黒夜行

>>2008年07月

君が壊れてしまう前に(島田雅彦)

3月8日
明日はユウヤ君がプレステを持ってウチに遊びにきてくれるはずだ。やりたかったゲームを手に入れたって言ってたからそろそろのはず。

3月9日
明日は家族で外食に行けると思う。出来ればラーメンがいいな。近くに行列の出来るラーメン屋がある。そこに行きたい。

3月10日
明日は僕の誕生日だから、プレゼントをもらえると思う。何をくれるかな。めちゃイケのDVDが欲しいんだけど。

3月11日
明日は自動販売機でジュースを買ったら当たりそうな気がする。道を歩いていたらお金を拾えそうな気がする。宝くじを買ったら当たりそうな気がする。

「何読んでるんだ?」
「あぁ、これはあれだよ。ちょっと前の…」
「ナカタ君のやつか?」
「そう。彼が書いてた日記だよ」
「未来日記ってわけか」
「次の日のことを考えてないとやってられなかったんだろうな」
「学校でのいじめに家庭内暴力、万引きなんかも強要されてたらしいし、お金も大分盗られてたらしいからな。両親の喧嘩も絶えずとくりゃあ、そりゃあ死にたくもなるかもな」
「彼の未来日記はさ、ほとんど実現しなかっただろうけど、一つだけ現実になってるんだよ。ほらここ」

『3月29日
明日僕はきっと自殺しているだろう』

一銃「未来日記」

そろそろ内容に入ろうと思います。
本作は、1975年の1月から12月までの一年間、14歳の中学生である主人公がつけていた日記という体裁で物語が進んでいく作品です。
主人公はいつも何か『衝動』とでも呼ぶべきものを抱えながら毎日を過ごしている。それをオナニーやちょっとした仕返しや、あるいは女の子とのデートなんかで紛らわせながら日々すごして行くんだけど、どうも何かぶっ壊したい衝動がついて回る。友達と山に登ったり、映画を撮ったり、いじめたりいじめられたり、両親の不仲があったり、同級生が病気になったり、家庭教師がウチに来たりといろんな出来事が日記に書かれていく。
14歳という多感な時期に、毎日綴られたという設定の日記。中学生がどんなことを考えながら日々生きているのかということがよくわかる作品です。
本作はちょっとすごいなと思いました。小説としても面白かったんだけど、それ以上に、これを書いた作者はすごいなという感想の方が強いですね。
本作は、ホントに他人の日記を読んでるようなリアリティを感じさせるんですね。よく日記形式で書かれた小説とかはあるけど、そういう作品って大抵、ストーリーを伝える手段の一つとして日記という形を採用しているだけという感じがして、誰かの日記を盗み読みしているという感覚はあんまりないんですよね。
でも本作は、ホントに誰かの日記を盗み読みしている感じなんです。何よりもその感覚を強めるのが、本作には明確なストーリーは一切ない、ということなんですね。
例えば桂望実の「死日記」という作品があって、これも同じく主人公の日記という体裁で書かれている小説なんだけど、「死日記」の方は明確にストーリーがあって、そのストーリーを伝えるために必要なことが日記に書かれているということがわかるわけです。
でも本作ではそんなことはまったくないわけです。まさに、中学生の一年間に起こりそうな出来事を、適度に脈絡なく書いていて、本物の日記を読んでいる感じがします。
すごいのが、ホントに唐突にいろんなことが書かれるんですね。例えば、『夜父親がVANのトレーナーをくれた。』みたいな文章がちょろっと書かれたりするんだけど、これなんかどこかに伏線があったわけでもなんでもないし、まさに唐突に出てくるわけです。でも、実際そういうことってありそうだし、そういうことがあったらたぶん日記に書くわけで、こういうどうでもいい些細な記述がものすごくたくさんあるので、本物の日記っぽいんですよね。オナニーしたとか、おっぱい触りたいみたいなことはちょっと考えれば書けるけど、例えば学校の水道の蛇口が取れて水浸しになったとかっていうのは、脈絡なくぽんと思いついて書くのはすごく難しいと思うわけで、そういう意味で、中学生の一年間の日記を想像だけで(もちろん自分の経験もかなり参考にしただろうけど)作り上げたこの著者はちょっとすごいな、と思ったわけです。
もちろん、中学生はこんな言葉知らないだろとか、こんな漢字書けないだろとか、こんな言いまわしはしないだろ、みたいなところはあるけど、そういうところは小説としても成立させなくてはいけないという現実との妥協点なわけで、そういう部分があっても作品全体の質が下がるとは思えないですね。それ以上に、内容のリアリティがものすごくて、一貫したストーリーなんか全然ないし、いつだってアホみたいなことばっかりやったり考えたりしてるだけなんだけど、それでもホント面白い作品に仕上がってるな、と思いました。
これは是非いろんな人に読んでもらいたいですよね。現役の中学生にも読んで欲しいし、1975年当時中学生だった人にも読んで欲しいし(僕は知らないけど、当時を思い出させる懐かしい固有名詞がいろいろ出てくると思います)、それに中学生の子どもを持つ親にも読んで欲しいですね。とにかく、中学生男子は毎日こんなことを考えているんだし、それに中学生ってのは案外大変なんだということもよく分かると思うわけです。大人って、自分も子どもだった時期があるはずなのに、大人になると子どもだった頃のことを忘れてしまうんですよね。そういうものを思い出させてくれる作品でもあるかもしれません。
僕はかなり傑作だと思いました。僕はこの本の角川文庫版をしばらくPOP付きで売り場に置いているんですけど、もう少し頑張って売り伸ばしてみようかなぁ。もう少しグッと来るPOPのフレーズでも考えて頑張ってみようと思います。
島田雅彦の作品は初めて読んだけど、他の作品もちょっと読んでみようと思いました。

島田雅彦「君が壊れてしまう前に」




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タイタンの妖女(カート・ヴォネガット・ジュニア)

二人の男女が、出会い系を通じて知り合います。
「初めまして」
「初めまして」(うわっ、メチャクチャ可愛いじゃん。ラッキー)
「こういうのって初めてだからよくわかんないですけど」
「僕も初めてだけど、とりあえずどっか遊びに行こうか」(こりゃ何とかして今日中にホテルまで行きたいもんだぜ)
「…マコトさんは、結婚前提で私とお付き合いしてくれますか?」
「もちろん」(もう結婚の話か。ちょっと早いけど、こんな美人と結婚出来るならいいかな)
「じゃあ、ちょっと急なんですけど、ウチの両親に会ってくれません?そんな深い意味はないんですけど、付き合い始めたら絶対に紹介しろってうるさくて」
「両親とかぁ。ちょっと緊張するけど、いいよ」(マジかよ。まあいいか。なんとかなるだろ)
「それでね、ちょっと私の実家遠いんですけど、大丈夫ですか?」
「遠いって北海道とか?」(まさか外国ってことはないよな)
「まあもうちょっと遠いんですけどね」
「まあでも大丈夫だよ」(ここは物分りのいいところを見せておかないとな)
「よかった。じゃあちょっと目をつむってもらえます?」
「いいよ」(おぉ、キスでもしてくれるのか!)
「はい、開けていいですよ」
「うぎぐぐぐぐぐぐぐ…、ぐ、ぐるじい」
「やっぱりあなたもダメですかぁ。地球の方を月に連れてくると皆こうなってしまうのよね。はぁ、お父さんに地球人の旦那を連れてくるって啖呵切っちゃったしなぁ。なんとか頑張らないと…」

一銃「両親に御挨拶」

そろそろ内容に入ろうと思います。
宇宙空間にある、時間等曲率漏斗群に飛び込んでしまったために、すべての時空にあまねく存在し、神のごとき全能者となったウィンストン・N・ラムファード。彼は現在地球に、59日毎1時間だけ実体化するのだ。
ラムファードは、マラカイ・コンスタントという大富豪を呼び寄せ、君はこれから火星や水星、そしてタイタンへと旅をすることになるだろう、と予言を与える。その予言になんとか逆らおうとして全財産を失ってしまったコンスタントは、しかしやはり予言通りに火星に行くことになってしまう。
記憶も奪われ、宇宙の放浪者となったコンスタント。最後の目的地タイタンで明かされるはずの彼の使命とは一体…。
というような話です。
本作は、お笑い芸人である太田光が、「今までに出会った中で、最高の物語」と評している作品で、同じ文句が帯に書かれ一時期売れました。太田光は、本作から事務所の名前をつけるくらい、本作が大好きのようです。
僕は、そんなに傑作何だろうか?という感じでした。そこまで面白いとは思えなかったんですけど。
ストーリーは、分かりやすいとは決していえないけど、まあそれでもなんとかついていけるくらいの内容です。現実にはありえない部分におけるハッタリがなかなかうまく出来ていて、そういう細部はなかなかうまいなと思いました。それに最後、結局アイツだってこうだったんだ、という展開がなかなか面白いなと思いました。
でも、言うほど面白いのかというと首を捻ってしまいますね。どこがダメというわけでもないんですけど、まあそこそこの作品ではないか、というのが僕の評価です。まあ僕はそもそもSFがそんなに得意ではないので、その辺りのことを差っぴいて考えなくてはいけないでしょうけど。
まあしかしなかなか壮大な話ですね。空間的にも、水星から土星の衛星であるタイタンまで広がるし、時間的にもそれなりの長さに掛かる話です。規模としても、なかなか壮大なハッタリを仕掛けている作品で、作品全体の壮大さみたいなものはなかなかすごいんじゃないかなと思ったりはしました。
一応カート・ヴォネガット・ジュニアの作品はもう一冊読む予定があるんですけど、どうでしょうかね。やっぱりなかなかSFは僕には合わないんだなぁ、と思ったりします。そろそろさすがに、こういうジャンルは僕にはあんまり合わないことを認めて読むのを止めた方がいいのかなぁ。

カート・ヴォネガット・ジュニア「タイタンの妖女」


風に桜の舞う道で(竹内真)

「中道武信さん、どうぞ」
「あぁ、先生、よろしくお願いします」
「中道さんは今日が初めてでしたよね。どうされました」
「いやね、昔っから身体が丈夫なことだけが取り得だったんだけどもね。どうも最近、腹の辺りが痛くってしょうがないんだよ」
「どんな風に痛いんですか?」
「いやな、この辺がさ、ズキズキって感じで痛むわけだよね。痛み自体はそんなでもないんだけど、鈍痛っていうのかねぇ、ずっと痛いんだよねぇ」
「なるほど。ちょっと口を開けてもらえますか…。はい、じゃあ服をちょっと上げて…。」
「先生、年なんか取りたくないもんだやね。まったく、今の時期は大変なんだから、体調なんか崩してられないってんだよね」
「そうですよねぇ。えーと、恐らく風邪でしょうね。お薬出しておきますので、しばらくしてもよくならなかったらまた来てみてください」
「その薬、すぐ効きますかね。再来週試験があるもんで、なるべく早く治さなくっちゃいけないんですよ」
「まあ効き目は人それぞれでしょうけどね。割合効く薬だと思いますよ。それで、試験って何の試験なんですか?」
「あぁ、センター試験ですよ」
「なるほど。お孫さんが受験なんですね。それで移しては悪いっていう…」
「いやいや、センター試験はわたしが受けるんですよ。今も試験勉強の真っ最中でしてね。追い込みで大変ですよ」
「素晴らしいですね。そのお年でまた大学に再チャレンジなんて。なかなか真似できるものではありませんよ」
「再チャレンジっていうかねぇ…。いやね、正直に言っちまいましょう。違うんですよ、先生。わたしはね、浪人なんですよ。浪人」
「浪人…ですか?」
「そうなんですよ。今56浪目でしてね。あれ、55浪目だたかな?こんなことも覚えてられないようじゃまた試験は危ないかもしれませんね。ハハハ。毎年東大を受けてるんですけどね、やっぱりなかなか受からないものですよね。来年こそは、来年こそはって毎年思い続けている内に、いつの間にかこんな年齢になってしまいましたよ。やっぱり東大の壁は厚いですなぁ。とりあえず将来どうしたいのかっていうのか、東大に入ってから考えようって思ってるんですけどね。まずはほら、やっぱり東大に受からないことにはどうにもならないですよね。頑張らないと。まずはセンターで足切りにならないようにしないと…」
「…」

一銃「大学受験」

そろそろ内容に入ろうと思います。
本作は、1990年と2000年の話が交互に語られる構成になっています。
2000年の春。アキラは、かつて毎日通った懐かしい道にいた。桜の生い茂るその道は、10年前多くの仲間たちと浪人時代の一年間を過ごした、桜花寮に続いているのである。
そこで、ヨージと待ち合わせをしているのだ。ちょっとした仕事の関係だったが、どうせなら桜花寮でも見に行こうという話になったのだ。
懐かしさを味わっていたが、ヨージがポロっと気になることを口にした。なんと、リュータが死んだという噂を聞いたというのだ。アキラはその噂が本当かどうかを突き止めようと、かつて桜花寮で同じ時を過ごした仲間達と久しぶりに連絡を取るようになり…。
一方で1990年。大学受験に失敗したアキラは、しかし何故かある予備校の特待生の試験には合格した。そして、授業料など一切免除で、桜花寮で一年間勉強することになったのだ。
桜花寮に続く桜の花道でアキラは、ヨージとリュータと出会った。アキラの浪人生活はこの二人の出会いから始まったのだ。浪人という特殊な環境にいる若者たちが、それぞれ孤独や鬱屈を抱えながら、あるいは具体的な未来への夢を抱きながら、時に思いっきり羽目を外し、時に思いっきり真剣になりながら、自分達のあり方を模索していく…。
過去と現在が見事に共鳴し、浪人時代の青春と現代の再会が絶妙に交錯する物語です。
竹内真という作家はかなりいいですね。ちょっと前に読んだ「粗忽拳銃」という作品で初めて知りましたが、「粗忽拳銃」も本作ももう素晴らしくいいです。もう既にかなり作品を出している作家ですが、これほどいい小説を書く作家だとは知らなかったですねぇ。見逃しておりました。
まずこの作家の何がすごいって、とにかく文章が読みやすいんですね。ちょっとこの読みやすさは異常なぐらいだと思いました。僕は、実験的な文章や文学的な文章も好きだし、そういう作品もいろいろ読んでいるけど、でもやっぱり小説の文章で最も求められていることは読みやすさだと思っています。クセがなくてスラスラ読める文章というのは、ともすれば無個性っぽい感じがしてしまうかもしれませんが、でもそういう文章っていうのは本当に書くのが難しいんですね。むしろ、ちょっと普通と違ったり個性的だったりする文章の方がまだなんとかしやすいかもしれません。誰が読んでもスラスラ読める文章というのはかなり技術が必要なわけで、さらっと書けるものではありません。竹内真はその、ものすごくスラスラ読める文章で小説を書く作家で、なかなか素晴らしいなと思いました。
また、本作の構成もかなりいいんです。現在と過去が交錯するわけなんですけど、そのスイッチングが絶妙なんですね。要するに、過去から現在、あるいは現在から過去へ移行する時に、うまく話が繋がるようにしてあるわけです。本作は数ページ毎に現在と過去が入れ替わる構成で、つまりその転換点もかなりの数になるわけなんですけど、その多くの転換点で前後の話に繋がりが出るように構成されているわけです。うまいな、と思いますね。なかなかそううまくはいかないと思います。
また、あらゆる事柄が少しずつ明らかになっていくという構成も見事だと思いますね。本作は、ストーリー的には全然ミステリではないですけど、構成はちょっとミステリっぽくて、登場人物の設定みたいなものが先に提示されるのではなくて後から段々分かってくるという感じで、さらに主軸として、リュータが死んだという噂を追いかけるという内容になるわけで、余計ミステリっぽい構成になりますね。本作は文庫になったのは最近ですけど、親本が出たのは2001年とかで、つまり著者がデビューしてから2・3年ぐらいでこれを書いたというわけで、初めっから技術があったんだなぁ、と思ったりしました。
キャラクターも非常にいいですね。桜花寮には10名の特待生が住むことになっていて、その10名全員が物語に関わってくるわけだけど、その造型がかなりいいですね。キャラクターの描き分けはもちろん巧いし、10名それぞれを物語の中で目立たせるということもちゃんとしていていいと思います。受験にはそんなにやる気のないアキラ、将来の夢は世界制覇だというリュータ、早稲田に行って作家になるというヨージ。物語の主軸になるこの三人に加え、将来は社長になると決めている社長、麻雀で大三元で上がった「ムー」的なことを信じているダイ、物静かだけど大騒動も引き起こす吉村さん、ちょっとしたトラブルに巻き込まれたりちょっとしたトラブルを解決したりする医者を目指しているゴロー、童貞喪失宣言をしてちょっとした騒動を巻き起こすニーヤン、アイドルのポスターを貼りまくっているタモツ、部屋が異常に汚いラガーマンのサンジと、なかなか個性的なメンバーが揃っているのである。この面々が、いろいろ無茶をしたり、いろいろ頑張ったり、いろいろ問題を犯したりと、まあ青春小説っぽいことをするわけなんだけど、やっぱりその背景にはきちんと浪人っていうのが横たわっていて、それが普通の青春小説とは違う雰囲気を醸し出しているなと思いました。僕は浪人の経験はないんですけど、浪人という独特の雰囲気の中で過ごさなくてはいけない若者をうまく切り取っているのではないかな、という風に感じました。
浪人時代に志向していた夢と、現実にどうなっているのかというギャップも面白いし、過去のパートでそれぞれが桜花寮で勉強することで影響を受けていく過程も面白いし、現在のパートで、リュータを探すという名目の中で様々な人とあったりいくつかの小さな偶然があったりするのも面白いです。構成・ストーリー・キャラクターとも素晴らしい小説で、感動という感じの小説ではないですけど、読んだ後で清々しくなれるようなそんなタイプの小説だと思います。
しかし竹内真っていうのはいいですね。この作家は、ちょっとしばらく追いかけてみようと思います。僕の中では、なかなかいい作家を見つけたな、という感じです。著作も結構あるようなのでいろいろ読んでみて、その内売り場でも並べてみたりしようかなと思ったりしました。
大学受験や浪人の経験がなくても十分楽しめるのではないかなと思います。少なくとも僕は浪人の経験はないですけど楽しめました。ちょっと変わった青春小説という感じです。解説が、予備校教師の出口汪っていうのも面白いですね。

竹内真「風に桜の舞う道で」




希望の書店論(福嶋聡)

「ついに完成した」
ボサボサ頭の博士はそう呟くと、どかっと椅子に座り込み、大分前に淹れてあったコーヒーを一口啜った。
博士は、周りからそう呼ばれているというだけであって、実態はただの素人発明家である。その彼が、長い年月を掛けて研究し続けてきたシステムが、今日ようやく完成したのだった。
それは、本に革命をもたらす技術であった。
博士が完成させたのは、いわゆる電子ブックであるが、しかしディスプレーに文字が表示されるだけのような代物ではない。
博士はまさに、紙の本を読むかのようにして読むことが出来る電子ブックを作り上げたのだった。
見た目は、まさしく普通の本である。文庫サイズや新書サイズなどいろんなサイズを作ることは出来るが、とりあえず博士が完成させたのは四六版と呼ばれる大きさのものだ。素材は紙ではないが、紙のような手触りを実現したカバーであり、中身も紙で出来ているように見える。まさに見ただけでは本物の本なのである。
この電子ブックは、電源を入れない状態では中は白紙の紙のままである。しかし、電源を入れ読みたい本を選択すると、白紙だったはずの紙に文字が浮かびあがるのである。
内臓のハードディスクには約100冊分を収める容量があり、またSDカードなどを入れることも出来る。
これがあれば、買った本が家に溜まっていくということもなくなるし、また電子ブックの最大の難点であった、紙の本を読むというあり方を失うこともないわけで、印刷技術の発明以来の本革命と言えるような発明であった。
「やっとこれで僕の夢が叶う」
博士は安堵のため息をつくのだった。

50年後。
博士の発明した電子ブックは、未だに普及していなかった。いや、その表現は正しくない。正確に言えば、まだ世の中に出ていなかったのである。
「博士は、どうして自らの発明品に法外な契約金を設定しているのでしょうか?」
マスコミの取材である。50年前、革命的な電子ブックを発明し特許を取った時にも、マスコミによる取材を受けた。しかしその時に、すべては50年後に話しますよ、と言ったのだった。まさか覚えている人間がいるとは思わなかったが、しかしこれだけのマスコミが集まっているとなると、自分の発明もなかなかのものだったのだな、と思える。
「僕はね、本屋っていうのが大好きなんですよ」
僕は特許を取った電子ブックに、使用料として莫大な金額を設定した。そのライセンス料を払って採算を取ることはまず不可能なほどの天文学的な金額だった。出版業界からは、常軌を逸している、と何度も言われた。そんな値段で交渉する出版社などあるわけがない、と。各種機器メーカーも同様の見解だった。
僕の望んだ通りだった。
「僕の発明した電子ブックがもし実用化されてしまうと、本屋ってなくなっちゃうでしょ?データでいくらでも本が買えるようになっちゃうんだからね。でもそういうのって僕は好きじゃないんですよ。やっぱり本屋で本を選ぶっていうのが好きなんです」
「じゃあ博士は、どうして電子ブックの開発をしたんですか?」
「簡単じゃないか。もし僕以外の誰かがあれを発明したら、今頃それが世間に広まっていたことだろう。僕はそれを阻止したかったんだ。電子ブックを世の中に広めないために、先に自分で特許を取っておいたんだよ」
そう、僕の夢は叶ったのである。

一銃「電子ブック」

そろそろ内容に入ろうと思います。
本作は、現ジュンク堂池袋本店の副店長である著者が、人文書院のHPに「本屋とコンピュータ」と題して連載していたコラムをまとめて書籍化したものです。著者はなかなかすごい人のようで、様々な人と関わりがあったり雑誌で文章を書いたりしている一方で、演劇人でもあるようで、関西にいた頃はある劇団で俳優・演出家としても活躍していたそうです。
内容は多岐に渡りますが、基本となるのは書店のSA化(POS導入などのストア・オートメーション化のこと)についてです。このコラムの連載が始まったのが1999年であり、その当時はまだこのSA化がそこまで本格的ではなかった時期のようです。僕はそもそも、SA化する前の本屋というのを全然知らないのでなんとも言えませんが、POSやデータ管理なんかが導入されるようになったのはここ最近のことなんだなぁ、と思ったりしました。
他にも、図書館について論じているものもあれば、著者の働く売り場であった出来事が書かれていたり、あるいは人文系の本について触れつつ出版業界や書店について絡めて行くという難しい話もあったりで、内容はいろいろですね。
なかなか頭のいい人のようで(著者略歴を見たら、京大哲学科卒だそうで。そりゃあ頭いいでしょうね)、難しい話も自分の中で咀嚼出来るようで、すごいなと思いました。国語の評論文とかで出てくるような文章なんかが唐突に現れたりとかして、おぉレベル高いぜ俺にはちょっと理解できねぇぜ、なんて思ったりする部分も結構ありました。
もちろんそうでない部分も結構あって、店頭でどんなことがあったなんていう話は僕にとっても身近で面白かったなと思います。
なかなか面白い主張をしているなと思ったのが、図書館についてですね。著者は、いろいろあって図書館関連で講演をしたりすることもあるみたいなんですけど、面白い提案を二つしています。
・読者が買って要らなくなった本を図書館が引き取ればいい
・図書館を民間の経営にすればいい
この二点です。
前者についてはなるほどという感じでした。著者は、何故ブックオフは成長しているのかという話で、本をブックオフに売る存在があるからだ、という指摘をします。では何故読者はブックオフに本を売るかと言えば、本を捨てられないと思っている人が多いからだ、と言います。図書館が引き取ってくれるなら図書館に持っていくという人も結構いるのではないか、という主張です。
後者は、まあよくある話なのかもしれませんが、確かに民間経営の方がいいでしょうね。寄付に依存するしかないのでなかなか難しいのかもですけど、サービスは今よりよくなるのではないか、少なくとも休館日が減るだけでも充分サービスの向上になる、と言っています。図書館についての話は一章にまとまっていますが、なかなか面白いことを書いているなと思いました。
全体的にはちょっととっつき難いところがあって、気軽に読むという感じの本ではないような気がしますね。ちょっとレベルの高い、上級者向けって言う感じがしました。

福嶋聡「希望の書店論」



曲芸師のハンドブック(クレイグ・クレヴェンジャー)

何度やってもお見合いというのは慣れないものだ。いつも母親が話を持ってきて、お義理でそれに付き合わされることになるのだけど、めんどくさいったらありゃしない。せめてもう少しまともなやり方は出来ないものかねぇ、なんて思ったりしてしまうのだ。
何がめんどくさいって、アホみたいに相手にダラダラと質問をぶつけてくることだ。これはどうにかならないものだろうか。
「晶子さんは、趣味はなんですか?」
「お裁縫とクラシック音楽を聞くことです」(ホントはゲーセンとパチンコだけど)
「いい趣味をお持ちですね。僕もクラシック音楽はよく聞くんですけど、何が好きですか?」
「曲が好きなだけで、作曲者とか演奏者とかあんまり詳しくないんですよね」(まあ聞いたこともないしね)
「そうなんですか。僕の知り合いにオーケストラでホルンをやっているやつがいるんで、今度チケットを取ってもらいますよ。一緒に行きましょう」
「えぇ、楽しみですね」(楽しみなわけないだろうが)
「料理とかされます?」
「得意ですよ~」(ホントは全然しないけど)
「いいですね。得意料理はありますか?」
「肉じゃが…っていうのも普通すぎるんで、ミネストローネが得意ですね」(ミネストローネなんて食べたこともないけどね)
「食べてみたいですね。料理が得意な女性はいいと思います」
「やっぱりそれぐらいは出来ないといけないですよね」(全然そんなこと思ってないけど)
(中略)
「なんだかすごくピッタリな人に出会えたような気がするな。晶子さんみたいな人に出会えてホントによかったと思いますよ」
「私も、大吉さんみたいな人に出会えるなんて、生きててよかったです」(いや、ホントは私、死んでるんだけどね)

一銃「お見合い」

そろそろ内容に入ろうと思います。
本作の主人公はの本名は、ジョン・ドラン・ヴィンセント。しかし枯葉これまで、様々に名前を変えて生きてきた。本作では基本的に、ダニエル・フレッチャーという名前で出てくる。
彼はある理由があって、時々大量の薬を摂取して病院に運び込まれてしまう。その度毎に、精神科医のカウンセラーを受けなくてはいけない。そこで、今後自殺をする可能性あり、と判断されると、強制入院させられてしまうのだ。
彼は、それを避けるために、これまで様々な名前を使って身元を変え、また精神科医とのやり取りに最新の注意を払って相手を出し抜くことを学んできた。その精神科医とのやり取りの合間に、彼がこれまでどんな人生を歩んできたのかという過去が挟まれる。不遇の人生を送ってきた彼が、いかにして自分を守るための力を見につけてきたのか。そして今現在、いかにして精神科医との攻防に決着をつけるのか…。
というような話です。
本作はまず、装丁が僕好みだったのですごく気になりました。そしてさらに帯に、新聞の書評や作家からの賛辞が山のように書かれていて、そこまで言うなら読んでみようか、と思ったわけです。その賛辞の一部を抜き出してみると、
『神に誓っていうけど、ここ5年で最高の小説だ』
『ここ何年ものあいだで、もっとも面白い作家のひとり』
『この完璧さ、あらゆる意味において、クレヴェンジャーはこの一作であっさり一流作家の仲間入りを果たした』
という感じです。
さて僕の感想としては、どの辺が面白いんだろうな、という感じでした。
小説としての出来はすごくいいと思うんです。ジョン・ヴィンセントが過ごしてきた少年時代、その経験からどうして文書偽造に手を染めるようになっていったのかという過程、実際の文書偽造の手口など、まず細部が本当に細かく描かれています。また、今現在相対している精神科医とのやり取りについてもなかなか迫力があって、構成や文章はなかなかのものだな、と思うわけです。
でも、ストーリーが面白いかというと特別そんなこともないような気がするんですね。僕にはそもそも、「仰天のラスト」が何を指すのかもイマイチよくわからなかったんですよね。
緻密で出来のいい小説だとは思うんですけど、でもだからと言って面白いのか、という感じでした。ここまで高い評価である意味が僕にはイマイチよくわからなかったですね。もう少し、ストーリー上の起伏みたいなものをつけてくれればよかったのかなぁ、とか思いますけど。
僕の中ではイマイチ評価のしづらい小説です。人によっては高評価になるかもしれませんが。やっぱり僕は、そもそも外国人作家の作品があんまり合わないっていうことなのかなぁ。

クレイグ・クレヴェンジャー「曲芸師のハンドブック」




旅の途中(スピッツ)

今僕がいるところは、とある大学の研究室の一角だ。研究室と言っても、フラスコやビーカーがあるわけでもない。分厚い難しそうな本とパソコンが所狭しと並んでいるようなところだった。
僕がここに呼ばれた理由は分かっている。それは僕に『絶対音感』があるからだ。
僕は自分の能力を『絶対音感』って読んでるけど、それは辞書に載ってるような意味じゃない。普通絶対音感っていえば、音を聞くだけでそれがドなのかソなのかわかる、というようなことを指すんだろうけど、僕の絶対音感は違う。僕は、何か音を聞くだけで、それが何の音なのか完璧にわかってしまうのである。その能力を研究したいということで、僕がここに連れてこられたのだった。
「どうもこんにちわ」
教授らしき人が研究室に入ってくる。白髪をしたおじいさんだ。
「君が、神足真君だね。噂は聞いているよ」
そう言いながら教授は手の動きだけで助手らしき人に指示を出している。と言っても、いくつかの音源とその再生機械らしきものをセットしただけなんだけど。
「さっそくだけどいくつか実験をさせてくれないか。まあ何度もやられていることだろうが、いくつか音を聞いて、その音が何の音なのか当ててくれるだけでいい」
そう言って教授は音源を再生し始めた。
「これは?」
「トイレットペーパーを3と5/8回転させた時の音です」
「これは?」
「雪の上に柊の枯葉が落ちた時の音です」
「これは?」
「真下武夫が自分で作った野菜炒めを三角コーナーに捨てている音です」
「ほぉ、人名まで分かるのか。そりゃあすごいもんだな。じゃあこれは?」
「アントニオ猪木がビンタをした時の音と、シャネルの香水瓶をフローリングの床に落として割ってしまった時の音を合成したものです」
「素晴らしい。本当に君の能力は素晴らしいよ」
教授は満足そうだった。まあこれぐらいは朝飯前である。ずっと昔から普通に出来ていたことなのだ。今さらどうこう言われたところで何ともない。
「そんな君に、是非聞いてもらい音があるのだよ」
教授はそういうと、それまでとは違った形状の音源テープを持ち出してきて、セットした。
「これなんだが、分かるかね?つい一週間ほど前、日本の人工衛星がキャッチした音なのだが、誰もこれが何の音なのか分からないのだ。君ならもしかしたら分かるのではないかな、と思ってな」
その音を聞いた瞬間、あぁなるほど、と思った。もう終わりなのか。
「これは、神様の時限爆弾です」
「神様の時限爆弾?」
「まあちゃんとした用語がそもそもないのでそう表現するしかありませんが、イメージとしてはビッグバンの逆だと思ってもらえればいいと思います。
宇宙は46億年前にビッグバンによって誕生したと言われています。それを起こしたのが神様かどうかは分かりませんが、そういう存在がいたとして、神様はその時、宇宙を終わらせる仕組みも宇宙に組み込んだわけです。
それが、今僕が神様の時限爆弾と呼んだものです。ビッグバンとは真逆の性質を持っていて、それが起こるとすべてのものが一点に収束する、そんなものだと思っていただければいいと思います。今聞こえているその音は、そのカウントダウンです」
「そ、それで、その神様の時限爆弾はいつ発動するのかね」
「申し上げ難いんですけど…どうやら後5秒後のようですね」
「な、なんだとー」
5秒後、神様の時限爆弾は発動し、世界は消滅した。

一銃「絶対音感」

そろそろ内容に入ろうと思います。
本作は、結成から20年を迎えたスピッツの四人が書き下ろした自伝です。
僕は別に特別スピッツが好きというわけでもないし、そもそも音楽とか全然聞かないんですけど、でもアーティストが自分の言葉で自分達の来し方を振り返っているというのは面白いかなと思って読んでみました。
まあそれなりには面白いと思います。デザイン系の学校で知り合ったこと、メンバーは皆東京でバンドをやりたくて上京したこと、とりあえずバンドを始めてみたこと、そしてインディーズ・メジャーで活躍してきた時のことなどが、四人それぞれの視点で交互に描かれています。また、彼らがどんなスタンスで音楽と向き合い、何を大事にしてここまでやってきたのかということも分かる感じです。
僕は音楽をそもそもまったく聞かないので音楽のジャンルなんかについても全然知識はないんですけど、でも本作を読んで、スピッツってロックバンドだったのかぁ、と思いました。僕はスピッツは、「ゆず」みたいな感じだと思ってたので(「ゆず」はロックじゃないですよね?)、なるほどスピッツはそもそもロックバンドなのか、とまずその辺りからの認識でしたね。
僕は昔から全然音楽を聞かなかったし、楽器をやってみようと思ったこともないし、もちろんバンドを組んだ経験なんてないわけだけど、本作を読んで、大学時代のことを思い出しましたね。別に音楽をやっていたわけではなくて、僕がやっていたのは演劇(の小道具を作るやつ)だったんだけど、大勢で一つになって何かを作り出すってやっぱいいよな、と懐かしくなりました。本作ではレコーディングで結構苦労したみたいな話が出てくるんだけど、レコーディングっていうのはいろんな人が共同で一つのものを作り上げていくわけですね。そういうところが、何となく大学時代のことを思い起こさせて、そういうのってやっぱりいいよなって思ったりします。
大人になると、皆で何か協力して何かを作る、なんてことは出来なくなってしまいますね。仕事ではそういうこともあるかもしれないけど、でも大抵の場合は流れ作業の一部分しか見ることが出来ずに、全体の内の一つであるということを実感できることはないよな、と思ったりします。音楽のレコーディングというのは、まさに大勢の人が一つのものを作り上げるという過程であって、既に僕も日常でそういうことはなくなってしまっているので、羨ましいよなと思ったりしました。
あともう一つ強く思ったことは、音楽と小説は全然違うよなぁ、ということです。もちろんそんなことは当たり前なんですけど、でもそんな風に思いましたね。
音楽(とか映画)とかは、周囲との関係やバランスによって自分の立ち位置が決まったりしますよね。特に新人の頃なんかはそうで、どんなメンバーと一緒にやっているのか、どんな人と出会ったのか、どんなライバルがいたのか、どんな体験をしてきたのか。そういう積み重ねの一つ一つが大きな意味を持って、未来が決まっていくな、と思うわけです。だからこうして、20年を振り返ってなんていう自伝が書ける。人と人との繋がりこそが歴史なわけで、過去を振り返った時に書けることが多いわけです。
でも小説の場合ってそうじゃないですよね。小説って基本的に一人で書くもので、影響を受けるにしても人ではなく本そのものであることが多いですね。文芸サークルみたいなものはあるのかもしれないけど、そういうところで一緒に活動をしていても、やっぱり小説というのは基本の単位が一人ですよね。一人でこつこつと作品を書いて、そして新人賞に応募する。落ちればデビュー出来ないし、通ればデビュー出来る。それだけのことだから、これまでの作家人生を振り返って、みたいな自伝とかってあんまり書けないと思うんですよね。誰と出会ったとか、誰に影響を受けたみたいなことって基本的にあんまりないはずだから。
まあ、小説と音楽でどんな違いがあっても、だから何だよっていう感じではあるんですけど、なんとなくそんなこと感じました。
本作を読むと、ボーカルで作詞作曲をしている(そういえば、なんで「作詞作曲」って言葉は「作詞」が先に来るんでしょうね。本作でも、歌を作る時は先に曲が出来るわけで、それが普通だと僕は思うんだけど、昔は違ったのかな?)草野マサムネがなかなかすごいみたいですね。他の三人のメンバーは、草野の曲があるからスピッツをやっていけると言っているし、自分は草野ほどの音楽的なセンスは持っていないみたいなことも言っています。まあもちろん謙遜もあるんでしょうけど、やっぱりスピッツの中心には草野マサムネという人がいるんだろうな、と思いました。そういう才能に恵まれた人というのはちょっと羨ましいですね。
僕は自伝みたいなものは、その人本人が書くと曖昧になってしまう部分が多いような気がしています。自分が考えていることを自分の言葉で表現をするというのは案外難しいものです。だから僕としては、例えば最相葉月の「1001話を作った男」(星新一についてのノンフィクション)のような、他人が誰かの人生に迫る、みたいな方がいいかなと思っていたりします。でもやっぱりそれだと、対象が生きている間は難しいのかな。まあ、本人がどう思っているのか本人なりの言葉で綴るというのも悪くはないと思うんですけどね。
本作は、芸能人の本としては構成も文章も割とちゃんとしている作品だと思います。まあやっぱり基本的にはスピッツに興味のある人が読んだ方がいいと思いますけど、音楽に興味があるという人でもいいかもしれませんね。僕みたいになんとなく読んでみるというのもいいかもしれません。
あと最後に。この本の装丁はちょっとイケてないと僕は思うんですけど、どうでしょうねぇ。

スピッツ「旅の途中」



ブラック・ジャック・キッド(久保寺健彦)

将来の夢、という題で作文を書くことになった。作文は苦手だ。でも、将来の夢、という題でなら書くことはある。
僕は将来、「ブラック・ジャック」になりたいのだ。僕は作文に、何故ブラック・ジャックになりたいのか、ブラック・ジャックのどこが素晴らしいのか、というようなことをひたすら書き続けていった。
先生に提出してしばらくして、その作文は返ってきた。作文には赤ペンで、先生からの感想が書かれていた。僕の作文には、
『先生はブラック・ジャックのことをあまりよくは知りませんが、すごくかっこいい人なんでしょうね。でも、マサル君はマサル君なんであって、ブラック・ジャックではないのです。マサル君がブラック・ジャックになるのはちょっと難しいんじゃないかな、って先生は思います。ブラック・ジャックじゃなくて、お医者さんになりたい、という方がいいと思います。』
ブラック・ジャックになんかなれるわけがない、と言われているのだな、と思った。何でだろうか。そう考えて分かった。そうか、ブラック・ジャックはもうこの世の中に既に一人存在してしまっているんだ。ということは、本物のブラック・ジャックを殺さないと、僕はブラック・ジャックになれないということか。うーむ、これは困ったな。憧れのブラック・ジャックを殺してしまうのは残念だけど、でもブラック・ジャックを殺さないと僕がブラック・ジャックになれないというなら仕方ない。
夢を叶えるというのは大変なんだな、と僕は心底思ったのだった。

一銃「ブラック・ジャック」

ちょっと今日はあまりにも何も思いつかなかったですね。
そろそろ内容に入ろうと思います。
小学生の織田和也は、とにかくブラック・ジャックのことが好きでたまらない。漫画は全巻セリフまで完璧に覚えてしまうほど読み込んでいるし、格好だって黒いマントを着て髪型もそれっぽくしている。誕生日プレゼントにもらった「手術キット」に大喜びして、「患者」を探して「手術」をしたりするような日々を送っていた。周りの友達も、そんな和也のことを変な奴だと思いながらも、普通に接していたのだ。
でも、そんなブラック・ジャック漬けの生活を送っていた和也にも、否応なく現実ってやつが押し寄せてくる。父親の仕事が芳しくなくて、そのせいで、いろんなことが少しずつダメになっていってしまう。楽しかったはずの日常が、まったくつまらないものに早変わりしてしまったのだった。
そんなある日和也は、少女マンガ好きの宮内君と、読書家の美少女である泉さんという友達が出来た。いつも一緒に行動するようになって、また楽しい日々がやってきたんだけど…。
というような話です。
この著者はなかなかすごくて、同じ年に、ドラマ原作大賞選考委員特別賞・パピルス新人賞・日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞してデビューするという、なかなかの逸材なわけです。本作は日本ファンタジーノベル大賞優秀賞受賞作で、他に僕は、パピルス新人賞を受賞した「みなさん、さようなら」を読んだことがありますが、ベースとなる筆力が非常にある作家だなと思います。
本作は、さほどこれと言ったストーリーがある話ではないんですね。とにかくブラック・ジャックに憧れている少年が出てきて、その少年の日常が描かれます。どんな風にブラック・ジャックに憧れているのか、周りの人間とはどういう関係なのか、みたいなことですね。中盤で主人公の少年の境遇に変化が起こり、それからまた新たな人間関係が出来上がるんですけど、そこもこれと言ったストーリーがあるというわけではない感じですね。
それでも、なかなか読ませるんですね。ストーリーで読ませる作家じゃなくて、キャラクターとか文章で読ませる作家なんだろうな、と思いました。ストーリー自体は全然奇抜でもないし、ただの日常を描いているだけなんだけど、それでもなかなか面白いというのは作家としての将来性を感じますね。
「みなさん、さようなら」でもそうだったけど、どことなく淋しさを滲ませる作風ですね。文章自体は明るくて軽快な感じなんだけど、主人公の置かれている境遇はちょっと哀しいわけで、その落差が結構気になる雰囲気を持っています。本作でも、中盤で少年の境遇が変わって、そこからちょっと淋しい感じの展開になっていきます。でも少年自体はそこまで落ち込んでいるわけでもないし、一人称の語りもそれまでと変わらない雰囲気で、そのギャップがなんだか物悲しい感じがします。
後半で出てくる宮内と泉さんはかなりいいキャラクターですね。特に泉さんはいいですね。眼鏡を掛けた美少女で、眼鏡を外すとより美人になる。学校と児童館の図書室にある本を全部読むって目標があって、いつも黙々と本を読んでいる。でも、やる時はやる性格で、学芸会の脚本を頼まれて二日で仕上げたりしてくるわけです。クールでいいキャラですね。
青春小説の王道っぽい内容ですけど、なかなか読ませる作品です。僕は全然そんな子供じゃなかったけど、子供の頃に「ウルトラマンになりたい」とか「なんとかレンジャーになりたい」と思っていたような人なんかはかなり共感できる内容かもしれません。割と短い話ですが、小学生の時間をうまく切り取っている作品だと思います。読んでみてください。

久保寺健彦「ブラック・ジャック・キッド」



君に舞い降りる白(関口尚)

鉱山で鉱物を採取するのを仕事にしている男がいた。鉱物というのは、研究用や学術用にそれなりに需要がある。また、希少価値の高いものを掘り当てれば一発当てることだって出来る。安定しているとは決して言いがたい仕事ではあるが、彼はやりがいを感じていたし、四十に届きそうな年齢になり、体力的に厳しくなっても、まだまだ続けたいと思っていたのだった。
そんなある日のこと。彼がいつものように鉱山で鉱物を掘っていると、突然地面が崩れてしまった。彼は、驚く間もなくそのまま落下してしまったのだった。
どれくらい落ちたのかも分からず、落ちてからどのくらい時間が経ったのかも分からなかったが、とにかく彼は無事のようだった。身体のあちこちが痛むが、骨折をしたりしているところはなさそうだし、内臓も痛んではいないように思う。とりあえず助かった、と思いながら彼は目を開いた。
その時彼の目に飛び込んで来たものは驚くべきものだった。
彼は初め、花畑にいるのだと思った。辺り一面様々な色に彩られた花が所狭しと咲き乱れているのだと思ったのだ。
しかし、よく見てみるとそれは花ではなかった。それは鉱物だったのだ。様々な鉱物が組み合わさって、花のように見えたのだった。
彼はそれに気づき、再度驚かされることになった。そこには、希少価値の高い鉱物までもが普通に咲き乱れていたからだ。これを持ち帰って売れば大儲けできるぞ、と彼はほくそえんだのだった。
しかし、彼ははたと気づいた。彼が今いるところはひどく明るいのだ。見上げてみれば、太陽らしきものがある。しかし、どう考えても彼は地上にいるとは思えないのだ。確か鉱山の地面が崩れて落ちたはず。その落ちた先の空間に太陽みたいなものがあるわけがないじゃないか。
そこで彼はようやく思い至った。まさか、ここはいわゆる地底世界なのではないか、と。もしそうだとするなら、ここから何とか地上に戻らなくてはすべて意味がない。しかし本当にここから帰ることは出来るのだろうか。
僕は、希少な鉱物を見つけた興奮も忘れて、どうしたら地上に戻ることが出来るだろうか、と頭をフル回転させることになった。

一銃「ある意味桃源郷」

そろそろ内容に入ろうと思います。
舞台は岩手県盛岡市に店を構える、鉱石を売るショップである「石の花」である。桜井修二は、「石の花」を運営する佐川ミネラル社で働く学生アルバイトである。
いつもお客さんの姿のない閑散とした店内に、ある日一人の美少女がやってくる。その白い肌とは対照的に黒い服しか着てこない少女は、どうも修二に関心があるようだった。修二に石について教えてくれるよう頼んだり、自分の名前を呼んで欲しいと言ったりと、意味深な行動をいろいろ取るのだった。
修二の方も彼女と仲良くなろうと探りをいれるのだが、彼女は自分のプライベートについてはほとんど口を閉ざしてしまうのだ。どうも言いたくない事情があるらしい。そこを汲んで接する修二だったが、ある時彼女が隠してきた過去をしってしまう…。
「石の花」を中心に、様々な人々の人生が交錯しては、また新たな一歩を踏み出すきっかけを与えたりもする。それぞれに何か過去を抱えたまま、懸命に生きている人々を優しく描いた作品です。
関口尚の著作を読むのは二作目なんですけど、どうも同じような感じがするんですよね。作品全体の雰囲気が似てるっていうのはまあいいと思うんです。同じ作家だし、そうい同じ雰囲気っていうのはその作家の個性みたいなものに繋がると思うし。でも、ストーリーも似ているような気がするんですよね。
僕が読んだのは「シグナル」と本作ですけど、ホント設定やらストーリー展開やらがなんだかほとんど同じような気がするんです。どっちも学生アルバイトが主人公で、そのバイトに入り浸っている。そしてそのバイトに関係して、謎めいた美少女と出会う。彼女達は何かを隠していて、決してそれを表に出そうとはしない。そんな中で、周囲の人間関係を描きながら、その謎めいた彼女との関係が進展していく…。
ってこれ、「シグナル」でも本作でも当てはまる内容紹介なんですね。ストーリーがかなり酷似してるんです。別に別の作家の作品と似てるなんてわけでもないから問題はないんですけど、ここまでストーリーが似ているとちょっとどうなんだろう、と思ったりもしました。
ただ、「シグナル」と本作を比べた時、本作の方が面白いのは確かですね。
本作は背景をかなりうまいこと描いているという印象があります。「石の家」がどうして出来たのか、美少女は何を隠しているのか、夏だけの短期アルバイトに来た女性の過去や、28歳にしてアルバイトにやってきた新人の過去など、いろんなものの背景をうまいこと設定して、それを物語の展開にうまいこと絡めているな、と思いました。
僕が一番好きなのは、第三章である「思い出のアレキサンドライト」ですね。ここで、その28歳にしてアルバイトにやってくる新人がとんでもない告白をするんですけど、しかしそれが後々ストーリーにうまいこと作用してくるわけです。これはまあ予想できた展開でしたけど、なかなかよかったんじゃないかなと思います。
対照的に、第一章の「さよならの水晶」と第二章の「とまどいの蛍石」では、主に恋愛が語られることになりますね。まあこっちもなかなか悪くないストーリーだと思います。修二に関心を持っている美少女・雪以の話は、まあちょっとベタだなぁ、なんて思ったりしましたけど、夏だけの短期アルバイトにやってきた志帆とのやり取りなんかは結構面白かったですね。
あとは、「石の花」の社長とか、公務員試験の勉強をしている類家さんとか、とある事情で修二と仲違いしている金田とか、なかなか面白いキャラクターが出てきてなかなかいいなと思います。
全体的に非常に読みやすいし、分かりやすい小説です。万人受けするタイプの小説でしょうね。悪く聞こえるかもしれないけど、無難な小説という評価がぴったり来る気がします。誰が読んでも割と楽しめる小説だと思います。

関口尚「君に舞い降りる白」




体育座りで、空を見上げて(椰月美智子)

何だか私は、ものすごく長い階段をずっと昇っているのだった。それに気づいた瞬間、あぁきっとこれは夢なんだろうな、と私は思った。たぶんきっと、これは夢だ。
ものすごく幅の広い階段で、端っこが全然見えない。高さもとんでもなくあって、上がどこまで続いているのか全然見えないのだった。
私は、何故かその階段を昇っている。理由は全然分からないけど、何故か昇らなくてはいけないような気分がしてくるのだった。まあいい。昇らなくてはいけないというのであれば昇ろうではないか。私は一歩一歩足を踏み出しながら、懸命に階段を昇り続けた。
周りで階段を昇っている人は様々だった。老若男女、老いも若きもいろいろだった。私は中学生ぐらいで、その年代の男女が一番多いような気もした。一体何の階段なんだろうな、と私は思った。
時々変な人もいる。例えば、階段なのにバイクで昇ろうとしている人や、気球を使ったりしてそもそも階段を昇るのをサボっているような人もいた。いいなぁ、私も自転車か何かで昇りたいなぁ、なんて思うのだけど、まあいいや真面目に歩いていこうじゃん、と思ったりもした。
しばらく歩いていくと、何だか休憩地点みたいなところが見えてきた。見ている限り、どうやらお茶なんかを出してくれるようだ。そろそろ喉も渇いてきたところだった。あそこまでなんとか辿り着こう。
休憩所に辿り着いた私は、冷たいお茶を頼んで、椅子に座ってゆっくりした。その時、その休憩所に看板が掛かっているのに気がついた。
『大人の階段休憩所』
なるほど、この階段は『大人の階段』だったのか、と思った。早く昇りきって大人にならないと、と思う一方で、大人に見える人でもまだまだ大人じゃない人ってたくさんいるんだなぁ、とも思った。

一銃「長い長い階段」

そろそろ内容に入ろうと思います。
物語の主人公は、和光妙子。彼女の、中学一年生から中学三年生までの物語である。
中学生になるのに漠然とした不安を抱えていた小学生時代。中学生になってみると、案外どうっていうことはなかった。先輩からの呼び出しも別になかったし、そんなに変わることもなかった。
和光は、それなりに友達とうまいことやり、勉強はかなり疎かにしてたけど、先生ともそれなりにうまいことやっていた。
でも、いつだって自分の中に、なんか違う、という感じが居座っていた。周りのみんなが見る自分と、私が思っている自分はどうも違う。それは分かっているんだけど、でもどうしようもない。具体的に不満があるわけじゃないんだけど、でも漠然としたうまく説明できないイライラが常に付きまとっていて、自分でももうどうしていいのか分からないのだった。
そんな一人の中学生の、入学から卒業までを描いた作品です。
著者は元々児童文学出身の人のようで、賞も結構獲っているみたいですね。僕は初めて読んだ作家ですけど、そこまで面白いとは思えない作品でした。
例えばだけど、本作と非常に似たような構成をした、桜庭一樹の「荒野」という本があります。本作と比べると、やっぱり「荒野」の方が断然面白いんですね。どちらも、中学生としてのもやもやとは不安とかそういうものを描いている作品なんですけど、断然「荒野」の方が面白いわけです。
本作は、悪くはないと思うんですよね。僕はもう、自分が中学生だった頃のことなんかさっぱり忘れてしまいましたけど、でも本作を読むと、確かにそんな感じだったよなぁ、という風に思ったりはします。本作では時代性についてもかなり具体的で細かい描写があって、その当時中学生だった人が読めばかなり懐かしいのではないかと思える部分がかなりあります。
和光という少女はなかなか複雑な感じで、確かに自分もこんな鬱屈みたいなものを抱えていたような時期もあったよなぁ、と思ったりして、だから全然ダメな作品だったというわけでもないんですね。
でも読んでてどうも面白くないわけです。どこがダメなのか具体的に指摘できないのだけど、なんか引っかかるところがなくてそのままダラダラ流れて行ってしまうような、そんな印象でした。
すごく変な喩えをすると、女性の会話みたいな作品なんですね。女性同士の会話って、何かものすごくあっちこっちに飛びながら、すごく長い時間続いたりするじゃないですか。あれって、喋ってる当人同士は、たぶんすごく楽しいんだと思うわけです。でもきっと、その周囲でその会話を聞いている人からすれば別に面白くも何ともないような話題なんですよね。なんか本作もそんな印象でした。何となく聞こえてくる会話になんとなく耳をすませてしまうけど、でも別に聞いててもそこまで面白くない、みたいな。うまく説明できないですけどね。
しかし、この著者もう40近いはずなんですけど、よくもまあ中学生のことについてこんなに詳しく書けるものだ、と思いますね。それは、桜庭一樹の「荒野」を読んだ時も思いましたけど。覚えてるんですかね、そんな昔のこと。僕からすれば信じられないですけど。僕なんか既に、5年ぐらい前のことなんか完全に忘れてるんだけどなぁ。まあそんなことを言うとおかしいって言われるんですけど。
まあ初めて読む作家なのでまだまだ評価は下せないなと思うわけですけど、僕の中ではそんなに興味のある作家ではないですね。もう二冊ぐらい読んでみようかなとは思いますけど。児童文学って、あさのあつこや森絵都なんかの登場で結構一時期熱くなりましたけど、やっぱりスター作家ってなかなか出てはこないですよね。難しいものです。

椰月美智子「体育座りで、空を見上げて」



マイナス・ゼロ(広瀬正)

奇妙な事件が起こったということで、僕が呼び出されることになった。一応僕は、国立研究所に勤める科学者の一人である。専門は機械工学であるが、それよりも後から考えてみれば、SF小説が好きだというのが僕が呼ばれた理由ではないか、と思った。
発端は、島根県にあるとある研究所の敷地内で、不可思議な機械が発見されたことにある。機械だけが見つかったのならばそこまで騒がれることはなかたっただろうが、なんとその機械の内部から、男性二人の死体が見つかった、というのだった。警察により司法解剖は既に終わっていて、それによれば、死因は餓死であり、なんと死後少なくとも10年は経っているとのことだった。
その研究所では、敷地内に建物を増設する計画があり、そのため地面を掘り返しているところだった。その最中、その機械が見つかったのである。
その研究所に着いた僕は、早速その機械を見てみることにした。
その機械は、大雑把に言って長方形の外観をしており、電話ボックスのように見えた。中には様々なボタンやらハンドルやらがついていたが、結局何の目的で使われるものなのか、誰にも分からなかったようである。
僕はその機械を充分に調べてみた。その結果、確信は持てないし、公式の発表をすることも不可能なのだが、この機械は恐らくタイムマシンではないか、という結論を出したのだった。
「間違いない、とは言えませんが、おそらくこの機械はタイムマシンでしょう。どういう原理なのかわかりませんが、それ以外にはちょっと考えられません」
僕は、最終的にそういう報告を提示した。そしてそれからある一つの提案をしてみた。
「この機械がタイムマシンであることを確証するためには、実際に使ってみる以外にはありません」
上層部の人間は初め渋っていたが、確かにそれしかないと判断するに至ったようである。僕一人では検証としては不十分なので、僕以外にもう一人乗せて行くことにした。名乗りを挙げたのは当の研究所の若手研究員であり、僕らは二人でタイムマシンに乗ることにしたのである。
「とりあえず、五年前に行ってみることにします。何らかの形でタイムマシンの存在を証明できるよう努力します」
そう言って僕らはタイムマシンに乗り込んだのだった。

タイムマシンに乗り込み、発進ボタンを押してから、既に二日が経っている。小さな窓から外の光景が見えるが、青い光がうねうねしているような状態で、これがきっと時空を移動しているということなのだろう、と僕らは思った。
「嫌な予感がするんです」
一緒に乗り込んだ若手研究員がそう切り出した。僕もそろそろ口に出そうと思っていた頃だ。きっと同じことを考えているに違いない。
「もしかしたらこのタイムマシン、5年前に辿り着くのに5年掛かるんじゃないでしょうか?」
そう、まさに僕も同じことを考えていたのだった。タイムマシンを稼働させてから既に二日。今のところどこかに辿り着くような気配はない。しばらくしらら五年後の世界に辿り着いているのかもしれないが、その期待はあまり大きくはない。
「だとすればですよ、たぶんあそこで見つかった死体は…」
そうなのだ。嫌な予感の背景には、研究所で見つかった二人の死体の存在があるのだ。あの死体は、死後10年は経っているという。今僕らがこのタイムマシン内で死亡したとして、5年前に着くのに5年掛かるとしたら、さらに発見されるまでに5年掛かるのだから計算としては合っている。しかも、死因は餓死だとのことだった。このタイムマシン内には食料は一切ない。既に二日間飲まず食わずなのだ。このままでは、早晩餓死してしまうことは間違いないだろう。
しかし今さらどうにかなるというものでもないだろう。やはり、理想的なタイムマシンというのは机上の空論でしかないのだろうか、と僕は考えていた。

一銃「タイムマシン」

そろそろ内容に入ろうと思います。
本作は、大分以前に絶版になっていた作品ですが、つい最近復刊されました。これまで、いろんなところで復刊の要望が絶えることのなかった作品で、最終的に本屋大賞の企画の後押しがあって復刊に至った作品です。和製タイムマシンものの傑作と誉れ高い作品で、この復刊を待ちわびていた人も多かったのではないでしょうか。僕も、広瀬正という作家についてはまるで知りませんでしたけど、この作品のあまりの評価の高さに、ずっと読みたいと思っていたので、復刊されたものを早速買って読んでみることにしました。
物語は、1945年のとある空襲の夜から始まります。浜田少年はその空襲の日、ある約束をすることになったのだった。その約束は、隣の家に住んでいた「先生」と呼ばれていた人としたもので、結局「先生」はその空襲の夜に亡くなってしまう。「先生」の遺言となったその約束というのは、18年後の今日同じ時間に、どんなことがあってもこの場所に来て欲しい、というものだった。
大人になり、とある電機会社へと就職した浜田俊夫は、18年前の「先生」との約束を突然思い出した。約束の場所は今「及川」という人が住んでいて、浜田は及川氏と連絡を取り、約束の日付にお邪魔させてもらう約束を取り付けたのだった。
そして約束の時間。そこで起こった出来事はどうにも理解しがたいものであった。様々なことを考え合わせると、タイムマシンが存在したのだという結論になるのだった。
それから浜田はタイムマシンによって昭和の東京へと旅立つことになるのだけど…。
というような話です。
かなりよく出来た小説だなと思いました。僕は基本的にSFというのをそんなに読まないし、タイムマシンものもそんなに読んでいるわけではないので比較出来るほどの知識を持っているわけでは全然ないんですけど、本作ではタイムマシンという素材をかなり上手く使っているな、と思いました。
正直、本作のほとんどの場面でタイムマシンは出てこないんです。冒頭と最後の方にちょっと出てくるだけで、後の場面ではタイムマシンの存在なんか完全に消去されてしまっています。だから、SFは得意じゃないんだけどな、という人でも普通に読める作品だと思います。
そのほとんど出てこないタイムマシンなんですけど、でも出てくる場面での使われ方はなかなか秀逸ですよね。特にラスト、いろんなことが明らかになっていく過程では、なるほどなぁ、という感じでした。本来であれば不自然に感じられてしまうような場面であっても、タイムマシンのそもそもの持ち主の設定を巧妙にすることで、その辺りの処理をかなりうまいことやっていると思いました。
ストーリーの大半は、昭和の東京での場面に費やされます。正直に言えば、ちょっとここでダレる感じはないではないですね。昭和の東京の場面が250ページ近くあるんですけど、そろそろこの場面は終わりでもいいんじゃないかな、と思うようなところはありました。それでも、この昭和の東京の場面、細部へのこだわりがすごくて、かなり読み応えのある部分でもあります。解説が星新一なんですけど、その星新一が昔広瀬正に聞いたところによれば、当時の銀座の店の並びを全部調べているとか、アサヒグラフのほとんどの号を集めているとか、そんなことを言っていたそうです。そうやって綿密に資料を当たったからこそ書ける描写というのがたくさんあって、すごいなと思いました。
あと本作で非常にいい味を出しているのが、浜田が厄介になるカシラ一家の面々ですね。このカシラ一家の面々は誰も彼もがなかなか面白いキャラクターで、読んでいて飽きないですねぇ。特にタカシのキャラクターがなかなかいいですね。
あと文章が非常に読みやすかったという印象がかなり強いですね。この作品、親本が出たのが昭和52年だそうで、とすると既に30年近く前の本ということになりますけど、まったく古さを感じさせない文章ですね。設定やなんかは、携帯電話がないとかそういう古さは結構ありますけど、でも舞台の大半が昭和初期の東京になるので、作品としての古さもさほど感じられないですね。今読んでも充分耐えうる作品だと思いました。
この作品が、いろんな人が言っているような世紀の傑作なのかどうかは僕にはなんとも判断できませんが、しかし充分面白い作品であることは間違いないと思います。長らく絶版だった作品で、最近の読者のほとんどは読んだことがない作品・作家だと思います。復刊されたこの期に、是非一度読んでみてはいかがでしょうか。

広瀬正「マイナス・ゼロ」




妄撮(Tommy)

友人の発明家が、とんでもないものを完成させた、というので彼の研究室に行ってみた。
「これこそ世紀の発明である!」
彼はそう大口を叩いて僕にその発明品の説明をしてくれるのだった。
彼が作ったという発明品は、見た目はサングラスそのものだった。というか、どう見てもサングラスにしか見えない。
「サングラスにしか見えないとか思っただろ。それだからお前は甘いと言われるんだ。いいか、これはな、『服が透けて見えるサングラス』なのだ!」
おぉ!それがもし本当だとしたら、それはまさに世紀の発明に違いない。でも、この友人の発明品にはなかなか信頼のおけないものが多かったのだ。これまでも、空飛ぶ飛行機だの3日で理想の体重になれるダイエットマシンだの開発して、ことごとく失敗に終わっているのだった。
「どうせまた失敗作なんだろとか思っておるのか!これだからお主はいかんというのだ。ほれほれ、とりあえず掛けてみなさい」
そう言って無理矢理サングラスを掛けさせられた。
その瞬間、彼の裸が目の前に映ったのだった。うげぇ。男の裸なんか興味ねぇよ、とか思いながら、でもこれは本物だ、と僕は思ったのだった。
「原理を説明するのは難しいが、要するにそのサングラスは、生体反応を示すものだけを映し、生体反応のないものを透過する、という性質を持っているのだ。ほれ、だから今お主には、この部屋にあるテレビや椅子なんかは見えていないだろう」
確かにその通りだった。今見えているのは彼の裸ぐらいなもので…、っていや違うな。視界の端っこでちょろちょろ動いているやつもいるが…。
「あぁ、ネズミでもいるのかな。ゴキブリかもしらんが」
なるほど。まあそれぐらいの欠点ならまあいいというものだ。
それから僕は、早速そのサングラスを掛けていろんな女性の裸を見まくったのだった。とにかく誰も彼もが裸に見えるのだ。こんな素晴らしいことはない。難点は、視界の中に男がいた場合その裸も見えてしまうということと、あと車や建物がまったく映らないので、そのサングラスを掛けながら移動することはかなり困難だということぐらいである。しかし、それぐらいの困難はまあ許せるというものである。彼の友人でよかった、と僕は心底思ったものである。
僕は長いこと女性の裸を楽しんだ後、家に戻ることにした。もちろんサングラスは外して、である。これからのパラダイスの日々を思うと、どうも足取りが軽くなってしまう。
家につくと、中には彼女が待っていた。
「ただいま」
「おかえり」
同棲を初めて2年。ちょっとマンネリという感じになりつつある。そうだ。彼女がこの部屋で料理を作ったりトイレに行ったりしているのをサングラスで覗けば、いつもと違った感覚が得られるかもしれない。早速サングラスを掛けてみることにした。
しかしその瞬間、僕は驚きに声も出なくなってしまった。なんと、サングラスを掛けた状態では、彼女の姿は映らないのだ。つまりこれは、彼女が生体反応を持っていない、ということになる。まさか、彼女はロボットだとでもいうのだろうか。しかし、そうとでも考えないと説明はつかなくなってしまう…。
彼女がロボットであるかどうかきちんと確かめるにはどうしたらいいだろうか。僕はそんなことを考え初めていた。

一銃「服が透けるサングラス」

そろそろ内容に入ろうと思います。
本作は、小説やノンフィクションではありません。僕はあんまりそういう本の感想は書かないんですけど、これは書いてしまいましょう。
本作は、写真集です。しかもアイドルの写真集なわけです。とはいえ、普通の写真集ではありません。その発想の素晴らしさに、僕は思わずこの本を買ってしまったわけです。
本作は、まさに「妄撮」というタイトル通り作品で、うまく説明できないんですけど、服の一部が透けて中の下着が見える、というような撮り方をした写真ばかりが載っているわけです。よくわからないという方は、この感想の最後の方に本作の表紙の写真があると思うのでそれを見てください。大体言っていることが分かると思います。
これは元々、雑誌「KING」で連載されていた企画のようですね。「KING」という雑誌はもう休刊が決まってしまった、あんまりイケてない雑誌だったわけですけど、でもこの企画だけは素晴らしいですね。僕はこの発想はまさに天才級だなと思いました。
僕はこの本を女子にも結構見せたりしました。女子も、この写真はすごいね、という感じの反応だったんですけど、でも僕が、『これは男的にはマジで素晴らしいアイデアだ』みたいなことをいうと、あんまり理解できない感じだったようです。
本作中にこんな文章があります。

『だけど、何もかもを持つ女の子が、
だからこそ、自分の魅力にあまりにも自覚的であってほしくないんです。
たとえば、あからさまに美人やモデル体型やおっぱいの大きい女の子が、
自分のビジュアルが高くうれることに気づいちゃってるのがわかると、
とたんに興冷めしちゃうのです。

でもって、たとえば、
どうだ!って谷間を開けて見せつけて来るわけじゃなく、
隠してるタートルネックの胸のあたりがどうしようもなく膨らんで窮屈そうにしているコなんていたら、
もうどうしようもなく興奮します。
「自分でもちょっと自分の魅力がわかってないんじゃないか」と思える女の子に会ったとき、
僕たちは想像できる喜びに、ゾクッとクるのです。
たとえば、
NHKのラジオ体操に出てくる、あまりにもダサい水着の女の子、
リア・ディゾンだって、最初の頃ネットで探している頃のほう、
浅尾美和だって、ビキニのプレー姿をチマナコで探していた頃のほうが、今よりも断然興奮しました。
興奮の魔法は、あからさまに相手がアピールをし出すと同時に、急に色あせるんで。』

まさに!という感じですね。
Tommyというのは男(しかもれっきとした日本人)らしいですけど、やっぱり男のことがよくわかっておりますですね。
女性のカメラマンが同じ企画で写真を撮っても、やっぱり本作ほどにはうまくいかなかったんじゃないかなとか思ったりしますね。
妄想できる余地があるかどうかっていうのはやっぱり重要ですね。この時期になると、ほとんど肌出ちゃってますけどみたいなすごいファッションの人とかいますけど、もちろんそういう人も視界に入れば「うむむっ」って感じで見ちゃいますけど、でもそんなにググッときたりはしないんですよね。それよりも、『「自分でもちょっと自分の魅力がわかってないんじゃないか」と思える女の子』みたいな方が断然いいですよね。本作では、グラビアアイドルたちが出てくるわけで、本来であれば、『自分の魅力にあまりにも自覚的』な人達なわけです。だから、普通のアイドルの写真集なんかは(見たことないですけど)、私って魅力的でしょ、みたいなポーズだのカットだのがたくさんあるわけです。
でも本作では、「妄撮」という撮り方をすることによって、本来であれば『自分の魅力にあまりにも自覚的』であるはずのグラビアアイドルたちが、『「自分でもちょっと自分の魅力がわかってないんじゃないか」と思える女の子』に見えてくるんですよね。本作では、ポーズ自体は日常的なものばっかりだし、それほど大胆なカットがあるというわけでもないんですね。それでも、普通の写真集なんかよりも全然興奮出来る内容だと思います。グレートですねぇ、ホント。
というわけで、一時ネットでもかなり話題になっていたようで、それで僕も知ったわけなんですけど、素晴らしい写真集ですね。この「妄撮」という撮り方を考えたTommyというのは天才だと思います。前に、写真に撮ったものすべてが模型に見えるような写真集の感想を書きましたが、あの撮り方を考えた写真家と同じぐらいすごいなぁ、と僕の中では思っています。本作でうまいと思うのが、二つの写真を合成するつなぎ目が破れた感じになっていることですね。その処理まで含めて、うまいなと思いました。
まあわざわざ買うことはないですけど、見る機会があったらどこかで見たらいいと思います。男なら、この世界はわかると思います。たぶん。

Tommy「妄撮」


妄撮ハード

妄撮ハード

ねじの回転(H・ジェイムズ)

「幽霊の見える薬」
ネットで売ってたので買ってみた。面白そうだな、と思ったのもあるけど、今日はお盆だ。お盆には、死者の魂が戻って来るという。去年死んだおばあちゃんとか、僕が生まれる前に死んだらしい兄とか、そういう人達の姿を見ることが出来たらいいな、と思ったのだった。
とりあえず薬を飲んでみる。飲んだ瞬間、目の前にうじゃうじゃ幽霊が見えたら厭だなと思ったけど、そんなことはなかった。お盆ということも関係しているのかもしれない。普段は僕らの周りにもいるのだけど、お盆だから儀式的に一旦幽霊達はどこかに集まっているということなのかもしれない。
その時、遠く空の向こうから、何かがやってくるのが見えてきた。黒いカラスの大群のような感じで、それは次第にそら全体を覆い始めたのだった。
その黒い塊りが近づいてくるに連れ、僕は恐怖に駆られた。それは間違いなく幽霊の集団だった。しかし、ただそれだけであるなら僕だってそこまで驚きはしない。幽霊を見ることの出来る薬を飲んだのだし、見えても不思議ではない。
恐ろしかったのは、やってきたのが人間の幽霊だけではない、ということだった。犬や猫と言ったペットはまだ理解できなくもない。しかし、牛や馬と言った家畜や、蛙やゴキブリや蝿と言った幽霊までもが大群で押し寄せてくるのだ。それがそらを覆い尽くして、僕の方へと向かってやってくる。おいおい、ちょっと待ってくれ。
僕は、幽霊が見える薬を飲んだことを後悔した。僕は、彼ら幽霊の集団がいなくなるまで目を閉じ続けていることにした。まったく、死んだおばあちゃんや兄に会おうと思っていたのに、台無しだ。

一銃「幽霊の見える薬」

そろそろ内容に入ろうと思います。
イギリスの片田舎にあるとある古い貴族屋敷に、一人の女性が家庭教師として雇われることになった。両親を失った子ども達を引き取った男が依頼人であり、その依頼人はとにかく子どものことで何か煩わされるのが厭だった。一切のすべてを自分で解決し、連絡をしてこないこと。これが条件だった。
家庭教師の女性は、面倒を見ることになる二人の子供たちと会ってみて、すぐに彼らのことが気に入りました。しかし家庭教師はしばらくして、その屋敷の中で幽霊の姿を見てしまいます。その幽霊が、子供たちと接触しようとしている、そして子供たちこそ何かを隠していると考えた家庭教師は、注意深く様子を見守っていたのだけど…。
というような話です。
そこそこ有名な作家の、そこそこ有名な古典作品だと思いますけど、やっぱり僕にはどこがいいのかイマイチよくわからなかったですね。
なんか、家庭教師がずっと子供たちの心配をしているだけの話なんですよね。屋敷に幽霊が出た。それが何者かよくわからないけど、でも子供たちに接触しようとしている。子供たちは子供たちで何かを家庭教師に隠している。子供たちとの関係性をなるべく維持したまま(つまりその幽霊について表立って彼らに聞いたりしないまま)、それでもいろいろと探りを入れようとする話で、何だか退屈でした。
このH・ジェイムズという作家は、<心理主義小説>の先駆者らしいですけど、それがどういうものなのかイマイチ分からないです。家庭教師の内面を事細かに描写しているようなところを言っているんでしょうか。
まあいずれにしても、やっぱり古典作品は僕はダメですね。食わず嫌いはいけないと思ってたまに読みますが、面白かったためしがありません。まあそれでも、時々はまた読むと思いますけど。
僕はあんまりオススメできません。

H・ジェイムズ「ねじの回転」


少年たちのおだやかな日々(多島斗志之)

買い物でもしようかと、大通りをブラブラと歩いていた。特にすることもない休日。買い物と言っても、ただ見るだけのことが多いぐらいで、特に買いたいものがあるというわけでもない。
歩いている途中、何だかずっと肩の辺りに違和感があった。何だかよく分からない。まあ痛いわけでもないし、どうにもすることは出来ないだろうと放っておいたのだけど。
道の両脇のショーウィンドウを適当に眺めながら歩いていると、静かにタクシーが近寄ってきて、僕の横で停まった。なんと扉まで開いた。
近くに誰かタクシーを止めた人でもいるのかと思って見てみるけど誰もいない。誰かがここまで電話で呼んで、その誰かがまだ来ていないのかとも思ったけど、タクシーの運転手は僕を見ているのだった。
「乗らないの?」
運転席のウィンドウを下げて運転手が聞く。
乗らないのも何も、止めてはいないのだからの乗るわけがない。
そう伝えると、
「紛らわしいことしないでくださいよ」
と言って去っていった。何だそれ。どこが紛らわしいっていうんだか。
しかし同じことがその後も何度もあった。道をただぼんやろと歩いていると、横にタクシーが停まって、乗らないの?と聞かれるのだ。怒ったり不思議そうな顔をして運転手は去っていくのだけど、意味が分からないのはこっちの方である。
なので僕は、何度目かに止まったタクシーの運転手に聞いてみた。
「何で僕の横で停まるんですか?」
すると運転手は僕の肩の辺りを指して、
「ほらだってあなた、手を挙げてるじゃないですか」
というのだった。
何をバカなことを言っているのだろう。僕の両手はこうして体の脇にずっとある。手なんか挙げてるわけがないじゃないか。
すると運転手も何かに気づいたようで、素っ頓狂な声を上げて去っていった。運転手が最後に口にした言葉はこう聞こえた。
「う、腕が三本…!」
どういうことだろうか。僕は結局何が起こっているのか分からないまま、また大通りを歩き始めた。

一銃「タクシー」

そろそろ内容に入ろうと思います。
今日はちょっと時間がないので超特急で感想ので短くなりますが、内容的には結構よかったですよ。先にそれだけ書いておきます。
本作はずっと絶版だったもののようで、いろんな人の復刊の声に後押しされて、つい最近新装版で復刊したものです。表紙の絵が、エヴァンゲリオンの碇シンジにしか見えないのは僕だけでしょうか。
本作は7編の短編が収録された短編集です。

「言いません」
友だちの母親がラブホテルから出てくるのを目撃してしまった少年。その後その母親から不気味な接触を何度かされるのだけど、少年としては誰かに言うつもりもないし鬱陶しいだけなのだ…。

「ガラス」
ガラスが怖いという少女とその彼氏。昔兄を殺してしまったのだと語る少女は、ガラスを見ると兄が復讐してくるのではないかと考えてしまう…。

「罰ゲーム」
友だちの家に遊びに言った時のこと。友達の姉とあるゲームをすることになった。サイコロを振って数字の少なかった方が罰ゲームをするというものなのだけど…。

「ヒッチハイク」
友だちと山歩きをしようとやってきた二人は、途中でヒッチハイクして拾った車に乗せてもらうことにした。車に乗っていた男女は、キャンプでもやろうと誘ってきて…。

「かかってる?」
催眠術に掛けられてしまったかもしれない、という友人。寒がりが治ったのはいいけど、他にも変な暗示を掛けられているのではないかと不安なのだ…。

「嘘だろ」
姉の婚約者をたまたま電車で見かけた。そこで彼は女子生徒のスカートを切り裂いているようだった。しかし確信はない。もしあの婚約者が犯罪者だったらと思い、彼はそれを確かめようとするのだけど…。

「言いなさい」
友だちのバッグからお金を取ったことで先生に呼び出された少年。しかし少年はそれを認めない。明日に持ち越しになるのが厭だと言って、先生の家まで言って話をすることになるのだけど…。

「言いません」と「罰ゲーム」はテレビドラマにもなったようです。全体的に、タモリの「世にも奇妙な物語」っぽい雰囲気が漂っていますね。
僕が一番秀逸だと思ったのは「嘘だろ」です。これはまさに完全に予想外の展開でうまいなと思いました。「罰ゲーム」は、展開こそ普通ですが、ちょっと異常すぎて気持ち悪くなります。逆に「ガラス」と「かかってる?」はちょっと微妙だったかもしれません。「ヒッチハイク」と「言いません」と「言いなさい」はなかなかの出来だと思います。
さらっと読むにはなかなかいい小説だと思います。ちょっと怖いななぁ、という感じを味わいたいならいいかもしれません。

多島斗志之「少年たちのおだやかな日々」




子どもたちは夜と遊ぶ(辻村深月)

「ニュースは見てもらえましたか?」
本当にやったんだ。僕はそう思った。パソコンの表示される文字が僕には思い。
「ええ、確かに死んだみたいですね」
僕はそう答える。チャットというのはメールよりもやり取りが速すぎて、時々ついて行けないような感覚を味わうことがある。
「分かっているとは思いますが、次はあなたの番ですよ」
確かに、言われなくても分かっている。僕らはある契約を交わした。そして、彼はそれを実行に移したのだ。次は、僕がやるしかない。
「そうですね。まだ聞いてなかったと思いますが、誰を殺せばいいんでしょう?」
交換殺人。分かりやすく言えばそういうことだ。彼とは、あるサイト上で知り合った。裏の世界の出会い系のようなもので、お互いに必要としている相手を探して繋ぐことの出来るサイトだ。僕と彼は共に殺したい相手がいた。その相手を交換して殺そう。僕らの話はまとまった。お互いに素性は明かしていない。
彼に殺してもらったのは、会社の同僚だった。不正の証拠を握られ、脅されていたのだった。その不正が今後も発覚する可能性はあるし、その同僚だけを殺せば済む話でもないのだろうが、それでも目先の安心を得たくて殺しを依頼することにしたのだ。
そしてそれは見事に達成された。今日のニュースで、その同僚が電車に轢かれて死亡した、というニュースが流れた。事故なのか自殺なのかあるいは殺人なのか、今のところ判断で来ていないようだが、間違いなくこれは彼の仕業だろう。
そして今度は僕の番だ。
「吉村保という男を殺していただきましょう」
そして、吉村保についての詳しい情報も告げられた。
まあやってやるさ。やらないわけにはいかないだろう。何としてでも成功させてみせる。

吉村保の跡をずっとつけ続けている。今日こそ決行しよう。長引かせてもいいことなんかない。
どうやって殺そうかと考えたのだけど、やはり絞殺にすることにした。返り血を浴びる心配がないというのが一番大きい。やっぱり、血は見たくない。
暗い公園に足を踏み入れた。チャンスだ。ここを逃したらもう機会はないかもしれない。僕は小走りに近づいて、吉村保の首にロープをかけた。お前には、何の恨みもないんだけど。
しかし、その瞬間だった。どこからともなく声が聞こえ、そしていつの間にか僕は組み伏せられていた。ぼんやりと、警察官の制服が見える。どういうことなんだ?
「殺人未遂罪で現行犯逮捕」
そして手錠を掛けられる。何が何だかさっぱり分からなかった。
「あばよ、ネーロン」
その瞬間、すべてを理解した。ネーロン、というのは僕のハンドルネームだ。つまり、僕がチャットでやり取りをしていた人物こそ、吉村保だったのだ。彼が僕にどんな恨みを持っていたのか知る由もないが、彼が僕を嵌めたのは事実だろう。なんてこった。きちんと計画されていたようだ。この分だと、交換殺人を訴えてもその主張はまったく通らないかもしれない。
俺の人生もこれで終わりか、とぼんやり思った。

一銃「交換殺人」

そろそろ内容に入ろうと思います。
大学生である浅葱は、「i」と呼ばれる人物を必死で探していた。
きっかけは、関東8大学で行われた論文コンクールだった。最優秀者をセーラ大学へ破格の条件で留学させるというこのコンクールに浅葱も応募した。下馬評では、浅葱か、浅葱と同じ研究室にいる狐塚のどちらかが最優秀賞を取るだろう、と言われていた。
しかし結果は、最優秀者なし。但し書きに、「i」の名前で投稿した者が3ヶ月以内に名乗り出ればその者を歳優秀者と認める、とあった。
自分が負けたことが認められない浅葱は、それから執拗に「i」を探し続けた。自らを「θ」と名乗って。そしてしばらくして浅葱は「i」と接触することができた。そして浅葱は確信したのだった。「i」こそ、生き別れになっていた双子の兄である「藍」だと。
それから浅葱は、「i」に会うために必死になる。「i」が持ちかけてきたとあるゲーム。このゲームをクリアすれば、「i」は浅葱に会うと約束をした。しかしそれは、殺人ゲームだった。浅葱は、絶望的な苦痛を味わいながら、そのゲームを遂行していく。
狐塚や月子、恭司、秋山先生と言った浅葱とも親しい周囲の人間を次々と巻き込んで行きながら、浅葱は「i」と会うために課されたゲームを無理矢理遂行していくのだが…。
というような話ですが、全然内容紹介になっていませんね。これだけ長い話を短くまとめるのはちょっと難しいです。
さて、本作はですね、素晴らしい傑作でしたね。辻村深月という作家は、作品を出す度にどんどんレベルが上がっていく印象があります。なかなかすごい作家です。
これまで辻村深月の作品は4作読んだことがあります。デビュー作の「冷たい校舎の時は止まる」は、ストーリーは確かに秀逸だと思いました。でも、小説としてどうか、と聞かれるとちょっとやっぱりまだ荒削りだったという印象が強かったです。
「ぼくのメジャースプーン」は、世間的な評価は非常に高いですが、僕はあんまり好きな作品ではありませんでした。でもその次に読んだ「スロウハイツの神様」は素晴らしかったですね。ストーリーもさることながら、キャラクターや全体の雰囲気まで含めてすべて素晴らしい作品で、この作家は化けたなぁ、と思ったものです。
そして本作です。本作も、作品としてのレベルがものすごく高いですね。「スロウハイツの神様」と同様、ストーリーのみならず、キャラクターや全体の雰囲気まで含めた小説としてのレベルがものすごく高いです。
この作家は常に、ストーリーの水準は高いと思っていました。もともとミステリでのデビューですけど、作品にはミステリっぽくないものもあります。ただ、ミステリ的な伏線の張り方はどの作品にも出てきて、しかもそれが巧いんですね。本作はミステリなわけで伏線はいろんな形で出てくるわけですけど、やっぱり相変わらずその処理は見事だなと思います。
そして本作は、ストーリー以外の部分の出来も見事という感じです。
本作の一番の魅力は何かと聞かれたら、それはキャラクターの造型ではないかと思います。本作には様々なキャラクターが出てくるわけですが、そのどれもが素晴らしいです。基本的に悪い人間は出てこないんですけど、でもただのいい人というわけでもない。このキャラクターはこういう性格、とひと言で言い表せない深みがあります。どのキャラクターにも表と裏があって、普通と普通でない部分があって、それぞれに価値観が大きく違ってという感じで、ホントに現実に存在してもおかしくないよなぁと思えるようなキャラクターばっかりです。普通ミステリでは、人間が描けていないと言われることが多いですが、本作にはその批判は当てはまらないでしょう。それどころか、エンターテイメント全般を含めて考えてみても、かなりトップクラスに深いキャラクター造型を含んだ作品だなと思いました。
中でもやっぱり主人公クラスのキャラクターはどれも魅力的です。浅葱や狐塚、月子や恭司、秋山先生と言ったキャラクターは、皆いい人なんだけどまったく似ていなくて、それぞれが独自の価値観を持って息づいていて、そうして小説の中で生きています。よく小説を読んでいて、ストーリーを展開させるだけのために存在する薄っぺらいキャラクターがいたりしますけど、本作にはそんな人物は一切出てこないですね。誰もが、その小説の中できちんと生きている人間として描かれます。やっぱりこの点が本作の一番の魅力だろうし、すごいなと思う部分です。
帯に、『辻村深月は、どうしてこんなにも僕たちのことを知っているのだろう。』というコメントが書かれています。これは僕もまさにそう思いました。本作は若者を中心に描いた作品ですが、若者の心理みたいなものを非常にうまく捉えていると思いました。本作では、殺人をゲームみたいに扱うキャラクターが出てきて現代的ですけど、それは表層であって、実際その奥で現代の若者がどんな風に考えているのかというのが読み取れると思います。他にも、人との距離の取り方に苦労したり、すべてに投げ遣りになって関心が持てなかったりと言ったような、現代の若者にありがちな感覚をうまく拾い上げてキャラクターを作っていると思いました。僕も、誰か一人にというわけではないですが、本作に出てくる登場人物たちの様々な言動にかなり共感するところがありました。確かに、分かる分かる、という感じです。特に恭司の、「さっさと死にてぇよ」みたいな発想はすごく良く分かりますね。若い人が読めば、自分もそうなんだよという共感が出来るだろうし、もっと上の世代が読めば、なるほど今の若者はこんな風に考えているのか、ということが少しは分かるのではないかと思います。
あとは、全体の雰囲気がいいですね。「スロウハイツの神様」とは、ストーリーは全然違うのに、雰囲気はかなり似ているように思いました。どれだけ殺伐としたことが起こっても、どこか暖かい部分が残っているというか、どれだけ暗くても決して灯りが消えない部分があるというか、なんかそういうイメージですね。それはやっぱり、本作に出てくる登場人物のキャラに寄るところが大きいのだろうなと思います。本作では、殺人がゲームのように扱われる、かなり荒んだストーリーなんですけど、それでも言い方はおかしいんだけどどこか暖かいんですね。救いがある、というか。
どんどん非現実的な殺人ゲームが展開されていくのに、しかしどこまでもリアリティを失わないという部分もすごいと思いますね。細部をきちんと詰めているからだろうし、やはりここでも登場人物のキャラが利いているのだと思うのだけど。
実に長い小説ですが、すごく読みやすいのですいすい読めるし、ストーリーも面白いです。それに何よりも、今を生きる若者の価値観をかなり巧いこと切り取って背景にしている作品で、共感できる部分も結構あるんじゃないかなと思います。一応ミステリではありますけど、ミステリを普段読まない人にもオススメです。是非是非読んでみてください。

辻村深月「子どもたちは夜と遊ぶ」





きみとぼくが壊した世界(西尾維新)

今自分がどこにいるのか、よくわからなかった。ここは一体どこだろうか。僕は何故こんなところにいるのだろうか。確か、どこか向かっていた場所があったような気がするのだけど、周囲の光景があまりにも様変わりしてしまっているために、イマイチそれを思い出すことが出来ない。
教会や石造りの建物なんかはたくさんあるのだけど、それ以上にやたら背の高い建物やゴテゴテした派手な看板なんかが周囲を埋め尽くしている。音も何だかすさまじい。走っている車のスピードも速すぎて怖いくらいである。
近くにあった喫茶店らしき店に入る。マスターらしき人に話し掛けることにした。
「お仕事中失礼。わたくしシャーロック・ホームズ…」
「あぁ、シャーロック・ホームズ村ね。そこに行きたいのかい?それともシャーロック・ホームズ博物館かな」
「シャーロック・ホームズ村…」
「なるほど。それでそんな格好をしてるってわけか」
「変な格好でしょうか?」
「ん?シャーロック・ホームズ村がどんなところか知らないのかい?」
「ええ、教えてもらえますか?」
「いいとも。ここから北に50キロほど行ったところにその村はあるんだ。変な村でな。そこに住む住人はある共通点があるんだ。戸籍上の名前がシャーロック・ホームズであること。もちろんそんな名前が本名のやつなんかそういないだろうから、みんな改名して行くんだけどな。俺の知り合いの知り合いも改名して、今そこに住んでるらしい。それ以外の条件は一切ない。まあそんなわけで、シャーロック・ホームズって名前のやつしか住んでない村なんだ。変だろう?一応みんな探偵を名乗っていて、だから依頼人として赴けばその村に入ることは出来るだろうよ」
なるほど、そんな村があるのか。偶然ではあるが、僕の名前もまさにシャーロック・ホームズなのだ。コセキがどうのと言っていたのがイマイチよく分からないが、しかしまあなんとかなるだろう。
僕はマスターにお礼を行ってそこを立ち去った。シャーロック・ホームズ村に行ってみよう。それからのことは着いてから考えようではないか。

一銃「シャーロック・ホームズ村」

そろそろ内容に入ろうと思います。
本作は、「きみとぼく」シリーズの第三弾です。これまではずっと学園を舞台にしてきましたが、今回はなんとロンドンが舞台になっています。
本作はかなり変わった構成をしていて、そのため正確に内容紹介をしようとするとネタバレになってしまうので、とりあえずここでは正確さを欠いた内容紹介をしようと思います。
病院坂黒猫と櫃内様刻は、ロンドンへと旅行に行くことになった。旅行の目的は、黒猫の係累が持ち込んだというある依頼のためである。イギリス在住のある作家が、「呪いの小説」を書き上げてしまったということで相談したいという。何でも、その小説を読んだ作家の妻とエージェントが二人とも命を落としているのだそうだ。呪いも何もあったものではないが、旅費はすべてその係累持ちということもあって、ほとんど観光気分で彼らはロンドンへと向かうことにしたのであった。
しかしその道中、様々な事件に巻き込まれていくことになる。飛行機の中での殺人事件、作家の奥さんとエージェントの死の謎、そしてさらに…。
というような話です。まあもう一度書くと、この内容紹介はかなり正確さを欠いているので、実際に読んでみて、違うじゃん!という文句は言わないでくださいね。これ以上の内容紹介はちょっと不可能だと理解してもらえると思います。
僕はこのシリーズは結構好きだったりしますけど(西尾維新の作品の中では、「戯言」「化物語」の次ぐらいに好きなシリーズかもしれません)、本作も相変わらず面白かったな、と思います。
このシリーズでは著者は毎回いろいろ挑戦しているように思います。一番初めは覚えてませんが、前作は「まったく口を開かずに表情だけで会話をする」という無茶苦茶なキャラクターと登場させて物語を成立させてしまいました。本作では、説明は出来ないけどかなり面白い構成になっていて、これは書くのに結構大変だったんじゃないかなぁ、と思ったりしました。最後の落しどころもまあ悪くなかったと思うし。
一応このシリーズは本格ミステリを主体としたものなんだけど、本作は小ネタをいくつもつなげてみました、というような印象ですね。大雑把に言ってしまえば連作短編集のような作品なんですけど、それぞれの章で扱われるトリックは正直そこまで大したものではありません。シリーズ中、もっとも本格っぽさの薄い作品と言えるでしょう。それでも、作品そのものはやっぱり充分楽しめるものに仕上がっていると思います。黒猫と様刻の会話ややり取りがすごく面白いのでぐいぐい読んでしまいますね。あと、時折出てくる小説論やミステリ論、果てはライトノベル論みたいな話もなかなか面白いと思いました。
西尾維新らしさが出ている作品だと思いました。なかなか面白いと思うので、是非読んでみてください。

しかし最近、ブログの文章が適当すぎるなぁ。
最近、あまりに体力がなさすぎて頑張れないのが原因なんだけど。
うーむ…。

西尾維新「きみとぼくが壊した世界」



エレGY(泉和良)

僕は趣味で小説を書いている。新人賞に応募したりすることはない。代わりに、インターネット上のブログでその小説を発表している。自分ではまあまあと思える数のアクセスがあるし、時折コメントももらえるような、まあそんなささやかな趣味なのである。
ある日、ブログに載せているメールアドレスにメールが届いた。
『あなたのような人をずっと探していました。是非お会いしたいです』
正直に言って僕は、女性とはほとんど縁がない生活を送っている。彼女だって、これまで一人いただけで、それもすぐに別れてしまったのだ。どんな女性か分からないし、ネット上で知り合うというのも怖いと思ったのだけど、やはりその誘惑に勝つことは出来なかった。
そしてその当日。待ち合わせは僕が住んでいるところの駅前の喫茶店ということになった。お互いに会った時に分かるような目印を伝え合って今日を迎えたのだ。
彼女を見た時僕は一瞬で恋に落ちたと言っても言いすぎではないだろう。それぐらい可愛かった。その時だけ、僕は神様の存在を信じた。
しかし、ハッピーエンドというのはそう簡単ではないようだ。
「違う」
彼女は会うなり、僕に向かってそう言った。
「そんなダサい服を着ているわけがないし、背だってもっと高いはずだし、ブランド物の腕時計をはめていたし、眼鏡なんて掛けてなかった!」
そう言うと彼女は帰っていってしまった。
僕には何が起こったのかさっぱり理解が出来なかった。

一銃「理想」

ホントに最近、書く気力があんまりありません。
そろそろ内容に入ろうと思います。
泉和良は、フリーゲーム作家である。その名の通り、インターネット上で無料で遊べるゲームを作っているのだ。何と僕の収入源はこれだけ。フリーゲーム作家として生きているのだ。
ネット上ではジスカルドというハンドルネームを使っている。ある日僕は何もかもが厭になって、自らのHPに書いている日記に無茶苦茶なことを書いてみた。それまでは普通の制作日記をずっと書いていたのだけど、その日僕は、この日記を読んだ人は、僕にパンツの写真を送ってくれ、というようなことを書いたのだった。
もちろんジョークのつもりだったし、次の日にはその日記は削除した。しかし一通だけ、その日記の内容を真に受けて本当にパンツの写真を送ってきた女性がいた。
それが、エレGYだった。
僕とエレGYは会うことになり、僕は彼女に強く惹かれた。彼女もずっと僕のことを好きでいてくれたのだという。しかし、僕は自制しなくてはいけない。これまでも、僕のゲームのファンだという女性に何度か会ったことがある。しかしその誰もが、ジスカルドが好きだっただけであり、現実の泉和良が好きなのではなかったのだ。幻想が解けた女性は、僕から去っていく。それはあまりにも辛いものだったのだ。
そんな辛さを味味わわないためにも、僕は得れGYに深入りしてはいけない。そう思うのだが、一途に僕のことを思ってくれる彼女と過ごしていると、つい彼女の愛情を信じてしまいたくなる…。
講談社BOXが今一番期待している危険な新人であり、あの乙一と滝本竜彦も絶賛という作品です。
いやはやしかし、面白くなかったなぁ!何たる駄作。この作品を褒めている講談社BOX編集部はまだいいとしても(商売だから)、乙一と滝本龍彦はいいのか?こんなへちょい作品を絶賛してて。しかし乙一と滝本竜彦の性格にはジャストミートっぽい作品であるのは確かだけど…。しかしそれにしても褒めすぎだろう。乙一は「小説の進化する瞬間を見た」、滝本龍彦は「間違いなく天才」とコメントを寄せているけど、これはちょっとどころではなく言いすぎだと僕は思ったりします。
全体的に非常に幼稚な作品だと僕は思いました。正直僕は
、携帯小説寄りの作品なんではないか、という風にさえ思いました。女性からの愛情を信じられなくなっているフリーゲーム作家と、ゲームを通じてだけどずっと憧れていた人に実際に会えて幸せなエレGYの恋物語なんだけど、突っ込みどころ満載という感じでした。
エレGYのキャラクターはすごくいいと思うんですけどね。破天荒で強烈なキャラクターで、物語をグイグイ引っ張っていきますね。なかなか健気なやつで、確かにちょっとうるっと来るようなことをしたりもするわけです。
でも、そのエレGYの魅力を活かせてないと思うんだよなぁ。主人公のキャラクターがちょっとウザすぎるし。いかんともしがたい作品だと思います。
まあそんなわけで、かなり期待外れの作品でがっかりしました。これはちょっと詐欺に近いなぁ。って僕言いすぎかな(笑)

泉和良「エレGY」



粗忽拳銃(竹内真)

東都テレビ第七スタジオ。そこでは今、ドラマの撮影が行われている。
今日の撮影では、拳銃を撃つシーンが出てくる。その拳銃にまつわる話である。

小道具係の大谷は、撮影で使うモデルガンを持ってスタジオ内に入った。しかしそこで助監督に呼び止められ、その時モデルガンをその辺に置いてどこかへ行ってしまう。

中谷のマネージャーである小磯から拳銃を受け取った小道具係の大谷は、モデルガンを所定の位置にセットした。撮影はもうすぐ始まることだろう。

「ば~ん」
照明係の大森は、メイク係である中西に拳銃を向けられて驚いた。本物であるわけがないとは分かっているのだけど、やはりいい気持ちがしない。なるほど、これが仕返しというわけか。
そこに、ものすごい形相をした中谷がやってきた。拳銃を持っている中西に近づくと、中西を殴りつけて拳銃を奪った。大森も中西もポカンとするばかりだった。

メイク係である中西は、通路脇の台の上に拳銃が置かれているのを見つけた。今日の撮影で使うものだろう。そうだ、さっき大森さんにされた悪戯の仕返しをしてやろう。中西はちょっと借りるつもりでその拳銃を持っていった。

楽屋に戻った中谷は、自分のバッグがなくなっていることに気づいた。そんなバカな。あの中には拳銃が入ってるんだぞ。中谷は急いで楽屋を飛び出した。

出演者の一人である中谷は、同じく出演者の一人である松本に恨みがあった。今日は、中谷が松本を拳銃で撃つシーンが出てくる。このチャンスを逃すわけにはいかない。中谷は、局内になんとか拳銃を隠し持っていた。今それは、楽屋のバッグの中にある。

バッグを持ち出した中西は、通路脇の人目につかないところでバッグを漁った。何だかごちゃごちゃしている。目的のものは見つからなかったが、バッグの中には拳銃が入っていた。今日の撮影で使う小道具だろう。どうしてこんなところにあるのだろう。とりあえず小道具係の大谷のところに持っていってあげよう。

中谷は急いでスタジオ内にやってきたが、拳銃は既に所定の位置に置かれてしまっていた。さすがに衆人環視の中拳銃を摩り替えるのは難しい。仕方ない。松本を殺すのはまたの機会を待つことにしよう。



拳銃を撃つシーンの撮影が始まった。中谷は松本に向かって銃を構える。そして、引き金を引いた。

一銃「さてどうなる」

そろそろ内容に入ろうと思います。
入門五年目にして未だ前座である噺家の流々亭天馬には、三人の友人がいる。映画監督を目指していて、有名な監督の元で助監督をやりながら自主制作映画を撮っている時村。ライターを目指していて、有名なライターの元で事務仕事をしながら取材や文章の書き方を学んでいる可奈。役者を目指していて、劇団に所属しながらいろんなオーディションを受けている広介。この四人はいつも一緒につるんでいて、時村の映画に出演したり上映の手伝いをしたり、天馬の公演を聞きに行ったり、人物レポの練習のために天馬をインタビューしたりと、お互い支えあいながら一緒に夢を目指している仲間である。
この四人組はある日、ふとしたことから落ちている拳銃を拾ってしまう。初めはモデルガンだと思って遊んでいたのだけど、ふと引き金を引いてみると実弾が出てきた。本物だ!
そんな、とんでもないと言えばとんでもないけど、人生を変えるほどでもないはずだった出来事が、彼ら四人の人生を大きく加速させていくことになる…。
というような話です。
ちょっと仕事にも関わる関係で読み始めた作品なんですけど、思った以上に、というか無茶苦茶面白くて非常に満足しました。
著者は本作ですばる文学新人賞を受賞しているんですけど、デビュー作というわけでもないみたいですね。他にも、三田文学新人賞、小説現代新人賞なんかを受賞しているようです。しかしものにもよりますけど、すばる文学新人賞受賞作というのはやっぱりレベルが高いですね。
本作は、実に構成がうまい作品だと思います。まず発端がある。それは、四人がたまたま拳銃を拾って、しかもそれを街中でぶっ放してしまう、という無茶苦茶な出来事なんだけど、とにかくこの発端を起点として、それぞれの夢に向かっている四人が、この一発の銃声をきっかけにして自分の夢が大きく動いていくという展開なわけです。噺家を目指している天馬も、映画監督を目指している時村も、ライターを目指している可奈も、役者を目指している広介も、この拳銃を拾って撃つという出来事と何かしらの関係があって、それぞれの夢をこれまでとは違った形で追いかけることになるわけです。
まずこの設定が絶妙ですね。拳銃を拾って撃つなんていうことがストーリーとここまで密接に絡んでくるとは、読み始めた時はまったく思いませんでした。最後の方になると何だかとんでもない話になってきて、しかもそのとんでもない状況を出来る限り楽しんでやろうじゃんみたいな発想になってくるから余計に渾沌としてきますね。いやはや、何度も書きますけど、拳銃を拾って撃ってしまったことからここまで話が広がるものかと、感心しました。
本作は、四人の視点がかなり頻繁に入れ替わる多視点の構成になっているんですけど、この処理も実にうまいです。ベテランの作家ならともかく、新人に近い作家が多視点で小説を書こうとすると、うまく処理できなくて失敗するケースが多いような気がします。本作では、難しいはずの多視点での構成にまったく無理がないし、四人のバランスも実にいいし、それぞれの場面での視点役の選択も的確だと思うし、ストーリーを展開させるのにこの多視点の文章というのを実にうまく使っているな、という感じがしました。
キャラクターも実にいいですね。まずやはり、本作全体の主人公であると言える天馬がいいキャラをしています。破天荒な師匠の下にいるからか、あるいは噺家というのは元々そういう人ばっかりがなるのか、妙に度胸が据わっているし言うことやること無茶苦茶です。拳銃を初めに街中でぶっ放してしまうのもこの天馬です。後半とんでもない状況になってきても、いやいやそれを楽しんでやろうじゃんと周りをけしかけるのもこの天馬です。とにかく落語が大好きで、何もない空間に喋りだけですべてのものを表現してしまう落語こそ、芸術のトップであると自負して止まない。やはりこの物語は、天馬がエンジンとなって回している印象です。
時村はよく天馬と対立する役どころです。対立というほどでもないのだけど、よく突っかかる間柄ですね。天馬に押し切られることもあるし、逆にやり返すこともあったりで面白いです。時村は時村で、映画こそが芸術のトップだと自負があって、映画にすべてを賭けているようなところがある。天馬に拳銃を向けられて危うく死にそうになったのもこの時村です。
広介は、かなり落ち着いた立ち位置です。いつどんな時でも冷静で場の空気を読み行動する一方で、腹を据えたら何でもやってしまう度胸はあって、さすが舞台俳優と言ったところです。いじられる役回りであることが多いのだけど、時々周りを凌ぐような発言や行動をすることがあって、なかなか一筋縄ではいかない男です。
紅一点の可奈は、男同士でいるかのように他の三人と付き合っています。一緒の部屋に雑魚寝をしたりなんていうのも全然平気で、いつどんな時だって一緒に行動をしている。年上だろうが呼び捨てで、そういう気の強い面もあるかと思えば、親から見合いをしろとしつこく迫られて天馬に相談したりなんていう殊勝さもあったりして、なかなか面白い女性として描かれています。
この四人それぞれに見せ場があります。天馬は基本的に全編を通じてメインで語られる存在だけど、広介はラストチャンスであると決めたオーディションのシーンがあるし、時村には後半の映画の撮影がある。可奈は天馬にした人物レポのインタビューがある。これらを、拾った拳銃と絡めて展開させていくわけです。
しかしちょっと残念だったのは、可奈の見せ場がちょっと少なかったということです。可奈はライター志望で、正直ストーリー上で見せ場を作るのはなかなか難しい立ち位置だったかもしれないけど、でももう少し頑張って欲しかったなぁ、と思わないでもありません。そこだけがちょっと残念ですね。
しかしまあいろいろ書きましたけど、かなり面白い作品でした。これなら仕掛けでやっても売れるかもしれません。フレーズは、
『一発の銃声が、四人の夢を加速させる』
とかかなぁ。もう少し考えるか。
まあそんなわけで、是非読んでみてください。かなり面白い作品ですよ。オススメです!

竹内真「粗忽拳銃」



漢方小説(中島たいこ)

『なんでも溶かせる薬開発!』
東スポにそんな文字を見つけた。記事ではなくて広告だったけど。
っておいおい。そんなんありえねぇだろ。これはよくクイズとかパズルで出される類のものなのだ。そもそも、何でも溶かせる薬を入れておける容器はあるんですか、ということだ。なんでも溶かせてしまうならば、その薬は地球の中心まであらゆるものを溶かしながら落下していくだけだろう。
だからそんな薬が実在するわけがないのだ。しかしこの広告は、東スポとは言え一応新聞に載っているのである。それがまるっきり嘘というのもさすがにないだろう。となれば、ほぼなんでも溶かすことが出来る薬が開発されたということだろうか?
もしそうだとしても特に使い道はないのだけど、ちょっと興味が湧いたのでその薬を注文してみることにした。
しばらく経ったある日、その薬が我が家に届いた。
何だかものすごく大きな梱包である。まさかこんなに大量の薬が送られてきたのだろうか、と思っていたらそうではなかった。中に入っていたのは、様々な種類のパンだった。薬はその片隅に入れられていて、化粧品っぽい入れ物の中に液体状のものが入っていた。
そもそも何でパンが送られてくるのだろうか、と疑問に思ったので説明書を読んでみることにした。それを読んで、なんだそら、と脱力してしまった。
要するにこの薬は、「ナンでも溶かせる薬」なんだそうだ。あのインドとかで食べてそうな、あのナンである。もう一度、あの時の新聞広告を見てみた。すると、「なんでも溶かせる薬開発!」と書かれていた小さな囲みを一つの広告だと思っていたのだけど、それはより大きな囲み広告の一部であったようで、それはパンの広告だった。パンの詰め合わせを誰かに贈りませんか、というやつだ。
なんだかよくわからないが、とりあえず美味しそうなパンがたくさん手に入ったのでよしとしよう。

一銃「なんでも溶かせる薬」

適当すぎますね。

そろそろ内容に入ろうと思います。
脚本家である川波みのりは、31歳独身。昔別れた彼氏が、地元で結婚するという話を聞いてショックを受け、胃がひっくり返ったような痙攣を経験する。あまりにも辛くて救急車を呼ぶが、どれだけ病院を変えても診断は『異常なし』。こんなに苦しいのに、私の体はどこも悪くないの?
そろそろ心療内科に行くべきか悩んでいたみのりは、ふと漢方医のところに行ってみようと思った。子どもの頃の喘息を漢方で治したことがあったのだ。そこでみのりを診察してくれた漢方医が、みのりの患部をピタリと当ててくれた!何て凄いんだ漢方!そして結構若くてイケメンな漢方医!
みのりは、『青テント』という居酒屋で時々飲むメンバーと交流をしながら、病名のない病気と共存する日々を送っていく…。
というような話です。
なかなか面白い本でした。もう言葉的には古いでしょうけど、いわゆる一つの「負け犬小説」ということになるでしょうね。
何か大きな展開がある作品ではありません。みのりと漢方医の恋愛がどうこうなるわけでもなく、仕事や友人関係でもこれと言って大きなことが起こったりはしません。友人同士が付き合ったり、仕事でうまくいかないことがあったりと、まあよくある日常を描いていると思います。そんな中で、みのりが漢方というものと出会ったことで、病気についてだけでなく、人間関係についても考え方がちょっとずつ変わっていくような感じですね。
本作は確かに「負け犬小説」で、みのりと同じような感じの女性が読んだら非常に共感できるんだと思うんだけど、何かに悩んでいるという人にもいいと思います。解説を書いている酒井順子は、
『漢方小説は、三十代前半のモヤモヤした時期にいる独身女性だけでなく、「狭間」に悩む全ての人達にとって、効用がある本なのだと思います。』
と書いています。
確かにその通りで、別に三十代前半の女性特有の悩みだけじゃなくて、いろんな悩みを持っている人が読んだら、少しは気が紛れるんじゃないかなと思います。それは西洋医学と東洋医学の違いのようなもので、僕らは普段西洋医学的な世界に住んでいるわけです。西洋医学は原因が見つかって初めて病気と診断され、それに対する薬が与えられます。科学的であるし、曖昧な部分も東洋医学と比べたら少ないわけです。これが、結局はストレスが溜まってしまう現代社会と似たような感じがします。
一方で東洋医学は、ちゃんと理解できたわけでもないんですけど、全体のバランスを見るわけです。どこかが悪いからはい病気というのではなく、様々な要素のバランスを調整することで、体全体をよくしていこう、と考えるわけです。こういう発想を人間関係にも取り入れることが出来れば、少しは楽に生きることが出来るのではないかな、と思います。そういう、東洋医学的な発想でもいいじゃん、と思えるだけでも、本作を読む価値はあるんじゃないかな、と思ったりします。
でも、東洋医学ってやっぱ怪しいですよね。僕は割と合理的で科学的な発想をする人間なので、科学的な理屈がまだない薬や療法なんかはなんとなくうそ臭い気がしてしまいます。でも、これまでの長い長い間の治験データの蓄積によって出来上がっている学問なので、そんなに軽く見ることも出来ないのだろうな、と思います。いずれにしても、人間の体はまだまだ謎だらけだ、ということなんでしょうね。
何かに悩んでいるという人は、ちょっと読んで見ましょう。ものすごく短い小説なので、苦もなく読めると思います。恐らく本作を読んでも、直接的な解決策は得られないでしょうけど、でも西洋医学的な発想から東洋医学的な発想へ思考を切り替えることは出来るかもしれないですね。大事なのは、バランスみたいですよ、バランス。

中島たいこ「漢方小説」



厭犬伝(弘也英明)

日々ゲームばかりして引きこもっている。一日十数時間もゲームをやっていると、なんだか現実感が浮遊し、どこか知らない世界へと入り込んでしまったかのような感覚に陥ることがある。
僕はとりあえずどんなゲームでもやる。RPGや格闘もの、ゲームやパズルの類、野球やレースといったものや、エロゲーなんかもやる。とにかく日々様々なものを集めてきては、とにかく時間の許す限りゲームをし続けているのである。
そんなある日のことだった。僕はその日格闘ゲームをやっていた。新発売のもので、さっそくやり込んでいる最中のことだった。
突然目の前が真っ暗になり、それからすぐまた視界が開けた。しかし目の前は、僕の見慣れた部屋の光景ではなかった。僕は自分がどこにいるのかイマイチよくわからないでいた。目がぼやけてしまったのだろうか、どうも周囲の光景がぼんやりとしか見えない。
目の前から、何だか鎧のようなものを着たとんでもなくデカイ男がやってきて、僕と相対した。その時気づいたが、頭上にはパワーゲージみたいなものがあって、つまり要するにここは、僕がついさっきまでやっていた格闘ゲームの中の世界だということだ。
どうしてこんなところに入り込んでしまったのだろうか。ゲームのやりすぎでへんな夢でも見ているのだろうか。それにしてもこれはあんまりではないだろうか。どう考えても僕は今から、このバカデカイ男と戦わなくてはいけないではないか。
どこからか、レディーゴー、という声がして、どうやら試合が始まったようである。僕は何かのキャラクターというわけではなく僕そのもので、だから必殺技みたいなものは何もないだろう。生身の体で戦わなくてはいけないのだ。それで、あんな鎧をつけた大男に勝てるわけがない。やはりここは逃げるしかなかろう、と思って僕は振り向き様に走り出した。
しかし、やはり画面より外には出られないということなのだろう。壁のようなものが僕の行く手を遮ったのだった。なるほど、戦うしかないというわけですか。
まあどうせ僕はここで死ぬのだろう。どうしてこんなことになってしまったのか分からないけど、それだけは確かだ。まあいい。大好きだったゲームの中で死ねるというなら、それも悪くないかもしれない。
僕は大男と戦って、見事敗れた。何だかものすごく痛かったけど、しかしもうこれで終わりだというならまあいいだろう。
しかし、どのぐらいの時間が経ったのか、僕はまた意識を取り戻した。今度は別の場所で、目の前にいる相手もまた別だった。
なるほど、このゲームのキャラクターの一人として取り入れられたということか。だから一回死んでも、何度でも生き返って戦わなくてはいけないのか。
しかしだとしたら、あの苦痛をずっと味わわなくてはいけないのだなと思うと、何だかげんなりするのだった。

一銃「ゲーマー」

そろそろ内容に入ろうと思います。
舞台は魑魅魍魎が跋扈する異世界。その世界で、岳稜警として山の治安を守っている厭太郎は、ある時「仏」を手に入れることになった。
この世界には、「汚木」から「仏」を作る習慣がある。「汚木」は、人間の死体から生えてくるもので、それを彫って作られるのが「仏」である。この「仏」は、祭事などにも使われるが、一方で「合」という遊びにも使われる。「合」とは、人間が「仏」を操って「仏」同士を戦わせるというもので、暇な人間達の嗜みとなっている。
厭太郎は手に入れた仏を使って合で戦っていたのだが、しかしその仏が災いをもたらすことになる。結局厭太郎は、犬千代という名の少女と、合によって命懸けの試合をしなければならないことになってしまった。
圧倒的な力量差のある厭太郎は、己を磨くために修行を重ねることになるのだが…。
というような話です。
さて本作の評価は非常に難しいですね。
まず僕の中で、本作は小説としては面白くないと思うわけです。冒頭では、物語の世界設定がイマイチよくわからずに読み進めるのが大変だったし、それ以降のストーリー展開もイマイチ興味の持てない感じで、なんだかなぁ、という感じでした。日本ファンタジーノベル大賞という、一部では非常に評価の高い新人賞を受賞してのデビューだったので多少期待していたんえすけど、僕には合わない作品だなと思いました。
しかし、この作家には非常にセンスを感じるんですね。
この作品は、ストーリー自体はあんまり好きになれないのだけど、そのファンタジー的な設定の細かさみたいなものはなかなかすごいなと思ったわけです。もしかしたら、異世界ファンタジー系のライトノベルなんかにもこういう設定の細かい作品はあるのかもしれないのだけど、僕はそういう作品をあんまり読まないので、本作はなかなかすごいのかなと思ったりしました。
「仏」や「合」の設定だけではなく、その世界の道理や在り方なんかについても、ストーリーの展開を邪魔しない形でさりげなく説明を挟んでくるし、なるほどそういうところまで考えているのか、という風に思ったりもしました。
それに、名前の付け方なんかもなかなかセンスがいいなと思ったりするわけです。森博嗣はかつて、結局残るのは名前だけだ、みたいなことをどこかに書いていたことがあって、また作品について最も考える部分は名前だみたいなことも書いていたけど(「スカイクロラ」シリーズの散香という名前を考えるのに半年掛けたみたいなことをどこかで書いていたと思います)、本作もそれぞれの固有名詞みたいなものがうまく嵌まっているような気がして、いいセンスしてるなぁ、なんて思ったりしました。
ただこの作家、センスはたぶんすごくいいんですけど、でもそのセンスは、作家以外の形で発揮される方がいいのではないかなと思うわけです。僕が一番いいと思うのは、漫画の原作者とかですね。小説という形ではなかなか大成するのは難しいんではないかな、と僕は思ったりしました。
まあそんなわけで、僕の中では評価の難しい作品です。ただ、こういう作品が好きだという人はいることでしょう。有名な人なのかどうか知りませんが、ゲームクリエイターである米光一成という人が帯に、「ゲーム化熱烈希望!」とコメントを寄せています。ライトノベル的な雰囲気もあるので、自分には合うかもしれないという人がいたら読んでみてください。まあでも、いいセンスをしていると思うので、今後多少は期待できるかなと思わなくもないです。

弘也英明「厭犬伝」




年下の男の子(五十嵐貴久)

出会い系サイトを使い始めて半年が過ぎた。初めは、友人の一人に勧められたのだ。一個下のその友人は、出会い系を始めてから三ヶ月で五人の男性と性的な関係を持ったらしい。ホントか?と半信半疑、どころか二信八疑ぐらいだったのだが、しかし何でもやってみるものである。私も、友人には劣るが、半年で四人の男性と性交渉をした。なんだ、まだまだいけるんだ、と大いに自信を持つことが出来た。結婚はしてるし、もちろん旦那と一緒に暮してはいるけど、子どもを送り出してからは話の種もなく、日々ぼんやりと過ごしているだけなのだ。若い男の子でも捕まえないとやってられないではないか。
そんな風に思いながら、今日もメールのチェックをした。毎日数十通のメールが来るのだ。それらを吟味し、これはと思える数人に返信をする。それが私の日常だ。今日も、良さそうな男がいないかチェックする。
これはいいかもしれない。
『初めまして、タケルです。年上の女性に憧れています。まずはメールから、仲良くなりましょう!』
こういうあっさりした文章の方がいいのだ。初めから自分を巧くアピールしようとする男や、何でも書けばいいと思って長々文章を書く男には結局外れが多い。そういう意味でなかなかいいと言える。
私が登録をしているのは、熟女系と呼ばれるサイトだ。基本的に、年下の男性が年上の女性を求める形でやり取りが行われていく。だからこのサイトに登録しているということは年上が好きだということは明白なのだけど、それをわざわざ書いている辺りもいいではないか。
早速返信を書くことにする。
『初めまして、ヨシミです。メールからでよければ仲良くなりましょう。タケルさんはどんな人ですか?』
『ヨシミさん、返信ありがとう!嬉しいです。僕は、中堅の食品メーカーでサラリーマンをやってて、20歳です。ヨシミさんは?』
『食品メーカーですか。私は小規模なPR会社でOLをしてます。もしかしたら取引のある会社同士だったりして(笑)。私は40歳です。ちょっとオバサン過ぎるかな…』
20歳も違うけど大丈夫だろうか。まあしかし、なんとかなるだろう。
『PR会社ですか。すごいんですね。40歳なんてまだまだじゃないですか。全然オッケーです!』
そんな風にして私達のメールは続き、やはり初めに思った通り会う運びになった。
さて、ここからが勝負だ、と私は思った。何せ40歳も年下の男の子とデートをするのだ。自分が60歳に見えないように特殊メイク並の気合でいかなくては、と思った。

一銃「出会い系」

この話、意味分かりますかね?一応自分で説明しちゃうと、ポイントは、
「20歳も違うけど大丈夫だろうか」
っていうところですね。読んでいる人には、女性と男性の年齢差が20歳、という風に思わせておいて、実は女性が自分の年を20歳も下にサバ読んでる、ということなわけで。っていうか、こうやって説明しないとダメな話とか、終わってますけどね。
叙述トリックを使う作家なんかも、毎回そんな不安を感じながら出しているのかな、なんて思ったりしました。
ちなみにですが、本作は叙述トリックとは一切関係ない作品なので悪しからず。
そとそろ内容に入ろうと思います。
銘和乳業という大手食品会社に勤める37歳独身の川村晶子は、ついにマンションを買う決意をする。その翌日、仕事上でとんでもないトラブルが発生してしまう。社運を賭けてと言っても言い過ぎではない新製品「モナ」を紹介する宣伝用のフリーペーパーで、肝心の価格部分が空白のまま刷り上ってしまったのだ!出来ることは一つしかない。その空白部分にシールを貼るのだ。
この作業を、責任者だった川村と、ミスをしたPR会社で契約社員として働く23歳の児島くんが徹夜で当たることになった。児島くん自身がミスをしたわけではないのに、いろいろあって駆り出されてしまったのだ。
14歳の年齢差に加えて単調極まりない作業、そして徹夜というおよそどうにもならない状況の中で、しかし二人はポツリポツリと会話を会話してはその夜をしのぎきった。
さてその後、お詫びと称して児島くんに食事に誘われたりするようになるのだけど…。えっ、うそっ、ちょっと待って、わたし14歳も年下の児島くんと付き合っちゃうことになっちゃったりするわけ!?
というような話です。
さてこの作家の作品の感想を書く時は毎回書きますが、普通のエンターテイメントを書かせたらホントにこの作家は巧いなと思います。どんなテーマ、どんなジャンルであってもそつなく安定した作品をコンスタントに出せるという意味で、非常に重宝する作家ではないかな、と思います。僕の中でも安心して読める作家で、事実これまでこの作家の作品で面白くなかった作品は一作もありません。まあ、安定しているというのはイコール、多少まとまってしまっている部分もあるということで、そういう破天荒さとか意外さみたいな部分はそう期待できないんですけど、でもとにかく普通のエンターテイメントを普通に書かせたら、この作家はピカ一だと思います。
本作も、ストーリー自体はもうベタベタで、よくある話だと思うんです。よくある話の中でもさらにベタな展開と言えばいいのか、とにかくストーリー展開で特にこれと言った特徴のない作品です。年上のOL女性が年下のサラリーマンと付き合う、という設定から充分想定できるストーリーだと思います。
それでも、この作品は面白いですね。展開はベタでありきたりなのに、それでも読ませるというのは、かなりの力量を必要とするのではないかな、と思ったりします。
主人公である川村晶子は、とにかく児島くんを遠ざけようとするんですね。常識的に考えて14歳差はありえない。しかも自分の方が年上。もうすぐ40歳も近い。ルックスだって別に取り得はなくてありきたりだし、それにもうこの年だからリアルに結婚出来る相手と付き合わないとダメになってしまうかもしれない。児島くんは今は私のことを好きだって言ってくれる。明日もそうかもしれないし、一ヶ月後もそうかもしれない。でもじゃあ一年後は?三年後は?
そんな風に考えて、川村晶子はなかなか前に進むことが出来ません。また会社内でもいろんなことが起きて、しかもその中でありえない展開になったりしてと、なかなか忙しいわけです。
児島くんは一途に川村のことを好きでい続けるわけです。川村と同じ部署にいるマドンナ的な女性に言い寄られてもまったく動じないくらい川村のことが好きなわけですね。すごく誠実でちゃんとしているし、男らしいし頼りになるし、いい奴です。川村もそれは分かってるんだけど、でもなかなか踏み出せないというもどかしさがひしひしと伝わってくる作品です。
ラストはどうなんでしょうね。僕は自分が男だからというよりは、そもそも結婚というものに対して何の憧れも関心もないので、本作のラストが実際問題どうなのかイマイチ判断出来ません。本作を読んだ人が、それはないだろと感じるのか、あるいはそれはそうだよなと感じるのか、なんとも言えません。ただ想像としては、女性の決断として本作のラストはちょっとありえないような気はするなぁ、と思ったりはします。やはりそこは、作家自身が男だからという部分が出てしまったのか、あるいは現状では世間の女性はこう思っているということなのか…。難しいところだなと思います。
僕は年上の女性は全然ありですね。人によりますけど、40代前半とかならまだ全然イケると思います。もし世の中に、かなり年上の女性を口説こうと思っている男がいたら、ちょっとは参考になるかもしれません。
「アラフォー(表記がイマイチわからないけど、アラ40なのかな?)」なんて言葉を最近よく聞きます。たぶん、Aroundo 40、つまり四十代の女性のことを指している言葉だと思うんですけど、その世代の生き方みたいなものが注目されてたりするんだったかな。確かそんなタイトルのドラマがあったりしたっけかな。あんまりちゃんとは知りませんけど、広い意味で考えれば本作もそういう範疇に入る作品ではないかなと思ったりしました。
全体的には、ちょっとこの展開ありえねぇだろ、と思われるような作品かもしれませんが、でも小説としては充分面白いと思います。是非読んでみてください。

五十嵐貴久「年下の男の子」



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2013年ベスト

2013年の個人的ベストです。

小説

1位 宮部みゆき「ソロモンの偽証
2位 雛倉さりえ「ジェリー・フィッシュ
3位 山下卓「ノーサイドじゃ終わらない
4位 野崎まど「know
5位 笹本稜平「遺産
6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
7位 須賀しのぶ「北の舞姫 永遠の曠野 <芙蓉千里>シリーズ」
8位 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日
9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
16位 藤谷治「世界でいちばん美しい
17位 神林長平「言壺
18位 中脇初枝「わたしを見つけて
19位 奥泉光「黄色い水着の謎
20位 福澤徹三「東京難民


新書

1位 森博嗣「「やりがいのある仕事」という幻想
2位 青木薫「宇宙はなぜこのような宇宙なのか 人間原理と宇宙論」 3位 梅原大吾「勝ち続ける意志力
4位 平田オリザ「わかりあえないことから
5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
6位 小阪裕司「「心の時代」にモノを売る方法
7位 渡邉十絲子「今を生きるための現代詩
8位 更科功「化石の分子生物学
9位 坂口恭平「モバイルハウス 三万円で家をつくる
10位 山崎亮「コミュニティデザインの時代


小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
10位 エイドリアン・べジャン+J・ペタ―・ゼイン「流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則
11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
7位 ジュディ・ダットン「理系の子
8位 笹原瑠似子「おもかげ復元師
9位 古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち
10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
11位 石井光太「遺体
12位 佐野眞一「あんぽん 孫正義伝
13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
19位 二村ヒトシ「すべてはモテるためである
20位 平川克美「株式会社という病

2011年ベスト

2011年の個人的ベストです
小説
1位 千早茜「からまる
2位 朝井リョウ「星やどりの声
3位 高野和明「ジェノサイド
4位 三浦しをん「舟を編む
5位 百田尚樹「錨を上げよ
6位 今村夏子「こちらあみ子
7位 辻村深月「オーダーメイド殺人クラブ
8位 笹本稜平「天空への回廊
9位 地下沢中也「預言者ピッピ1巻預言者ピッピ2巻」(コミック)
10位 原田マハ「キネマの神様
11位 有川浩「県庁おもてなし課
12位 西加奈子「円卓
13位 宮下奈都「太陽のパスタ 豆のスープ
14位 辻村深月「水底フェスタ
15位 山田深夜「ロンツーは終わらない
16位 小川洋子「人質の朗読会
17位 長澤樹「消失グラデーション
18位 飛鳥井千砂「アシンメトリー
19位 松崎有理「あがり
20位 大沼紀子「てのひらの父

新書
1位 「「科学的思考」のレッスン
2位 「武器としての決断思考
3位 「街場のメディア論
4位 「デフレの正体
5位 「明日のコミュニケーション
6位 「もうダマされないための「科学」講義
7位 「自分探しと楽しさについて
8位 「ゲーテの警告
9位 「メディア・バイアス
10位 「量子力学の哲学

小説以外
1位 「死のテレビ実験
2位 「ピンポンさん
3位 「数学ガール 乱択アルゴリズム
4位 「消された一家
5位 「マネーボール
6位 「バタス 刑務所の掟
7位 「ぐろぐろ
8位 「自閉症裁判
9位 「孤独と不安のレッスン
10位 「月3万円ビジネス
番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)