黒夜行

>>2009年02月

よもつひらさか(今邑彩)

そろそろ内容に入ろうと思います。
本作は、12編の短編が収録された短編集です。

「見知らぬあなた」
近所で発見されたバラバラ死体は、もしかしたら別れた夫かもしれない。そして殺したのは、長いこと誰なのかも分からず文通を続けていた相手かもしれない…。

「ささやく鏡」
ある時ふと鏡を見つけて、祖母の言葉を思い出した。決してむやみに見てはいけない、恐ろしい鏡だという言葉を。その鏡は、少し未来の自分の姿を写すのだったが…。

「茉莉花」
短編を依頼しにやってきた小説誌の編集者は、相手の作家から本名が嫌いだという話を聞くことになる。父がつけてくれた名前を嫌いになったのは、母が離魂だと説明した、ある不思議な出来事の後だった…。

「時を重ねて」
探偵をしている私は、旧友からある依頼をうけた。恐らく妻が浮気をしている。軽井沢までの一泊旅行に誰かと一緒にいくらしい。絶対に男だ。だから旅の間中尾行して欲しいんだが…。

「ハーフ・アンド・ハーフ」
とある理由から結婚し、一緒に暮らすことになった夫婦が、離婚することになった。離婚を切り出した夫は、妻のあまりにさばさばしている態度にホッとするが、家財道具などをすべてきっちり折半しないと気が済まないというのには少し閉口した。そう言えば、外で食事をする時もいつも折半だったが…。

「双頭の影」
変な骨董屋に入り、そこの店主から話を聞くことになった。それは店主が旅先で聞いたものらしく、寺の天井にあったという異形の染みについての話だった…。

「家に着くまで」
タクシーの運転手が、先日起ったある美人アナウンサーの死について話を振ってきた。運転手は独自の発想から、そのアナウンサーの死に新しい可能性を見出すのだが…。

「夢の中へ…」
現実のあまりの酷さと対照的に、夢の中の世界は素晴らしかった。現実とは真逆で、何もかもが自分にとって素晴らしい世界だった。ならば、夢の世界にずっといたい。プールの底に頭をぶつけて、ずっと昏睡状態のまま生きていたい…。

「穴二つ」
女のフリをしてパソコン通信をしていた良一は、女子大生だという女性とメールのやりとりをしていた。会ってみたいと言う良一に、考えさせてほしいと言った相手は、その後驚くべきことを告白するのだが…。

「遠い窓」
娘を亡くした画家が残したという一軒家に住み始めた私は、自分の部屋の壁に掛った絵が微妙に変化していることに気づいた。絵に描かれた建物の窓が開き、カーテンが掛かり、鳥かごがつるされ…。

「生まれ変わり」
若くして亡くなった叔母にそっくりな女性とたまたま見かけた男は、その女性を運命の女性だと思いこみ、二人は絶対に結ばれるはずだという信念の元に行動をするのだが…。

「よもつひらさか」
駆け落ちをした娘に、初孫が生まれたからと言って呼ばれた男は、「ひらさか」という名前の橋を渡っている時立ちくらみがした。その際助けてくれた青年と一緒に橋を渡ることにしたのだが、その話は一人で渡っていると幽霊が出て、あの世へと道連れにしようと手ぐすねを引いていると聞かされ…。

というような話です。短編集だと内容紹介が疲れるなぁ。
さて、これも仕掛けの候補をとして読んだ作品です。昨日読んだ「サンタクロースのせいにしよう」か本作のどっちかにしようと思うんだけど、難しいんだよなぁ。まあもう少し検討してみますが。
本作はなかなか面白い短編集だと思います。裏表紙の内容紹介ではホラーと書かれていますが、おどろおどろしい感じではありません。雰囲気的には「世にも奇妙な物語」をもう少し薄めたような感じというのが近いような気がします。
どの話も基本的には、「やっぱり一番怖いのは人間だよなぁ」と思わせる話です。狂気に取りつかれた人間の話だったり、あるいは狂気に取りつかれた人間に関わることになってしまった人の話だったりです。ほんの少し現実とは違った考えを持った人々が巻き起こす不思議な話という感じで、ホラーがダメという人でも全然読める作品だと思います。
僕が一番好きなのは、「双頭の影」です。これは、途中まであんまり面白くないかなぁと思ったんだけど、ラストがよかったです。正直なところ、最後の一文を読んでもどういうことかすぐには分からなかったんだけど、しばらく考えてわかりました。なるほど、ラストの一文がものすごく深いなぁと感心しました。
あと「ハーフ・アンド・ハーフ」も僕はかなり好きでした。本作は、基本的にはどの話もそうなんだけど、ミステリなんかを読んでてネタがすぐにわかってしまうような人はたぶんすぐオチがわかってしまうんじゃないかなと思います(僕は基本的にミステリを読んでても全然わからないんで、本作も時々しかオチが分からなかったけど)。この「ハーフ・アンド・ハーフ」も分かる人はすぐ分かっちゃうかもしれないけど、僕はもちろんわからなかったし、面白いと思ったなぁ。
「家に着くまで」はミステリとしてなかなか面白いと思ったし、「穴二つ」や「遠い窓」はラスト物悲しい感じになります。「見知らぬあなた」「ささやく鏡」「夢の中へ…」「生まれ変わり」なんかは狂気っていう感じでしょうかね。「時を重ねて」はロマンチックな話でこれも結構いい話だなと思いました。「よもつひらさか」も分かりやすいけど、話としては面白いと思います。
読みやすい文章で、ちょっと不思議でオチの利いた話を読ませてくれます。とにかく読みやすくてさらさらいけます。今邑彩は調べてみるとかなり評判のいい作家なんで他にもいろいろ読んでみたいと思うんだけど、いかんせん出版社でも品切れの作品ばっかりなんですよね。どうしたものやら。軽いミステリタッチのホラーを読みたいと思ったら読んでみてください。


今邑彩「よもつひらさか」




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サンタクロースのせいにしよう(若竹七海)

そろそろ内容に入ろうと思います。
本作は7編の短編を収録した連作短編集です。
まず全体の設定だけ書きましょう。
失恋し、気分を変えたかった岡村柊子は、友人である彦坂夏美から耳寄りな話を聞く。それは、夏美の友人である松江銀子が同居人を探しているというものだ。松江銀子はとある映画スターの娘で、変人ばかりが集まる夏美の友人の中でもとびきりの変人だという。よくわからないが、家事を全部引き受ければ家賃はタダというのはおいしい。
というわけで早速同居を決めたのだが、銀子さんはお嬢様育ちでとんでもない方向に常識の欠けた人だったし、いきなり幽霊は見るしで初日から柊子はてんてこまいさせられるのであるが…。

「あなただけを見つめる」
引っ越し初日、柊子は銀子さんの子供の頃の話を聞かされる。家人が死ぬ前日に出るという幽霊の話だ。柊子はつい先ほど幽霊を見たばかり。幽霊の見えない銀子さんが見た唯一の幽霊とは…。

「サンタクロースのせいにしよう」
隣人に、ゴミの出し方にうるさい鈴木さんという人がいる。うるさいなんて形容が生易しいくらいの人で、周囲からはとにかく嫌われている。
クリスマスの日、鈴木さんがゴミ捨て場から悲鳴を上げて逃げだしてくるのを柊子は見かける。鈴木さんは、ゴミ袋の中に死体があった、そしてそれが動いた、とうわ言のように繰り返していたのだが…。

「死を言うなかれ」
銀子さんが友人から聞いたという不思議な話を、柊子と、銀子の父親が愛人に産ませた子供である曽我竜郎の二人が考える。その不思議とは、花を愛し庭一面に雑草も含めた様々な草花を咲かせていた庭の一角、チューリップが咲いていたところだけ根こそぎ抜かれて持ち去られていたというもので…。

「犬の足跡」
何故か自分が犬になった夢を見るようになってから、近所の生き物好きである浜田さんの奥さんが、犬にまつわる不思議を持ってくる。自宅を改装したばかりの近所の家のガレージのコンクリートの上に、犬の足跡がついていたというのだ…。

「虚構通信」
一週間前、銀子さんの妹で女優の端くれだった卯子さんが、手首を切って自殺した。遺書はなく、一週間経っても誰もその理由を理解できない死だだった。
そんな折、柊子の元に内木田しのぶという女性から電話が掛かってくる。夏美の友人らしいのだが、香港で卯子さんに車で轢かれそうになったという話を突然され…。

「空飛ぶマコト」
銀子さんと台湾に旅行に行くことになったのだが、その機内でカップルのケンカを目撃することになる。通路を行ったり来たりし、連れの男性にエコノミークラスであることをなじり、トイレから出てきた柊子に怒鳴り散らすなかなか変わった女性で、しかし柊子はちょっと気になった。何かおかしくはないだろうか…。

「子どものケンカ」
銀子さんの都合で同居生活が解消されることになり、銀子さんに頼まれて柊子は家事全般を教え込むことになった。一方で、夏美と達郎と柊子で花見に出かけたのだが、そこでちょっとした騒動が持ち上がり、柊子は間に立たされることになる…。

というような話です。
ちょっと仕掛けてみおうかという作品を探しているところで、そのために読んだ一冊でした。
なかなか面白い出来だと思います。ジャンルとしては<日常の謎>系で、もちろん日常の謎系の作品ではいくつも秀作はありますが、本作は仕掛けるにはなかなかいい作品かもしれないと思います。薄い文庫だし、それに文章が非常に読みやすい。ミステリというだけで敬遠するような人でもスラスラ読めるんではないかなと思います。ちょっと検討というところ。
一番出来がいいと思った話は、「空飛ぶマコト」。これは秀逸でした。僕が上記で書いたような内容紹介では、何が謎なのかすらよくわからないだろうと思うけど、最後まで読むと、なるほどそういうことだったのかと納得します。もし仕掛けるとしたら、POPには「とりあえず「空飛ぶマコト」を立ち読みしてみてください」みたいな風に書こうかなと思います。
「虚構通信」はちょっと怖い話でした。別に幽霊がどうとかじゃなくて、女性の怖さですね。僕は男なんで、やっぱり細部まで理解できたとは思えないんだけど、女性が読んだらまた違った感想があるかもしれません。「虚構通信」は本作中でも結構毛色の変わった作品だと思います。
あとは「サンタクロースのせいにしよう」「死をいうなかれ」辺りがよかったかな。「サンタクロースのせいにしよう」は鈴木さんというキャラクターがなかなか抜けていて、こんな人がいたら最悪だなというところが面白いし、オチもまあまあ面白い。「死をいうなかれ」は、チューリップがなくなったというだけでよくもあんな話が作れるものだ、と感心しました。
本作は形態としてはミステリだけど、非常に面白いキャラクターによってストーリーが進んでいく感じがします。柊子は自分のことを普通だと思っているけど、やぱりちょっと変わっているし、夏美のズバズバしているところとか、竜郎のでしゃばりっぷりなんかも読んでて面白い。近所の人なんかも、そこまで話には出てこない癖に妙に濃いキャラクターが揃っていて印象深い。
しかしそれ以上にやっぱり銀子さんがキャラクターとしては抜けている。一番初めの「あなただけを見つめる」では、銀子さんの話を聞いて柊子が死ぬほど笑うというシーンが出てくるんだけど、気持ちはよくわかる。料理をさせれば破壊的だし、旅行に行けば振り回されるし、それに日常の所作が何だかおかしい。そういうおかしな登場人物のクスッと笑えるような小さい話が、結構本作の魅力になっているのではないかなと思います。
軽く読めるという点では非常に仕掛け向きだと思うんだよなぁ。さてどうしたものか。そこまで強く推したいわけでもないんだけど、当たる要素は結構あるという理由で仕掛けをするというのはどうだろう。まあ機会がれば読んでみてください。

若竹七海「サンタクロースのせいにしよう」




時間封鎖(ロバート・チャールズ・ウィルソン)

さて今日も時間がないので、短めにいきます。雨の話でも書きましょうか。
週間天気予報を見ると、ここしばらく雨みたいですね。冬の雨は冷たいから嫌いですけど(だからと言って夏の雨が好きというわけではないけど)、本屋的にも雨は天敵です。
本屋に限らないでしょうけど、小売店全般は雨の日は売上が下がることでしょう。特に本なんてのは、生活必需品じゃないわけで、余計その傾向が大きい気がします。食糧だとか日用品なんかは買わないといけないから、雨だろうがなんだろうが必要になったら買いに行かなくてはいけないけど、本なんか特に急いで買う必要なんかないですしね。それに雨の日に本を買ったら濡れるかもしれないし、いいことはありません。まあ書店にお客さんが少ないからゆったり選んだり立ち読みしたりできるという点はいいかもしれませんが。
でも最近、雨の日でも売上がさほど変わらないんですね。これは、雨の日の売上が上がったなんていういい話ではありません。そうではなくて、晴れている日の売上が下がっているんですね。まずいなぁという感じです。つまり、雨かどうかという外的要因に関わらず、少なくとも僕がいる店の体力みたいなものがどんどんなくなっているということなんだと思います。まあ頑張るしかないんですけどね。
今週はたぶんずっと雨でしょう。今日は世間的には給料日だと思うので、普段であれば売上が見込める日です。給料が出た週末なんかは、かなり売上があるんですけど、それも今週は雨であまり期待できないかもしれません。なかなか厳しいところではありますが、地道に頑張って行こうと思います。
そろそろ内容に入ろうと思います。
大企業の社長の子供で二卵性双生児だったジェイスンとダイアン、そして彼らの敷地内に住まわせてもらっていたタイラーは、子供の頃から仲が良く、常に一緒にいた。あの日も、三人で一緒にいる時に迎えることになった。
突然、星が消えたのだ。
後々、<スピン>と呼ばれることになった現象だった。地球は、謎の暗黒物質に包まれてしまい、そのため星が見えなくなってしまったのだ。翌朝、いつも通り太陽は昇ったが、しかしそれは偽物だった。地球は突然何者かによって(後々その存在は仮性体と呼ばれることになる。仮定上の知性体ということだ)管理されるようになってしまったのだ。
スピンの最大の特徴は時間にあった。これは、スピン直前まで周回軌道上にいた宇宙船の乗組員の証言を始め、様々な実験によって確かめられた。
それは、地球内部と地球外部での時間の進み方に恐ろしく差があるということだ。なんと地球の時間の進み方は、地球の外の一億分の一になってしまった。これはつまり、地球上での1秒が、宇宙での約3年に相当することを意味する。
突然人類は危機に瀕することになった。何故なら、地球の外側では恐るべきスピードで太陽が巨星化しており、地球の時間で数十年で太陽面に飲み込まれてしまうと予想されたからだ。
大人になったジェイスンはスピンの謎に没頭し、医師になったタイラーはジェイスンの手伝いをすることになる。ダイアンは不安に駆られ宗教に走る。世界は混乱し、絶望に支配されている。
仮性体は一体なんの目的でスピンを起こしたのか?そして地球に住む人類はこのまま絶滅するしかないのか?
というような話です。
WEB本の雑誌というホームページがあって、そこで複数の一般読者が毎月特定の本を何冊か読み評価するというコーナーがあるんだけど、そこで全員が満点の評価をつけた作品だったので読んでみることにしました。
本作は、設定だけ読むとハードSFっぽい感じがすると思います。ハードSFっていうのは、僕もちゃんと言葉の意味を知っているわけではないんだけど、僕の認識では物理っぽい話がガンガン出てくるようなSF作品のことです。本作も、時間が一億分の一になってしまうような奇妙なスピンなんていう現象が出てくるわけで、これに関する物理的な話がガンガン出てくるんだろうと思っていたんですけど、全然そんなことはありませんでした。もちろん、難しそうな話が出てくる場面はちょっとだけあります。でもほとんどは、スピンによって混乱に陥った地球を描いている作品で、SFを読みなれていない人でも十分楽しめる作品だなと思いました。文章も読みやすいし、外国人作家の作品が苦手な僕でも普通に読めました。逆に、ハードSFを期待して読み始めた人は、ちょっと肩すかしを喰らうかもしれません。
スピン以後の地球の描写はかなり緻密に描かれていて、非常に面白いと思いました。終末的な宗教の話が結構多いけど、それだけじゃなくて、未来を奪われた人々がどんな諦念を抱えて生きているのか、社会的な不安がどんなものを生み出したのか、人々の生き方にはどんな影響があったのか、というようなことについて結構詳しく触れています。もしスピンなんて現象が実際にあったらこうなるのかもしれない、というような様々な反応が描かれているので、SFながらリアリティを感じる作品でした。
また、太陽面に飲み込まれることによる絶滅を危惧した人類が、それを回避するために考えた秘策がなかなか度肝を抜かれるようなもので、これは素晴らしいと思いました。正直これは、下巻の裏表紙の内容紹介に書いてあるんで(っていうか帯にも書いてあった)ここでバラしてしまっても問題ないと思うんだけど、でも止めておきます。訳者あとがきでも書かれているけど、確かにこの部分は本作の肝の一つだと思います。時間の進み方が違うことを逆に利用して、そんな解決策を生み出せるのか、と結構僕は驚きました。しかもそれをしたお陰で、さらに後半のストーリーが膨らんでいくことになるので、うまい展開だなと思いました。
ただ僕が残念に思ったのは、どうして仮性体がスピンなんてことを起こしたのかというその理由です。仮性体の正体についてはなかなか面白いと思ったんだけど、スピンを起こした理由は弱いなと思いました。僕は、最終的に本作は、そのスピンを起こした理由を明かしてエンディングだと思ったし、それが本作の最大の肝になると思っていただけに、ちょっと残念な気がしました。別に無理があるなぁとかそういうことではないんです。確かに無理はあるけど、本作で描かれる世界ならまあアリでしょう。でも、僕の勝手な思い込みだけど、もっと凄い理由だと思っていたんですね。どんなものかはわからないけど、もっととんでもない理由があるんだろうと。その期待がちょっと裏切られてしまった部分はあるので、残念だなと思いました。
主人公はタイラーで、ジェイスンやダイアンなんかとの関係がかなり深く描かれていくんだけど、彼らを中心とした人間関係はなかなか読み応えがあると思います。スピンという世界の中で生きざるおえなかった彼らは、三者三様の生き方を選択することになります。ジェイスンは仮性体と真っ向から向き合い、その謎を解明しようと躍起になる。ダイアンはスピンという現実から徹底的に目を背けたくて、大して信じているわけでもない宗教を信じているフリをしている。そしてタイラーは、目の前の現実を現実だと受け止め、特に何もすることはないけど諦めることもないという生き方をしている。子供の頃のままではいられないという断絶もありながら、彼らは深い結びつきを保ちながら関係を続けていく。その生き方も読みどころではないかなと思います。
ものすごいハードSFっぽい設定でありながら、その設定の中に置ける人間をつぶさに描写した作品です。SFであることは間違いないですが、一般にSFと言ってイメージされるような難しそうな印象はありません。ジャンルは大分違うと思いますが、終末的な世界における人間を描いたという点では、伊坂幸太郎の「終末のフール」に似ている部分もなくはないと思います。SFを何か読んでみようと思っている人への入門といsては最適ではないかと思います。逆に言えば、SFを読みなれている人にはもしかしたら物足りないかもしれません。なかなか壮大なストーリーで楽しめると思うので読んでみてください。

ロバート・チャールズ・ウィルソン「時間封鎖」






凍りのくじら(辻村深月)

今日は、最近ヤフーニュースで見たとある記事を元に話を書いてみようと思います。その記事を探してみたんですけど、どうしても見つからないので、元の記事はここにはリンク出来ませんが。
その記事は、ネット上で小説を読ませる、というものでした。
別にこれまでも、携帯小説を始めとして、ネットで小説を読ませるというようなものはあったし、また僕はよく知らないけど、ストーリーを追っていくようなゲームも既にあるみたいなんですけど、でもそういうものとはちょっと違うんだそうです。
それは、ゲームではなくあくまで小説だけど、物語を読ませるためにバックミュージックを流したり声優にセリフを喋らせたりと様々に工夫をこらしているもの、ということでした。ドラマCDみたいなものかもしれないけど、ドラマCDとは違ってアニメーションみたいなものもあるらしいし、それに僕のイメージではドラマCDはセリフばっかりという感じなんだけど、その記事で取り上げられていたのはあくまでも小説なので、セリフばっかりということはないだろうなと思います。
その記事では、その制作に携わった人の話が載っていました。
その人によれば、最近文字離れと言われることが多いけど、携帯やネットで文字はよく見ているんだから文字離れというのは違うと思う。けど最近は、とにかく物語離れが進んでいる。普通の本の形態をした小説だと読めないという人がどんどん増えている。しかし、物語にはまだまだ需要があるはずだ。だから、これまでまったく小説を読んだことがないし、自分では読めないと思っている人に、物語の面白さを分かってもらうためにこれを作った。分量は、文庫本で二冊分ほどあるけど、アニメーションやバックミュージックや効果音などをうまく挿入することで、最後まで飽きさせることなく物語を読んでもらえることを目指した、ということでした。
この記事を読んで僕は、かつてバイト先にいたある女性のことを思い出しました。たぶん2,3年前の話だと思うんだけど、その当時その女性は18歳とかでした。本を割と読む人で、山田悠介とか、携帯小説っぽい感じで一時期売れた星野夏「あおぞら」とかが大好きだというようなことを言っていました。
その女性に、何か本を貸してほしいと言われたので、僕は伊坂幸太郎の「重力ピエロ」を貸すことにしました。僕はこれをこれまで多くの人に貸してきたし、誰もが間違いなく絶賛する作品なので、何か本を読みたいと言っている人にはまずこれを貸すようにしているんです。
ただその女性は、全部読まずに「重力ピエロ」を僕に返しました。「難しくて読めない」と言われたんですね。「過去の話と未来の話がどんどん入れ替わっていくから難しい」と。
僕はそれを聞いて唖然としましたね。まさか、「重力ピエロ」を難しいから読めないなんて言われるとは想像もしてなかったですからね。あれはなかなか衝撃的な体験でした。
僕は昔から結構本を読んでいたから、本を読むのが辛いとか難しいとか思ったことはほとんどありません。というのは嘘で、僕は国語の教科書に載っているようなかつての文豪の作品なんかは滅法ダメで、それは今も大して変わらないんだけど、それでもそれはジャンルとして得意ではないものがあるというだけで、別に難しいから読めないというほどではないんです。
だからどうしても自分を基準に考えてしまうところはあります。そりゃあ、多少人よりは本を読んでるけど、でも本を読む力なんて別にそもそも普通あるだろ、みたいな。
でも、本屋で働くようになって、そうじゃないんだなぁと実感することが時々あります。さっきの本を貸したなんて話もその一例ですけど、他にも店内の高校生同士の会話なんかを聞いていると何だか悲しくなってきます。
高校生とかは、小説の棚の前で、「字が多いから読めなそう」(別に普通の小説なんだけど)「これ厚い。読む気しない」(全然普通の厚さですけど)「山田悠介とか超面白いよね」(いやまあいいんですけど)みたいな会話をよくするんですね。何だかなぁという感じがしてきます。
売場での本の売れ方を見ていてもそれは思ったりします。ぶ厚かったり、重厚そうなイメージがあったり、なんとなく難しそうみたいな本はやっぱりあんまり売れない気がします。逆に、薄くて読みやすそうな感じのする小説は売れていきますね。もちろん例外もあって、去年だから「蟹工船」が爆発的に売れたのなんかホントに驚きましたけど(正直僕は読める気がしません)、内容以前の部分で本が判断されて行ってしまう傾向が強くなった気がします。
そういうわけで、小説を読む力がどんどんなくなっているのだなぁと実感するんだけど、そこで問題なのは、じゃあ書店の品ぞろえはどうするべきなんだろうか、ということです。もちろん利益を出さないといけないわけで、売れる本を置くしかありません。ただ、僕のようにまだ普通の小説を読めるお客さんをターゲットにするべきか、あるいは小説を読む力が衰えているお客さんをターゲットにするべきかというのは難しいところだなと思います。今はまだ、普通に小説を読めるお客さんをターゲットにしていれば問題ないですけど、でもどんどん世代が変わってきてしまうと思うんですね。そうなってきた場合、果たして書店には、僕らのような普通の小説を普通に読める人間が読みたいと思うような本は並んでいるのだろうか、という不安を感じてしまうんですね。
出版業界は結構厳しいと言われていますが、もしこのまま生き残ったとしても、本屋というのはやっぱりどんどん役割が変わっていってしまうのだろうなと考えました。
そろそろ内容に入ろうと思います。
高校生の理帆子は、いつでも現実を醒めたような目で見ながら生きている。一緒につるんでお酒を飲んだりしている友人にも本当の自分は見せないし、元彼と時々会っては、彼がどんな風に壊れていくのか見たいという変な欲求を満たそうとする。学校にいても柳に風という感じで、派閥にも入らないし、特に自分の意見を主張することもない。周囲の人間を冷静に観察しながら、それぞれの人間性や自分との関係性なんかについてあれこれ思考を繰り広げている。誰にも心を開くことのない、ちょっと醒めた女の子。
5年前に父が失踪した。藤子・F・不二雄を「先生」と呼び、「ドラえもん」をこよなく愛した父だった。理帆子もそんな父の影響を受け、「ドラえもん」から奥のことを学んでいた。現実感が希薄である一方で、虚構の物語への感情移入は絶大だ。誰にも「ドラえもん」が好きだなんていうことはないが、理帆子は自分の中でちょっとした遊びを持ってる。藤子・F・不二雄先生は、かつて「SF」のことを「少し・フシギ」と言い換えた。理帆子は周囲の人間が、「少し・○○」なのか考えるのが好きだ。ちなみに理帆子自身は、「少し・不在」。つねに現実感が希薄で、冷めている不在者。
そんな理帆子は、ある夏図書館にいると、「写真を撮らせてほしい」という青年に出会う。別所あきらと名乗ったその青年はひどく穏やかで、聞き上手だった。普段他人には決して見せない部分まで、別所には見せるようになっていった。別所のことを恋愛対象として見ているというわけでもないと思うけど、少しずつ彼の存在が気になっていく。
平凡に過ぎていく学校生活をやりすごし、時々頭の悪い友人とお酒を飲み、時々壊れてしまった元彼と会いながら、理帆子は別所と会う機会がどんどん増えていった。そしてその後、一人の少年と出会うことになるのだが…。
というような話です。
いやはや、これはですね、べらぼうに傑作でした!いや、ホントびっくりしましたね。バイト先の女の子が絶賛していたので、割と期待して読んだんです。大抵そういう場合、作品がよくても期待が大きすぎた故に読後感はそうでもないというケースがあるんだけど、本作はあらかじめかなり期待して読んだにも関わらず、それをはるかに上回る読後感で、傑作を読んだなぁという感じでした。初めの100ページくらい読んだ時点で、これは素晴らしい傑作だなと思いましたからね。なかなかそんな作品には出会えないものです。
本作のとにかく素晴らしい部分は、その内面描写ですね。これがとにかく凄まじいです。本作は、文庫本で500ページを超える長い作品だけど、実際それに見合うだけのストーリーがあるわけではありません。ストーリーはかなり単純で、要約すれば本当に短くまとめられるくらいのものになります。じゃあなんでこんなに長いかっていうと、内面描写が凄いからです。
僕は本作を読んでいて、何か自分のことが書かれていると思うような部分がこれでもかというくらいたくさんありました。どの登場人物がということは特にないんです。いろんな登場人物に対する内面描写の断片断片が、かなり自分のことを言い当てられているような感じで、何だかグサグサといろいろ突き刺さりました。
僕はまあ、いつも何かから逃げたいと思っているようなダメ人間で、弱い人間で、ちょっと人間として終わっているんだけど、そういう部分をズバズバ指摘されている感じがして、いろんなものが胸に突き刺さってきました。普段は自分さえも騙して巧妙に隠していることを白日の元に晒されたような気分で、正直すらすらと読み進めることの出来ない感じはありました。
しかしその、読んでいる人間を動揺させるほどの内面描写の凄まじさは、なかなか他の作品では味わえないものでした。登場人物に共感する、というような感覚ではないんです。実際、解説で瀬名秀明は、「つまり理帆子は決してすぐさま読者の共感を得るタイプではない」と書いています。僕自身は実際、理帆子には近いものを感じるんだけど、でもそれがマジョリティではないということくらい僕にも分かります。そのあたりのことはまた後で書こうと思いますが。
で、本作全体を通じて感じるのは共感ではなくて、でもじゃあなんて言っていいかは分からないんだけど、カウンセラーを受けているような感じ、とでも言ったらいいでしょうか。僕らの世代もまだ含めていいと思うんだけど、若い世代の人間って言うのは、特に人間関係について難しく考えたりする傾向があったりしますよね。「空気を読む」なんて言葉が普通に使われるくらい、人間関係に緊張感のある世代だと思うわけです。
主人公である理帆子は、そんな人間関係の煩わしさはすべて承知の上で、それでもいろんな人間と「表面的な」人間関係を築いていきます。その過程で彼女は、様々な人間を勝手に分析し、比較し、そして最終的には馬鹿にする、というようなことをします。その過程が、最後の馬鹿にするというのいは別として、何だかカウンセリングでも受けているような感じで、理帆子は別に読者に向かって直接語りかけているわけでもないんだけど、あたかも読者が理帆子にカウンセリングを受けているかのような感じになるのではないかなと思います。今の世代の若者なら、本作を読めばなにがしか自分に当てはまるような指摘が含まれているのではないかと思います。それに共感できるというストーリーではなくて、それを理帆子に非難されるという形で読者に届けられるわけで、なかなか変わった小説だなと思いました。僕も自分に当てはまる部分をズバズバと指摘されて、何となくズタボロになった気分です。
で、それとは別に僕は、理帆子というキャラクターに酷く近いものを感じたんですね。理帆子は、現実感が希薄で、どうも人生に醒めているんだけど、僕も似たような感じがあります。別に周りからは人生を楽しんでいるように見えるかもしれないし、普通に生きているように見えるかもしれないけど、別にやりたいこともないし、将来の展望もないし、というかそもそも「今」現在に対してそこまで執着がない。理帆子の周りには、若い今の内に目一杯遊んでおこうという「友達」がいるんだけど、そういう友達と一緒に時間を共有しつつも、理帆子はその友人を馬鹿にするし、理解できないと感じているわけです。学校で起こる出来事に対しても、何で周囲の人間はそこまで頑張れるのだろう、と醒めているし、恋愛に対してもしたいわけでもしたくないわけでもない、つまりどうでもいいというような醒めっぷりです。
そこが、僕には非常にシンパシーを感じられました。僕も似たところがあって、すごく醒めてるんですね。現実に対しても「今」に対しても執着がない。僕は自分がマイノリティだと意識しているけど、こんな共感を得られないようなマイノリティなキャラクターを主人公に据えたなんて、なかなか大胆なことをするものだ、という感じがしました。
あと、ストーリー展開に大きく絡む、理帆子の元彼である若尾というキャラクターがいます。とにかくこの若尾が最悪なんですね。最悪なんだけど、これまた自分に似ている部分があったりして、あぁ俺ってマジ最悪だなとか思ったりもしたんですけど。
この若尾は、初めの内はちょっと空気が読めない男、というだけの存在だったんです。理帆子にとっても、別に何となく会っているというだけで、というか寧ろ自分がかつて好きだった男を冷徹に分析し、しかも徐々に壊れていく姿を見たいという嗜虐的な志向を持っていたりするわけなんです。
でも徐々に若尾という人間の異常さが浮き彫りになっていくんです。この過程はなかなか見事だなと思いました。本作は別にホラーでも何でもないけど、若尾がどんどん壊れていく過程は、まさにホラーと言ってもいいかなと僕は思いました。ここまで人間というのは尊厳を失うことができるのか、という驚きもあります。
しかしいずれにしても、ここまでストーリーが希薄で、かつここまで素晴らしい傑作というのはなかなかなかったなと思います。ストーリーやキャラクターにほぼ依存せず、徹底的に内面描写(と人物分析)にこだわっている作品で(まあ内面描写にこだわっているということは、つまりキャラクターの造形が素晴らしいということなんだと思うけど)、なかなかないタイプの作品だと思います。辻村深月は新作を出す度に進化する作家だなと僕は思っていますが、これまで読んだ辻村深月の作品の中でも一番素晴らしい傑作だと僕は思います。これまで読んだ本の中でもかなり上位にランクインされることでしょう。素晴らしい本を読んだな、と思います。これは是非読んで欲しいと思います。長い作品ですが、素晴らしい作品です。世代が若ければ若いほどより共感できる内容ではないかなと思います。今まさに高校生という人に特に読んで欲しいですね。なかなかこんな厚い本は読みたくないかもしれないけど、騙されたと思って是非手に取って見てください。

辻村深月「凍りのくじら」






幸せな売場のつくり方 ファッション専門店再生ストーリー(兼重日奈子)

今日は、読んだ本の内容に合わせて、僕の理想の本屋について書こうかなと思います。
と言っても、具体的なイメージがあるわけではないんですね。別に店長でもなんでもないので、そこまで真剣に考えたことはないので、その漠然としたイメージの話をしようと思います。
僕の理想としては、やっぱりスタッフが働いていて楽しい売場というのが一番重要だし理想だなと思っています。もちろん、お客さんのことも大事ですけど、スタッフが良くなることで、お客さんへも良く出来るのではないかなと思うんです。
僕はまあ長いこと今のバイト先で働いていますけど、周囲のスタッフから日々いろんな不満を耳にします。
正直に言えば、不満のない売場作りなんていうのはまず不可能でしょう。どれだけみんなが頑張っても、不満は完全にはなくなることはないと思うんです。だから、不満があること自体は別に問題ではない、と思いうわけなんです。
でも、そのスタッフから耳にする不満は、本当に些細なことで解消されるものばかりなんですね。それをすることで時間が取られるとか、何かマズイことになるとか、そんなことではないんです。ほんのちょっとやり方を変えるだけで大抵の不満は解消されるはずなんですけど、それがなかなか伝わらないんです。
僕自身もいろんな部分にかなり不満を感じる人間で、かつては自身が感じた不満や周囲から耳にした不満なんかを社員に頻繁に言っていたんですけど、今はもうしていません。別にいいや、っていう感じです。言ってもどうにもならないんですね。言っても改善されないことに不満があるというわけではありません。もちろんそれは不満ではありますが、そもそも何を言っても返答が返ってこないんですね。改善できないなら出来ないで、これこれこうだからこれは変えることはできない、みたいなことぐらい言ってくれてもいいのに、それもない。ほったらかし。それじゃあ、言う気力もなくなっていくよなという感じです。
今では、自分でもいろいろ不満を感じるし、人から不満を耳にすることも日々あるけど、こうすれば解消できるのにね、なんてことを自分やその不満を持っているスタッフに言うだけで終わりです。まあ、その不満を持っているスタッフにしたら、僕みたいな人間に話して共感してもらえることで、少しはストレス解消になるんじゃないかななんていう期待はしていますけど。
正直、僕のいる店は、お世辞にも働いていて楽しいとは言えない売場だと思います。僕は、楽しいです。相当いろんな不満を持ってはいるけど、僕の場合文庫と新書の担当をしているので、何を置くか、それがどう売れたか、売上はどうだったかなんていうことを考えながら仕事が出来るので非常に楽しいです。でも、担当を持っていないスタッフからすれば、楽しくないことこの上ないでしょう。僕はいろんなスタッフに文庫や新書の仕事を手伝ってもらったり、POPを書いてもらったり、他にもいろいろと仕事をやってもらうことでやりがいを感じてもらえればなんて思っているんだけど、それでもやっぱりスタッフみんなに僕から仕事を与えるのは無理です。スタッフのやりがいなんていうことを考えている人間はほとんどいないので、ほとんどがほったらかしになっています。
スタッフが働いていて楽しいと思える売場になれば、売場はもっとよくなるはずだと思います。僕がPOPを書いてとお願いするスタッフが3人ぐらいいるんですけど、初めは彼女たちにそんな才能があるとはわからなかったんです。でも、とりあえずやらせてみたら、すごくいいものを書く。そういうのを見ていると、人それぞれいろんな能力を持っているものだよなと思ったりします。だから、フェアを考えるのが得意だったりする人がいるかもしれないし、売れそうな本を探し出すのが得意な人がいるかもしれないし、じゃあそういう人に任せて仕事をやらせることが出来れば売場はもっと面白くなるだろうなと思うわけなんです。そうなれば、スタッフも楽しいそ、売場にも活気が出てくるはずなのに、と思ったりします。
まあ、今のあり方では、夢のまた夢という感じではあります。正直なところ、僕にはウチの売場が変わるなんていう想像がちょっと出来ないんですね。かなり諦め気味です。だから、まあいいや、とりあえず文庫と新書の売上をガンガン上げよう、なんて協調性のないことを考えながら日々仕事をしています。
そろそろ内容に入ろうと思います。
本作は、小説仕立てにした小売店再生ノウハウ本、という感じの内容です。
著者は、ファッション業界の販売員育成なんかをやっている人みたいで、「ファッション販売」という雑誌の主要な寄稿者でもあるようです。「ねぎらいワーク」と呼ばれるやり方を導入した店長研修で有名で、思わず涙がこぼれる研修として話題になっているようです。
本作は、著者が訪れた全国延べ1500店舗の売り場で実際に起きた出来事を元に構成されているようです。小説仕立ての自己啓発本ということで、イメージ的には「夢をかなえるゾウ」みたいなものですが、本書の方がより実践的という感じがします。
舞台はとある地方都市T市の駅ビル内にあるレディスファッションブランド「ビアンキー」。そこは、競合する大型ショッピングセンターが近くに出来たため、駅ビル自体の集客力が落ちている。「ビアンキー」も苦戦しているが、問題はそこだけではない。
店長の佐々木ユーコは、前任者が突然辞めたためにたまたま店長になったというだけの人。店長なんてなるんじゃなかったといつも思っている。雑用ばっかりで接客に時間が取れないし、残業だっていつものことだ。それに、店のチームワークがばらばら。辞めようかと思うこともあるけど、踏ん切りもつかない日々を過ごしている。
本田ナツミは、「ビアンキー」のチーフ。店長に次ぐ二番手ではあるが、店長との意思の疎通はほとんどない。お互いに忙しいのだ。店長がやれていない仕事がどんどん自分に回ってくるため、大いに不満を感じている。辞めたいと思いつつ、どうしていいかわからず、「もういいや、どうだって」と思いながら日々仕事をしている。
成瀬ミホは、「ビアンキー」に通う派遣社員。以前は別のショップで店長をしており、抜群の販売力を持つ天性の販売員。しかし、事務仕事は大の苦手でミスばかり。おまけに残業は一切せず、仕事が中途半端でもさっさと帰ってしまう。
松田カナは「ビアンキー」二ヶ月目の新人。これまでいくつものアルバイトを転々としてきたけど長続きせず。どうも仕事を一通り覚えてしまうと、まあこんなもんかと思ってやる気がなくなってしまう。今は、まったく服も売れず、顧客さんも獲得できないという、大スランプ。
小野田マリは、「ビアンキー」のエリアマネージャー。普段も二か月に一遍ちょっと顔を出せるかどうかという感じだけど、ここ最近エリア内での出店が重なってますます遠のいている。「ごめんね~、いつも放ったらかしみたいで~」というのが口癖で、忙しさにまけて管理ばかりを押し付けてしまう日々。
さてそんな「ビアンキー」に、フリーの販売インストラクターである兼子さんが、しばらく店舗改善のためにやってくることになった。店長の佐々木ユーコは、あんたなんかに売上を上げられるわけないでしょ、と内心思っていると、兼子さんは、売上なんか上がらないわよ、と言ってユーコを唖然とさせる。
それからも兼子はいろんな人と話をし、いろんなアイデアを実践させることで、<店長の理想とする店>を実現させようとし、さらには<売上の上がる店>へと変革させようとするのだが…。
というような話です。
なんでこの本を読もうと思ったかというと、僕が普段から見ている書店系のブログがいくつかあるんだけど、その内の二つでこの本が紹介されていました。内容こそファッション専門店を舞台にしていますが、基本的にここに書かれている話はどんな業種の小売店にも当てはまるでしょう。その二つのブログでも、これはなかなかいいと言って書かれていました。
確かに、この本はなかなかいいです。書かれている内容は、割と当たり前のことが多いんだけど、実際に売場にいると、この当たり前のことをやるのがすごく大変だということが実感できます。僕も、本書に書かれているようなことは、きちんと言葉にしたことはないかもしれないけど、普通にわかっていたことだと思います。中には実践出来ていると思うものもあるけど、やっぱりこういう当たり前のことをやるというのがすごく難しいものだなと思いました。
本作では兼子さんが指導して店を変えていこうとするんだけど、冒頭で「売上は上がらない」と宣言します。「売上は、売上が上がる店にならないと上がらない」が兼子さんの口癖です。では兼子さんは何をするためにやってきたのか?
兼子さんは、それぞれには役割があるといいます。商品開発には商品開発の、本部には本部の役割がある。では店舗の役割は何か、そしてそれをどう実践していくかということを指導しにきたわけです。
兼子さんが挙げる店舗の役割は以下の3点です。

・毎日決まった時間にお店をオープンさせ、笑顔でお客様をお迎えすること
・足を運んでいただいたお客さまを、徹底的に喜ばせること
・喜んでいただいたお客さまをお店のファンにすること

まあ当たり前のことが書いてあります。
でさらに兼子さんは、店長の役割について話をします。でそれは、<店長の理想の店を実現する>ことだと言います。そのために自分は何が出来るのかということを考えなくてはいけない。
というようなことから始まって、至極当たり前のことを中心にしながら話が進んでいくんだけど、でも読んでてなるほどなと思わされる部分がたくさんあります。店長と意思の疎通がないチーフにはどんな話をするのか、売上の上がらない新人にはどんな話をするのか、店長はどう変わっていくのか、それに周囲の人間がどう応えていくのか、そしてその内。自分たちに何が出来るか、周りには巻き込めるどれだけの人がいるのかということを考え始める<自立型>の店舗へと変貌していくことになります。
小説仕立てて読みやすいことと、あと店の状況がまあウチと近いかなと思えることもあって、面白く読めました。難しい話が書いてあることでもないので、ここに書いてあることはやろうと思えばすぐに実践できることばかりだと思います。
興味深かったのは、兼子さんの過去です。本作の登場人物として出てくる兼子さんは、著者の分身でしょう。その兼子さんの過去は、著者の過去と重なるのではないかと思うんですけど、どうでしょうか。
それは、兼子さんがフリーの販売インストラクターとして駆け出しだった頃。ローカルチェーンの基幹店舗に指導に行くことになった。そこは売上が落ちているというわけではないけど、離職率がかなり高いので、そこの店長を立派なマネージャーに育ててほしい、という依頼でした。
そこで兼子さんは大失敗をしてしまうんだけど、それは読んでもらうとして、これがもし著者自身の経験だとすれば、なるほど今では素晴らしい実績を上げている人でも、過去にはこういう失敗を経験しているのだなと思いました。その失敗があったからこそ、今の著者があるのだろうと思います。
また巻末には、著者が本書を書くきっかけになったという、とあるショップの店長・ゆーこさんの話が出てきます。いや、なかなか衝撃的な話でした。著者が彼女に会った時まだ20歳そこそこだったんですけど、ストレスで髪が抜けてカツラを被っていると告白されたわけです。それくらい辛い日々を送っているのに、それでも売場に立つのを止めない。全国にはこういう人がたくさんいるに違いない。そういう人たちのためにも、という思いで本書を書いたようです。
どんな業種でもいいです、小売店で働いているという方は是非読んでみてください。僕のいる店は違いますが、本書の舞台となる「ビアンキー」はインショップの店です。エリアマネージャとかデベロッパーなんかの話も出てくるので、インショップのお店なんかには特にオススメです。また、スタッフのやる気を上げたいとか、コミュニケーションをもっと取りたいと思っている店長さんなんかには是非オススメです。厳しい不況の中、さらに売り上げを求める声が強くなりそうなご時世ですが、敢えてその中にあって、店の内側からきちんと立て直すということが大事になってくるのではないかなと感じました。

兼重日奈子「幸せな売場のつくり方 ファッション専門店再生ストーリー」




無貌伝 双児の子ら(望月守宮)

さて今日は昨日以上に時間がないので、本屋関連の話はなしで、そのまま内容に入ろうと思います。
本作は、奇才を輩出することで有名なメフィスト賞の最新受賞作です。以前、メフィスト賞は最近落ち目だというようなことを、受賞作を大して読んでもいないのに書いたことがありますが、さすがメフィスト賞、なかなか面白い新人を出してくるなぁと思います。
舞台は、日本のようで日本ではない異世界。首都が<藤京>と表記されるような、そんな日本に似ている世界だけど、根本的に違う点が一つある。
それが、<ヒトデナシ>の存在である。
ヒトデナシの説明は難しいけど、まあ妖怪みたいなものです。特殊な形態で特殊な能力を持っていて、普通は人に危害を加えることはない。本作の登場人物の一人である探偵・秋津承一郎の事務所には、<絵画と猫のヒトデナシ>である<露草>という奴がいる。絵画のように平面な存在で、見た目は猫。しかし、秋津さえ、露草がどんな能力を持っているのかよく知らない。
人々はヒトデナシとそれなりにうまいこと共存関係を築いてきたが、しかし人間の存在を脅かすヒトデナシの存在が確認されることになる。
それが、無貌だ。
無貌は、人間から顔を奪う。顔だけではなく、その人間を足らしめている要素すべてを奪ってしまう。そうして顔を奪った無貌は、あたかもその人物であるかのようになりきる。一方顔を奪われた無貌被害者は、顔があった頃に知り合いだった人からは姿が見えなくなり、声も聞こえなくなる。そして、無貌被害者は理由は分からないが二週間以内にみな死んでしまう。
例外は、探偵の秋津承一郎だ。彼も、無貌に顔を奪われたのだが、奇妙な仮面をつけたまままだ生きている。しかし、三探偵と呼ばれるほど活躍していたかつての面影はなく、無貌に顔を奪われた恐怖から、特に殺人事件に関わることを恐れている。
そんな秋津の元に、本作の主人公である古村望が拳銃を携えてやってくるが、いろいろあって彼は秋津の助手になる。
そうして初めて関わる案件が、鉄道王と呼ばれた創業者が興した常道鉄道の創業者一家の孫娘、榎木芹の護衛だった。榎木家に無貌から芹の舌を狙うという脅迫状が届いたらしい。二人は護衛のために榎木家に入り込むが、後継者問題や芹の結婚など複雑な事情を抱えた時期で思うようにいかない。しかもその内、榎木家の人間が次々と殺されて行き…。
というような話です。
表紙だけ見るとファンタジーっぽい気がしますけど、内容的にはかなり本格ミステリテイストの作品です。密室やらアリバイやらが出てくるわけではありませんが、大企業の創業者一家という複雑な人間関係を背景にいろいろ事件が起こる感じです。読んだことはありませんが、横溝正史の作品の設定っぽいのかなとか思ったりしました。まあ全体的な雰囲気は大分違うと思いますけどね。
普通のミステリとは違って、ヒトデナシという要素を付け加えることでなかなか面白い展開になっています。こういうのは、西澤保彦なんかに似ている気がしますね。現実世界とはちょっと違った世界におけるミステリという点では近いものがあるような気がします。
あと、これはうまく説明できませんが、西尾維新の小説っぽい雰囲気も感じました。西尾維新の小説っていうか、戯言シリーズですね。まあうまくは説明できないんですけどね。
特に奇抜な展開になるわけではありませんが、なかなか読ませる作品だなと思いました。ヒトデナシや無貌についての設定が少しずつ分かってくるし、それが作品の随所に関わってくるので結構面白いんです。そもそも、秋津自身が無貌に顔を奪われているので、無貌との関わりや性質なんかについても面白い設定があって、なるほどと思いました。<顔を奪われる>=<その人をその人足らしめるものを奪う>という設定はなかなか秀逸だなと思いました。
また、秋津の設定がなかなかいいんです。昔は腕を鳴らした名探偵だったけど、今ではすっかりおとなしい。そうなってった過程みたいなものが少しずつ明らかになっていきます。
そしてその秋津の助手になった古村もなかなかいいですね。途中から彼は、秋津をさしおいて探偵の真似ごとするようになります。かつての秋津を知っている人間からは、昔の秋津みたいだと言われるほどです。最後、真犯人と対峙するシーンはなかなかいいですね。うまい演出だなと思いました。
榎木家の面々は、こういう小説に出てくるような、典型的な大金持ちの旧家という感じですね。家族より家を守ることの方が大事だと言う家長や、派閥争いの一方を陰で操る女とか、しかもこういう小説でありがちなことに双子まで出てきます。ただ、ありきたりな設定でありながら、榎木家の内部事情についても結構詳しく触れていて、いろんな方向への描写があるのでなかなか面白いのではないかなと思います。
新人のデビュー作ですが、なかなか完成度は高いと思います。これからが期待できる作家ではないかと思います。ただ、ヒトデナシのような目新しい設定をいくら取り入れても、最近はこういう形式のミステリはあんまり売れないので、出来ればもう少し違う傾向の作品を読んでみたいなという気がします。筆力はありそうなので、ミステリ以外も書けるかもしれません。
なかなか面白い新人が出てきたなと思います。本作も十分面白いですが、これからにちょっと期待してみたいと思える作家です。

望月守宮「無貌伝 双児の子ら」






悼む人(天童荒太)

今日はちょっと時間がないので手短に。
今日は、お客さんが問い合わせをする際のスタンスについてちょっと書いてみようかなと思います。
すべてのお客さんではありませんが、割と多くのお客さんは、探している本がないと言われると、「ウソ、ないの?」という反応をします。もちろん探している本が見つからないのだから当然の反応かもしれませんが、その内側には、「自分が探している本は絶対に置いてあるはず」という考えがあるような気がするんですよね。まあもちろん、世間で話題になっていたりする本がなかった場合はそういう反応は仕方ないですけど、それものすごく昔の本ですよ、という問い合わせでも同じ反応だったりすることがあります。
書店で働いていると、書店の限界についてはよく実感することになります。特に僕のように担当をしていると、置きたいのに置けない本というのがどうしても出てきてしまいます。規模の大きな店ならともかく、中小の書店ではどうしてもそうなります。世の中に出回っている本の、ほんの数%ぐらいしか、もしかしたら数%にも達しないかもしれませんが、本当にそれぐらいしか在庫を持っておけないなぁと思います。
でもお客さんの側としては、自分が探している本がないという状況が不思議だと感じられるようです。もちろん、書店の事情など分からないでしょうけど、この食い違いはなかなか埋まらないかもしれないなぁと思います。
書店はやはり残念ながら、その時すぐに手に入れたいという本にアクセス出来る可能性はそこまで高くありません。そういう意味では、どうしてもamazonなどのネット書店には勝てないものがあります。書店員の努力ではどうにもならない部分なんですね。なので、こんなことを言うのは何だか負けみたいで嫌ですけど、自分が欲しい本が書店にはない可能性の方が高いということを理解してもらえたらなと思います。その代わり、売場をフラフラと見ている時に面白そうな本に出会えるような売り場作りを目指して、これからも頑張っていきたいと思っています。
そろそろ内容に入ろうと思います。
本作は、今年度の直木賞受賞作です。
本作は、三人の登場人物の視点から、<悼む人>と呼ばれている坂築静人という男を浮かび上がらせる、という感じの構成になっています。
一人目は、週刊誌の契約社員である蒔野抗太郎です。彼は、エログロな記事ばかり書くために<エグノ>と呼ばれていて、正直周囲の人間からは好かれていない男です。人間の醜悪な部分に惹かれ、取材した事実を元にその醜さを浮かび上がらせる文章を書き続けます。
ある時蒔野は、ちょっとしたきっかけから坂築静人と名乗る男と出会います。彼は、旅装で歩き、時々地面に伏して手を動かすという奇妙な行動をして不審者がられます。話を聞いてみると、彼は死者を悼んでいるのだ、と言います。亡くなった人の生前の話を聞き、それを元に悼みを行うことで、死者のことを自分の内側に刻むのだ、と。
彼の言っていることは蒔野には一向理解できないのだが、しかしふと気づくと蒔野は彼のことが気になっている。あいつは一体、何のためにあんなことをして回っているのか…。病気で死ぬという父親や、別れた妻や息子のことも関わりながら、蒔野という男は次第に変わっていく。
二人目は、静人の母親である坂築巡子。静人の家族は、渋々ながらも静人の行動を黙認しているところがあって、まだ彼のことを見捨てていない。巡子はガンに冒されていて、死期も近いのだが、しかし静人なら母親の死期を悟って帰ってきてくれるに違いないと思って、積極的に静人と連絡を取る努力をすることはない。
死を間近に迎えた彼女は、残った時間を精一杯生きようと努力することに決める。夫は昔から心配だったし、娘にもいろいろある。それに静人はあんなだし。それでも巡子は、決して悲観的になることなく、限りある生を必死で生きていく。
三人目は、夫を殺した罪で刑務所に入っていた奈義倖世。彼女は出所し、夫を殺した公園に戻った時、坂築静人と出会った。彼がやっている、悼むという行為が理解できなかった。自分が殺した夫を、愛などというもののために殺さなくてはいけなかった夫のことを、愛された人として悼むという彼の行為が理解できなかった。だから倖世は、彼について旅を続けることにした。初めの内は、彼が聞き込みをしたり、あるいは悼む行為をしている時には、ちょっと距離を置いた。同じ種類の人間だと思われるのが何だか恥ずかしかった。ある時倖世は、自らの罪を静人に告白した。その話を聞いて、静人が何を感じるのか知りたくて…。
というような話です。
天童荒太の作品はどれもそうですが、本作もなかなか重い話でした。文章自体は読みやすいので読み進むのに苦労するなんていうことはまったくありませんが、<悼む人>と呼ばれることになる静人の奇行を中心として、様々な人間がいろんな形で振り回されていくことになるという話で、何だか居たたまれないような気がしました。
ただ、これまで僕が読んできた作品では、重い作品ながら最後にはその物語を受け入れられるというか、そんな感じになるんだけど、本作はどうも全体的に消化不良っぽい感じが残るなぁという気がしました。その最たる原因は、やはり坂築静人という存在にあります。本作は、静人という存在がなければありえないストーリーではありますが、しかし静人という存在がなければすっきりするストーリーでもあります。ジグソーパズルで、必ず必要なピースのはずなんだけどどうしてもどこにも嵌まらないみたいな、そんな違和感があるんですね。たぶん現実に静人みたいな存在がいたとすれば、本作を読んだような違和感を感じることになるでしょう。だから本作の方向性は間違っていないと思うのだけど、でも消化不良っぽくなってしまうというのは否めないかなと思いました。
静人は、自分でも何でそんなことをしなくてはいけないのか理解できていないけど、それでも亡くなった人のことを尋ね、その人のことを悼むことで胸に刻まざるおえないんです。でも周囲の評価は大きく分かれます。時には、<悼む人>に会いたいというような意見もあるんだけど、宗教関係の人間だと思われて胡散臭がられたり、しかしそれはあだいい方で、ほとんどの人は死者を侮辱しているとか悪ふざけをしているとかそういう風に捉えるんです。実際に静人のような人がいて、その存在が知られるようになれば、こういう意見は免れないだろうと思います。やはり、誰かが死んだ場所を訪ね歩いて、知り合いでもないのにその人のことを忘れないように悼む行為をするというのは、やはり気味悪く映ってしまうことでしょう。
作品を読み通してみても、この静人のやっている悼むという行為に対して理解が深まるわけではありません。どうしてそんな旅を続けることになったのかという話は静人の母親が語ることになるし、終盤で静人自身も何故そんなことをしているのかという話を語ることになるのだけど、それでも何か分かったという感じにはならないだろうと思います。静人はどうしても悼みを止められないし、周囲はそれをどうしても否定的に受け取ってしまう。何か特別なことが起こるわけでもなく、静人はこれまでと変わらず悼む旅を続けることになります。そのストーリー展開が、どうしてもすっきりという感じにはならないので、最後まで読んでも何か違和感が残ることになるだろうなと思います。
ただ、亡くなった人のことを覚えておきたい、という静人の想いは、理解できるとは言わないけど、なるほどと思わせる部分があります。というのも、最近はどんな凶悪な事件や悲惨な災害・事故などがあっても、すぐに忘れてしまいます。覚えていても、あんな事件があったとか、よくて犯人はあんな奴だったというぐらいのもので、そのために亡くなった人のことはほとんど記憶に残らないものです。そんな世の中にあって、亡くなった人のことを心に刻みたいと感じている静人は、僕らが失ってしまったものを内に秘めているのではないかと思わせる部分があります。
本作中でも、ある人が<悼む人>の存在を知ってこんな風に言います。たとえ他人でもいいから、あいつのことを覚えていてやってほしい、と。人の死というのは、当事者以外からはどんどん忘れ去られて行ってしまいます。その人の存在は覚えていても、その人がどんな人でどんな人生を送ってきたのかということは、誰かが覚えていてあげなくては消えてしまいます。人間関係がどんどん希薄になっていって、その傾向はますます拍車を掛けて行っているでしょう。であれば、他人であっても誰かに覚えていてほしい、と願うのはあながちおかしなことでもないのだろうなと思います。
僕は、人の死というものに触れた経験が人よりも少ないのではないかと思います。25歳という年齢もあるでしょうが、両親も健在で、祖父母も母方の祖父がちょっと前になくなったくらいで元気です。大学時代の先輩が亡くなって葬式に出たこともありました。それ以外身近な死というものはなかったと思います。
ただ母方の祖父がなくなった時、すごく感じたことがあります。それは、全然悲しくなかったなということです。まったく悲しくありませんでした。今では、顔は思い出せるけど、どんな人だったのかはほとんど覚えていません。僕はちょっと淡泊すぎる人間だなと、改めて実感した記憶があります。静人のように、人の死を悼んだりするなんてことは到底出来そうにないな、とこの作品を読んで感じました。
ほとんど静人についてのことしか書いていませんが、本作では視点人物三人を中心に、様々な人生が描かれます。特に、癌を患って死を迎えるばかりになっている坂築巡子の物語は、なかなか胸を衝くものがあります。読む人によって、様々な感想が生まれてくる作品ではないかなと思います。重厚で濃密な物語で、しかももしかしたら最後まで消化不良になってしまう作品かもしれませんが、人が死ぬということを考えるきっかけになるかもしれません。読んで欲しい、という風に言えるほど読んでて楽しい作品ではないのですが、読むべき作品ではないかなという風には思いました。

天童荒太「悼む人」







コンゴ・ジャーニー(レドモンド・オハンロン)

さて今日は、本屋の仕事とは直接関係のない話ですが、最近売場を見ていて気付いたことを書きます。
僕は普段月曜から土曜の週6で働いているので、日曜日についてはどうなっているのかよくわからないんだけど、今日のような土曜日にはよく見られる光景です。
それは、父親と子供という組み合わせです。
もちろん、両親と子供が一緒に買い物に来ているという組み合わせもあるし、というかもちろんそっちの方が数としては多いんですけど、でも最近、父親と子供という組み合わせが非常に増えてきたなぁという気がするんですね。
子供の年齢も、赤ちゃんくらいから小学生くらいまでと幅広くて、特に赤ちゃんを抱いていたりあるいはベビーカーに載せて店内にいる父親の姿というのを結構見かけるんですね。
これは、僕のいる店の立地も多少関係あるかもしれません。
僕のいる店は、すぐ目の前がイトーヨーカドーなんですね。だから、家族で買い物に出かけるという時、母親だけがイトーヨーカドーで買い物をし、父親と子供はその向かいの本屋で時間を潰す、というようなパターンがあるのではないか、と思ったりします。
でもどうなんでしょうね。そうではなくて、そもそも休みの日は父親自ら子育てを買って出ている人も多いのかなとか思ったりしますが、実際のところはどうか分かりません。
しかしそういう光景を見ていると、一生結婚したくないと思っている僕としては、さらに結婚したくない度がアップしていくなぁという感じはあります。子供の相手なんかしたくないですからね。接客で関わるくらいだったら別に普通に対処出来ますけど、それが自分の子供だったらと思うとゾッとしますね。こういう話を周りにすると、自分の子供だったら絶対違うよ~、みたいなことを必ず言われるんですけど、絶対無理です。自分と血の繋がった子供なんか絶対嫌ですね。
まあそんなわけでかなり脱線しましたが、子供を連れた父親の姿が多いなぁと思うわけなんですね。
1年近く前から、入口で子育て本を集めて置くようにしたところ、非常に売れるようになりました。どんな本を置いているのか挙げてみますと、

PHP文庫 「子どもの心のコーチング」
新潮文庫 「赤ちゃん学を知っていますか?」
PHP文庫 「頭のいい子が育つパパの習慣」
朝日文庫 「赤ちゃんがきた」
祥伝社黄金文庫 「子供を東大に入れるちょっとした習慣術」
PHP文庫 「日本一を育てた塾長の子どもの成績を決める習慣教育」
集英社新書 「感じない子どもこころを扱えない大人」
集英社新書 「共働き子育て入門」
光文社新書 「子供の脳は肌にある」
講談社現代新書 「発達障害の子どもたち」
集英社新書 「赤ちゃんと脳科学」
講談社文庫 「怖くない育児」
PHP文庫 「できる子の親がしている70の習慣」
集英社文庫 「我が家の流儀」
集英社文庫 「家族の流儀」
光文社知恵の森文庫 「娘に伝えたいこと」

といった感じです。
これがですね、どれもこれも驚くほど売れていまして、もう1年以上置きっぱなしという本もいくつもあります。全然売上が落ちないんですね。
やっぱり子育てっていうのは、みんな不安だからいろいろ情報が欲しいと思うんでしょうね。ただ、「子供を東大に~」とか、「日本一を育てた塾長~」みたいな本が結構よく売れていくんで、皆さんやっぱり子供には勉強が出来て欲しいと思うんでしょうね。そういう親御さんは、学生時代勉強してなかったりするんでしょうね。自分が勉強してこなかったために苦労したから、子供には勉強をさせよう、みたいな感じでしょうか。子供としてはたまったもんではないですね。
まあそんなわけで、無理矢理本屋っぽい結論に結び付けるとすると、いろんな本を置いて、いろんなチャレンジをすることで、客層っていうのはよく見えてくるものだなぁ、というようなことでしょうか。
そろそろ内容に入ろうと思います。
この作品は、あのイギリスが誇るカズオ・イシグロが大絶賛という旅行記で、アフリカのコンゴにあるテレ湖にいると言われるモケレ・ムベンベという恐竜を探しに、全財産をはたいて探検に出かけて行った、イギリスを代表する旅行記作家の作品です。日本では大分以前に、高野秀行という作家が大学時代、まったく同じ恐竜を探しに探検部のメンバーを引き連れて同じくテレ湖に行ったなんてことがありましたが(詳しくは集英社文庫「幻獣ムベンベを追え」をどうぞ)、時を経て人を惹きつける何かがあるということでしょうか。
コンゴという国はそもそも秘境と言ってもいいようなところで、国内のジャングルのほとんどは未踏の地と言ってもいいようなところです。ピグミーと呼ばれる、人間と同じような生活形態だけど、背丈が僕らの半分ぐらいしかないような人種がジャングルに住んでいたり、また20世紀になってようやく発見されたオカピも、このコンゴに住むピグミーの話から発見に繋がったらしいです。恐らく、あらゆる生物学者なんかは、コンゴを訪れて生態系の調査なんかをしたいと思っていることでしょう。
しかし、本作を読めば分かる通り、コンゴという国はなかなか一筋縄では行きません。本作を読むと、何で高野秀行らはあんなに簡単に(簡単ではなかったでしょうが、しかし本作よりは遥かに簡単に)テレ湖にたどり着けたのかが分からなくなってきます。もちろん、本書の主人公であるレドモンド・オハンロンは、テレ湖に直接行くのではなく、少し遠回りしてでもコンゴという国やその奥に内包するジャングルそのものを見たかったらしいんですけど、それにしても大変みたいです。
なにせ、この著者、全財産持ってコンゴに行ったらしいですからね。正直言って頭がおかしいとしか思えません。本書では円での表記がないのでイマイチどのぐらいのお金が使われているのか分かりづらいですけど、でも探検の最後の最後には、本当にわずかなお金しか残らなかったようです。その間、同行しているコンゴの役人であり生物学者でもあるマルセランを始めとするメンバーに日給を支払い、またジャングルに住む部族の長にお金を払い、入国の際に役人に金を払い、呪いをするかたと言って金を払い、なんていうことがどんどん繰り返されていきます。これじゃあ、いくら金があっても足りないだろうなという気がします。よくもまあそんなアホみたいなことをやったものだと思います。
探検の主要メンバーは三人。うち二人は、本書の著者であるレドモンド・オハンロンと、コンゴ人生物学者であるマルセラン。そしてもう一人、本書を読む限りではイマイチオハンロンとの関係性が分からなかったのだけど、アメリカ人の動物学者であるラリー。他に、マルセランがその時々で雇う手伝いの人間で探検が進められていきます。
ここまで長々といろいろ書いてきましたが、正直言って本書は僕にはあんまり合わない作品でした。本書は上下巻の本なんですけど、上巻を読んだ時点でもう結構キツくて、下巻はかなり飛ばし読みで読みました。それでも最後まで頑張って読み通そうとするところが僕の偉いところ(なのかどうかは分かりませんが)ですが。
でも、何がどう面白くなかったのかというのがイマイチ自分でも掴めないんですね。普通小説にしてもノンフィクションにしても、文章が合わないとか、ストーリーが好きになれないとか、キャラクターがダメとか、その作品が好きになれない理由がそこそこ明確にあるはずなんだけど、でも本書の場合、どこがどう僕に合わなかったのかというのがよくわからないんですね。結構こういう無茶苦茶やってる人間の話は好きなはずなんだけど、どうしてダメだったんだろうなぁ。
僕が勝手に思う理由の一つは、著者がイギリス人だったからかなぁということです。いや、言いがかりみたいなものですけど、イギリス人って何だか独特のジョークのセンスがあるイメージがあるんですね。文章のセンスみたいなものも独特なのではないかと。だからダメだったのかなぁとか勝手に思ったりしてみました。よく分かりませんが。
本書と、先ほども少し話に出しました、高野秀行の「幻獣ムベンベを追え」だったら、僕は断然高野秀行の方が面白いと思います。同じコンゴに行ってテレ湖を目指しムベンベという恐竜を探しに行くというストーリーなのに、何でこんなに違うんだろうかと思いました。
ただこの作品は、僕はダメだったけど、この作品を面白いと感じる人はきっといるだろうなとは思いました。どういう人が読んだらいいのかというのはイマイチよくわからないんだけど、なんとなく文学性の高い旅行記という感じがするので…、うーんだからどうしたって感じですけど、きっと作品自体はいいんだと思います。僕には合わなかっただけで。
でも、なかなか試しに読んでみるなんていうことが出来ない本ではありますね。何せ、定価で買ったら上下で約5000円しますからね。僕は古本屋で大体上下で2000円ぐらいで買ったと思います。それでもなかなかのもんですけどね。ちょっと面白そうだなと思う方は、とりあえず在庫のありそうな書店に行って、パラパラ読んでみることをお勧めします。




レドモンド・オハンロン「コンゴ・ジャーニー」

できるかなV3(西原理恵子)

さて、これで溜まっていた感想はすべて消化できることになります。次からはいつも通り、読み終わった時点で感想を書くというスタイルに戻ります。
さて今回は、万引きとICチップについて書こうかなと思います。
書店というのはもともと薄利多売の業態です。僕は経営者とか店長とかではないので、本の利益率がどのくらいなのかよく知らないんですけど、こんな風なことを聞いたことがあります。1冊本を万引きされたら、それを取り戻すために同じ本を10冊売らなくてはいけない。正確かどうかは分かりませんが、そんな感じだったと思います。たった1冊の万引きでも、書店としてはかなり大きなダメージを受けるものです。
万引きというのは、僕の目が節穴なのか、そう見つけることは出来ません。作業をしている合間に見つけるというのはなかなか難しいです。万引きを見つける目的で店内を見回ったりしているなら話は別でしょうが、そんな余裕はなかなかないですからね。
とは言え、僕のいる店でも何度か万引きを捕まえたことがあります(僕は一度も捕まえていませんが)。ホームレスと子供というのが捕まる万引き犯の傾向ですね。特に僕のいる店はそう遠くないところに高校があるので、高校生が結構やってきます。たぶん万引きとか結構されてるんだろうなと思います。
万引きをされたかどうかというのは、間接的なデータで分かります。昨日書いた、スタッフが使う検索システム上のデータが狂っているんですね。棚に在庫がないのに、データ上は1冊になっていると、きっと万引きされたんだろうな、と僕は思います。
僕はこのデータの狂いについては常にチェックをして正しいデータを維持しようと努めていますが、幸いにして文庫と新書はそこまで万引きされていないようです。時々やっぱりありますが、主に盗られるのは文芸書とコミック辺りではないかと思います。文芸書は換金目的のため、そしてコミックは自分で読むためです。単価の安い文庫・新書は換金に向かないし、そもそも万引きをするような人は小説をあまり読まないんではないかなんていう風に思ったりします。
さて、各書店では万引きを防止するためにどんな対策を取っているんでしょうか?僕のいる店では、ほとんど特別なことはやっていません。正直なところ、こちらから積極的に出来る有効な手立てというのがないような気がするんですよね。見回りを増やすと言っても、スタッフに余裕のある時しかやれないですしね。難しいものです。
そんな中、業界が一丸となって万引きを防ぐという試みが着々と進んでいるようです。それが、本にICチップを組み込むという方式です。このICチップは、会計済みかどうかを識別してくれ、未会計商品を持ったまま入口のゲートを通ると警告音が鳴る、とまあそんな感じの想定をしているんでしょう。ICチップの効果を実験するために、どこかの店で短期間試験的に導入された、というような話を聞いた気もしますが、まだ準備段階のプロジェクトだろうと思います。
ICチップの威力は、万引き防止だけに留まらないんだそうです。僕が読んだ記事によると、そのICチップは本がお客さんの手に取られたかどうか、というようなことも検知することが出来るんだそうです。つまり、これまで書店では包括的に収集することが困難だった、どの本がどれだけ立ち読みされているのか、というデータを集めることも出来るんだそうです。他にもマーケティングに使えそうないくつかのデータを収集することも可能になるかもしれない、ということでした。
難点は二つ。どちらも費用に関わるものですが、一つ目はICチップの費用を誰が負担するのか。そして二つ目が書店の入り口の設置するゲートの費用の問題です。
ICチップを本に組み込むことは可能だとわかったようですが、やはりその費用が問題になります。最終的には出版社持ちということになるんだろうなと思いますけど、そうなると出版社によってはICチップの導入を見送るところも出てくるでしょう。もしこの仕組みを導入するとしたら、まずコミックから始めてみるということでしたけど、コミックで成功すればその内他のジャンルの本にも移っていくことでしょう。そうなったとき、弱小出版社まで含めて費用の問題を解消できている必要があります。
また書店の入口に設置するゲートにも問題はあります。そもそも、毎月金額ベースでどれぐらい万引きされているのか、というデータがイマイチはっきり分からないので、ゲートを導入してペイ出来るのかという判断に経営者は迷うことでしょう。ゲートがどれぐらいの値段になるか分かりませんが、安い買い物ではないでしょう。薄利多売で、かつ毎月ぎりぎりでやっているような書店の場合、導入自体が難しくなるかもしれません。
とまあ課題はまだまだいろいろあるんでしょうが、本にICチップが標準的に内蔵されるなんていう日がやってくるかもしれません。なんて言っても、普通のお客さんには全然関係ない変化ではありますけどね。
そろそろ内容に入ろうと思います。
さて本作は、できるかなシリーズの第3弾です。前に1番初めのものを読みましたが、2番目は読んでません。バイト先の人から借りたんですけど、2番目はどうも見当たらなかったんだそうです。
このシリーズは、西原理恵子が「できるかな」と言っていろんなことにチャレンジするものなんだけど、本作もやっぱり無茶苦茶なことをやっています。何せ、まず冒頭が、「脱税できるかな」ですからね。
この脱税の話はすごかったですねぇ。これまでどんぶり勘定で事務所の会計をやっていたので税務署に目をつけられ、追徴課税させられることになったんだけど、でも西原理恵子はそれを払いたくない。いかに税務署員を煙にまいて払わずに逃げるかという話です。どうやって適当なことを言って税務署員を丸めこんだのか、どういう手を使って税務署員をやり込めたのかという話も赤裸々に書いていて、いいのかよこんなこと書いて、とか思いました。西原理恵子の会社の税理士もなかなか無茶苦茶で、西原さんを応援するような姿勢を取っているのがまた面白いんですね。ホント、無茶苦茶だと思います。
他にも、富士山に登るとか気球に乗るとかまあ平和なものもあるんですけど、ホステスになれるかなっていうのがまた結構ぶっ飛んでいました。当時西原理恵子37歳。それでも真正面から面接を受けてホステスをやるんですね。しかもここで出てくる、あの有名な「高須クリニック」の高須院長が面白いのなんの。西原理恵子の大ファン(というか、西原理恵子の「タニマチ」らしいんだけど、タニマチの意味がわからん)らしくて、ホステスとして働いていると聞くやすぐさまやってくる。しかもこの高須院長、どうも空気が読めないっぽい。なまじ大金を持っているだけに、ちょっとした嫌がらせ程度ではまったく動じないというつわもので、さすがの西原理恵子もこの高須院長には負けてしまっている感じがありました。恐るべし。
後半は、できるかなシリーズとは変わって、「毎日かあさん」のスタイルと同じような日常のエッセイマンガ。とはいえ、西原理恵子の日常は日常であって日常ではないのでこれがまた面白い。どうやったらこんな無茶苦茶な生活が出来るんだろうかと感心してしまいます。主に旦那さんとの話が多いですね。この旦那がまたまたとんでもない人で、こんな生活してたら飽きないだろうけど疲れるだろうなと思いました。
相変わらずの無茶苦茶っぷりが面白いシリーズです。マンガなんで読みやすいので、読んでみてください。西原理恵子は、近いうちに著作が映画になったりアニメになったりするみたいなんで、より話題になると思いますよ。まだ作品を読んだことがない人は、今の内に注目しておきましょう。



西原理恵子「できるかなV3」

出星前夜(飯嶋和一)

さて本日三つ目の感想。今回は、スタッフが使う本の検索システムについて少し書こうかなと思います。
最近では大きな書店だったら、お客さんが探している本を検索できる端末なんかを置いているお店もあるかもしれないですけど、今回の話はそれじゃないです。スタッフが在庫を確認したり、発注したり、売上のデータを出したり出来るようなシステムがあって、それについての話です。
で、早速脱線しますけど、あのお客さんが検索できる端末ってすごいですよね。だって、置いてある場所まできちんと出るわけじゃないですか。あれってどういう風に管理してるんだろう。担当者が売り場に本を並べる度に、どこに置いたのかということを読み取ったりするのかなぁ。で、売場を変える時はまたデータを変えないといけないんですよね。僕なんか、売場をどんどん変えちゃうんで、そのシステムがあったら悲鳴を上げると思います。それに、在庫データの管理も難しいだろうなと思います。だって、万引きされた場合、当然そのデータはその端末に反映されないわけで、在庫がないのにあるということになってるということもあるでしょう。あるいは、お客さんがどこか別のところに置いたりしちゃった場合なんかたどり着けないですよね。そういう部分をどういう風に解消してるんだろうなぁ。
で、話を戻して検索システムの話ですけど、これもある書店とない書店とあります。僕のいる店にはありますけど、あまり大きくない書店なんかだとないかもしれないですね。システムが結構お金掛かるんで入れないあるいは入れられないというところも多いんだろうと思います。
ない書店の場合、例えばお客さんに問い合わせを受けても、記憶だけが頼りですよね。僕がいる店も、僕が入る前はそういう時期があったんだそうです。というか昔はそんなシステムなんかあるわけないんで、どこの書店でもそういう感じだったんでしょうけどね。また発注なんかはどうやってやるかっていうと、本に挟んであるスリップでやったりするんですよね。僕はスリップで発注したことないので、どうやるんだかよくわからないですけどね。
でこの検索システムの、僕が考える最大の問題というのは、表記に関するものです。
その検索システムには、当然のことながら本のデータが登録されているわけです。新刊の情報なんかも毎日入ってくるわけです。タイトル・著者名・発売日・ISBNなどが出てくるわけなんだけど、その表記にかなり問題があるんです。
そもそもこの検索システムには奇妙なルールがあるんです。例えば「私はどこへ行きたいの?」っていう本を検索したいとしたら(たぶんそんな本はないと思いますけど)、カタカナで「ワタシワドコエイキタイノ」って入力するんです。分かります?「は」を「ワ」、「へ」を「エ」って入力するんです。他にも、「を」は「オ」と入力しますね。
しかし、これが全然統一されていないんです。例えばさっきの例で言えば、「ワタシハドコエイキタイノ」とか「ワタシワドコヘイキタイノ」みたいな風に登録されているようなことが結構あるんですね。一文字違うだけでも検索結果としては出てこないので、こういうのは非常に困ります。
また、「目指せ!『完全』攻略本」みたいな本があったとするじゃないですか。これは、普通の正解だと、「メザセカンゼンコウリャクボン」って登録されているべきなんです。でも、「メザセ!カンゼンコウリャクボン」みたいに「!」が入っちゃったり、「メザセ『カンゼン』攻略本」みたいに「『』」が入ってしまうような場合もあるわけなんです。こういう部分がまったく統一されていないんです。
他にも、「99.9%は仮説」っていう本がありますけど、これは「99.9%ワカセツ」、「キュウジュウキュウテンキュウパーセントワカセツ」、「99.9パーセントワカセツ」のどれで登録されているかはわからないですね。どれが正解なのかもイマイチよくわかりません。
またもっと難しいものもあります。雑誌で「トップステージ」というのがありましたが(現在休刊)、この雑誌は「TVガイド増刊」という形態で出版されている雑誌なんです。では登録上どうなっているかというと、「テレビガイドゾウカン」なんです。つまりお客さんに「トップステージ」と聞かれて「トップステージ」と入力しても検索結果は出てこないんです。「テレビガイドゾウカン」と入力しないと、「トップステージ」の在庫が分からないということになります。
またそもそもタイトルが登録されていない本というのもあります。あれはどういうことなんでしょうね?これまでは、文庫・新書ではタイトルが登録されていないものはほとんどありませんでしたが、最近では講談社ノベルスや徳間ノベルズの新刊なんかはタイトルが入力されていないことが多いですね。もちろんタイトルが入っていないと、検索画面にいくら正確な文字を入力しても検索結果としては出てこないことになります。
そもそもあの登録データの入力を誰がやっているのかということもよくわからないわけなんですけど、もう少しなんとかならないものかなと思います。僕はもう働いて長いんで、僕のいる店の検索データの癖みたいなものが大体分かってきているんでなんとかなりますけど、やっぱり新人なんかが入ってきて教える段になると結構困りますね。慣れてもらうしかないんだけど、この検索がうまく出来ないスタッフというのはいます。検索のセンスがない人もいますけど、この登録データの不備による部分も多少はあると思います。
まあ業界全体が厳しいでしょうから、こういうお客さんと直接関わらない部分に人手を割かなくなっていくのかもしれませんが、書店としてはもう少しきちんとしたデータべースの構築をお願いしたいものだなと思います。
そろそろ内容に入ろうと思います。
本作も、本屋大賞ノミネート作の一冊です。僕の苦手な重厚な歴史モノで、正直読む前からしんどいなと思っていました。読み終えた感想も似たようなもので、大変だったなぁという感じでした。たぶん作品のレベルはものすごい高いんだと思います。ただ歴史モノが完全にアウトな人間なんで、僕には向かなかったなぁと思います。
そもそもこの作品が、天草四郎による島原の乱を描いているということさえ、読んでいる間は気づきませんでしたからね。スタッフの一人に、こういう話なんだよね?と言われて初めて知りました。よくよく見てみたら、帯にも書いてありました。やっぱり僕には歴史の知識がなさすぎるなと改めて思いました。
物語は、一人の医者が請われてある村に往診に行く描写から始まります。その村では子供たちが次々に傷寒に冒されており、その猛威は益々広がるばかり。長崎から呼ばれてやってきた外崎恵舟は名医と誉れ高い男。村の庄屋の一人である甚右衛門が外崎を呼びにやり、無理を言って来てもらったのだった。
その村を含む南目という一帯は、藩から圧政を強いられ喘いでいた。限界の二倍を超える年貢を取り立てるその横暴さに、村は疲弊していた。今回の傷寒もその圧政が遠縁にある。しかし藩は人民に何もしようとしないばかりか、治療にやってきた外崎恵舟を追い返す始末。外崎は見知った有力者に圧政の話をするも、何か起こるまで身動きが取れない状態だ。
南目周辺は元々キリシタンが多かった。しかし江戸幕府になりキリシタンが禁止されて以降、表だってキリスト教を信仰するものはいなくなった。
しかし、ある一人の若者の行動が、やがてその地を大きく変える脈動へと変化していくことになる。
寿安と呼ばれていたその若者は、どうせこのままでは傷寒で死んでしまうならと、山に一人で籠って生活をすることにした。しかしそれに同調する者が多数いた。若者たちは山に立てこもり、やがて藩の人間相手に銃を持って戦うことになる。
その動きが発端となり、またジェロニモ四郎と呼ばれていた男が先頭に立って、やがて島原の乱と呼ばれることになる戦いが始まっていく…。
というような話です。
とにかく中身の詰まった濃い物語です。「テンペスト」がダメだったという方はこちらを読んだら合うかもしれません。まさに歴史小説という感じの重厚感は、歴史小説が好きな人にはたまらない一冊になるのではないかなと思います。
僕は本当に歴史ものがダメなんです。そもそも歴史が大嫌いだったんで、未だに年号とかよくわかりません。安土桃山時代と戦国時代はどっちが先ですか?
年表なんかも、かなり有名なものしか知りません。1600年関ヶ原の戦いとか、1192年鎌倉幕府誕生とかですね。新撰組とか坂本竜馬にも別に興味はないし、外国の歴史についてもそれは同様です。そんな僕に、歴史小説が読めるわけがないし、読んでも面白いわけがないんですね。
本作も、島原の乱という歴史的事実を元にしているんだろうけど、どこまでが史実でどこまでが創作なのか僕にはまったくわかりません。寿安という若者はいたのか、甚右衛門という男はいたのか、寿安のような若者が山に籠ったことが第一のきっかけとなって島原の乱は起こったのか。分からないですねぇ。そういうことがちゃんとわかっていたりするともっと面白いのかもしれないですけどね。
ただ本作でも、甚右衛門が指揮sている戦いの場面は結構面白いなと思いました。泰平の世にあって、武士といえども戦をしたことがない人間が多いなか、甚右衛門は今でこそ百姓ながら、かつては朝鮮戦争を勝ち抜いてきたれっきとした軍師。甚右衛門の戦いっぷりはなかなか面白かったなと思いました。
あと本作を読むと、天草四郎ってアホだったんだなぁと思います。何となく、天草四郎ってすごい人だと思ってたんだけど、本作を信じる限りそうでもないんですね。っていうかむしろダメダメです。甚右衛門の方が100倍かっこいいです。まあ人を惹きつける魅力はあったんでしょうから、グループをまとめるという点ではその才能を発揮したでしょうけど、戦いにおいてはからっきしダメでしたね。まあそういうところも楽しめたかなという感じです。
僕の中での評価は低いですけど、これは僕が歴史小説がとんでもなく苦手だからというだけの理由であって、作品の評価ではないということを理解してほしいと思います。飯嶋和一は、歴史小説の巨人と呼ばれているほどの作家で、とにかくその作品の定評のよさは群を抜いています。歴史小説が好きだという方は、是非読んでみてください。



飯嶋和一「出星前夜」

新世界より(貴志祐介)

さて本日二つ目の感想。今回は、店内のお客さんの会話と検索について書いてみようかなと思います。
大分前ですが、お客さんは特定の本を探しにくる人と、何か面白い本がないか見てみるという人に分かれるという話を書きました。今回はその内の、何か探しに来たお客さんについての話です。さらに言えば、複数のお客さんが連れだって来た時の話になります。
何人かでお喋りでもしながら店内を回っているお客さんの会話が耳に入ってくることはよくあります。たいていは、「この本面白かったよ~」とか、「これ持ってるんだっけ?貸して~」みたいな会話なんですけど、何か探している本があるんだけど見つからない、という会話をしている場合もあります。
「あれ、何だっけなぁ?ほら、この前別の本屋で見たじゃん」「あぁ、○○の本?」「そうそう。でもタイトルが分かんないんだよね」「黒っぽい表紙だったと思うんだけど…」みたいな会話ですね。
で、時々なんですけど、こういう会話を聞いているだけで、何を探しているのか分かるような場合があるんです。で難しいのは、じゃあそういう場合どういう風に対応するのが正解なのか、っていうことなんですね。
例えば、結構前の話になりますが、こういうことがありました。新潮新書から出ている為末大の「日本人の足を早くする」という本がありました。出た当初、少しだけ話題になって、たぶん宣伝なんかもされていたんだろうと思います。この本を探しに来たらしいカップルがいたんですけど、どうもタイトルが分からなかったようです。でもその会話を聞いて僕は、なるほどあれかと分かったわけです。
で僕はどうしたかというと、そのカップルに声を掛けて、これじゃないですか?と言って本を渡したわけです。
さて、これは正解でしょうかね?僕としては、何となく悪いことをしているような気がするんですよね。人の会話を盗み聞きしてる、みたいな。まあ盗み聞きなんですけどね。で、その盗み聞きから得た情報を元にお客さんを案内するのは、果たして正解なのかどうか、ということなんです。
もう一つ気にかかる点があります。そうやって、探している本が見つからない場合、スタッフにすぐ聞く人と聞かない人がいると思います。僕なんかは全然聞けない方で、なんか店とか言ってもスタッフの人に聞いたりとかあんまり出来ないんです。話しかけるのが得意じゃないとかまあいろいろ理由はありますが、理由の一つに、問い合わせをしたら買わないといけないんじゃないか、というよくわからない強迫観念みたいなものがあるんです。
どうでしょうね。性格にもよるんでしょうけど、スタッフに問い合わせをして、すいませんやっぱり要りません、っていうの結構勇気要りません?僕は、割とそんな風に考えてしまう人間なんです。
さてそういう方面から考えてみると、僕が勝手に本を探り当てて案内することが必ずしも正しいとは限らないのではないかなと思うんです。だってお客さんとしては、探しているけど買う気はなくてただ立ち読みしてみたいだけかもしれないですよね。でも、僕が勝手に案内したりしちゃうと、ちょっとだけプレッシャーになったりしないかな、とかそういうどうでもいいことを考えてしまうんです。
なので、お客さんの会話から本が分かった場合でも、お客さんを案内するかどうかはその時次第というと感じになります。本当に必要っぽいなとか、この人なら案内してもそこまで気にしなそうだなとか、そういうところまで何となく判断してから案内するかどうするか決めるようにしています。
皆さんだったらどうでしょうか?本屋の中で誰かと探している本について喋ってると、突然スタッフがやってきて、これじゃないですか?なんて案内されるのは、アリですかナシですか?正解が一つあるというような問題ではないとは思っているんだけど、なかなか気になって仕方のないことではあります。
そろそろ内容に入ろうと思います。
本作も、ちょっと前に感想を書いた「テンペスト」と同様、本屋大賞のノミネート作です。貴志祐介が放つ超大作で、帯なんかを見る限りかなり色んなメディアで取り上げられ、また各種ランキングでも上位に入っているようです。確かその今年度の日本SF大賞も受賞したと思います。
舞台は、今からおよそ千年後の日本。主人公である渡辺早季は、神栖66町というところに生まれた。今現在日本には10弱の町しかなく、総人口はおよそ数万人という単位である。早季らは、断片的にはこれまでの歴史を知ってはいるものの、何故今のような日本になったのかという詳しいことを知ってはいない。この世界では図書館が非常に強い権限を持っていて、<人々を惑わす>危険性のある書物や情報を厳重に管理している。
早季には親しい友達が何人かいる。リーダー的な存在である瞬、綺麗で活発な真理亜、悪ガキの覚、物静かな守らである。学校で仲良くなり、それからいつも一緒にいるような関係になっていった。
後から考えれば、という話だが、早季らは常に管理されていた。町全体が、何かを恐れるようにして、何か分からない理屈で動いていた。もちろんそんなこと、子供の頃に分かるはずもない。何かおかしなことになっているはずなのに、それに気付かないような生活をずっと送ってきた。
この世界では、人々は皆超能力を使うことが出来る。超能力の素質が開花すると、全人学級と呼ばれる学校に進学することになる。そしてそこで超能力の資質をさらに高めるための訓練をするのだ。
早季らがこの世界の秘密に近づいていくことになるきっかけは、全人学級のキャンプでのことだった。班毎に行くキャンプで彼らはとんでもない事態に遭遇することになる。すべては、ミノシロモドキを発見したからだった。それからバケネズミに捕えられ、そこから逃げるために困難を潜り抜けることになる。
そうして彼らは町に戻るのだけど…。
というような話です。
というか、内容紹介はほぼ無理ですね。こんなに長くて、しかも完全な異世界が舞台になっている小説を、ネタばれをせずに短くまとめるのは無理です。まあこんな感じの話なのかぁ、程度に思ってくれればいいと思います。
こちらも実に面白い作品でした。「テンペスト」と比べてしまうと圧倒的な差があるんだけど、この作品単体で見たとき、非常にレベルの高いエンターテイメントだなと思います。
まず細部の設定が非常に細かく精密であるというところに驚きます。町で行われる祭りの起源だとか、僕らの世界にはいない奇妙な生物の生態だとか、そういうストーリーに直接関係があるわけではない細部についても、ものすごく詳しく描写がされていました。生物の生態については、現実に存在する生物の生態を踏襲した形のものが多くて、本当によく調べたんだなという感じがしました。
また、大きな設定についても非常に緻密でよくこんな壮大な話を考えたものだ、と思いました。何故日本の総人口数万人という状況になったのか、何故超能力が使えるのか、バケネズミとは何者なのか、子供たちはどのように管理されているのか、悪鬼や業魔とは何なのか、などなど物語の根幹を成す部分が非常にしっかりと作られているので、安定しているし面白いと思いました。
また本作は、長い年月が過ぎた後、過去を回想するという目的で書かれたという設定の手記なんですけど、これもうまい処理の仕方だと思います。諸事情あって、回想ではなくリアルタイムに物語を追うことがなかなか難しい話で、それを回想という形で処理することでうまく物語を紡ぐことが出来ています。
初めの方を読んでも、ストーリーがどういう方向に進んでいくのか全然読めないんですね。一応SFなんだろうぐらいの予備知識はありましたけど、それ以外ほとんど何も知らない状態で読みましたが、どういう方向に進んでいくんだろうという興味でしばらく読み進めていきました。謎めいた事実や状況なんかが少しずつ分かってきて、しばらく読んでいくとそれがかなり異常だということがわかってきて、でも事情があって子供たちはその異常になかなか気づくことが出来ない。そういう状況の中で、図らずもこの世界の成り立ち(それはその世界では知るべきではない知識なんだけど)を知ることになり、また幾多の困難に見舞われながらも、少しずつ自分たちの世界について理解していくとまあそんな感じの話になっていくんですね。
というわけで、前半はかなり面白かったんですね。どういう方向に進むのか分からないストーリー展開や、緻密な設定によって作られた謎めいた世界観が読者をグイグイ引っ張っていくんですね。
でも、僕は後半はちょっと退屈だったなと思うんです。後半に入ると、もうストーリーがかなり集約されてしまっていて、後はそれに向かって突き進むだけ、という感じになってしまうんです。前半はミステリっぽくて、後半は冒険っぽい感じ、というイメージです。でその冒険っぽい展開が、僕の中ではあんまり惹かれなかったんですよね。もちろん全体としての水準は高いと思うし、面白くないということはないんだけど、でも前半と比べるとやっぱりちょっと落ちるかなという感じがしました。
全体的には非常に壮大なストーリーで、水準の高い作品だと思います。文章も読みやすいし、長いけどすぐ読めてしまう感じの作品です。どこかで書いていたのを読んだんだと思うんだけど、貴志祐介が高校生ぐらいの時から考えていたアイデアを小説にしたんだそうです。1000年後の未来を想像しながら読んでみてください。








貴志祐介「新世界より」

テンペスト(池上永一)

こんな辺境のブログ「黒夜行」を日々見てくださっているという奇特な皆様。お久しぶりでございます。実に二週間ぶりの感想となりますです。
実はパソコンがぶっ壊れまして(完全に電源が入らなくなった)、修理に出しに行ったところ新しく替えた方がいいよということだったので買い替えたわけなんです。前のパソコンからデータを移したりしてもらう関係で、しばらくパソコンのない生活を余儀なくされた、とこういうわけなんでございます。僕の感想を読まなくては死んでしまう!なんていう変人は世の中にはいないでしょうが、少しでも楽しみにしてくれていたという方がいましたら申し訳ありませんでした。今日一気に溜まっていた感想を書いて、それ以降はまた通常通りの運営をしていければなと思っています。
しかし幸いなことに、二週間も感想が書けなかったのに、その間に溜まった感想はたった4冊分。実は長い本ばっかり読むタイミングでパソコンが壊れまして、そこだけが不幸中の幸いかなという感じです。感想を書いていないものは、「テンペスト」「新世界より」「出星前夜」「できるかなV3」の4冊で、その内前3冊は本屋大賞ノミネート作です。ノミネート10作をすべて読んで投票するために読んでいた時期で、しかもこの3冊はすべて重量級。ある意味でいいタイミングでパソコンが壊れてくれたものです。
新しいパソコンはやっぱりまだキーボードが慣れないですね。前とそこまで変わらない速さで打てているとは思うんだけど、時々ちょっとつっかえるんですね。まあしばらくバリバリ感想でも書いて、このキーボードに慣れようと思います。
さて、というわけでブログ再開ですけど、再開記念みたいな目玉の話題があるわけでもありません。これまでと同じく、普通の本屋の話を書こうと思います。
今日は、書店の棚に本を挿す時、帯をどうするのかという話をしようと思います。今回も、主に文庫・新書の話になります。
皆さんが行かれる本屋の棚をよく観察して見てほしいんですけど、そこに入っている本には帯が掛っているでしょうか?それとも外されているでしょうか?
書店の棚に入っている本の場合、割と帯が外されているケースの方が多いと思います。その理由は、帯を取ってしまった方が、より多くの本を棚に挿すことができるからです。
たかが帯、と思うかもしれませんが、侮ってはいけません。例えば、僕のいる本屋の文庫の棚には、1段に大体60冊の文庫が入ります。そのすべての文庫に帯が掛っているとすると、帯の厚さ×4×60(何故2を掛けるかというと、表紙側と裏表紙側で帯の厚さが二度関わり、かつその両方の折り返しの分も考慮するため)分の厚さが余計に必要になってくるんですね。紙の厚さというのがどのくらいなのかわからないけど、帯を全部外すと薄い本なら1、2冊くらいは余計に入れられるのではないかなと思います。
また帯を取るもう一つの理由としては、破れたり引っかかったりして取り出しにくくなるからです。もしかしたらそんな状態になった本を棚から引き抜いたという経験がある方もいるかもしれません。
またもう一つ、作業効率上帯を外した方がいいというケースもあります。書店に行って文庫の棚を見てみてほしいんですけど、文庫の背の上部か下部のどちらかに、<あ 1-8>みたいな感じの表記があると思います。作家名の通し番号みたいなものですけど、これが文庫の背の下部にある場合、この通し番号が隠れて見えなくなってしまうというケースがあるんですね。通常帯の方にも通し番号が印刷されているんですけど、そうでないというケースもあるわけです。
この通し番号が隠れているとどんな不都合があるのかというと、棚チェックをする際にちょっとめんどくさくなるんですね。棚の一覧表というのがあるんですけど、そちらにもすべてこの通し番号が書かれていて、それを見ながら棚チェックをするのが一般的だと思います。その通し番号が隠れてると、棚チェックの際に支障をきたすことになります。
しかし、僕はそういうデメリットをすべて受け入れた上で、棚に入れる時も帯をそのまま残しています。
本って、買って読んでみないといいかどうかって分からないですよね。だから買う前には出来うる限り多くの情報を手に入れられるようにしてあげる方が親切だと僕は思っているんです。
帯には通常、煽り文句とか映画化情報とか誰かからの推薦コメントみたいなものが載っています。こういうようなものを邪魔だと感じる人も確かにいるだろうとは思います。実際作家の森博嗣は帯がかなり嫌いみたいで、自分が出す本にもなるべく帯をつけないで欲しいと要望したりするみたいです。しかし一方で、帯に書かれていることを参考に本を選ぶという人は絶対いると思うし、それが売り上げに繋がるというのであればあった方がいいと僕は思うわけなんです。
そもそも棚に入っている本というのはアピールするのが難しいんです。平積みにしている本だったら、手に取らなくても表紙や帯の文句が見えるし、POPがついているような場合もあるかもしれません。そうやってアピールする方法がたくさんあるのに、棚の場合はそれが極端に制限されるわけです。その上でさらに帯まで取ってしまったら、さらに情報が制限されてしまいます。そうなると棚から本が売れるチャンスがどんどん少なくなって行ってしまうのではないかと思うわけなんです。
お客さん的にはどっちの方がよりいいのか、というのはイマイチよくわからないわけなんですけど、それでも僕は自分のやり方を信じてこれからもやっていこうと思います。
そろそろ内容に入ろうと思います。
本作は本屋大賞のノミネート作に入った一冊です。長い作品ではありますが、これがとんでもない傑作でした!大げさではなく、僕がこれまで読んだ本(約1700冊ぐらい)の中でも、トップ20には間違いなく入るほど素晴らしい作品でした。正直池上英一は、「シャングリ・ラ」と「レキオス」を読んだ時点で、もういいかなと思っていたんです。どっちも割と面白い作品だったけど、なかなか読みにくい作品だったし、その世界に入り込みづらいという部分もありました。本屋大賞のノミネート作に入っていなかったらまず読むことはなかったでしょう。本当に読んでよかったと思える素晴らしい作品です。
舞台は幕末(たぶん。歴史に関する知識がないので適当ですけど、江戸時代末期で、物語の最後の方でペリーが来たりするような、そんな時代です)。当時まだ琉球王朝と呼ばれていた沖縄が舞台です。琉球は清国と薩摩藩の二重支配を巧みに利用して独立を保っている国で、その独特の政治形態を維持するために、評定所筆者という超一流の頭脳を持った人間しかなれない特別な役職がある。評定所筆者になるためには、科試という最難関の試験を突破しなくてはいけない。科試は、中国の科挙を模して作られるもので、答えのないところに答えを見出すという難問を常に相手にしていかなくてはいけない評定所筆者への適性を計る難関である。
一人の女児が、ある嵐の晩に生まれた。その父親は、息子に科試を突破させるのが夢であり(科試は男しか受けることができない)、男児を切望していたのだが、生まれてきたのは女児。そのあまりの落胆に、数年間その女児に名前さえつけなかった程だった。
この女児が真鶴である。真鶴の父は、親戚から養子にもらってきた兄に英才教育を施すも、まったく見込みがない。しかし真鶴は、女が勉学に励んではいけないという風潮の中、隠れてさまざまな知識をため込んでいた。その知識は、とても10代前半の少女とは思えないものだった。
ある日のこと。勉学に耐えられなくなった兄が失踪した。その夜、真鶴は決心を固め、父にこう嘆願する。
「私を宦官ということにして、科試を受けさせてください」
こうして真鶴は寧温という名の宦官を偽り試験を受け、紆余曲折ありながらも科試を突破、史上最年少で評定所筆者になる。
しかしここからの寧温の人生は波乱に満ちたものとなっていく。性別を偽って王宮に居続ける苦労は絶えず、また年若くして慣習を無視して無茶なことをする寧温に風当たりが強くなっていく。さまざまな儚い恋も咲いては散り、散ったと思えばまた咲くと言ったことを繰り返す。異端児の寧温は周囲に敵を作り続けることになり、ついに王宮を追われることになるのだが…。
というような話です。
なるべくネタばれをしないように書こうと思っているのであんまり踏み込んだ内容は書けませんが、とにかくですね、まさにジェットコースターのような展開の連続なんです。よくもまあここまで壮大なストーリーを紡ぎだしたものだ、という感じで素晴らしいんです。
まず設定がいいですよね。男しか受けられない科試を女が受けるために、宦官であると偽るっていうだけでも無茶苦茶なのに、評定所筆者になる過程も無茶苦茶だし、王宮での再会もすごいし、評定所筆者になってからの活躍も天衣無縫、それになんと言っても王宮を追われてからのストーリーは荒唐無稽を通り越してもはやありえません!誰もあんなストーリーを思いつけないだろうと思います。まさか王宮を追われてからあんなことになるなんて…!まさに予想外、最終回2アウトからの満塁ホームランよりもありえない大逆転を寧温は見せてくれます。
本作の読みどころの一つに、評定所筆者としていかに難問と立ち向かうかというものがあります。つまり、どうやって対処しても問題が残ってしまうような答えの出ない事態に対して、評定所筆者としていかに対処するのかという点が実に面白いんですね。清国との貿易トラブル、王ですら手をつけられなかった王宮内の財政改革、遭難者への対応など、どれも対応を少しでも間違えると琉球王国が破たんしてしまうのではないかという難問に、寧温は次々と対処していくことになります。寧温は琉球のためになることなら、自らの身を顧みずに猪突猛進出来る人間で、そんな寧温だからこそありとあらゆる最難関の事態に対処出来るわけなんです。寧温はこうした過程でどんどん敵を作り、王宮内で孤立していくことになるんだけど、それでもまったくめげることはありません。評定所内で唯一と言っていい友人であり、寧温と同時に評定所筆者になった朝薫だけが常に味方をしてくれるのだけど、その朝薫さえ寧温を見放してしまうような瞬間があります。そんな絶望的な状況の中でも、寧温はつねに琉球王国のために難問に対処していくわけです。この、難しい問題にいかに対処していくのかという部分は、読んでいてかなり面白いなと思いました。
また別の読みどころとしては、恋愛がありますね。本作の恋愛は非常に倒錯的で普通ではなくて、そこが実に面白いし、いわゆる腐女子と呼ばれる方々にはキュンキュンしてしまうのではないかと思われるような場面がたくさんあるわけなんです。
すべては、寧温が男と偽っているということが問題なんです。寧温(真鶴)はとにかく絶世の美女であり、男装をしてもその魅力は隠しきれるものではありません。その魅力に、評定所内唯一の味方である朝薫(これはもちろん男です)が惹かれていくわけです。
しかし朝薫はもちろん寧温のことを男だと思っているわけなんです。これまで自分は普通だと思ってきたけど、もしかしてホモだったのだろうか。いやでも、寧温への気持ちは本物だ。もちろん叶うことのない恋だろう。自分の内側に秘めておくしかない。それでも、間違いなく僕は寧温のことが好きだ。というような葛藤に朝薫は常に悩まされ続けるわけなんです。
さて一方で、寧温も恋をすることになります。残念ながら寧温の気持ちは朝薫に向うことはなく、薩摩藩から琉球にやってきている浅倉という武士に恋をしてしまいます。そもそも薩摩藩の役人と琉球王国の役人が職務を超えて親密になるなど不可能であり、さらに寧温は男であると偽っているわけで、到底叶うはずのない恋なわけです。寧温は真鶴を捨てる時、女のすべてを捨てたつもりでした。しかし、寧温の中の真鶴が浅倉を目にするとうずき始めるわけなんです。寧温は、宦官と偽って女を捨てたこの人生は本当に正しかったの?と自問することになります。
しかしある時、チャンスがやってきます。ちょっとネタばれになってしまうので申し訳ないんだけど、諸事情あって真鶴の姿でいる時浅倉に会い、そこで求婚されるんです。しかしやはり寧温は女の幸せを追求する生き方は許されないらしく、運命が二人を引き裂いていくことになります。
他にもいろんな方向に恋愛の話が広がっていって、しかもそれは、寧温が男であると偽っているがために非常に複雑になっていくんですね。この恋愛に関わる部分も実に面白いと僕は思います。
また本作では、評定所筆者を始め男が属する役所である王宮の他に、男が入ることを一切禁じられている御内原と呼ばれる部分も描かれます。ここは、要は大奥であり、また聞得大君と呼ばれる祭事を司る王族神や王妃なども所属する、まさに女の園です。ここで描かれる女同士の争いはなかなか壮絶で凄まじいものがあります。寧温は宦官であり男でも女でもあるという理屈から、この御内原にもガンガン入って行って、さらに敵を増やすことになるわけです。また寧温と関係ない部分でもこの御内原はことあるごとに出てきて、騒がしい女たちが騒がしいやり取りを繰り広げています。読んでいると、誰が誰なのかよくわからなくなってしまうくらいいろんな人が出てくるので大変なんですけど、女がこれだけ集まると、そりゃあ問題が起きない方がおかしいわな、と思うようなドタバタが繰り広げられていきます。
とここまでいろいろ書きましたが、この感想で触れたのはほぼ上巻についての内容のみです。下巻の内容についてはほぼ触れていません。下巻まで踏み込んでしまうとちょっとネタばれが過ぎるかなという配慮のつもりなんですけど、盛りだくさんなストーリーだと思いませんか?下巻はもっととんでもない展開になっていきます。まさに、波乱万丈の二乗のようなストーリー展開で、読んでて飽きることがないし、早く先を読みたくて仕方ないんですね。ここまで読書にのめりこんだのは、ここ最近では本当に久しぶりの体験でした。ここまで面白い本はなかなか出てこないだろうなと思います。
とにかく、是非是非読んでみてください。確かにかなり長い作品なので躊躇してしまうかもしれないけど、読むだけの価値はあります。もう、とんでもない傑作です。ヤバいです!鬼スゴイです(死語)!この本を読まないなんて人生を損していると思います。
まあそんなわけでですね、面白いことこの上ない傑作中の傑作、是非読んでみてください。

追記)amazonの評価では、かなり辛口な評価の方もいます。内容紹介をざっと見て、重厚な歴史小説だと勘違いしたためにそういう評価になったというものが多いみたいですね。本作は、完全なるエンターテイメントです。エンターテイメントを純粋に楽しめるというう方が読むと面白いと思えると思います。

池上永一「テンペスト」









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2013年ベスト

2013年の個人的ベストです。

小説

1位 宮部みゆき「ソロモンの偽証
2位 雛倉さりえ「ジェリー・フィッシュ
3位 山下卓「ノーサイドじゃ終わらない
4位 野崎まど「know
5位 笹本稜平「遺産
6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
7位 須賀しのぶ「北の舞姫 永遠の曠野 <芙蓉千里>シリーズ」
8位 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日
9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
16位 藤谷治「世界でいちばん美しい
17位 神林長平「言壺
18位 中脇初枝「わたしを見つけて
19位 奥泉光「黄色い水着の謎
20位 福澤徹三「東京難民


新書

1位 森博嗣「「やりがいのある仕事」という幻想
2位 青木薫「宇宙はなぜこのような宇宙なのか 人間原理と宇宙論」 3位 梅原大吾「勝ち続ける意志力
4位 平田オリザ「わかりあえないことから
5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
6位 小阪裕司「「心の時代」にモノを売る方法
7位 渡邉十絲子「今を生きるための現代詩
8位 更科功「化石の分子生物学
9位 坂口恭平「モバイルハウス 三万円で家をつくる
10位 山崎亮「コミュニティデザインの時代


小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
10位 エイドリアン・べジャン+J・ペタ―・ゼイン「流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則
11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
7位 ジュディ・ダットン「理系の子
8位 笹原瑠似子「おもかげ復元師
9位 古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち
10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
11位 石井光太「遺体
12位 佐野眞一「あんぽん 孫正義伝
13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
19位 二村ヒトシ「すべてはモテるためである
20位 平川克美「株式会社という病

2011年ベスト

2011年の個人的ベストです
小説
1位 千早茜「からまる
2位 朝井リョウ「星やどりの声
3位 高野和明「ジェノサイド
4位 三浦しをん「舟を編む
5位 百田尚樹「錨を上げよ
6位 今村夏子「こちらあみ子
7位 辻村深月「オーダーメイド殺人クラブ
8位 笹本稜平「天空への回廊
9位 地下沢中也「預言者ピッピ1巻預言者ピッピ2巻」(コミック)
10位 原田マハ「キネマの神様
11位 有川浩「県庁おもてなし課
12位 西加奈子「円卓
13位 宮下奈都「太陽のパスタ 豆のスープ
14位 辻村深月「水底フェスタ
15位 山田深夜「ロンツーは終わらない
16位 小川洋子「人質の朗読会
17位 長澤樹「消失グラデーション
18位 飛鳥井千砂「アシンメトリー
19位 松崎有理「あがり
20位 大沼紀子「てのひらの父

新書
1位 「「科学的思考」のレッスン
2位 「武器としての決断思考
3位 「街場のメディア論
4位 「デフレの正体
5位 「明日のコミュニケーション
6位 「もうダマされないための「科学」講義
7位 「自分探しと楽しさについて
8位 「ゲーテの警告
9位 「メディア・バイアス
10位 「量子力学の哲学

小説以外
1位 「死のテレビ実験
2位 「ピンポンさん
3位 「数学ガール 乱択アルゴリズム
4位 「消された一家
5位 「マネーボール
6位 「バタス 刑務所の掟
7位 「ぐろぐろ
8位 「自閉症裁判
9位 「孤独と不安のレッスン
10位 「月3万円ビジネス
番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)