黒夜行

>>2009年01月

できるかな(西原理恵子)

今日は、担当を持っている書店員なら皆体験したことがあるだろう不思議な現象について書こうと思います。
それが、「外した途端に聞かれる」あるいは「外した途端に売れる」というものです。
少し説明が必要でしょうか。「外した途端に聞かれる」というのはまあ分かるかと思います。売り場から外してすぐ、その本がないか聞かれる、ということですね。「外した途端に売れる」というのもほとんど同じようなものです。僕の場合、売り場に平積みにしている本はほぼすべて棚にも入れています。つまり、平積みを外した途端に棚から売れる、という意味です。
これはホントみんな体験するはずなんです。書店系のブログを読んでいても結構書かれますしね。ホントに不可思議な現象なんですよね、これ。
ついこないだもそんなようなことがありました。3週間ほど1冊も売れていなかったある文庫を売り場から外したんです。その文庫の場合、たまたま平積みで置いている期間は棚に入れていなかったんですけど、平積みを外した時に、まあ棚に1冊残しておくかと思い棚に入れておきました。するとその1時間後ぐらいに、その本が売れたんです。3週間平積みで置いていたのに1冊も売れなかった本ですよ。しかもこの本は、3箇所ぐらい場所を変えて展開していたんです。それでも動きは鈍かった。それなのに、平積みから外した途端棚で売れるんです。
昨日は、「売り場から外した途端聞かれる」というパターンもありました。昨日は新潮文庫の新刊が出ました。新潮文庫の新刊は点数が多いので、どうしてもたくさん外さないと置ききれません。そこでいろんな文庫と共にある文庫を外したんですけど、外して本当にすぐに問い合わせがありました。その本も、2週間ぐらい前に新刊が出た時に1冊売れたきり全然売れていない本だったんです。ずっと、文庫の売り場としてはトップクラスにいい場所に置いていたにも関わらずです。本当にこういうことは日常茶飯事なんです。書店員の皆様、経験ありますよね?
こういうことに対応するのに、僕がやってきた売り場作りというのは多少効果があります。僕は以前どこかで書きましたけど、出版社の棚の前にその出版社の文庫を平積みにしていません。例えば多くの書店では、新潮文庫の棚の前に新潮文庫の平積みがありますが、僕の売り場では、出版社に関係なくいろんな本がバラバラに並べられています。だから僕のやり方だと、ある一つの文庫を何箇所にでも移すことが出来ます。実際、自分が売ろうと思っている本は、売り場から外す前に5,6箇所くらい場所が変わることもざらです。
こういう売り場だと、こういうことが起こります。ある場所から別の場所へと文庫を移動させた時、お客さんは売り場からなくなったと思って棚から買います(これまでずっと書いてきた、「外した途端に売れる」というパターンです)。しかし実際には売り場からは外していないので、平積みになっているものから棚に再度補充し直すことが出来るし、また移動先でもまた本が売れるということになります。書店員を悩ませる不可思議な現象にうまく対応できている売り場ではないか、と自分では勝手に思っています。
何でこんなことが起こるんでしょうね。普通に考えればこうなるでしょう。お客さんは売り場にある本を認識して、買おうかどうしようか悩んでる。来店する度その本を見て買おうかどうしようかと悩んでいるんだけど、ある時売り場からその本がなくなってる。そうなると、逃した魚は大きいみたいな心理(?)で、よし買おうという気になるのかもしれません。あるいは、平積みになっている状態ではいつでも買えると思って先送りにするんだけど、平積みからなくなると手に入らないかと思って棚を見るとある。よしじゃあそろそろ買おうかということになるのかもしれません。まあ基本的にはこういうようなことだろうなとは思っています。
しかしかつて僕は、この仮説に反する事例にも出会ったことがあります。僕はバックヤードに、売り場に平積みにしている本のストック(これ以上積んだら高くなりすぎるというところまでしか積めないので、それ以上の在庫はストックになる)を持っているのだけど、ある文庫はたくさんストックを抱えているにも関わらずそんなに売れていない。これは仕方ないと思って、そのストックの分だけ返品したんです(売り場の在庫は一切変化なしです)。でもそれからその本がまた売れ出したんです。もちろん、ただの偶然でしょう。僕がストックを返品したタイミングで、何か話題になったとか何とかそんなことでしょう。でもそういうことがこれまでに2,3回はあったと思います。だからたまに、ストックを返したらまた売れるようになるかもしれないと思って返品してみますが、まあそううまくはいかないですね。今は、東野圭吾の「探偵ガリレオ」「予知夢」
の売れ行きが鈍り始めてきたので、ストックを返品しようかどうしようか悩んでいますけど、どうしようかなぁ。
まあそんなわけでですね、書店員としては平積みになっている時に是非お買い上げいただきたいものだ、と思うわけなんであります。いつ売り場からなくなってしまうか、分かりませんからね。
そろそろ内容に入ろうと思います。
本作は、西原理恵子がいろんなことに「できるかな」と思いながらも挑戦していく企画をマンガにしたものです。まあ何ともアホらしい企画ばっかりで、凄いです。西原理恵子の作品はこれで三作目ですが、西原理恵子って昔は結構大変な方だったんですね。今では「毎日かあさん」みたいな非常に幅広い読者層を対象にした作品を書いていますが、昔はそれこそ一部のコアな人間しか食いつかなそうな微妙なことばっかりずっとやっています。なんつーか、とんでもない人だな、と。
冒頭の話からして無茶苦茶ですよ。偽テレカを作るところから何故かガイガーカウンターを自作。その効果を確かめるために、放射能漏れで有名になったもんじゅに行く、という企画です。ありえないくらい無茶苦茶です。
その他にも、性に乱れているらしい新島にナンパされに行く話とか、鴨ちゃん(西原理恵子の元夫)と一緒にタイをうろうろする話とか、岸和田のだんじり祭りに参加してみるとか、まあとにかくそんなことばっかりやっている話なんです。
しかし、タイの話はすごかったです。テレビ番組で今日の死体というコーナーがあるとか、金玉マッサージがあるとかって話もすごいですけど、鴨ちゃんが買ったというマンションの話がまたすごい。未完成のマンションを買ったのだけど、とにかく全然完成しない。施工を担当している職人の家族が、未完成の建物の中で家族を呼んで寝泊りしてしまう。しかも仕事が酷い。欠陥だらけ、っていうかどうやったらこんな仕事になるのってな具合。タイ人はすごい。
しかしそんなタイ人をも上回るのがインド人で、とにかく最強。タイ人に勝つことが出来る唯一の人種として西原理恵子の中でインプットされる。西原理恵子自身もインド人とバトルするも、虚しく完敗。インド人と喧嘩をしても無意味であると体で実感するのである。
まあそんなわけで、かなりハチャメチャな話の多い本です。体張ってます。ロッキンオンって雑誌で連載されていただろう音楽の話はあんまり興味がもてなかったんだけど、まあ全体的にはそれなりに面白い話でした。興味があったら読んでみてください。

西原理恵子「できるかな」



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Box!(百田尚樹)

そろそろ内容に入ろうと思います。
本作は、先ほど話に出した本屋大賞のノミネート作の一冊です。2月の終わりまでにノミネート作をすべて読んで投票をしなくてはいけないのでなかなか大変です。僕の場合、本作を読み終わったのであと4冊。でも結構重量級のが残っているのでヘビィなんです。
高津耀子は電車でガラの悪い若者にからまれてしまった。その時、一人の男がやってきて、その若者たちをなぎ倒していく。まる風のようだ。あまりに驚いたせいでその男の顔にお礼を言うのを忘れていた。
数学を受け持っている耀子は、学校の特進クラスで昨日電車で見かけた少年を見つけた。風のように若者をなぎ倒していった少年と一緒にいた子だ。木樽という、授業料が免除になっている秀才だ。昨日の風のような少年とは正反対にひょろっとしている。耀子は知らなかったが、木樽は中学時代いじめられていた。
木樽に昨日の少年のことを聞くと、体育クラスにいる鏑矢だという。同じ学校の生徒だったのだ。お礼に行こうとするが、あまりにもふざけた人間なので呆れて立ち去ってしまう。
そうして耀子はボクシングと関わっていくことになる。
鏑矢は1年ながら、ボクシング部で一番強かった。中学時代からジムで鍛えられていたらしいが、それだけではない。天性の才能があるのだ。まさにボクシングをするために生まれてきたような男。常人とは思えない反射神経と考えられない身体の動きは、普通の練習では決して手に入れられるものではない。
耀子は成り行きでボクシング部の顧問になることになった。初めて触れるボクシングというものに圧倒されながらも、さらに鏑矢という男に強く惹かれるものを感じた。あの時感じた風のようだという感覚は間違っていなかった。まさに鏑矢のパンチは風のようだったのだ。
一方で木樽は、とあるきっかけからボクシング部に入部することに決めた。これまで運動なんて全然したことものない、中学時代はいじめられていた木樽がボクシングをやると決めて周囲は驚いた。監督は了承したが、すぐ辞めるだろうと思っていたようだ。
しかしそれから木樽は死ぬほど練習した。走りこみ、腕立てや腹筋をして基礎体力をつけながら、監督から教わったジャブとストレートだけを律儀に練習し続けた。木樽は驚くべき速さで上達していく。
その頃アマチュアボクシング界を震撼とさせていた稲村という高校生がいた。ボクシングを始めてから無敗という考えられない強さを誇る化け物に、彼らは立ち向かったいくことになるのだが…。
というような話です。
「永遠の0」という作品で大いに話題になった著者の最近作です。
僕は「永遠の0」は正直微妙だなと思ったんだけど、本作は結構面白かったなと思いました。ボクシングのことなんか全然知らないけど、なかなか楽しめる作品でした。
まあ言ってしまえばよくあるスポーツ物の作品ではあるんです。スポーツ物の作品というのは、やはりどうしても型が決まってしまう部分があります。天才が出てくるとか、ライバルみたいなのがいるとか、試合の展開とかそういうようなことでいろいろとよくある設定になってしまうんですね。もうそれはスポーツ物の小説を書く上で宿命みたいなもので、そういう型から外れた作品というのはなかなか難しいんです。だからその型の中でいかに面白い作品を生み出すかということになっていくと思うんだけど、本作はなかなかうまく出来ていると思いました。
まず鏑矢という天才がいます。もう彼はとにかく天才的に強い。ホントに才能がある奴で、練習も真剣にやらないんだけどバシバシ勝てる。本人も自分の強さを自覚していて、練習なんてそこそこでいいし、試合では負けるわけがないと思っている。と言っても嫌な奴ってわけでもなくて、ムードメーカーだし、ボクシング部の精神的な柱にもなっている男だ。本作での主人公の一人で、鏑矢がその後どんなボクシングをやっていくのかというのが本作の読みどころの一つである。結構波乱万丈と言っていいでしょう。後半での別の意味での成長っぷりは目を見張るものがあるし、ちょっと泣きそうになりました。
ただそんな鏑矢よりも遥かに成長するのが木樽です。申し訳ない、ちょっとだけネタバレしてしまうけど、木樽はたった一年でべらぼうに強くなるんです。もうべらぼうに、です。超絶的な努力と、その素直な性格、そして後々才能があるといわれるようになったその資質によって、木樽はぐんぐん強くなっていくわけなんです。
僕が思うに本作を読んだ人の感想は、この木樽の成長をどう受け止めるかで二分しそうな気がします。こんな風に急速に成長することはありえないという人と、その成長を受け入れた上で物語を楽しむ人ということです。
世の中には、現実を舞台にした作品の中でちょっとでもありえないことが書かれると読む気がなくなるとかその作品を駄作だと思う人がいるみたいです。本作で言うとしたら、「木樽の成長はあまりにも非現実的だからこれは駄作だ」というような主張ですね。でも僕は、そういうのは全然気にならないんです。僕の場合は、どれだけありえないことが書かれていても、それがきちんと描かれていれば(つまり携帯小説のような適当な描写ではダメということですが)、僕はそれを受け入れた上で物語を楽しむことが出来ます。本作での木樽の成長は確かに僕も急速すぎると思うし、恐らくボクシングに詳しい人ならありえないと思うような成長なのではないかなと思います。しかしそこをあげつらって「この作品はダメだ」と言うような評価は僕はあんまり好きではないんですね。木樽の成長がありえないほど早すぎるとしても、その過程はしっかりと描かれるし、それに見合うかどうかは別として木樽はとんでもない努力をしているわけです。そういう風にきちんと描いていればまあ僕はいいんじゃないかなと思うわけです。まあ恐らくこの木樽の成長に関する部分が、本作の評価を分けそうな気はします。
この鏑矢と木樽の成長が二枚看板(言葉の使い方間違ってるかもだけど)となって本作は進んでいきます。基本的にずっとボクシングの話です。高校での恋愛の話があったり、ボクシングとは関係のないハプニングがあったりなんていうことはほとんどありません。ほぼ全編ボクシングの話なので、ボクシングについて知らないとか興味がないという人は大丈夫だけど、ボクシングを嫌悪しているという人は読まない方がいいでしょう。
僕もボクシングについては全然知らないんだけど、それでも本作は普通に読めます。もちろん試合中、どんなパンチを打ってそれをどう避けるかなんてことを詳しく描写されても全然イメージ出来ないんだけど、それでも文字を追っているとなんとなくだけど試合の展開が分かるんですね。というか、どっちが優勢でいまどんな感じか、ということぐらいですけど。試合のシーンをそこまでくどくど描かず、割と短い文章でさらっと描いていくので読みやすいです。それでも、重要な試合についてはやっぱり結構長いこと描写がありますけど、ボクシングについて詳しくなくても別に読むのに辛いということはありません。
しかしボクシングというのはなかなか奥の深いスポーツですね。確かに、強ければ勝てるんだけど、では何をもって強いといえるのかというのが非常に難しい。鏑矢はとんでもない才能を持っているもの凄い強い男だけど、でもそんな鏑矢でも負ける。これまでボクシングっていうのは喧嘩の延長だと勝手に思っていたんだけど、しっかりとした技術に裏打ちされた科学的なスポーツなんだっていうことが初めて分かりました。ジャブとかストレートとかも、無茶苦茶練習しないとちゃんと打てるようにはならないみたいですね。素人とボクサーが喧嘩をして素人がまず勝てないのは、このしっかりとしたパンチが打てるかどうかなんだそうです。木樽が成長していく過程の描写で、そのボクシングの技術に関していろいろと話が出るんだけど、結構深いんだなと思いました。
しかし僕もボクシングとか始めたら、木樽みたいに実は眠っていた才能が目を覚ますなんてことはないかなぁ。っていうかもちろんやる気ゼロだけど(笑)。ついこの間、待ち合わせに遅刻しようになって駅まで走ったんだけど、3分くらいでぜぇぜぇでしたからね。運動とかマジ無理っす。書店員は結構力仕事立ち仕事だけど、それでも昔に比べたら相当体力落ちてるなぁと思いました。友人がフルマラソンをいろんなところで走っているみたいですけど、ホント信じられません。
本作では、ボクシング部のマネージャーで丸野という女の子が描かれるんだけど、僕はこの丸野が結構好きでした。天然というのかよく分からないのだけど、何とも掴み所のないキャラクターで、面白かったです。丸野は身体が弱くって昔から運動が出来なかったこともあって、それでボクシングをやって光っている部員に惹かれたみたいなところがあるみたいです。っていうかマネージャーになったきっかけは鏑矢に惹かれたっていうことなんですけどね。初めはブサイクだなぁとか言われて鏑矢には疎まれていた丸のだったけど、次第にボクシング部にはなくてはならない存在になっていきました。病気がちで入院してたりしてあんまりストーリーには関わってこないんだけど、それでも非常に存在感のあるキャラクターでした。
僕の中でスポーツ物のベストというのは「風が強く吹いている」「一瞬の風になれ」「DIVE!!」の三作で恐らくこれは不動です。本作は、やっぱりそれらのレベルにまでは行かないですけど、でも僕がこれまで読んできたスポーツ物の中でもかなりトップクラスにいい作品でした。後半は泣きそうになる場面も結構あったりして、緩急うまく描き分けられた作品です。ちょっと長いかもしれませんが、面白い作品です。是非読んでみてください。

百田尚樹「Box!」






ヒトゲノムを解読した男 クレイグ・ベンター自伝(クレイグ・ベンター)

さて今日は、内容について触れるのに時間を割きたいので、前回予告した賞についての話(新人賞以外の直木賞や本屋大賞についての話)はまた後日にすることにして別の話を書こうと思います。何でもいいんですけど、ついこの間あったばかりのお客さんからの問い合わせについて書こうかなと思います。
木曜日の夜のことですが、とあるお客さんから電話で雑誌の予約をしたい、という連絡がありました。その方はウチの店で定期購読をしてくれていて名前を知っていたし、また大ファンだというある方の記事が少しでも載っている雑誌はすべて買う、というお客さんです。
さて電話口でそのお客さんに、「ヴォーチェを取り置きして欲しい」と言われました。というか、正確に書くと僕にはそう聞こえました。僕の中ではすぐに、女性誌の「VOCE」が頭に浮かび、なるほど分かりました、とその予約を承りました。まあ恐らくその大ファンだという方の記事が「VOCE」に載るのだろう、と僕は思っていたわけです。
しかし「VOCE」の発売日そのお客さんが来た時、レジでは一時混乱があったようです。そのタイミングで僕は休憩だったので実際その場にいたわけではないのですが、その後話を聞く限りこういうことだったようです。
まずお客さんは電話口で「ゴーチェを取り置きして欲しい」と言ったのだそうです。それを僕が「ヴォーチェ」と聞き間違えたわけです。しかし実際、「ゴーチェ」という雑誌は存在しない(はず)です。そこでレジで混乱が起こったのだそうです。しばらく色んな人が調べてようやく達した結論は、お客さんが欲しがっていた雑誌は「GOETHE」なのだということです。
この雑誌名、読めますか?僕は知っているから読めますが、これは「ゲーテ」と読みます。お客さんはその雑誌を「ゴーチェ」だと思っていたらしく、そしてそれを僕が「ヴォーチェ」と聞き間違えた、という話です。
お客さんからの問い合わせにおける情報の不確かさについてはまた別の機会にきちんと書こうかなと思っていますが、こういうことは割とあります。これも以前あった話ですが、「ネオ」という雑誌を聞かれた時、正しくは「MOE(モエ)」だったり、あるいは「デナイトクラブ」という雑誌を聞かれた時は「Daytona Club(デイトナクラブ)」だったということがあります。もちろん、お客さんの覚え間違いにすぐ気づくこともたくさんあるわけですが、どうしても辿り着けない場合もあります。後から気づいて、どうして気づかなかったんだろう、と思うこともよくあります。
お客さんは、他の細かな情報についてはよく覚えてくれるんだけど(表紙がどんなだった、値段がいくらぐらいだった、電車の中吊りの見出しはこうだった、出版社はどこだetc)、タイトルについては正確な情報を持ってきてくれないことが結構多いです。ただそれを責めるのはなかなか酷と言うもので、何故なら僕も個人的に探している本の正確なタイトルが思い出せないことがたまにあるからです。これからも、お客さんの記憶違いから正しい情報にアクセスできるように、日々色んな知識を蓄えていきたいと思っています。
そろそろ内容に入ろうと思います。
本書は、世界で初めてヒトゲノムを解読したとある科学者の自伝です。正直読み始める前はあまり期待していなかったんですけど(定価2800円の本を買っておいて期待していないも何もないけど)、これがものすごく面白い本で、しかもこのクレイグ・ベンターという人はとんでもない科学者だなと思いました。
僕は理系的な知識は大好きだし、物理や数学に偏っているとは言え、そういう関連の本は結構読んできたつもりです。しかしこのクレイグ・ベンターという科学者については名前すら聞いたことがなかったですね。ゲノミクスの世界では、恐らく世界で最も有名で、そして世界で最も困難な道を辿った科学者だと言ってしまっていいでしょう。
彼の人生を一文で要約すると、こうなるでしょう。

『彼は「仲間」と「科学的成果」には恵まれたが、「上司」と「敵」には恵まれなかった』

クレイグ・ベンターは、決して優秀ではない子ども時代を過ごしました。悪戯好きで冒険好きの、そして勉強などまったく興味のない、まあ割とどこにでもいる子どもでした。今で言うADHDのような子どもだったようですが、概ね順調な子ども時代を過ごしていたようです。
大学生の頃、彼はベトナム戦争に巻き込まれることになります。学生であったけど徴兵され、海軍に所属することになります。そこでのIQテストでトップクラスの成績を収めた彼は、行きたい部署を自由に選べることになります。彼は、兵役期間の延長が唯一なかったというだけの理由で衛生兵を志願することになります(誰も教えてくれなかったのだけど、兵役期間の延長がなかった理由は、衛生兵の死亡率が高かったからだそうです)。このベトナムでの経験が、彼の運命を大きく変えることになります。
砲弾飛び交うベトナムの地で、彼は衛生兵として一心に働きます。医学の心得など元々なかったけれども、彼はその素晴らしい力量を変われ、孤児院に治療に行ったり、あるいは伝染病の研究に携わったりと様々なことをします。一方で、重症患者を何人も看取り、その経験から生命について強い興味を惹かれることになります。
ベトナムで強く印象に残った二人の兵士について、彼はヒトゲノムの解読を発表する記者会見の場でも触れています。一人は適切な処置によって必ず助かると思われていた兵士なのだけど、精神の方が弱っていたのだろう、肉体的には回復するはずだったその兵士は死んでしまった。一方で、間違いなく助かるはずがないと思われていた兵士は、その後三日間生き延び、それどころが元気に話をし続けた。この二人の兵士の経験が強く残り、彼に生命の神秘を探る道へと向かわせた。
ベトナムから引き上げると彼は必死で勉強を始め、大学に入学する。それからしばらくもしない内に、ものすごく有名な科学者の元で研究を始めることになった。彼の当時の興味はアドレナリンに向けられていて、大学に入学して一年も経たない内に、博士課程の学生が5年掛けて仕上げるよりも多くの論文を一流誌に発表するまでになっていた。それほど彼は独創的な視点があったし、研究熱心だった。
その後彼は別の大学に呼ばれそこで研究を始めることになるのだけどどうもうまく行かず、その後NIH(ベセスダ国立衛生研究所)という当時の(今もかもしれないけど)アメリカにおける医学研究の最高峰からのオファーを受けることにする。普通研究費は外部に書類を提出して審査を受けてようやく手に入るものだけど、NIHでは所内研究枠があるおかげで、所長の許可があればいつのでも研究費が下りるという環境にあった。そこに惹かれて彼はNIHに移ることにしたのだった。
彼の興味は以前アドレナリンにあり、それについて深く知識を深めるために、DNAのゲノム解読に乗り出すことになる。彼はNIHで、後にEST法と呼ばれることになる、従来のゲノム解読とは違った手法を開発し、それによりNIHの彼の研究室は当時世界最大のゲノム解読の場となった。しかしこのEST法は、当時からそして大分後になるまで、科学界では胡散臭いものだと思われていた。しかしこれは、純粋な彼の成果に対する評価ではない。この頃分子生物学と呼ばれる分野ではゲノミクスに関する既得権益のようなものが発生しつつあり、彼の編み出したEST法がその既得権益を脅かすものとして攻撃を受けたのだった。そのため、EST法を使った研究に対してどれだけ説明しても、外部の助成金はもちろん、自由に研究費が下りるはずのNIH内部の研究費さえも回ってこない状態だった。彼の編み出したEST法はその後主流になるが、当時としては画期的すぎ、またその正確さを十分に確かめることが出来ないこともあって、彼は随分と苦労することになる。
さて当時から彼は、一人の重鎮と対立し続けていた。ジェームズ・ワトソンという、DNAの二重らせん構造を発見した一人である。当時からワトソンは、ゲノミクスの重鎮であり、そしてワトソンはベンターのことを毛嫌いしていた。ワトソンはゲノミクスの中心的な人物であり、ベンターとしては協力関係を築き、科学の発展に寄与したいと考えていたのだけど、しかしワトソンは科学の発展などには興味がないようで、いかに既得権益を守るかに汲々とする、小物だった。しかしベンターはながらくこのワトソンに苦しめられることになる。
EST法に関する特許問題にも煩わされた彼の人生は、ここから大きく変わっていくことになる。民間の製薬会社がベンターに接触し、TIGR研究所と呼ばれる、ベンターを所長とする民間の研究所を設立することになったのだ。TIGRで彼は、自身が開発したEST法を使い、ゲノミクスに関わるありとあらゆる研究をすることになる。
しかし、自分の研究所を持つという彼の夢も、そう長くは続かなかった。問題は、TIGR研究所が民間の製薬会社と繋がっているということだ。ベンターは、TIGR研究所での成果はすべて公表し、そこで得られた遺伝子データはパブリックドメイン(誰でもアクセス出来るデータベース)に登録するべきだ、と主張し、契約にもそれを盛り込んだはずなのだが、しかし製薬会社はベンターの研究成果を出来る限り公表を遅らせ、またその特許を次々に取り、自分達に有利な情報を囲い込もうとあらゆる策を練ってきた。しかも、民間の製薬会社がバックにいるために、公的な助成金を受けにくくなっていた。公的な助成金による研究で、民間の製薬会社を儲けさせるのはいかがなものか、というわけである。彼は研究仲間にも恵まれ、また様々なトップクラスの研究成果をものにしていったのだけど、しかし製薬会社との関係は悪化するばかり、彼は常に政治的なやり取りをせざるおえなくなっていた。
しかし彼は、さらに大きな渦に巻き込まれていくことになる。
TIGR研究所時代に、ヒトゲノムの解読に興味が出てきた。ヒトゲノムの解読計画は、世界中の研究機関を巻き込み、アメリカやイギリスが主導となって行われていた。その中心は、先ほども出てきたワトソンと、もう一人フランシス・コリンズという男だった。しかし、彼ら公的なプロジェクトは遅々として進んでいなかった。ベンターは、自分ならもっと効率よくヒトゲノムの解読を進められると考え、公的なプロジェクトとは別に独自の方法を模索することにした。
と書くとベンターが傲慢な人間に思えるかもしれないが、しかしベンターは好き好んで公的なプロジェクトと対立したわけではない。彼は、幾度となく公的なプロジェクトと共同研究を持ちかけている。ワトソンやコリンズといった反ベンター派とでも言う人々から様々な攻撃を仕掛けられていたにも関わらず、それでもベンターは公的なプロジェクトとの和解を常に模索していた。しかしそれでも、ワトソンやコリンズらはベンターを受け入れることはなかったし、ベンターの主張を理解することもなかった。結局ベンターは、公的プロジェクトの向こうを張って、独自の道を進むしかなかったのである。
彼は科学の進歩というものを常に最優先にしていて、自らの利益は二の次だった。特にお金についてはそうで、彼は数十億円という大金を手に入れるチャンスを何度もフイにしている。それもこれも、科学の発展を望んだためであり、得られた成果を囲い込むよりも、常に公表し続けパブリックドメインにするべきだと考えてきた。しかしそんなベンターのことを反対派の人間は、民間の研究所にいるというだけで、利益の追究に走っているなどと非難するのである。
ベンターはヒトゲノム解読のために、セレーラというベンチャー企業を設立することになる。これもとある民間の会社が持ちかけてきたもので、ベンターはTIGRの所長でありながらセレーラのトップにもなり、一定期間セレーラでヒトゲノムの解読を指揮することになった。
ベンターは独自の戦略によって、公的プログラムよりも早くそしてより精度の高い解読を目指した。公的プログラムの方は、莫大なお金をつぎ込んで、何年も掛けているのに大した進展はなかったのだが、ベンターはこれまでの手法に加え、公的プログラムが採用していないショットガン法という手法を駆使し、また最先端のコンピュータと化け物みたいな設備を組み上げ、たった9ヶ月というとんでもないスピードでヒトゲノムの解読を実現したのだった。
ここでも彼はすごかった。このヒトゲノムの解読は完全に彼とセレーラの功績であるのに、最後の最後になって共同研究ということにしようと言って近づいてきたコリンズの話を受け入れるのである。周囲の誰に言ってもバカバカしいと思われたが、しかしベンターはずっと公的プログラムとの和解を望んでいたし、またコリンズとの和解によって科学的成果を初めてホワイトハウスで発表できることにもなった。ヒトゲノム解読のニュースは世界中を熱狂させた。
しかしその後コリンズらは手のひらを返したようにまたベンターを非難し始め、結局ベンターはセレーラを解雇され、TIGR研究所に戻った。今では、彼が設立した三つの団体を統合し、J・クレイグ・ベンター研究所という世界最大の民間研究所を指揮している。現在はまた興味の対象が変わり、海や大気中の微生物のゲノミクスを調べることで、地球環境に役立てる技術を確立することに力を注いでいる。彼の研究は留まることを知らない。
内容紹介だけでえらく書きましたけど、すごいんですよホントに。普通科学系のノンフィクションというのは、そこで書かれる学術的な内容は恐ろしく刺激的であっても、その主人公の人生が劇的であるということはあまりないです。群論という数学の分野を確立したガロアが決闘で死んだりとか、ゲーム理論の分野で活躍し、精神を病んだ後ノーベル経済賞を受賞したナッシュや、あるいはポアンカレ予想を解決し、フィールズ賞を受賞されながらも、現在行方不明というペレルマンなど、いろんな人生の人間がいますが(しかし今挙げた例は全部数学者だなぁ)、しかしベンターほど波乱に満ちた科学者人生を送った者はいないのではないかと思えるんです。
とにかく彼の人生は、「上司」である民間企業と戦い、また「敵」であるヒトゲノム解読の公的プログラムの主導者と戦うというものでした。研究者としてのベンターの手腕はもちろんのこと、政治力を発揮するという点でも恐ろしくタフでした。もちろん常に完璧だったというわけでもないし、政府をバックに控えた公的プログラムのような大きな存在にまともに立ち向かって無傷でいられるわけはないのだけど、それでもベンターは常に前に進むために努力し、どれほど絶望的な状況にあっても最善を尽くすという姿勢を変えませんでした。そのために、ヒトゲノムの解読という偉業を成し遂げることが出来たわけです。
しかし本当に公的プログラムの人間達は酷いと思いました。特にワトソンとコリンズの小物っぷりは酷いですね。彼らのような、科学的発展よりも既得権益を優先するようなアホな科学者はさっさと消えてしまえばいいと本書を読んで強く思いました。
ベンターが特筆して賞賛されるべきは、常に科学的な発展を第一に優先していたということです。彼は民間企業をバックにして研究を続けましたが、しかし得られた研究成果を常に科学のために公表し、それをパブリックドメインにするという点は一切譲りませんでした。ベンターは、製薬会社の言っている通りにすれば巨万の富を得られたはずですが、しかし決して金にはなびきませんでした。彼は科学の発展を常に考え、特許を取って研究成果を囲い込むのではなく、誰でもアクセス出来るようにするべきだという信念を持って研究を続けました。そのお陰で、ゲノミクスの分野は驚くほど進展しています。もしベンターが金に目のくらむような研究者だったとしたら、恐ろしく悲惨なことになっていたでしょう。ヒトゲノムを解読しても、その成果は大金を払わなくてはアクセスできないものになっていたかもしれません。彼は、開発したETS法についても特許を取りませんでした。これもまた、広く使われることを望んでいたからです。とんでもなく独創的で、常に時代の先端を突き進んでいた科学者の良心が正しいものであったことを喜ぶべきでしょうね。ベンターは、その良心を貫き通すために多大な犠牲を払うことになったわけですけど。
僕はクレイグ・ベンターという科学者についてはまったく知らなかったわけですが、アメリカなんかでは一時期、悪人というようなレッテルが貼られていたようです。つまりそれは、公的プログラムの人間によるネガティブキャンペーンの成果なのだけど、人類史上最高の成果を挙げたと言っていい科学者に対する態度として本当に最低だなと思います。彼は、利益のために研究成果を隠そうとしているとか、あるいは彼が解読したヒトゲノムは不正確だったというような批判に常にさらされてきたわけです。また、民間企業からは、研究成果を公表しないようにという策略がやってくるしで、本当に大変な研究人生だっただろうなと思います。よくそれを乗り越えて偉大な成果を挙げてくれたものだと思います。
肝心のゲノミクスの部分に関する記述は、僕には結構難しかったです。元々生物の授業を受けたことがないので(物理と化学しかやってません)、基本的な知識がないんですね。それに、化学的な話も出てくるんだけど、僕は化学も結構苦手だったんです。物理の方が好きでしたね。だから、ヒトゲノムを結局どういう風に解読したのかという説明とか、あるいはアドレナリンの研究の時にどんなことをしていたのかということはよく理解できませんでした。
でも、普通の科学的なノンフィクションの場合、学術的名記述の理解が難しいと全体としての評価も下がってしまうものですが、本作はそんなことはまったくありません。本作は、ゲノミクスの話ではありますが、メインはやはりクレイグ・ベンターという男の自伝なわけです。そのとんでもない研究人生についての部分は、科学にそこまで興味のない人でも十分面白く読めるのではないかと僕は思っています。
本当はもう少しいろいろ、クレイグ・ベンターという男の凄さ、そして本作の良さを書きたいところなんだけど、時間も時間だし、もううんざりするぐらい文章を書いたのでこの辺にしておきます。結構長いし、ゲノミクスに関わる部分は割と難しいし、それに高いしで、なかなか手が伸びない本かもしれませんが、これは非常に面白い作品だと思います。ヒトゲノム解読という聖杯に、国家プロジェクトを敵に回して辿り着いたクレイグ・ベンターという男が歩んできた人生を、是非読んでみてください。

クレイグ・ベンター「ヒトゲノムを解読した男 クレイグ・ベンター自伝」



私はなぜ逮捕され、そこで何を見たか。(島村英紀)

ちょっと前に直木賞・芥川賞受賞作が発表になり、また本屋大賞ノミネート10作も発表になったので、今日は文学賞についてあれこれ書いてみようと思います。
まず文学賞というのは大きく分けて二つに分かれます。
一つ目が、江戸川乱歩賞や日本ホラー小説大賞のような、公募系の新人賞です。これは、一般から小説を公募し、最もよかった作品に賞を与えてデビューさせるというものです。海外ではどうなのか知りませんが、日本ではこの公募系の新人賞の数がとんでもなく多くて、作家になる道はものすごく開かれています。アメリカ何かだと、ちゃんとした名前は忘れたけど、代理人みたいな人を通じて作家になるようなことが多いんではないかなと思います。日本のように、コツコツ小説を書いて、それをコツコツ新人賞に応募していれば作家になれる、というのは非常に楽なんでしょう。ただこの公募系の新人賞があまりにも多すぎるために、大したことのない作家までが次々にデビューすることになるというのがどうかなと思いますけどね。しかもそうやってデビューした新人のフォローが出来ない出版社もあるようで、新人賞を設けている意味はあるんだろうか、と思ったりします。僕のイメージでは、最も新人育成に力を入れている出版社は、やっぱり講談社じゃないかなぁと思います。新潮社とか文芸春秋なんかはほったらかしのようなイメージがあります。
最近では、公募系の新人賞をいくつも受賞してデビューするようなケースも増えてきました。曽野圭介と早瀬乱という作家は江戸川乱歩賞とホラー小説大賞の佳作だかを取っているし、もっとすごいのは真藤順丈という作家で、ダ・ヴィンチ文学賞、電撃大賞、日本ホラー小説大賞、ポプラ小説大賞優秀賞とデビューまでに四つの新人賞を受賞しています。毎月一作必ず新人賞に応募することを自分に課していたとかで、まあなかなかすごいものだなと思います。
新人賞で最もいいものを選ぶとすると、まあなかなか難しいですが、最も初版の刷り部数が多いのはたぶん江戸川乱歩賞です。普通の作家でも初版1万部というのが当たり前の世界で、江戸川乱歩賞受賞作は初版5万部と言われています。新人の作品で、これほど初版を刷るのは、江戸川乱歩賞ぐらいだと思います。また最も賞金が高いのはポプラ小説大賞で2000万円、次いでこのミステリーがすごい大賞の1200万円だと思います。異才がデビューしていることで有名なのは、メフィスト賞と日本ファンタジーノベル大賞でしょうか。メフィスト賞は講談社が始めた画期的な賞で、賞と名前はついているけど賞金はなし、応募期限はなく、いい作品があれば年何作でも出す。これは、京極夏彦が「姑獲鳥の夏」の原稿を講談社に持ち込んだことによって始まったと言われていて、要するに持ち込み原稿を見るというスタイルを復活させようというスタイルの新人賞なわけです。審査も著名な作家などではなく編集部の人間がやっていて、面白いと思ったらすぐ出すという反応の早さもいいです。これまでも、森博嗣・清涼院流水・西尾維新・舞城王太郎・殊能将之などとんでもない才能を次々と送り出しています。最も、最近はちょっと落ち気味だと思いますけど。
日本ファンタジーノベル大賞もレベルが高いことで有名です。「しゃばけ」などで有名な畠中恵や、「太陽の塔」「夜は短し歩けよ乙女」の森見登美彦なんかがデビューしている賞ですが、賞の創設期に佐藤亜紀と酒見賢一を輩出したことでも有名です。
また、既になくなってしまった賞ですが、宮部みゆき・天童荒太・高村薫という超ビッグネームを輩出した日本推理サスペンス大賞という賞もありました。たった7年しか続かなかった賞ですが、その期間内にこの三人を輩出したというのはとんでもない賞だなと思います。
また以前ダヴィンチという雑誌の企画か何かで、様々な要素(どういう作家がデビューしているか、その新人賞を受賞した作家がどのくらい直木賞を受賞しているかなど)を数値化して、その上で最もいい賞を選ぶというのがあって、その時はすばる文学新人賞が最もいい賞だということになっていました。確かにこのすばる文学新人賞というのは安定して水準が高くて、また注目される度合いも割と高いです。ミステリがメインの江戸川乱歩賞やホラーがメインの日本ホラー小説大賞とは違って、広くエンターテイメントという感じの小説を公募しているし、「となり町戦争」とか「オロロ畑でつかまえて」など有名な作品も出しているので、なかなかいい新人賞ではないかと僕も思います。
また、短編の新人賞は受賞しても結構難しいとよく言われます。オール読物推理小説新人賞なんかは、石田衣良が「池袋ウエストゲートパーク」でとったり、「都市伝説セピア」の朱川湊がとったりで多少は有名ですが、しかし短編の新人賞を受賞してもなかなか単行本にまとまってデビューということにはならないんですね。短編だけでは本に出来ないし、かといって続きを書いて発表させるような場所もないし、書き下ろしでやらせるには時間が掛かるしと、あんまりメリットがないんですね。またオール読物推理新人賞なんかは文芸春秋がやっているんですけど、さきほども書きましたけど文芸春秋なんかは新人へのフォローがあまり厚くないと言われていて、作家の方に相当力量がないとデビューは難しいのだろうなと思います。
まあそんなわけで新人賞についてあれこれ書いていたら結構な分量になったので、もう一つの賞についてはまた次回覚えていたら書きます。直木賞や本屋大賞なんかはこのもう一つの賞の方に入ります。
最近、保坂和志という作家の「書きあぐねている人のための小説入門」という本が文庫になったんですけど、これがすごくよく売れているんです。作家になりたいと思っている人は多いんだろうなぁと改めて思いました。僕もあわよくば、とは思っていますが、まあ無理でしょうね。そううまくはいかないだろうと思います。
そろそろ内容に入ろうと思います。
本書は、なかなか奇妙な作品です。詐欺罪で検察に起訴されてしまった著者が、保釈が認められる一審の裁判が終わるまでずっと拘置所に拘束されていたのですが、その拘置所での生活について事細かに記した本です。自分がどうして逮捕されたのかという細部や、それに対する自分の主張などはほとんど書かれていなくて、刑務所内の食事とかこういう規則があるとかこんなことがあったというようなことをひたすら細かく書いている本です。
まず著者の略歴とどういう経緯で逮捕されたのかということをざっと書いてみましょう。
著者は世界的に有名な地震学者で、ノルウェーを始めとした各国で様々な成果を挙げ、また海底地震計と呼ばれるものを開発し、世界各地で海底の地震活動を観測している人です。元々北海道大学の教授でしたが、その後国立極致研究所の所長を務めていたようです。
さて事件は、北海道大学からの告訴で始まります。北海道大学は著者を、業務上横領の罪で告訴したわけです。著者が開発した海底地震計は北海道大学に所属するものであり、それを勝手にノルウェーの大学に売ったのだから業務上横領だ、というのが北海道大学の主張だったようです。
しかし検察は、業務上横領での立件を見送ります。業務上横領での立件は困難だと判断したのか、あるいは業務上横領での立件では点数にはならないと判断したのか分かりませんが、とにかく検察はノルウェーの大学を被害者とした詐欺罪で著者を起訴したわけです。
しかし裁判に証人として呼ばれたノルウェー大学の教授は、裁判ではっきりと「詐欺にあった覚えはない」と明言した、という何とも奇妙な事件なわけです。
正直本作を読むだけでは、事件の詳しい細部や著者が本当は無罪だったのかどうかという部分については何とも分かりません。日本の裁判史上過去に判例のなかった事例だったようで、被告と弁護士が司法に判断してもらいたいと思って提出した争点は無視され、結局検察側の話を鵜呑みにする形で著者の有罪(ただし執行猶予付き)が決まります。著者は地震予知は無理だという立場の研究者で、地震予知はもうすぐ出来るとことあるごとに主張している日本政府に対して楯突くようなことをやってきたのだけど、それが目に余って国策として逮捕されてしまったのではないか、という推測を著者はしています。
まあそんなわけで事件や裁判はかなり変わった顛末なわけだけど、しかしそれは本作のメインではありません。メインは、拘置所での生活についてのあれこれです。部屋の広さから机の大きさ、あるいはシャープペンシルの芯の長さに至るまでありとあらゆるもののサイズを測ったり、窓ガラスや鉄格子などの設備を分析したり、何月何日にはこんな食事が出たという話があるかと思えば、洗濯はどのように行われるのか、ノートやペンなどはどのように手に入れるのか、何をしてもらうにも願箋と呼ばれる紙が必要であること、生活のすすめみたいな内容のパンフレットについて、病気になったらどうなるか、運動やラジオについてなどなど、とにかく拘置所での生活の細部に至るまで事細かに記した作品です。自身が研究者であるので、その研究者の視点で見た時の拘置所での生活というものについて分析的に記してあるのが非常に面白いと思いました。
著者は当時65歳とかなりの高齢でしたが、著者は独房はある意味では天国だと書いています。著者は元々調査のために、世界各地の海で調査船に頻繁に乗っていたようです。船は揺れるし汚いしうるさいしで、その調査船と比べれば独房は遥かにマシだというのです。食事も、実に美味しいらしい。看守曰く、札幌拘置所の食事は恐らく日本で一番いい、看守の家庭料理よりもいいものを食べているとのこと。逆に最低なのは東京拘置所らしい。驚いたのは、旗日に何かデザート的なものを出すというのが法律で決まっているということ。そんな法律があるのか。
著者は171日間という長い期間拘置所暮らしを余儀なくされていたのだけど、その間ずっと接見禁止という措置が取られていたわけです。これは、弁護士以外の人間には会えないというもので、さらに外部からの差し入れもほとんどダメという厳しいものです。運動なども一人で行うというように、拘置所内でも他人との接触は禁じられているというほどの徹底振りで、これは結構辛かったようです。家族に会えないことも辛かっただろうけど、本が買えないことも辛かった。拘置所内では「官本」と呼ばれる図書館みたいな制度があってその本は読めるのだけど、古い本ばかりでしかも面白くないためにあまり読む気になれない。普通「私本」と呼ばれるものを自費で購入できるのだけど、接見禁止の措置が取られている著者にはその私本の購入も禁止されているのでした。しかしある時、弁護士から本を差し入れしてもらえばいいと気づき、本がない飢えは解消されたようです。
しかし裁判期間もずっと保釈が認められていなかったというのは酷い話だなと思いました。検察側は「証拠隠滅の恐れがある」といういくらでも拡大解釈の出来る条文を楯に著者を拘置所内に拘束するわけなんですけど、でも最近ではそういうケースが増えてきているようです。保釈が認められないケースが倍増しているとか。本作の随所に、日本の司法制度の不可思議な部分についてあれこれ触れているのだけど、日本の司法というのは本当に不思議で、というか適当で無茶苦茶だなぁと思いました。裁判員制度が始まったら、こういうのは解消されていくんでしょうか。だとすれば、裁判員制度も多少は賛同してもいいかもと思えるんだけど。
まあそんなわけで、とにかく拘置所での生活が事細かに記されている本です。読んでいて特別面白いわけではないんだけど、なるほどこんな風になっているのかと新鮮な気持ちで読めました。拘置所や刑務所なんていうのは普段関係ないところでありながら、いつ自分が関わることになるか(交通事故とか起こさないとは限らないですからね)分からない場所でもあります。少しくらい、中での生活について知っておくというのもいいかもしれません。家族が捕まっちゃうかもしれないですしね。まあそんな風に思わなくても、よくもまあこんな細かく拘置所での生活を記したものだなぁと感心できる本です。変わった本で、なかなかこういうことを知る機会はないと思うので、興味がある人は読んでみてください。

島村英紀「私はなぜ逮捕され、そこで何を見たか。」



動物学科空手道部1年高田トモ!(片川優子)

そろそろ内容に入ろうと思います。
本作は、中学三年の時に書いた「佐藤さん」という作品でデビューした著者の、たぶん最新刊です。
高田友恵(トモ)は、動物学科のある大学に入学した。あんなに大好きだったお姉ちゃんに反発してここに決めたのだ。いつもキレイで聡明だったお姉ちゃんのことが大好きだった。あのことがあるまでは。あれ以来、私はお姉ちゃんの真似をしなくなった。お姉ちゃんの価値観を忘れることにした。お姉ちゃんは動物が大嫌いで、トモは大好きだった。だからここに決めた。
大学では、女らしさを捨てるために空手道部に入った。女らしさ、それはお姉ちゃんに生まれた時から備わっていたかのようにあり続けたもので、トモが軽蔑することになったもの。女らしさなんていらない。
いつも一緒にいるような友達はすぐに出来た。すぐに気が合ってなかよくなった馬好きのミヤビ、可愛い女の子で恋愛の話に耳ざとい愛ちゃん、そしていつも寡黙でクールなマル。クラス呑みがあったり、と蓄現場の見学に行ったり、学園祭があったり、牛の世話をしたり、空手の合宿があったりする普通の大学生の日常の中で、トモは心惹かれる男の子と出会うことになるのだけど…。
というような話です。
相変わらずこの作家巧いです。この本を出した時点で獣医学科の二年生らしいんですけど、若いのにホントにしっかりした文章を書くなと思います。若い作家っていうのは概して文章がお粗末なことが多いんだけど、この作家はホントにちゃんとしています。余分なことを書きすぎないし、かといって描写に不足があるわけでもない。文章自体も読みやすいし、トモの内面描写も的確。乙一ほどとはさすがにいかないけど、本当に才能のある若い作家が出てきたなという感じです。
実際に大学生だからということもあるでしょうが、大学生の生活はやっぱりリアルですね。入学当初のぎこちない雰囲気とか、出会いがありそうな場でのそわそわっぷりとか、一方で動物学科らしくと蓄現場の見学とか牛の世話なんかの話もあったりして、大学生らしいなと思います。また著者も空手道部に入ったようで、そっちの描写もしっかりしています。空手の詳しい説明はイマイチよく分からなかったけど、楽しそうな雰囲気は伝わってきました。
ただこの著者の最大のテーマは、自分が経験していないことを書くことは出来るのか、ということだと僕は思います。まだこの著者の作品は二冊しか読んでいませんが、高校生の時に高校生を主人公にした「佐藤さん」を書き、大学生の時に自身と同じ動物系の大学でしかも空手道部に入った女の子を主人公にした本作を書いています。この二つからだけだと、自分が経験したことしか小説に出来ないのではないか、という疑問がやっぱり出てきます。これから作家としてやっていくのであれば、自分が経験していないことを調べたり人に話を聞いたりして小説にするということも大事なわけで、それが出来るのかどうかというところがこれからの課題ではないかなと思います。
著者は、微妙な人間関係とかちょっとした悩みみたいなものを描写するのがすごく巧いなと思いました。本作の主人公であるトモは、女らしさを捨てようと空手道部に入ったし、他の大学生のように浮かれてはいないというキャラクターなので、周りの人のことを一歩下がった視点で見ています。そのトモの目に映る大学生という生き物のあり方がなかなか新鮮で面白いと思いました。男の子と出会いのチャンスになりそうだと思えば化粧を直すために女子トイレが混んだり、可愛い女の子が恋愛のことだけを一心に考えて行動したりなんていう姿を目にする度にトモはうんざりするし、自分とは違う価値観で動いている人がたくさんいるのを見て違和感を感じたりします。そういうトモの価値観の方に僕は割と親近感を抱くので、面白いと思いました。
また、と蓄現場を見て動物を食べるということについてあれこれ考えたり、また部活を辞めると言った同期の女の子とその子に対する周りの態度に困惑したりと、純真なところも描かれます。こういうところで、トモの自己のなさみたいなものがきちんと描かれていて、巧いなと思いました。というのも冒頭で、これまではお姉ちゃんの価値観こそが自分の価値観だという生き方をしてきたわけで、でも高校生のある時急にそれがなくなったわけです。大学生になるまでに、「トモ自身」の価値観をしっかり組み上げることなんて出来るわけもなくて、その不安定な部分がいろんなところで描き出されているので巧いです。恋愛に関する部分では冷めていて、時に周囲に違和感を感じたり軽蔑しそうになったりするのに、それ以外の部分では自分の価値判断に自信が持てない、トモというのはそんな女の子で、そういう部分がきちんと描かれていきます。
そんなある日、好きだと思える男の子と出会って、トモは少しぐらつきます。しかし、ここが面白いところだと思うんだけど、トモは恋愛が優先にはなりません。あくまでも、空手が優先。一つのことを最後までやりきるという目標を初めに決めていたので、恋愛のために空手を疎かにするという選択肢がトモにはなかったんですね。そんなわけで、彼氏にいろいろ我慢させる恋愛になるんだけど、でも途中でトモは自信がなくなってしまうわけなんです。この過程もなるほどなと思いました。男の僕でも普通に理解できます。というか僕は、トモの性格にも似た部分を感じるんだけど、この彼氏の性格にも似た部分を感じていて、なるほどという風に思いました。
まあそんなこんなで、トモの一年間を描く作品なんですけど、トモの内面描写が絶妙で、ありきたりな恋愛小説ではないというところが非常に面白いです。というか、本作は恋愛小説というか青春小説で、恋愛はオマケというほど扱いは少なくないけどメインではないというような感じでしょうか。ストーリーに特別目新しさがあるわけでもないのに、読ませるんです。やっぱりなかなか期待の新人だなと思いました。いつかブレイクするんじゃないかと思う作家なので、是非読んでみてください。ただ、タイトルのセンスがイマイチかなぁと僕は思うんですけどどうでしょう。もう少しいいタイトルをつけられるといいと思うんだけど。




片川優子「動物学科空手道部1年高田トモ!」

九杯目には早すぎる(蒼井上鷹)

そろそろ内容に入ろうと思います。
本作は9編の短編やらショートショートやらが収録された作品です。

「大松鮨の奇妙な客」
旦那が浮気をしているから尾行してくれないか、と妻の友人の奥さんから依頼があり、探偵小説が大好きな蓑田はその旦那とやらを尾行することにするのだが、大松鮨という寿司屋で大将を怒らせるようなとんでもない食べ方をする奇妙な男で…。

「においます?」
ショートショート。浮気をして帰ってきた男の話。よくわからない。

「私はこうしてデビューした」
小説の新人賞を目指して応募を続ける相尾だが、今とんでもないことに巻き込まれている。相尾のファンだと名乗る人間が相尾のHPを通じて接触してきて、完全に理解できない戯言を繰り返しながらしきりに合作を持ちかけてくるのだ…。

「清潔で明るい食卓」
ショートショート。朝食と猫の話。よくわからない。

「タン・パタン!」
串本は行きつけのバーで、小野寺という厄介な男と出会ってしまう。きっかけは、携帯の着メロ。静かに飲みたい串本は、しかしバーに行く度に小野寺に話し掛けられうんざりする。会社でもイライラすることがたくさんあるのだが、バーにも行けなくなってしまいイライラが募る…。

「最後のメッセージ」
ショートショート。ストーカーに狙われた美人作家の話。まあまあ。

「見えない線」
バーテンダーをしているノリオは、バーにやってくるある女性が気になっている。しかしその女性には訳アリの彼氏がいる。時々話をするが、しかしどうしたらいいのかよくわからない…。

「九杯目には早すぎる」
ショートショート。バーでの会話。これはなかなかいい。

「キリング・タイム」
会社の上司である黒住の家の近くに住んでいる佐伯は何かと苦労が絶えない。今日も用事があったのに、黒住が気まぐれに飲みに誘ってくるから行かざるおえなくなった。しかも佐伯は今、どうしても黒住には目をつけられたくない。必至で黒住の相手をするが、黒住は自分が狙われているという妄想を抱いているようで…。

というような感じです。
発売当時書評家たちには非常に評価の高かった作品らしいんですけど、僕としてはウーン、という感じでした。全体的に大したことない話が多かったなという感じがしました。
まず、何作かショートショートがあるんだけど、よくわからない話が多かった。「においます?」と「清潔で明るい食卓」はどんな話なのか僕には理解できませんでした。理解力がないのかなぁ。「最後のメッセージ」はまあまあでした。「九杯目には早すぎる」はまあよかったかなっていう感じです。
短編の方は、まあまあいいかなというのが「大松鮨の奇妙な客」と「キリング・タイム」の二作でしょうか。「大松鮨~」は、展開やオチも切れがよくって、実際この作品はその年の日本推理作家協会賞短編部門の候補にもなったようです。尾行している男は何故そんな奇妙な行動をしたのか、という話が最後反転します。「キリング・タイム」は著者が小説推理新人賞を受賞した短編です。最後の最後はよく分からなかったけど、まあ黒住という男の嫌っぷりが面白かったし、佐伯が抱えるジレンマもなかなか悪くないと思いました。
ただ他の短編はどうでしょう。微妙な気がするなぁ。
「私はこうしてデビューした」は、もう少しうまく出来たんじゃないかなと思います。ちょっと分かりにくい。オチのところまで来ても、なかなかすっきりとは理解できないというのが難点かなと思いました。
「タン・パタン!」はいろいろ前置きが長かった割に特にこれというオチもなくって、何だろうこの話は、と思いました。
「見えない線」は逆に、オチはなかなか秀逸だなと思ったんだけどそれだけの話で、なんとも言えない作品でした。
全体的には、正直なんとも言えない感じの作品でした。そんなに期待して読んだわけでもないんだけどなぁ。あんまりオススメは出来ない作品です。

追記)amazonのレビューではそこそこいい評価みたいです。僕の好みの問題かなぁ。

蒼井上鷹「九杯目には早すぎる」



密室の鍵貸します(東川篤哉)

今日は、再販制について書こうかなと思います。
本というのは基本的にどこで買っても同じ値段です。時々駅で「バーゲンセール」って言って、新刊本を値引きして売っているような場合があるんですけど、まあそれは例外で(この話は覚えてたら後で書きます)、基本的に本は値下げして売ることは出来ません。
これは、法律で決まっているんですね。何の法律だか知りませんけど、本とか新聞とかは文化的に云々かんぬんなんていう理由があって、定価販売が義務付けられているというわけです。この仕組みを再販制というわけなんです(たぶん)。
この再販制というのは、書店としては非常に重要なものなんです。何故なら、この再販制という仕組みがあるからこそ、本は出版社に返品することが出来るんです。
普通の小売店ではありえないことでしょうが、本屋というのは仕入れた本を返品することが出来ます。出版社も、書店から返品されてきた本をまた別の書店に回すということをするわけで、そういうところから「再度販売する制度」→「再販制」という名前になったのでしょう。
書店は、例えばある本を10冊仕入れました、5冊売れました、で残った5冊は出版社に返品します、というようなことが出来るわけです。普通の小売店で働いた経験がほとんどないのでどうなのか分かりませんが、普通仕入れた商品は買い切り、返品が出来ても何らかの条件付(仕入れの何パーセントとか)であるのが普通だろうと思います。書店は返品が出来るので、適当な仕事をしていてもそれなりに体裁が保てるということになるし、専門知識があまりなくても書店で売り場を仕切ることが出来るわけです。だから書店というのはどんどんフリーターで構成されるようになっていくんですけどね。
この再販制という仕組みをなくそうという動きがあるようです。かつてもあったようで、その時は書店の大反対によって撤廃されたみたいな経緯があるようです(何かの本で読みました)。最近でも、日販という取次の社長が、返品が多すぎる、なるべく買い切りの方向でやっていかないと、みたいな発言をしたと何かのニュースで読みました。
しかし、現場で働いている人間からすると、返品できなくなるというのは非常に厳しい。本屋というのは元々特殊な産業構造をしているわけで、その中にあって返品出来ずにすべて買い切りになるというのは、書店として立ち行かなくなってしまうのではないかと思うわけです。
まず出版社や取次の言い分を書きましょう。彼らは、再販制によって返品可能というシステムがあると不利益を被る立場なんです。返品が増えるとどうして取次が損するのかというのはイマイチ僕は理解出来ないんですけど、出版社の場合は簡単です。
出版社が例えば1万部刷った本があるとしましょう。この本を、注文用に500部だけ出版社に残して、後の9500部を全国の書店に新刊として配本したとします。さて、何らかの理由でこの本の注文が殺到し、出版社に残していた500部がすぐになくなってしまったとしましょう。さてこの場合、出版社はすぐ重版(新たに本を作ること)をするでしょうか?
そういうわけにはいかないのがこの再販制のやっかいなところ。新刊として配本した9500部は、出版社の手元にはないけど、でもそれはすべて出版社の在庫なのです(会計上は恐らく書店の在庫になるんでしょうけど、書店はいつでも出版社に返品できるわけで、だとすれば書店が持っている在庫というのは出版社の在庫であるということも出来るんですね)。もしかしたら1ヵ月後、新刊として配本した9500部の内、8000部ぐらいは返品されてくるかもしれない。それなのに、重版するわけにはいかない、とまあこういうことになるわけなんですね。
ベストセラー倒産、という話が出版社にはあります。何かメディアに取り上げられて、爆発的に売れるようになった本があるとしましょう。とにかくガンガン売れていて、書店からの注文もガンガン入ってきて、出版社としてもイケイケで重版しまくるんです。
しかしそういうブームというのはなかなか長続きはしないものです。ある時を境にパタリと売れなくなってしまうんです。そうすると、書店が一斉にその本を出版社に返品します。それはもの凄い量になるわけです。何故なら、イケイケで重版しまくった分が全国の書店にたくさんあるわけですから。その大量の返品のために出版社が潰れてしまうというケースがあるようで(ちゃんとは知りませんが、書店は取次に返品をして、取次が出版社に返品をするんですけど、取次が出版社に本を返品する際、その総額分を取次に払わなくてはいけないはずなんです。そのお金が用意出来なくて倒産してしまう、ということです)、これをベストセラー倒産と呼びます。
またそんなケースを考えなくても、1万部刷った本が2000部しか売れずに8000部廃棄処分するということになったら、その分出版社の損失が大きくなるのは当然でしょう。
そこで出版社や取次は、なんとか書店からの返品を減らそうといろいろ手を繰り出してくるんですけど、でも書店にだってもちろん言い分はあります。
そもそもですね、新刊の点数が多すぎるんです。文庫や新書だけ見てもとんでもない量です。しかも、新刊って売れないんです。昔の本屋では新刊がよく売れたようで、新刊さえ並べておけば本屋としての体裁は整ったようなんですけど、今では新刊だからという理由では本は売れません。
でこの新刊というのは、書店が発注するわけではなく、パターン配本という仕組み(書店の売上の規模に応じて新刊をどのぐらい配本するかを決める仕組み)によって、一定数必ず入ってくるんです。はっきり言うと、売れないものが勝手に入ってくるんです。これでは、どうしたって返品が増えるに決まっています。
前に講談社の方がこんなことを言っていました。講談社文庫の新刊は毎月25点くらいは出るんですけど、その内の半分は売れないからすぐ返品していいよ、と。出版社の方がそんな風に言っているんですから、しょうがないことなんです、これは。じゃあなんで売れないものを新刊として出すのかというと、出版社というのは基本的に自転車操業で、詳しいことはめんどくさいので書かないんですけど、とにかく毎月新刊を出すことで取次からの請求を相殺している、みたいな感じなんですね。売れなかろうが何だろうが、新刊を毎月出し続けないと、出版社というのはやっていけないところなんです。
また書店というのは他の小売店と比べても、扱っている商品の量がとんでもなく多いわけです。例えば服屋だったら、その時流行しているファッションについて並べればいいし、薬だってそんなにポンポン新薬が開発されるわけがありません。基本的に売り場に置く選択肢がそこまで多くないはずで、だから買い切りであってもなんとかやっていけるんだと思います。
しかし本の場合は、100年200年前から出ているものも含めて、取り扱い可能な商品の量が半端ないんです。その上で、なるべく他店との差別化をしようとすれば、あるいは売り場の鮮度を保とうとすれば、次々に新しい本を仕入れて売り場に置くしかないと思うんです。そうなると、必然的に返品が増えてしまうことになります。
アメリカなんかでは、本はすべて買い切りになっています。値段は書店がつけるし、値下げだっていくらでも出来る。ハリーポッターの最終巻が発売された時、書店ではなくスーパーが大幅値下げを敢行して来客数増加を目論んだなんてニュースを読んだことがありますけど、そういうことが出来るのは、まあいろんな理由があるんでしょうけど、本一冊辺りの書店への利益率が日本より高いんだと思います。僕は詳しい数字は知りませんけど(取次もなるべく数字は公表しないようにしているらしい)、本の卸値(というのかどうか分かりませんが)は結構高いんです。7掛けとか8掛けみたいなことを聞いたことがある気がします。つまり、1000円の本があったら、書店はそれを700円とか800円で仕入れる、みたいなことですね(もしかしたら記憶違いかもしれませんが)。本一冊売ることで得られる利益がメチャクチャ低いんです。書店は薄利多売で、前に聞いたことがあるのは、本を一冊万引きされると、その損失を取り戻すには同じ本を100冊売らないといけないんだそうです。それぐらい利益率が低いので、返品出来る仕組みがないとやっていけないというところもあります。
まあこの再販制というのは、今後も議論されていくことでしょう。どうなるかは分かりませんが、もし再販制がなくなって、すべての本が買い切りになってしまったら、恐らく書店はものすごくつまらない場所になってしまうだろう、と思います。僕は今の再販制度を維持したままで、何とか業界が生き残れる方策を見出してくれないものかなと思います。
そろそろ内容に入ろうと思います。
本作は、本格ミステリの新鋭としてデビューした著者のデビュー作です。
大学としては珍しい映画学科に所属するしがない貧乏学生である戸村流平はその日、就職を世話してくれるという大学時代の先輩の家で映画を観る事になっていた。茂呂耕平は小さな映画会社に勤めていて、自宅をホームシアターのように改造するという筋金入りの映画マニア。今日もその防音設備のキチンと整った部屋で、過去のミステリ大作映画を見ようということになったのだ。
しかしその日は戸村にとって最悪な一日となった。レンタルビデオ店で働く友人が最悪だというその映画は、戸村にとってはなかなか面白いものだった。それはいい。しかし、茂呂の家の近くで飛び降り騒ぎがあり(後で分かったことだが、その時死んだのは戸村の別れた彼女であり、しかも背中をナイフで刺された後突き落とされたものらしい)、またシャワーを浴びると言ったきり一向に出てこない茂呂の様子を見に行くと、なんと茂呂は風呂場でナイフで刺され死んでいたのだ。
死体を見て失神してしまった戸村が翌朝起きると、状況が最悪であることを知ることになる。茂呂の部屋は窓には鍵が、そしてドアにはチェーンロックが掛かっていて完璧な密室。しかも、助けを求めようと友人に電話をすると、別れた彼女の殺人容疑で警察が戸村のことを捜しているというのだ。このままでは茂呂の殺人の容疑者になってしまうことも間違いない。戸村はどうすればいいか焦った末に…。
というような話です。
トリックの出来は非常に素晴らしいと思いました。ミスリードがなかなか巧いんです。ネタバレになるので詳しいことは書けないんですけど、なるほどそれがトリックの胆だったのね、と思わせるような展開で、巧いと思いました。正直、密室のトリックはちょっと無理があるんじゃないかなどうかなと思ったりはするんですけどね。でも、全体としては巧く出来ているし、伏線なんかもうまく出来ていると思いました。
でも小説全体としては、どうなんでしょう。本作は、ユーモアミステリという風に紹介されているんだけど、そこまでユーモアっていうほどでもないような気がしました。確かに、本格ミステリにはなかなかない軽妙な語り口でストーリーが進んでいくのはなかなか新鮮だと思いました。人が死ぬ本格ミステリの場合、もうちょっとトーンが落ち着いている作品が普通です。でも本作は、ふわふわと軽い感じで文章を書いています。これは好みの問題だとは思うんですけど、解説で有栖川有栖が、こういうユーモアミステリは日本ではなかなか評価されないというのを読んで、確かにそうかもしれないなぁと思いました。やっぱり僕も、これまで読んできた本格ミステリがそうだったからでしょう、もう少し緊迫感のあるミステリの方がいいよなという感じがしました。新人にしては巧いし自分のスタイルの確立された文章のスタイルだとは思うんですけど、どうでしょう、本格ミステリを読んでいる人であればあるほど、しっくりこないかもしれません。逆に言えば、これまであんまり本格ミステリを読んだことがないというような人が入門として読むには非常に読みやすいかもしれないですね。
本格ミステリはネタバレになってしまうのであんまり内容に踏み込めないんですけど、トリックはなかなかいい感じです。軽妙な文体にはあんまりしっくりこないかもしれないけどデビュー作としては結構上出来なんではないかなと思います。この著者は、ちょっと前ですが「館島」という作品が話題だったんですね。そっちもちょっと読んでみたいなと思っています。

東川篤哉「密室の鍵貸します」



アップルを創った怪物 もうひとりの創業者、ウォズニアック自伝(スティーブ・ウォズニアック)

そろそろ内容に入ろうと思います。
本書は、あのipodを売り出したりした世界的企業「アップル」の、もう一人の創業者と言われるスティーブ・ウォズニアックの自伝です。自伝とありますが、ウォズニアックが語った内容をライターが文章に起こしたもののようで、文章も語り調子がそのまま残った訳になっています。
アップルと言えば、スティーブ・ジョブズの方が圧倒的に有名でしょう。彼に関する本は山のように出ているし、僕もいくつか読んだことがあります。プレゼンの魔術師であり、問題行動で周囲を振り回す奇人であり、パソコンと音楽と映画の世界を一新してしまった天才であり、その動向は常に注目されています。
彼と比較すると、本書の主人公であるウォズニアックの方は、一般的な知名度は低いでしょう。しかし彼は、エンジニアの世界ではもはや伝説的とも言える存在なのだ。なにせ、今僕がこうして使っているパソコンの原型をほぼ独力で生み出した人間なのだ。アップルⅠという、初めてキーボードとディスプレイを持った形のパーソナルコンピューターを、たった一人で設計してしまった男。エンジニアとしての実力は神がかっているようで、今でもかつて生み出した製品についてどうやったのかというようなことを聞かれると言います。現在何をしているのかはよく知らないけど、基本的にコンピューターオタクなので、今でも何か作っていることでしょう。
これまで自伝を書かないかという話は何度もあったようだけど、書かなかったそうです。とにかくいろいろと忙しかったんだそうです。でも今回出すことにしたのは、アップルやジョブズとの関係についてあまりにも間違った言説が流布しているのを訂正したいと考えたからなんだそうです。ウォズニアックはアップルに不満があって退社したことになっているし、ジョブズと諍いがあったという風に言われています。僕もそういうような内容を本で読んだことがあります。でも実際はそうではない、ということを知って欲しかったのだ、と言っています。
ウォズニアックが子どもの頃の話から始まります。彼の父がロッキード社でミサイル開発をしていたようで(しかし父親の仕事については家族では極秘だったようで、詳しいことは一切教えてもらえなかったとのこと。国と密接に関わるような仕事をしていたんでしょうね)、とにかくすごいエンジニアだったようです。ウォズニアックがまだ物心つくかつかないかという頃から、エンジニアに関する様々な知識をくれたし、一緒にいろんなものを作ってくれたそうで、その子どもの頃の経験が素晴らしく役に立っているようです。
大学に入ってからもエンジニアオタクであることには変わらず、とにかく四六時中何か作っているか紙の上で何か設計しているような生活だったそうです。その後HP社で電卓の仕事に関わるようになるのだけど、その頃有志が立ち上げたコンピュータに関する会合みたいな場で、かつて自分が設計したことのあるコンピュータの設計図を目にし、自分が最先端にいたことに気づく。それからすぐさまコンピュータの設計・製造に入り、それが後にアップルⅠと呼ばれる世界初のパソコンとなる。
というような、ウォズニアックのこれまでの生き方が書かれた本です。
正直、あんまりアップルについての記述はないんです。ウォズニアックは、大企業になってしまったアップルの組織としての硬直っぷりがあんまり好きではなかったし、自分が育ててきたアップルシリーズへの開発予算がどんどん削られていることにも不満を持っていたようです。そもそも管理職なんか大嫌いで、常に現場で何か作っていたい人。そんなある日、画期的なアイデアを思いついてしまって、それを作る小さな会社を興すためにアップルを辞めることに決める。世間では、アップルに不満があって辞めたってことになってるけど、そうじゃなくて新しいことをやりたかっただけ。それにアップルを辞めたことになっているけど、それから今までずっとアップルから給料をもらっているらしい。世間で言われているようなジョブズとの軋轢みたいなものも全然ないみたいだし、あっさりしたものだ。僕が読んだ本では、ウォズニアックの発明をジョブズが奪って成功した(まあちょっと酷い要約だけど)、みたいな風に書かれていたような気がするんだけど、もともと金儲けに興味なんかなくて、楽しいことが出来ればいいっていう考えのウォズニアックには特に不満もないようで、そんなに気にしてないみたい。
本作では、アップルの話よりも、ウォズニアックがどんなことを大事に考えているのかとか、エンジニアリング的な技術的な話とか、あるいはウォズニアックがこれまで関わってきた社会的活動についてとか、そういうことについていろいろ書かれている。アップルについての話をより知りたいという人にはあんまり向かないかもしれないけど、エンジニアだったらかなり惹かれるんじゃないかっていう話はいろいろ書いてあった(僕はエンジニアじゃないからそういう部分は結構難しくて読み飛ばしたんだけど)。
読んでて思ったのは、こういう世界を変えちゃうようなことが出来るっていうのは羨ましいなってこと。もちろん、タイミングもよかった。ちょうどパソコンが注目され始めた頃、その中心地にウォズニアックがいた。でも、今だって気づいていないだけでそういう中心地はきっといろいろあるんだと思う。そこに偶然いられるかどうか、というのは運次第だけど、でも本作を読んでると、運も実力の内だっていうのが分かるような気がする。だって、パソコンの中心地にウォズニアックがいないなんて世界はどうも考え難いしね。
僕はアップルファンでもなんでもないのに(マックもipodも持ってないし、ピクサーのアニメも見たことない)、アップルって会社は好きだから関連する本を結構読んでたりする。でも本作は、そういうアップルファン的にはちょっと物足りないかも。でも、一人の伝説的なエンジニアの生き方を知るっていう意味ではとっても面白いと思う。こういう破天荒な男っていうのは僕は結構好きだったりします。羨ましいなって思うし、でも自分には無理だよなとも思うんだけど。
まあそんなわけで、アップルがどうのというのとは関係なく、一人の男の自伝と思って読む方がいいと思います。

スティーブ・ウォズニアック「アップルを創った怪物 もうひとりの創業者、ウォズニアック自伝」



怒涛の虫(西原理恵子)

そろそろ内容に入ろうと思います。
本作は、まだ20代だった頃の西原理恵子が「サンデー毎日」という週刊誌に連載していたエッセイをまとめたものです。初めてのエッセイの仕事で、また初めての週刊誌の連載ということで、なかなか大変だったようです。
内容は、とにかく雑多に、いろんなこととしか言いようがありません。麻雀の話、編集者の話、下ネタ、業界の話、友人の話、歌手デビューの話などなどです。毎回、著者の独特の視点が短い文章の中できちんと表現されていて、読んでるとなかなかとんでもない人だなと思えます。世の中を斜めに見ているという感じはあるんだけど、でもひねくれてるとかまがっているとかいうわけではなくて、まっとうではないんだけど普通でもないという、なかなか絶妙な立ち位置だと思いました。
いろいろ面白いなぁと思った話はありますが、一番記憶に残っているのは、『何故電車でジャンプをしても、ちょっと後ろに着地しないのか』という疑問について書いた回です。僕としては、何となく分かっているつもりですが、じゃあ説明しようとした時に納得出来る説明が出来るかどうか。この話は、最終的に東大の教授のところにまで行って、「おぼえてる」ことと「わかっている」ことの違いなんて話にまでなって、なかなか面白いです。
あと、子どもが嫌いっていう話もいいですね。西原さんはもう二児の母なので、今では意見は変わっているかもしれませんが、少なくともこれを書いていた当時はバリバリに子ども嫌いだったようです。僕も分かります。子どもってどうしても好きになれないんですよね。ただ、今日会った子どもたちはかなり例外です。本気で、すごいなと思いました。子どももそれぞれなんだろうな、とちょっと自分の考えを緩めてみようと思った次第。
亡くなった友人についての話は、この連載全体のトーンから比べると非常に真面目で、しんみりしました。ニュースではフリーアルバイターと紹介されていたその男性は、実は西原さんの予備校時代の友人で、周囲からその才能を大いに買われていた新進気鋭の芸術家だったんだそうです。ただ、人付き合いが下手だったのか、画壇に伝手がなかったのか、彼の絵が売れることはなく、また生活のために納得のいかない絵を描くことも出来ず、貧しい生活をしながらも信念を持って絵を描き続けていた人だったそうです。
思わずクスリと笑ってしまうような、ちょっと変わった話の多いエッセイです。「毎日かあさん」で広く人気になった著者の、かなり初期の頃のエッセイ。「毎日かあさん」で西原理恵子のファンになったという方、是非読んでみてください。著者の原点みたいなものが分かるような気がします。

西原理恵子「怒涛の虫」



毎日かあさん 5 黒潮家族編(西原理恵子)

そろそろ内容に入ろうと思います。
諸事情あって、ちょっと必要に迫られる形で、西原理恵子の本を二冊買って読んでみました。とりあえず今回は先に「毎日かあさん」の方の感想を書きますけど、しかし西原理恵子って面白いですね。初めて読みましたけど、こんな面白いとは思いませんでした。特に「毎日かあさん」は素晴らしい。これ毎日新聞で連載しているものなんですけど、毎日描いてるわけじゃないですよね?週間とかですよね?にしても、よくもまあこれだけネタがあるものだ、と思います。子どもってのは、すごい。
必要に迫られて読んだので、1~4巻をまったく読んでいない状態で、初めて5巻を読みましたが、全然問題なしです。本作は、著者の元夫である鴨志田穣さんが亡くなり、毎日新聞の連載を三ヶ月休んでから、再開されて以降の作品が載っているみたいです。世界各地を旅することが大好き(というか仕事の内)みたいなものだった鴨志田さんのお骨を南の島に行ったりしています。
本作は、著者の身近で起こる様々な出来事を、10コマ程度のマンガで描いた作品です。著者は二児の母。畢竟、身近な話は子どものことが中心になっていきます。
これがまあ滅法面白い!兄と妹の二人なんだけど、この子ども達が素晴らしく面白い。長男は、算数がとんでもなく苦手で、算数の問題を解いていると宇宙からの電波をキャッチして思考停止してしまう。勉強が嫌い過ぎて、夏休みのドリルを冷蔵庫で冷やしたり(クールな気分で勉強をするため、らしい)、授業参観の時に隣の子と一緒に下敷きを咥えてフリーズしてたり(宇宙電波をキャッチしてしまったらしい)と、とにかくすごい。でも、母親と妹が喧嘩したりしていると、素っ頓狂な方法でそれを止めさせたりと、心優しい部分もある。友人も含めて、何だかアホすぎて面白い。
妹の方もなかなかすごい。メキメキと女としての自覚が芽生えているようで、ハイヒールをねだってすっ転んだり、太ることを気にしたりとなかなか忙しい。将来太らないチョコレートとかマヨネーズとかを開発すると母に誓うも、お金がなくては贅沢が出来ないことに気づいて社長にもなりたいという、なかなか忙しい子どもなのだ。
また、家族以外の人間もとんでもない人間が揃っている。一番凄いのが、男ばかり五人の息子がいるという麦家。そこでは、食事を初め日々考えられない死闘が繰り広げられている。何せ、あまりにも子どもがご飯を食べるので毎食分の食材を買いに行かないといけないし、あまりにも子どもがご飯をお代わりするから、父親がキレたりと、こちらもなかなか忙しいのだ。他にも、夏になると油まみれになる一家とか、無駄に自転車を飛ばす少年とか、犬と息子の名前を混同するじいちゃんとか、深夜の主婦井戸端スナックとか、何だか著者の周りにはかなり変な人間たちが集っているように思える。確かに、自分の子どもとか周りの人とかがこれだけ面白かったら、そりゃあネタもいろいろ出てくるだろうなぁと思いました。もちろん、それでもネタには苦労してるんだろうけど。
この「毎日かあさん」ってのは、2009年春にアニメ化されるようで、ってあれ、深津絵理だかが主演で映画だかドラマになるのは何なんだっけ?と相変わらず記憶力が死んでいますが、確か深津絵理が主演で西原作品の何かが映像化されるんだったはずです。ますます話題になってくだろう人です。毎日かあさん、とにかく面白いので、是非読んでみてください。爆笑必至、電車の中で読むのは危険です。是非家の中で読んでみてください。

西原理恵子「毎日かあさん 5 黒潮家族編」



ファミリーポートレイト(桜庭一樹)

今日は恐ろしく時間がないので、申し訳ないけど本屋の話はなしで、そのまま内容に入ります。
本作は、マコとコマコの話。マコが母親で、コマコが娘。コマコの一番初めの記憶は、5歳。
コーエーと呼ばれる住宅に、帰ってこないマコを待ちながら一日中ボーっと過ごすコマコ。マコは女優で、キレイで、コマコはマコのことを愛している。ずっとマコと一緒にいたいし、っていうか親子だからそれは当たり前だと思っている。
ある時、マコは突然言う。足元に、何か真っ赤なものを滴らせながら。
「コマコ、逃げよう」
それからマコとコマコは放浪者になる。名も知らぬ、日本のどこかにあるどこかの町を転々としながら、時折追っての影を感じてはまた逃げる。
初めは、城塞都市のような山奥の村だった。老人ばかりで、足が悪いわけでもないのに皆電動車椅子に乗っている。病院に連れて行かれたマコとコマコは、そのまま病院の手術室に寝泊りすることになる。マコは病院で働き、コマコはそこで字を覚える。本を読むことを覚える。本の存在はそれから、コマコにとってマコに次いで重要なものになる。
海沿いの町にも行った。そこでマコは芸者として働き、コマコはいない存在としてひっそりと隠れていた。
豚を殺して成り立っている町にも行った。そこでマコは、暴力的な男に養われる。
元有名人が集まる町にも行った。そこでマコは、生活を立て直すためにミシンを踏み、コマコは読書に耽った。
金持ちのために隠遁者にもなった。二人は外界とは隔てられた世界の中で、現実とは思えない日常を過ごしていた。
そしてコマコは一人になった。一人になって、一人で生きて、一人で女になって、一人で愛して、一人で有名になって、コマコはそれでも生きた。
5歳から34歳までの、少女の人生の軌跡を追う物語。
直木賞受賞後初の長編と言っていいでしょう。実際「荒野」という作品を出していますが、これは昔出した本をまとめて書き下ろしを加えたという体裁なんで、純粋な新作長編とは言いがたいです。
相変わらず桜庭一樹は少女をテーマに物語を描いていきますが、この作品は正直なところピンとこなかったなぁと思います。
読んでて、すごい作品だなとは思うんです。こんなに重厚で、繊細で、狂気に溢れていて、どこにも行き着かない物語なんか、確かに桜庭一樹じゃないと書けないだろうな、と。
そんな風には感じるんだけど、でもどうも僕にはそんなに合わない作品だなとも思いました。どこがダメというわけではなくて、相性の問題でしょう。「私の男」とか「少女七竈」なんかが好きなんだけど、そういう作品を読んだ時みたいに、この作品が好きですとはどうしても言えないというか。作品自体が悪いとかそういうわけではないと思うんで、是非読んで欲しいんですけど。
ストーリーは、大きく第一部と第二部に分かれています。第一部は、マコとコマコの放浪を、そして第二部では孤独なコマコの成長を描いています。
僕は、第一部の方が好きですね。第一部では、コマコは常にマコの手下で、ボスであるマコに絶対服従。何をされても、どんな状況に追い込まれても、コマコはマコに一生懸命ついていきます。それでいてコマコは、マコのことを全力で愛している。初めて「愛」という言葉を教わった時、どうして他人同士なのに愛せるのか、とコマコは疑問に思う。コマコにとっての愛とはマコに向けられるもので、それは親子だから存在しうるのだと考えている。それくらい、コマコはマコのことを愛している。
一方のマコは、どう贔屓目に見ても、いい母親とは言えない。コマコのことは愛しているらしいし、可愛がりもするのだけど、ただ母親らしく愛情を注ぐっていうことが出来ない。マコも母親からきちんと愛情を受け取れなかった人で、そういう負の連鎖が続いている。そういう、明らかに以上な母娘の関係というのがすごく濃密に描かれていて、非常に面白いと思います。
また、ストーリーはコマコの語りで進んでいくんだけど、このコマコの思考っていうのもなかなか面白い。結局コマコは、まともな形で学校に行くことはついぞないわけで、世間的な常識とか一般的な考え方というものがよくわからない。コマコの中にあるものは、マコから教わったこと、そして5歳から転々としてきた様々な町の環境から感じ取ったことだけ。コマコの周囲の環境というのは、どこにいても一つとしてまともなものなんてほとんどなかったから、物事の考え方とか感じ方も勢い変なものになる。そういうところが、実に面白いなと感じます。
第二部は、あっさり言ってしまえば、コマコの再生の物語。つまり、これまで無茶苦茶な生き方をしていたコマコが、どういう形で人生に折り合いをつけていくのか、という話。自分の中に常識をそのまま当てはめたり、やりたくないことを我慢してまでやるみたいなことにはならないんだけど、やっぱり少しずつコマコは落ち着いていく。なんかそれが寂しくて、あんまり好きになれなかったかなぁ。第一部ではほとんど他人とは関わらなかったコマコが、第二部ではかなり積極的に関わるようになって、そうやってコマコがどんどん変わっていくのが嫌だったような気もします。マコのことを狂熱的に愛していた子どもの頃のコマコの方が僕はいいです。
本作では第一部にしても第二部にしてもいろんな脇役達が出てきます。マコたコマコがありこち放浪する先で関わる人達がメインになるんだけど、こういう人々の描写もかなり面白いと思います。確かにどこかにはいそうで、でも自分達の周りには決していない、そんな感じの人々です。それに、かなり変わった母娘であるマコとコマコを受け入れてくれるわけで、そういう人達もかなり変わっています。変わった人が好きな僕としては、そういう人たちの描写はなかなか面白いなと思いました。
僕としては、どういうわけかそこまでのめり込むことが出来なかったんだけど、傑作であるということは間違いないと思います。すごい作品です。桜庭一樹っていうのは、本当にどんどん成長していく作家だなと思いました。これからもどんどん突っ走って、少女の物語を書いていって欲しいなと思います。

桜庭一樹「ファミリーポートレイト」




レスキューウィングス ファイナルシーカー(小川一水)

今日は発売日の話を書こうと思います。
本には発売日というのがあって、皆さんも色んなところで目にする機会があるでしょう。書店店頭・雑誌・新聞・amazonなんかが多いでしょうかね。
ただこの発売日というのは、二種類の表記がぐちゃぐちゃに混ざっていて、よく分からないことになっているんです。
二種類の発売日について説明する前に、流通について書きます。本もトラックなんかで全国各地へ運ばれるので、東京から離れれば離れるほど(日本はほとんどの出版社や取次が東京近辺にある)、入荷は遅れることになります。僕は川崎市の本屋で働いているので早く来る方だと思いますが、北海道とかの本屋だと1日ぐらいのタイムラグはあったりするのかもしれません。なので、トラックのお兄さんがどれだけ努力をしても、全国の本屋で同じタイミングで本を送るというのは無理なわけです。そもそもこの前提があるために、発売日の表記がおかしくなっている、と僕は思っているんですけど。
ではその二種類の発売日の表記についてです。
一つ目が、その日に取次(出版業界の問屋)に入るよ、という表記。これは『搬入発売』という呼ばれ方をします。どういうことかというと、本というのは基本的に(基本的にと書いたのは、そうでないバージョンもあるからだけど)出版社→取次→書店というルートで入ってきます。で、何日に取次に入りますよ、ということを知らせる表記の方法です。
むう一つが、恐らくこの日までには店頭に並んでいるでしょう、という形の表記です。書店に何日に入りますよ、ということを知らせるわけです。これは特に名前はないですが、便宜上『通常発売』と名前をつけておきましょう。
この二つの表記が、特に断りもなく混ざっているので、結構めんどくさいんです。
『通常発売』の表記なら問題ありません。僕のいる店の場合、『通常発売』で示される一日前には本が入ってきます。つまり、1/15発売となっている本は、ウチの店には1/14に入ってくる、ということです。遠方のお店でも、恐らく1/15までには入荷しているんでしょう。表記としてもこちらの方が多いので、多くの人は当然、発売日と言えばこちらを連想すると思います。
しかし時々『搬入発売』の表記があるんですね。これは、いつ書店に入ってくるのかイマイチよく分からないので、正直発売日としての体を成していない、と僕は思っています。
『搬入発売』の表記で分かるのは、出版社がいつ取次に本を入れるのか、ということです。実際はそこから大体2・3日後に書店に入ってくるというのが目安だと思います。ちなみに脱線しますが、取次から書店への物流には、新刊ラインとそれ以外のものがあって、新刊ラインで入ってくるもの(時々新刊以外も混ざってくるんですけど)の方が取次に入ってから書店に来るまでの時間が短いです。新刊ライン以外で本が入ってくる場合、取次に本が入ってから1週間後くらいに書店に入ってくるような場合もあります。
文庫の発売表が店内に貼ってありますが、そこでも発売日の表記は混在しています。僕が見る限り、PHP文庫は『搬入発売』の表記だと思います。毎月1日発売になっていますが、実際に入ってくるのは3日とか4日とかそれぐらいです。まあそれ以外は大体『通常発売』の表記なんでいいんですけど。
よく分からないのが、新聞とか雑誌とかamazonに載っている発売日です。特に微妙な本の場合は判断が難しいです。微妙な本というのは僕の中で、小さな出版社が出している小部数しか刷っていなさそうな本、みたいなイメージです。ISBNか何かのデータを入れてウチの店に入っているかどうかを見るんだけど、データがない場合があります。これは通常、まだ入荷していない(つまりまだ発売していない)ことを指しますが、微妙な本の場合、そもそもウチには入荷がないのでデータがない、というパターンもあります。そうなると、「搬入発売と言って、この日付が取次というところに入る日付なのかもしれないですね」みたいな曖昧なことを言うしかなくなります(出版社に聞けばいいんですけど、僕は基本的に遅番なんでもう出版社は閉まってる時間なんです)。
しかし不思議なのは、雑誌はどれも正確な日付で入ってくるということなんです(多少ズレたりするものはありますが)。どうして雑誌は発売日厳守がかなり徹底しているのに、書籍の方はこんなに発売日がグダグダなのか、謎です。出版業界にはよく分からないことがまだまだたくさんあるものです。
そろそろ内容に入ろうと思います。
本書は、航空自衛隊救難飛行隊と呼ばれる、日本最高峰の救難活動を行う実在する組織を描いている小説です。「最後の砦」とも称されるように、あらゆる救助隊が諦めた場面で出動が掛けられます。元々は、戦場に取り残された航空隊を救出する後方支援のために作られた組織ですが、様々な矛盾のため国民を表立って守れない自衛隊の中では珍しく、表立って活躍する部署でもあります。しかし一方で、やはり自衛隊の矛盾からは逃れられず、人を救うということの難しさを感じもします。
勝手にボートに乗り込んで遭難した三人の少年。夜から嵐になり、このまま助けも来ずに沈没してしまうと不安がっていた彼らの元に、空から人が降って来た。それが救難飛行隊のメディック(救難員)であり、救助された少年の一人である高巣英治は、大人になって救難飛行隊のメディックとなった。
高巣には変な能力がある。救難者を誰よりも早く見つけ出すことが出来るのだ。しかし実際は能力でも何でもない。高巣の肩には、子どもの頃救助された時から幽霊が憑いていて、その幽霊が救難者の存在を教えてくれるのだ。
高巣は、信頼できるメンバーや、珍しい女性隊員なんかと救難に明け暮れる日々を過ごす。人の命を救うために人の命を投入するという矛盾の中で、救難飛行隊のメンバーはそれでも必死で人助けをする。
というような話です。
まあまあという感じの作品でしたが、小川一水の作品を知っている身としてはちょっと期待はずれという感じでした。これまで「第六大陸」とか「復活の地」とかを読んできましたけど、あまりにも面白すぎるような素晴らしい内容だったわけです。それらと比べてしまうと、まあやっぱり大分落ちるなという感じはします。
しかし多少は仕方ないでしょうね。あとがきを読む限り、本作は元々「救難飛行隊について書いてください」という依頼があって、その依頼に基づいて取材をし書いたという経緯のようです。小川一水が自分でやりたいと思った話じゃないからこういう感じになったのかもしれません。
元々はMF文庫Jというライトノベルレーベルから出ていたものですが、どう考えてもライトノベルのレベルは超えているでしょう。設定的にはライトノベルっぽいところはあるけど、それはむしろ敢えてライトノベル的にした、ということなんだろうなと思います。
山の遭難や増水なんかで被害にあった人達を助けに行くんですけど、なかなか一筋縄ではいかない。英治もイレギュラーな出来事で怪我をしては、メディックが怪我をするな、と怒られる。しかしそれでも通常は、救難者は助かるし、メンバーに被害はないしでよかったよかったということになるんだけど、そうじゃない場合もある。
それが、この救難飛行隊が自衛隊所属であるという点が問題になってくるわけです。
自衛隊反対論者の救難者がヘリに乗ることを拒否したり、なんていうのはまだいい。問題はもっと大きくなって、中国との政治問題にまで関わったりする。日本の近海まで来ていた中国籍の潜水艦が座礁、ボートで脱出した人を救助するというミッションでは、人を助けるということがどういうことなのか、と高巣は大いに悩むことになります。
また、救難飛行隊の方も常に無傷でいられるわけではありません。そういう尊い犠牲があって成り立つという矛盾も併せ持つことになります。
新米女性隊員である小倉珠樹はなかなかいいキャラクターです。いろいろ悩むことも出てくるわけですが、それらをいろいろ乗り越えて成長していきます。
まあそんなわけで、僕としては可もなく不可もなくという感じでしょうか。実際の救難飛行隊の話が「最後の砦」というタイトルで本になっているので、そっちを読むとまた違うのかもしれませんが。

小川一水「レスキューウィングス ファイナルシーカー」



インターセックス(帚木蓬生)

いつものごとく時間がないので、今日はさらっと書きます。
今日はPOPの話でも書こうかなと思います。
今では書店にPOPというのはなくてはならないと言ってもいいような存在になりましたが、ちょっと前まではそうでもなかったそうです。特にデパートなんかのインショップの場合、スタッフによる手書きPOPは一切禁止、なんていうこともあったようです。
それが変わったのが、とある小さな書店が仕掛けたある本によってです。「白い犬とワルツを」という本を、店主の手書きPOPと共に売ったところ、正確な数字は知りませんがとんでもない数を売ることに成功しそこから全国展開に波及、最終的に200万部を超える売上を記録したんだそうです。そこからスタッフによる手書きPOPが奨励されるようになっていった、と言われています。
僕はとにかくゴテゴテとPOPをつけてしまう方なんですけど、お客さんとしてはPOPの存在をどう思っているのだろう、といつも気になります。駅前の本屋にはPOPはほぼついていなくて、売り場がすっきりしています。POPがないので取りやすかったりもすると思います。僕の売り場は反対に、これでもかというくらいPOPがたくさんついています。スタッフに作ってもらったものもあれば、出版社から送られてきたものもあります。あちこちについているので、売り場の本が取りにくくなっているという面は否めません。
それでも僕はやっぱり、POPは出来る限りつけたい、と思っています。どの書店に行っても同じものを売っているのだから、やはりPOPなんかで差別化をしたい、という理由です。本が取りにくい売り場はあまり歓迎できないかもしれませんが、以前探しやすさを犠牲にしてでも面白い並べ方を、という話を書いたように、取りやすさを多少犠牲にしてでもPOPをつけたい、と思うわけです。
僕自身はPOPを作る才能はまったくないのでいつもスタッフに作ってもらっています。ウチの店にはPOP職人と言っていいスタッフが結構いて、僕は文章と大体の雰囲気を伝えて、後は任せています。なかなかいいPOPを作ってくれるのでいつも助かっています。
でもいつも悩むのが、POPにはどんな情報が必要なのだろうか、ということです。僕はずっと、POPは目立てばいい、と思ってやってきました。売り場にあって、どんな形でもいいからそのPOPが目立つ。お客さんが気になって手に取る。後はお客さんが判断する、という感じです。だからどんな内容なのかとかどんな感想を持ったのかということよりも、いかにそのPOPを目立たせるか、ということを優先してきました。
でも最近は、やっぱり読んだ人間の感想みたいなものがきっちり入っているべきなのか、とも思います。目立つだけではなく、読みたいと思わせるような文章が入っているべきなのかな、と。しかし、読む前に言葉で印象を与えてしまうのもあんまり好きではなかったりします。こっちが買えよ買えよなんていう雰囲気を出すのではなく、お客さん自身が選んだのだと思って欲しいんですね。
その辺りがPOPの難しいところだよな、と思います。昨日も三つほど作ってもらうPOPについて考えましたが、未だにどういうPOPがベストなのか試行錯誤です。
そろそろ内容に入ろうと思います。
本作は、途中まで僕は知りませんでしたが、どうやら「エンブリオ」という作品の続編のようです。僕は「エンブリオ」を読まずに本作を読んだので、全体的にはちょっと消化不良という感じでした。
泌尿婦人科医という変わった専門の女医・秋野翔子は、妊娠から出産までに関わるあらゆる事柄に携わっている医師だ。市立の病院で働いていたが、あるきっかけでサンビーチ病院に引き抜かれることになった。サンビーチ病院を創り上げた院長である岸川は、生殖と移植に関しては「神の手を持つ名医」と評判が高い。
岸川は、インターセックスと呼ばれる人々への性転換手術などを積極的に行ってきた。インターセックスとは半陰陽とも呼ばれ、遺伝子の異常のため性器の形状や染色体が曖昧なまま生まれてきてしまうもので、インターセックスを広義で捉えると、100人に一人くらいの割合で生まれる。秋野は、インターセックスの患者に性転換手術を強制するべきではないと考え、人知れず悩んでいる患者を受け持ち、奔走する。
サンビーチ病院は素晴らしい病院で、赴任後すぐドイツの学会にも行かせてもらえ、そこでインターセックスに関して非常に感銘を受ける経験をすることも出来た。しかしその一方で、院長・岸川の周囲では不可解な変死が続いていることに気づき、調べを進めることにしたのだが…。
というような話です。
正直なところ、たぶん「エンブリオ」を読んでいないとイマイチよく分からないストーリーなんだと思います。たぶん、「エンブリオ」で描かれたことを別の方面から描いてみたというような作品で、この作品だけで独立で評価できるかと聞かれると、ちょっと何とも言いがたいです。少なくとも、サンビーチ病院で何をしているのか、という部分については、本作を読んでもイマイチ何とも掴めません。最後の最後で分かることは分かりますが、やっぱり「エンブリオ」を読んでいることが前提になっているような気がします。
ただ、インターセックスに関わる部分はかなり興味深く読めました。本作ではこのインターセックスの部分がメインになっていて、その合間にサンビーチ病院の黒い影みたいな話がチラホラ出てきます。そっちの黒い影の方の話は、やはり本作ではどうしても消化不良になってしまうような気がするんですけど、インターセックスに関する部分だけ取り出すと、かなり深くまで掘り下げているという感じがして、非常に面白かったです。
帯には、「世界初のテーマに挑む」とあります。まあ本当に世界初なのかどうかは良く分かりませんが、でも確かにインターセックスを真正面から扱った作品というのはなかなかないかもしれないですね。時々ミステリ何かでは、こう言う半陰陽の存在なんかが出てきたりしていたように思いますけどね。
このインターセックスというのはなかなか大変なのだなと思いました。僕が一番驚いたのは、広義に捉えるとインターセックスというのが100人に一人くらいいる、という事実です。つまり日本国民では100万人ぐらいはいるということになりますよね。それくらいなら、自分の周囲にも一人くらいいてもおかしくない、と思えるような数字です。インターセックスというのは、なかなか人には言えないものでしょうし、出来る限り隠したいと思うような性質のものだと思うので世に知られないだけで、それで悩んでいる人というのは結構な数いるのだなという部分にまず驚きました。
また生き方も境遇も人それぞれで、しかも皆悩んでいるんです。まあ悩むのは当然でしょう。自分の身体が他の人と違うと気づいてしまえば悩まないわけにはいきません。そこから自分がどんな生き方を選択するのか、という苦しみを経て、インターセックスの人々は人生を歩んでいくわけです。
本作では、インターセックスの人々による自助グループというようなのが出てきて、翔子の前でそれぞれが自分の人生について語るという場面が出てきます。もちろん本作で描かれているのはフィクションでしょうが、著者ももちろん取材をしたでしょうし、実際の話も織り交ぜながらだと思います。男か女かという二つに性を分けなくてはいけない、という暗黙の了解の中で生きていくことの難しさを知りました。
また本作では、性差医療という初めて聞くような話も知りました。性差医療というのは、男と女の身体は元々違うのに、投薬や治療の方法が同じなのはおかしい、というところから始まっているそうです。日本では、様々な理屈をつけて薬の治験では女性が排除されているんだそうです。つまり、男のデータだけで薬が作られ、それが普通に女性にも使われているんです。最近の研究では、薬も男と女とでは効果に差があることが分かっているし、病気の発現の仕方にも差があると分かっているんだそうです。そういう性差医療という、これまで知らなかったことを知れたというのもなかなか面白かったなと思いました。
小説としては、やはり本作単独ではなかなか評価できないです。「エンブリオ」を読んでいないとなかなか微妙だと思います。そういう意味ではちょっとダメな作品なんですけど、でも非常に興味深い話がたくさん出てくる小説でもあるので、そういう部分については面白く読めると思います。世界初かどうかは別として、小説としてはなかなか珍しいものをテーマに選んでいます。インターセックスや性差医療について読んでみたいと思う方は結構面白いと思いますよ。

帚木蓬生「インターセックス」





すごい本屋!(井原万見子)

昨日も同じことを書きましたが、体調不良のため変な時間に寝ていたため、すっかり夜寝れなくなってしまいました。このまま起き続けるか、早朝から昼に掛けて一旦寝るか、どうしようか迷っています。
先週だったと思いますが、あるお客さんにこんな事を聞かれました。
「今売れてるビジネス書を紹介してください」
こういう聞かれ方は、たまにしかありませんが、時々あります。しかしこう聞かれたら、ちょっと困ってしまうなぁというのが正直なところです。
僕は文庫と新書の担当なので、文庫と新書について聞かれれば、何が売れているのか答えることは出来ます。でも、世間的に売れているものと、僕の売り場で売れているものというのは必ずしも一致しません。しかもその時点で売り場にないのだけど世間的に売れているものというのも出てくるはずです。そういうものについて、紹介すべきか否か…。
しかも先週聞かれたのは、僕の担当外であるビジネス書。聞かれた時点でビジネス書の担当は上がってしまっていたし、正直ウチのビジネス書の担当に聞いたところで何が売れているのかなんて把握していないと思うのでいてもいなくても同じなんですが、さてどうしたものか。
もちろん、担当外だからと言って知識がなくていいわけがありません。実際僕は、文芸書・ビジネス書・サブカル本・実用書辺りまでなら、多少世間で何が売れているのか把握しています。他の書店のランキングを見たり、メールやFAXで送られてくる情報をちゃんと見ているからです。正確な知識はないながら、うろ覚えの情報をフル活用して、そのお客さんにはいくつか本を紹介しました。
しかし、じゃあそれが例えば工学書や資格参考書だったら同じような対応が出来たかと言うと、もう僕には無理です。工学書なんか、パソコンの知識がほぼ皆無に近い僕にはチンプンカンプンだし、資格参考書にしても似たようなものがありすぎてどれが売れているのかなんて覚え切れません。カリスマと呼ばれるような書店員は、一体どの程度の情報を通常ベースで持っているのだろうか、と気になってしまいます。
先ほどのビジネス書の話に戻りますが、ある程度見繕った本は、どうもお気に召さなかったようです。詳しく話を聞いて見るとその方は、会社経営者にこれから取材をするつもりのようで、そういう経営者の方が書いた本を知りたかったようです。僕が売れているビジネス書として選んだもののほとんどが、自己啓発と言われる類の本でした。
こういうケース、つまりお客さんの問い合わせ内容がどうもピンポイントではない、という経験は本当によくあります。例えばこの間も、『山田悠介の本はどこにありますか?』と女子高生に聞かれました。『何か特定のタイトルをお探しですか?』と聞くと、『「8.1」って本』だと言います。僕はどうしても不思議なんですけど、じゃあ何で初めから『山田悠介の「8.1」っていう本はどこですか?』と聞けないのだろうか、と思ってしまいます。これは女子高生だからというわけではなく、多くのお客さんでそういう傾向があります。
またつい最近こういうこともありました。電話での問い合わせでしたが、『息子に頼まれたんだけど、えーと、ドラゴンクエストブイの大空の花嫁っていう攻略本ってありますか?』という問い合わせだったんですが、調べるまでもなく「ドラゴンクエストV(ブイ)」ではなく「ドラゴンクエストⅤ(ファイブ)」だと分かるし、また僕はゲームに詳しくないので調べないと分からなかったけど、「大空の花嫁」ではなく「天空の花嫁」でした。電話はおじいちゃんからのもので、まあそのおじいちゃんは悪くないんですけど、自分で欲しい本ぐらい自分で問い合わせられないかねぇ、とその息子に対して感じました。
とりとめのない内容になりましたが、お客さんからの問い合わせというのは本当に色々あります。お客さんからこんな問い合わせを受けたことがある、という話でしばらく書けるかなぁ。
そろそろ内容に入ろうと思います。
この本は、和歌山県の山村にある「イハラハートショップ」という本屋の一人店長である著者が書いた、人口100人の村でいかに本屋を続けてきたのかという奮闘気です。
元々著者の父が大阪で本屋を開業したのだけど、これまで本屋がない環境で育った地元民から是非この地に本屋を作って欲しいと要望があり、大阪の本屋の支店として開業しました。その後、大阪の本店の方を締め、また経営を娘である著者に譲り、今では日用雑貨なども売る、村で唯一の小売店としても活躍しています。
著者はとにかく、子どもにもっと本と触れ合って欲しい、そしてその環境を提供したい、という強い思いを持っています。そこには、幼い息子を亡くしてしまったかつての同級生の存在があるようです。
著者はあらゆる試みによって、子どもと本とを繋げようと努力してきています。絵本の読み聞かせは様々な場所で継続的に行われているし、また学校にたくさんの本を持っていき、そこで子ども達自身に学校図書を選んでもらうという試みもしています。また、様々な出会いと著者の努力によって、絵本の原画展やサイン会なども実現できました。そのお陰もあってか、イハラハートショップ近隣の村から、読書感想文の最優秀賞受賞者が何人もいます。
今書店は厳しいと言われているけど、イハラハートショップは元々人口の少ない山村という厳しい環境で始まりました。この場所で経営を維持するには、ただ待っているだけでは成り立たないという気持ちで、昔から様々な取り組みをしてきています。現在では、和歌山駅から電車とバスを乗り継いで1時間半掛かるこの本屋に、多くの県外者がやってくるんだそうです。
ホントにすごい本屋だなと思います。何せ取材で、『この店のロングセラーは何ですか?』と聞かれた時、『ちゃいなマーブルというあめ玉です』って答えるような、そんな店と店主です。日本には変わった本屋が全国津々浦々にあるでしょうが、その中でもトップクラスに変わった本屋だと言ってもいいでしょう。
この本を読んで、僕も昔のことを思い出しました。僕の地元は別に山奥にあったわけではないですけど、やっぱり小さな町で(しかも最近隣の市に合併されて、町名は消えてしまったみたいだけど)、本屋は駅から5分くらいのところにある20坪くらいなのかな、とにかく小さな本屋だけでした。小中学生の頃は、よく学校帰りに立ち寄りました。どんな本を見ていたかは覚えていないんだけど、楽しかった記憶があります。
ただ親に本を買ってもらえるのはまたちょっと違う本屋で、隣町(と言っても僕の住んでたところが隣町の境みたいなところだったので、そんなに遠くなかったけど)にあった小さなスーパーみたいなところの中にある本屋でした。そこで、「ズッコケ三人組」シリーズをよく買ってもらったなぁ。あれは本当に面白かった。
高校生になると、高校が隣の市にあったので、やっぱり多少は栄えていて大きな本屋もありました。学校の近くにもあったし、商店街の中にもありました。参考書なんかをよく買ったりしたなぁ。それに、古本屋もあったりして、そこでもよく本を買いました。
もし地元に本屋がなかったらと思うと…、というかそんな想像はなかなか出来ないですね。僕の場合、どうなってたんだろうなぁ。昔から結構本が好きだったから、どうしても本のない生活というのが想像できないですね。
今の子どもというのは、本を読む以外にも楽しいことがたくさんあるんだと思います。主にゲームでしょうかね。ゲームだって熱中できればまあいいのかもしれないけど、やっぱり本作を読むと、本っていいよなぁと思えてきます。
本屋で読み聞かせをやったり、サイン会をやったりなんていうところはあると思うけど、それでもこのイハラハートショップのあり方に叶う本屋はなかなかないでしょう。読み聞かせにしてもサイン会にしても、普通本屋は来客数や売上をアップさせようと思ってやっているのに対して、著者は子ども達の笑顔を見たい、という一心でやっているんですね。勝てるはずがありません。その熱意に、多くの出版社・著者・マスコミがほだされて、いろんな協力を申し出てくれるんです。すごいものだと思います。
書店の経営が苦しい中、本書を読めば何か参考になる…、とはやはりいえないですね。真似しようと思って真似できるものではありません。元来書店というのは、何か大きく攻めるような業種ではないと思うんだけど、イハラハートショップはその立地ゆえ、開店当時から攻め続けなくてはいけかったわけです。もうその覚悟とか経験とかの違いですよね。勝てるわけがないし、真似しようと思っても真似できないと思います。
日本にこんなに凄い本屋があるんだ!というのを、是非読んでみてください。

井原万見子「すごい本屋!」



マジックミラー(有栖川有栖)

体調の方は大分よくなりました。明日からはきちんと仕事復帰出来そうです。
さて、ここ最近連続で書いてきた、『ブラっと買いのお客さんをいかに繋ぎとめるか』という話ですが、とりあえず今回で一区切りになる、かな。
最後は、品揃えの話です。もちろん今回も、基本的には文庫・新書の話になります。
最近は、「ランキング依存」という言葉も使われるように、何に対してもランキングが幅を利かせるようになってきました。本屋でもそれは同じで、何らかのランキングで上位になったもの、あるいは何らかの形で話題になったもの、が基本的にはドワーッと売れていくのが現状です。
例えば去年であれば、

新潮文庫 「西の魔女が死んだ」(映画化により話題)
幻冬舎文庫 「氷の華」(発売当時から出版社が宣伝に力を入れる、後ドラマ化で話題に)
光文社文庫 「ストロベリーナイト」(口コミから話題に)
新潮文庫 「蟹工船」(とある書店の仕掛けから)
祥伝社文庫「床下仙人」(同じくとある書店の仕掛けから)
文春文庫 「容疑者Xの献身」(直木賞受賞作かつ映画化で話題)

というような文庫が大いに話題になり、書店を賑わせていたのを見た方も多いことでしょう。
実際担当者としては、世間的に話題になっている本、世間的に売れている本を入れないわけにはいきません。それが実際売れるかどうかということは、正直別問題です。例えばある文庫が話題になっているという情報を掴んで、売り場に置いてみたとしましょう。しかし自分のところの売り場では全然売れない。しかしそれでも、しばらくは置かないわけにはいかない。何故なら、『話題作がきちんと店頭にある』ということをお客さんにアピールしなくてはいけない、と思うからです。
まずこの点で中小の書店は苦しい思いをします。そもそも中小の書店は話題作を注文してもなかなか入ってこないし、入ってきても売り場が広くないので何でもかんでも置けるというわけでもない。それでお客さんに、話題作がない店だ、という判断をされてしまいお客さんが去っていってしまう、という負のスパイラルが起こるからです。
僕のいる店は、まだ話題作はそれなりに手に入れられますし、売り場もそこそこあるので大丈夫ですが、やはり大型書店には適わないですね。
しかし、じゃあ話題作だけ置いていればいいのか、というのが問題になると僕は思っています。
どの書店も、同時期に話題になっている本を何とか確保して売り場に置こうとするのはまあ当然です。しかしそれだけでは、どこの本屋も似たような、金太郎飴的な売り場になってしまいます。売り場に差がないならどこの本屋で買っても同じだ、と思われないために、僕は他の本屋では置いていないだろうという本をなるべくたくさん、しかも頻繁に入れ替えて置くように心がけています。
売り場に何を置くかということを考える時、『売れそうなもの』あるいは『売れているもの』から選ぶというのはもちろん当然です。しかしそれだけでは差別化は出来ません。なので僕は、『売れないかもしれないけどチャレンジしたいもの』というものを日々見つけ出しては、売り場で展開するようにしています。
そんな風にやっていると、突然売れたりする本が発掘できたりします。去年かなりたくさん売った、

PHP文庫 「子どもの心のコーチング」
新潮文庫 「赤ちゃん学を知っていますか?」

なんていうのはいい例で、まさに他の本屋では全然売っていないけど僕の売り場ではガンガン売れている、というものを発掘できたいいケースです。もちろん、こうやって大成功する例は稀ですし、小さな成功を積み重ねていくしかないと思っているわけなんですけど。
本屋というのは、扱える本はどこも同じなのに、それでいて書店ごとにまったく違う特色を出すことの出来る珍しい小売店だと勝手に僕は思っています。これからも、話題作だけを追いかけるのではなくて、変わった品揃えで他の本屋と差別化できればと思っています。
そろそろ内容に入ろうと思います。
琵琶湖にほど近い余呉湖畔の別荘で、女性の死体が発見される。彼女の夫は、双子の弟と一緒に骨董店を経営していて、殺害時刻彼女の夫は博多に、そして双子の弟は酒田にいたことがはっきりしている。アリバイは完璧。警察も、保険金殺人を目論んだのではないかと双子の兄弟を疑うも、彼らのアリバイを一向に崩すことが出来ない。
しかし、双子の兄弟への疑惑を捨てきれない被害者の妹は、知り合いの推理小説作家・空知と共に私立探偵に調査を依頼するが、しばらくすると第二の殺人が起き…。
というような話です。
僕は有栖川有栖の本格ミステリはかなり好きなんですけど、本作はちょっと好きになれないですねぇ。
そもそも僕は、時刻表トリックっていうのがどうしても好きになれないんです。だって、読むのがめんどくさいじゃないですか。数字を見たり、あれこれ考えたりしないといけなくて、こんな細かい部分は読んでられないと思って、本作でも時刻表トリックについて云々している部分はさらっと読むことにしました。
しかも本作は有栖川有栖の作品には珍しく、警察がちゃんと捜査をするんです。僕としては、有栖川有栖の作品は、警察が出てこない状況であーだこーだ議論しているところが楽しいと思っているので、どうも本作は馴染めないなと思いました。
作中の後半にあるアリバイトリック講義はなかなか面白いと思ったし、第二の殺人のトリックはなかなか素晴らしいと思ったんだけど、全体としてはどうにも好きになれない作品でした。僕としてはあんまりオススメ出来ないです。

有栖川有栖「マジックミラー」



孤虫症(真梨幸子)

そろそろ内容に入ろうと思います。
本作はメフィスト賞を受賞した著者のデビュー作です。諸事情あって内容紹介が非常に難しいので、本書の第一章の内容だけ書きます。
そこそこ給料のいい夫を持ち、マンションも買い、一人娘は私立の進学校への合格間違いなしと言われている、周りの主婦よりは恵まれていると感じている麻美。彼女は週に三度、夫以外の男と身体を重ねている。いずれも出会い系サイトで出会った男たちだ。妹名義で借りているアパートで情事に耽る一方、主婦としても精一杯努力している。
麻美は、自分の身体の変化に気づいていた。時折図書館で関連本の背表紙だけを視界に入れては、気のせいだと自分に言い聞かせる。しかししばらくして、麻美と関係を持っていた男が謎の奇病が原因で死亡したと聞かされる。麻美は恐る恐る、<性病>に関する本を読み始める。
まさか、私は虫に取り付かれているの?
というような話です。どうして僕が第一章の内容紹介しか出来ないのか、という理由は読んで確かめてください。僕は出来るだけフェアでありたいんです。
少し前に同著者の「クロク、ヌレ!」を読んで、この作家はすごいぞ、と思ったのでデビュー作も読んでみることにしました。この作品も、「クロク、ヌレ!」に劣らず、なかなか凄まじい作品です。
解説で豊崎由美も書いていますが、第一章の主人公である麻美は、まったく共感出来ない人物です。夫とのセックスがなくなって3年、でも出会い系で知り合った男と週三回セックスをしている。受験ノイローゼで始終イライラしている娘を刺激しないように気を使わなくてはいけなかったり、姑から微妙に厭味なことを言われて苛立ったりとストレスを感じることが多い。そしてどんどん壊れていく。その過程がなんか凄い。「クロク、ヌレ!」を読んだ時も少しだけ感じだけど、この著者の女性の描き方はなんとなく桐野夏生に近いものを感じる。似ているとまでは言わないけど、同じような方向性ということ。男からはなかなか見えない女性の嫌な部分、ドロドロした部分、醜い部分をこれでもかというくらい顕わにしていく描写は、ものすごく恐ろしく感じられる。
寄生虫に冒されていると感じるようになった麻美はついに発狂し、失踪してしまう。第二章からは主人公が麻美の妹に代わり、麻美の失踪を中心に話が進んでいくという展開になる。
ストーリー自体は、ラストの展開がちょっと速すぎると思いました。最後、予想もつかなかった展開になっていくんだけど、でも正直ちょっと無理があるかなと思いました。無理があるというか、あまりにも伏線が少なすぎるために納得しづらいというのかな。そういう意味で、ストーリーの出来はそこまで特筆するものではないと思います。
ただ新人離れした文章力は見事だと思います。とにかく、読ませる。デビュー作でここまで読者を惹き付けてページを捲らせるだけの文章が書けるというのは相当すごいことだと僕は思います。どこがどう凄いのかというのは僕の語彙不足でなかなか書けませんが、一つ言えることはオリジナリティがあるということですね。舞城王太郎がとんでもない文体で登場して小説界を驚かせたように、この著者もデビュー作からきちんと自分の文章のスタイルというものを持っています(「クロク、ヌレ!」でもやはり同じ雰囲気を感じる文章だったので、デビュー時からブレてもいません)。解説で豊崎由美も書いていましたが、最近は無難な文章で無難なストーリーで減点方式の選考を潜り抜けてしまうような新人が多いけど、さすがメフィスト賞だけあって、そんなぬるい作品は出さないですね。初期の頃より話題作が減ったとは言え、メフィスト賞はまだまだ存在価値があるなと思いました(最近はメフィスト賞受賞作をあんまり読んでないので、内容にどんな変化があるのか書けませんが)。
荒削りの部分は多いし、そもそもラストは僕はあんまり納得いかない感じなんだけど、それでも十分読む価値のある一冊だと思います。とにかく、『女って怖いなぁ』と思わされる作品です。特徴的な文体と読者を惹きつける描写を堪能してみてください。

真梨幸子「孤虫症」


カラスの親指(道尾秀介)

そろそろ内容に入ろうと思います。
武沢竹夫はとあるきっかけから入川鉄巳という男と出会い、以来一緒に仕事をしてきた。お互いタケさん、テツさんと呼び合う二人の職業は、詐欺師だ。
武沢とテツさんは似たような過去を持つ。かつて二人は、悪徳な金貸しに金を毟り取られていたのだ。武沢は妻と娘を失い、テツさんも妻を失った。
しかし一方で武沢は加害者でもあった。どうしても金の返済が出来なかった武沢は、組織に言われるがまま<わた抜き>と呼ばれる、生活費として残している最後の最後の金まで奪い取るという仕事をやらされ、そのせいで一人の女性を殺してしまった。その罪悪感が今でも武沢の奥底に眠っている。テツさんと一緒に暮らすようになってより強く思うようになった。何しろ武沢は、テツさんの奥さんを奪った人間と同類なのだ。
二人は詐欺で倹しい生活を続けていたが、どうも身辺が怪しくなってくる。かつて自分をこき使っていた組織の人間であるヒグチの影がちらちらと見え隠れするように思えたのだ。まさかそんなバカな…。しかし、ヒグチから復讐される謂れのある武沢の心中は穏やかではない。
一方彼らはある時、一人の少女と出会う。同じく詐欺で生計を立てているようで、成り行きで一緒に住むことになった。それから同居人はさらに増えて行く。武沢は考える。まさかこの子たちは…。
彼らは過去を払拭するために、壮大な計画を実行に移すのだが…。
というような話です。
断言しましょう。恐らく今年のトップ3には間違いなく入るだろう傑作です。もちろん今のところ今年読んだ本の中ではトップです。もう完璧すぎます!道尾秀介は作品を出す度に巧くなっていく作家だけど、この作品はこれまでのどの作品と比べても別格です。ストーリー・伏線・キャラクター・描写・そしてタイトルに至るまですべて完璧!ここまですべてがピタッと来る作品で、しかも素晴らしい読後感を与えてくれる作品はなかなかないです。伊坂幸太郎級の一冊だと思います。
この作品は今直木賞の候補になっています。恐らく過去最年少での直木賞候補者ではないでしょうか。これまでは確か伊坂幸太郎が最年少だったはずなんですけど、たぶん伊坂幸太郎より道尾秀介の方が若いと思うんですよね。しかしまさかここまで化けるとは…。デビュー作の段階ではそこまで大した作家ではないと思ってたのに、それからグングン力をつけていって、現時点で最高傑作と断言してもいい本作を書いてしまうんですからね。すごいものです。今日が本屋大賞の一次投票の締め切り日なんですけど、これ入れときゃよかったなぁと心底後悔しています。もう投票し終わっちゃってるんです。たぶん二時投票の10作には残るだろうから、その時にでも投票しようと思います。
メチャクチャ面白い作品なんで内容についてもガンガン書きたいんですけど、ものすごく緻密に書かれているミステリなんで、ネタバレになっちゃいそうで怖いです。しかし、本作は雑誌の連載をまとめたものなんだけど、よく書下ろしじゃないのにこれだけ伏線をびっしり入れられるものだよなと思います。後半で伏線がバンバン回収されていくのを読んでいると感動さえ覚えます。あまりに見事で緻密なストーリーに、正直ホントに震えました。
ストーリーもまたいいんです。初めは男二人しか出てこなくてむさい話なんですけど、そこから賑やかなメンバーが増えていって、しかもそれによって少しずついろんなことが明らかになり、さらに状況的にいろいろ追い詰められていく。その状況を打破するための大芝居を考えるんだけど、そこからのどんでん返しの連続と来たら、一級の本格ミステリでもなかなかないほどのカタルシスって感じです。しかもすごいのはミステリ的な部分だけじゃなくて、彼らの背景とか過去で、これがすごく泣かせるんです。僕も二度ほど泣きました。正直、道尾秀介の作品で泣くとは思っていなかったですけどね。いろんな意味でホント予想外でした。
細かな描写も巧いです。例えば各章のタイトルになっている鳥の名前もそれぞれさりげなく出てくるし、しかもそれが後々ちゃんと関わってくる。武沢とテツさんの大したことのない雑談とか、中盤から始まる共同生活での描写とか(皿で卓球をやってるとか)、そういうどうでもいい部分でも楽しませてくれるので、読んでて全然飽きないんです。しかもどうでもいいと思っていた部分が時々伏線だったということにも気づかされるわけで、お見事としかいいようがないですね。
あぁ、もう少しホントに具体的にいろいろ書きたいんですけど、でも読む楽しみを奪ってしまわないようにこれぐらいにしておきます。ホント、これは面白すぎます!是非直木賞を獲って欲しいものです。あと本屋大賞の1位も(二次投票の候補に残るかどうかも分かりませんが)。そういえば今年のこのミスにもちゃんと6位に入っていました。皆さんやっぱり注目してるんですね。
とにかくこれは絶対の自信を持ってオススメ出来る作品です。是非是非是非読んでみてください!

追記)amazonのコメントでは、賛否両論でした。おかしいなぁ。僕としては手放しの大絶賛、素晴らしい傑作だと思ったんだけど。
あと、表紙に英英辞書の写真が載ってますけど、あれって開いてるページって何か関係あるんですかね?でも、もし知ってる人がいても、内容のネタバレになってしまうようでしたらコメントには書かないでくださいね。

道尾秀介「カラスの親指」





佐藤さん(片川優子)

そろそろ内容に入ろうと思います。
本作は、高校一年でデビューした著者のデビュー作です。僕は、佐藤さんが怖い。別に佐藤さんの性格がキツイとか、イジメられているとか、そういうわけではない。
じゃあなんで怖いのか。
佐藤さんの背中には、いつも幽霊がいるのだ。そして、佐藤さんにはそれが見えていないようなんだけど、僕には見える。だから佐藤さんが怖くて仕方ないのだ。
これまでほとんど佐藤さんと喋ったこともなかったのに、ある日話し掛けられ、幽霊が見えていることが佐藤さんにバレてしまう。佐藤さんはどうも学校では猫を被っているようで、大分正確が違う。
佐藤さんの背中で勝手に守護霊になった安土良介や、僕の数少ない友達の一人である志村なんかと一緒に、高校時代のひと時を描いた作品です。
何だか全然内容紹介をしていませんが、連作短編風の長編になっているのでなかなか内容紹介をしづらいです。
これ、高校一年のデビュー作だからって、ナメちゃいけないですね。僕は、まあそんなに期待しないで読み始めましたけど、思った以上にいい作品でした。
著者についてまずざっと書きましょうかね。1987年生まれだから、僕より4つ下なのかな。さっきデビューは高校一年の時と書きましたが、実際本書の一番初めの短編を書いて新人賞を受賞したのは中学三年の時みたいです。それから短編を書いていって、高校一年の時に一冊の本になったということです。
しかし高校一年でデビューって、あのメチャクチャ若くしてデビューした乙一よりも早いんじゃないですか?確か乙一のデビューが17歳だったはずなんで。すごいものだと思います。
著者はあとがきでこんな風に書いています。

『最近、十代の犯罪や問題行動が目立ちます。何か事件が起こるたび、専門化がテレビの特集でステレオタイプの十代の少年少女を語ります。私はそれがいやでした。確かに驚くほど残酷な事件が次々と起こっていますが、みんながみんな、犯罪者予備軍なわけでも心に深い闇があるわけでもないと思います。だから私はこの小説を書きました。こんな純朴な高校生だって、日本にはまだまだたくさんいるだろうことを、知っていただきたかったからです。』

現在は大学生みたいですが、非常に説得力のある言葉ですね。確かに僕も同じようなことはずっと思っていたんですよね。ほんの一部の問題児だけがあまりにも取り上げられすぎているのではないか、と。でもそれは、あくまで僕のイメージでしかなかったわけです。著者は、高校生の視点でこの作品を書いたわけで、これほど説得力のある話はないなと思いました。もちろんこれは、高校生が書いたから本書は説得力があってそれ以上でもそれ以下でもない、なんてことを言いたいわけではありません。小説としても、非常に面白いと思いました。
まず文章が非常にしっかりしています。高校生が書いた小説なんていうと、どうしても携帯小説みたいなものを思い浮かべてしまいますが(これも偏見なんでしょうか?携帯小説を読んでいる女子高生と読んでない女子高生だったら、どっちの方が多いでしょう?)、本書は全然そんなことなく、非常にちゃんとしています。ちょっと回りくどいと感じる部分は多少ないではなかったけど、でもそれより、全体的にすっきりとコンパクトに収まっているという印象の方が強かったです。これだけ短い作品の中で、5つの短編を収録しているわけで、しかも一つ一つがきちんとしている。それを実現するには、ダラダラしない贅肉のない文章であることが重要だと思うので、非常にうまいなと思いました。
あとやっぱり、感覚が若いなという感じがしました。どこが、と聞かれると困りますけど、思考の仕方とか会話とかから若さを感じるんですね。でもそれも、軽薄という感じにはなっていないんです。携帯小説なんかだと、あまりに飛躍しすぎてたりとか会話がどう考えても省略されすぎてるとかありますけど(まあ携帯小説はこれまでに一冊しか読んだことないですけど)、そういうようなことはないです。きちんと体裁を保ちつつ、そこにしっかりと若い感性を滑り込ませているという印象でいいと思います。
しかし読んでいると、僕らがイメージする高校生とは大分ギャップがあると思いますね。僕らはもう、高校生というのは授業もロクに受けないし、煙草も酒もやるし、エンコーばっかりしてるみたいなイメージがあると思うし(まあこういうのも全部携帯小説からのイメージだけど)、そこまでいかなくても、今が楽しければいいやみたいな享楽的なイメージとか、陰湿なイジメが行われてるんだろうな、みたいなことを考えがちだと思うんですけど、本作ではそんな描写はないんですね。まさに著者が<あとがき>で書いているように、純朴な高校生なんです。大人の目から見た高校生のイメージを覆させたい、と著者が思ったのも当然かもしれないな、と思いました。
僕と佐藤さんの関係が非常にいいです。彼らの関係はどんどん変化していくわけなんだけど、それがまあもどかしいもどかしい。純朴すぎるだろしかし、と思うけどまあいいんです。今の高校生にももちろんこういう人はいるんです。僕の友達の志村もいい奴だし(ってかすごく頼りになるし、空気が読める)、何よりも佐藤さんの造型がいい。何だか気になって仕方ないみたいな雰囲気をきちんと描き出しているんですね。あと一人、忘れちゃいけない守護神安土。こいつも、まあ何だかテキトーな守護神で、でもやっぱりいい奴なんです。にしても、主要な登場人物が四人しかいないのに、きちんとこれだけ物語を展開させられるのはうまいものだなと思います。
一番最後の話が僕は一番好きでしたね。っていうか、ここまでの構想を考えた上で著者は初めの短編を賞に応募したんだろうか?と思わせるぐらい、それまでの展開をうまく絡み合わせてストーリーを作っています。巧いなと思いました。特に、佐藤さんに何かしてあげたくて、でもそのまえに自分も克服しなくてはいけないものがあるんだ、という展開がよかったですね。それを乗り越えた上で、佐藤さんを支えていくというところがよかったと思います。
なかなかこれからに期待できる新人だなと思います。別の作品も出しているみたいなので、機会があったら読んでみようと思います。本書も、結構いい作品だと思います。是非読んでみてください。

追記)amazonでも皆さんコメントで、注目株だと推していますよ~。

片川優子「佐藤さん」



人生を料理した男(ジェフ・ヘンダーソン)

今日もあんまり時間がないので、さらっと書きます。前に、日次報告的なことも書こうと思っている、というようなことを書いたので、今日はそんな感じで書いてみようと思います。
昨日はなかなか新刊の多い日でした。主に光文社文庫と電撃文庫でしたが、ウチは電撃文庫の配本数がすごいんです。知らない方のために書くと、電撃文庫というのはライトノベルの一レーベルで、ライトノベルの中でも最も古くからあるものの一つであり、そして恐らくライトノベルレーベルの中で最も売れているものだと思います。
僕のいる店は、ライトノベルが無茶苦茶売れるんですね。僕が担当になり始めた頃は今ほどじゃなかったんだけど、いろいろやっている内に(と言っても、とにかく新刊を確保をしようと努力しただけだけど)ものすごく売れるようになっていきました。新刊が出る日、もううんざりするような量が入ってくるし、またそれを買っていく人がまたすごいんですね。10冊ぐらい平気でまとめてもってくるんです。で大体カバーを掛けるんですね。ライトノベルは子供向けの本だと思っている人は結構いるかもしれないけど、少なくとも僕のいる店では、ライトノベルのメインターゲットは30代から40代の男性です。いわゆるオタクの人というのは、趣味につぎ込む金額が半端ないので、すごいなといつも思います。
あと昨日は、「チーム・バチスタの栄光」のシリーズである「ジェネラル・ルージュの凱旋」が文庫になりました。初回上下20冊ずつって、少なすぎるだろ…。
恐らく今日も新刊が多いだろうなと思います。予想では、文春文庫(三浦しをんの「まほろ駅前~」が出るはず)、朝日文庫(恩田陸の「ネクロポリス」が出るはず)、ちくま文庫辺りが出そうな気がします。
あと今は、文庫の年間フェアを考えなくてはいけないので大変です。これは、文庫レーベルを持っている各版元が計画しているフェアの内どれを入れるのかということを決めるんだけど、締め切りがもう結構近いんだよなぁ。早いところ決めて出さないと…。棚チェックもしないといけないし、まあやることは目白押しで、仕事始めからやっぱり仕事は忙しいです。
とまあこんな感じです。
そろそろ内容に入ろうと思います。
本作は、麻薬密売の元締めだった著者が、ラスベガスの最高級ホテル<ベラージオ>の総料理長になるまでの人生を描いた自伝です。
著者は黒人で、生まれた時から貧しい生活をしていました。小さな時から盗み癖があり、そこからどんどんワルの世界に引き込まれていきます。Tロウという、当時ボス的な存在だった人間に取り入り、そこから自らの才覚を発揮し、20代前半にしてサンディエゴでもトップクラスの売人にのし上がる。豪邸を建て、高級車を乗り回し、女をとっかえひっかえしては、享楽の限りを尽くした。しかしそんな放蕩三昧の生活をしながら、彼は自身ではクスリは一切やらなかったし、心の底では、貧しい家族を貧困から抜け出させてあげたいという気持ちを持っていた。
仲間のちょっとした不手際のために、著者は逮捕され、20年の懲役を言い渡される。刑務所に入った著者は、刑務所内で争いに巻き込まれず過ごす一方で、役得の多さに惹かれて調理部へともぐりこみたいと思っていた。囚人は様々な雑用をやらされるが、調理部にいるとかなり目こぼしがあると分かったのだ。
そこでであったのがビッグ・ロウ。調理人のボス的存在で、著者は彼から様々なことを教わり、そして料理に目覚めた。出所後、犯罪者であるという経歴から、また黒人であるという理由から、すんなりとシェフとしての人生を渡り歩けたわけではないが、飽くことなき研究魂と類稀な統率力を発揮し、次第に一流シェフの怪談を駆け上がっていく…。
という話です。
最近僕は結構ノンフィクションを読むようになりました。数学とか物理の本もありますけど、こういう自伝っぽいものも読みます。昔は全然読まなかったけど、最近はリアルな話の面白さみたいなものが少しずつ分かるようになってきました。
この作品も非常に面白いですね。要約すると、「麻薬の売人からトップシェフになる」という話なんだけど、もちろんそんな簡単な話じゃないわけです。いろんな苦境があったし、いろんな後悔があったし、日々の努力があったわけだけど、それでも賞をもらえるほどのシェフになるのにどれだけ苦労があったか知れません。もちろん、自分が犯罪者であったという過去があるからこそ、余計頑張らなくてはいけない、という風に思えたのかもしれません。しかしそれにしても、著者が持っていたハンデはなかなか大きかったと思います。
まあそれも自業自得だと言われればそれまでで、仕方なくはあるんですけど。実際、捕まる前までは享楽の限りを尽くしていたわけですからね。密売人時代の金銭感覚はもう相当おかしくって、自分の誕生パーティーに1万ドル使ったとか書いてありました。
現在では、講演などの社会活動をかなり精力的に行っているようで、若者たちが道を踏み外してしまわないように自らの経験を語り、また既に踏み外してしまった若者に努力すれば夢が叶うということを伝えているそうです。ただ著者の場合、本書を読んだ限りの感想ですが、著者は元々悪人ではなかったんだと思うんです。麻薬を売るのは完全に金のため、そしてその金はもちろん自分でも山のように使っていたけど、一方では家族のためという理由もあった。根っからの悪人ではなかったから更正できたのかもしれないな、と。性善説を取るか性悪説を取るかだけど、やっぱり根っからの悪人はいると僕は思うんですね。
しかし、著者はものすごく赤裸々にいろんなことを書いているなと思いました。それが、非常に好感が持てます。ストーリー上別に書かなくてもよさそうな失敗とか感情なんかも隠さずに書いているわけです。当時自分がどんな風に感じていたのか、またどれだけ浮気をしていたのか、みたいなことも全部書いています。自分は今トップシェフとして不動の地位にある、という自信があるからこそ書けるという部分はあるんだと思いますが、何もかも包み隠さず書いているが故に、著者が書いていることすべてに真実味があって、それぞれに納得出来ると感じられました。これが、自分の都合の悪い部分はひた隠しにしているような内容だったら、信頼感は薄くなってしまうでしょう。
読んでて驚いたのは、アメリカの刑務所っていうのは日本とは大分違うんだなぁ、ということです。ビックリしました。点呼の時にきちんといればそもそも刑務所内をかなり自由に歩けるみたいだし、テレビも見れるし売店もあるしトレーニングマシンなんかもあるそうです。しかし何より驚いたのは、仕切りなしで面会が出来るっていうことですね。日本では考えられないでしょう。しかも面会室でセックスするのが当たり前だっていうんだから、よく分からない感覚だなと思います。少なくとも本作の記述だけを読んでいると、アメリカの刑務所暮らしっていうのは案外悪くないんじゃないかと思います。だって、ビッグ・ロウとか著者みたいな腕利きの料理人が料理を作り、娯楽はたくさんあり、やろうと思えば勉強も出来るし、本も読める。そして仕切りなしで面会が出来て頑張ればセックスも出来るっていうんだから、特に問題はないような気がしますね。快適なような気もします。とにかくそれは驚きました。
あと、料理っていうのは面白いんだろうけど、やっぱり僕は答えがきちんと一つに決まるものがいいなと思いました。僕は数学とかパズルが好きなんですけど、これは答えが一つに決まる(決まらない時もあるけど)からというのがいいんですね。料理は、無数の食材を無数の手法によって組み合わせて無数の料理を生み出すわけで、その選択肢の多さが魅力的かもしれないけど、いつまで経っても終わりがないというのが僕の性には合わないだろうなと思いました。数学やパズルは、ものすごく時間が掛かるかもしれないけど、いつか正解に辿り着けると信じて前に進むことが出来るけど、料理の場合はそれがないですからね。
ただ一方でこういう考え方をすることも出来ます。数学やパズルの場合、最終的には正解に辿り着かなければ意味はありません。オールオアナッシングなんですね。でも料理の場合、正解はないけど、でもその料理を好きだと言ってくれる人は少なくとも一人は見つかる。どんな料理であっても常に意味を見出すことが出来るという点はいいのかもしれないなと思いました。
本作は、ウィル・スミス主演で映画化が決定しているそうです。頑張れば夢が叶う、なんて僕は言いたくないけど(なんかウソ臭いですからね)、でも本書を読むとそんな気になれるかもしれません。将来なりたいものが分からないと思っているような人も、読んでみたら何か感じるものがあるかもしれません。

ジェフ・ヘンダーソン「人生を料理した男」



脱出記 シベリアからインドまで歩いた男たち(スラヴォミール・ラウィッツ)

今日は申し訳ないんだけど時間がないので、今僕が売ろうとしている本をさらっと書いておしまいにしようと思います。
常にいろんな本を売ろうとチャレンジを試みていますが、今特に僕の中で注目しているのは以下の三冊です。

光人社文庫「私は魔境に生きた」
光文社文庫「聖ジェームス病院」
光文社文庫「NOTHING」

今のところ、まあ割と順調に売れています。今年からまた変な試みをしていて、この三点には変わったPOPをつけています。POPというか、これまで何冊売れたのかをカウントするようなもので、バスケットボールの試合で得点をカウントするようなやつをもの凄く小さくしたようなものを作ってもらって今つけています。それをお客さんが見て、なるほど結構売れてるんだと思って買ってもらえればいいなと思います。
仕事上いろいろしがらみがあって、例えば今年は講談社文庫(特に講談社+α文庫)を売らないといけないし、集英社新書も売らないといけない(ただ集英社新書に関しては、去年山ほど売ったので、多少大丈夫かなという気はするんですけど)。光文社文庫とか集英社文庫もなるべく多く売りたいし、出来ればPHO文庫や光文社新書なんかもたくさん売りたいと思っています。とりあえずそういう方面で、いろいろチャレンジしていこうと思っています。また何かチャレンジしてみようというものが見つかったら、時々報告しようと思います。
そろそろ内容に入ろうと思います。
本作は、シベリアの強制収容所を脱走した面々が、一年掛けてインドまで6500キロの道のりを歩いて踏破する、というノンフィクションです。
1939年、ポーランド陸軍の中尉だった著者は、スパイの容疑でロシアに拘束される。当時ロシアは、外国人というだけの理由でスパイだと断定し逮捕し、拷問に掛けて自白させ処刑するということをやりまくっており、著者もそんな流れの中で捕まってしまう。
しかし著者は、とんでもなく非道な拷問に耐え続ける。普通では耐え切れないと思えるような拷問や尋問の連続に、ほぼ1年間耐え切ったのだ。ここで屈しては、処刑される。何とか歯を食いしばって耐えた。
その結果、処刑こそ免れたものの、著者は極寒のシベリアの強制収容所で25年の強制労働を言い渡される。
とんでもなく長い距離を歩かされた挙句辿り着いた収容所で、著者は脱走について考えを巡らせることになる。思いもしなかった展開があり、脱走計画が現実的になり、仲間を募って準備に備えた。
そして彼らはついに収容所を脱出する。
しかしそこから苦難の連続だった。僅かな食料と道具と毛皮だけを持ち、後はひたすら自らの足だけで歩き続けた。彼らは綿密に計画を練り、目標を定めた。シベリアから南下し、インドへ向かおう。
しばらくは極寒に耐えながらの行軍だった。途中、同じく脱走したという少女を拾う。彼らはその少女も仲間に加え、厳しい道のりを乗り越えて行く。
モンゴルに入ってしばらくは穏やかだったが、ゴビ砂漠が第一の難所として立ちはだかる。いくつかの悲劇に見舞われながらも、彼らはひたすら南下する。
チベットに辿り着き、ヒマラヤ山脈をなんとか越えて、彼らは何とかインドに辿り着く。1年間、ほぼ丸々歩き通しで、6500キロという途方もない距離を踏破するのだ。
というような話です。
とにかく、凄いとしか言いようのない本ですね。凄すぎます。もちろん世の中にはこれと同じような悲劇的な状況からなんとか生還したというような話はいろいろあるんでしょうけど、それにしてもとにかく凄いです。
まずロシアの無茶苦茶っぷりがすごいですね。無茶苦茶な理由で逮捕し、激しい拷問に掛けて、挙句収容所に送る。その収容所に送るやり方もとんでもなくて、極寒の中、鎖に繋いだ囚人を歩かせるんです。無茶苦茶なことをしています。
辿り着いた収容所で著者は、こんなところで25年も生きなくてはいけないことに絶望します。そこで脱走について考えるんですけど、でも僕ならどうするだろうなぁ。そこで25年過ごすのと、メチャクチャ辛い徒歩1年過ごすのだったらどっちがいいか。もちろん、収容所にいる時には、脱出がこれほどまでに厳しいという予想は出来なかったことでしょう。もちろん、ある程度は予想していたにせよ。しかしいずれにしても、世界地図を一度でも見たことがある人は、シベリアからインドまで歩いて行こうなんて言っている人間は、正気がおかしいと思われることでしょう。実際著者は、仲間を募るために囚人に声を掛ける時、そういう反応に出会ったようです。そう考えると、よくもこれだけの仲間が集まったものだなと思います。
しかもその仲間が皆いい奴なんです。もちろん、解説で椎名誠も書いていましたけど、大分昔のことを語り起こしているし、記憶も曖昧な部分もあるだろうから、ここに描かれている人物像そのままだったかどうかはなんとも言えないんだけど、それにしても皆知恵も能力もあり、そして何よりも勇気のあるメンバーばかりなんです。
特に僕が一番好きなのはザロですね。ザロは、周囲がどんなに沈んでいる時でも、陽気なことをして場を盛り上げるんだそうです。ザロの存在がどれだけ助けになったか、と著者も書いています。1週間以上何も食べず、疲労も限界に達しているような状況でも、ザロは陽気に振舞えるんです。他のメンバーも様々な形でこの行軍に貢献することになりますが、やっぱり一番貢献したのはザロだったことでしょう。
また、途中で拾ったクリスチーナという少女も非常にいい人物です。みんなのお荷物になることが気がかりで、弱音もはかずに頑張るし、誰とでも気さくに話して場を和ませます。ネタバレになってしまうので申し訳ないんですけど、このクリスチーナは途中で死んでしまいます。その時の悲しみはいかほどだったか、想像すると僕も本当に泣きそうになりました。ただ一方で、クリスチーナがあそこでもし死なずにいたとしても、旅を最後まで乗り切ることは出来なかったのではないかと思います。その後の行程もあまりにも厳しすぎました。というか、最後まで歩き続けてインドまで辿り着けたメンバーがどれだけすごかったかということです。
ゴビ砂漠がまず最初の難関として立ち現れます。彼らはゴビ砂漠について何の知識もないままそこに足を踏み入れましたが、あらかじめ知識があれば、どれだけ時間が掛かったとしてもそこを迂回したのではないかと思います(まあ迂回できるようなものではないかもしれないけど)。何せ、水も食料もほぼ手に入らないわけです。ものすごい灼熱の中、飲まず食わずが10日を越えるようなこともあるわけです。そんな中でどうやって彼らは生き抜くのか。まさにサバイバルです。
モンゴルでもチベットでもそうでしたが、その地の人々がすごく親切なんです。旅人には親切にするという習慣があるようで、食料をくれ寝床を与えてくれます。彼らは、言葉は通じないけれども、彼らに懸命に感謝を伝えようとします。そういう部分を読んでいて、言葉が通じない方がより感謝の気持ちを忘れないのではないか、というような気になりました。
そこからも、とにかく苦難を経てようやく彼らはインドに辿り着くわけです。もう壮絶という言葉では言い尽くせないです。よくもこんなことを成し遂げたものだな、と思います。ただの平地を1年間歩き続けるだけでもたぶん僕には無理なのに、彼らは灼熱の砂漠も、極寒の平原も、高低差の激しいヒマラヤ山脈もほとんどまともな装備もなしで歩き続けるわけです。凄すぎます。人間の底力というものをまざまざと見せ付けられるなと思いました。
とにかく凄いとしかいいようのない作品です。そうするしか選択肢がなかった彼らの、人生を賭けた行軍を、是非読んでみてください。

スラヴォミール・ラウィッツ「脱出記 シベリアからインドまで歩いた男たち」



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2013年ベスト

2013年の個人的ベストです。

小説

1位 宮部みゆき「ソロモンの偽証
2位 雛倉さりえ「ジェリー・フィッシュ
3位 山下卓「ノーサイドじゃ終わらない
4位 野崎まど「know
5位 笹本稜平「遺産
6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
7位 須賀しのぶ「北の舞姫 永遠の曠野 <芙蓉千里>シリーズ」
8位 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日
9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
16位 藤谷治「世界でいちばん美しい
17位 神林長平「言壺
18位 中脇初枝「わたしを見つけて
19位 奥泉光「黄色い水着の謎
20位 福澤徹三「東京難民


新書

1位 森博嗣「「やりがいのある仕事」という幻想
2位 青木薫「宇宙はなぜこのような宇宙なのか 人間原理と宇宙論」 3位 梅原大吾「勝ち続ける意志力
4位 平田オリザ「わかりあえないことから
5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
6位 小阪裕司「「心の時代」にモノを売る方法
7位 渡邉十絲子「今を生きるための現代詩
8位 更科功「化石の分子生物学
9位 坂口恭平「モバイルハウス 三万円で家をつくる
10位 山崎亮「コミュニティデザインの時代


小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
10位 エイドリアン・べジャン+J・ペタ―・ゼイン「流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則
11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
7位 ジュディ・ダットン「理系の子
8位 笹原瑠似子「おもかげ復元師
9位 古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち
10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
11位 石井光太「遺体
12位 佐野眞一「あんぽん 孫正義伝
13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
19位 二村ヒトシ「すべてはモテるためである
20位 平川克美「株式会社という病

2011年ベスト

2011年の個人的ベストです
小説
1位 千早茜「からまる
2位 朝井リョウ「星やどりの声
3位 高野和明「ジェノサイド
4位 三浦しをん「舟を編む
5位 百田尚樹「錨を上げよ
6位 今村夏子「こちらあみ子
7位 辻村深月「オーダーメイド殺人クラブ
8位 笹本稜平「天空への回廊
9位 地下沢中也「預言者ピッピ1巻預言者ピッピ2巻」(コミック)
10位 原田マハ「キネマの神様
11位 有川浩「県庁おもてなし課
12位 西加奈子「円卓
13位 宮下奈都「太陽のパスタ 豆のスープ
14位 辻村深月「水底フェスタ
15位 山田深夜「ロンツーは終わらない
16位 小川洋子「人質の朗読会
17位 長澤樹「消失グラデーション
18位 飛鳥井千砂「アシンメトリー
19位 松崎有理「あがり
20位 大沼紀子「てのひらの父

新書
1位 「「科学的思考」のレッスン
2位 「武器としての決断思考
3位 「街場のメディア論
4位 「デフレの正体
5位 「明日のコミュニケーション
6位 「もうダマされないための「科学」講義
7位 「自分探しと楽しさについて
8位 「ゲーテの警告
9位 「メディア・バイアス
10位 「量子力学の哲学

小説以外
1位 「死のテレビ実験
2位 「ピンポンさん
3位 「数学ガール 乱択アルゴリズム
4位 「消された一家
5位 「マネーボール
6位 「バタス 刑務所の掟
7位 「ぐろぐろ
8位 「自閉症裁判
9位 「孤独と不安のレッスン
10位 「月3万円ビジネス
番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)