黒夜行

>>2008年01月

みなさん、さようなら(久保寺健彦)

体育館を三つくっつけたような大きな店内で、美香は商品を眺めて回っている。椅子、ソファ、本棚、カーテン、テーブルなどありとあらゆるものが揃っている。こうしてインテリアの品々が並んでいるのを見ているだけで、美香は幸せを感じることが出来る。
今日はリサイクルショップにきていた。美香は、北欧風の家具も好きだし、機能的で無機質な家具も好きで、とにかく家具ならば何でもいいのだった。休みの度に、インテリアショップやらリサイクルショップやらを回っては、そこで一日過ごしている。インテリア品はたくさん買うわけにはいかないので、休みの度に回っていてもあまり買うことはしないのだけど、見ているだけで美香としては十分幸せな気分になれるのだった。
あのソファは色が赤だったら今の部屋にちょうどいいんだけどな。ちゃぶ台っていうのも渋くていいかもね。今座っている椅子はちょっとガタがきてるから、そろそろ新しいの買い換えようかなぁ。そんな風なことをぼんやりと考えながら、美香は店内をぐるぐると回り続ける。
そんな時見つけたのだ。ある一台のベッドを。
そのベッドは、見た目は特にどうということもないデザインであった。変わっているところを挙げるとすれば、見た目からだけではどんな素材で作られているのかよくわからない、ということだ。なんとなく、体育の授業で使われるマットを連想させるような見た目をしていた。
美香の目を惹いたのはベッドそのものではない。そのベッドには値段と共に名前がついていて、そこに「出られないベッド」と書かれていたのである。さらにその下に、「出られなくなりますので、ご購入前に試しに横になってみることをご遠慮させていただいております」とある。
ほぉ、これは何だか面白いじゃないか、と美香は思った。今までいろんなところに行っていろんな家具を見てきたけど、こんなのは初めてだった。値段だってそんなに高くないし、部屋にあるベッドはまだまだ使えるのだけど、いいタイミングがあったら買い換えようとは思っていたのだ。今の部屋のバランスとも悪くない。そもそもベッドそれ自体は無個性なので、どんな部屋だって違和感なく馴染むだろう。「出られなくなる」というのがよく分からないが、要するにあまりにも寝た時の感触が気持ちよすぎて起き上がれないよみたいな意味なのだろう。そこまで言われたら、ちょっと気になってしまうではないか。
というわけで美香は、その「出られないベッド」を買うことにした。会計の時に店員さんから、ホントに買うんですか?なんて聞かれてしまったのだけど、そんなに驚くようなことなんだろうか、なんて思ったぐらいだった。
翌日。配達を頼んでおいたベッドが届き、早速美香は部屋に設置した。どれほど寝心地のいいベッドなんだろうとワクワクしながら、美香はベッドへともぐりこんだ。
ベッドに入った美香には、寝心地のよさを感じることは出来なかった。いや、これは正確な言い方ではないだろう。正確に言うと、美香はある感覚に囚われてしまって、それ以外のありとあらゆる感覚を感じられなくなってしまった、ということである。
それは、何故自分は今までこのベッドの上にいなかったのだろうか、という感覚だった。まさにこのベッドの上こそが自分の居場所であり、何もかもがぴったりと収まるべきところに収まっているという感覚に支配されたのである。もうこのベッドからは降りないぞ、と美香は思う。そう、名前の通り、美香はこのベッドから「出られな」くなってしまったのだ。
ベッドの上でならいくらでも体勢を変えることは出来る。横になることもあぐらをかくことも立つことも出来る。しかし、ベッドから降りることだけは出来ない。あまりにもそのベッドが自分にぴったりな居場所であるがために、そこから離れることがどうしても出来ないのだった。しかし美香は満足だった。このベッドに乗っていなかった今までの自分の生活を思い返すことが出来ないくらいだった。
美香はベッドの上であれこれ体勢を変えながらぼんやりとしていた。何を考えるでもなく、ベッドの上にいる幸せに浸っていた。しかし、しばらくそうして体勢を変えている内に、ベッドに何か出っ張りがあることに気づいた。シーツをはがして見る。
するとそこには、どう見ても人間の耳にしか見えないものがあった。シーツを全部はがして見る。すると、ある場所にはへそが、ある場所には爪が、ある場所には歯があった。またベッドの素材そのものが、何だか人間の肌のような感触であった。
そこで美香ははたと思い立った。なるほど、これは自分よりも前にこのベッドに囚われた人なのだろう。ベッドから出られないだけではなくて、このベッドに乗った人間はベッドそのものの要素として取り込まれてしまうのだろう。
そう思いついた時、ベッドと一体化出来る幸せに、美香はこれまでに感じたことのない恍惚とした気分に陥った。待っててね、私もすぐにそこに行くから。そう心の中で呟いて、美香はベッドに埋め込まれたようになっている耳にキスをした。

一銃「出られないベッド」

今回は、自分的にはまあ悪くない話が出来たかなと思ったりします。まあもう少しちゃんと考えればもっと面白い展開とか構成とかに出来るんでしょうけどね。
そろそろ内容に入ろうと思います。
この作品は、内容をひと言で簡単に言い表すことが出来ます。前にも書いたことあるけど、僕はこういう内容を完結にまとめられるストーリーというのが結構好きです。で本作はどんな話かと言えば、「一生団地から出ないと決めた少年の成長の物語」となります。
渡会悟は、小学生の頃までは普通に学校に通う普通の少年だった。しかし、中学生になった途端、学校にはまったく行かなくなった。ヒーさん(悟の母親のこと。悟は母親をこう呼んでいる)にも、中学には行かないと宣言したし、担任の先生がやってきても、理屈を捏ねて追い返した。
中学に行きたくなかったわけではない。悟は、団地から出ないと決めたのだ。一生団地から出ないで生きていく。そう決心したのだ。
団地には様々な施設があり、団地から出なくても生活していくことは十分可能だった。グラウンドもあり、本屋やケーキ屋や病院もあり、図書館や公園や幼稚園もあった。悟は学校に行かず、図書館で本を読んだり、大山倍達に憧れて体を鍛えたりしながら毎日を過ごした。
パトロールという習慣も出来た。毎日、小学校の同級生がちゃんと家に戻ってきているかをチェックするのだ。始めてしまうとどうしても気になって、この習慣はそれからも長いこと続いていくことになる。
周りがどんどんと変わっていく中で、一人悟だけが取り残されていくように団地に留まり続けた。団地の中だけの人間関係を維持し、団地の中で仕事を得て、団地の中で恋愛をした。そんな悟の、団地と共に歩む成長の物語。
と言った感じです。
本作は、パピルス新人賞という新設された新人賞の第一回大賞受賞作です。で評価としては、かなりレベルが高いな、と思いました。
この久保寺健彦という人はデビューに当たり、パピルス新人賞も含め3つの新人賞に同時受賞したようです。他には、日本ファンタジーノベル大賞とドラマ原作大賞選考委員特別賞です。確かに、新人とは思えない筆力のある作家で、本作ももちろん面白いんですけど、これからがすごく楽しみな作家だなと思いました。
本作の評価として最も適切な言葉が帯に載っています。パピルス新人賞の選考委員でもあった石田衣良の言葉ですが、
『主人公が孤独になっていく切なさがいい。作者は徹底してリアルな生活の細部にこだわった。』
というものです。まさに本作の評価としてこれほどぴったりとしたものはないなと思います。さすがこういうコピーを考えさせたら石田衣良はうまいですね。
現実的には恐らく、どれだけ設備が整っていようと、団地の中だけで生活していくというのは結構無理があるだろうと思います。僕もバイト先と家を往復するだけの生活をしていますが、それでも時々はどこかに出かけたりします。まあそういう意味で現実味に欠けるはずの話なんですけど、本作を読むと、いやもしかしたら一生団地から出なくても案外なんとかなるのかもしれないな、と思わせるだけのリアリティがあったりしました。
とにかく、少年時代から大人になるまでをつぶさに追いかけ続けている作品なんですけど、そのどの時期を取ってみても、細かいところまでしっかりと考えられているなと思いました。喧嘩や恋愛や仕事など、普通の人が普通に経験するようなことは大体経験することになるのだけど、しかしそれを団地の中だけで完結させようとするが故にどれもが歪んできてしまうというのがすごくリアルでした。正直、悟はかなりうまいことやっていると思います。団地から出ないという無茶苦茶さをいろんな形で補おうと頑張っているわけです。しかしそれでも、やはり団地から出ないというのはかなりハードルの高い生き方で、悟は苦労することになります。
また、悟はどんどんと孤独になっていくわけです。悟は団地から出ないが故に、団地の中以外の人間関係というのがありません。基本的には、小学校の時の友人しか相手をしてくれる友達がいません。そんな中で、そういう小学校時代の友達も外の世界で別の友達を見つけて離れていく。団地の中で新しく獲得した人間関係も、いろんな理由があってそれぞれにバラバラになってしまう。そうやって、いつしかどんどん悟は一人になっていく。その過程も本当に巧く描かれていて、面白いと思いました。
また物語が途中で突然反転するのも面白いと思いました。これについてはあんまり書かないけど、なるほど印象ががらりと変わるものだな、と思いました。
というわけで、かなりオススメ出来る作品です。かつて団地が一時期ブームになった頃に団地に住んでいたような人には、また別の懐かしさを思い起こさせたりする作品かもしれません。帯の裏に、ある書店員の評で、「村上龍のコインロッカーベイビーズや村上春樹のノルウェイの森と並ぶ」みたいなことが書いてあって、「コインロッカーベイビーズ」は読んでないけど、いやいやそれは言いすぎだろとか思いましたけど、まあ小説としてかなり素晴らしい出来だと思うし、新人の作品としてはちょっと驚異的だなと僕は思ったりしました。これは読んだ方がいいと思います。

久保寺健彦「みなさん、さようなら」




さよなら、そしてこんにちわ(荻原浩)

「マナ、次はどこ行きたい?」
何度目かの問いかけを娘の真奈美にする。この瞬間が一番緊張する。少しでも時間を先延ばしにしたいという思いがやはり強いのだろう。自分では笑顔を作っているつもりだが、やはり少し強張っているかもしれない。いかんいかん。真奈美の前では笑顔でい続けなくては。
「うーんとね、ゾウさん!」
ホッとする。まだ真奈美と一緒にいられる。そう思ったら、肩が少しだけ軽くなった。いつの間にか肩に力が入っていたらしい。真奈美と二人っきりの旅行だっていうのに、と苦笑する。
「よし、じゃあ動物園に行こう!」
「おー!いこー!」
真奈美は電車の窓に張り付いて外をずっと見ている。外に見える看板を読んだりもする。ただ、まだ漢字は難しいからひらがなだけだが。そういえば、真奈美はほとんど電車に乗ったことがなかったかもしれない。どこかに出かけるといえば大抵車だった。真奈美は必ず運転席の後ろの席に座って、対向車に手を振っていつも遊んでたっけ。今だって、反対の線路に電車が通る時は手を振っている。
「パパ、車は?」
真奈美がこっちを向いて問い掛ける。思考を読まれたようでドキッとする。
「電車は嫌い?」
「好きー。でもお車も好きー」
「そっか。でもそれはまた今度ね。しばらく電車ね」
「りょーかいっ」
そういって敬礼の真似事をする。そんな真奈美の姿を見ていると泣きそうになってしまう。自分の決断が揺らぎそうになってしまう。
車はもう持っていない。ついこの間、事故で失ってしまった。修理のしようもないほど無残な形だった。あの事故のことを思い出すと今でも身体が震えてしまう。
「パパ、どうしたの?」
真奈美が心配そうな目でこちらを見ている。どうやら深刻な顔をしていたようだ。いかんいかん。笑顔笑顔。
「何でもないよ。シロクマさんいるかなぁ」
「シロクマさんいるかなぁ」
真奈美が一番好きな動物は象だが、その次に好きなのがシロクマらしい。でかくて迫力のある動物が好きなのだろう。ただどっちも図鑑やテレビでしか見たことがない。本物を見ることができたら喜ぶだろう。
そうやって真奈美と会話をしながら、事故の記憶を追いやろうとした。真奈美の笑顔を見ていると、嬉しくもなり、同時に哀しくもなる。電車は休むことなく車輪を動かして、そして目的の駅に辿り着いた。
バスに乗って、動物園まで行く。真奈美にはバスも珍しかったようで、何度もボタンを押しそうになってそれを止めるんが大変だった。
「ゾウさんだー」
真奈美は動物園中を駆け回るようにして動き回った。初めてちゃんと見る動物たちを前に興奮しているようだ。猿山の前で猿の物まねをしたり、ふれあい牧場で山羊を触ったり、えさをあげちゃダメなのにあげようとして止めたりと大忙しだった。
シロクマの前で、その大きさに目を輝かせていた真奈美は、ポツリとこんなことを言った。
「入院してるママにも見せてあげたかったね」
考えまいとしていた事故の記憶がまた蘇ってくる。
妻は買い物に行くのに一人で車を運転していた。ガードレールに突っ込み、車は大破していた。事故の原因は未だによくわかっていない。雨は降っていたけど妻はかなり熟練のドライバーだったし、人が飛び出してきたりと言ったようなこともなかったようだ。
もちろん、妻は助からなかった。会社で知らせを受けた時、既に妻の命はなかったらしい。とりあえず家に戻り、真奈美を近所の方に預かってもらい、病院で冷たくなった妻と対面したのだ。
その時点で人生が終わったと言っても間違いではない。葬儀を済ませた後、何もかもやる気が出てこなかった。娘は妻の実家に預かってもらい、自分は仕事にも行かず家にいた。娘には、妻は入院していると伝えた。
妻の死から1週間後、やっと決断をして、真奈美とこの旅行に出かけているのだ。
駅へと向かうバスの中で、また真奈美に聞く。
「マナ、次はどこに行きたい?」
「うーんとね、ママのとこ」
表情を変えないようにするのが精一杯だった。ついにこの時がやってきてしまった。
「分かった。お母さんのとこに行こうか」
妻の待ってる天国に、一緒に。

一銃「次はどこに行きたい?」

さて毎回言っている気がしますが、この小説もどきを書くのは結構大変なんです。2000字にも届かない分量の話だし、自分でも面白いなんて全然思ってないんだけど、それでも書くのに苦労しますね。だから今ちょっと考えていて、2月になったら前のスタイルに戻そうかなとか、奇数月だけ小説もどきを書いて、偶数月は前のスタイルに戻そうかなとか。これを1年ずっと続けるのはやっぱ無理そうな気がします。まあ読んでる方としても面白くないでしょうしね。さてどうしたものかな。
そろそろ内容に入ろうと思います。
本作は7編の短編を収録した短編集になっています。

「さようなら、そしてこんにちわ」
葬儀屋に勤める陽介は、日々ご遺体と向き合いながら淡々と仕事をこなしている。新興の葬儀屋に押されて業績は悪くなっている。ふんばらなくてはいけない。
陽介には身重の妻がいて、もうすぐ子どもが生まれそうなのだ。日々、まだ生まれてもいない娘の将来を夢想してしまう。一方で人の死を扱いながら、一方でもうすぐ生まれてくる子どもを待ちわびている…。

「ビューティフルライフ」
父さんが突然、田舎で暮すぞと宣言する。母さんも既に同意しているようだ。夢想がちな母親には、ものすごいイメージが展開されているんだろうけど…。
住み始めた家ではトラブル続き。周りにお店が全然ない、携帯の電波が入らない。床下に何かいる、水洗便所じゃない、虫がうようよしている…。姉ちゃんはもう東京に帰りたいって言うし、母さんもイメージとは大きく違う生活にうんざりしているようだ。でも僕は知っている。父さんが突然引越しを決めた理由が僕にあるってことを…。

「スーパーマンの憂鬱」
孝司はスーパーの非生鮮部門の係長だ。大きな店ではないから、非生鮮部門全般について一人でやらなくてはいけない。発注数を決め、POPをつける。
最近では、健康系の番組で取り上げられる商品がバカにならない売上になる。だから家に帰ってからも、娘に面白くないなんて文句を言われながらも、主婦に人気のある健康系の番組をチェックする。それでもなかなか巧くいかない。ライバル店が番組の特集にばっちり合った品揃えを毎回していることもプレッシャーだし…。

「美獣戦隊ナイトレンジャー」
今日は金曜日。週に一回、カズマに会える日。家事なんかほったらかして、早く準備しないと。とにかく、息子をテレビの前になんとかして座らせないと。ぐずる息子をなんとかテレビの前に座らせて、テレビをつける。
チャンネルは「ナイトレンジャー」に合わせる。いつの世もある戦隊モノだ。最近の戦隊モノにはイケメンの男がたくさん出てくる。カズマはその中の一人だ。でも、いろいろあってなかなかカズマの姿を見続けることが出来ない。しかももうカズマには会えなくなってしまうようなのだ!あぁ、カズマ。どうしたらあなたに会うことが出来るの…。

「寿し辰のいちばん長い日」
寿し辰の主人である松崎辰五郎は、始終不機嫌な顔をしている。元からそういう顔だが、自分の店がまったく流行らないのが無性に腹立たしい。腕はちゃんとしている。しかし客には恵まれない。カスばっかりだ。
辰五郎は昔ながらの寿司屋の大将を目指している。間違った食べ方をする客を叱り、時には客を追い返すくらいのそんな大将にだ。しかし、なかなか現実は巧くいかない。
そこに一人の客がやってくる。注文の仕方やその仕草を見ていると、どうもマスコミの人間っぽい。グルメ評論家というやつだろうか。よし、これは宣伝になるかもしれない。ここは一つ頑張ってやろうか…。

「スローライフ」
スローライフの料理家としてもてはやされるようになった美也子は、慣れない原稿を書いている。今日は7時から対談もある。今日中に書かないといけない原稿は書き終わるはずがない。明日はテレビの収録がある。しかしそこに一本の電話。そのテレビ局からだった。なんと収録は今日だという。一日勘違いしていたのだ。まずい。食材も足りない。ハーブも摘まないと。あぁ、一体私は何をしたいのだろう…。

「長福寺のメリークリスマス」
長福時の住職として寺を切り盛りする覚念。日々葬儀に読経となかなか忙しいものだが、妻と娘がどうしてもクリスマスをやりたいとこちらも忙しい。寺の人間がクリスマスをやるわけにはいかないだろうと説得しようとするも、なかなか納得してもらえない。
でも、まあいいかと思った。ホームセンターでツリーを買ってやろうではないか。仏の道を捨てたわけではない。しかし、妻と娘を満足させてあげることも大事なことのはずだ。よし、クリスマスをやろうか…。

というような話です。
荻原浩らしさが存分に発揮された作品だと思います。荻原浩は結構どんな話でも書ける作家ですけど、家族とか仕事みたいなものを扱った作品を書くと、なんとなく重松清っぽい雰囲気が出るなと思います。まあ重松清のシリアスさをユーモアに置き換えたような作風ですけど、家族というものをうまいこと捉えているようなそんな感じがします。
本作は帯に「いっしょけんめい翻弄される人々」とあって、確かにどの話も翻弄される人々の話が書かれています。時代に翻弄されるというような大きな話ではなく、家族とか仕事とかそういうちんまりとしたところで振り回される人々を描いています。
僕が好きなのは「ビューティフルライフ」と「スーパーマンの憂鬱」です。
「ビューティフルライフ」の方は、ホントこんな両親だったら子どもは大変だよなぁ、と思いながら読んでいました。正直都会で生まれ育った人間にとって、田舎に住むというのはなかなかハードルの高いことだと思います。逆はまだなんとかなると思うんですよね。田舎から都会っていうのは。でも都会の便利さになれてしまうと、田舎の生活というのはどこまでも不便に感じられてしまうでしょうね。田舎での生活は悪くないと僕も思いますが、でも僕も田舎で暮すのは結構無理だろうなと思います。めんどくさがり屋人間にはやっぱり都会の方が合っています。そうやっててんやわんやになりながらも、なんとか家族がまとまろうとしている(あんまりまとまってないけど)というのもなかなかよかったと思います。
「スーパーマンの憂鬱」の方は、同じく物を売る仕事をしている立場の人間としてなんか共感するものがちらりとあったりしました。僕の場合は本ですが、本というのも何かで紹介されることで突然売れたりすることがあって、それを追いかけるのは大変ですね。本作ではとりあえず健康系の番組を見ていればなんとかなる感じですが、本の場合はどこからベストセラーが生まれるか分からないのでなかなかチェックしきれないと思いますね。なんて言いながら、書評が載ればその本が売れると言われている朝日新聞をそもそもチェックしていないので大きなことは言えないんですけどね。あぁ、もっと努力しないとだなぁ。
他にも、「寿し辰」の主人が滑稽だったり、「ナイトレンジャー」の由美子みたいな女性は世の中に結構いるんだろうなと思ったり、「長福時」の寺の人間がクリスマスをやるのかなんて考えたことなかったなぁとか、結構どの作品も面白く仕上がっています。生きていくっていうのは大変だけど、でもその大変さの中にも時々いいことがあるじゃん、みたいな風に感じられるんじゃないかなと思ったりします。
荻原節全開の作品です。なかなかいい作品だと思います。読んでみてください。
で、ふと思ったことで、最後にもしこのPOPをつくるとしたらどんな文章にするかっていうのを書いておこうかなと思ったりしました。いつもPOPを作ろうとする時はその本を読んで大分経ってからということが多いので、なかなかPOPのフレーズが出てこなかったりします。なんで、読んだ時にPOPのフレーズを考えてここに書いておけば、いつか書くことになった時に便利かな、と。というわけで自分用のメモみたいなものですね。

『昨日までの自分、さよなら
そして、
明日からの自分、こんにちわ』

『生きていることって、
些細なことの積み重ねで出来上がっているんだなって、
改めて思い直すことの出来る作品だと思います。』

『誰もがちょっとずつ「うまくいかないなぁ」って思いを抱えてて、
その不器用さが何だか人間らしく思えてきます。
今日間違えたって、今日恥ずかしくたって、今日情けなくたって、
それでもまた真っ白な明日は来るんだしね、って思って痛いですよね。』

荻原浩「さよなら、そしてこんにちわ」




夕陽はかえる(霞流一)

私は「殺せ屋」だ。「殺し屋」では決してない。あくまでも「殺せ屋」である。
「殺し屋」は人を殺すのが仕事である。じゃあ「殺せ屋」は何をするかと言えば、簡単に言えば殺せ!と啖呵を切るのが仕事である。
例えば、ヤクザの組事務所に一番に乗り込んでいって殺せ!と啖呵を切ったり、内戦地域に先陣を切って乗り込んでいって殺せ!と啖呵を切ったり、まあそういうようなことをする仕事である。実に身体を張った仕事である。
多くの人の役に立つ仕事ではないと思うが、しかし多少は人の役に立つのではないか、と思ってこの仕事を始めたのである。誰しも危険を冒してまで死に向かいたいとは思わない。ならばその最も危険の高いところを肩代わりしてあげよう、とまあそう言う発想である。
しかし、この仕事、実は大きな欠点が一つだけある。
需要がないのだ。
事務所を開設して以来、あれやこれやと宣伝をしているのだが、一向に依頼がやってこない。や
やはり沖縄で事務所を開いたのは間違いだっただろうか。

一銃「はい、こちら「殺せ屋」です」

前の感想のスタイルの時も、作品の内容に応じて前書きが長くなったり短くなったりしましたが、この小説もどきでも、あまりにもやる気の出ない作品の場合、小説もどきもかなり短くなるだろうと思います。正直この小説もどきを書くのは結構大変なので(じゃあ止めればいいじゃないか、と言われるかもしれませんが)、まあ手抜き出来る時は手抜きしようと思います。
というわけでそろそろ内容に入ろうと思います。
舞台は、<影ジェント>という殺し屋が裏の世界で暗躍している日本となっています。
<影ジェント>というのは、<影ジェンシー>に登録している殺し屋で、表の顔として本業を抱えつつも、<影ジェンシー>からの依頼に応じて暗殺をこなす人々のことです。<影ジェント>として登録している殺し屋には、パン屋・医者・植木職人・野球の審判・ダンサー・元力士など様々な職種の人間がいて、それぞれの武器もそれぞれの職種に合わせたものになっています。
事件は、<青い雷光のアオガエル>という二つ名で知られる、宮大工の戸崎亜雄が、ビルの壁面の装飾に突き刺さる形で死体で見つかったことから始まります。他殺であることは明らかであるのに、どう考えても不可能な状況下で行われた殺人で、犯人はおろか犯行方法さえも不明です。
さて、その<カエル>の死をもって、東京で<東京戦争>と呼ばれるほどの大規模なバトルが繰り広げられます。それは<影ジェント>同士が争うわけですが、その理由が<カエル>の死にあります。<カエル>か近々大きな仕事をする予定があり、<カエル>の死によりその仕事が浮いてしまったので、<影ジェント>同士が闘うことでポイントを争い、その仕事を獲得しようというのです。
一方で、医者であり<影ジェント>でもある瀬見塚眠は、とある事情から<カエル>殺しの最有力候補と目されてしまいます。この騒ぎに巻き込まれたくなかった瀬見塚ですが、仕方なく<カエル>殺害の真相を探るべく探偵の真似事を始めることになります。
しかしその後、また密室という不可能状況下で<影ジェント>が殺害され…。
というような話です。
本作は、正確な順位は忘れましたが、今年度のこのミスのトップ10の中には入っていた作品です。確か6位とかそのくらいだったと思います。しかしこの作品はいかんだろ、と僕は思います。
この霞流一という作家の作品は他にもう一作読んだことがありますが、とにかく無茶苦茶で変な話を書く作家です。まあそれはそれでいいし、こういう作品が好きな人もいるとは思うんですけど、でもランキングの上位に入ってしまってはいけない作品だと僕は思うわけです。前僕が読んだ作品というのは「スティームタイガーの死走」というやつだったんですけど、その作品も当時このミスで4位ぐらいだったりしています。しかし、そういうまっとうなランキングで上位を取っていい作品では僕はないと思うので、ちょっとどうかなと思います。
あとがきで著者も書いているように、本作は本格ミステリとアクションを混ぜ合わせた作品になっています。しかし、そのどっちの部分も僕としてはちょっと不満ですね。
とにかく、アクションのシーンは僕には退屈でした。これは僕の方にも問題があって、そもそも小説でアクションシーンを読むのが苦手なんですよね。西尾維新の作品なんかにもアクションシーンが出てきたりしますが、やっぱりあんまり得意ではないです。なんで、まあこれは僕がアクションがあんまり得意ではないから、ということになるでしょう。
本格ミステリの方も、まあもともとおふざけ的な感じで考えていると思うのでいいんですけど、普通の本格ミステリが好きな人だとやっぱ邪道に見えるでしょうね。まあこれについても自分で邪道だと書いているのでいいんですけど、二つの殺人事件の解決がやっぱりちょっと無理があるよなぁとか思ったりしてしまいました。あんまりスマートな感じではないですね。
というわけで、かなり長大な作品なんですけど、僕の満足度は低いですね。バカミスと呼ばれるような、馬鹿馬鹿しいミステリが好きだという人もいるとは思うので需要はあると思いますが、あんまり一般的にオススメ出来る作品ではないと僕は思います。

霞流一「夕陽はかえる」




美少女(吉行淳之介)

「やっと手に入れたぞ!」
敏孝は、錠剤の入った小瓶を持って快哉を叫んでいる。中に入っているのは、毒々しいまでに真っ赤な丸い錠剤が一つ。
「これで俺もやっと透明人間になれる」
そう、その錠剤は透明人間になるための薬なのである。
初めは都市伝説のような形で広まったのだった。どこかの学者が透明人間になる薬を開発したとかなんとか、そんな類の話だった。もちろん誰も信じてはいなかっただろうが、しかしその噂は勝手に尾ひれをつけて広まっていった。曰く、透明人間に痴漢をされただとか、あるいは透明人間に商品を盗まれただとか、そういう主張をする人間が出てきたのだ。都市伝説に乗っかる形で話を面白おかしくしただけだろうと当然周りも考えたから誰も真面目に取り上げなかったのだけど、しかしそういうことがあったという話は人の口を介してどんどん広まっていったのだ。
「しかし、今から考えればあれは本当のことだったんだろうな」
敏孝が透明人間について真剣に考えるようになったのにはわけがある。新聞記者である敏孝は、もちろん透明人間の話は知っていたが、どうもその透明人間の話が出る場所に符合してある事件が頻発することに気がついたのだ。
それが、神隠しだった。まあ要するに失踪事件というわけだが。
失踪というのは事件になりにくい。事件になりにくければ新聞記者の耳にもなかなか入ってこない。しかし、いくつかの偶然と若干の飛躍のお陰で、敏孝の頭の中で透明人間の話と失踪事件が結びついたのだ。
「もしかしたら、透明人間になった人間が失踪しているということなのではないか」
そういう仮説に基づいて取材を続けていくと、ある一人の男に行き当たった。結果的にはそれが当たりで、その男が透明人間になる薬を売っていたというわけだ。
「まあいずれにしても試してみなくてはなるまい」
小瓶には注意書きがある。服用直後に意識の断絶が感じられるでしょうが、特に問題はありません、とある。なるほど。まあ早速飲んでみるか。
………
気づいた時には敏孝は道路に横たわっていた。そこは、自分の部屋のあるマンションの前の道路だ。敏孝の部屋は6階にある。あそこから降りてきたのだとすれば、結構長い時間意識が飛んでいたことになるな。などと考えてみる。
「しかしまあ何にしても、これで俺もようやく透明人間だ」
服を脱いだ記憶はないが、既に自分の身体はまったく見えない。いいじゃないか。これで何でもし放題だぜ。さて何からしようかな。とりあえず銭湯の女風呂でも覗こうかな。やっぱ透明人間になったからには外せないでしょう。まあそんなことを考えて敏孝は銭湯の方へと歩いていく。
しかし体が軽い。透明人間になるというのは、周囲から身体が見えないというだけで、物理的に何か変化が発生するわけでもないだろうに、この身体の軽さはなんだろう。普段、見かけの重さみたいなものにさらされているということなのかもしれない。俺達は、重力から受ける重さ以外に、周囲の人間の存在あるいは視線から受ける見かけの重さのようなものも感じていたのかもしれない。それが、周囲の視線がなくなったことによってなくなり、これだけ身体が軽く感じられるということなのかもしれない。身体が軽すぎて歩きづらいぐらいだ。月面を歩いたらこんな感じだろうか。
周囲の人間は誰も俺の存在に気づかない。これは最高だな。太陽も風も周りの人間の服装も変わり映えはしないのに、自分だけがただ一人ものすごい変化を体感している。この昂揚感は普通ではなかなか味わえないものだろう。
「人に教えてあげたいような教えてあげたくないような」
そんなことを思いながら歩いていた時だった。周囲への注意がかなり薄れていたということもあるだろう。もう避けられないというような場所まで車が突進してきていたのだった。
「これはマズイ」
透明人間になったからと言ってこの状況を回避できるわけがない。むしろ透明人間だからこそ、運転手にこちらの姿を知らしめる手段がない。なんとか逃げようと思うのだけど、身体が全然動かない。もうダメだ…。
思わず閉じていた目を開ける。何故か身体はなんともない。先ほどと同じ場所にずっと立っているのだ。車が俺の身体をすり抜けたとしか思えない。
「すり抜けた?」
ちょっと待て、それはおかしくないか。透明人間だからって、身体がなくなるわけじゃない。じゃあなんで今俺は助かったんだろうか。
そこでふと思いつく。まさか…。
目覚めた時俺は道路に横になっていた。俺の部屋は6階にある。透明人間になってからの異常なまでの身体の軽さ。まるで自分の身体が無くなってしまったかのような。
「まさか俺、透明人間になったんじゃなくて、ただ死んでるだけなんじゃないだろうか…」

一銃「透明人間」

そろそろ内容に入ろうと思います。
放送作家の城田裕一は、「雅」というレストランのマダム・大場雅子の「快楽コンサルタント」である。何か面白いことを仕掛けては雅子を愉しませるという、まあそれだけなのだが。
ある日雅子に透明人間ごっこというのを仕掛けてみた。三津子という知り合いの女の子を使って、三津子が透明人間になってしまったのだけど、薬を飲んだ人間には見えるというような趣向を繰り広げたのだ。その後この透明人間ごっこは別の場所で大きく流行ることになる。
さてその三津子だが、城田の紹介で「紅」というバーでホステスとして働くことになる。混血の美しい少女はしかし、しばらくして失踪してしまう。誰もその行き先を知らない。唯一の手掛かりは、三津子のお尻にあるという月と星の刺青のみ。しかしその刺青の線から、三津子の父親と思われる男を突き止めることになる。しかし、三津子の行方は知らないという。
一方で三津子の行方を追う中で、三津子のものとは別の刺青を目にすることになる。「紅」の他のホステスが、腿の内側に蜂を象ったような刺青を持っているのである。果たしてこれは三津子の刺青と何か関係があるのだろうか…。
というような話です。
さて本作は1966年に雑誌に連載された作品だそうで、だから大分昔の作品になります。まだ古典というには早いかもしれないけど、しかし僕からすれば十分古典と言ってしまっていいくらいの作品です。
そんな古い作品なんですけど、この話は面白かったですねぇ。僕は古典が異常に苦手なんですけど、この話はスイスイ読めました。文章が読みやすいし、ストーリーも面白い。最近新潮文庫が昔の絶版本を復刊するという企画をやっていて、これもその一つなのだけど、なるほど昔の作品にもやっぱり面白いものが結構あるのだろうな、と思いました。本作のお陰で、もう少し昔の作品を頑張って読んでみよう、と思えました。
吉行淳之介という作家は、性を題材にしつつ人間を描くような作風が多いようで、まあ本作も確かに性を扱っている作品ではありますけど、僕なんかはミステリとして結構面白く読めました。ちょっとした知り合いが突然失踪する。手掛かりは刺青だけ。しかし探る内に彼女のものとはまた別の刺青が出てくる。これは一体どういうことなんだろう、というような展開で、女だらけの話の中で、城田が一人奮闘します。まあ奮闘すると言っても、女性とくんずほぐれつという感じなんですけどね。
ミステリ的な展開とは言っても、やっぱりかっちりしたミステリというわけではないので、途中からミステリ的な流ではなくなったりしますが、でも最後まで謎解きの要素は残ってなかなかいいと思います。
本作では「透明人間」と「刺青」というのが重要な要素になってくるわけですが、この使い方が非常に巧いですね。特に透明人間の方は巧いと思いました。忘れた頃にさりげなく出してきたり、物語を展開させたり深めたりするためにもこの透明人間の話が出てきます。この悪戯、子どもがやったらいじめとかになりそうでダメですけど、ほどほどにやったら結構面白いんじゃないかなと思いました。
しかしこの城田という男、羨ましいものです。次々に女性をとっかえひっかえで休まる暇がありません。自分がこんな感じの男に生まれていたらなぁ、とか思ったりしますが、それはそれでめんどくさいかなとか思ったり(笑)
僕としてはかなりオススメ出来る作品です。女性でも男性でも楽しめる作品だと思います。読んでみてください。

吉行淳之介「美少女」


美少女文庫

美少女文庫

本屋の森のあかり 2巻(磯谷友紀)

「ねえ、アヒルさんているじゃん」
「あぁ、あのアヒルのバッグの人?」
「そうそう、あの人また来たんだよねぇ」
バックヤードで検品している時に、山本直子に話し掛けてみた。直子は文庫の担当で、英子と同じ時期に入ったので気も合うのだ。
「やっぱりおかしな本ばっかり買ってくんだ」
「いやね、おかしいってわけじゃぁ決してないんだけどさぁ」
そう、決しておかしくはないのだ。
スタッフの間で「アヒルさん」という名前で通っているお客さんがいる。何故アヒルさんかと言えば、いつもアヒルの絵のついたバッグを持って来店されるからだ。アヒルさんはもしかしたらこれまでもウチの店のお客さんだったかもしれないけど、それまでは特別話題になったということはない。「アヒルさん」という名前で呼ばれるようになったのもごく最近だ。何故そんな注目されるようになったかというと、本の買い方がなんとなくおかしいからなのだ。
「またライトノベルがたくさん?」
「それに東野圭吾とか宮部みゆきとかが一緒みたいな」
アヒルさんは40代だと思われる男性だ。きっちりとしたスーツを着て、ちゃんと仕事が出来る人間なのだなと思わせる雰囲気がばっちりである。そのアヒルさんが、ライトノベルを大量に買っていくのだ。
ライトノベルというのは、いわゆる表紙がマンガ調の中高生をターゲットにしているようなジャンルの文庫本である。もちろん最近では30代40代の男性が買っていくことも多い。しかし、書店で働いていれば、大体ライトノベルを買っていく中年男性の傾向というのは分かるつもりだ。具体的に言葉にして説明するのは難しいが、ライトノベルを大量に買っていく人にはある一定の特徴みたいなものが必ずあるものだ。
しかしこのアヒルさんの場合、どこをどう見てもそんな雰囲気とは程遠いのだ。もちろん、そういう特徴を外れた人だってそういうライトノベルを買ったりするかもしれない。でも、それでもおかしなことはあるのだ。
アヒルさんは、ライトノベルと一緒に、東野圭吾や宮部みゆきと言ったエンターテイメント系の小説も一緒に買っていくのである。ライトノベルを大量に買っていくお客さんは、他のジャンルの本を買わないという傾向がある。もちろん買うお客さんもいるのだろうけど、そういう意味でアヒルさんはスタッフの間でちょっと変だよねということになっているのである。
「昨日も来た?」
「うん、来た来た。でも買ってくのは新刊じゃないんだよね」
ライトノベルを大量に買っていくお客さんは、大抵新刊の発売日にやってきて新刊をまとめ買いしていく。しかしアヒルさんの場合、新刊の発売日であるかどうかに関係なくやってきては、新刊ではないものを買っていくのだ。これもまた不思議なもので、やはりスタッフとしてはその買い方は不自然に思えてしまう。
「何だろうね、ホント。不思議だよね」
直子はそう言って文庫の仕事の続きを始める。まあそうだ。結局のところ、不思議だね、と言って終わるしかないのだ。お客さんが本をどんな風に買っていくかなんて完全に自由だ。多少変な買い方をしていたところで、買ってくれているのだから文句を言うような筋合いももちろんない。
文庫を整理していた直子が、あれ?と声を上げる。
「どしたの?」
「いやね、昨日遅番の子にちょっと文庫の棚から売れてなさそうなものを抜いてもらったの。ちょっときつかったからね。で、ライトノベルの棚から抜いたやつで、スリップがないものがあるんだよね。まあたまにあるけどさ、やっぱスリップがないって気持ち悪いよね」
そう言ってそのスリップがないという本を見せてくれる。
「あれ?おかしいよこれ。だって昨日私この本売ったよ。ほら、アヒルさんにだよ。何でこれ今日店にあるの?売り場に2冊置いてた?」
「ううん、棚に1冊しかなかったはずだよ。えーと、それってどういうことになるんだろう?」
何だかよく分からないけど、アヒルさんはやっぱり何かおかしなことをしてるんだろうか。
バックヤードにスタッフが一人入ってくる。
「アヒルさんが今文庫の売り場にいるんですけど、ちょっと変なことしてるんです」
直子と英子はその話を聞いて売り場へと出て行った。
ライトノベルの棚の前にアヒルさんはいた。アヒルさんに見つからないような位置に立ってアヒルさんを観察する。いつものようにアヒルの絵のついたバッグを持っている。アヒルさんは棚から文庫を抜き出してパラパラめくっている。時折落ち着きなく周囲を見回している。こういうのは万引きをする人間に多い動きだけど、でも別にアヒルさんは万引きはしていないだろう。あれだけ本を買っていて万引きをする意味がよくわからない。
するとアヒルさんは奇妙な行動をした。本に挟んであるスリップを抜き取って、文庫だけそのまま棚に戻したのだ。そしてさらに、アヒルのバッグの中から文庫を一冊取り出し、その文庫に先ほど抜き取ったスリップをつけているのだ。
英子は直子の顔を見た。直子もよくわからないという顔をしている。ただ、この状況は放置しておいてはいけないだろうということぐらいは分かる。二人でアヒルさんに近づく。
「あの、失礼ですが何をされているんでしょうか?」
そう声を掛けた途端、アヒルさんは諦めたようだった。私たちが店員であることを認め、そして素直に状況を話してくれた。
「申し訳ありませんでした」
そう言ってアヒルさんは頭を下げる。売り場でそんなことをされても困ってしまうので、ちょっと汚いけどアヒルさんをバックヤードに案内してそこで話を聞くことになった。
アヒルさんはバックヤードでも再度頭を下げて、そしてこう切り出した。
「息子がこちらの書店で万引きを繰り返していたんだそうです。それを私が知ったのが2週間くらい前でした」
また頭を下げようとするアヒルさんを押し留めて、とりあえず話の続きを聞く。要するにこういうことのようだ。
息子が万引きをした本はかなりの冊数に上る。本来であればお店と警察に伝えるべきだろうと思いはした。しかし、量が量ということもある。あまり穏便には済まないかもしれない。息子も来年には受験を控えている。内申点に響くようなことは出来れば避けたい。
だから、万引きをした本に対してお金を払うことでなんとか解決できないか、と考えた。自宅にある本をバッグに詰めてここにやってくる。売り場を回って、売り場にある本からスリップだけをいただいて、家から持ってきたその本をレジに持っていく。もちろんそれで盗んだという事実が消えるわけではないということは分かっていた。しかし、息子のことも考えた時に、なんとかこの方法でごまかせないか、と思ってしまいました。
「大変申し訳ありませんでした」
そう言うってアヒルさんは話を締めくくった。
事が事なので店長に対応をしてもらった。やはり警察に連絡をすることは避けられないようだ。ただ、店長が最後に言った言葉が英子には印象的だった。
「本を盗んだこと自体は褒められたものではないけど、転売するんじゃなくて自分で読んでいたようだから、それだけは救いだよね」
悪いこととは分かっていても、本好きは本を盗んででも読みたいみたいな部分は少しは理解できてしまうのかもしれないと英子は思った。

一銃「アヒルさん」

自分の中では久々にそれなりにまともな話になったのではないかと思います。本当はちょっと別の話を考えていて、同じ本をいつも探しに来る二人の話を誘拐なんかと交えながら話にしようと思ったんだけど、どう考えても成立しないので諦めました。
この万引きの話の下敷きになるような出来事が最近ありました。この前お客さんが自分のバックから雑誌2冊を出して、「これの会計をお願いします」と言ってきました。何でも話を聞いてみると、その2冊の雑誌は入口付近に置いてあったものなんですけど、そのお客さんは無料の情報誌だと勘違いして持っていってしまったのだそうです。無料でないということに翌日気づいて、お金を払いにきた、というわけです。そんなの初めてだったんでびっくりしました。
まあそんなわけでそろそろないように入ろうと思います。
本作は、コミックkissという女性コミック誌に連載されている、書店を舞台にした恋愛小説と言った感じの作品になっています。あるチェーン店の地方店で勤務していた高野あかりという女性が転属になり、東京の大きなところで働くようになってからの顛末を描く話です。ひと月に300冊本を読む副店長の寺山杜三のことが好きなのだけど、この杜三、本のことにしか興味がなくて、恋愛なんか全然ダメ。あかりの恋はなかなかハードルが高いのでした。
5編の短編が収録されていて、それぞれなかなか面白いです。それぞれをざっと紹介しましょう。

「戦争と平和」
商店街にある時計堂という独特の品揃えの本屋さんのお話。書店が厳しく、しかも万引きも多い中で、いかにしてこの時計堂を残すことが出来るだろうか、という話。

「ドリトル先生と月からの使い」
副店長の杜三はなんと象を今まで一度も見たことがなかった!テレビもないし、動物園にも行ったことがなく、図鑑でしか見たことがなかったらしい。そりゃいかんというわけで無理矢理動物園に連れて行くことになりますが…。

「千一夜物語」
サイン会をすることになって準備に追われるあかりだけど、打ち合わせでやってきたその作家は何だか高飛車。副店長とも何だか知り合いみたいだけど、なんか苦手だなこの人…。

「寒山落木」
サービスカウンターに配属になったあかり。亘くんという、本は全然読めないけど仕事はとんでもなく出来るアルバイトの子をつけてもらってなんとか頑張るのだけど、あるトラブルが…。

「雪の女王」
仕事は出来るけど無愛想な同期の加納緑と一緒に、東北でオープンするお店の開店準備のために一週間派遣されることになりました。開店準備に大忙しのあかり。しかしふとした疑問があって…。

というような感じです。
僕が本屋で働いているからということもあるのだけど、やっぱこのコミックはいいですね。このコミックでの舞台となる須王堂書店というのはかなり規模の大きな書店で、だからウチとは共通しないこともたくさんあるんだけど、でもやっぱり書店の話というのは読んでて楽しいですね。僕はやっぱり本と本屋が好きなんだなと思いました。
今回の話で一番好きだったのは「寒山落木」ですね。サービスカウンターで働く亘くんがホントに仕事が出来て、ウチにもこんなスタッフがいれば…、と羨ましくなる感じでした。本が読めないというのも面白いですね。本が読めないから、わからないことがあったら誰かに聞く。自分が知識を持っていなくても、誰に聞けば分かるのかさえきちんと把握していれば仕事は出来る、ということの好例とも言えるスタッフですね。話自体も、スタッフとお客さんのどっちが悪いというわけでもないトラブルが起こっててんやわんやするんですけど、こういうトラブルはホント困ってしまいますね。こっちが明らかに悪ければ申し訳ないという感じになるのですが、避けようのないミスというのもあるわけで、そういう場合何だかやりきれない感じになります。
僕も同じようなトラブルがあったらこの亘くんと似たような対応をしてしまうと思います。もちろん、最善ではないけど最適な対応だと僕は思うし、現状の書店のあり方としてはそう対応するしかないのだけど、もちろんお客さんとしては納得するわけがないですよね。とにかくこの話のラストではちょっとうるっときましたね。
他の話もどれもいいですよ。3巻の発売予定も決まったそうです。また買わねば。書店コミックの金字塔と言えば「暴れん坊本屋さん」ですが、本作はまた違った意味で楽しめる作品です。本が好き、本屋が好きという人は読んでみてください。

磯谷友紀「本屋の森のあかり 2巻」



妄想炸裂(三浦しをん)

晴れ渡る青空を飛ぶ一羽の真っ白な鳥。名前は何だか分からないがとりあえず鶴ということにしておこう。鶴がこんな沖縄の空を飛んでいるなんていうことはまずありえないのだが、いやそこから始まるストーリーだってきっとあるはずだ。
ジョセフィン(鶴)とエマニエール(鶴)は、仲間が越冬のために飛び立つ群から離れ、二人で別世界へと羽ばたこうと目論んだ。もちろん目的はただ一つ。群などという世間から脱し、二人で素敵で素晴らしい人生を送るためだ。群から離れれば、恐らく長生きすることは出来ないだろう。しかしそれでもいい。俺達の愛は長さではないのだ。たとえ老い先短くとも、濃密な時間を過ごせればそれでよし。俺達の愛は無敵なのだ。
そうして群とは正反対の方向へとたった二人だけで飛んでいく二羽。二人の旅は順調で、時には寺の瓦屋根の上で蜜月を繰り返し、時には月の浮かぶ川のほとりで愛を囁き交わす。獲得した餌を二人で仲良く分け合い、そうやって至福の時を過ごしていたのだ。
しかし、そんな時間も決して長くは続かないのであった。悲劇は突然襲ってくる。ジョセフィン(鶴)が、たまたま近くを飛んでいたハゲタカ(名前不明)を見初めてしまったのだ!
「あのM字ハゲと獰猛な胸毛が素敵!」とかなんとかよくわからないことを呟いて、ジョセフィン(鶴)はそのハゲタカを追いかけていってしまったのだ。あぁ、憐れ。ジョセフィン(鶴)よ、決して報われることのない恋の道へと突き進んでいくのだな。お前のことを愛し続けた俺だ、応援するにやぶさかではないが、しかし!一人残された俺はどうすればいいというのだ!あぁ、憐れ。群から離れ二人で死ぬまでイチャイチャし続けようという俺の計画がこうもあっさり転覆するとは泥舟もびっくりの仕打ちだ。まあ仕方ない。俺も電撃的にサンショウウオ辺りに恋でもすればいいんだろうか。って、サンショウウオってどうよ。
とかなんとか言いながら一人寂しく飛んでいるのがあの鶴なのである。うーむ、自分で考えていても意味不明だ。そもそも、鶴である必然性がどこにもない。
まあいい、とりあえず鶴は置いておいて沖縄だ。爽やかな風、白い砂浜、上半身裸の男達がたくさん。グレートだ。私だってばっちり水着をきめているのだ。周りの男子からの視線が眩しいぜ。男子たちがひそひそ話しているのが聞こえてくる。
おい、あそこにいる女子はすごくないか。うん、すごいすごい、ちょっとヤバイぞ。声掛けてみるか?いや、マジ止めとけって。相手にならんだろ。だよな、ちょっとレベルが高すぎるよな。もうちょっと普通の女子を探そう。そうだな、さすがに罰ゲームって言ってもあれは厳しいよな。
ん?今なんか変な言葉が聞こえたぞ。罰ゲームって何だ罰ゲームって。男子たちが私のことを見ていたのは罰ゲームの相手を探すためだったのか?って、私じゃハードルが高すぎる罰ゲームって何だよ。おい、男子ども、私を舐めるんじゃないよ!なんて口に出してはいえないけど。
おっともうこんな時間だ。ホテルの部屋でアレン(人間)が待っているんだった。早く部屋に帰ってアレンと一緒にあれやこれやしなくては…。
とそこで目が覚める。
私の周囲にはゴミゴミゴミ。ゴミの山に埋もれるようにして私は横になっている。空になったカップラーメンの容器の中をゴキブリが這いまわる。壁を埋め尽くすように積みあがっている少女マンガの山が今にも倒れてきそうだ。というか、ゴミと一体化していて何が何だか分からない。既に床は見えず、まさに足の踏み場はない。
寝転んだ状態のまま手さぐりで周りを漁る。コンビニの袋の中から、2週間前に賞味期限が切れているおにぎりを発見し、それをむしゃむしゃ食べる。のどが渇いたが、飲み物らしきものが見つからず諦める。
あぁ、アレン(人間)はどこへ行ったのかしら。このゴミの山の現実とアレン(人間)が並列して存在するわけがないわ。だとすれば私が取るのはただ一つ。アレン(人間)のいる世界にまた戻るだけよ。負けない!どれだけ現実が耐えられないものでも、もう一つの世界で私は生き延びて見せる。
アレン(人間)!どれだけあなたが遠くにいても、私はあなたに会いにいくからね。

一銃「とりあえず彼氏」

日々こうして適当に文章を書いていると、一体自分は何をしてるんだろう、という気になりますが、まあとりあえず始めてしまったものは続けようと頑張る性格なのでまだまだやりますよ。しかし、三浦しをんの文章をなんとか真似しようと頑張ったつもりなのだけど、遠く及ばないなぁ。何で三浦しをんの文章ってあんなに面白いんだろうか。
そろそろ内容に入ろうと思います。
本作は、三浦しをんがネットや雑誌に書き溜めたエッセイを一冊にまとめたものです。
とにかく三浦しをんのエッセイは面白いです。書いている内容自体はホント大したことではないことの方が多いです。バンドの追っかけに行ったとか、まんだらけに行ったとか、友人の泊まりこみでダラダラしたとか、こんな夢を見たとか、そんな話ばっかりで、すごい面白い出来事が発生するわけでも、深遠なことを考えたりするわけではないんです。
でもこれが異常に面白いですね。それは何故なのかと考えるのだけど、やはりそれは三浦しをんという人間そのものがちょっとおかしいから、としか言いようがないですね。
三浦しをんは、人間も女も止めているなんて書いているぐらいで、とにかく世間一般とはかなりかけ離れている人種です。僕も世間一般とかけ離れていることに掛けてはそれなりだと思っていますが、しかし三浦しをんには遠く及びません。同世代の女性がワーキャー言うようなことには一切興味なし、好きな俳優を挙げさせれば死んでる人間ばかり、やりたいことと言えば漫画を読むことだけ、趣味は隠居老人の如きでこのエッセイを書いている時は三味線を習ったりしているのである。こんな20代女性が世の中に何人いるでしょうね。いや、もしかしたら一人もいないかもしれませんね。そんな三浦しをんだからこそ、独特の視点で物事を見て、独特の発想で飛躍が出来るのだと思うわけです。
タイトルにもあるように三浦しをんは「妄想」が一つの趣味みたいなもので、この妄想力にはすごいものがあります。ある一つの状況があった時に、そこから普通の人が発想しないような方向へと考えを向かわせ、それをどこまでも彼方へと押し進めることが出来るわけです。ある意味羨ましいなと僕なんかは思ったりしますね。僕はかなり妄想力に欠ける人間なので。
また相変わらずBL的なことは大好きなようで、BL的な妄想をしたり、まっとうな映画や文学作品をBL的な解釈で展開したりと傍若無人です。三浦しをんの手に掛かれば、「踊る大捜査線」さえホモ映画になってしまうわけです。恐るべし。
また三浦しをんの友人も三浦しをんに負けず劣らずのキャラクターで、こちらもまた面白いです。三浦しをん自身も書いていますが、自分の今の生活を変えるにはまず友人を変えなくてはいけないのではないか、と思うくらいです。確かにそうでしょう。似たような発想の友人が周りにいれば、まあ自分はこのままでよかろうと思ってしまうのも当然という感じですね。
というわけで、相変わらず面白いエッセイです。是非是非読んでみて欲しいと思うわけですが、しかしこの本、普通に書店で見つけるのはなかなか難しいかと思います。何せ「新書館ウィングス文庫」ですからね。普通の書店はこの文庫の棚は恐らくないのではないかと思います。ウチもないです。僕はちょっと前にこれを平積みにしたりしていましたが、そういう機会でもないとなかなかゲットするのは困難な本だと思います。読みたい方は客注してください。
ちなみに表紙の絵が海羽野チカでなかなか豪華です。

三浦しをん「妄想炸裂」



最高学府はバカだらけ(石渡嶺司)

朝ごはんはトンカツにしてみた。朝からトンカツというのは消化に悪いから実際あまりよくないという話も聞いたことはあるのだけど、こういうのはやはり験かつぎが優先だろう。
「受験票はちゃんと持った?」
忠弘はどうも大事な時に間が抜けているところがある。この間も、最後の模試の日を一週間勘違いしていたことがあった。私がなんとか気づいたからよかったものの、あのままだったら直前の大事な模試を受け損なうところだった。こと忠弘に関しては、注意しすぎてもしすぎるということはない。って、やだ、なんか英語の構文みたい。忠弘の勉強を見てたから移っちゃったかな。
「それ言うの何回目?」なんて嫌そうな顔を見せる忠弘だけど、確認の上にも確認が大事。まだセンター試験だとはいえ、このセンター試験の結果如何で今後が大きく左右されることになる。まして、つまらないミスで受けられないなんてことになったら大変だ。
そうやって息子を送り出したのが6時間前。忠弘と一緒に家を出て、そのままパートに出かけた私は、特別に早く上がらせてもらって、今こうして受験会場近くの喫茶店に座っている。
「俊夫たち、今ごろ数学の時間かしらね」
一緒にいるのは、忠弘と同級生である俊夫の母親である。二人でこの喫茶店で待ち合わせて、センターを受け終わった二人を出迎えるつもりなのだ。何もそこまで、と夫には言われたが、自分が試験を受けるわけでもないのに、どうしてもいてもたってもいられなくなってしまうのは分かっていた。どんな結果でもいいから、早く息子の顔を見たい。この2年間必死で受験勉強に明け暮れた毎日がまだ終わるわけではないけど、一つの区切りとして労ってあげたいと思う。
「忠弘は数学あんまり得意じゃないから心配」
俊夫くんの母親とは塾を通じて知り合った。同世代の子どもを持つ母親にとって、やはり最大の関心は受験であり、時折塾の送り迎えなどで顔を合わせるようになってから、急速に関係が深まったのだ。
「俊夫は凡ミスさえしなきゃいいセンまで行くと思うんだけどねぇ」
お互い口は動かしてはいるが気持ちは既に彼方へと飛んでいる。お互い息子のことを考えるので精一杯なのだ。試験最終日の今日は、数学の試験が終わりさえすれば忠弘たちは解放される。まだ各大学の本試験が残っており、受験は終わりではないと分かっているのだけど、そわそわして落ち着かない。
会場周辺は静かだ。リスニング試験のために周囲に配慮をお願いしたこともあるのだろうけど、それよりも試験独特の沈黙みたいなものに支配されているような気がする。これほど大きな会場に詰め込まれた受験生達が、紙とペンの触れる音だけを立てながら黙々と問題を解き続ける。その姿に圧倒されて、音という音が何か殻のようなものに閉じこもってしまったかのように感じられる。その沈黙の余波が、この喫茶店まで押し寄せているように思えてくる。
紅茶のお代わりを注文する。水分の摂りすぎでトイレに行きたくなるのだけど、ここは我慢する。これも験かつぎの一つのつもりだ。これまで重要な場面でトイレを我慢しておくといい結果になることが多かった。夫には馬鹿馬鹿しいと笑われたが、やはり止めるわけにはいかない。忠弘が会場から出てくるまではなんとしてもトイレを我慢し続けるつもりだ。
「ねぇ、雪」
言われて外を見ると、確かに雪が降っていた。毎年センター試験の時期は雪が降る。朝から降らなくてよかった、と思った。電車が止まって遅刻するようなことがあったら、忠弘も落ち着いて受験を受けられなかっただろう。
「そろそろ出てくるんじゃないかしら」
時計を見る。確かに、予定終了時刻から10程過ぎていた。そろそろ会場から受験生達が出てくる頃だろう。忠弘にまずなんて声を掛けてあげようか、と考える。暗い顔をしていたらどう言ってあげればいいだろう。表情から判断してそっとしておいてあげた方がよさそうだと思ったら、声を掛けないでおこう。いろんな状況を考えて頭の中でシュミレーションをしてみる。
しかし、それからいくら待っても誰一人として会場から出てこない。
「ねぇ、おかしくない」と言ってみる。
「そろそろ誰か出てきてもいいはずだよね」
この時間になっても誰も出てこないというのはどう考えてもおかしい。監督官からの説明事項なんかがあったとしても、そこまで時間が掛かるとは思えない。
「中、入ってみようか」
もうそれしかないだろう、と思って提案してみる。それから二人で喫茶店を出て、試験会場へと向かって行った。
試験会場は、文字通り静まり返っていた。そこには、受験生がいないばかりか、そこで試験が行われたという痕跡がまったく見出せなかった。雪降る中、自分達二人しかいない会場で、二人はしばらく途方にくれたまま立ち尽くしていた。
受験日か受験会場を勘違いしたのかもしれない、と無理矢理言い聞かせて家に帰った二人は、その日のニュースを見て驚くことになる。なんと、日本中のセンター試験会場から、すべての受験生が消えてしまったと、NHKのアナウンサーが真面目くさった顔で伝えていた。

一銃「初めから破れていた未来への切符」

そろそろ内容に入ろうと思います。
本作は、日本では数少ない大学ジャーナリストである著者が、これまで数多く見てきた日本の大学・大学生を通じて、いかに現状での日本の大学が危機に瀕しているか、そして日本の大学生がいかにアホになったかということを書いた作品となっています。
これはなかなか面白い本だなと僕は思いました。僕も、まあ数年前まで大学生だったわけで、ここに書かれていることはまあ漠然と分かります。この場合の『分かる』というのは『共感できる』という意味ではなくて、『理解出来る』ということです。
本作の著者は最近の大学生についていかにアホかということを年配の人に話すと、いやいやまさかそんなことあるわけないじゃん、石渡さんちょっと言いすぎだよ、なんて言われてしまうみたいです。確かに本作でも日本の大学生がいかにバカなのかということがいろいろ書かれているわけですが、年配の方には全然意味不明だろうと僕も思います。石渡さんが嘘をついていると思いたくなるのも仕方ないことでしょう。
でも僕は、ついちょっと前まで大学生だった経験、そして今のバイト先に入ってくる学生アルバイトを見ている経験を踏まえると、あぁ確かにこういうことってありえるだろうなという風に理解できてしまうわけです。もちろん納得は出来ないし、自分は違うと思いたいわけですが、少なくとも最近の大学生の傾向についてかなり正確に把握しているのではないか、という印象を僕は受けました。
大学生のアホさ加減について言えば本作でも就活の状況なんかがいろいろ描かれていますが、こえについてちょっと僕は言いたいことがあったりします。
僕は就活というのを一度たりともやった経験がないんですけど、それは自分には絶対無理だと思っていたからです。じゃあ何が無理なのかと言えば、就活をする上で少なくともやらなくてはならない最低限のことを僕は出来ない、という風に感じるわけです。具体的には、エントリーシートを書くとか、OB訪問をするとか、志望動機を明確にするとか、そういうようなことです。
しかし本作を読む限り、最近の大学生はこういう僕が出来ないと思った最低限のことさえもやらずに就活に臨んでいるようなのです。僕からすれば、なんでそんな状態で就活が出来るのだろう、と不思議に思うのだけど、本当に最近はそういう傾向があるようです。
だからこそ企業としても相当苦労をしているようです。いくら言っても会場でエントリーシートを書くことを止めない学生のためにエントリーシートを書く部屋を用意したり、あまりにも学生のレベルが低いために実際に働く前に課題を出したりしないといけないようです。僕としては、そういう最低限のことが出来なければ就活はやっちゃいかんと思うし、そう思うからこそ僕は就活を全然やらなかったのだけど、でもイマドキの子はそういう部分の恥ずかしさみたいなものを全然感じないんだろうな、とか思ったりしました。
あと本作では、日本の大学がいかにアホかということについても書いています。この部分もかなり面白いです。受験生集めのためにいかに数字をごまかすかとレクチャーする講演の内容を載っけたり、各大学がどういう奇妙な対策を取り続けてきているのかみたいなことについて細かく具体的に書いていて、非常に面白いです。受験生のいる親は、大学選びの一つの参考として本作を読むことをオススメします。表には出てこないいろんな話を知ることが出来るので、なかなか勉強になると思います。息子や娘を間違った大学に入れないためにも、本作を読んで勉強するといいと思います。
とにかく日本の大学は結構酷くて、その酷さは東大京大早稲田慶応などの難関大なども変わらないようで、だから難関大ではない大学ではさらに推して知るべしというような状況のようです。あの手この手で情報を隠匿し、受験生とその親にいかにいい面しか見せないようにするか、ということばかり苦慮して、本当にやらなくてはいけないことに手が回っていないという感じがします。
とにかく日本の大学事情で最もおかしいのは、少子化が進んでいるのに大学の数だけは年々増えているという事実で、そうなれば受験生獲得に苦労するのは当然でしょう。大学の数を今の半分ぐらいにして、一校当たりにつぎ込むお金を増やした方が建設的なんじゃないかな、とか僕は思ったりしますけど。
しかしこんなに現状が酷いのに、どうして大学というのは叩かれないんでしょうね。日本という国は、賞味期限をちょっと偽装しただけで大騒ぎするのに、大学がいかにおかしなことをしているのかというのは見逃すんですよね。って僕もまあ本作を読むまで知らなかったわけですけど。何だか不思議な国だなという感じがします。
というわけで、結構どういう人が読んでも楽しめる本ではないかと思いますが、本作では冒頭で想定する読者として以下の五者を挙げています。

1、受験生…志望大学を決めるためのガイドブック
2、大学生…上の世代が自分たちをどう見ているかまとめた解説書。就職活動の指南書。
3、社会人…今の大学・大学生を知るための知的読み物
4、保護者・高校教員…我が子(生徒)をバカ学生にしないためのマニュアルブック
5、大学教職員…大学外部が大学をどう見ているかが分かるホン。受験生集めの裏技本。

該当するという方(というか『3、社会人』が入ってる時点で日本国民ほとんど該当しそうですけど)は読んでみたらなかなか楽しめるのではないかと思います。

石渡嶺司「最高学府はバカだらけ」



飛ぶ教室(ケストナー)

ぶんしょうを書いたりするのってほんとうにわかんなくてなにからどう書いたらいいんだかぜんぜんわかんないんだけど、でもたぶん書かないといけないんだと思うんだよ。ほんとうは書いちゃだめって言われてるんだけど、でもこのままでいいわけないし、だから紙とえんぴつを見つけたのでなんとかがんばってぶんしょうを書こうと思います。
なにから書いたらいいのかな。おとうさんおかあさん元気ですか?ぼくはまあ元気は元気なんだけど、ものすごく困っています。そうです、その話をしなくちゃいけないんだけど、どこから書けばいいかな。そういえばむかし田所先生が、人になにかをせつめいする時ははじめからおわりまで分かるように伝えなくてはいけないよ、と言っていました。だから田所先生の言った通りにしようと思います。
僕はきのうの前の日にカサブランカおばさんのお手伝いのために花屋さんへ歩いていました。カサブランカおばさんのせつめいはしなくてもいいような気がするけど、いちおう全部せつめいしないといけないだろうから書きます。カサブランカおばさんは僕のとなりの家の人で、僕のお母さんと仲良しです。庭でカサブランカを育てているから僕はそうよんでいます。ときどきおつかいをたのまれます。その日もひりょうを買ってくるようにいわれて花屋さんへ歩いていきました。
僕がポカポカした中歩いていると、前から犬が1ぴきやってきました。その犬はきんじょでも有名な悪い犬で、子どもを見かけるといつでもかみついてくるのら犬です。僕は怖くなって帰りたくなりましたが、その時犬はきげんがよかったようで、僕にかみついたりはしませんでした。
それから僕はまたずんずん歩くと、こんどは前から学校のじょうきゅうせいたちがやってきました。学校でも悪いとゆうめいなじょうきゅうせいです。僕はまた怖くなってにげだしたくなりましたが、こんどはにげられませんでした。じょうきゅうせいたちにつかまった僕は、カサブランカおばさんからあずかったお金を取られそうになってしまいました。
でもそこに1だいの車がきました。その車に乗っていたおじさんがとてもやさしい人で、僕をじょうきゅうせいからすくってくれました。僕はおじさんにお礼をいいました。おじさんと話をすると、僕が花屋さんに行くとちゅうだと知って。じゃあとちゅうまで乗っけていってあげるよ、といってくれました。お母さんに、知らない人についていってはいけないよ、と言われたことを思い出したけど、このおじさんはもう知らないひとじゃないし、僕をたすけてくれたやさしい人なのでだいじょうぶです。
それから僕は車に乗って花屋さんに向かいますが、車でならすぐつくはずなのに全然つきません。おじさんは道に迷ってしまったみたいでした。僕はカサブランカおばさんに申し訳ないと思ったけど、でもおじさんが道にまよってしまったのだから仕方ありません。おじさんはごめんねと言って、水筒の中のジュースを飲ませてくれました。冷たくてとてもおいしかったんだけど、怖い目にあったせいかすぐ眠くなってしまいました。
それで目がさめたら僕はこのへやにいました。ドアにはかぎがかかっていて出られません。たべものはあるけど、外に出られないのが辛いです。おじさんは静かにしていればなにも怖いことはないと言っていたので静かにしているけど、お父さんとお母さんに電話をしたいと言ったらダメだといわれました。手紙を出したいと言ってもダメだといわれました。でもお父さんとお母さんとそしてカサブランカおばさんは心配しているだろうからやっぱり手紙はかかないといけないと思ってこうして今書いています。お父さんお母さんそしてカサブランカおばさん、僕はちょっと困っているしちょっと辛くもあるんだけど、とりあえず元気です。しんぱいしないでください。

一銃「たぶん届かない手紙」

そろそろ内容に入ろうと思います。
本作は、ケストナーが夏でも雪の残っている山でクリスマス物語を書く、という設定で書かれた作品です。まえがきとあとがきにケストナーの話が出てきて、本編の部分はそのケストナーが書いた小説という体裁です。
さてそのケストナーが書いた小説というのは、ある寄宿舎を舞台にした物語です。孤独なジョニー、弱虫のウーリ、読書家のゼバスティアン、正義感の強いマルティン、いつも腹ペコで腕っぷしの強いマルティアスという少年5人が主役です。
彼らはクリスマス祭のために、ジョニーが書いた「飛ぶ教室」という舞台の練習をしているのだけど、そこに同級生がボロボロの格好でやってくる。何でも因縁深い実業高校の連中が同級生の一人を拉致して監禁しているというのだ。そうとなったら舞台の練習どころじゃない。彼らは中間を助けるために実業高校の連中の元へと向かうのだけど…。
というような話です。
さてこの作品は1933年に出版された、もはや古典作品です。僕は古典が苦手で、しかもこの作品は外国人作家でもあるので二重の意味で僕の苦手なジャンルだったのだけど、でも本作はものすごく読みやすい作品でした。少年が書いた物語という設定もあるのだろうけど、そもそもケストナーという作家は児童文学を書く人のようで、だからスラスラ読めたんだろうと思います。また、本作は光文社古典新訳文庫で、訳者のあとがきを読むと、これまで「飛ぶ教室」は児童文学としての訳されてきたけど、今回訳者はそのつっぱりを外したみたいなことを言っていました。だから余計読みやすかったのかもしれません。
本作を読んで僕は、宗田理の「ぼくらのシリーズ」みたいな作品だな、と思ったりしました。学校に仲間がいて、その仲間と一緒に、時には戦ったり、時には無茶苦茶なことをしたり、時には感動的なことをしたり、そうやって仲間との友情を深めていく、というような話です。
5人の少年それぞれのキャラクターが分かりやすくて、しかも短い話なのにそれぞれのキャラクターに見せ所があって、巧いストーリー展開だなと思ったりしました。5人がそれぞれ力を合わせていろんなことをしていて、面白いです。
それに本作にはいろいろ大人が出てきて、その大人が結構いい味を出しているんですね。やっぱり中でも素晴らしいのは禁煙さんと正義さんで、この二人の男は読んでてスカッとするようなことを言ったりやったりしてくれます。子どもの頃って言うのはどういう大人に出会うかで人生が変わったりするような気がするけど、まさにいい方に人生に導いてくれそうなそんな大人で、彼ら5人は羨ましいなと思ったりしました。
個人的に好きな話はウーリの話で、なかなかいいキャラクターだなと思いました。臆病なんだけど自分が臆病であることを許せない男で、そんなところがなんだかおかしさをかもし出したりしています。
というわけで、僕みたいに古典作品や外国人作家はの作品は苦手だという人でも十分楽しめる作品だと思います。70年も前に書かれたとは思えないほど文章が活き活きしていると思いました。もっとこの5人の話の続きを読みたいと思わせてくれます。読んでみてください。

ケストナー「飛ぶ教室」



ダイイングアイ(東野圭吾)

「まただよ、あのオヤジ。ホントいい加減にして欲しいって」
琴美はスーツを脱ぎ、浴槽に湯を張りながら呟いていた。パンパンに張ったふくらはぎが痛い。
「女だと思って舐めてるんだよね。変わったなら変わったってもっと早く言えっての」
シャワーを浴び、一息つく。毎日本当に疲れる。働くことは嫌いじゃないけど、いい加減自分がしている仕事にはうんざりしてきた。しかし、もう40の坂も近い。今さら転職というわけにもいかないだろう。年齢を重ねるにつれて責任が重くなる。
機械部品を作る会社の営業をしている琴美は、今日の出来事を思い出していた。最近取引を始めたある家電メーカーから依頼された部品の寸法に変更が出来たと伝えてきたのだ。もうラインは動き始めていたし、今さら変更なんてと思ったが、しかしなんとかするしかない。損害の一部については補填するというようなことを言ってはいたが、しかしそうはならないだろう。結局社長にも怒られるしで、散々な一日だった。
湯船につかり、ムカムカした気分を少しは落ち着かせた。部屋着に着替え、冷蔵庫からビールを取り出す。
「あのオヤジ、立場が下の人間にはいつもあんな感じなんだろう。あぁ、ホントむかつく」
ビールを飲みながら琴美はなおも愚痴る。琴美は一人暮らしだ。聞いてくれる相手がいるわけでも、相槌を打ってくれる相手がいるわけでもない。
いや、正確に言えば、聞いてくれる相手はいる。残念ながら人間ではないのだが。
部屋には一体マネキン人形があるのだ。どういった経緯でそのマネキン人形が部屋にあるのか、もはや琴美は忘れてしまった。確か冗談で友人の一人が持ってきたのがそのままになっているのだったような気がするがどうだっただろうか。とりあえず、来歴はもうどうでもいい。琴美にとっては既にそのマネキン人形は話し相手として大事な存在になっていたからだ。
「あんたは黙って話を聞いてくれるからいいねぇ」
疲れた身体にビールが染み込んでいく。首を動かすとゴリッという音がした。軽い眠気がそーっと押し寄せてくる。
マネキン人形に話し掛けているなどというと、もの凄く寂しい人間のように思われるに違いないと琴美は思っている。だからこそ、この習慣は誰にも話したことがない。部屋にマネキン人形があることを知っている人はたくさんいるが、話し相手にしていると思っている人はいないだろう。
しかし、このマネキン人形は普通のマネキン人形ではないのだ。琴美の気のせいかもしれないし、マネキン人形がそういう効果をもたらしているのではないのかもしれないが、琴美はこのマネキン人形に何かを話すと、その話した内容についてかなり忘れることが出来るのだ。薄ぼんやりとしたことは覚えている。完全になくなってしまうわけではなく、霧がかかったように思い出しづらくなる。また、その時の感情も同様に薄ぼんやりとしたものになるのだ。これに気づいてからは、琴美は積極的にこのマネキン人形に話し掛けてきた。その効果は抜群で、それだけ嫌なことがあっても、どれだけ恥ずかしいことがあっても、このマネキン人形に話しさえすればスッキリと忘れることが出来た。もう10年以上も共にしてきたのだ。このマネキン人形は、私が忘れてしまいたいと思っていることを山のように蓄積しているのだ。もしこのマネキン人形が喋れるとしたら、私への不平不満で溢れることだろう。あんたの話なんかもう聞きたくないんだよ、なんて言われたりするかもしれない。
「お願いだからそんなこと言わないでね」
少しだけおかしくなる。そういえば、このマネキン人形に名前をつけようかと思ったこともある。結局つけなかったのは、さすがにそれは痛々しいかなと思ったからだが、もしこのマネキン人形が喋るのなら名前ぐらいつけてあげてもいいかな、と思ったのだ。
さて、もう寝よう、と琴美は寝室へ向かおうとする。今日のトラブルの処理で、また明日も忙しい。いやなことはマネキン人形のお陰で忘れることが出来るけど、疲労だけは忘れることが出来ない。
その時、ふと声が聞こえたような気がした。隣の部屋からだろうか。しかし、壁がしっかりしているからなのか、隣の部屋から声が聞こえてきたようなことはあまりない。じゃあ一体何だ。
「19○○年8月4日、藤原琴美は会社の後輩に告白しフラれた」
今度ははっきり聞こえた。これは何?と思うよりも先に、後輩にフラれた時の情景が一気に襲い掛かってきた。あの時は、後輩が琴美に告白されたということを会社中で言いふらしたために、かなり恥ずかしい思いをした。もう忘れていたその羞恥心が、当時のままの質感を持って襲い掛かってきた。
「19○○12月2日、藤原琴美は自転車で老婆を轢いた」
またしてもその時の後悔が一気に押し寄せてきた。自転車だったからまだ軽傷で済んだ。しかしそうだとは言え、お年よりということもあって2ヶ月も入院が必要な骨折を負わせてしまった。お婆さんの家族に謝りに言ったり、保険の手続きをしたりで、本当に大変な時期だった。塞ぎこんでいたあの時期の自分をありありと思い出していた。
「19○○年6月7日、藤原琴美は…」
「止めて!」
琴美はそこで叫び声を上げた。もう耐えられそうになかった。琴美がこれまでマネキン人形に喋ってきたことを、その時の感情も想起させる形で喋っているのだ。もうこれ以上耐えられそうにない。琴美はマネキン人形の声が耳に入ってこないように叫び声を上げ続け、耳を強く塞いだ。それでもマネキン人形の声は容赦なく耳に飛び込んで来た。
琴美は、これまでの羞恥や後悔の渦に巻き込まれながら、これからどうすればいいのだろう、とそればかり考えていた。

一銃「マネキン」

こうやって日々小説らしきものを書いていて思うのは、やっぱ自分には小説を書く才能はなさそうだな、ということですね。まあそれならそれでいいんですけどね。才能がないことをきちんと確認できるというのは決して悪くはないかなと思ったりします。
そろそろ内容に入ろうと思います。
雨村慎介はバーの雇われマスターをしている。ある日閉店間際に入店してきた一見らしい客を相手にして、それから後片付けをして帰ろうとした時に、何者かに背後から襲われた。何とか一命を取り留めた慎介だったが、しかしそのせいで過去のある事故に関する記憶を微妙に失ってしまった。
自分はかつて車で女性を轢いてしまったはずなのだけど、それに関する記憶があまりない。別にそれはどうということもないのだが、しかしやはり記憶が曖昧なのは気持ちが悪いので、慎介はその事故に関して周囲の人に探りを入れてみることにした。
しかし、イマイチはっきりしない。そんなに覚えていたいことでもないんだから忘れてしまえばいいじゃないか、とも言われるのだが、しかし気になる慎介は調べを続けることにする。
一方で、慎介の働くバーに、とんでもない美女がやってきた。何杯かカクテルを飲んで帰るだけで口を開くこともないのだけど、慎介はこの女に溺れることになるだろう、と初めて会った時から直感していた。その予想通り、その謎の女は慎介の日常をかき回すことになるのだけど…。
というような話です。
本作は、東野圭吾の最新作となります。しかし、作品を雑誌に発表していたのは結構前のことで、奥付けによれば98年から99年に掛けて連載されていたもののようです。単行本にまとめるまでに10年じゃくの間があるわけで、これはかなり珍しいと言えるでしょうね。しかも、新人作家ならともかく、東野圭吾ほどのの作家の作品をここまで寝かせて置いたのにはどんな意味があったのでしょうか。まあ結果的には、一昨年から去年あたりから東野圭吾の作家としての話題性はそれ以前よりもさらにアップしたと思うので、まあよかったんだろうとは思いますけどね。
で内容ですが、まあまあという感じです。世間一般のエンターテイメント作品の平均から比べれば若干上だとは思うけど、でもまあその程度だし、東野圭吾の作品の平均からは大分したの作品という感じですね。でも、「夜明けの街で」よりはかなり面白いと思いました。東野圭吾の作品として人に奨めるには若干抵抗があるけど、普通にストーリーを読む分にはそこまで悪くない、と言った感じの小説だと思います。
僕としては、東野圭吾らしくなく真相らしきものが曖昧だなと思ったりしました。僕の中で東野圭吾という作家は、「白夜行」や「幻夜」のように意図していない限り、それぞれの作品で最後いろんな謎がうまく解決していくというイメージがあります。どのミステリを読んでも、曖昧だなと思わせる部分はそう多くないと思っています。
しかし本作は、ちょっと曖昧な部分が多いような気がしました。なんと言っても一番曖昧なのは、慎介につきまとう謎の美女で、結局この女についてはどうしてそんなことをしたのだろうと思うような部分が結構あったりしました。他にも、ちょっとあっさり説明終わらせすぎじゃない、みたいな部分が何箇所かあったと思います。そういう風に意図して書かれた作品だとも思えないので、やっぱりちょっと作品としてあまりうまくないだろうなと思いました。
でも、やっぱり相変わらずストーリーの展開は巧いし、文章も読みやすくて、全体的にはそこまで問題があるわけではないと思います。読めばそれなりに楽しめる作品です。
個人的には、マネキンの部分がもっと広がってくれたら面白いなと思ったりしました。具体的にどうというアイデアはないんですけど、マネキンの妖しさみたいなものと作品全体の雰囲気が合っているように思えるので、もう少しマネキンに関して話が膨らんだらよかったという風に感じました。
まあ、面白いことは面白いと思うので読んでみてもいいと思います。というぐらいのオススメ具合でどうでしょうか。

東野圭吾「ダイイングアイ」




交渉人・爆弾魔(五十嵐貴久)

これまでだって何度もやってきたことだった。その光景は見慣れていると言ってもいい。自分にこの能力があると分かった時から幾度となく何度でも。
それでも、今自分が見ている光景は、普段とはあまりにも異質なものだった。何が、というのはうまく説明が出来ない。視界で認識できる情報には大差はない。つまり、やはり自分の感情の在り様が影響しているということなのだろう。非現実そのものの景色が、さらに環をかけて非現実的なものに変わろうとしている。
「兵馬俑ってのを思い出すよなぁ」
昔社会の授業で習った、中国の遺跡みたいなやつだ。あれはお墓だったのかな。たくさんの兵士の像がずらりと並んでいる有り様は、まさに今自分が見ているものに似ているし、この能力を使うたびに実感することでもあった。
人が、地面から映えたキノコであるかのように静止している。僕の隣にいる彼女も微動だにしない。車も飛行機も、鳥も犬も、溶けかけのアイスクリームや排気ガスなど、すべてのありとあらゆるものが静止している。空気の微粒子も止まっているのだろうか、と考えたことがあるが、未だに結論は出ない。少なくとも、呼吸は出来ている。
そう、僕が持っている能力というのは、時間を止める能力だ。いつからこの能力を自覚したのか、それはあまり記憶にない。やり方をどうやって見につけたのかも覚えていない。気づいたらいつの間にか出来ていたのだ。時間を止めることも、止まった時間を解除することも思いのまま。時間を止めている間、止まっているものに触れることは出来るが物理的な操作を加えることは一切出来ないという点が難点だけど、それでもこの能力を使ってこれまでにもたくさんの悪戯をしたものだ。
「しかし、まさかこんな状態でこの能力を使うことになるとはなぁ」
すべてが静止した世界をゆっくりと歩く。確かに見慣れた光景だし、もう戸惑うことはない。しかし、今は人びとの顔にまさに張り付いたままになっている笑顔が哀しくて仕方ない。横断報道を渡っている途中のカップルも、車に乗った家族連れも、駅前のベンチに腰掛けている老夫婦も、皆笑顔だ。この街に溢れる笑顔が、今の僕には重たくて仕方がない。ここにいる人々の運命を僕が握っているのだと思うと、その事実にへたりそうになる。
彼女の傍に戻ってくる。自分の陥った現実から逃れようとして、彼女を抱き締めてみる。まるで動かない彼女を抱き締めても、まるで石像を抱き締めているようで虚しかった。口付けをしても、手を繋いでみても、何も満たされることはない。
「どうしたらいいかな、俺」
動かない彼女に問い掛けてみる。もちろん答えは返ってこない。そもそもその答えは、この止まってしまった世界の中のどこかに存在しているのだろうか。もしそうなら、いくらでもそれを探しに旅に出かけたっていい。どれだけ時間が掛かっても、それだけ困難な旅になっても構わない。その答えが得られるのなら何でもするだろう。彼女を失わないためなら、何だってする。でも、恐らくその答えは世界のどこにだって存在しないだろう。唯一、自分で決めない限りは。
「しかし何を決めろっていうんだろうか」
選択肢は多くない。時間を解除するか、あるいは解除しないままで一生を過ごすかだ。どちらかしか選択肢はない。そして、そのどちらの選択にしても、彼女ともう触れ合うことが出来ないことだけは確かなのだ。この閉塞した状況の中で、一体何をどう決断すればいいのだろうか。
「時間なんか止められるからこんなことで悩むんだよな」
とっさに時間を止めてしまって以来目にすることを避けてきたものをもう一度だけ見てみることにする。英語でブランド名の書かれた白い紙袋の中に入ったそれは、今も彼女のすぐ傍にある。それを覗き込む。
デジタル時計。そこには大きく「00:01」と表示されている。やっぱりどう見たってこれは爆弾だよな、と再度確認する。あと1秒で爆発するはずの爆弾がこんなに近くにあるのに、解除することも彼女を連れて逃げることも出来ない。
「ホント、どうすりゃあいいってんだよ」

一銃「決断のための永遠の時間」

というわけでそろそろ内容に入ろうと思います。
かつては交渉人として警察内で訓練を受けた遠野麻衣子は、2年前のあの事件のために広報課へと移動させられ、そして今日あの事件のための記者発表のために、会場となっているホテルへと赴いていた。記者発表までまだ時間があり部屋で待機している時、彼女の携帯電話が鳴った。そこには、ありえないはずの番号から電話が掛かって来ていた。思わず出ると、シヴァと名乗った電話の相手はとんでもないことを言っていた。
10年前に起きた、地下鉄爆破テロ事件。シヴァはそれを実行した宇宙真理の会の教祖である御厨徹の釈放を要求してきたのだ。もし要求が満たされなければ、東京都内のどこかに仕掛けた爆弾を爆発させると脅してきた。
交渉人として最大限の注意を払いながらシヴァと会話を交わした。ホテルの部屋から犯人らしき男を目撃し、また警察の威信を掛けた捜査も併せてある人物を追うが、しかしまったく見つからない。麻衣子も交渉人として、シヴァとネット上でのやり取りを続けてきたが、しかし進展しない。爆弾の捜索にも莫大な人数の捜査員を投入するも、なかなか見つけることが出来ない。
しかし、しばらくしてようやく、シヴァが仕掛けたと思しき爆弾が発見される。シヴァは本気で東京を爆破しようとしている。早く犯人を逮捕しなくては東京が危ない…。
というような話です。
さて五十嵐貴久の作品を読むのは3作目ですが、この作家は純粋なエンターテイメント作品を書かせたらかなり一級の作家だなと思いました。この作品も、映画で言えばハリウッド映画みたいなエンターテイメント作品なわけなんですけど、なかなかうまいと思います。
本作は「交渉人」という作品の続編なんですけど、しかしこの作品の最大の問題点がそこにあったりします。これは、これから本作を読もうと思っている人への注意なんですけど、本作では、前作の「交渉人」のネタバレがばっちり書かれています。というか、冒頭から「交渉人」のネタバレから入っています。通常ミステリを書く作家は、読者がどの巻から読んでも大丈夫なように作品を書くようにしているはずですけど、しかし確かに本作は「交渉人」のネタバレなしには書くことは難しい作品だったというのもまあ仕方ないことで、なので本作を読もうという人はまず「交渉人」を読んだ方がいいと僕は思います。
で本作ですが、相変わらず面白いです。前作では、交渉人としての交渉に小説のポイントがありましたが、本作ではその交渉の部分はあまりメインにはなりません。そもそも交渉事がネットやメールを通じてほとんど行われるので、交渉のしようがないということもあります。
ストーリーのメインは、やはり犯人を追い詰めるか、そしていかにして東京のどこかに仕掛けられた爆弾を見つけるか、という部分になります。東京の警察が威信を掛けて操作をするのだけど、やっぱりどこにどんな形で仕掛けられているかわからない爆弾を見つけるのは無理があるし、ほとんど手掛かりのない状態で犯人を追い詰めるのはほとんど不可能に近いのだけど、しかしやるしかない。それをどうやってやるのか、警察という歪な組織の中でそれを実行しようとする時の無茶苦茶っぷりみたいなものが面白いですね。
あとは途中から社会が大混乱に陥るんですけど、そのあたりのことも面白いなと思いました。もし本当に本作と同じようなことが起こったら実際こんな感じになりそうだな、という感じでした。ただ、ちょっとその社会の混乱を描く部分は冗長な部分もあって、もう少し短くてもいいかなと僕は思ったりしましたけど。
で最後に遠野麻衣子が事件を解決することになるんですけど、その過程もなかなかスリリングですね。とんでもなく頭のいい犯人なんで、本当にギリギリの一瞬、まさにその瞬間しかないというタイミングで、そのやり方でしか恐らく不可能だっただろうというやり方で犯人を追い詰めるその麻衣子の交渉人としてのあり方はなかなか素晴らしいと思いました。
しかし、ホント実際こんな事件が起こってもおかしくはないんだろうなとは思ったりします。動機なんかは全然違うかもだけど、テロ組織みたいなのが日本を狙うとしたらやっぱり東京だろうし、だとすればこんな感じの混乱は必定だろうな、と。僕なんかは、とにかく焦らずにじっとしてるのが一番安全だと思いますけど、やっぱ人びとは逃げようとして焦ってしまうんでしょうね。それが余計混乱を引き起こすんですけどね。
そんなわけで、エンターテイメントとして充分面白い作品でした。この作家の作品はまだまだ読んでみようと思わせてくれます。かなりいろんなタイプの作品を書いているようなので、また読んでみようと思います。

五十嵐貴久「「交渉人・爆弾魔」


走ることについて語るときに僕の語ること(村上春樹)

自分が一本の刀になって、空気を切り裂いていく。そんなイメージを頭の中に浮かべる。僕という刀によって切られた空気の断面を具体的にイメージできるくらい静かに確実に。
スタッスタッスタッ。
一定のリズムを刻んだ足音が、人の姿のない街中に響く。まだ早朝、常識ある人ならまだ自宅のベッドの上で静かに横になっている時間だ。そんな時間に僕は走っている。人も車も少ない道路を、吸い込むたびに肺が痛くなるくらい冷たい空気の中、僕は一人静かに走り続ける。
早朝という、まだ何もかもが大人しく布団にくるまれているはずの時間にこうして走っているという事実が、僕には何だか誇らしげに感じられる。特にすごいことをしているという自覚はない。控えめに言って、ただ走っているだけの僕は特にどうということもない存在だろうと思う。しかし、こうして世界が寝静まった時間を切り裂いて走っていると、自分だけがこの世界に存在しているような、自分の足音のリズムこそが時間を刻んでいるような、そんな錯覚に陥ることが出来る。世界が大きなフライパンだったとしても、僕だけはその事実を知ることが出来るような、そんな奇妙な感覚を獲得することが出来る。だから早朝のランニングは好きだ。好きな音楽さえあれば、いくらでも走っていられる。早朝とはそういう時間だ。
今日も体調は万全だ。腕を振り、足を出し、呼吸を繰り返し、その一連の流れが実にスムーズに行っている。走り始めは何かとうまく身体が動いてくれないものだが、もう充分に身体もほぐれてきた。非常にいいコンディションで走り続けることが出来ている。こういう時、走っていてよかったと思うことが出来る。走ることは、客観的に見て苦しいし、その苦しさは自覚的なものとしてももちろん獲得することになる。走り続けることはもっと困難なことであり、普通の人からすればその中に喜びを見出すことは困難かもしれない。結局それは、走らなければ分からないことなのだ。走り続けないと獲得できないことなのだ。その一歩を僕は踏み出し、その喜びの欠片を獲得することが出来るところまでくることが出来た。これだけで、これからも走り続けようという原動力になる。
走っている時には視界にはあまり注意が向かない。走り続けているとだんだんぼんやりとしてきて、視界への集中力は日常の状態の半分ぐらいになっているように思う。前方にある危機を回避するためだけに機能し、残りの部分は機能を停止しているように思う。注意力散漫と言って言い過ぎではない状態になっていると思う。
だからそれに気づいたのも、それに随分と近づいてからのことだった。
いつの間にか太陽が昇り始めていて、真っ暗だった世界に光が差し込むようになった。地面や家々や、遠くに見える海面なんかが光に照らされ輝いてくる。
そんな中僕は、猫の死体を見つけることになる。身体を横たえていたが、内臓は出ていない。どうやら車に轢かれたわけではなさそうだ。首輪をしていることだけは分かった。表情まではなんとも分からない。気づいた時にはもう通り過ぎていた。
猫の死について何か感情が浮かび上がるよりも先に、あの死体は一体誰が片付けているのだろうという疑問が先に浮かんだ。これは昔から疑問だったのだ。まさか自然分解されるまで放っておくというわけでもないだろう。
可哀相だな、というぐらいのことは感じたが、それだけだ。それぐらいの感情しか抱きようがない。走っている時は暇なので、あの猫がどうやって死に至ったのか自分なりに想像してみる。永久に検証されることのない仮説を、僕は頭の中でいくつも組み上げていた。
しばらく走っていると、道路にはいろんなものが落ちていることに気づく。ギターやトランポリンが落ちていた。焼いたステーキ肉と食いかけのアンパンが落ちていた。サイン入りの野球ボールと冷蔵庫が落ちていた。みんないろんなものを落としているのだな、と感じた。そういえばさっきの猫も不自然な死体だったなと思い起こす。あれも一つの落し物なのかもしれない。
僕はそれらの落し物に一瞬だけ目を向け、落ちているものが何なのかだけ確認し、そして次の瞬間には対象からの興味を完全に引き上げるということを繰り返していた。うんざりしてきた。これほど不自然にいろんなものが落ちているというのはどういうことなのだろう。暇だからそれについて考えるが、考えてもギターや冷蔵庫が落ちている正当な理由を思いつくことが出来ない。彼らは一体どこからやってきて、そしてどこへ行くべきものなのだろう。
道の先にまた何かが落ちているのが見えた。もはや落し物鑑定士としての職務を全うするかのように、僕はその落し物に視線を向けた。今度は一体なんだろうか。
腕だった。そこには、人間の腕が二本落ちていた。「く」の字を二つ並べたような格好で、それは静かに佇んでいた。そこからは、宗教的な意味も、あるいは二義性さえ感じ取ることは出来なかった。それはただ置かれているだけであり、その意味ではこれまでの落し物たちとなんら変わることはなかった。
そして僕は唐突に気づいたのだった。何故今までそれに気づかなかったのか不思議なぐらいだった。
リズムよく振りぬいているはずだった僕の両手が、いつの間にかなくなっていたのである。

一銃「落ちているのに拾えないもの」

いやぁ、正直ホントに厳しくなってきましたね。本作で村上春樹は、小説を書くということは大変なことなんだ、という風に書いていまして、だから僕がこんな適当なやり方で小説もどきを書いていてまともなものが出来るわけがないんだよな、とか思ったりしました。まあそれでもとりあえずまだ頑張ろうと思いますけど。とにかく、続けるということに意味があると思って頑張ろうと思います。
そろそろ内容に入ろうと思います。
本作は、村上春樹が「走る」ということについて書いてきたエッセイをまとめたものです。とはいえどこか雑誌に連載していたというわけでもなく、書き下ろしの作品になります。
村上春樹はここ20数年間、とにかく走り続けてきたようです。どれぐらい走っているかといえば、1日平均10キロをほぼ休むことなく続けているという感じです。もちろん、事情があって一時的にあんまり走っていなかった時期があったりするのだけど、それでもなるべく毎日休まず1日10キロ走るというのを自分に課した生活を送っていたようです。
1日10キロ走るというのは本当に尋常じゃないなと思います。僕は高校の時のマラソン大会が10キロだったんですけど、あれはホントきつかったです。僕は、ほとんど運動らしきものをしていない今となっては遠い昔の話ですが、走ることは結構嫌いではなくて、体育の時間の持久走の時間なんかも割と好きだったわけですけど、やっぱり10キロというのは長くてもうバテバテでした。あれを毎日走ってると思うと、ちょっとおかしいんじゃないかと僕なんかは思ったりしますね。すごいと思います。
村上春樹は30代前半のある時期から走り始めたわけですけど、特別理由があったというわけでもないようで(確か)、なんとなく走ることに決めたという感じだったようです。それでも、村上春樹自身が言っていますが、走るということが性にあっていたということなんでしょう。また先天的な体の造りも長距離ランナー向きだったようです。だから走るということを続け、そしてその中で肉体的にもそして精神的にも非常に多くのものを得たと書いています。小説を書く上で大事なことも、この走るという行為から得たものが多いという風に書いています。だから本作のまえがきで書いていますが、村上春樹が走ることについて語るということは、そのまま村上春樹自身の人生について語ることだというわけです。だから本作には、デビュー前の生活についてや、小説を書くということについての考察などと言ったことも書かれています。
しかしやはりメインは走るということについてです。どんなに足が重くても、どれだけ走りたいという気分が湧かなくても、それでも淡々と走り続ける。僕からすれば、走ることのどこにそれだけのモチベーションを見出せるのか疑問だったりするんですけど、でも不思議なもので、本作を読んでいると何だか走りたくなってくるわけです。まあ実際には走らないわけなんですけど、村上春樹の文章を読んでいると、何だか走るという行為を通じてありとあらゆるものが解決して、ありとあらゆるものがうまく進んでいくのではないか、という風に錯覚させられます。少なくとも村上春樹という作家の人生は、走るという行為を通じて形作られたと言っても言い過ぎではないだろうと思うのでその感じ方は強ち間違ってはいないのでしょうけど、しかしまあ人によって適性があるだろうから、僕がいきなり突然走り始めてもまあどうしょもないでしょうけどね。
本作を読んで一番感じることは、よく「走る」ということについてだけで一冊分の本が書けるよな、ということです。やはり長いことストイックに走り続けた経験の中で、書くべきものが溜まったということなのでしょうか。すごいなと思いました。
走ることについて書かれた本ですけど、しかし村上春樹という作家の生き方そのものについて描かれている作品だと思いました。走ることにも村上春樹にも興味がない人でも結構面白いんじゃないかなと思います。村上春樹の小説は結構人によっては難しい印象もあったりするかもですけど、エッセイは結構読みやすいので。なかなか面白い作品だと思います。読んでみてください。

村上春樹「走ることについて語るときに僕の語ること」



タカイ×タカイ(森博嗣)

初めは、なんの気配も感じられなかった。
ふと空を見上げると、空を覆い尽くすように、色とりどりの点が散らばっていた。
風船かと、初めは思った。どこかでパーティーかなにかがあって、その趣向として風船でも飛ばしたのか、と。しかし、それにしては数が多すぎた。点描画を見ている錯覚に陥った。
そして、その風船みたいなものが落下してきた。
不自然な動きだった。あるものはゆっくりと、あるものは勢いよく、あるものはフラフラと、あるものは一直線に。それぞれがまるで別々の動きをしながら下へと向かってきた。重力に従っている様子はまるでない。一個一個が機械で制御されているかのような、顕微鏡ではじめて確認したブラウン運動の軌道のような、そういう奇妙な振る舞いだった。
かなり遠くにあったその点たちが、少しずつ地面に近づいてくる。引き寄せられるように、あるいは私がそれらを呼び集めているのではと錯覚するしてしまうように。
ストン。
初めに地面に触れたその点は、そんな音を立てた。音を立てた瞬間にその点の色が変わった。赤だったその点は、青に色を変え、今度は逆にまた天へと昇っていた。
ピン。
フラン。
ドン。
ペチョム。
ララ。
点が地面に触れた時の音はそれぞれ違う。それらは交じり合い、一つ一つを聞き分けることが難しくなっていく。重ねあったその音が、まるでいくつかの楽器の合奏のように音楽を奏で始める。これまで聞いたこともないような音楽だった。空気の振動がそのまま世界を生み出すような、音の連なりそのものが感情を持っているような、自分の持っている言葉では表現しようのない音楽だった。その音楽に包まれ私は、これ以上ないというくらいの幸福感に包まれた。
色彩も私の目を奪う。点はそれぞれ地面に触れる度に色を変えていく。
黄色が緑に。
黒が赤に。
ピンクが水色に。
茶色が金色に。
色の変化が波のような動きを感じさせ、絵というよりは映像のように見えた。これも、色彩そのものが物語を抱えているのではないかと思えるくらい綺麗で、荘厳という言葉がよく似合っているように思えた。
点は増えることも減ることもなく、落ちては昇り、色を変え、音を出すことを繰り返した。私はその光景の前に言葉を失った。すべてがあまりに美しく、その美しさに、世界が私を祝福しているとさえ思ったほどだ。
しかし、その瞬間は唐突に訪れた。
点が一斉に姿を消し、そして同時に、世界もその形を失った。すべての色彩が消え、すべての音が消えた。ただ真っ白なだけの空間に、耳が痛くなるような静寂。すべてが失われてしまった世界の中で、私は考えた。
私だけが使い尽くされなかった理由はなんだろう、と。

一銃「もともといなかったはずの私」

今回はしかしまったく思いつかなかったですね。上から何か落ちてくる、というところから話を膨らますことが出来ませんでした。なかなか難しいものです。分量も普段の半分ぐらいだし。あとやっぱりタイトルをつけるのがかなり難しいです。
そろそろ内容に入ろうと思います。
マジシャンの自宅で、そのマジシャンのマネージャーだった男が死体で見つかった。奇妙だったのは、その死体が高さ15mほどのポールの上部に載せられる形で発見されたことだ。マジシャンの自宅の敷地内で起こったということでマスコミにも大きく取り上げられた。
椙田を所長とする探偵事務所でアルバイトをする大学生の真鍋は、学校に向かう途中でこの騒動に出くわした。それがきっかけで、同じ事務所の社員である小川とこの事件に首を突っ込むことになる。また、探偵である鷹知には別のちゃんとした依頼人からこの事件について調べるよう依頼があり、小川たちと協力して調べを進めることになる。
犯人は一体誰で、何故そしてどうやってあんなポールの上まで死体を持っていったのだろうか。
というような話です。
一応森博嗣の新刊が出たらすぐ買って読むようにしているんですけど、やはり最近の作品はなかなか自分的に当たりはないなという感じです。
このXシリーズにしてもそうで、やはり何とも言えない物足りなさを感じるわけです。結局のところ僕は森博嗣に、S&Mシリーズのようなミステリを求めているわけです。あれが森博嗣のミステリの僕の中での理想形であって、それを読みたい。しかし、最近のGシリーズやXシリーズなんかは、やっぱりS&Mシリーズとは大分違う。もちろん森博嗣としては意図的にこれまでとは違う方向を狙って作品を書いているのだろうけど、だとしてもやっぱり昔のような作品を読みたいなぁ、と思ってしまうわけです。これは昔から森博嗣の作品を読み続けている人には分かってもらえる感覚なのではないかと思います。
一方で、これは森博嗣のブログに書いてあったデータなんですけど、GシリーズやXシリーズから森博嗣の作品を読み始めたという人が結構多い、とのことです。だから、GシリーズやXシリーズのような作品ももちろん需要があるということなんだろうと思います。だからまあ僕がグダグダ言ったところでしょうがないんですけど、やっぱり昔のような作品を読みたいと思ってしまう気持ちはなかなか抑えられないですね。真賀田四季みたいな天才とか出てこないかなぁ、とかね。
このXシリーズで面白いのは真鍋の存在ですね。この真鍋がいるからまだ何とか読めるという感じがあります。真鍋というのは美大生で、なかなか変わった感覚の持ち主です。そのとぼけたあり方が読んでてなんか面白いですね。なるほど、そういう感じ方もあるのか、と新しい発見があったりします。かと思えば時々鋭い推理や発想をみせて周りの人間を驚かせたりするので油断なりません。
GシリーズにしてもXシリーズにしてもそうですが、基本的にはある事件に対してある決まったメンバーがあれこれと仮説を言い合うというのがストーリーの基本になります。まあ悪くないんですけど、やっぱり昔の作品と比較して、それ以外の要素が少なくなっているかな、と。S&MシリーズやVシリーズなんかは、まだサスペンス的な展開になったり、あるいは恋愛っぽい展開があったりしたんですけど、どうもそういう余剰の展開みたいなものがあんまりないような、という感じがします。
まあそんなわけで、別に作品自体がそこまで悪いわけではないんですけど、やっぱり僕としてはあんまり納得はいかないわけです。まあそんなことを言っても仕方ないんですけどね。とりあえず、ミチルとロイディの完結編を早く書いて欲しいなぁ、と今は思っています。あとはスカイクロラの番外編の短編を早く単行本にしてくれないかな、とか。

森博嗣「タカイ×タカイ」



ハル、ハル、ハル(古川日出男)

初めはあったはずのグンって引っ張られるような感覚がもうなくなって。今はまるで浮いているみたいで。みたいでっていうか実際どうともいえなくもないんだけど。でも浮いてるわけじゃなくて実際はただ落ちてるだけで。
僕は今落ちている。
ほら、エレベーターとか。初めはガクンとかって引っ張られたりするのに。いつの間にか、あれこれって今動いてるのって感じになって。今ちょうど僕はそんな感じ。そうか。もしアインシュタインが生きてたら羨ましがっただろうな。等価原理ってやつ。
空気が僕の身体を通り抜けるようで。一つ一つの分子っていうの?それがなんだか肌で感じられるような気さえして。ぶつぶつって皮膚に当たるのね。痛いんだけどさ、それも慣れてくれば段々気持ちよくなってくるっていうかね。
真四角な太陽がニッコリ笑ってたり、翼のない鳥がプカプカ浮かんでたりする。雲っていうか霧っていうか、その違いって僕には分からないけど、そういう感じの何かが辺りを目一杯覆っててさ、上も下も全然見えなくて。自分が落ちてく方向が下なんだろうなって、それぐらいの感覚。
なんだか気持ちよくて寝ちゃいそうだ。ずっとこのままってのも悪くないかもな。ただ落ち続けるだけの人生。ほら、なんか詩的って感じしないか?しなくてもいいんだけどさ。これで羽でもあったらもっといいのかもしれないけどね。さすがにそりゃ贅沢ってもんか。
「お兄ちゃん、待ってよぉ」
ありゃ。弟だよ。って、ここは空の上。いいか、もう一回言うぞ。ここは空の上だ。まあ空の上っていう言い方も変だけどね。空の中、ぐらいがいいかな。とにかくここは空だ。で、弟の声。だから結論は一つ。
弟も一緒に落ちてるってこと。
まだ姿は見えないけど、どこだろう。なんか落ちてるからなのかな、声がどこから来るのかよく分からない。あぁ、いたいた。弟発見。やっぱり落ちてる。ただ落ちてる。ギュイーンって感じで。
弟に近づく。相対速度を合わせる。初めてのはずなのに、何故かそういうことが出来ちゃう。もしかして初めてじゃなかったりしてね。
「お兄ちゃん、これどゆこと?」
「これ?」
「今落ちてるでしょ?」
「そうだな」
「何で?」
まあもっともな疑問だ。弟は正しい。いつだって弟は正しいんだ。そういう生き物なんだな、弟ってのは。それが時々鬱陶しくもあるんだが、まあ今の場合は仕方ないだろうね。なんてったって、僕は兄貴だからね。
「小説って、終わったらどうなるかわかるか?」
「終わったら?」
「そう、終わったら」
「終わったら終わりなんじゃないの」
やっぱり弟は正しい。いつだって正しい生き物なんだ。でも、正しいだけで生きていくなんてやっぱ無理で。じゃあ何が必要なんだとか聞かれてもさ、答えられないけどさ。
「すべての物語は一つなんだ」
「ねぇ、それって関係ある?」
「全部続いてるんだよ」
「ねえってば」
「いいかよく聞け。だから一つ一つが終わっても、それは完全な終わりじゃないんだ。全部の物語は繋がってて、終わったところからまた始まるんだ」
「だからなんなの?」
弟は辛抱がない。まあ、仕方ないかもしれないけどさ。僕だって、こうやって説明してるけど、物語について語ってるけど、僕だって物語に含まれていたわけで、だから物語について語れるわけがないんだろうってね。
「一つの物語が終わったら、落ちるんだ」
「僕らみたいに?」
「そう、まさに僕らみたいにだ」
「どこに落ちるの」
「物語の終わり、そして始まりの場所だよ」
雲だか霧だかが一瞬晴れる。その隙間から、たくさんのものが見える。たくさんの言葉が。たくさんの言葉だったはずのものが。言葉の残骸が。言葉の死骸が。言葉にならなかったありとあらゆるものが。僕らももともと言葉で、ただ僕らにはそれは僕らっていう形でしか認識されないっていうだけの話。
「僕たちは、物語の住人だったの」
「そうだ」
「で、僕らの物語は終わったから落ちてる」
「そうだ」
「じゃあまたいつか僕らは始まるの?」
それは分からない。けど僕は弟にはそれは言わなかった。確かに、別の物語に組み込まれるかもしれない。別の人生が与えられるかもしれない。しかし、僕らが兄弟っていう人生は、きっともうないだろう。だから僕は沈黙する。
このままずっと落ち続けていたい。どこかに辿り着くのでもなく、このままずっと。空気の流れを感じ、重力を受け、太陽の光を浴び、鳥を眺め、雲だか霧だかに囲まれ、そうしてずっと僕はこの空に浮かんでいたい。
弟はもう口を開かない。下を見ている。ぼんやりとだけど、下の世界が見えるようになってきた。そこでは、物語が終わり、そして物語が始まっていた。

一銃「解体と落下」

小説っぽいものを書く上で難しいことの一つにタイトルがありますね。これはホントセンスが必要だなと思います。センスのあるタイトルをつけられるようになりたいものです。
そろそろ内容に入ろうと思います。
本作は、3編の短編を収録した短編集になっています。

「ハル、ハル、ハル」
母親がいなくなって、弟と二人だけで住んでいる晴臣。一人目のハル。晴臣はふとしたことから拳銃を見つけ、そして一人の少女三葉瑠。二人目のハル。二人はファミレスでご飯を食べて、そして犬吠崎まで行くことに決めて、タクシーをカージャックする。そのタクシーの運転手、原田悟。三人目のハル。三人のハルが、世界を疾走する。

「スローモーション」
日記。日記って、未来のあたしに普通は書くけど、でも未来のあたしってどうも信頼できない。だからこれはあなたに書く。あなたたちじゃなくて、あなただけに書く日記。だからお願い、読んでね。
あたしの毎日は、まあ別に何かあるわけでもなくて、だから気分に合わせていろんなことを書く。命令形で書いたり過去形で書いたり。そうしてわたしは自分を残す。
お姉ちゃんの子どもを預かった日のことを書こう。東京観光に繰り出そうイエーイって感じだったのに、二人の子どもはあっさり誘拐されちゃった。

「8ドッグズ」
ねねはおれの彼女で、四捨五入して5歳離れてる。この5を埋めるために何かしなくちゃいけない。でも何を?結局、時間の代わりに埋められるものなんてないのかもしれない。
ねねは孔雀に入られた話をする。孔雀に入られて天守閣に行けなくなった話だ。そして、八犬伝。おれはねねのために両肩に刺青を彫る。
そして、大事なのは8だ。この数字。八犬伝の8だ、もちろん。そして犬。ゴミ捨て場に捨てられていた一匹の犬の死骸が、8を生み出していく。

というような話です。っていっても全然内容紹介になってない意味不明な文章でしょうけど、古川日出男の作品は内容紹介がどうこうで出来るような作品ではないので、ちょっとこういう形で勘弁してもらうということで。
僕はこれまでも古川日出男の作品はかなり読んできましたけど、ほぼ例外なくどの作品も文章がとにかく読みにくいという特徴がありました。好きな作家なんですけど、とにかく文章が頭に入ってこないっていうか。これまで読んだ作品の中で例外は「サマーバケーションEP」ぐらいですかね。
でも本作はかなり読みやすい作品でした。全体の分量が少ないというのもあるかもしれないけど、これまでの古川作品と比べたら段違いに読みやすくて、結構スラスラ進んでいきました。だから結構人にも奨めやすい作品だなと思いました。
本当にストーリーがどうのっていうことがほとんど意味をなさない作品だなと思います。音楽で喩えるとこんな感じです。音楽には愉しみ方が二種類あると僕は思ってて、一つは詩の意味をじっくり味わうやり方で、もう一つはリズムとかメロディなんかを愉しむやり方で、本作は完全に後者。普通の小説はストーリーを読ませるのがメインだから完全に前者なんだけど、古川日出男の作品はなんていうのかな、文章でストーリー以外の何かを伝えてやろうみたいな雰囲気を感じるんですね。文章からでは普通は伝わらない何かを伝えてやろう、みたいな。
別の喩えをするとこんな感じ。こう砂浜でスコップを持って砂をザクッと掬い上げる、まさにその一瞬を描写したような作品という感じがします。砂を掬い上げるその動作にはストーリー性は皆無なんだけど、その砂の中に混じっている貝殻だとかゴミだとか、スコップを突き刺した時手に伝わる感触だとか、砂の重さだとか、その時砂に当たってる太陽の光だとか、そういうものを描写することで小説を成立させているようなそんな印象が僕にはあります。
それぞれ作品を見ていくと、やっぱり表題作である「ハル、ハル、ハル」が一番いいですね。三人のハルが特に理由もなく、擬似家族っぽくしながらも突き進んでいく話で、そのスピード感が好きだし、非論理的にさえ思える行動原理みたいなものも好きですね。冒頭のUFOの話はイマイチよくわからなかったのだけど。
それにこの作品の書き出しが、
『この物語はきみが読んできた全部の物語の続編だ。』
って感じで、正直意味はちゃんとは分かってないと思うんだけど、この文章はかなり好きです。大言壮語も甚だしいけど、でも古川日出男ならアリかなって気もするし。
「スローモーション」の、日記をあなたに向けて書くっていう設定も面白いなと思いました。なんてことのない日常の連続から突然非日常が現れるのもいいなって思ったし、相変わらずのよくわからなさも好きだなって思いました。
最後の「8ドッグズ」は正直あんまりよく分かりませんでした。まあこれも感覚的なものなんでなんとも表現できないですけどね。イマイチ乗り切れない印象がありました。
ただ全体的にはパンチが足りない気はしました。僕はこの作品も結構好きですけど、「アラビア」とか「ベルカ」とかそういう感じの作品が好きな人には物足りないという印象を与えるかもしれないです。まあ分かりませんけどね。
僕は結構好きな作品でした。短いし結構読みやすいので、古川日出男の作品を初めて読もうと思っている人にもオススメできる作品です。読んでみてください。

古川日出男「ハル、ハル、ハル」



悪果(黒川博行)

「未来が決まってるのなんか面白くないわなぁ」
バスの振動で座席が揺れる。抱えたバッグの握りを強くする。平日の昼間というのはバスの需要はあまりないのだろう。座席はガラガラで、年寄りが多い。孝弘の独り言を聞きとがめたのか、前の座席に座っている女性が後ろを振り返る。きりっとした眉の、綺麗な女性だ。
腕時計を見る。11時32分。あと28分だ。あと28分ですべてが決まる。
「蓋を開けた時、猫は生きてとるか死んどるか」
確実に未来が確定しているというのは性に合わない。いつだって未来は不確定なままであって欲しいものだ。だから敢えて不確定なやり方を選んだ。
ラジウム原子とアルファ粒子検出器を組み込んだ爆弾を太陽の塔の真下にセットした。ラジウム原子というのはアルファ粒子を放出するのだが、そのタイミングは完全にランダムで予測することが出来ない。ある一定時間にもしラジウム原子がアルファ粒子を放出した場合爆弾の起爆装置にスイッチが入り、放出されなければスイッチは入らない。爆破時刻は12時に設定した。もし起爆装置にスイッチが入っていれば、あと少しで爆発するはずだ。
「猫を捨ててきたんですか?」
前の座席に座っていた女性だ。さっきの独り言を聞いていたのだ。孝弘は、あの有名な「シュレディンガーの猫」の話を思い出して口にしただけなのだが、女性はそれを孝弘が猫を捨ててきたと勘違いしたようだ。
しかし、猫ではないが確かにいろんなものを捨ててきた。爆弾も、そして人生までも。
「息子が拾ってきよったんですけど、ウチはマンションなもんで、飼えないんですわ。なんで、仕方なく」
最後にこの女性とちょっと喋って見るのも悪くないかもしれない、と思った。だから適当に話を合わせるような返答をした。息子などいない。いや、昔は確かにいた。太陽の塔に爆弾を仕掛けたのは、その復讐のようなものだ。誰にもそのメッセージは届かないだろうが、それでも構わない。
「そうなんですか。出来たらどこに捨ててきたのか教えてもらえませんか?わたし猫とかちょっと興味あるんです」
太陽の塔に捨ててきたと言ったらどうなるだろう。この女は本当にそこまで行くだろうか。もし12時に間に合ってしまえば、爆発に巻き込まれる可能性もある。しかしそこまで考えて思い直す。別に知り合いでもない女性がどうなろうと、まあ関係ないだろう。
「太陽の塔の下にですよ。ほら、あそこなら誰かに見つけてもらえるんやないかって」
もう少しでそこで爆発が起こるかもしれない。そうしたらこの女性は、孝弘との会話を思い出して不審に思ったりするだろうか。
「そうですか。ならちょっと行ってみますね」
そう言うと女はまた前に向き直った。
孝弘は息子のことを思い出していた。刑事だった息子は、ある捜査の途中で不審な死を遂げた。警察は事故だったと繰り返すが、しかし孝弘は信じていない。恐らく、捜査上の何らかのミスがあり、そのせいで息子は死んだと考えている。しかし、いくらそれを主張しても、警察は話を聞き入れてくれない。警察というのは、仲間内の不祥事は揉み消すことが多いと聞く。恐らく真相究明は不可能だろう。孝弘は、だから諦めた。太陽の塔の爆破は、だからその復讐のつもりなのだ。
また時計を見る。あと14分。バッグを抱え込むようにして座席に座る。このバッグの中の猫は、14分後鳴き声を上げるだろうか。
「佐々木敏幸巡査部長のお父様ですよね」
前の座席に座っていた女性が言った。佐々木敏幸は息子の名前だ。何故彼女が息子の名を知っているのだろう。
疑問を口にする余裕もなかった。彼女は孝弘の座席の横に来て、警察手帳をかざしていた。
「太陽の塔の下に埋められていた爆弾は回収しました」
なるほど、どの時点からかは知らないが、すべて悟られていたということだろう。息子を失った父親が、自暴自棄になって何かしでかすかもしれないとマークされていたのかもしれない。さすがにそこまで警察に余裕があるとは思えないが、少なくとも身辺を探られれていたということだろう。
「そのバッグを渡してください」
なるほど、全部お見通しというわけか。恐らくこの車両に爆弾処理の人間が載っているのだろう。孝弘が自作した爆弾など、恐らく数分で解体できることだろう。警察としても、ギリギリまで待ってくれていたということなのだろうと思う。
「シュレディンガーの猫は目を覚ましていたんか?」
彼女は首を傾げた。シュレディンガーの猫が何なのか知らないのだろう。まあ別にいいさ。大したことじゃない。
大人しくバッグを渡した。その瞬間、どこからか猫の鳴き声が聞こえたような気がした。

「シュレディンガーの塔」

段々ショートショート書くのがきつくなってきました。まだやれそうですけど、三ヶ月後ぐらいには限界がきそうな感じがします。話の断片とかくずきれみたいなものは思いつくんですけど、そこから一つの話にまとめるのがなかなか出来ないですね。あとやっぱり会話を書くのがかなり難しいですね。今回は関西弁を頑張ろうかと思ったんですけど、やっぱ関西弁ってよくわかりませんでした。
そろそろ内容に入ろうと思います。
堀内は大阪のマル暴担当の刑事だ。相棒の伊達と組んで日々捜査をしているが、伊達のことにしたって結局は信頼していない。犯罪を見つけて検挙することに使命感を感じているわけでもない。目的は、ただ金を稼ぐことだけだ。
マル暴担当ともなれば、黒い世界の情報がそれなりに入ってくる。そうした情報と警察の権力をうまいこと使って「シノギ」を行うのだ。マル暴担当で自分の力でシノギが出来ないようなのは一人前の刑事とは言えない。詳しいことは知らないが、他のマル暴担当にしても各自何らかのシノギを持っていることだろう。
またマル暴担当ともなれば、有益なネタ元をどれだけ抱えているかで優劣が変わる。情報だけが命なのだ。
ある日堀内のネタ元の一人から、かなり大規模な賭博の情報を仕入れた。堀内と伊達はそのネタを独自に捜査し、これ以上は二人では出来ないというギリギリのところまでやってから上に報告した。署では大規模な態勢が組まれることになり、賭博は摘発されたのだが…。
というような話です。
この作品は、今年のこのミスで確か4位だったし、書評も結構いろいろ載ってるみたいだし、今回の直木賞候補にもなってる作品でかなり評判の高い作品だったりします。ただ僕の感想としては、そこまで言うほどだろうか、という感じはしました。
確かに読んでみて、警察小説としてのリアルさはすごいと思いました。ここまでリアルさを感じさせる警察小説を読んだのは、高村薫以来かもしれません。「マークスの山」とか「レディジョーカー」並のリアルさがあると思います。本作ではまっとうな刑事ではなくて、かなりあくどいことをしているダークな刑事が描かれるわけですけど、表の捜査だけではなく、裏でどんなことをしているのかということについてもかなりリアルに描かれていて、そういう部分はかなりすごいと思いました。実際、こういう裏の部分は真っ当に取材をしたって分かるわけがないはずで、どうやってこういうのを知るのかなと思ったりしますけど。まあそれはノアール系の作品を読むといつも感じることですが。
ただ問題は、ストーリーが面白いのか、ということです。警察の描き方はすごいと思うし、文章も読みやすいと思うのだけど、じゃあストーリーはどうかと言うとなんとも言えない感じだと僕は思います。賭博の摘発の話からあそこまでストーリーを持っていけるその展開力みたいなものはすごいとおもいますけど、ただそこまでストーリー自体に魅力があるわけではないと僕は思ったりします。長さの割には結局大したストーリーではない感じで、要するに刑事の裏側をリアルに書いたという部分だけで高く評価されている作品なんではないかな、と僕は感じました。決してストーリーがつまらないわけではないんですけど、全体のバランスとしてどうもストーリーの魅力に欠けるかな、という感じです。
しかしまあ、警察というのはホント悪いところですね。もちろん、本作で描かれるような人ばかりではないんでしょうけど、でもこういう人も確実にいるのだと思うと残念ですね。裏金の作り方なんかも書かれているんだけど、もっと捜査に金を使ってくれよ、とか思います。
しかし一方で長年の謎も解ける気がしました。僕の中では、何で刑事なんかやりたいと思うのだろう、という疑問がずっとありました。だって、休みも不定期だし、親しい人間に仕事の話も出来ないし、かといって給料が高いわけでもない。結構過酷な職業だと思うんだけど、それでも刑事というのはなくならないわけで、どこにそんな魅力があるんだろうと思っていました。
でも確かに、裏でこういう金儲けが出来る立場であるなら、それは美味しく見えるかもしれないな、と納得しました。確かに、才覚さえあれば刑事というのはうまいこと金儲けが出来るのかもしれません。まあ才覚がないとダメですけどね。権力のあるところにはどうやったって汚職だの癒着だのと言ったのはあるのだろう、と思いました。
しかし、悪い刑事を描くならもう少しはっきり悪い方がよかったんじゃないかな、と思ったりします。なんか堀内の悪さというのは中途半端な気がしました。それがリアルなんかもしれないけど、小説としてはどうなんだろうな、という感じです。まあ何にしても、僕の中ではそこそこの作品だという感じがしました。
決して悪くはないですけど、特にオススメも出来ないというような作品です。ただ僕は全般的にハードボイルド系の作品はあんまり得意ではないのでこう言う評価になっているのかもしれません。ハードボイルド系の作品が好きという人であればまた違う評価になるかもしれません。

黒川博行「悪果」




死因不明社会 Aiが拓く新しい医療(海堂尊)

高梨晶はネットサーフィンをしつつ、ぼんやりと休日の昼を過ごしていた。妻は友人と買い物へ出かけた。子どもも遊びに出かけたようだ。今日こそは言わなくてはならないと、頭の片隅でぼんやりと考えている。しかし、出来るだろうか。
ネットオークションのサイトを見る。ここのところ毎日見ている。ページをスクロールしながら高梨は、アフリカのある小国の話を思い出していた。
その国では、お尻の大きな女性が美人であるとされるのだそうだ。高梨の感覚からすれば、お尻が大きいことと美人であることには相関関係は見出せないし、日本ではそんな美人の基準は成り立つことはないだろうと思う。しかし現実に、お尻が大きいことが評価の対象になっている国が存在する。恐らくその国に生きる男性も、何故お尻が大きな女性に惹かれるか説明は出来ないだろう。もちろん外から見てもそれは理解できない。
今の日本の現状はそれと同じようなものだろうか、と考える。
オークションサイトには、テレビやゲームソフトといったものと並んで、高梨が聞いたこともないような病名がずらりと並んでいる。もちろんそれぞれに値段が付けられ、驚くほどの高値で取引をされているのである。
日本は今、どんな病気で死ぬかで人間が評価される社会になっている。高梨はこの現状をおかしいと感じるし、恐らくそう感じる人は多いと思うのだが、しかし歯止めは利かない。日本にはかつてバブルと呼ばれる異常な時代があったようだけど、まさにそれに近いものがあるのかもしれない。
その評価は、完全に発症確率に依存する。発症確率が低い病気であるほどその人は高く評価されることになるのである。発症確率の低い病気に自然発生的に罹った場合、一族をあげてのお祝いが開かれ、なかには盛大に生前の葬式をあげてしまうような人もいるという。まるでホールインワンを達成したかのように、周囲にご祝儀をあげるようなこともあると聞くし、父親が難病に罹ったために、離散しかかっていた家族が元に戻ったというような話さえあるくらいだ。
一方で、ありきたりの誰でもなりうる病気で死ぬことは不名誉であるとされ、その死体がぞんざいに扱われたり、葬式やお墓の規模に影響を与えたりするようである。高梨の周囲でも何人か病気で亡くなったが、表向きそこまで大っぴらにされることはないとはいえ、確かに両者の間には差があるように感じられた。
もちろん、この状況をチャンスにしようと目論むものも出てくる。その結果が、先ほどのオークションサイトである。
難病がもてはやされる時代をいち早く見抜いた人びとは、遺伝子学者をパートナーに求めた。遺伝子技術については以前よりも大幅な進歩を遂げ、現在ではどの遺伝子がどの疾患を誘発するか分かっているだけではなく、動物実験の段階ではあったが、どのような操作を遺伝子に加えればその疾患を人為的に誘発できるかというところまで研究が進んでいたのである。チャンスに聡い人びとは、そうした遺伝子学者と手を組み、一方でオークションサイトに、○○という病気を誘発する遺伝子操作を売る、という形で出品することで荒稼ぎしようと目論んだのである。その目論見は大きく当たり、おかしな言い方ではあるが、難病が飛ぶように売れている。病院とも手を組み、遺伝子操作を行った患者をその病院に入院させることでキックバックが戻ってくるというようなことも行われ、まさにこの遺伝子操作は一大ビジネスとなっている。
この遺伝子操作は一方で、犯罪を誘発しもした。オークションサイトで取引される難病の金額は目の飛び出るような値段であることが多いため、誘拐や強盗などといった事件の発生件数が増大したというのだ。自分が病気になるために人を殺してしまうというケースもあり、もはや何だか分からなくなってきている。
オークションサイトをぼんやりと眺める。分単位で新しい金額が入札されていく。異常だ。そういえば最近はダイレクトメールでも案内が来る。「安全に確実にあなたに難病をお届けします」。悪趣味にもほどがあると高梨は思う。
ただ、と高梨は思う。そのダイレクトメールを見た時の妻の顔を思い出してしまったのだ。不快に思って破り捨てようとしていた高梨の手からダイレクトメールを取り、しばらく見入った後で、そのままゴミ箱に捨てた。何も言いはしなかったが、案外悪くはないわね、とでも言いたそうなその表情が高梨には怖かった。
高梨は一週間前、ある病気を診断された。それはまさに、世間でもてはやされている、発症確率の低い難病であった。それから高梨は、その事実を誰にも言えずにいる。
恐らく周囲の人間は羨ましがることだろう。誰かが勝手に盛大にパーティーなんかを開いたりするかもしれない。確かにそれは不快だが、しかし誰にも言えない理由は他にある。
それを告げた時の妻の顔を見たくないのだ。
難病であると告げた時、一体妻はどんな顔をするだろうか。それを想像すると恐ろしくて誰にも言えない。このまま誰にも告げず、ひっそりと死んでいくことは出来ないものだろうか。

一銃「覚夢」

というわけでそろそろ内容に入ろうと思います。
本作は、「チームバチスタの栄光」で鮮烈なデビューを飾り、その後も立て続けに高いクオリティの作品を発表し続けている海堂尊が出した初めての小説外作品である。
さてここで海堂尊の目的について書こうと思います。海堂尊は何も作家になりたかったから作家になったわけではなく、ある大きな目的を推進する一つの要素として作家になったわけです。
それが本書の焦点でもある、Aiの普及です。Aiが何かはまあ後で書くとして、海堂尊はこのAiを導入させるという目的のために作家としての活動を続けているわけです。海堂尊は現在も病理医として二足のわらじの生活を続けていますが、あれだけベストセラーを連発してなお作家専属にならないのにはそういう理由があるわけです。
海堂尊の試みは徐々にではあるけれども功を奏しているようであり、厚生労働省はAi普及について検討する会のようなものを2007年10月に発足させたようです。これが海堂尊の小説の効果であるかどうかは検証できませんが、まず間違いなくそうでしょう。なかなか凄いものです。厚生労働省が動き始めたからと言って進展するかどうかは微妙なところで、それは過去にも厚生労働省は適当なやり方でお茶を濁すようなことばかりやってきたからですが、それを食い止めるべく、一般人である僕らがAiというものを理解し、海堂尊の目指すものを応援しなくてはいけない、とまあ僕は思ったわけです。
というわけでじゃあAiとは何じゃいという話ですが、要は死体を解剖する前に画像診断しましょう、というような話です。以下いろんなことを書きますが、恐らく厳密性には欠くと思います。そもそも厳密な説明は出来ないと思いますが、厳密さよりも分かりやすさを優先して書こうと思うのでその辺は悪しからず。ちゃんとしたことを知りたい方は本書を読んでください。
まず現状の日本では、解剖率がたったの2%であるという事実があります。世界全体で解剖率が低下しているとはいえ、欧米でも15%くらいなのが日本ではたった2%。つまり残りの98%は体表から分かる情報だけを頼りに死亡診断書が書かれているわけです。
で、何でそんな状況になっているかと言えば、それはほぼすべて厚生労働省が悪いわけで、何故なら厚生労働省はこれまで、解剖には一切予算を与えなかったからです。つまり日本で解剖をするとすれば、すべて病院負担で費用を賄いながらやらなくてはいけなかったわけです(司法解剖は別ですが)。じゃあ何故厚生労働省は予算をつけないかと言えば、それは単純に解剖は金にならないからで、未だにいろんなやり方でお茶を濁しては、なんとか解剖に予算をつけずに済むように立ち回っているわけです。
海堂尊はなんとかこの現状を打破したいと思ってAiを提唱したわけです。
じゃあまず、何故解剖率2%という現状がまずいのか、というところから説明しましょう。ほとんど解剖をしないということは、本書のタイトルにもあるように、ちゃんとした死因がわからないということです。では何故死因がわからないことが問題なのかと言えば、それは以下に挙げるような理由からです。

1.死因が判明しないことをいいことにいい加減な医療を受けさせられる
2.犯罪を看破できない
3.医療へのフィードバックが出来ない

本書には他にもいろいろ書いてあった気はしますが、ちょっと忘れてしまったのと、あと一般人に大きく関係しそうなのがこの3つかなと思うのでとりあえずこの3つについて書きます。
1の例として出されていたのがホスピスなどの終末医療です。終末医療の現場で、死因を調べるための解剖をしなくていいということになれば、医療そのものが適当であっても誰にも分からないことになります。穏やかな死を迎えるためにある終末医療施設で適当な医療を受けさせられるのは哀しいものです。
また、医療事故なんかもこれに含まれるでしょう。法律上は、普通じゃないと判断された遺体はすべて解剖しなくてはいけないのに、現状では2%しか出来ていない。手術中に患者が亡くなるようなことがあった場合、解剖をしなければ正確な死因がわかりません。これでは、医者の横暴を許してしまうということになります。
2も結構怖いですね。これも実例が出ていましたが、体表からの検案では事件性なしと判断された遺体を画像診断してみると、明らかに外傷性であると分かる損傷が確認できたケースがあります。現行では、警察官が体表を検案して事件性なしと判断すればそこで終わり。もし事件に関わりのある遺体であってもスルーされます。こうして見過ごされている事件が恐らく山のようにあるだろうと思います。
また児童虐待なんかも現状では発見が困難です。司法解剖以外の解剖には必ず保護者の同意が必要です。もし、ちょっと虐待の可能性があるなと思って医者が解剖を要求しても、保護者がダメと言えば解剖は出来ません。もしその保護者が実際に虐待を加えていたとするならイエスと言うわけがないので、これまた事件を見逃すことになります。
3は、これも実例が載っていました。ちょっと難しい話で僕もそんなに理解できているわけではないですけど、これまでの医学では大量失血死の際に血管の隅々にまで空気が入り込む可能性がある、ということを認識できていなかったようです。しかしある遺体を画像診断した際にそういうケースがあることが確認できました。こうして遺体の画像診断情報を蓄積していくことで医学というのは進歩していくはずなのに、解剖率24%という現状では医学へのフィードバックが明らかに不十分であるわけです。
というわけで海堂尊はAiを提唱するわけです。本書を読むと、これだけ素晴らしいシステムなのに、何故厚生労働省は何もしないんだ、と思います。もちろんお金にならないからなんですけど。現状は、厚生労働省がきちんと予算さえつければ、今すぐにでもこのAiというシステムを動かすことが出来るわけです。
Aiというのは、遺体をCTスキャンやMRIと言った画像診断機器で検索することです。このメリットを以下に書きましょう。
まず、解剖というのは遺族の許可なしでは出来ません。遺族というのは、遺体に傷がつくことに大きく抵抗を見せます。しかしこのAiの場合、画像診断をするだけなので遺体への損壊は一切ありません。これは遺族の側、そして解剖をお願いする医者両者の精神的負担を軽くします。
またAiなしでいきなり解剖をする場合、解剖して何もありませんでしたという情報は医学的には無意味ではないですけど、遺族としてはあまり納得が出来ないでしょう。しかしAiをまず行うことで、解剖が必要なのかどうかということをかなり高い確率で判断することが出来るし、また医者の側としても、画像診断のデータを見せながらこれこれこうだから解剖の必要があるんです、とやれば説得力があるし、遺族も納得しやすいということがあります。
またもちろん、先ほど挙げた死因がわからないことへのデメリットはすべて解消されます。Aiが導入されれば、病院もミスを隠すことは難しくなるし、犯罪を見逃すことも少なくなるし、また画像データはどんどん蓄積が可能なので、医学へのフィードバックは計り知れないものになるわけです。
実際現場では既にAiに似たようなことを行っているわけです。救急医療の現場では昔からPMIと呼ばれるAiと同じようなやり方で画像診断をしていたし、また遺体への画像診断を生きてる患者への画像診断であると偽って請求しているようなこともあるようです(つまりこれは、遺体への画像診断にはお金が出ないけど、生きてる患者への画像診断ということにすれば普通に診療報酬が出るからということ)。海堂尊は看護学生や医者の卵なんかにアンケートをとったこともあるようで、Aiは導入すべしという意見が圧倒的多数を占めたようです。
本当に後は、厚生労働省が重い腰を上げるだけです。現場レベルではAiの有用性は十分理解されているのに、トップではその意義が理解されない。まあよくあることですけど、なんとかならないものかなと思ったりします。
さてさて時間がないので残りは駆け足で行きますが、本書は二つのパートが交互に展開する形で進んでいきます。海堂尊の小説内キャラクターである厚生労働省の役人である白鳥と新聞記者である別宮が対談するパートと、海堂尊による学術的なパートです。白鳥と別宮の会話形式のパートで分かりやすく概略を理解した後で、それについて海堂尊がより深く学術的な内容を掘り下げていくというスタイルは非常に分かりやすくて読みやすいです。また、著者の立場が比較的中立みたいな感じの立場で、Aiは絶対必要だけど別に誰かと対立したいわけじゃないというような立ち位置が好感が持てるし、無理なものは無理だし出来ないものは出来ないとちゃんと書いている辺りがいいと思いました。
それにしてもホント海堂尊は頭のいい人なんだろうな、と思いました。羨ましい限りです。
僕は本書を売り場に平積みにしていますが、「バチスタを読んだあなたには本書を読む責任がある」っていう文章を手書きの帯にしてつけたりしてみました。非常に海堂尊を応援したくなる内容です。海堂尊の悲願が達成されるように、皆さんも本書を読んでAiについて理解を深めましょう!

海堂尊「死因不明社会 Aiが拓く新しい医療」



ソロモンの犬(道尾秀介)

つい二週間前に姉の結婚式があったというのに、今日は今日で葬式だ。人間は幸せにもなれば不幸にもなる。別に結婚式と葬式が近接していようがどうということもないのだろうが、何だか幸せを打ち消されたような気分になるのはどうしてだろう。
まとわりつくようにして降る霧雨の中、伸也は考える。
そもそも、葬式というのは苦手なのだ。もちろん誰だって得意な人はいないだろうが、どうもあの雰囲気には納得が出来ない。その死を哀しむのは当然なのだけど、それを人前でする必要があるのだろうか、と思う。哀しむ時は一人で哀しめばいい。わざわざ哀しんでいる人間を大勢集めてその哀しみを一まとめにしなくてもいいのではないか、と思ってしまう。自分が死んだら、と伸也は思考を巡らす。楽しい感じのお別れ会みたいにして欲しいな。
死んだのは、大学の友人の加賀美佳子だった。美形ではないがふわっとした印象を与える顔で、伸也は彼女のことが好きだった。ずっと片想いで、そのずっとはまだしばらく続きそうだ。
大学ではほとんど接点がなかった。大学は広く、同じ学部や同じサークルでもない限り、なかなか誰かと出会う機会というものがない。
佳子と初めてあったのは、佳子が飼い犬を連れてきた時のことだ。伸也の父親が動物病院を開いており、伸也もアルバイトを兼ねて雑用を手伝ったりすることがある。その日も伸也は、入院中の動物達に餌をあげるために病院に来ており、その時佳子と出会ったのだ。
ぐったりとした犬を連れた佳子は、今にも泣きそうな顔をしており、その顔がなんとも言えず素敵だった。それから彼女とは友人として付き合うことになるのだけど、普段は結構気の強い性格らしく、病院で見せたような顔を見ることはなかった。そこまで考えて伸也は、なるほどもしかしたらあの顔をもう一度見たかったということかもしれないな、と思い至った。
佳子の飼い犬はただの夏バテだったらしく、点滴だけで元気に回復した。点滴をしている間なんとなく会話を始めたのだけど、そこで同じ大学に通っているということが分かり話が弾んだのだ。学部は違ったが、同じ一般教養の授業をいくつか取っており、おかしな先生の話をしたり、テスト前には協力しようと話し合ったり、あるいは伸也も犬を飼っているので犬の話をしたりと、そんな風にして僕たちは出会い友人になった。
雨が少し強くなってきた。荷物になるのが嫌で傘を持っていくのを億劫がったのが間違いだった。幸い家まではもうさほど遠くない。少し小走りに行けばそこまで濡れずに帰ることが出来るだろう。
走りながら伸也は、佳子の死に顔は綺麗だったな、などと考える。棺の中の彼女は、ほんの少しだけ全体的に小さくなってしまったように見えた。顔や他の体の部位にも特別な外傷はなかったが、しかし彼女の体には欠けているものがあった。
佳子は公園で死体となって見つかった。警察は殺人事件として捜査を開始した。死因は心臓を刃物で一突きされたことによるとされたが、断定は出来なかった。何故なら彼女の体からその心臓が持ち去られていたからだった。未だに誰の犯行か分かってない。遺体が見つかってから6日、ようやく警察の解剖が終わり、今日葬儀となったのだ。
佳子の父親はマスコミの取材に応じ、こう言っていた。犯人が見つかったら、そいつを自分が殺してやりたい。気持ちは分からないでもない。ただ、復讐から来る殺意はあまり美しくないな、とも思った。
ようやく家に辿り着いた。自分の部屋へと向かう。ドアを開けると、オービーが足元に擦り寄ってくる。濡れて重くなった喪服をさっさと脱ぎ捨て、部屋着に着替える。その上から白衣を羽織い、そしてオービーを抱き上げる。
押入れを開け、その中にオービート一緒に入り込む。無理矢理設置した電気スタンドの明りをつけ、まな板と本棚を使って自作した手術台の上にオービーを載せる。診療所からほんの僅かだけ拝借した麻酔薬を注射器に注入し、オービーに打つ。麻酔が効くのを待つ間に、これまた診療所から密に盗んだメスをライターで炙って消毒する。
オービーを仰向けにし、腹部に一直線に残った痕の上から正確にメスを引く。溢れる血をガーゼで拭いながら、薄いビニール手袋をした自分の左手をオービーの腹部に差し入れる。
そこには、佳子の心臓があった。
既に取り出してから長い時間が経っている。当然心臓の機能は停止しているし、もしかしたらもう腐り始めているのかもしれないけど、しかしオービーの体内の熱を受けて佳子の心臓もほんのり温かい。他の臓器と違和感なく交じり合い、佳子の心臓はオービーのお腹の中で着実に自分の居場所を手に入れ始めている。
佳子の心臓を丁寧に撫でながら、伸也は考える。
いつかこの心臓がオービーの身体の臓器と融合するようなことがあれば、佳子はオービーの身体の中でいつまでも生き続けることが出来る。たとえ佳子の身体が失われてしまおうとも、ここにはきちんと佳子が存在する。生きている間はどうしても自分のものにすることが出来なかった存在が、今こうして僕の手元にある。
僕は佳子を手に入れた。一人の人間の死と引き換えに、一人の人間の魂を手に入れたのだ。佳子の心臓に手を触れれば、僕らは会話をすることが出来る。オービーが生きている限りいつまでも。
心臓に触れている伸也は、佳子を殺した時のあの泣きそうな顔を思い出していた。出会った時と同じ顔をした彼女の顔が鮮明に浮かぶ。佳子の心臓は、もう鼓動を返すことはない。しかし伸也に、思い出を返すことが出来る。それで伸也は満足だった。
哲学の先生が講義中に口にした「愛とは何か?」という命題が、酷くくだらないものに思えた。

一銃「心臓と左手」

今回の話につけた「心臓と左手」というタイトルは、石持浅海の同名タイトルから完全にパクりました。なんかぴったりだなと思ったので。
そろそろ内容に入ろうと思います。
大学生である秋内静は、ボロボロのアパートに住み、自転車便のアルバイトをしている、まあどこにでもいる普通の大学生だ。友江京也という友人とよくいることが多く、また京也が巻坂ひろ子と付き合っていること、巻坂ひろ子と羽住智佳が高校時代からの友人であることもあって、よくその四人で遊ぶことが多かった。
大雨の降る中、寂れたバーに辿り着いた秋内だったが、偶然にもそこに残りの三人がやってきた。秋内は考えていた。あの話を避けて通ることは出来ないだろう、と。あの出来事が結局何だったのか話をしないわけにはいかないだろう、と。
いろいろと付き合いのある大学の教授の息子が、犬の散歩中に交通事故に巻き込まれて死亡した。その場を偶然秋内は目撃したのだったが、その後いろいろな出来事が分かってくるに連れて、あの一連の出来事には友人の誰かが関わっているのではないかというひっかかりを覚えるようになったのだが…。
というような話です。
道尾秀介と言えば、非現実的なストーリーながらとんでもない仕掛けで読者をあっといわせる作風でミステリ界を席捲しつつある作家ですが、今回の作品は珍しくかなり現実的な話だなと思いました。それまでの作品は、ミステリが結構好きで、どれだけリアリティがなくてもあっといわせてくれるミステリが読みたい、というような人にしか奨められないものばかりだったけど、本作は著者の作品の中で初めて、割と万人に奨めることが出来る作品だなと思いました。
それにこの作家、結構文章が巧くなったなと思います。これまでの作品は、まあストーリーが結構無理があったという理由もあるのかもしれないけど、ちょっとだけ文章が稚拙かなと思ったこともあるのだけど、本作はなかなかしっかりしています。
ストーリーはまあ平凡と言えば平凡で、ある事故死を巡って大学生四人があーだこーだするという話です。これまでの道尾秀介のかなりトリッキーな作品を期待して読み始めた人はちょっとあれ?という感じになるかもしれないけど、トリッキーさを捨てた分現実的な地に足のついた作品になっていて、こういう作品も書けるんだな、と思ったりしました。
相変わらずこの作家は、伏線の張り方がべらぼうに巧いですね。とにかくいろんなところにさりげなく伏線を配して、それをところどころで回収していきます。特に今回は、動物学者である間宮という教授がなかなかいい感じでした。つまり、普通に人にはなかなか分からないけど、動物学者である間宮にならその意味が分かるという伏線が結構あって、それがストーリーにかなり密接に結びついていて、巧いものだなと思いました。あと、ちょっとした会話だったり誰かの行動だったりということにもあとからその理由が提示されたりとかして、うまく作りこんである印象です。
あとは大学生らしく恋愛の要素が結構あって、奥手の秋内とイケメンの友江の対比とか、秋内がいつまでもうじうじやってるあたりとか、友江と巻坂の関係とか、まあそういう部分も結構面白かったりしますね。青春やなぁ、って感じです。
そんなわけで、道尾秀介の作品で初めて広く人に奨めることが出来る作品だと思います。ミステリだけど青春小説とも言える感じの、どろどろした部分もあるけど全体的には爽やかな感じの作品です。読んでみてください。

道尾秀介「ソロモンの犬」



看護婦が見つめた人間が死ぬということ(宮子あずさ)

これまでわたしね、死のうとする前に文章なんか書けるのかな、って疑問だったの。小説なんかだと結構自殺する前に遺書が残ってたりするものみたいだけど、現実にはなかなかそうはいかないんじゃないか、って。
でも、今わたしがそういう立場になってみると、案外落ち着いた気持ちなんだなって感じますよ。死のうと決断するまでの日々はそれはそれは辛いものがありましたけど、決めてしまえば、ほらよく言うじゃないですか、憑き物が落ちたみたい、とかって、そういう感じになるもんなんですね。むしろ、死ぬ前に何か残しておきたいという気にすらなるもんですね。
癌だって言われた時は、何だかあんまり頭が回っていなくってね。あれは何だったのかしらね。癌という言葉がきちんと頭の中に入ってこなかったのかもしれない。「ガン」という音だけ耳に残って、そうガンね、ガンになっちゃったのかぁ、ガンだって、みたいなそんな風にしか思えなかったですねぇ。今から考えてみると、なんて呑気なと叱ってやりたくもなります。
それから自分の中で、ガンという音が癌という感じに変換されるにつれて、どんどんと自分の中で現実が見えてきたって言いますかね。あのじわじわ押し寄せてくる感覚、今思い出しても本当に嫌なものでした。
初めの内は顔色も悪くならなくて、一人でトイレに行ったり同室の方と元気に喋ることも出来ていたんですけどね。段々それが難しくなってきて、ベッドから起き上がれなくなったり、トイレの世話をしたり、床ずれにならないように気をつけたり、誰かの手を借りないと出来ないことが本当に多くなりましたよね。私もなんとか元気に頑張っていこうと心の中で思うのですけど、やっぱり年のせいもあるのかしらね。気力が体力についていかないっていうか。なんだかんだで看護士さんの手を煩わせることばかりでした。看護士さんとしてはそれがお仕事なのでしょうし、自分で出来なくて申し訳ないと伝えた時も大丈夫ですよなんて言ってくださるんですけど、本当に申し訳なくって。あの時ぐらいにふと思ったのかもしれません。この現状から逃げて死ぬということをふと。
昔、もう覚えているかわかりませんけど、もうずっと若い頃こんな話をしましたよね。絶対に治らない病気に掛かったらどうするか、って。覚えていますか?お互いに、たとえ治る可能性がほんの僅かでも、出来る限り頑張って病気と闘いたい、という結論だったんですけど、その時にあなたが言っていた理由というのがすごく印象的でした。あなたは、自分が死んだら私が一人残されてしまうことになるから、だから最後までなんとか病気と闘うんだ、というようなことを言っていましたね。その時、あぁやっぱりこの人は子供を作る気はないんだな、とちょっと残念にも思いましたけど、でもそんなあなたの気づかいが嬉しく思いましたし、だから今日この日までずっと覚えていたのだと思います。
結局わたしの方が先に逝くことになりそうですね。あなたを辛い状況のまま置いていくのは本当に申し訳なく思うのですけど、やはりわたしも、どうしても今の現状の辛さに耐えられませんでした。あなたに弱い人間だと思われることは辛いですが、それも仕方のないことだと思っています。
あなたが癌になってもう5年。
わたしはもう、看病に疲れてしまいました。
本当にごめんなさい。
看護士のみなさん、後のこと、どうかよろしくお願いいたします。

一銃「遺書」

自分の文章力にあまり自信が持てないので、上記のショートショートについてちょっと説明をしちゃいます。っていうか、意味わかりました?
これは初め読んでいる人に、『自分が癌になってしまった女性が自殺する前に書いている遺書』だと思わせるんだけど、実は『夫が癌でその看病をしている妻が看病に疲れて自殺する前に書いている遺書』でしたという叙述トリックなわけです。もう少しちゃんと書けばうまくいったのかもだけど、どうも中途半端だなと自分でも思うし、だとすればこの話のオチが全然わかんない可能性もあるなと思ったので、恐らく蛇足ではない付けたしをしてみました。
この感想に書くショートショートを幾つか考えたんですけど、どの話も本書の感想に書くにはどうもそぐわないものばかりで、結局頭を絞った結果こんな話になりました。
そろそろ内容に入ろうと思います。
本作は、恐らく現在もそうなのでしょうけど、看護婦(本当は看護士なんでしょうけど、タイトルに「看護婦」って使ってるし、ここでは看護婦で統一しようかなと)をしている著者が、内科病棟に勤務している時に出会った様々な患者さんの死について、プライバシーについては完全に配慮を加えた上で書き綴った作品になります。
内科病棟なので、癌の話が結構多くて、やっぱり癌というのは結構多くの人が普通になる病気なのだなと思ったりしました。
本作を読んで強く感じることが二つあります。
一つ目は、看護婦という仕事は本当に大変だな、ということです。
読んでいると、とにかくいろんな患者が出てきます。その中には無茶なことを言ったり横柄な口の利き方をしたり暴れたりわけのわからないことを言ったりする人がたくさんいるわけです。もちろん看護婦さんとしては、そういうのは病気のせいで本人は悪くないんだ、というように自分を抑え付けながら、罪を憎んで人を憎まずみたいな態度で接するように努力をしているんでしょうけど、しかしそんな我慢も限界に達するような患者さんもいるわけです。そういう人を日常的に相手にしなくてはいけないというのは本当にストレスだろうなと思います。
本作を読んで、看護婦さんというのは本当に究極の接客業だなと思いました。もちろん専門の知識が必要で、また臨機応変さや決断力なんかも不可欠なんでしょうけど、何よりも人といかに接するかということを真剣に考えないとやっていけないのかもしれないなと思いました。病気のせいで不安になっていたり強がっていたり横柄になっていたりするような人を相手に、いかにして満足の出来るサービスを提供することが出来るのか。そう考えると、本当にすごい仕事だなと思うし、頑張って欲しいなと思ったりします。
僕は結構子供の頃に入院しまくっていたりしたので、病院というのは昔は馴染み深いところでしたけど、あの僕の見えない裏側でこういう世界が展開されているのだなと思うとちょっと怖いなと思いました。
もう一つは、タイトルにもあるように、人間が死ぬってどういうことなんだろうな、と考えてしまいます。本作で著者は特別何らかの結論を出しているというわけではありません。様々な事例を提示して、こういうこともありました、そんな中でわたしはこんな風に感じました、というようなことを丁寧に書いているわけなんですけど、それらを読んでいると、本当に人の死というのはその人限りのものなのだな、と思ったりします。誰かの死を別の誰かに当てはめたり、別々の人の死を比べたりすることには本当に意味がなくて、死というのは究極的に個人的なものなのだと実感しました。
どれだけ誠実に生きていても子供たちが醜い争いをすることもあれば、幾度も難病に冒される人もいる。神を信じる患者の死や家族に見放されて死を迎える人もいる。誰もが一度しか経験出来ず、しかも誰もが絶対に経験するわけで、それでいて誰かと比較することの出来ない死というものは、やはり人を不安にさせるよな、と思ったりしました。
僕は普段からなるべく早く死にたいと言っているわけですけど、それは本作を読んでも変わらないし、むしろ強くなったと言ってもいいかもしれません。老衰という形で寝ている間に安らかに死ぬことが出来るならまだいいですけど、本作では大抵苦しい病気に冒されて最後まで苦しむ患者の話ばかりが載っています。そうやって年をとって病気と闘わなくてはいけない年齢まで生きるというのはやっぱり嫌だなと思うし、どんな病気になるのか自分では絶対に選べないわけで、だったらさっさと死んでしまいたいなと思ったりします。本作では、かなり苦痛を伴う病気にかかってもそれでも完治する可能性を信じて闘病する患者がたくさん出てきますが、僕にはそんなことが出来る自信はないですね。もともと弱い人間なんで、痛いのとか耐えられそうにありません。やっぱ早いとこ事故かなんかでさっさと死にたいものだと思いました。
また本作を読むと、親の死というものについても考えさせられると思います。僕は親とはほぼ断絶状態で、今どうしているのかその近況さえよく知りません。でも、そんな僕でも親が癌とかになったりしたらやっぱりどうにかしないといけないんかなぁとか思ったり。なんかあんまり考えたくはないですね。恐らく普通の人はさらに避けられない問題なんだろうなと思います。本作にはこの親の病気のせいで離婚しちゃう話とかも出てきますからね。親族であるからこそ厳しくなるという面もかなりあって、これも本当に難しい問題だなと思いました。
死ぬというのは誰もが避けられない問題で、どうしようもなく不安になることが山ほどあると思います。それが解消されるかどうかは別として、何も知らないことから来る不安が少しは軽減されるのではないかと思います。辛くても現実から目を背けず、ちゃんと先を見据えていくその指針になるような作品ではないかと思いました。まあそんなこと言って、結局僕は目を背けるんですけどね(笑)。そこまで重い作品でもないので、本作を読んで一度死というものと真摯に向き合ってみるのもいいかもしれません。

宮子あずさ「看護婦が見つめた人間が死ぬということ」



ワーキング・ホリデー(坂木司)

「20世紀の後半から、日本は少子化と呼ばれる状態が長く続くことになった」
制服を着た中学生が教室の中にずらりと並んでいる。この授業が終われば給食という時間、さすがにみんな集中力が欠けはじめている。
もちろん僕もそんな中学生の一人で、真面目に先生の板書をノートに書き写している。今は社会の時間だ。好きでも嫌いでもないけど、これから先生がする話はやはり興味深い。
「一方で高齢者の数は依然多く、少子高齢化という厳しい状態が長いこと続きました」
少子化、という言葉は既に過去のものとなりつつある。少なくとも、それがどんな状態だったのか、僕らには想像が出来ない。一家族に子どもが一人しかいないって、どういう環境だったのだろう。
「子どもの数はどんどんと減っていき、それに伴い労働力も減少して行ったために、60歳を超えてもまだ現役で働き続ける人がかなりいたわけです」
周りから、「マジかよ」「すげぇな」「ウソでしょ」というような声が上がる。もちろん知らなかったわけでもないのだろうが、それでも驚きの声を上げずにはいられないのだ。あるいは、羨望の声と言ってもいいかもしれないが。
「しかしある時を境に、日本の出生率はうなぎ上りに上昇することになります」
それは、ある企業が開発したマシンに拠るところが大きいという。それは、今ではどの家庭にも当たり前のように置かれているのだが、要は子育てを一手に引き受けてくれるマシンであった。子育てに手間が掛からなくなった親たちは、ここぞとばかりに子どもを産んだのだ。同時に、子育てに関するありとあらゆる手当てや法律が整備されたことも大きかったかもしれない。
「以来子どもの数は増える一方で、現在の日本はまさに多子化と言える状態になっています」
そう、まさにその多子化こそが、現在の日本の大きな問題となっているのだ。ここまで社会が捩れてしまった国家というのも珍しいかもしれない。
「少子化の時とは反対に、今度は労働力がどんどん余っていくことになりました。働き手が多すぎて、仕事にあぶれるものが続出していくことになります。だから企業は、若い労働力を我先にと争うようになっていきました」
その結果どうなったか。
「その結果、現在ではすべての職業が小学生によって占められるという異常な状態に陥ってしまいました」
そうなのだ。今日本で仕事をしているのは、すべて小学生なのだ。
日本には既に、小学校というものが存在しない。だから小学生という呼び方はおかしいのだが、便宜上6歳から12歳までの子どもを小学生と呼ぶことになっているのだ。以前であれば、会社で働くようになった人を社会人と呼んだのだろうが、その社会人という言葉が小学生と入れ替わったと思ってもらえればいい。何せ、今の日本では働くことの出来る世代はその小学生に限られているのだから。
「世界でも稀なこの仕組みは、現状ではうまく機能しているように思えます。しかし、長く続くことはありえないでしょう。かつて日本にあったバブル崩壊という現象のように、この多子化による小学生の労働力という現象も、恐らく近い将来崩壊することになるのでしょう」
今では、コンビニに行っても銀行に行っても、タクシーの運転手も飛行機のパイロットも、皆小学生だ。僕らは生まれてからずっとこうだったから違和感はないけど、どこに行っても自分達より年下の人間が働いているというのは、始めのうちはすごく変だったに違いない。
小学生は既に、5歳の時点で就職活動を余儀なくされる。かつての受験戦争などとは比べ物にならない戦いだ。そうして6年間目一杯働き、12歳で定年を迎える。それからは既に余生であり、こうして僕のように中学校に通う人もいれば、趣味を極めようとする人もいるし、あるいは世を儚んで自殺する人もいる。人生80年としたら、その8分の7が余生なわけで、正直どうしていいかわからなくなる。
「実際、年々出生率が僅かずつ減少しているというデータもあります。このままいけば、小学生だけでは労働力を確保することが出来なくなり、仕事が出来る年齢の幅も広がっていくことになるだろうと思います」
仕事をしていた頃のことを思い出す。忙しくて辛かったけど、しかし仕事をすることが出来ない今と比べれば断然充実していたと思う。5歳で仕事を決めなくてはいけない理不尽さには今も納得がいかない部分はあるけど、それでもこうして仕事が出来ない身を持て余すのはもっと辛いと今では思う。
チャイムが鳴る。
「それでは今日の授業はここまで」
しかし何にしても、と僕は思う。
こうして中学生に勉強を教えているその先生までも小学生ってのは、一体どうなってるのかねぇ。

一銃「余生のスタート」

うまくすればもう少し面白い話には出来たような気もするけど、結局こんな小さくまとまった話になりました。まああんまりちゃんと考えずに書いてるから仕方ないんだけど。
そろそろ内容に入ろうと思います。
本作は連作短編集のような作りですけど、短編集ほど話ごとに切れ目があるわけでもないので、僕は長編と解釈しました。
ホストとして働くヤマト(本名 沖田大和)の元にとんでもない珍客が現れた。店に出ている時間で、女性の相手をしているまさにその場所に、なんと小学生がやってきたのだ。さらにその小学生が発した言葉に俺は呆然とした。
「はじめまして、お父さん」
初対面の人間にこんなこと言われたら、どう反応したらいいんだ?俺はもちろん結婚もしてないし、まして子どもなんているわけが…、と思うんだけど、進という名のその小学生が口にした母親の名前を聞いて、なるほどそれはありえなくもない、と思った。
とにかく何だか分からんけど、進はどうも家出をしてきたみたいだし、その理由がしばらくお父さんと暮らしてみたいからというんだから家に置かないわけにはいかない。しかし、小学生ってのはどうやって相手をしたらいいんだろうなぁ。
しかしその進は、なんと姑もびっくりするんじゃないかってぐらい家事が完璧で、小言がうるさいところなんかも小学生とは思えない。何だかめんどくさいのと一緒に暮らすことになったなぁ、と思ったわけだ。
そんな折、ホストクラブでちょっと問題を起こして速攻でクビ。しかし、クビにされた途端オーナーから新しい仕事を紹介される。
それが、宅配ドライバーの仕事だ。
俺専用の特別車を日々乗りこなしながら、地域の安全を守るという使命も抱きつつ、今日も俺は汗だくになりながら街中を走り回るのだ…。
というような話です。
相変わらず坂木司はなかなかいい作品を書きます。ただ今回はミステリ色のあんまりない作品だったのでそこがちょっと残念ではありましたけど。作家というのは因果なもので、どんなレッテルをつけられるかによって印象が変わります。坂木司は一般的に、<日常の謎>系のミステリ作家と認知されていたと思うのだけど、本作は<日常の謎>系ではない感じの作品です。そうなると、これまで著者の作品を読んできた読者からすれば、ちょっと違うなぁ、という感じになってしまうわけです。まあ読者の期待に応えて同じような作品ばかり書いていても芸がないわけで、そこの辺のバランスが難しいんだと思いますけどね。
坂木司はここのところ、働く仕事人シリーズとでも名付けたくなる作品を結構出していて、本作もそんな系統の作品です。これまでも、歯医者やクリーニング屋を舞台にした作品を出していて、今度は宅配便です。坂木司はその時々に応じていろんな職種に興味を持つようで、それが作品に如実に反映されるようです。
この作品のメインは、大和と進の関係ですね。初対面同士の親子というところからどんな状況になるか、あるいはどんな関係になれるかというのを追う作品で、なかなか面白いなと思います。
大和というのは、女性の扱いにかけてはかなりのものだけど、粗暴だし日常的なことはあんまりできないガサツな人間。一方で進はと言えば、やんちゃでもなく子どもらしくもなくすごく落ち着いた大人っぽい子どもで、しかも家事が完璧に出来るというしっかり者です。この二人の共同生活はなかなか面白いと思います。
そこに、ホストクラブのママ(っていうかオカマだけど)のジャスミンとか、ホストの雪夜、元ヤマトの常連客だったナナ、宅配便の会社のボスや従業員、進の友人、配達先で知り合った人など様々なキャラクターが出てきていろいろドタバタなことになったりします。ミステリ的な要素はないですが、何だか続きが気になる感じの作品でした。相変わらず坂木司の小説に出てくるのは皆善人で、まあそこが欠点と言えなくもないのだけど、まあ時にはこういう善人だらけの小説もいいかなと思ったりします。
しかし進のしっかりしてるっぷりにはちょっと脱帽ですね。小学生ということを差っぴいてもちゃんとしすぎていると思います。イマドキの大学生でもここまでのことは出来ないでしょう。
そういえば坂木司の作品にはよく料理のことが出てきます。本作でも進がとにかくたくさん料理を作ります。きっと著者自身が料理が好きなんでしょうね。
宅配便の描写もなかなかちゃんとしてて、特に大和が請け負うことになる特別車なんてなかなか面白いけど、実際にあるみたいだし、それに結構利点もあるみたいで、なるほどなと思ったりしました。実際のドライバーの人にも取材したようで、そういうリアルな目線が作品に活かされているところもなかなかいいなと思いました。
というわけで、ホントに軽くスラスラ読める作品です。ちょっとなんか読んでみるかな、みたいな気分の時にはいいと思います。

坂木司「ワーキング・ホリデー」



花まんま(朱川湊人)

守さんが死んでからの僕の生活は大きく変わってしまった。もうかつての生活には戻ることが出来ないだろう。抱えてしまったものを手放すことさえ出来ればいいのだが、それがどうしても大切なものに思えて、守らなくてはいけないと思わせるのだ。
守さんは僕の叔父さんに当たる人だ。父親の兄で、子供の頃から僕を可愛がってくれたものだ。何をしたというわけでもないのだけど、何だか一緒にいると楽しい気分になってくる人で、そんな守さんのことが僕は好きだった。
しかし守さんは、両親にとっては悩みの種だったようだ。守さんのことを気に入っている僕には直接そんな言葉を言ったことはなかったし、一緒にいるのを止めるように言われたこともなかったが、時折耳に入る言葉や、守さんに対する態度からなんとなくそんな印象を受けた。
確かに、そう思われても仕方のない部分はあった。
守さんは当時40歳に届こうかというくらいの年齢で、普通であれば働き盛りと言っていいだろう。しかし守さんが何か仕事をしていたような気配はまるでなかった。昼間から僕と遊んでくれることもあったし、お金がないのか僕の家でご飯を食べていくこともしょちゅうだった。普段どうやって生活していたのかは分からないが、しかし確かに当時はそんな大人の存在は特に珍しいものでもなかった。
守さんが、両親や周囲の人間によく思われていなかった一番の理由は、守さんがどんな時でもまったく喋らなかったからではないか、と僕は思っている。
病気で喋ることが出来ないというのではない。それは確かで、父親も昔は普通に喋っていたと語っていた。守さんが喋らなくなったのは、彼らの父親、つまり僕にとっての祖父が亡くなってからだということだが、そのショックで喋れなくなったとも考えられないのだという。何故なら、祖父は長いこと重い病気を患っており、家族の誰もがその死を覚悟していたからである。
理由はさっぱり分からないものの、守さんは祖父の死を境にまったく喋らなくなった。もちろん喋らなくなったことが原因で仕事も辞めたのだろう。僕とも、結局一度も会話を交わすことはなかった。必要があれば筆談をしたし、簡単な会話なら二人で決めた手の動きで充分意思の疎通は出来たから問題はなかった。しかし、僕との間では問題はなかっただろうが、普通の大人がまったく喋りもしないで普通の社会の中で生きていくことはやっぱり無理があるのだろう。そのせいで、守さんは周囲の人間から疎まれていたのだろうと思う。
今なら、守さんが何故喋らなくなったのか、その理由は嫌というほど理解出来る。まさかこんな理由だったとは、と呆れもしたが、呆れてばかりもいられないところが辛い。
守さんについての噂でもう一つ奇妙なものがあった。それは、変な物を食べている、というものであった。僕は一度も目撃したことはないのだけど、時折そんな噂が耳に入ってきた。曰く、土を掘って出てきたミミズを食べていたとか、飛んでいるハエを口に入れたとか、そういう話である。それを聞いた僕は、守さんにさらによくないイメージをつけようという悪意であると思っていたのだけど、今となってはそうではないことが分かる。確かに守さんは、ミミズやハエを食べていたのだ。
守さんが死んだ時の話をしよう。
守さんは時々僕に、自分が死んだらどうして欲しいかという話をしていた。別に重い病気を患っていたというようなわけでもないはずなのだが、守さんの目は真剣だった。いつも同じことを聞かされるのでもう覚えてしまっていたのだが、それでも僕は話の腰を折ることなく毎回きちんと聞いていたのだ。
それは、何とも奇妙なものだった。
要約するとこうなる。自分が死んだら、何としてでも死体を一番初めに見つけて欲しい。そうして、僕の口をこじ開けて欲しい。守さんは時折それを繰り返し僕に伝えた。守さんがどこで死ぬかも分からないのに、どうやって死体を一番初めに見つければいいのか僕には分からず、かといってその方法を守さんに聞けるような雰囲気でもなく、僕はそれを言われる度に困惑したものだ。例えば守さんが乗った飛行機が墜落したような時にはどうすればいいのだろうか。
しかしそうした悩みは杞憂に終わった。確かに僕は守さんの死体を一番初めに見つけることになったのだ。今でもこれは、どうしてそうなったのかさっぱり分からない。ただのめぐり合わせにしては、あまりにも出来すぎていると思った。
守さんは車に轢かれて死んだ。ちょうど僕の一つ前を走っていた車が守さんを轢き、そのまま逃げてしまったのだ。僕は当然車から降り、守さんの元へと駆け寄った。すぐにでも救急車を呼ぼうと思ったのだけど、どう考えても守さんはもう死んでいて、だから今が守さんの言い付けを実行する時なのだと僕は悟った。
守さんの口をこじ開ける。ちょっと抵抗はあったが、なんとか開くことが出来た。
そこには、一匹のカエルがいた。見たこともないくらい美しいカエルで、一目で僕はそのカエルに魅せられてしまった。
なるほど、守さんはこのカエルを口の中に飼っていたから喋ることが出来なかったのか、と閃き、それから守さんが喋らなくなったのが祖父が死んでからだということを思い出した。もしかしたら、守さんは祖父からこのカエルを受け継いだのかもしれない。そうとしか考えられなかった。
だとすれば、僕に出来ることは一つしかない。恐らく守さんが望んでいたのもこういうことなのだろう。
僕は守さんの口から引っ張り出したカエルを自分の口に入れた。舌の上にピッタリ乗っかったカエルは、すぐに僕の口の中に馴染んだようだった。何故だか僕にはそれが分かった。
それから救急車と警察を呼ばなくては、と思ったのだが、そこではたと気がついた。試しに何か声を出してみようと思うのだが、やはり喋ることが出来ない。困ったことになった。
しかしすぐにサイレンの音が聞こえた。どうやら誰かが電話をしてくれたようだ。先に救急車が現れ、それから少し遅れてパトカーがやってきた。
それから僕は警察に連れて行かれた。彼らは僕に事故の状況を説明させようとしたのだろうが、僕が何も喋らないのを訝って連行されることになったのだ。僕の車には人を轢いたような痕跡はないわけで、だから容疑者であると思われているのではないだろうが、しかし知り合いの誰かを庇っているのではないかという風に思われているのかもしれない。
それから僕はずっと警察署の中にいる。いつになったらここから出られるのだろう。

一銃「ヤドカリ」

毎回まあなんとかショートショートが書けています。相変わらず面白いものは書けませんが。なんとか続けていけそうな気がします。
そろそろ内容に入ろうと思います。
本作は6編の短編が収録された短編集です。

「トカビの夜」
父親の事業の失敗から大阪へ移り住んだ私は、当時小学生だった。ゴミゴミした大阪の下町の文化住宅に住むことになった。
そこでは、同じ文化住宅に住む子供たちが性別や年齢関係なくいつも集まり遊んでいた。しかし、その輪に入れない子供もいたのだ。
それが、チュンジとチェンホという朝鮮人の兄弟だった。やはり外国人への偏見がかなり色濃く残っていた時代であり、子供たちも彼ら兄弟とはあまり関わらないようにしていた。
しかしある時僕は、弟のチュンホと仲良くなった。接してみるといいやつで、気があった。親にはあまりいい顔をされなかったけど、時々僕らは遊んだ。
しかしそのチュンホが死んでしまったのだ。泣き喚く家族をよそに、文化住宅では奇妙なことが起こる。幽霊の目撃談が相次ぎ、それがチュンホなのではないかと皆怯えるようになったのだ…。

「妖精生物」
私がその妖精生物を買ったのは、高架下にいつもいる物売りのおじさんからだった。水が一杯に入ったビンの中でクラゲのようにたゆたっているその生き物は、おじさんが言うには魔法使いが昔作った生き物なんだという。何故かは分からないけどものすごく気に入った私は、その妖精生物を買ってしまった。
それからその妖精生物を飼っていたのだけど、この生き物は手のひらに乗せると何とも奇妙な感じになる。なにやら悪いことをしているようで変な気分になったのだが…。

「摩訶不思議」
ツトムおっちゃんというのはお父ちゃんの弟で、僕の叔父である。そんなおっちゃんがある時死んでしまった。葬式に出て、霊柩車でおっちゃんは運ばれて行ったのだけど、火葬場に辿り着く直前で奇妙なことが起こった。
車が動かなくなってしまったのである。
エンジンも掛からないし、後ろから押しても動かない。仕方ないから棺を出してしまおうという話になったのだけど、何でかドアが開かない。おっちゃん、最期まで手間掛けさせるねぇ…。

「花まんま」
妹のフミ子は、ある時を境に何だか変わってしまった。それまではすごく可愛かったのだけど、ある時高熱を出して以来、別人のようになってしまったのだ。奇妙な行動を取るために家族を困らせ、結局僕が妹を始終監視していなくてはいけなくなった。まったく、長男っていうのは本当に損な役回りだよ。
そんなフミ子がある時変なことを言い出したのだ。自分の前世は繁田喜代美という女性で、彦根という場所に住んでいるというのだ。元エレベーターガールで、21歳で刺し殺されてしまったのだ、と。そして妹は言う。一生のお願いだから、私を彦根まで連れて行って…。

「送りん婆」
大阪の下町にあったある横丁に住んでいた私は、あるきっかけで送りん婆と呼ばれるおばあさんの手伝いをすることになった。
そのおばあさんはその方面では有名な人のようで、一方では頼られ一方では恐れられている、そんな人だった。
送りん婆とは、生きている人間を殺す呪文を知っている人のことである。
送りん婆はその呪文を、大抵苦しんでいる病人に使った。そして私はその手伝いをしていたのだ。おばあさんは私を後継者にするつもりだったみたいだけど…。

「凍蝶」
子供の頃、何故か自分が周囲の人間から避けられていることを知った。当時はそれが何故なのか自分では分からなかったのだが、要するにそういうよくない出自の家だったということなのだろう。友達が出来ることはあっても、長くは続かず、結局いつも一人ぼっちでいることが多かった。
ある時転校生の男の子と仲良くなったのだけど、しばらくするとその子も友達ではなくなってしまった。
そんなある日、ミワさんという女の人と出会った。特に理由もなく墓地にやってきた僕と鉢合わせたのだ。それから毎週水曜日、高校生だというミワさんは小学生の僕と喋ったり遊んだりしてくれたのだけど…。

というような話です。
相変わらず朱川湊人はなかなかいい作品を書きます。本作は直木賞受賞作で、朱川湊人を一躍有名にした作品でもあるでしょう。
一番好きな話は表題作でもある「花まんま」です。これは終わり方が非常にいいですね。前世の自分の家族に会いに行こうという話なんですけど、兄である主人公に家族には直接会うことは禁じられるわけです。そんな中で妹がその家族にメッセージを送るわけですけど、なるほどなかなかいい話じゃないかと思いました。
あとは「摩訶不思議」も結構よかったですね。なんていうか、ツトムおじちゃんの往生際の悪さが馬鹿馬鹿しくてなんとも言えない感じでした。最後の展開はこんなんありえるんかな?と思ったりしましたけど、まあ女性というのはなんとも分からないものですからね。
まあ全体的に結構いい話なんですけど、でも僕としては「いっぺんさん」とか「都市伝説セピア」とか「わくらば日記」とかの作品の方がいいかなと思いました。というのも、これまで僕が読んだそれらの作品はどれも、最後のオチがなかなかスパッと決まっていたのに対して、本作では話のオチの切れ味がちょっとなぁと思う作品があったからです。「妖精生物」や「凍蝶」なんかは、話自体はいいと思うんですけど、やっぱ最後がちょっとぼんやりしてるなという感じがしました。僕の中では朱川湊人という作家は、ノスタルジックな作風とオチの切れのよさがミックスされた作品を書く作家という認識だったので、ちょっとだけそういう意味で評価は落ちるかなという感じです。
しかし相変わらずノスタルジックな雰囲気を醸し出すのはうまいですね。僕にはあまり馴染みのない大阪を舞台にして、また同じく僕には馴染みのない時代を描いているんですけど、なんとなく懐かしいという気分にさせてくれる作品だなと思いました。大阪の下町というゴミゴミした感じや、その時代のおおらかな雰囲気なんかがよく描けている感じがしました。
朱川湊人の作品で一番に勧める作品ではないですけど、なかなかいい作品だと思います。ゆったりとした不思議な話を読みたいという人にはいい作品だと思います。

朱川湊人「花まんま」



ゴールデンスランバー(伊坂幸太郎)

通勤ラッシュから遠ざかってもう三年になった。考えてみれば長い時間が経ったものだが、あっという間だったという印象の方が強い。今では昼過ぎに起き、昼ドラ、情報番組、ドラマの再放送、ニュース、ゴールデンタイム、深夜番組と毎日テレビばかり見続ける生活を送っている。仕事など何もしていないし、この三年間一歩も外に出ていない。窓には分厚いカーテンを掛け、必要なものはすべてネットで取り寄せている。マンションの五階だが、当然他の住人との接触もまったくない。完全に引きこもって生活をしている。
仕事をしている時の自分はやはりおかしかった。もちろん今の日常も充分おかしいが、あの当時は、地球が回っているかのような忙しさに追われ、すべてにうんざりしていた。それでも、社会から見捨てられまいと、必死で仕事をしてきたのだ。
会社を辞めようと思ったきっかけは本当に些細なことだった。それは一匹のバッタを見たからだ。昼休みにどこかで飯でも食おうかと外に出た時、道端をピョンピョン跳んでるバッタを見つけた。それを見て、何だか無性に哀しくなったのだ。お前ら、グラスホッパーって名前なのに、こんな雑草もないようなとこで飛び跳ねててそれでいいのか。そう考えると、自分も同じなのかもしれないと思った。自分も、何か間違った場所でピョンピョン跳んでるだけの人間なのかもしれない。その時ドッと押し寄せてきた虚無感に流されるようにして、その日そのまま辞表を出した。それから、今のような生活をずっと続けている。
ピンポーン、とチャイムが鳴った。まず思ったのは、まだ鳴るんだ、ということだ。配達の人も、もう最近はチャイムを鳴らさない。ドアのところに印鑑をくっつけてあるので、それを伝票に押して荷物を玄関の前に置いて帰っていくのだ。だからもう随分と長い間、このチャイムが鳴ることはなかったのだ。
特に理由はなかった。強いて言うなら、きっかけを探していたということになるのかもしれない。そろそろ外に出てもいいんじゃないか、と思っていた。チャイムに呼ばれたんだから出るのは当然じゃないか。そんな風にも思ってみた。
ドアを開けると、そこにはピエロがいた。ピエロのような衣装を着、ピエロのような鼻で、ピエロのような頭をした、まさにピエロとしかいいようのない男だった。妙なペイントをしているため、顔のつくりや表情なんかはよくわからない。それでも、全体の雰囲気から男だろうということだけは分かった。頬のところに何故か、黒のビニールテープでバッテンがつけられていた。
「だ、誰ですか?」
どちら様ですか、と聞くべきだったかな、と瞬時に思った。失礼な言い方だったな、と。しかし、久々に人と喋るということもあって、そんなことに気を回す余裕がないのも事実だった。
ピエロは、今まどろみから覚めましたとでも言うような目でこちらを見つめ、そして言った。
「死神と魔王だったらどっちがいい?」
こりゃあダメだ、と思った。会話が通じる相手じゃないのだろう。まだ、アヒルと鴨だったらどっちがいい、と聞かれる方がましだと思った。それぐらい、死神と魔王というのは遠い存在に思えた。
「あなたは、死神か魔王のどっちか何ですか?」
「ホントはさ、旅人だって言う予定だったんだよ」
「じゃあそうすればよかったじゃないですか」
「でもさ、『死神』と『魔王』の使い場所がなくてさ。しょうがなかったんだよ」
相変わらず妙なことを言い続ける。しかしまあ、とにかく旅人なのだろう。ピエロの格好をしているのが未だに謎だが、もうそこは突っ込むまい。
「で、何の用ですか?」
そこでドアを閉めてしまえばいいとも思ったが、何故か口が先に動いていた。まあいいや。久々に人と喋れて興奮してるんだろう、と冷静に分析してみる。
「ニュースでさ、前あったじゃん。ほら、あのコインロッカーの」
「あぁ、あのフィッシュチルドレン」
伊達にテレビばかり見ているわけではない。なんて自慢することが出来ないくらい有名な事件だった。仙台駅構内のコインロッカーの中で、子供の死体が見つかったのだ。さらに異様だったのが、死体と一緒に魚が山ほど詰め込まれていたことだ。目や鼻や口など、穴という穴にも魚が押し込まれ、死体は見るも無残な状態になっていた。新聞は、「フィッシュチルドレン」なんていう不謹慎な名前をつけてこの事件を大いに煽った。確か先日犯人が捕まり、それがオーデュボンとかいう外国人だったと思う。だから事件の報道自体は既に終息していると言っていい。
その事件が今さら何だと言うのだろうか。
「世も末だよな、ホント」
「ヨモスエ?」
「終末ってことだよ。だからさ、祈りを捧げたいんだ」
「祈るなら勝手に祈ればいいだろ」
だからここから帰ってくれ、という意味を込めたのだが、ピエロは何を勘違いしたのか、それじゃあと言って部屋の中に入ってきた。おいおい、と思ったが、何となく止められなかった。何なんだこいつは。
ピエロはずんずんと部屋に入っていき、立ち止まったかと思うと奇妙な姿勢を取った。どこかに襲撃する直前のギャングのようにも見えたし、精度の高い機械を操る職人にも見えた。そのままの姿勢で、長いこと静止していた。おそらく祈りを捧げているのだろう。
「水をくれないか」
「水?」
祈りに必要なのかと思い、コップに入れて持っていくと、ピエロはその水を普通に飲んだ。
「生き返るね、ホントここはオアシスだよ。」
「オアシスって?」
「旅人仲間が言ってたんだ。もうこの辺で残ってるのはここぐらいしかないって。まあこの辺を旅しようなんて奴は最近あんまりいないんだけどさ」
もうダメだ。全然話についていけない。だからもうピエロのことは気にしないことにした。ついていけないよ、ホント。
しばらくピエロは飲み干したコップを抱えたまま僕の顔をじぃっと見つめていたのだけど、しばらくしてハッと気づいたような顔をして言った。
「もしかして、僕の話嘘だと思ってる?」
もうあんたと話をするのは疲れたんだよ、と僕は無視する。
「そうか。じゃあ知らないんだね。ほら、見てみなよ」
そう言ってピエロは、三年間一度も開けたことのなかったカーテンを引き開ける。
その時の光景は、なんと表現すればいいだろう。
辺り一面砂漠だったのだ。見渡す限りの砂砂砂。自分の見ているものが信じられない。ここは三年前まで普通の街中だったはずだ。それがいつの間に砂漠に変わってしまったのだろう。
「ね、言ったとおりでしょう」
確かに、この辺で残っている建物はここしかない。というか、まさにこの建物だけが異様であり、砂漠の光景からは浮いていた。なるほど、だからオアシスで、ピエロは喉が渇いていたのか、と納得する。それで少しだけ気持ちが落ち着いた。
すると、砂漠ばかりに気を取られて、今まで見えていなかったものが見えるようになった。
空にたくさんピエロが浮かんでいる。僕の目の前にいるこいつと同じピエロが、まるで重力をものともせずたくさん浮かんでいるのだ。陽気なパレードのようだな、と思った僕は、振り返った時部屋からピエロがいなくなっているのに気づいても、特に驚くことはなかった。

一銃「イサカ」

さて今回はお分かりでしょうが、伊坂幸太郎の全作品のタイトルに使われている言葉を全部使って話を作ってみました。「ライフ」と「フール」と「ストーリー」と「スランバー」だけ英語のまま使うのが不可能だったので日本語にして組み入れました。まあ結構頑張りました。
というわけでそろそろ内容に入ろうと思います。
仙台出身の金田首相が、仙台で凱旋パレードを行うその日、青柳雅春は大学時代の友人である森田森吾に呼び出されていた。青柳と森田と、あと樋口とカズという四人で、大学時代「ファーストフード友の会」というアホなサークルをやっていた。日々ファーストフード店に行き店の評価をするというだけで、だから何もしていないのと同じだった。大学を卒業してからはほとんど会っていなかったから、かなり久しぶりということになる。
森田は何か話したそうにしていたけど、一向に本題らしきものに入ろうとせず、大学時代の思い出なんかを喋っていた。どこか様子はおかしいのだけど、しかしそれが何なのかは分からない。
いろんなことが手遅れになる直前、森田はようやく思い口を開く。
「おまえは、陥れられている。今も、その最中だ」
「金田はパレード中に殺される」
「逃げろ!オズワルドにされるぞ」
森田の言っていることは一向に分からなかったが、傍を通りかかった警官が青柳に銃を向けたのを見てようやく何かがおかしいことに気づいた。森田の予言通り、金田はパレード中に暗殺されたらしい。そして、信じたくないことだが、どうやら青柳がその容疑者として追われているようなのだ!
完全な濡れ衣を着せられたまま、青柳はとにかく逃げる。森田の声が頭の中に響く。「とにかく、逃げろ」
というような話です。
もう最高に面白い作品でした。もう完璧と言ってもいいですね。完璧ですよ、ホント。帯に、「伊坂幸太郎的娯楽小説突破頂点」とあるんですけど、確かにそれは全然言いすぎではなくて、まさにいろんなものを突破して頂点に辿り着いているな、という感じの作品でした。
今回の作品は、とにかく王道の娯楽小説を伊坂幸太郎が書いたらどうなるか、という発想から生まれたようです。伊坂幸太郎の作品というのはちょっと変わった話が多いんで、普通のエンターテイメントが書けないんじゃないかって言われたくないからこういう作品を書いてみた、というようなことを雑誌に書いていました。これで、伊坂幸太郎はどんな物語でも生み出せるということが証明されたわけです。
ストーリーは、読めば一発で分かるんですけど、(歴史についてほぼ無知な僕でも知っているあの有名な)ケネディ大統領暗殺を下地にしている作品です。ケネディと同じく金田首相が暗殺され、オズワルドのように犯人に仕立て上げられた青柳がとにかく逃げまくるというただそれだけの話なんですけど、相変わらずの伏線の見事さにグイグイ読んでしまいますね。
とにかくこの作品では、警察が無茶苦茶をやるんですね。一般市民を殺したり、街中で銃を発砲したり、情報を無理矢理収集したりと、とにかくやりたい放題で、金田首相を暗殺した犯人を捕まえるには多少の犠牲は仕方ない、というようなやり方で追いかけてきます。まあそれは全然多少どころの騒ぎではない横暴っぷりなんですけど、もちろんその横暴っぷりは全部青柳がやったことにされてしまって、さらに青柳を陥れる材料にするというような処理をするんですね。とにかく警察が悪くて悪くてしょうがないです。極悪です。
対して青柳はとにかく一人です。状況がさっぱり分からないまま追われ、その内自分が金田首相を暗殺したことになっていることを知り愕然とし、何度も諦めそうになるのだけど、その度に森田の「逃げろ」という言葉を思い出しながら、出来る限り懸命に逃げ続けるわけです。
しかし、逃げる青柳はどうしようもなく一人ですけど、青柳に協力してくれる人がたくさんいるんですね。青柳のかつての友人から、ばったり出会った見知らぬ人まで、いろんな人が青柳に協力してくれるわけです。カズや樋口なんかのかつての友人たちは警察にマークされてしまうわけで自由に動けなかったりするんですけど、その場その場でばったり会う人達が結構青柳に協力してくれるわけで、そのお陰で青柳はなんとか警察の裏をかいて逃げ続けることが出来るわけです。
この警察の裏をどうやってかくかというところが面白いですね。伊坂幸太郎らしい巧みな伏線を駆使して、なるほどそこであれが出てくるか、みたいなのが結構あるわけです。伊坂幸太郎の伏線の張り方はこれまでの作品でもその絶妙さを遺憾なく発揮しているわけですけど、本作でもそれが素晴らしく出ています。
また、警察を出し抜く以外にもいろんなところに伏線が張られていて、特に最後のエピローグ的な部分で出てくる話はかなりホロリと来そうになります。なるほど、そんな話も関係あったのか!と楽しくなるし、青柳の生き方を思うと哀しくなりますね。
キャラクターも相変わらずいい感じで、特に何が良いかって言うとやっぱり会話なんですよね。伊坂幸太郎の作品に出てくる人物の会話というのは本当に特徴的で読んでて楽しくなります。こんな会話を誰かと出来たら楽しいだろうなぁと思わせるような会話なんですよね。伊坂幸太郎の物語の世界に入って、登場人物の誰かと会話を交わしたいなと思わせてくれます。
まあとにかくですね、最高だとしかいいようがないですね。まだ今年この本が3冊目ですけど、恐らく今年のベスト3には入ることでしょう。もしかしたらずっと不動の1位ということになるかもしれないけど。また次の作品が楽しみになります。
でも、今月の編集会議っていう雑誌に伊坂幸太郎のことがちょっと載ってたんだけど、伊坂幸太郎は伊坂幸太郎を辞めたいのだというようなことを書いていました。バンドで言えば解散、みたいな。なんか結構有名になって窮屈だと。出来ればひっそりと書いて、そこそこ売れるような作家でいたかった、みたいな感じらしいです。ファンとしては困ってしまいますね。頑張り過ぎなくていいから作品だけは出し続けて!と言いたくなります。
というわけで、まだまだ作品を書き続けてくれることを期待しつつ、あとはそうですね、そろそろ直木賞とか獲ってもいいんじゃないかなとか思いますけどね。どうでしょう、この「ゴールデンスランバー」で獲らないかなぁ。
とにかく、是非読んでください。読まなきゃダメです。スッゲー面白いです。ケネディ暗殺事件の話なんか全然知らなくたってもちろんノープロブレムです。伊坂幸太郎の作品ほど誰もが楽しめる作品はないと思います。読みましょう、ホント。絶対の自信を持ってオススメ出来る作品です!

伊坂幸太郎「ゴールデンスランバー」



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2013年ベスト

2013年の個人的ベストです。

小説

1位 宮部みゆき「ソロモンの偽証
2位 雛倉さりえ「ジェリー・フィッシュ
3位 山下卓「ノーサイドじゃ終わらない
4位 野崎まど「know
5位 笹本稜平「遺産
6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
7位 須賀しのぶ「北の舞姫 永遠の曠野 <芙蓉千里>シリーズ」
8位 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日
9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
16位 藤谷治「世界でいちばん美しい
17位 神林長平「言壺
18位 中脇初枝「わたしを見つけて
19位 奥泉光「黄色い水着の謎
20位 福澤徹三「東京難民


新書

1位 森博嗣「「やりがいのある仕事」という幻想
2位 青木薫「宇宙はなぜこのような宇宙なのか 人間原理と宇宙論」 3位 梅原大吾「勝ち続ける意志力
4位 平田オリザ「わかりあえないことから
5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
6位 小阪裕司「「心の時代」にモノを売る方法
7位 渡邉十絲子「今を生きるための現代詩
8位 更科功「化石の分子生物学
9位 坂口恭平「モバイルハウス 三万円で家をつくる
10位 山崎亮「コミュニティデザインの時代


小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
10位 エイドリアン・べジャン+J・ペタ―・ゼイン「流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則
11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
7位 ジュディ・ダットン「理系の子
8位 笹原瑠似子「おもかげ復元師
9位 古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち
10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
11位 石井光太「遺体
12位 佐野眞一「あんぽん 孫正義伝
13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
19位 二村ヒトシ「すべてはモテるためである
20位 平川克美「株式会社という病

2011年ベスト

2011年の個人的ベストです
小説
1位 千早茜「からまる
2位 朝井リョウ「星やどりの声
3位 高野和明「ジェノサイド
4位 三浦しをん「舟を編む
5位 百田尚樹「錨を上げよ
6位 今村夏子「こちらあみ子
7位 辻村深月「オーダーメイド殺人クラブ
8位 笹本稜平「天空への回廊
9位 地下沢中也「預言者ピッピ1巻預言者ピッピ2巻」(コミック)
10位 原田マハ「キネマの神様
11位 有川浩「県庁おもてなし課
12位 西加奈子「円卓
13位 宮下奈都「太陽のパスタ 豆のスープ
14位 辻村深月「水底フェスタ
15位 山田深夜「ロンツーは終わらない
16位 小川洋子「人質の朗読会
17位 長澤樹「消失グラデーション
18位 飛鳥井千砂「アシンメトリー
19位 松崎有理「あがり
20位 大沼紀子「てのひらの父

新書
1位 「「科学的思考」のレッスン
2位 「武器としての決断思考
3位 「街場のメディア論
4位 「デフレの正体
5位 「明日のコミュニケーション
6位 「もうダマされないための「科学」講義
7位 「自分探しと楽しさについて
8位 「ゲーテの警告
9位 「メディア・バイアス
10位 「量子力学の哲学

小説以外
1位 「死のテレビ実験
2位 「ピンポンさん
3位 「数学ガール 乱択アルゴリズム
4位 「消された一家
5位 「マネーボール
6位 「バタス 刑務所の掟
7位 「ぐろぐろ
8位 「自閉症裁判
9位 「孤独と不安のレッスン
10位 「月3万円ビジネス
番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)