呼ばれる人々が陰で動き、当時の日本政府なども大々的に巻き込んでいた、ということが分かる作品です。
日本テレビ開局がCIAの計画に沿ったものだった、というところだけは面白いんだけど、本書は全体的にどうにもつまらなかったです。というのも、論文を読んでいるような感じで、読んでて楽しくないんですね。
どこを読んでも、この時はこういうことがあった、こういうことがあったに違いない、資料にはこう書いてある、というようなことしか書いてないので、論文としての出来はいいのかもしれないけど、読み物としてはちょっとつまらないなと思いました。
題材が面白いだけに、もうちょっと構成や書き方に魅力があれば素晴らしい作品になったんではないかなと思うんですけど。まあ、著者は大学の教授らしく、本書の元になった調査旅行ももともと政府に助成金か何かを使った研究らしいんで仕方ないのかもしれませんけどね。
たぶん同じ題材をもっと面白いノンフィクションに仕立てることが出来る人はいると思います。本書はちょっと読み物としての出来は高くないと思います。半分ぐらいまでは真面目に読んでましたけど、後半はかなり飛ばし読みでした。さっきも書いたけど、題材がいいだけに本当にもったいないなと思いました。この前読んだ「メディアの支配者」みたいなノンフィクションを期待したんだけど、ちょっと残念でした。しかしテレビ局の開局ってのはいろいろあるんですね。

追記)amazonでのレビューは高いんですよねぇ。最近どうも、僕の感覚とamazonのレビューの評価がかなり分かれることが多くなってきたような気が…。まあ別にいいんですけど。昭和史とかが好きな人には面白いのかもしれません。

有馬哲夫「日本テレビとCIA 発掘された「正力ファイル」」




幼年期の終わり(クラーク)

さて今日は、スタッフから又聞きした社員のアホな話を書いてみようと思います。
連休中にとあるお客さんから電話があったそうです。それはコミックのフェアに関する問い合わせで、小冊子はまだあるかというものでした。
現在あるサンデーGXコミックとサンデーGX本誌を買ったお客さんに先着順で特別小冊子を配るというフェアをやっているんだそうです。これはあるフェアを注文した書店のみで展開しているそうなのですべての書店でやっているわけではないんですけど、そのお客さんは出版社か何かのHPにウチの名前が載っているのを見て電話を掛けてきてくれたようです。
結果としてウチの店もそのフェアを注文していたし、小冊子も入っていたわけなんですけど、その電話があった時点でウチのスタッフは誰もそのことを把握していませんでした。恐るべきは、コミックの担当者さえもそれを把握していなかったということです。しかも連休中はコミックの担当者は休みで、電話があった時点で店にはいなかったわけです。
とにかくすぐには分からない話だったようで、一旦お客さんの名前と電話番号を控えて、分かったら連絡するという形にしたようです。でそれから、あれこれ調べたり店内にある箱を開けたりして、ようやくウチでもやっているということが判明し、小冊子も見つけたようです。
さて、アホなのはここからです。
スタッフの一人(僕にこの話をしてくれたスタッフ)が、ウチでもやっていて小冊子もあるよとそのお客さんに電話連絡をしようとして、そして社員に、そのお客さん用に小冊子を一部取っておかないとね、と言ったわけです。
するとその社員は、先着順なんだからそんなことしちゃダメでしょ、と言ったようです。
すごくないですか?確かに小冊子は先着順に配布するということになっていますけど、そのお客さんの問い合わせがなかったらウチでも配ってるなんてことは分からなかったわけです(恐らくコミックの担当者が自力で気づくことはなかったでしょう)。それに、今からお客さんに、ウチでも小冊子を配っていましたよ、という連絡をしようっていうのに、そこでお客さんに、でも申し訳ないですけど先着順なのでお早めにご来店ください、とか言えますか?普通に考えれば、お待たせして申し訳ないです。お客様の分は一部取り置いておきますのでレジにてお申し付けください、となるでしょう。
結局そのスタッフが、そんなのはおかしいと言って取り置きすることになったようですが、この話を聞いた時、やっぱりウチの社員ってすごいなと思いました。発想がおかしいんですね。正直こんな話はざらで、ウチのスタッフでまともな人間はみんな、はいはいまたおかしなこと言ってるね、ぐらいなもんです。もうそれぐらい、社員の判断についてはおかしいという認識が浸透しています。
この話を教えてくれたスタッフが、もう一つ別の話もしてくれました。
僕は普段遅番で入っているんだけど、土曜日だけは朝番で入ることにしています。で、最近ようやく遅番の時間にも社員が残るようになったわけなんですけど、そのスタッフが社員の組んだその日のスケジュールはおかしくないか、と朝番で入ってた僕に言ってきたわけです。そのスタッフの意見は半分間違っていましたけど、半分は正しい指摘でした。
で、その話をしている最中に、その日遅番に残る社員がやってきて、僕らの会話に入ってきました。
さてその日、そのスタッフは別の社員からメールが来たそうです。内容は、スケジュールについて言いたいことがあるなら、遅番に社員がいるんだから○○君(僕の名前)じゃなくて社員に言わないと。○○(遅番に残ってた社員の名前)が気にしてたよ、という感じだったようです。
そのスタッフは適当に返信したそうですけど、まあこの状況は致し方ないんですね。結局社員が信頼されていないし、僕の方がまともな判断が出来るとみんなが思っているということなんです。それに、スケジュールの組み方について言えば、僕を含め遅番の人間は散々文句を言っているのに、相変わらず何も考えずにスケジュールを組むので、そういう部分にムカツクという部分ももちろんあったでしょう。
ちょっと前にも、お客さんとのトラブルがあった時に、それに当たったスタッフが社員ではなくて僕に助けを求めるというケースがありました。それがあった日僕は終礼で、何かトラブルがあった時、僕ではなく社員に言わないといけないと思わせないといけない、という話をしましたが、まあ時間がかかるでしょうね。少なくとも、社員より僕の判断の方がまともだと思われている現状では、社員が社員としての存在感を出すのはかなり難しいだろうなと思います。
まあホント、もっと常識的な判断・発想・決断が出来ればいいんですけどね。それが出来ない限り、社員が信頼されるということはないでしょう。
そろそろ内容に入ろうと思います。
本書は、古典SFの傑作と呼ばれる作品で、僕が今回読んだ古典新訳版が、二年ぐらい前に大学読書人大賞だかを受賞したような気もします。
物語は、突如地球に異星人がやってくるところから始まります。やってくると言っても、姿は一向に見せません。地球の上空に巨大な宇宙船が現れ、そして異星人たちは、その圧倒的な力によって地球を支配しました。
支配したと言っても、具体的に手を出すことはほぼありません。戦争や貧困などを解決できるように、なるべく手を出しすぎない形で人類を統治し、地球に平和で理想的な社会をもたらした。
彼らはオーヴァーロードと呼ばれ、大抵の地球人からは歓迎された。しかし、一部の人間は、オーヴァーロードに反発した。地球にやってきてから一度も姿を見せていないことも不信だし、そもそも最終的に何を目的としているのかがまったく分からない。
長い年月を経て、オーヴァーロードの存在は人類にとって当り前のものになっていったが、しかし相変わらず彼らの目的が分からない。一体異星人たちは、どんな目的で地球を統治しているのだろうか…。
というような感じの作品です。
僕はそもそもそんなにSFが得意ではないんです。それに、SFに限らず古典作品全般があんまり得意ではないです。でも時々古典作品もSFも読みたくなるわけなんですけど。
本書は、やはり古典新訳というだけあって、文章は非常に読みやすかったです。前に、同じくSFの傑作と言われる「星を継ぐもの」を読みましたが、これはストーリーは抜群に面白かったですけど、文章がちょっと読みにくかったです。昔の訳のものを読んだわけではないですけど、やっぱり新訳というのはいいですね。なので、古典作品があんまり得意ではない僕でも割とスムーズに読むことができました。
ただ、SF的な部分というのはあんまり興味が持てなかったです。本書は古典SF作品の傑作として名高いんですけど、僕にはどう傑作なのかあんまり分かりませんでした。やっぱり、これが出た当時に読んだらまた違ってたのかな、という感じはあります。古典作品というのは結局、それが出た当時の背景とセットじゃないと、なかなか入り込めないのかもなぁ、と僕は勝手に思っているんですけど。
人類が異星人に出会い、初めは戸惑い、次第に慣れ、しかしその目的にいまいち納得がいかない、という描写はなかなか面白いなと思いました。実際僕らが本書に出てくるようなオーヴァーロードに出会った時どういう風に対処するのか、それは現実になってみないと分からないけど、でもかなりリアリティのある描写なんじゃないかなと思いました。オーヴァーロードが現れて以降の長い年月の話を描いている作品で、その間の人類の変遷みたいなものを追っていくのは興味深いです。
ただ僕としては、最後がなんかしっくりこなかったんです。本書の最後の最後で、オーヴァーロードたちの目的が明かされるわけなんだけど、何だよそれって感じでした。正直よく分からなかったし、僕が理解できたと思っている部分だけから判断しても、イマイチ納得いかないですね。オーヴァーロードの目的としてはそれでいいかもしれないけど、小説のストーリーとしてそれで面白いのかなぁという感じでした。うまく説明できないんだけど、どうもあんまり納得出来ないなぁ、という感じでした。
まあでも本書を読んで、光文社の古典新訳はまた時々読んでみようかなと思いました。どの作品もそうなのか分からないけど、やっぱり文章が読みやすくなってるだろうからいいなと思います。前に読んだ「飛ぶ教室」とかも面白かったし。まあそんなわけで本書は僕としてはまあそれなりという感じの作品でした。たぶん作品自体がどうこうというわけではなくて、僕に合わなかっただけだと思いますけど。

クラーク「幼年期の終わり」



ミュージック・ブレス・ユー!!(津村記久子)

今日は、とある雑誌の編集長のインタビュー記事についての話でも書こうかなと思います。
いつも見ているブログで、「小悪魔ageha」という雑誌の編集長のインタビュー記事がリンクされていました。
記事自体はこちら。

http://gigazine.net/index.php?/news/comments/20090714_koakuma_ageha/

長いインタビューですけど、ざっと読みました。この編集長、若そうだし綺麗だし、それできちんと芯が通ってる人で、かっこいいなぁ、と思いました。
記事の冒頭に、他の女性誌との発行部数の比較が載ってるんですけど、すごいですよ。
CanCamやMOREに匹敵するくらい売れていて、non・noより売れてるっていうんだから尋常ではないなと思いました。
CanCamにしてもMOREにしても、それぞれターゲットにしている層みたいなのはあるのかもしれないけど(20代前半だとか30代前半とか、可愛い系とか大人系とか、まあ女性誌の区分はわかんないけどそういうのが細かくあるんでしょう)、基本的には若い女性全般がターゲットの雑誌のはずです。
でも小悪魔agehaという雑誌が凄いのは、基本的にキャバクラ嬢向けに作られている雑誌だということです。もちろんキャバ嬢以外も買ってるんだろうけど、基本方針としてはキャバ嬢向けに作っている雑誌のはずなので、それで普通の女性誌に匹敵するほどの売上を叩きだしているというのは驚異的だなと思いました。
小さな出版社なので、nutsという雑誌の増刊みたいな形で雑誌を出させてもらえることになったんだけど、創刊当時のメンバーは二人。どっちかが倒れたら本が出せないというようなギリギリの状態の中、もう一人の編集部員に夜はキャバクラでバイトしてもらっていたというのだから、どれだけギリギリの状態で作っていたのかというのがわかります。
常に読者目線で雑誌を作っているという編集長は、ゴルフなんか絶対にしないし、貧しい生活をするのが私の役割だと思っている、なんてことも書いている。なかなかそんなこと思えないし、思ってても実行できないですよね。しかもそれを言っているのが、公称で30万部発行の超人気雑誌の編集長なんだから凄いなと思います。
小悪魔agehaの通販もやっているらしいんだけど、編集長としてはやりたくなかった。でも会社の方針として仕方ない。自分たちでホームページを作れるわけじゃないから人任せだけど、でもそういう人たちは何が売れるのかについて全然分からない。だから、全然やりたくはないんだけど、小悪魔agehaを荒らされたくないから仕方なく全部監修している、とも言っています。売上については私の耳に入れるな、とも言っているそうです。これぐらい強い芯を持っている人が上にいるというのは心強いなと思います。
一番凄いなと思ったのは、今後の出版業界の展望に聞かれた時のやりとり。これはそのままコピペしちゃおうかな。


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非公認Googleの入社試験(竹内薫編)

そろそろ内容に入ろうと思います。
本書は、サイエンスライターとして有名な竹内薫が、いろんな手段で「非公認」に集めたGoogleの入社試験の問題に対して、現役IT技術者・数学科出身塾講師・物理系大学院生・Google系プログラマー・文系肉体派(スポーツインストラクター)、現役東大院生に解答してもらい、それをまとめたのが本書です。
「非公認」に問題を集めた理由は、Googleに問い合わせたところ、試験問題は公表していないと言われてしまったからだとか。なので、Googleが広告として公開したことのある問題や、あるいはGoogleを受験したことのある人が、友人などからも話を聞きGoogleの入社試験をまとめているサイトなどから引っ張ってきて本書を構成したのだとか。
僕は昔、「ビル・ゲイツの面接試験」という本を読んだことがあって、本書でもそこで書かれていた問題がいくつか載っていました。有名な問題なんでしょうね。
びっくりしたのは、「ビル・ゲイツの面接試験」と本書で同じ問題が掲載されているんだけど、その模範解答が違うということです。
その問題というのが次のようなものです。

『偉い順に5人の海賊がいます。海賊の親分は、100枚の金貨をどうやって分配するかを決める権利があります。でも、残りの海賊たちが投票をして、賛成が半分より少ない場合、親分は殺されます。親分が、自分の分け前をできるだけ多くしながあ、生き延びるためには、どういう分け方をすればいいでしょう?
(ヒント:誰か1人が金貨の98%をもらうことになります)』

親分から順番にA・B・C・D・Eと名前をつけた場合、
本書での回答は、(A:98 B:0 C:0 D:1 E:1)ですが、
「ビル・ゲイツの面接試験」の方の回答では、(A:98 B:0 C:1 D:0 E:1)だったはずです。
どっちが正解なんでしょうか?
あと、これは凄いなと思った回答がこれ。問題は以下の通り。

『あなたはA点からB点に到達しなくてはいけません。でも、はたして到達できるかどうかわかりません。どうしますか?』

他の人は、A点B点を場所だと考えそれぞれ回答を考えています。まあそれが普通でしょう。
ただ、スポーツインストラクターの回答はなかなか変わっています。

『AとかBが、場所がなくて、たとえば売り上げ目標とかかもしれないので、命じた奴に「なんで?」って訊く』

これは素晴らしい発想だなと思いました。常識に囚われずに物事を見るという意味で素晴らしいです。
模範解答としては、Googleと言えばIT技術であり、だからネット空間をモデルにしたものなんですけど、このインストラクターの回答が僕は好きだなと思いました。
他にも、これはどんな意図があるのか分からないような心理テストのような問題や、それ一つだけで物理の論文が書けるような超超超難問や、何をどう考えていいんだか分からないような奇問まで揃い踏みです。これらの問題を突破してGoogleに入社した人間の頭を疑いますね。解けるわけないでしょ、こんなの。
いくつか面白かった問題を載せてみましょうか。

『シアトルにあるすべての窓ガラスを拭くとして、あなたはいくら代金を請求しますか?』

『1 11 21 1211 111221 次にくる数字は?』

『あなたの個人的な見解では、これまでに導出された数学の方程式の中で、いちばん美しいのはどれですか?』

『次のGoogle従業員からなる同好会のうち、実際に存在しないのはどれでしょう?
A)女子バスケットボールチーム
B)バフィーのファンクラブ
C)クリケットチーム
D)ノーベル賞受賞者クラブ
E)ワインクラブ』

『検索トラフィックの季節変動を予測する方法を述べた俳句を詠みなさい』

『あなたの背の高さは10円玉の直径まで縮んでしまいます。それに応じて、もとの密度を保ったまま、あなたの質量も小さくなります。次にあなたはガラス製の空のミキサーに投げ込まれてしまいます。ミキサーの刃は、あと60秒で動き出します。さぁ、どうしますか?』

『時計を見たら3時15分でした。長針と短針の間の角度は?
(答えは零度ではありません!)』

『8歳の甥に「データベース」の意味を3つの文で説明しなさい。』

さてどうでしょうか?どんな風に考えたらいいかわかりますかね?っていうか、すごい入社試験です。一か八かで受けてみてもまず受からない会社でしょうね。こんな問題が解けるような優秀な人材が山ほどいるんだから、そら成長するだろうなっていう感じですよね。さすがGoogle!
まあそんなわけで、軽く読むには面白いです。僕はこういう問題は真面目に考えるのがめんどくさくて嫌いなのですぐ答えを見てしまいます。辛抱強い人は、ちょっと考えてみたらいいかもしれません。専門知識がなければ不可能というものもたくさんありますが(著者の竹内薫さえも解けず、ネットで調べないといけない問題がいくつもある)、難しい知識がなくても解ける問題もたくさんあります。興味があったらパラパラめくってみてください。

竹内薫編「非公認Googleの入社試験」



アカペラ(山本文緒)

今日は結構広い丸善に行って来たんだけど、そこであるものを見つけました。
8月下旬に発売になるという、伊坂幸太郎の新刊「あるキング」の冒頭15ページが読める無料の冊子。恐らくその丸善の人が手作りで作ったものでしょう。
書店で働いていると、ゲラと呼ばれるものがもらえることがあります。ゲラというのは、これから発売される本が印刷された紙の束で、僕も何度かもらったことがあります。僕がこれまでもらったことのあるゲラは、両手で足りるくらいですけど。
昔はどうだったか知りませんが、最近ではこのゲラがかなり書店員に出回っているようなんです。本の雑誌社の営業員である杉江さんという人のブログには、書店員の人とよく喋ったりするんだけど、書店員さんはこれから出る本のゲラをかなり読んでいるので話が合わない、みたいなことを前に書いていました。
ゲラが書店員にばらまかれる理由は、発売前に書店員に興味をもってもらい、販売に力を入れてほしいと願うためです。また時々、前もって読んでもらうことで帯のコメントを書いてもらったりというようなこともあるようです。
ちょっと話はずれますが、今年の本屋大賞を受賞した「告白」なんかは、まさに書店員と共にベストセラーを作り上げていったみたいです。発売前から出版社の人間と一部の書店員とで「告白販売チーム」みたいなものを組み、発売前から宣伝の仕方や売場での展開の仕方なんかで書店員の話を参考にしながら販売計画を立てていったのだ、みたいな話をどこかで聞きました。最近では、ベストセラーの陰にはどこかの書店員の力が働いてたりすることがかなりあります。以前と比べると、書店員が持つ力というのが格段と増してきたと言えるでしょうか。
冒頭で話を出した無料の冊子も、恐らくそういう書店員に配られるゲラをコピーして作ったものでしょう。ゲラは書店員に配られるといいますが、やっぱりそれは力のある書店に限られます。特にメジャー級の作家のゲラは有名な書店員のところにしかいかないでしょう。というかそもそもゲラっていうのは文芸書の担当がもらうもので(小説以外でゲラというのはなかなかないし、文庫の新刊の場合は既に発売されている本が文庫になるわけでゲラの存在の必要がない)、だから文庫担当の僕が少ないながらもゲラをもらったことがある、というのが結構凄いことではありますけど、それでもやっぱり羨ましいものだなと思います。伊坂幸太郎の新刊のゲラなんか、一生手に入らないでしょうね。
でもふと考えました。僕は文庫の担当ですけど、文庫でも同じことは出来ないだろうか、と。
文庫の新刊の場合、既に作品自体は発売されているわけで、だったらこれから出る文庫で注目作の冒頭をハードカバー版をコピーすることで無料冊子を作り、それを店頭で配るというのはどうだろうな、と思ったわけです。
問題点は二つ。
一つ目は、出版社の許可がもらえるのか、ということです。恐らく今日もらってきた伊坂幸太郎の冒頭の無料冊子にしても、出版社の許可なしでは出来ないでしょう。まして僕がやろうとしてるのは、既に製本済みのハードカバーの作品を冒頭だけにせよコピーして配ろう、というわけです。それが著作権もろもろ含めて、出版社から許可が出るのかというのが一つ。
そしてもう一つは、どれだけ効果があるのか、ということです。既に流通している本なんだから、冒頭部分が読みたいならいくらでもやりようはある。どっかの本屋でハードカバーの在庫を探してもいいし、図書館に行ってもいい。それなのに、わざわざ既に発売されている作品の冒頭だけをコピーして無料配布することに、どれだけ意味があるのか、ということです。
まあ適当に思いついたアイデアなんで使えるかどうか分かりませんが、そんなことを考えてみました。どうでしょうか?文庫でしか本を読まないという方、もし店の店頭にこれから文庫になる新刊の冒頭だけが無料冊子で置いてあったらちょっとは興味惹かれるでしょうか?それとも別にいいやって感じでしょうか?何か意見があったら教えてほしいなと思います。
そろそろ内容に入ろうと思います。
本書は三つの短編が収録された短編集です。

「アカペラ」
タマコは中学生。高校には進学しないことに決めていて、学校に内緒でアルバイトをしている。古着屋で自分が作った服を売っていて、卒業後はそこで正社員として働こうと思っている。
またママが家出した。パパはどこにいるのか知らない。ママがいなくなって、じっちゃんはすごく快適そうにしている。じっちゃんとの二人暮らしは快適。問題なし。私の将来も、何の問題もなし。
蟹江はタマコの担任の教師。デモシカで教師になった男。進路希望表にタマコだけが就職と書いていて焦る。高校ぐらいは出ておけよ、と思うが、家族も大変そうだし、校則で禁止されてるバイトもしてるようでよく分からない。何故か親とバイト先の社長とで面談したり。何やってるんだろうな、俺は。

「ソリチュード」
16の時、テストをフケるつもりで武藤ん家に行こうとしてそのまま家出したっきり20年。久しぶりに実家に戻ってきた。親父が死んだらしい。母親は、やけにあっさりおれを迎えてくれた。恨み言一つ言わない。美緒と再会し、その娘である一花に懐かれ、東京からおれを追っかけて人がやってきて、父親の四十九日の法要に出て、何をしてるんだか分からないけど、そうやって毎日を過ごしている。

「ネロリ」
楢崎志保子は中堅出版社の社長秘書。弟と二人暮らし。弟は39歳で、昔から体が弱くて、今まで一度も働いたことがない。ほとんど家から出ず、志保子と一緒の時間を過ごすことが多い。50歳になって、相変わらず黙って仕事をしていて、ある時社長に呼ばれて、仕事を辞めることになった。
ココアは病院でヒデ君に出会った。今まで母性本能って何?って感じだったけど、ヒデ君には何でもしてあげたくなる。ヒデ君は月に一回病院に行くために外出して、その時は会える。後は出版社で働いているお姉さんといつも一緒に暮らしている。何だかよく分かんない関係だけど、一応付き合ってるんだと思う。

というような話です。
小説にはいろんなタイプの小説があるんだけど、その中に、読んでいる人間の経験値が高くないとよく分からない小説というのが結構あります。どういう小説がそれだ、と具体的に挙げるのは難しいですけど、割と恋愛小説なんかはそんな感じがあるでしょう。そして本書は、恋愛小説っていう感じではないけど、やっぱりそういう感じの小説です。経験値が高くないとよくわからない。
たぶん本書は、人生に対して真剣に取り組んでて、酸いも甘いも経験して、そうやって人生を生きてきた30代とか40代の人なら分かるんだろうし面白いんだと思います。ただ僕は、人生に対してまったくやる気のない20代の人間で、そういう人生に対する経験値の低い人間にはちょっと本書はよく分からないんだろうな、というのが僕の感想です。
だから本書のことをうまく評価できないんですね。たぶんamazonとかのレビューを見れば、きっと評価は高いと思うんです。本書を絶賛している文章も読んだことがあります。でも僕には掴みどころのない作品だなとしか思えないんです。
小説というのはいくつもの取っ手が付いているものだと思うんです。読んでる人間は、その取ってのどれか一つ、あるいは複数を手に持って、そうやってその物語を自分の方へと引き寄せるんだと思います。
経験値の高い人間にはきっと、その取ってがたくさん見えるんだと思います。だからその取っ手を掴んで物語を自分の方向に引き寄せることが出来る。だけど経験値の低い僕には、取っ手がどこにあるのか全然見えないんです。たぶん他の人には見えてるんだろう取っ手がどこにあるのか分からないので、その物語を自分の方向に引き寄せることが出来ないんです。だからちょっとよく分かりませんでした。
三つある話の内、面白いなと思ったのは「アカペラ」です。タマコさんのすっとぼけた語り口も面白いし、じっちゃんのキャラもいいし、全体のほわほわした感じもいいと思いました。何を伝えたいんだかよく分からない話でしたけど、面白いことは面白いと思いました。
「ソリチュード」と「ネロリ」は何だかなぁという感じで、僕には合わない感じでした。別につまらない作品ではありませんでしたけど、特に面白いという感じでもなかったなぁ、という感じでした。
たぶんこれは、読んでいる僕の経験値の低さに原因があると思うので、作品自体に問題があるわけではないんだと思います。ちょっと僕には合わない感じの作品でしたが、たぶんちゃんとした経験値のある人が読めが楽しめる作品なんではないかな、という気がします。僕の感想は無視して読んでみてください。

追記)山本文緒という作家は一時うつ病みたいになったようで、執筆から遠ざかっていたんですけど、本書がその復帰第一作になるんです。で、amazonのレビューを見る限り、どうも本書は過去の山本文緒の作品とは大分違うらしいです。本書が初めての山本文緒作品の僕としてはよく分かりませんが、人によっては過去の作品の方がいいという意見もあるようです。なるほど、本書だけで山本文緒という作家を判断してはいけないということのようです。

山本文緒「アカペラ」



少年少女飛行倶楽部(加納朋子)

さて今日は、映像化作品が新刊で出るタイミングについて書こうと思います。
一昨日公開しなかなかいいスタートを切った「アマルフィ」ですけど、これはかなり珍しく、ハードカバーの新刊発売の時点で帯に映画化と書かれていました。まあそれも当然で、もともと映画の原作として考えていたストーリーを小説として出したわけで、そういうことになりました。
で、その「アマルフィ」の新刊が発売されたのが4月なんです。映画の公開が7月。
実に3か月も前に出ているんです。もちろん「アマルフィ」という作品は、映像化する小説としてだけじゃなくて、普通の小説としても楽しめる作品ですけど、映画の公開に合わせて発売するということだったら、6月とかせめて5月とかに出せばよかったんじゃないかなと思うんです。
まあでも「アマルフィ」に関して言えば理解できなくもありません。恐らく「アマルフィ」の単行本には、映画の宣伝をするという役割もあったのでしょう。だから、映画の公開3か月前という時期に発売したのではないかと思うんです。
少なくとも僕の考えとしては、映像化作品が公開よりもかなり前に発売されると辛いんです。それだけその作品を売場に長く置かなくてはならなくなるので。もちろん、出版社としてはそれが狙いなんでしょうけど。
小学館は最近文庫で、映画のノベライズ本をよく出します。つい一週間ほど前にも、「BALLAD」という草薙剛主演の映画のノベライズが発売になりました。
でもこの映画、9月中旬くらいに公開なんです。
つまり、映画公開まで売場に残しておくとした場合、2か月ほど置き続けなくてはいけないことになります。売れる本、あるいは売りたい本ならくらでも長いこと置きますが、こういう置かないわけにはいかない本というのは長く置きたくないものです。出版社の方もそれが分かっていて、だからなるべく売場に長く残してもらえるように発売日を早めているのでしょう。
でも、こういうこともありました。
5月の頭に、同じく小学館が「群青」という映画のノベライズを出しました。長澤まさみが主演だったかな。で、その映画の公開は6月の末だったわけです。
しばらく頑張って売場に置いていましたが、全然売れないし場所的にももう限界が来ていたので、映画公開の二週間くらい前に返品してしまいました。
映画自体が大コケしたらしいんで結果的に僕の判断は正しかったことになりますが、でも本来は映画公開日まで残しておかなくてはいけないですよね。でも、新刊が山のように出る現状ではそれはほぼ不可能に近いと僕は思うんです。少なくとも、僕のやり方では無理です。
映画の公開に合わせて新刊を出す、というのは昔からよくあるやり方ですけど、ただ発売日から映画公開までのスパンが昔より段々長くなっているような気がします。その本自体に力があれば、映画公開が先だろうが何だろうが売場に置き続けますが、映画化という話題でもなければ売れないような本の場合、映画公開日よりも遥か前に発売されてもとてもじゃないけど公開日まで残してはおけません。まあ僕一人がウダウダ言ってもこの流れが変わるとは思えませんが、出版社の方、なるべく映画公開に近い日程で新刊を出してもらえないでしょうか?そうしないと、最終的に出版社の不利益になるんじゃないかなぁ、とか僕は思っていたりします。
そろそろ内容に入ろうと思います。
主人公・海月(みづき クラゲ→くーちゃんと呼ばれている)は中学一年生。なりたてほやほや。何らかの部活動に必ず入らないといけないんだけど、運動部は嫌だし、三つしかない文化系の部活もちょっと合わなそう。
そんな時、幼馴染みの腐れ縁である樹絵里(じゅえりー)が、何だか変な話を持ってきた。頭の中がピンク色の彼女は、現在一目惚れの真っ最中。野球部の海星(かいせい ヒトデだから海月と海洋生物仲間)のことが好きになっちゃったんだけど、野球部はマネージャーを募集してない。そこで、海星が兼部で入っている「飛行クラブ」に目をつけたってわけ。
「飛行クラブ」とはその名の通り、空を飛ぶことを目的としたクラブ。目の前にある、飛行クラブの活動内容を記した紙には、道具などをなるべく使わないで飛ぶことを最終目標とする、って書いてあるんだけど…。いやいや、どう考えてもヤバイ部活でしょ。
でも、頭の中がピンク色の樹絵里に引っ張られて飛行クラブの「部室」に行くことに。そこには、神(ジン)って名前の超超超偏屈部長がいて、成り行きで飛行クラブに入部することになってしまう。
その後も、朋(るなるな 月が二つだからるなるな。よく高いところから落ちる。あらゆることに恐怖を感じた経験がない)とか、球児(きゅうじ 野球好きの両親につけられた。元々野球部だったが、辛そうだったので海星が引っ張ってきた)とかがメンバーに加わり、どうにか部としての体裁が整った。
しかしそこからが大変。部長は超をいくつつけても足りないくらいの変人で、もしかして宇宙人じゃないかって思うくらい。他のメンバーは、元々実務的なことがまったく出来ないか、いい人は使えないという見本みたいな人間しかいなくて、だから何故か実務の大半は、入ったばかりの海月がすることに…。何だって私が、部長の夢を叶えるためにこんなに苦労しなきゃならないのよ…。
というような話です。
なかなか面白い話でした。一個だけ不満なところはあったけど。帯ウラの文章とかを読んだ限り、本当にピーターパンみたいな感じで空を飛ぶことを目指す話なのかと思ったんだけど、そうじゃありませんでした。それを願っているのは、っていうかそれが実現できると心から信じているのは部長の神だけで、基本的には、現実的に空を飛ぶためには、もっと言えば空を飛んだと部長を納得させることが出来るためにはどうすればいいのか、という方向性の話です。まあそれがちょっと不満と言えば不満でした。
本書はとにもかくにもキャラクターが素敵です。次から次へと個性的なキャラクターが出てくるので、よくもまあこれだけアクの強いキャラクターをわんさか出してまとまりのあるストーリーを作れたなと思いました。
トップクラスの変人は、なんと言っても部長の神です。とにかくいつも偉そうだし、お世辞とかがまったく通用しない。尊大な態度でしか相手に接しないし、言葉を言葉通りにしか解釈しないというとんでもない人間なのだ。とにかく海月はこの部長に最初から最後まで振り回されることになる。僕だったら、こんな人間が近くにいたらもう我慢出来ないでしょうね。遠くで見ている分には実に面白いキャラクターなんだけど。
朋なんかもなかなか凄いです。自殺未遂をしたからまだ一度も登校してないという噂が流れていたらしいけど、本人は至って陽気。っていうか、空気が読めないと言った方がいいかも。なんというか、常に突拍子もないことをしでかす。予測不能。もちろん問題児です。
樹絵里はずっと海月の親友だけど、とにかく手が掛かる女。海月は樹絵里にはこれまで散々振り回されてきたんだけど、もうそれは慣れっこ。女同士の人間関係は難しい、ってよくこぼしてるけど、樹絵里とはとりあえず長いことうまくやってる。
海星はさわやかでいい人で、かつ神の幼なじみ。神と一緒にいてなんとかうまくやってこれているという事実から明らかなように、とにかく海のように心が広い人。でも時々海月は海星に、いい人って使えないのよねぇ、と思ってしまう。
球児は、何だかいつも存在感がないし、オドオドしてる。過程環境も影響してるんだろうけど、なかなか自分を主張できない。でも時々すごい力を発揮して周囲を助けてくれる。
で、海月なんだけど、本書を読むと僕と似てるなぁ、と思うんですね。僕はとにかく貧乏くじを引くタイプで、それは海月も同じ。海月は基本真面目だから、とりあえずちゃんとやらないとって思う。だから周りが使えない場合、自分でやるしかないな、って思うタイプの人間なのだ。僕もそれは同じ。そうやって貧乏くじを引くのだ。性格だから仕方ないけど。
でも、海月が引かされる貧乏くじはなかなかとんでもないものがある。そもそも、実務的なことにまったく役に立たない部長を差し置いて、実質的に部を切り盛りしなきゃいけないし、しかもその部の目的が空を飛ぶことだっていうんだからとんでもない。別に海月としては空なんか飛びたくないわけなんだけど、でも部長がそう言ってるんだから仕方ない、内申点にも関わるし、って思っていろいろ頑張る。基本的に海月がいないと何も進まない。部長の面倒も見ないといけないし、動かない他のメンバーの尻も叩かないといけない。まったくやってられないって感じでしょうね。
それでも頑張ってしまう海月はかなり好感が持てます。いいキャラだと思います。
ストーリーに特別な部分はないですけど、最初から最後までキャラクターの魅力が満載なので面白く読める作品だと思います。これは別に悪く言いたいわけではないんだけど、何となくライトノベルに近い作品かなという感じがします。まあ最近のライトノベルってたぶん、ファンタジーっぽい感じが多くなってるだろうからちょっとずれるのかもしれないけど、学園ものでキャラクターに魅力があってっていうのは何となくライトノベルっぽい感じがします。
加納朋子と言えば日常の謎っぽい作品が主流ですけど、本書は純粋に青春学園モノという感じです。今までの作風とはちょっと違うかもしれません。でも、軽く読める面白い作品だと思います。興味がある人は読んでみてください。

加納朋子「少年少女飛行倶楽部」



ターミナルマン 空港に16年間住みついた男(サー・アルフレッド・メヘラン+アンドリュー・ドンキン)

そろそろ内容に入ろうと思います。
本書は、トム・ハンクス主演の「ターミナル」のモデルになった人物が書いた(実際に書いたのは別の人でしょうが)本です。副題にある通り、フランスにあるシャルル・ド・ゴール空港のベンチに16年間も住むことになってしまったある男の話です。
何故そんなことになってしまったのか、という部分は複雑であり、かつ本書のメインの部分になるのであまり触れないようにしますが、要するにとある事情により戸籍を失ってしまったがために、フランスにも入国出来ず(不法入国のために何度か逮捕されている)、また他の国にも行くことが出来ないために、仕方なく空港で過ごすことになった、というわけなんです。
本書の構成は実に複雑です。数ページ毎に、過去と現在が入り混じります。時系列がバラバラで、また同じ文章が繰り返される個所も何度も出てきます。どうして空港から出られなくなったのか、という部分、あるいは、出られる状況になったのに出なかった理由なんかを最後の方まで隠そうとするためにこういう複雑な構成になったんだと思うんだけど、ちょっと失敗だったんじゃないかなぁと思うんですよね。さすがにちょっと複雑すぎて、ストーリーを追うのが難しかったです。
著者であり空港で16年間住み続けたサー・アルフレッド・メヘランは、イラン出身です。出生にも複雑な部分があるわけなんですが、冒頭で著者は、イラン出身ではない、と繰り返し言うことになります。その辺りも謎だし、サインさえすれば身分証明書が手に入るという場面でサインを拒んだりします。会話の仕方なんかも偏屈な部分があるようで、それが文章にも反映されているようです。だから、ちょっと読みにくい。
僕は、これだけ面白い題材だったら、構成をもう少し考えればもっと面白くなったと思うんですよね。なんか僕としては、あんまり評価しがたい作品でした。
僕としては、同じ人を題材にした別の作品(あるかどうか分かりませんが)を読んでみたいですね。もう少し違った構成で違った書き方をした作品がよかったです。でももしかしたら、この著者の特異な人生を描くにはこのやり方がベストだったのかも、とも思います。分かりませんが、僕はあんまり好きになれない作品でした。

サー・アルフレッド・メヘラン+アンドリュー・ドンキン「ターミナルマン 空港に16年間住みついた男」



赤ちゃんは殺されたのか(リチャード・ファーストマン+ジェイミー・タラン)

今週は本当に大変でした。毎日仕事が全然終わらないために、一応既定の勤務時間は深夜1時までだけど、最近はバイト先を出るのが深夜2時過ぎ、寝るのが3時とか4時とかっていう生活でした。昨日など、バイト先を出たのが2時半です。読んでた本が結構長かったというのもありますけど、その忙しさのせいで本を読む時間がなかなか取れなかったんで、しばらく更新に間が空いてしまいました。
何が忙しいって、新刊が大量に出るんですね。最近、これは前にも書いた記憶がありますけど、月曜日と土曜日に新刊があんまり出なくなったんです。恐らく取次の都合だと思うんだけど、そうなると必然的に、火曜~金曜の間に新刊が集中して出ることになります。それを毎日出すのが本当に大変でした。やりたいことは山ほどあるのに、最低限の仕事を終わらせるのが精いっぱいという状況で、とにかく疲労困憊という感じです。
まあそんなわけで、今も時間があんまりありません。なので書店の話は省いて内容に入ろうと思います。
本書は、アメリカで実際に起こった、乳幼児突然死症候群(SIDS)に関わるノンフィクションです。
本書は三つの章に分かれて話が進んで行きます。
まず第一章。ここでは、ニューヨーク州北部の町で起こった、ある殺人事件がとりあげられます。犯人はヴァン・デル・スライズ。当初逮捕された容疑は、未成年の少女を妊娠させたという罪でした。
オノンダガ郡の地方検事補佐であるビル・フィッツパトリックは、ヴァン・デル・スライズが逮捕されたという一報を聞き、すぐさま別件で起訴することを考え始めた。フィッツパトリックは、シラキュースのとある刑事から、ヴァン・デル・スライズの名前が記録された調書を受け取っていた。その調書は、ヴァン・デル・スライズが保険金目的で自分の子供をSIDSに見せかけて殺したかもしれない、という疑惑を感じさせるのに十分な内容だった。
その捜査を開始し、ついに裁判にまでこぎつけたフィッツパトリックは、SIDSの専門家であるリンダ・ノートンを呼び、裁判に向けて準備を始めた。
その中でフィッツパトリックは驚くべき事実を知ることになる。SIDSの世界には20年ほど前に提唱された無呼吸セオリーと呼ばれるものがある。健康な乳幼児であっても、短時間の無呼吸状態はよく起こる。それがちょっと長くなってしまうとSIDSに至るのではないか、という仮説だ。この仮説は実証こそされていないが、SIDSにおいては広く認められている仮説で、1970年代にシュテインシュナイダーという医師が提唱した。シュテインシュナイダーはH家の子供たちについて調べ、無呼吸セオリーを提唱した。H家の子供たちは5人全員がSIDSによって死亡し、うち最後の二人をシュテインシュナイダーが研究の対象としたのだった。最後の二人の死についてシュテインシュナイダーはSIDSであると判断し、その結果を『小児科学』という権威ある雑誌に論文にして載せた。
しかしリンダ・ノートンは、シュテインシュナイダーが研究対象としたH家では、SIDSではなく殺人事件が起こっていたはずだ、と指摘する。それを聞いたフィッツパトリックは『小児科学』に載せられたシュテインシュナイダーの論文に目を通すが、どう読んでもSIDSとは思えず、明らかに殺人としか思えなかった。
それからフィッツパトリックは、無呼吸セオリーを広めるきっかけとなったH家ことホイト家について調べ始め、5人の子供の母親だったワネタ・ホイトを逮捕すべく奔走することになる…。
第二章では、ワネタとティムがどのようにして知り合い子供をもうけ、そしてその子供たちがどのように死んでいったのか。またシュテインシュナイダーとはどのように関わっていったのか、という過去の描写である。
そして第三章では、ついにワネタ・ホイトが逮捕され、裁判に掛けられる様子が描かれて行きます。
いやはや、メチャクチャ面白い作品でした。本書は文庫本で600ページぐらいあるんですけど、元の本はもっと長かったらしいです。訳者が、原書はあまりにも長すぎると判断し、著者に了解を取り全体の四分の一を削ったのだとか。それでも、骨太の作品であることは変わりありません。
なんというか、すべてがドラマのような展開なんです。まず、一人の執念深い刑事がいた。その刑事は過去の調書を読み返す中で、SIDSとして処理されているけど実は殺人事件だったのではないか、と思われるものを見つける。その事件でさえ、調書を見つけた段階ですでに相当昔の事件だ。
SIDSというのは、とにかく医学的に証明するのが難しいものだ。現代に至っても、SIDSがどのように起こるのか明確な仮説はない。SIDSというのは、どれだけ解剖をしても直接的な死因が見いだせない場合につけられる病名で、結局死因不明と同じことである。そしてSIDSと故意に窒息させた場合とでは、どれだけ解剖をしても区別がつかないのだ。その執念深い刑事は、時機が来るまで待つしかないと考えた。
フィッツパトリックが、検事の中でもっとも地位の高い殺人事件担当の検事補になった時、バトンはフィッツパトリックに渡された。そうなってようやく捜査は進むのだけど、しかしその中で、20年以上も昔に起ったある出来事を知ることになる。5人の子供すべてがSIDSで亡くなったという症例だ。そこからフィッツパトリックはこの件に全精力を注ぎ込んでいくことになる。
第三章の裁判シーンはなかなか凄まじい。既に20年経った事件であり、死体は既に風化してすべて骨だけになってしまった。そもそもSIDSと故意の窒息の区別は、死体があったとしてもその区別は容易には出来ないのだ。そんな状況の中で、いかにしてワネタ・ホイトを追いつめていくのか。ワネタ・ホイトは、一旦5人の子供を殺したと自白しておきながら、その後すぐにその主張をひっくり返し、無理やり自白されたのだと言い張るようになった。それにより、ますます裁判は複雑さを極めることになる。この裁判がどういう風に展開していくのかというのも読みどころの一つです。
しかし何と言ってもこの出来事が凄いのは、ホイト家のケースを元にしてシュテインシュナイダーが無呼吸セオリーを提唱し、それが医学界の常識になってしまったというその経緯の部分でしょう。第二章でそれについて相当詳しく触れているんだけど、この過程はとんでもないなと思いました。あくまでも本書を読んだ限りの印象だけど、シュテインシュナイダーは明らかに嘘をついているし、科学者としても医者としても失格だということです。シュテインシュナイダーの周囲にいた看護婦な、何度となくワネタ・ホイトへの疑惑を口に出して主張しています。ある看護婦など、入院している子供を家に帰したら翌日子供は死んでいますよ、とシュテインシュナイダーと賭けまでするんです。実際その賭けは、看護婦の勝利に終わります。入院している間完全に健康体だった子供は、自宅に戻ったその日に死んでしまいます。
しかしシュテインシュナイダーは、周囲のあらゆる雑音を意識的に排除し、自分の仮説を実証するためにあらゆる精力をつぎ込んでいます。シュテインシュナイダーにとっては、当時の情勢や環境などあらゆる要因が味方をし、無呼吸セオリーは世界中でメジャーな仮説となりました。ある時イギリスの医者が、無呼吸とSIDSは無関係であるという明白な研究結果を提示したにも関わらず、SIDSの学界はそれをまるで受け入れず、まるで邪魔するなと言わんばかりの態度だったようです。それほどまでに、シュテインシュナイダーの提唱した無呼吸セオリーは信奉されていたわけです。
フィッツパトリックが掘り起こした事件は、医学界の常識とされた無呼吸セオリーに一石を投じるという意味でも非常に重要なものでした。実際のところ、この事件の裁判が終わった後も、シュテインシュナイダーや無呼吸セオリーの権威はそこまで落ちなかったようではあります。しかし、多くの人が無批判に無呼吸セオリーを信じることはなくなったのではないかな、と思います。
専門雑誌に投稿された論文から殺人が露見するという展開も、小説でもありえないぐらいじゃないかなと思います。何故当時その論文を読んだ人々はそれが殺人であるということに気付けなかったのか。あるいは気付いていても何も出来なかったのか。なんというか、いろんな部分で考えさせられる作品だなと思いました。
長い作品ではありますが、とにかく面白くて見事な作品です。是非読んでみてください。

リチャード・ファーストマン+ジェイミー・タラン「赤ちゃんは殺されたのか」



カンタン刑(式貴士)

そろそろ内容に入ろうと思います。
本書は、12編の短編・ショートショートと、著者が原作を担当した漫画1編が収録された短編集です。
式貴士という作家は聞いたことのある人は少ないと思うんだけど、1933年生まれで1991年に亡くなったちょっと前の作家です。間羊太郎・小早川博・ウラヌス星風・蘭光生などいろんなペンネームを持った作家だったようで、式貴士名義で発表した作品は、エロ・グロ・ナンセンス・ブラックユーモアを基調とした作品が多かったようです。ただ式貴士名義としては、SF作家として認知されていたとのこと。

「カンタン刑」
残虐な殺人鬼に、死刑よりも重いとされる「カンタン刑」が適応されることになった。「カンタン刑」と聞くだけで震え上がる受刑者。死刑よりも重い刑罰「カンタン刑」とは一体どんなものなのか…。

「首吊り三味線」
首吊りについて話を聞きにきた人に知識を披歴する男。古今東西の首吊りの話をしながら、やがて三味線から始まる自身の話になり…。

「涸いた子宮」
ある日庭に全裸の美しい女性が立っていた。しばらくすると片言で会話をするようになり、やがて結婚することになった。美緒と名付けた。
美緒が子供を身ごもったというのだが、何故かもう二度とセックスは出来ないという…。

「ヘッド・ワイフ」
様々な技術の革新により、首だけで生きていられる技術が確立した。自分の不注意によって、結果的に妻を国内第一号の首人間にしてしまった男は、やがてある決意をする…。

「おれの人形」
子供の頃、自分の特殊能力に気づいた。何でも石に変えることが出来るのだ。しかし、そんな能力使えても大したことは出来ないし、あまり使わない方がいいだろうとなるべく自重してきた。
しかし、街中でふと大学のキャンパスの高嶺の花を見かけた時…。

「マイ・アドニス」
中学生に英語を教える代わりに、その少年をモデルにして石膏像を作ることにした私は、少年の体に触れながら完璧な石膏像を完成させた。その石膏像を私は、立ち枯れた巨木の根元に蔦で絡ませて置いておいたのだけど…。

「血の海」
不治の白血病にかかってしまった妻と、ブラックなジョークを言っていた。地球上のすべての水が血に変わってくれたら、毎日新鮮な血を飲んで健康でいられるのにね、と。
その翌日、まさにそれが現実のものとなった。水道からも血が出てくるし、海の水もすべて血に変わってしまったのだ…。

「アイス・ベイビー」
技術の革新により、「アイス・ベイビー」と呼ばれる商品が売り出されていた。4・5か月ぐらいで堕胎された子供を冷凍保存し、売る際に好みの年齢まで一気に加齢してから渡すという、まさに人間そのものの人形のようなものだ。ある男がこのアイス・ベイビーを買うことにしたのだが…。

「メニエール蝉」
ショートショート。メニエール蝉と呼ばれる病気にかかったのではないかと疑っている男のバーでのやり取り。

「塵もつもれば」
ショートショート。星占いに嵌まっている男は、死期が予期出来るというソフトを手に入れる。それによると、三ヶ月後に僕は死にかけるらしいが、その一ヶ月後に妻が死にかけるらしい…。

「鉄輪の舞」
愛情はそこまでなかったが、妻の熱心な求婚に応じて結婚した男。似た者同士で会話の必要性を感じなかったが、それがまずかったのだろう。どんどんすれ違っていくようになり、しばらくして離婚するのだが…。

「東城線見聞録」
「東方見聞録」をジェノバの牢獄で書きつづったという男が、晩年を黄金の国チパング島で過ごした際の見聞録。東武東上線の駅名をもじって話を作った作品。

「仕置き猫」(上村一夫画)
浮気をしている妻とその息子。ある日浮気相手である男が何故か留守番をすることになり、そこで幼児が死んでしまうのだけど…。

というような感じです。
全体的には、まあまあという感じでしょうか。好きな人は好きでしょうが、僕はこういうエロ・グロ・ナンセンスみたいな作品はそこまで好きではないです。
「カンタン刑」は、式貴士の作品の中で最も有名というだけあって、なかなか凄い作品でした。昼飯を食いながら読んだんですけど、気持悪いのなんの。「カンタン刑」の最初の刑は、ゴキブリが満載の牢獄の中で食事もゴキブリ料理しか出てこない、という感じでしたからね。酷い話です。ゴキブリがダメという人は読まない方がいいと思います。すごい気持ち悪い話です。
どの話も、設定は面白いんです。なるほど、よくそんな変な設定を考えるなぁ、という感じです。でもどの話も、オチが弱いんですよね。オチが特にないような話もあります。まあ作品自体はミステリではないのでこういう感じでいいんでしょうけど、やっぱり基本的に僕はミステリが好きなんで、こういう作品を読むとオチを期待してしまいます。「血の海」とか「おれの人形」なんかは、話自体は凄く面白いと思ったので、オチがちゃんとあれば相当よかっただろうなと思いました。他の作品も、もうちょっとオチがちゃんとあれば結構いいんだけど、という作品ばっかりでした。ミステリという感じで読んでた僕が悪いんでしょうけど、どうしてもオチが弱いなと思わざるおえなかったです。
可もなく不可もなくという感じでした。作品自体がどうこうというより、僕には合わないジャンルだったんでしょうね。こういう作品が好きだという人はいるんだろうなと思います。ただ、SFじゃないと思うんだよなぁ。SF作家だと思われているらしんだけど。
そんなにオススメはしないですけど、グロイ系の話が好きな人は試してみてください。

式貴士「カンタン刑」



スメル男(原田宗典)

書店の話ではないんだけど、最近見たこんなニュースについて書いてみようかなと思います。
記事自体はこちら。

http://netallica.yahoo.co.jp/news/83782

芸能人ブログというのは昔からあって、それが書籍化されるという流れはずっと続いています。ちゃんとは覚えていませんが、一番初めに芸能人ブログで当たったのは、眞鍋かをりだったでしょうか?その後、芸能人がブログを書く→その後書籍化するという流れはよくありました。
最近では芸能人が結婚報告をブログでしたり、ニュースなんかでもとりあげられたりとなかなか注目はされているんでしょうけど、でもお金になるのかというとなかなか難しいんでしょうね。
記事にも、ブログを書籍化してもお金になるスパンが長いし、そもそもそんなに本は売れないというようなことが書いてあります。確かにそうですね。芸能人のブログ本なんか、ファンじゃなければ立ち読み程度でいいし、ファンはちゃんとブログを読んでるだろうし、うまいこと話題にならないとなかなか売れないでしょう。実際、書店の現場で売れているなぁと思うブログ本はごく僅か。どちらかと言えば、一般人のブログ本(猫の写真だとか、弁当や料理のレシピだとか、コミックエッセイだとか)の方が売れています。
そこでガッキーこと新垣結衣は、ブログを有料化するというやり方を始めたとのこと。まあ本人の意向ではなく事務所の意向でしょうけど。記事にもありますけど、本人はそんなにブログ書きたくないんじゃないかなぁ。
まあそんなことはどうでもいいんですけど、その金額がまた凄い。月額なんと840円だそうです。
これは凄いですね。書籍化の場合と比べてみましょう。
分かりやすくするために、本の値段が1000円、印税が10%としましょう。平均的にどのくらい売れるのか分かりませんが、多くても5万部を超えることはないでしょうし(普通の小説で5万部と言えばそこそこ売れているレベル)、1万部言っているかどうかも微妙でしょう。でも、売れているブログ本もあるでしょうから、3万部くらいにしてみましょうか。
すると、1000円×3万部×10%で、著者(事務所)の元に入るのは300万円という計算になります。1冊の本になるだけの分量をブログで書くのに1年だとしても、年間でたった300万円です。
一方、月額840円の場合どうなるでしょう。この場合会員数が問題ですが、書籍の場合で3万部超えるという前提をしていますが、書籍の場合3万部すべてが売れる必要はないんですね。出版社は、売れた分ではなく刷った分に対して著者印税を払うので、売れ残った分についてもカウントされます。3万部刷って実際2万5000部しか売れなくても、3万部分の印税がもらえるわけです。
うーん、しかし、芸能人のブログっていうのはどれぐらいの会員数がいるもんなんでしょうね。さっぱり想像がつきませんが、書籍化の場合の販売部数から考えて相当低く見積もって、5000人ぐらいにしておきましょうか。どうでしょうか。
とりあえずこれで計算すると、5000人×840円×12か月で5040万円という計算になります。
うーん、すごいですねこれは。会員数5000人という見積もりがどうなのかさっぱりわかりませんが、もし会員数が500人でも年間504万ですからね。書籍化よりは全然いいです。
問題は、このビジネスモデルが成功するのかどうか、ということでしょうね。月額840円も払って芸能人のブログを見たいのか、ということです。僕は特別誰か芸能人のファンというわけでもないのでファン心理は全然分かりませんが、でもこのビジネスモデルの場合、会員数がものすごく少なくても成り立つというのが魅力的でしょうね。500人程度でも、書籍化よりは十分効率がいいわけで、事務所としてはオイシイのでしょう。
でもそもそも芸能人ブログというのは、ファンというほどでもない人に興味をもってもらったり、既存のファンに感謝したりする場ではないでしょうか?月額840円の有料ブログというのは、お金的には成功するかもしれないけど、新垣結衣のアピール戦略としては成功しないのではないかな、とかそんなことを考えてしまいました。
まあ、芸能界でも初めてに近い試みでしょうから、今後どうなるのかちょっと気になります。まあ失敗した場合は結果が分からないでしょうけど、成功した場合はまたニュースになるでしょうから、チェックしてみようと思います。
そろそろ内容に入ろうと思います。
武井武留は、ある時突然嗅覚がなくなった。どんな匂いもわからなくなってしまったのだ。病院に行くと、精神的なものだろうと診断される。ちょうど母親が事故でなくなった直後だったのだ。そのショックで鼻が利かなくなってしまったのだろう、と。
それから武井は、無為に人生を過ごすことになる。嗅覚がなくなったことは、彼の人生に多大な影響を与えた。食欲と性欲が薄れ、厭世的になり、引きこもりがちになった。何もやる気が起きない。幸い、事故で死亡した母親の生命保険で暮らせていけたので、武井は昼間から酒を飲む、ひたすら無為な生活を続けていった。
そんなある日のこと。見知らぬ女性から電話があった。親友で、数年前に事故で死んでしまった六川が付き合っていたことのある女性で、自宅の冷凍庫から奇妙なものが見つかったのだという。そこに僕の電話番号が書いてあったから連絡したのだという。
マリノレイコというその女性と会い、謎の物体を見せてもらった。チーズのような匂いがするらしいが、武井には分からない。触ったところ、ネバネバする感じである。
しかしその後、とんでもない異変が彼を襲う。なんと、彼の体から東京全域を覆う異常な臭気が発散されているらしいのだ!嗅覚の利かない彼にはまったく分からないが、自分が発する臭いは殺人的らしく、何人もの人間がこの匂いを嗅いで嘔吐する始末。
次第に彼は、とある陰謀にまつわる大騒動に巻き込まれることになってしまうのだけど…。
というような話です。
昔、誰かが傑作だと言っていたような気がしたので読んでみることにしました。なかなか面白い作品でした。
体から臭気が出てくるまでの展開がちょっと長かったんだけど、武井の体から出る臭いによって東京がパニックに陥ってからはなかなか怒涛の展開でした。ストーリーの展開自体はさほど目新しいわけではなかったですけど、こんなアホみたいな設定だけで、ここまで壮大な物語を書いたというのはなかなか評価できるのではないかなと思います。
武井はとにかく、その壮絶的な臭いのせいで多くの人から敬遠され、また別の意味で狙われることになるんだけど、マリノレイコだけはそんな彼のことを初めから最後まで信じ続けてずっと傍にいるんです。なかなか出来ることではありませんね。ちょっと口数が多いのが玉に瑕ですけど、綺麗な人みたいだし、このマリノレイコの存在なくして武井が頑張れなかっただろうなと思います。
また彼の抱える問題をどうにかしようとして、そしてそれを利用して自分たちの問題も解決しようとして、ある天才少年二人も活躍します。この二人もなかなかよかったですね。特にマキジャクと呼ばれる少年はいいキャラ出してるなと思いました。最後もなかなか感動的だったし。
武井を追いつめる陰謀側の話は、まあとにかく無茶苦茶ですけど、その無茶苦茶っぷりが面白いですね。そもそもいろんな意味で突っ込みどころ満載ですけど、武井のような人間がいたら、とにかく研究して隅々まで調べつくしてやりたいと思う人間が出てくるのは当然でしょう。
まあとにかくドタバタという感じの作品なんですけど、もうちょっと細部まで詰めてあるとよかったかなと思いました。どこがというわけではありませんが、陰謀的な話にしても武井の突然変異にしてももう少し細かな設定があった方がよかったかな、と。さらに生意気なことを言わせてもらえれば、もうちょっと全体的にスリムな作品に出来るんじゃないかなという気もしました。
まあでもそれなりに面白い作品でした。気軽に読むにはいい作品だと思います。すごく勧めるというわけではないですけど、気が向いたら読んでみてください。

原田宗典「スメル男」



楽園(鈴木光司)

さて時間もないのでまえがきはさらっと終わらせようと思います。
前も書いた記憶があるんだけど、レジにいるとお客さんの行動で不思議だなと思うことがたくさんあります。その内の一つが、レシートに関するものです。
お客さんの中で、レシートを受け取った後、それを捨てる場所をレジ周りに探す人が結構います。しかも、しばらくきょろきょろして頑張って探そうとするんですね。よくコンビニなんかではレシート入れみたいなのがあったりしますけど、とりあえずウチの書店にはレシート入れみたいなものは用意してないんです。
僕がいつも思うのは、そうまでしてレシート入れを探すくらいレシートが要らないなら、初めっから受け取らなければいいのに、と思うんです。スタッフがレシートを渡す時に要らないと断れば、こっちで捨てます。何で一旦受け取ってからレシート入れを探そうとするのか、僕にはイマイチ理解できないんですよね。
スタッフに要らないって断るのが嫌なのか、あるいはスタッフとコミュニケーションを一切取りたくないのか…。まあいいんですけど、レジにいると結構こういうお客さんがいるんで、変な人だなぁと思いながらいつも見ています。
そろそろ内容に入ろうと思います。
本書は、奇才を発掘することで有名な(たぶん)、日本ファンタジーノベル大賞の第二回優秀賞を受賞した、「リング」「らせん」などでお馴染みの鈴木光司のデビュー作です。鈴木光司が日本ファンタジーノベル大賞出身だというのは、本書の存在を知るまでまったく知りませんでした。日本ファンタジーノベル大賞は、メフィスト賞と同様新人賞の中で結構注目している賞なので、受賞作を見つけるとなるべく読むようにしています。
しかし日本ファンタジーノベル大賞ほど、作品が残っていない新人賞はないんじゃないかなと思います。ほとんどの作品が文庫化されていないし、されていても絶版扱いのものが多い。たぶん本書も絶版扱いだと思います。古本屋で見つけないと受賞作を読むことがなかなか困難なので大変です。
本書は三つの章に分かれています。それぞれの章で、時代設定も登場人物もストーリーもまったく違うんですけど、それぞれが繋がりを持った作品です。
第一章は「神話」で、先史時代が舞台です。ゴビ砂漠からアルタイ山脈にかけて牧畜をしながら転々と移動するモンゴル系の種族、タンガータが主役です。タンガータの一人であるボグドは絵の才能に恵まれるが、人の絵を描いてはいけないという村の掟を破ってしまう。同じ村にいる美しい少女、ファヤウの姿を石に描いてしまったのだ。
後に長老に何故人の絵を描いてはいけないのか問うと、その人間を失うからだと知る。しかしボグドは最高の精霊を持つと言われる赤い鹿を撃ちとればすべては解決すると信じ旅立ちの日を迎える…。
第二章は「楽園」で、大航海時代が舞台。恐ろしい事態に見舞われ、漂流を余儀なくされたフィリップ・モルガン号の船員の内、武闘派のタイラー、船職人のエド・チャニング、そして若造のジョーンズの三人が、とある島にたどり着いた。そこはジョーンズにとって、まさに楽園と言ってもいい島だった。水も食い物も豊富にあるし、女は美しい。中でもジョーンズは、ライラと名乗る少女に恋をし、夫婦になるのだが…。
第三章は「砂漠」で、20世紀末のアメリカが舞台。天才的な作曲家であるレスリーは、宗教家を名乗るギルバートからある話を持ちかけられる。新しい鍾乳洞が見つかり、そこに地底湖がある。その光景を見て、音楽を作ってもらえないか、と。
一方で、夫と離婚し職場も変えたフローラは、取材のためにレスリーにアポイントを取った。息子を失った時死のうかと考えたフローラを救ったのが、レスリーの音楽だ。フローラからの電話を受け取ったレスリーは、フローラの声を聞くなり奇妙な感覚に襲われ…。
というような話です。
まあこれだけだと、三つの話がどう繋がるのかさっぱりでしょうけどね。
僕の印象では、恩田陸の「ライオンハート」と、古川日出男の作品(何でもいいんだけど、「アラビア夜の種族」とか「ベルカ、吠えないのか?」辺りが近いかな)を足して2で割ったような作品だなと思いました。ちなみにきちんとした数式にすると、{0.2(ライオンハート)+1.6(古川日出男の作品)}÷2=0.9(楽園)という感じです。
本書は、作品のレベルとしては高いと思ったし、新人のデビュー作としたら相当なもんだと思うけど、ただ僕はあんまり好きな作品ではないなと思いました。
ちょっと壮大すぎるなぁという感じがしました。それぞれの話はよかったんだけど、全体として見た時に壮大すぎて手に負えないな、と。古川日出男の作品は壮大さで言えば本書を上回るだろうけど、それでも古川日出男の作品はオーケーなんです。なんだろう、作品の壮大さの割に重厚感が足りない、とかそういうことかなぁ。
構成が、恩田陸の「ライオンハート」に似ていた感じがしました。僕の中では「ライオンハート」は駄作中の駄作なので、そういう部分でもちょっとマイナスだったかなと。まあこの評価はちょっと酷いですけどね。
三つの章の中では、「楽園」が一番面白かったです。特に、タイラーがよかったです。タイラーの底の知れなさは読んでてワクワクしました。漂流に至る過程とカ、巡り巡る人間関係とか、そういう部分も面白かったなと思います。
逆にダメだったのが「砂漠」です。この章は、もうこういう終わり方をするしかない、というのを消化しているような感じだったんで、ちょっと面白くなかったですね。
冒頭の「神話」は、これからストーリーがどういう風に展開していくのか全然読めなかったということもあって恐る恐る読んでいましたけど、まあそれなりに面白かったかなという感じでした。
まあいずれにしても、全体としてはまあまあという感じでしょうか。新人のデビュー作と考えれば相当レベルは高いと思います。後は好みの問題でしょうか。やっぱり、日本ファンタジーノベル大賞というのは面白い賞だなと思いました。

鈴木光司「楽園」



筆談ホステス(斉藤里恵)

そろそろ内容に入ろうと思います。
本書は、割と今世間的に話題になっている本です。確か著者が金スマにも出るとか出ないとか。タイトルの通り、筆談だけで銀座のホステスになった著者の、自身の経験を綴った作品です。
青森出身の著者は、2歳前後の頃病気のために完全に聴力を失ってしまう。まったく音の聞こえない重度の障害だそうです。
ただ子供の頃は、耳が聞こえないことがそれほどおかしいことだとは思わなかったとのこと。
両親が、健常者と同じようにいろんなことを経験させたいという方針だったようで、お稽古ごとなど様々経験したようだし、友達とも嫌なことがなかったとは言わないけど、普通と同じように仲良くやっていけたんだそう。
ただ、中学の頃から親に反発するようになり、高校になると不良と呼ばれるような娘になってしまったようです。高校にもいかなくなった彼女は、とあるきっかけから(このきっかけもいいですね。いい大人に巡りあっているなと思います)、洋服屋でアルバイトをすることになったそうです。耳が聞こえないにも関わらず雇ってくれた経営者に報いるために頑張ります。耳が聞こえなくても接客業がなんとか出来る。この経験が、後に著者をホステスの世界に導いたのです。
高校を中退することになった著者は、お金を稼ぐためにホステスの道を選びます。そこでも嫌なことや失敗したこともたくさんあるけど、その中で経験を積み、また東京の銀座で挑戦するなど常に前向きに生き、今では新たな夢も見つけ、精一杯人生を楽しんでいる著者の人生録です。
なかなか面白いなと思いました。生い立ちとか中高時代の悪かった話とかはそんなに興味がなかったけど、どんな大人に出会って今の道に進むことになったのか、そしてホステスという世界でどうやって努力をしてきたのかという部分はなかなか面白かったなと思います。
本書を読むと、筆談というのが武器になるというのは、なるほど確かにそうかもしれないなと思いました。
初めは多くの人が、筆談なんかでホステスをやっていけるのか、と笑ったそうですけど、筆談にもメリットはあります。やり取りを書いたメモを持ち帰ることもできるし、紙に書くことでより大胆になれたり秘密の話が出来たり、あるいは筆談だからこそ出来るコミュニケーションなんかも生まれてくるわけです。そういう、筆談のメリットというのを最大限に活かして、著者はホステスの世界を生き抜いているわけです。
しかし、筆談というのはもちろん大変な部分もあります。
僕が本書を読んで一番感じたことは、筆談には「声の表情」がない分、余計文章に気を使わなくてはいけない、ということでした。
普段僕らは会話をしていますけど、この会話の最中に最も重要だと言われるのがノンバーバルコミュニケーション(非言語コミュニケーション)だと言われます。正確な数字は忘れましたけど、会話の中で重要なのは、表情7割、声の調子2割、言葉1割とかそんな感じだったと思います。
だから普段僕らは、そこまできちんと言葉を意識しないで喋っていても、表情だとか声の調子だとかで自分の気持ちを伝えることが出来てしまうわけです。
でも、筆談だとそうはいきません。
そもそも声の表情というのはないし、書いている間は紙を見ていなくてはいけないので表情で何かを伝えるということも難しいです。
だからこそ、言葉だけできちんと伝えなくてはいけないわけです。これは、相当気を使って言葉を選ばないと大変なことになるでしょう。普段普通のホステスがしているような会話をそのまま筆談で書いても、恐らくダメでしょう。表情や声の調子という武器なしでいかに相手に伝えるか。本書ではそれを強く感じました。
それは、僕らのような耳の聞こえる人間にも非常に有効な部分です。僕らは、表情や声の調子なんかも使わるわけで、その上でさらに言葉もきちんと選べればコミュニケーション力はさらに増すでしょう。本書は、耳の聞こえない人でもこんなことが出来る、というメッセージも伝えてはいますが、ノンバーバルな部分に頼らないコミュニケーションを理解するという部分でも役に立つのではないかなと思います。
例えばですけど、お客さんがいい時計をしているとしましょう。そういう時に、
「○○さんて素敵!カッコいい!」
「素敵な時計をしてるのね」
というのを普通の会話で言えるならまだいいかもしれません。表情や声の調子で相手を喜ばせることが出来るかもしれません。
でも上記のような表現では、『あなた自身を誉めている』ということが伝わりません。
著者は、「あなたって、ファッションのセンスが抜群ね」と書きます。
こういうことは、別に耳の聞こえないホステスじゃなくたって理解している人はたくさんいるだろうけど、筆談という部分を通すとより理解できるような気がします。
また筆談ならではのコミュニケーションというのもあります。
あるお客さんは、会社の経営が厳しいらしく、最近はいつも難しい顔をしています。メモ帳に「辛」と一字書いて、後は黙って飲むというのがパターンになっていました。いろいろ話を振ってもダメ。そこで著者は閃いて、横棒を一本足して「幸」にしてみました。
「辛いのは幸せになる途中ですよ」
そう書いて見せたところ、ボロボロと泣き始め、それからは穏やかな表情に変わったそうです。
これなんかは、まさに筆談だからこそ成り立つコミュニケーションです。著者の機転も素晴らしいんですけど、筆談というのは武器になるんだなというのが伝わるエピソードでした。
あとこれは面白いなと思ったエピソードを一つ。45歳のメーカー課長は、25歳年下の美人妻を持つ幸せ者。しかし最近忙しいために、奥さんの不満が溜まっていて、ついに離婚届をつきだされたとのこと。
指輪を買ったんだけど、カードになんてメッセージを書いたらいいかと聞かれて、著者はこう書きます。
「おれは助けてもらわないと生きていけない自信がある!!」
これは、今では国民的マンガになったワンピースの主人公であるルフィのセリフだとか。著者の言う通りにして奥さんとの仲は回復したとか。
障害者でも、頑張ったら何でも出来るよ、なんていうのは健常者の奢りというか理解力のなさとだと僕は思っていますけど、実際こういう人の話を読むと、なるほど出来ないことはないんだなという気がします。結局のところ、本人のやる気次第なんですね。僕なんかは五体満足だけど、人生に対してやる気がまったくないので全然ダメダメだけど、著者は耳が聞こえないけどやる気がバリバリだったから成功した。障害さえもプラスに転じさせてしまう前向きさは、見習うべきところはあるなと思いました。
なかなか面白い作品だと思いました。まあこういう作品を批判する人はそれなりにいるでしょうけど、いいと思います、僕は。

斉藤里恵「筆談ホステス」



メディアの支配者(中川一徳)

最近どうも、文庫の販売力が落ちているような気がして仕方がありません。
数字だけで見れば、順調です。去年の同月と比べてみても勝っているので、特別文庫の売上が下がっているということはありません。店全体の売上は下がり気味なので、そういう点からすればかなり頑張っているのではないかなという気はします。
なので、数字上は問題ないんですけど、感覚としてどうも売れてないなぁ、という感じがしてしまうんですね。というか、自分の中でこれぐらい行って欲しいな、というのがあって、ちょっとそこに届いていないなという感じなんです。時期的に、あるいは夏の100冊みたいな大きなフェアをやっているから、というようないろんな要素があって、それからするとこれぐらい行ってもいいんじゃないかっていう数字に届いていない気がしてしまうんです。
ただ、実際の数字だけ見れば去年よりは売れているわけで、だから気のせいと言われればそうだと思うしかないんだけど。
ただもう一つ気になるのが、棚からの売れ行きです。書店の売り場というのは、平台(面陳)と棚とあって、僕は常々棚からの売れ行きを伸ばしていこうと思っているんです。棚からの売上というのは平台からの売上に比べたらそこまで大きくはないですけど、棚の回転率をいかによくするかというのは、うまく説明できないけど重要だと思っています。
僕は毎月、どの出版社の棚からどれくらい売れたのかというのを集計してデータにしているんだけど、先月があんまりいい数字ではありませんでした(雨が多かったからという理由もあるかもしれませんけど)。今月も、まだ集計はしてないけど(月初めに前の月のデータを集計します)、棚からあんまり売れていないような気がするんですね。これも感覚の問題だけど、ちょっとマズイなぁと思っています。
もちろん、店全体の売上が下がっていることも大いに影響しているだろうと思います。というか、とにかく実感として思うのは、昔に比べて客数が減ったなということです。どこの書店でも同じなのかもしれませんけど。売り場にいるお客さんの数がそもそも少ないんです。そりゃあ売上も下がるよな、という気はするんですけど。
でも、それだけじゃない気がするんです。って、今日の話は「気がする」ばっかですけど。売上が悪い原因を、全部客数が少ないというところに持って行ってしまうと、出来ることは多くないですからね。
じゃあ何が原因なんだろうなぁって思うんだけど、これが分からないんですね。ただ一つ思うのは、売場の変革みたいなものを最近してないからかなぁと思います。
売場の変化は日々あります。平台に並んでいる文庫は日々あっちこっちに移動するんで、お客さんは来る度に売場が相当変わっていることを目にすると思います。常連さんがメインの店だと思っているので、来る度に変化がある売場にしようと心がけています。
しかしそういう変化ではなくて、もっと根本的な部分での変革です。僕は担当になった頃から、売場をどんどんと変革していきました。面陳のスペースが足りなかったので棚を減らしてみたり、文庫売場に新書を、新書売場に文庫を置いてみたり、ある出版社の棚の位置を変えてみたり、文庫の売場をあの手この手で増やしてみたりといろんなことをやってきました。そういう変革を最近あんまりやっていないなという気はします。
でも、もうあんまり打つ手が思いつかないんです。やれることはもうほとんどやった、とは言わないけど、即効性のあるものについてはかなりやってしまっただろうなと思います。後は、もっと根本的な部分とか構造的な部分とかに斬り込んでいかないといけないと思うんで、なかなか日常業務の中でやるのは難しいなぁと感じています。
まあ今のところ文庫の売上は、店全体の売上の15~17%ぐらいを維持出来ています。僕が担当になった当初は10%程度で、書店での平均も10%前後と言われているので、結構頑張っているんじゃないかなと自分では思っています。正直、これ以上売り上げを飛躍的に伸ばすのは厳しいなと思っています。客数が増えればまた別ですけどね。
まあ頑張りますけどね。コミックの売上を抜くという当初からの目標もまだ達成できてないですし。気合い入れていこうと思います。
そろそろ内容に入ろうと思います。
本書は、ニッポン放送・産経新聞社・フジテレビを傘下に持つフジサンケイグループについて、徹底的に取材をしその歴史を追った作品です。新潮ドキュメント賞・講談社ノンフィクション賞を同時受賞した作品で、とにかくメチャクチャ面白かったです。
フジサンケイグループというのは、鹿内家という一家が牛耳っていたグループでした。初代議長である鹿内信隆がメディアの帝王になった経緯にも様々あるのだけど、フジサンケイグループの成り立ちについては本書では後半で扱われています。本書の冒頭で扱われるのは、フジサンケイグループ現会長である日枝久による、三代目議長鹿内宏明へのクーデターです。
初代議長である鹿内信隆の後を継いで、信隆の息子である春雄が二代目議長になるも、数年後に急死。仕方なく信隆は、娘婿であり興銀の一社員であった佐藤宏明を婿入りさせ、三代目議長とします。鹿内宏明となった三代目議長は、その若さと銀行マンという経歴から来る国際金融への理解から、フジサンケイグループを国際的な企業にしようと様々な手を打ちますが、数年後に突如クーデターにより議長職を解任させられてしまうわけです。
そのクーデターの急先鋒となったのが、現会長の日枝久。当時はフジテレビの社長でした。
日枝は、フジサンケイグループから鹿内家を完全に排除するために、緻密な作戦を練ってクーデターの準備を進めます。元々鹿内家に反発的だったフジテレビは、日枝を中心に元々結束していたのだけど、他のニッポン放送や産経新聞がどう出るのかが難しいところ。しかし慎重にことを進め、入念な準備の元クーデターを成功させ、鹿内宏明を追放することに成功するわけです。
では、そもそもクーデターはどうして起こったのか、鹿内家は一体なぜ巨大メディアを牛耳ることが出来たのか、ホリエモンが仕掛けた株取引はどうして起こったのか。それらは、フジサンケイグループという、異様な闇と複雑な経緯を持った特殊な企業の歴史にこそ原因があったわけです。本書の後半では、鹿内信隆が一代にして巨大メディアを牛耳った経緯や、内部でどんな確執があったのか、複雑な人間関係や隠しておきたい過去などについて、長年にわたる詳細な取材を元に詳しく追った傑作ノンフィクションです。
いやはや、とにかく面白い作品でした。僕はノンフィクションってのも結構好きなんですけど、割と理系ぽい作品が多いです。経済っぽい作品も時々読むんですけど、これまで読んだ中でもトップクラスに面白い作品でした。
最近文庫になった作品なんですけど、見た瞬間これは絶対面白い作品だろうなと確信しました。いつか読もうと思っていたわけなんですけど、割合早く読む機会がやってきました。
僕の世代の人間に記憶に新しいのは、ホリエモンとニッポン放送を巡る株取引がどうのという問題ですね。もはや懐かしいという感じの話ですけど、その背景についても分かります。ニュースを見ていた当時、フジテレビの親会社がニッポン放送だというのがイマイチよく分からなかったんですけど、本書ではどうしてそういうことになったのかという経緯が詳しく書かれています。
僕の年代では、鹿内宏明氏の解任というニュースの記憶はないですけど(解任は1992年だそうなので、僕が9歳とかそれぐらいですね。知らなくて当然でしょうか)、当時の人にとってはかなり大きなニュースだったんじゃないかなと思います。そして恐らく、よくわからない出来事だったんじゃないかなと思います。鹿内宏明氏には脱税疑惑みたいなものが終始付きまとっていたようですけど(本書を読む限り宏明氏は脱税はしていないようですけど)、結局のところどうして解任されたのかよく分からない、という感じだったんではないでしょうか。本書でも、直接これというような明言はないですけど、フジサンケイグループの成り立ちなんかを読んでいくと、何となく分かるような気がします。
まあそんな風にして、フジサンケイグループについての出来事の一部はメディアに乗っているわけですけど、でも大本の部分についてはほとんど知っている人はいないんじゃないかなと思います。そもそもフジサンケイグループには、社史みたいなものがまったくないそうです。これだけの規模の企業で社史がないというのは相当珍しいみたいです。封印しておきたい過去がたくさんあるということなんでしょう。
フジサンケイグループの成立の流れをざっと書くとこんな感じになります。
まず鹿内信隆氏は、財界の反共代表みたいな団体活動をしていたようです。共産主義を駆逐するために活動をしていたようですけど、これといって具体的な成果を挙げていた様子はなかったようです。
その後、放送局を作るという機運が高まった際、ニッポン放送を立ち上げるのに一役買ったのが信隆氏だったようです。しかし実際のところは、とある詩人の計画を横から奪い去るような感じだったようです。
元々ニッポン放送というのは、財界の意思によって作られた放送局だったようです。なので株についても、様々な企業に薄く広く伸ばすというやり方をしたようです。その中で信隆氏はうまいこと立ち回って、個人でかなりの割合の株を持つようになり、支配力を増して行きます。自己資本はほとんどなしに等しいにも関わらず、ニッポン放送を実質乗っ取った感じです。
その後テレビ放送の時代がやってきて、フジテレビを開局。文化放送とニッポン放送の二社でフジテレビを運営するも、ここでも信隆氏はうまいこと立ち回って、フジテレビの周囲をニッポン放送出身の人間で固めてしまう。株の配分でもうまいことやり、フジテレビも支配するようになる。
その後、盟友だった産経新聞社社長の水野成夫に頼まれて、信隆氏は副社長に就任することになります。ここでもあれこれ立ち回り(ってこればっかりですけど、ホント信隆氏はうまいこと立ち回ることでフジサンケイグループという巨大グループを作り出したんです)、産経新聞社も我がものとしてしまいます。
こうしてメディア三冠王と呼ばれるようになります。自己資本はほぼなかったにも関わらず巨大グループを率いるようになった信隆氏は、いつしかフジサンケイグループを鹿内グループと考えるようになったようです。その頃から、自らのことを議長と呼ぶようになり、グループの絶対権限者として振舞うようになります。
その後信隆氏は、箱根にあの有名な箱根の森美術館を作るんですけど、凄いのはここから。なんと、税法上の仕組みを利用して、箱根の森美術館を握ったものこそがフジサンケイグループを事実上支配できるような仕組みを生み出してしまうんです。この税法上の仕組みというのは僕にはちょっと難しかったんだけど、まあ何にしてもすごいものだなと思いました。フジテレビも産経新聞社もニッポン放送も、箱根の森美術館に実質上抑えられているという意味不明な構造を生み出してしまったわけです。
その後、信隆氏が病に倒れ、二代目議長の春雄氏が死亡し、三代目に娘婿を指名し、家族の内紛が起こり、グループないでも不和が起こり、やがてはクーデターに至るという流れが、実に緻密に描かれて行きます。
本書の一番素晴らしい点はその構成です。普通こういう作品では、何もかもを時系列順に描きがちです。でも本書では、まずクーデターについての話を持ってきた。これが冒頭にあることで、読者にフジサンケイグループへの興味を持たせることが出来るわけです。それから大分過去へと遡って、鹿内信隆氏がいかにしてフジサンケイグループを立ち上げるに至ったのかという歴史を紐解いていくことになります。これがもし時系列順に構成されていたら、まったく別の作品になっていただろうなと思います。
とにかく、かなり異様な歴史を辿ってきた企業だと言えるでしょう。恐らく古くからある企業の多くが何かしら闇の部分を抱えているんでしょうけど、フジサンケイグループほど複雑な企業はないんじゃないかなと思います。社史が存在しないというのも分かるような気がします。特に、戦前・戦後辺りで暗躍した経済人の話はなかなか面白かったです。よくもまあこんな適当なことが成り立ったものだなというような時代の話です。
驚くべきは著者の取材力です。本書には、社外秘なんじゃないのか?と思うような内部文書みたいなものもバンバン出てきます。特に、新聞社にとっては秘中の秘である実際に購読されている新聞部数も書かれていたりします。他にも、内部の会議の資料らしきものなんかも出てくるし、どっから手に入れてきたんだろうなと思う。様々な書籍からの引用もあるし、個人からの証言も多数ある。取材に数年かかったようですけど、これはすごいなと思いました。しかしその緻密な取材と、取材したことを再構築する手腕のお陰で、本書は素晴らしい作品になっています。これほど骨太なノンフィクションというのはなかなか読めないんじゃないかなと思いました。
フジサンケイグループに特別興味がない人でも結構面白く読めるんじゃないかなと思います。小説をも超えているだろう尋常ではない歴史は、なかなか読めるものではないと思います。今フジテレビで働いている人とか、こういう歴史は知ってるのかなぁ?社内で読んでたら左遷されたりして(笑)。まあ何にせよ、素晴らしいノンフィクションです。ぜひ読んでみてください。

中川一徳「メディアの支配者」





妻を帽子とまちがえた男(オリバー・サックス)

今日は時間がないので、早速内容に入ろうと思います。
本書は、なかなか変わったタイトルの本ですが、大雑把に言えば脳に何らかの障害を持つことで不思議な症状が現れた人々について、実際に彼らの治療に当たっている著者が書いたノンフィクションです。
本書では、24人の患者が紹介されています。そのすべてを紹介するのはちょっと厳しいので止めますが、こんな患者の話がありますというのをいくつか書いてみようと思います。

「ただよう船乗り」
記憶が25年前でピタッと止まってしまっていて、新しいことがまったく覚えられない男

「妻を帽子とまちがえた男」
人の顔を認識することができなくなり、妻の頭を帽子と間違えてかぶろうとした男

「からだのないクリスチーナ」
五体はすべてあるのに、四肢がなくなってしまったというような感覚に襲われ、体をまったく動かすことができなくなってしまった女性

「追想」
ある夜突然、昔子供の頃に聞いていた故郷の音楽がエンドレスで頭の中で流れ出した女性

こんな感じで、ありとあらゆる奇妙な症例をとりあげて、それぞれの患者との関わりについて書いています。
面白いのは、本書は知識を深めるための本ではない、ということです。神経生理学の用語や概念なんかもそれなりに出てくるんだけど、でもそういう知識がメインになるわけではありません。また、何が原因でその症状が起こり、またそれをどういう風に克服したのかというような部分がメインというわけでもありません。本書は、そういう様々な障害を持った人々を学問上の観点から一括りにするのではなくて、それぞれの患者がどういった世界の中に住んでいるのか、何を感じどう考えているのか、そう言った部分を丹念に掘り起こしています。珍しい症例ということで病気そのものを描いているというのではなくて、まさに目の前にいるその患者自身のことについて書いている、という感じです。こういう感じの作品は大抵、こういう珍しい症例がある、という病気を描く観点からの作品になりがちだと思うので、珍しいんじゃないかなと思いました。
他にもいろいろと興味深い話はありました。
ある患者は、脳のある部分が死んでしまったために完全に盲目になったのだけど、本人はそれに気付かなかったという。何故ならその患者の中から、「見る」という概念そのものが消えてしまったらしいのだ。見えるはず、という概念があって、その上で盲目になれば気づくだろうけど、見えるはずという概念がなくなった上で盲目になればそのことには気づかないでしょう。
ある男は、夜中に突然ベッドから落ちた。事情を聴いてみるとどうもこういうことらしい。目が覚めると、ベッドの中に見覚えのない足があった。誰かが死体置き場から足だけ持って来て自分のベッドに入れたに違いない。悪ふざけにもほどがあるが、とにかく気持ち悪いからその足をベッドから放り投げた。すると自分の体も一緒に投げ出されてしまった、と。その患者は、自分の足が自分の足であるように感じられなくなってしまったのだ。
テレビで大統領の演説を見て失語症患者が大笑いしている。大統領は真面目に真剣な演説をしているにも関わらず。失語症患者は、相手の言っている言葉を理解することが出来ないことが多い。でも、身振りや表情や声の調子から相手が嘘をついているかどうかというのがはっきりわかるというのだ。失語症患者は大統領の演説を聞いて、彼は嘘をついていると判断した。だから大笑いしていたのである。
本書では、実に様々な事例が扱われていてとても興味深いです。今まで聞いたことのないような症例もあるし、聞いたことがあっても詳しくは知らないものもありました。しかし何よりも面白いのは、そういう障害を抱えていると分かった時のそれぞれの患者の反応や対応の仕方です。ある老人は、周りの人間から歩いている時に傾いていると言われるようになった。しかし本人にはその意識がない。著者のところへやってきて、ビデオに撮られた自分の姿を見てやっと自分が歩いている時体が傾いていることを認識した。そこからの、彼の対応が素晴らしかった。落ち込んだり悩んだりするのではなくて、現実的にどうしたらいいのかということを考え始め、そしてすぐに素晴らしい方法を思いついてしまうのである。
また別の女性は、とある障害によって性格が明るくなった。周りの人に、性格が明るくなりすぎたと言われて病院にやってきたんだけど、確かにそれは障害によるものだった。そこでその女性はこういうのだ。これ以上病気が悪化するのは望まないけど、しかし病気を完治させてしまうことで今の明るい性格を失いたくはない、と。
本書では、根本的な解決の望めない難しい障害を抱えながら、それでも現実的な対応を常に考え、前向きに努力していこうという人々の姿が多く描かれます。そこがやっぱりいいなと思いました。もちろん、うまくいかない話もあるし、残念な話もあるけど、人間の強さみたいなものを感じられる作品だと思いました。
堅苦しくない作品です。軽く読めるエッセイという感じの作品です。ちょっと面白そうだなと思ったら、是非読んでみてください。

オリバー・サックス「妻を帽子とまちがえた男」



ミスター・シープ ノーサラリーマンノークライ(中場利一)

さて今日は、昨日ヤフーのニュースでみたこんなニュースについて書こうかなと思います。
記事自体はこちら。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090706-00000588-san-soci

本の流通について知らない人のためにいろいろと説明をしてみます。
まず書店というのは、「委託販売制」という仕組みのある、なかなか特殊な小売業です。
委託販売制というのは、正確な仕組みは僕もちゃんと分かっていませんが、平たく言えば、仕入れた本で要らないものは出版社にそのまま返品できる、ということです。書店が返品した本は、出版社が仕入れ値と同額で引き取ってくれるわけで、書店の側にリスクはない、という仕組みになります。
どうして書店では委託販売制という仕組みが採られているのか。それは、本という商品の多様性にあります。もちろん、どんな小売業でも扱っている商品というのは多種多様でしょうが、本というのはその中でもかなり群を抜いて種類の多いものではないかと思います。何せ、一日200点の新刊が出ると言われている業界です。
そんな出版の世界で、通常の小売業と同様の流通が敷かれていたら、書店の多様性というのが薄れてしまうでしょう。出来るだけ、売れそうにないものは仕入れないようにしよう、という発想になり、どこの書店に行っても似たような品ぞろえになってしまうことでしょう。
委託販売制の場合、一日200点出ると言われる新刊の中から、自店の客層や立地、あるいは店の特色なんかに合わせて多彩な品揃えを実現することが出来ます。これが書店の魅力を引き上げる要素の一つになっている、と思っています。
しかしこの委託販売制は、出版社には負担の大きな仕組みとなります。それが、返品率という形で跳ね返ってきます。返品率というのはその名前の通り、書店から返ってくる返品の割合のことです。
出版業界ではここのところこの返品率についての議論が多いような気がします。何せ、返品率は既に平均で40%を超えているとのこと。となると、仕入れた本の半分ぐらいは返品しているところもあるということでしょう。
この返品率の改善というのが、最近の出版業界の課題になっています。
しかしこの返品率の増大は、何も書店だけが原因というわけではないんです。その裏にはさらに、出版・書店業界の特殊な商習慣があります。
出版社と書店の本とお金のやりとりというのはこういう風になります。実際は間に取次というのが入るんだろうけど、詳しいことは僕は知りません。
まず出版社が書店に本を送ります。例えば10万円分だとしましょう。その10万円分の仕入れに対して、書店は出版社に10万円支払います。ここまでは普通。
で、書店は不要な在庫を返品します。その返品が5万円としましょう。すると出版社は書店に5万円支払うことになります。
しかし、ここで他の業界では恐らくないのではないか(あるかもしれないけど)と思われる特殊な慣習があります。出版社は書店に5万円支払わなくてはいけないのですが、現金がないとしましょう。その場合、5万円分の本を送品することでこれを代用するという仕組みがあるわけです。この仕組みは恐らくもともと、弱小出版社に対しての措置だったのでしょう。資金が潤沢ではない出版社でも本を出せるように、現金での支払いではなく本の送品でそれを相殺するという仕組みが出来たのではないかと思います。
これが書店の返品率を押し上げる原因の一つになっています。
何故なら出版社は、書店からの返品分を本の送品で賄おうとして、売れない新刊をどんどん作って書店に送り始めるようになったからです。それで、一日200点と言われる、尋常ではない新刊の発行点数になったわけです。
書店からの返品が増える。だから売れなくてもいいから新刊をたくさん出してそれで返品分を相殺する。売れない新刊がたくさん送られてくるからまたそれが返品になる。するとさらに出版社は売れない新刊をたくさん刷って相殺しようとする…、というデフレスパイラルみたいな状況が起きているんです。それは実際現場にいて感じます。もちろん、書店員の仕入れ能力に問題があるということもありますが、返品率の増加は決してそれだけではない。出版社が売れない新刊をdんどん作って書店に送ってくるというのも、返品率を押し上げている一つの要因になっているわけです。
さて、そんな状況を改善しようと、記事にあるように「35(さんご)ブックス」という仕組みを出版8社で共同で立ち上げた、ということです。
記事に説明がありますが、ここでも説明を書いてみます。
35ブックスという名前は、「書店の定価に占める取り分が35%」というのと、「返品の際に定価に対して書店が負担するのが35%」というところからつけられたのでしょう。これまで書店のマージンというのは20%強と低かった(っていっても、普通の小売業ではどのくらいなのか知らないけど)のを、35ブックスでは35%に引き上げることで書店が利益を確保できるようにした。しかし、返品の際には定価の35%に当たる金額を書店も負担しなくてはいけない、というわけです。
さて、書店はこの35ブックスをどうみるでしょうね。
35ブックスのように、返品の際に書店にも一定の割合で負担をさせるというやり方を「責任販売制」というけど、最近では小学館や講談社でも一部の商品でやり始めています。ただ、この責任販売制の最大の課題は、大きく売れる本での実施が出来ていないということでしょう。
35ブックスで扱う書目にしても、小学館や講談社が一部で責任販売制を導入している書目にしても、実に微妙でそんなに売れそうにない本なんです。出版社としても、とりあえずそういう書目で実験的にやっていくしかないんだろうけど、でも責任販売制を書店に広めたいと思うのであれば、どの書店でも置かざるおえないと思わせるようなベストセラーでそれをやらないと、なかなか難しいだろうなと思います。
かつて、「ダ・ヴィンチ・コード」が文庫化される際に、角川書店が責任販売制を適応しました。これは、担当者だった僕としては非常に苦労させられましたけど、でもこういうベストセラーにどんどんと責任販売制をやっていかないと、書店の現場では広がっていかないだろうなと思うわけなんです。35ブックスにしても、かなり売場の広い書店でないと置き場所のないような微妙な本が多かったと思います。そういう微妙な本で責任販売制をどこまで広げることが出来るのか、難しいんじゃないかなと思います。
まあいずれにしても、責任販売制の動きはどんどんと進んでいます。今日明日で一気に変わるなんていう状況ではないでしょうけど、じわじわと色々と変わっていくことでしょう。そうなった時に、果たして書店員はその変化についていくことが出来るのか。どうでしょうねぇ。
そろそろ内容に入ろうと思います。
本書は、以前に読んだ「ノーサラリーマンノークライ」の続編です。
主人公のカネテツ(金子哲也)は、メガバンクに勤める法人担当のバンカー。でもそこは合併で大きくなった銀行で、カネテツは合併された側の人間。社内のヒエラルキーはとても低い。合併した側の人間が能力もないのにのさばっているような職場だ。いつも辞めてやろうと思っているんだけど、それでもなんとか頑張ってしまう、そんな悲しいサラリーマンだ。
銀行内では、実に様々なことが起こる。
なんと、また合併されるらしい。合併に次ぐ合併。ショーブツってアダナのクソ上司が無理難題をふっかけてきやがる。サーカスってアダナの同僚が上司に辞表をたたきつけたのはいいけど、二か月は辞められないというルールがあって、しばらくいびり倒される。カンノっていう使えない野郎がミスを連発する。ビリオってアダナのクソ上司が…。
というように、神経のすり減るような毎日を送っている。正直言って、職場は最悪だ。でも、一騎さんってアダナの上司のように気骨のある人もいるから、何とかやっていけている。
カネテツは、親友のサージが出ていってから、広い一軒家を一人で使っていたんだけど、サージと偶然再会してまた戻ってくることになった。いろいろゴタゴタがあったチナツともヨリを戻すことにした。サージと一緒にくっついてきたジュンコって女が一緒に住むことになって、カネテツはジュンコにちょっと惹かれているんだけど…。
無茶苦茶な上司ととんでもない仕事とでたらめな人間関係で疲弊する仕事の話と、サージやチナツやジュンコとの日常をうまく織り合わせた、カネテツの成長物語。
やっぱり面白いですね。前作「ノーサラリーマンノークライ」の内容はあんまり覚えていないんだけど、本作も前作に劣らず面白かったなと思います。
相変わらず、銀行内の話は凄い。著者はかなりしっかり取材をする人みたいだけど、でもどこまでリアルな話なのかはよく分からない。銀行ってところがもしも本書に描かれているようなところ何だとすれば、そんなところで働きたくないのはもちろん、何を言われても信用しない方がいいんじゃないかなとか思ってしまいますね。まあ僕が経営者になったりするようなことはありえないから別に問題はないですけどね。
とにかく上司が酷い。僕は昨日書いた「凸凹デイズ」の感想の中で、理不尽なことには耐えられないので普通のサラリーマンにはなれない、みたいなことを書いたんだけど、まさにカネテツのいる職場は理不尽のオンパレード。しかもその理不尽をまき散らしているのが上司なのだ。この腐れ上司どもを見ていると腹が立ってきますね。僕なんか、この職場にいたら、三日で喧嘩して辞めさせられるか僻地に飛ばされると思います。
ショーブツとブリオってアダナの上司が出てくるんだけど、まあ酷い。どっちも自分の昇進のことしか考えていないという点では同じ。ショーブツは、とにかく怒鳴り散らして周りから嫌われまくるタイプで、ブリオと比べればまだマシかもしれないと思った。ブリオはうまく表現できないけど、とにかく最悪。失敗は人に押し付け、成果は奪うというのは当然何だけど、そのやり口が汚い。よくもそんなことが出来るなということを平然とやる。そういうことが出来る人間が出世するんだろうなと思うと、やっぱりサラリーマンは無理だよなぁとか思ってしまう。まあ本書は小説だけど、程度の差こそあれ、現状はそう大差ないんじゃないかなと思うんだよなぁ。
そんな中で、一騎さん(梶原一騎に似ているという理由でつけられたアダナ)は素晴らしい。昔ながらの銀行員という感じで、とにかく情に篤い。自分についてくる人間にはとことんよくしてやるし、取引先とも誠意のある関係になれば実に頼もしい存在だ。この一騎さんというのは、カネテツと同じで合併された側なので、ショーブツやブリオの下になるんだけど、実力では遥かに上。だから、ことある毎にショーブツやブリオと対立する。そのバトルもなかなか面白いし、一騎さんがどうやって相手をやり込めるのか、というところも面白い。
銀行の仕事の話だけではなくて、いろんなスキャンダル的な話も出てきてさらにいろいろ攪乱していく。その急先鋒が雲山さんだ。雲山さんは女ったらしで、一度女絡みで評価がガタ落ちになったにも関わらず懲りていない。まあいろいろすったもんだあったあげく、最後にはなかなか面白い形でピリオドが打たれてしまう。
カンノとかエースみたいな、支社に新たにやってくるメンバーのごたごたなんかも面白いし(その場にいたら絞め殺したくなるような話もいろいろあるけど、外から見ている分には実に楽しい)、かつては敵対していた花山との関係も今は良好で、そんなやりとりも結構面白いです。
でも本書の読みどころは銀行内部の話だけではないです。カネテツのプライベートの方もなかなか面白いんです。
前作で、いろいろあった末に親友になったサージは、いつもフラフラしていてしばらく連絡も取っていなかったんだけど、偶然再会したのを機にまた一緒に住むことになった。でも、ヨリを戻したはずのチナツがサージと仲良くしているのを見てカネテツはやきもちを焼き、いろいろと面倒な事態になる。
それをさらに面倒にしてくれるのが、サージがどこからか連れてきた女優の卵・ジュンコだ。ジュンコは料理がうまく、また絶世の美女なのだが、性格が気さくで面白い。一緒にいると楽しい。カネテツはなんとなくジュンコに惹かれている自分を意識している。
親友のサージ、彼女のチナツ、赤の他人だけど同居人というジュンコ、そしてカネテツという四人が、あれこれ関わりあいながらもめ事を繰り返す、という部分も面白いんです。
ジュンコがいいですね。チナツも大好きなんだけど、ジュンコもいい。昨日感想を書いた「凸凹デイズ」に出てきた醐宮みたいな感じで、僕はこういう女性は好きですね。綺麗な人なんだけど、周りにどう見られるかということなんか全然気にしないで自分のやりたいように振舞う、みたいな人。僕は、一人でラーメン屋に行けないとかいう女性はあんまりダメで、パジャマでコンビニに行ける女性がいいなと思うような人間です。
まあそんなわけで、面白い作品でした。また続くなら読みたいなと思います。中場利一はいいですね。売れている作家ではないけど、実力のあるいい作家だなと思います。「凸凹デイズ」の山本幸久もそうだけど、実力があるんだけど売れない作家というのはたくさんいますね。実力がないのに何故か売れる作家というのもいますが。作家という商売も難しいものですね。

中場利一「ミスターシープ ノーサラリーマンノークライ」



凸凹デイズ(山本幸久)

さて今日は、本の内容とも合うんで、本屋の話というより、『僕にとっての仕事』みたいな話をちょっと書いてみようかなと思います。
僕は大学時代、とにかく就職したくなくて仕方ありませんでした。
それは、周りの人間が「就活嫌だなぁ」「働きたくないなぁ」とか言っているのとは根本的にはレベルが違いました。僕はとにかく、社会に出るのが嫌で嫌で仕方なかったわけです。
働くのが嫌だ、というわけではありません。というか僕は、結構働くのは好きな人間だと思います。今も、ただのアルバイトではありますけど、働くのが楽しくて仕方ないし、働く限りは真剣にきちんと仕事をしようと思っているわけです。
僕がどうして働くのが嫌だったのかというと、きっと社会に出てどこかの組織に入ってしまえば、正しいことばかりが通用するわけではないんだろうな、と思ったからです。
青臭いと言われればそうなのかもしれないけど、僕はとにかく正しい仕事をして、そしてそれが評価されるようなことがしたいんです。でも、あくまでもイメージでしかないですけど、世の中はそういう風には回っていないはずです。実力で負けるというならそれはいくらでも諦めることが出来ます。でも、実力以外の部分でも様々な要因が絡み合って評価が定まっていくんですね。
僕は、とにかくそういう世界では生きていけないと思ってきたし、今でも思っています。
僕は、うまく世渡りをするなんていうことが出来ないんです。理不尽だと感じれば何もかも嫌になってしまうし、正しいことが通らないとすべてがアホらしく感じられてしまうんですね。上司とかに理不尽なことを言われたりして、とりあえず笑顔でそれを受けて、裏で文句を言う、なんてことが出来ないんですね。正しくないことは指摘したいし、無意味な慣習はなくしたいし、理不尽なことをは許したくないんです。みんな、そういう清濁を併せのんで大人になっていくんだと思うんですけど、僕にはどうしてもそれが出来ないんです。青臭いですけどね。
組織っていうのは、大きくなればなるほど、そういう理不尽な傾向が強くなっていくような気がします。嫌なこともたくさんしなくてはいけないだろうし、間違ったことだって飲み込まなくてはいけない。そういうのは、僕には出来ません。
今のバイト先は、そんなに大きな組織ではないんですけど、それでもまあやっぱりいろいろとあります。理不尽なことも無意味なこともたくさん。それでも僕は、そういう嫌なことがあった時に我慢しないで文句を言いまくるという、なかなか普通はたどり着けないポジションをうまくゲット出来ているので、だからそれなりに楽しく仕事が出来ているんだと思います。僕の主張が通ることはそう多くはないですけど、それでも上の人間が言っていることに屈せずに勝手にあれこれやれるというのは楽なものです。
今の環境はそうではありませんが、僕にとって働くというのは、嫌なことを我慢する対価として給料をもらう、という感じです。みんなそういう感じでしょうけど、僕は我慢しなくてはいけないレベルが他の人よりも遥かに高いと思っています。理不尽なことにはまったく我慢したくないとか言っている人間が、普通に就職して働けるわけがありません。
僕は、仕事を楽しくやることが出来るならば、給料には多くは望みません。今アルバイトでもらっているぐらいの額をもらえるなら、それなりの生活は出来ます。本書を読んで思ったのは、ものすごく少人数の会社とかで働いた場合、うまく行けば僕の理想的な環境だったりするのかもしれない、ということです。
まとまりの悪い文章ですが、そろそろ内容に入ろうと思います。
凪海は、自身を含めてたった三人しかいないデザイン事務所「凹組」で働く新米デザイナー。あとの二人は、出勤は夜から、コンペには顔を出さない、常に着物を着ている巨漢のデブで、なかなか風呂に入らないガリガリ君が大好きな天才肌の黒川と、変なイラストのTシャツを着るのが大好きで、天才肌の黒川にちょっと嫉妬していて、周囲との調和を保とうと動いてしまう大滝。
凹組は普段、スーパーのチラシやエロ雑誌のレイアウトをこなす日々だが、そんな事務所にチャンスがやってくる。老舗遊園地のリニューアルデザインのコンペの最後の二社に残ったのだ。彼氏に振られた直後の凪海も、必死でコンペ会場にサンプルを運びこんで貢献した。何せ、今回使われたキャラクターのデビゾーとオニノスケは、凪海が昔から書いてたお気に入りのキャラクターだったのだ。是非とも成功させたい。
しかし、結果は何ともおかしな結果になった。なんと、最終に残った二社に一緒に仕事をして欲しい、という要望らしい。デビゾーとオニノスケのキャラクターは気に入られたのだが、ロゴなどのデザインはもう一社である「QQQ」の方がいいというのだ。
問題は一つ。「QQQ」の女社長は、かつて黒川と大滝と一緒に凹組で働いていたのだ。なにやら凪海の知らない因縁があるらしいのだけど…。
というような話です。
面白かったですねぇ。山本幸久の作品を読むのは三作目ですけど、やっぱりいい作家だなと思います。全体的に、荻原浩に近い感じがあります。今回は、広告代理店っぽい感じの話で、かつユーモアっぽい感じで話が進むんで、荻原浩の「オロロ畑でつかまえて」に雰囲気が近いなと思いました。
また、ちょっと前ですけど、山本久幸の「カイシャデイズ」って作品を読みました。「カイシャデイズ」の方は連作短編集でしたけど、こじんまりとした会社で働く人々を描くという意味では近いものを感じました。「カイシャデイズ」もよかったけど、本書もかなりよかったです。
何せ、出てくるキャラクターが素敵ですね。変わり者だけど天才肌のデザイナー・黒川、才能はそこそこだけど存在感のある大滝(でも他の人間の存在感がありすぎるから微妙に薄れちゃうんだけど)、結構芯があるんだけど個性の強いキャラクターに押されちゃう凪海、そして女社長として辣腕を奮う醐宮、あと未名未コーポレーションという広告代理店で働いている、凹組担当みたいな磐井田。この五人の関係が実にいいんですよね。本書では描かれないような部分でいろいろ大変なところももちろんあるんだろうけど、基本的にいつも楽しそうで、何だか仲間に入りたくなっちゃいますね。
特に僕が好きなのは、大滝が語り部になる過去の部分。凹組がまだ出来たての頃の話が好きです。黒川・大滝・醐宮の三人がすごく楽しそうに仕事をするんですね。読んでいて、ちょっと人間関係が濃いけど、こういう環境の仕事って楽しそうだなぁ、と思いました。凹組みたいな環境で働けるなら、今よりちょっとぐらい給料が安くてもいいかな、とか思います。三浦しをんが解説で、人は誰かと繋がりたいから仕事をするんだ、というようなことを書いていて、確かにそうだよな、とか僕は思いました。
で、その過去の話で一番いいのは、やっぱり醐宮ですね。僕は、醐宮みたいな女性はかなり好きですね。こうなんていうか、男の中に混じって男と変わらないようなノリでいろいろ出来る女の人っているじゃないですか?まさに醐宮っていうのはそういう感じで、ちょっと積極的にはなりきれない黒川と大滝をバシバシ引っ張っていくんですね。綺麗な人なんだけど事務所ではジャージだとか、そもそも1Kっていう環境の狭い職場でむさ苦しい男と一緒にいて楽しく仕事が出来るというのも素敵だし、周りの視線を気にしないでいろいろやっちゃうみたいなところもいいですねぇ。凹組の仕事も、徹夜とかしたり学生のノリだったりするんで、自分の学生時代のサークルを思い出したりしました。あの頃は大変だったし、一円もお金はもらえなかったけど、っていうかお金なんて出ていく一方だったけど、振り返ってみれば楽しかったなぁと思います。辛いこともたくさんあったけど。
あと、現在パートの部分では、凪海の成長みたいなのが結構いいです。初めは大した仕事は出来なかった凪海が、老舗遊園地の案件で「QQQ」に出向という形で配属になり、そこで醐宮と共にいろんな経験をすることでどんどんと成長していきます。
あと、どちらかと言えば脇役ですけど、磐井田という広告代理店の男は実にいいキャラクターでした。すごく印象に残ります。書きおろしの「凸凹ホリデー」という短編は磐井田が主人公になっていましたし。味のある、いいキャラクターだなと思います。
ストーリー自体は、特にこれといった特別な出来事が起こるというわけではありません。もちろん、細かなところでいろいろと起こりますが、一つ一つは大したことはありません。本書はとにかく、ストーリーで読ませる小説というよりも、キャラクターで読ませる小説です。ストーリーももちろん面白いんですけど、読んでいると何だか凹組のメンバーと一緒に仕事をしているような気になってきて、楽しくなってきます。こんな感じで仕事が出来たら楽しいだろうなぁ、って思います。そうやって、キャラクターを楽しむ小説だなと思いました。
本の雑誌社の杉江さんも書いていましたけど、山本幸久は実にいい作品を書くんだけど、イマイチ売れない。どうしてでしょう?僕の中では、せめて荻原浩と同程度ぐらい売れてくれてもいいと思うんだけど、やっぱりその差は大きい。やっぱりこれは、僕ら書店員の責任だったりするんですかね。もっと山本幸久をプッシュしないといけないですかね。でも、良い小説なんだけど、売るのは難しいなぁっていう本もあるわけで。本書はどうかな。
まあそんなわけで、山本幸久、実にいい作家なんで、何でもいいんで読んでみてください。僕が読んだことがあるのは「笑う招き猫」「カイシャデイズ」と本書ですけど、どれも素晴らしく面白かったです。安心してオススメ出来る作家です。是非、どの作品でもいいんで、とにかく山本幸久の作品を手にとってみてください。

山本幸久「凸凹デイズ」



二重らせん(ジェームズ・D・ワトソン)

さて、仕事の方はようやくひと段落ついた感じです。恒例の夏の100冊の展開も終わり、飾り付けやら追加の補充やらもなんとか手配をして、とりあえず落ち着いた感じです。あと、半期毎にやらなくてはいけない、出版各社が毎年組むフェアの中から自店に必要なものを選んで発注するという仕事も終わり、とりあえず懸念だった仕事は大体終わりました。いつも通り、通常の仕事をするような感じに戻ったので、多少楽になりました。後は、いくつかPOPのフレーズを考えて作ってもらうのぐらいでしょうかね。
今、今月文庫になる「永遠の0」のPOPを作ってもらっていて、あと予定としてあるのは、「東京バンドワゴン」、「アジア新聞屋台村」のPOPと、あと特定の本というわけではないんですけど、下山事件のPOPを作ってもらおうと思っています。漫画家の浦沢直樹の新作が下山事件に関する内容らしいんで、だったらその浦沢直樹の新作に絡めたPOPを作ってもらって文庫を売ろう、という発想です。
ウチの店には、しかしPOPを上手く描ける人間がたくさんいて助かります。三人ぐらい上手い人がいるんで、何か思いつくとすぐ頼んでしまいます。最近ではPOPを含めたいろんな施策のお陰で、「凍りのくじら」という本がやたらめったら売れています。昨年末に発売されたものですが、上半期のウチの文庫の売上のトップ10内に入っています。
上半期の売上のデータを見ていましたけど、文庫はトップ10内が既刊ばっかりです。思い出せる限り書いてみると、「天使と悪魔 上中下」「思考の整理学」「向日葵の咲かない夏」「名探偵の掟」「凍りのくじら」「重力ピエロ」みたいな文庫がトップ10内にいます。どれも今年出た新刊ではなく、今年以前に出ている既刊です。どれも話題作ではありますが、やっぱり下手な新刊より既刊を売った方がいいなとよく思います。
僕はとにかく既刊を売り伸ばそうと日々いろいろと頑張っています。新刊に頼った品揃えをしていると、どうしても他の書店と差のつかない、金太郎飴みたいな売場になってしまいます。いろいろ既刊をチャレンジすることでロス(返品)が増えてしまうということはありますが、それでもこれからも、いかにして既刊を売るかということをメインに、何だったら既刊を売るために新刊の力を利用してやる、ぐらいの勢いで頑張っていこうと思っています。
毎回言っていますが、僕の目標はとりあえずコミックの売上を抜くことです。今まで一度も実現したことはありませんが。先月は久々にボロ負けでした。雨が多くて文庫がちょっと伸び悩んだというのもあるけど、コミックの方でいい新刊がバリバリ出ていたというのも原因の一つ。今月もなんとかコミックの売上を抜けるようになんとか頑張っていきたいなと思います。
全然話は飛びますが、最近また客注の抜き漏れが増えてきています。客注の抜き漏れというのは何かというと、お客さんからの注文品として入荷した本を、それと気づかずに売場に出してしまったり返品してしまったりすることです。以前、散々僕が指摘しまくった末に、ようやく何とか抜き漏れをほぼ無くすことが出来るようになってきたのに、最近またダメになってきています。一つ何か出来るようになると、今まで出来てたことが出来なくなるんでしょうか?何にしても、やる気はともかくとして、相変わらず社員の能力は劇的に低いなぁと感じる今日この頃です。やる気だけでカバー出来るぐらいのレベルの低さではないので、どうしたものかなと思います。
まあそんなわけで、本屋の話をちゃんと書くのは久し振りだったので、テーマを決めずにあれこれと書いてみました。
そろそろ内容に入ろうと思います。
本書は、DNAの二重らせん構造を発見し、ノーベル賞を受賞した二人の科学者の一方、ワトソンが書いた作品です。もう一人の発見者はクリックと言います。ワトソンとクリックと言えば、科学の世界では有名です。二重らせん構造の発見は、世紀の発見と言われるほどの成果で、ワトソンは若くしてものすごい聖杯を手にすることになるわけです。
本書は、ワトソンとクリックがいかにして二重らせん構造の発見に至ったのか、という話を、<ワトソンの主観>に沿って書いてある作品です。客観的に事実を検証するのではなく、ワトソンがその当時どんな風に物事を見ていて、何を考え、どう感じていたのか、ということを重視して書かれているということです。まえがきでも著者は、「おそらくこの物語は、ほかの関係者の手で書かれたならば、ちがった形になったところもいくつかあるだろう」と書いています。あくまでも、著者の主観による作品である、ということが重要です。
全体的な内容としては、科学の話とはあまり関係のない日常的な話に終始していきます。ワトソンがDNAの研究に没頭するようになるまでどういう道のりを歩んできたのか、クリックとはどのようにして出会ったのか、イギリスの科学界の変な慣習、同僚や周囲の人間とのやりとり、と言ったような部分はまだ科学っぽい感じではあるけど、友人と旅行に行っただの、妹が遊びに来ただのと言った、まあ言ってしまえば瑣末な部分というのも多々含まれています。
二重らせんの発見は、X線による観察を続けているのにDNAそのものにはさほど興味のない科学者だとか、思いついた自説を誰彼かまわずに喋り倒さなくては気が済まない科学者だとか、遠く離れたところにいたライバル科学者だとか、そういういろんな科学者との関わりあいの中で発見されたものでした。
僕はこれまで、二重らせん発見のストーリーというのはきちんと読んだことがなかったと思います。生物学上の大発見であり、それをクリックとワトソンという科学者が発見したのだということも知っていたし、その発見にはいろんなごたごたがあったということもなんとなく知っていましたが。いろんな科学系の本を読んでいると、ところどころにチラチラと記載があるんだけど、でもそのストーリーのすべてを読んだことはなかったんです。本書は、昔から読もう読もうと思っていた本なんです。
しかし、しかしですよ、あーつまんなかった!とにかくつまんない!こんなにつまんない科学の本があっていいんでしょうか?もうとにかく、最初から最後まで面白いところなんてまったくありませんでした。あんたが普段どんな感じで過ごしているか、なんてことはどうでもいいんだよ!もっと科学の話を書いてくれ!知的好奇心を満足させるような描写が読みたいんだよ!ライバルとの争いでもっと劇的なことはなかったのか?発見に至る軌跡でもっとドラマはなかったのか?二重らせんの発見を巡るゴタゴタみたいなのがあるはずなんだけど、それは何?
もうとにかく、隅から隅までつまらなかったです。面白いところなんて一片もありませんでした。久しぶりにこんなに面白くない本を読んだなぁ。誰か、二重らせん発見を扱った作品で、メチャクチャ面白い本ってないですか?口直しに是非読みたいものです。

追記)amazonのレビューを読む限り、世間的な評価は結構高いみたいです。ホントに?僕には信じられない駄作にしか思えなかったんですけど。うーむ。やっぱりこれまで読んできた理系本が結構レベル上質だったってことなのかなぁ。わかんないけど、とにかく世間的には評価はいいらしいんで、きっと僕の評価が間違ってるんだと思います。

ジェームズ・D・ワトソン「二重らせん」



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2013年ベスト

2013年の個人的ベストです。

小説

1位 宮部みゆき「ソロモンの偽証
2位 雛倉さりえ「ジェリー・フィッシュ
3位 山下卓「ノーサイドじゃ終わらない
4位 野崎まど「know
5位 笹本稜平「遺産
6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
7位 須賀しのぶ「北の舞姫 永遠の曠野 <芙蓉千里>シリーズ」
8位 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日
9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
16位 藤谷治「世界でいちばん美しい
17位 神林長平「言壺
18位 中脇初枝「わたしを見つけて
19位 奥泉光「黄色い水着の謎
20位 福澤徹三「東京難民


新書

1位 森博嗣「「やりがいのある仕事」という幻想
2位 青木薫「宇宙はなぜこのような宇宙なのか 人間原理と宇宙論」 3位 梅原大吾「勝ち続ける意志力
4位 平田オリザ「わかりあえないことから
5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
6位 小阪裕司「「心の時代」にモノを売る方法
7位 渡邉十絲子「今を生きるための現代詩
8位 更科功「化石の分子生物学
9位 坂口恭平「モバイルハウス 三万円で家をつくる
10位 山崎亮「コミュニティデザインの時代


小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
10位 エイドリアン・べジャン+J・ペタ―・ゼイン「流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則
11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
7位 ジュディ・ダットン「理系の子
8位 笹原瑠似子「おもかげ復元師
9位 古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち
10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
11位 石井光太「遺体
12位 佐野眞一「あんぽん 孫正義伝
13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
19位 二村ヒトシ「すべてはモテるためである
20位 平川克美「株式会社という病

2011年ベスト

2011年の個人的ベストです
小説
1位 千早茜「からまる
2位 朝井リョウ「星やどりの声
3位 高野和明「ジェノサイド
4位 三浦しをん「舟を編む
5位 百田尚樹「錨を上げよ
6位 今村夏子「こちらあみ子
7位 辻村深月「オーダーメイド殺人クラブ
8位 笹本稜平「天空への回廊
9位 地下沢中也「預言者ピッピ1巻預言者ピッピ2巻」(コミック)
10位 原田マハ「キネマの神様
11位 有川浩「県庁おもてなし課
12位 西加奈子「円卓
13位 宮下奈都「太陽のパスタ 豆のスープ
14位 辻村深月「水底フェスタ
15位 山田深夜「ロンツーは終わらない
16位 小川洋子「人質の朗読会
17位 長澤樹「消失グラデーション
18位 飛鳥井千砂「アシンメトリー
19位 松崎有理「あがり
20位 大沼紀子「てのひらの父

新書
1位 「「科学的思考」のレッスン
2位 「武器としての決断思考
3位 「街場のメディア論
4位 「デフレの正体
5位 「明日のコミュニケーション
6位 「もうダマされないための「科学」講義
7位 「自分探しと楽しさについて
8位 「ゲーテの警告
9位 「メディア・バイアス
10位 「量子力学の哲学

小説以外
1位 「死のテレビ実験
2位 「ピンポンさん
3位 「数学ガール 乱択アルゴリズム
4位 「消された一家
5位 「マネーボール
6位 「バタス 刑務所の掟
7位 「ぐろぐろ
8位 「自閉症裁判
9位 「孤独と不安のレッスン
10位 「月3万円ビジネス
番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)