黒夜行

>>2006年01月24日

夢の樹が接げたなら(森岡浩之)

ルールというものはしかし、どうしたって穴があるものだな、と思う。
最近何かと話題のホリエモン。今では社長から容疑者に転身を図ったわけですが、彼はルールの穴を巧妙につくようにして金儲けをしてきた、と言えるでしょう。ちゃんとしたことはわからないけど、当初から、違法ではないがかなり強引でグレーゾーン的な手法はしていたようだし、そういうのがうまい人だったのだろう。
自然界に存在するルールは、極めて美しい。物理も数学も、何かの存在が恣意的に決めたとしか思えないような、美しい規則性を有している。そこには、穴はないし、埋められそうにない穴が今現在あったとしても、いずれ埋められるはずだ、と信じられている。
しかし、人間が作るルールには、限界がある。作る側があらかじめあらゆる可能性を網羅することは不可能だろうし、そもそも、作る側の都合のいいように作られるのはもはや仕方ないことだ。
その最たるものが法律だろう。
今ここで法律の不備についてあれこれ書くことはしないけど、そもそも元になっているのが、戦後すぐに決められたものなわけで、時代がこれだけ違っているのだから、新しく作り直せばいいじゃないか、と思ったりもするが、間違いなくそういう方向には向かわないだろう。
法律は人を守らない。どうやらそれだけでなく、法律は人に牙を向くことだってあるらしい。
ここまで書いた文章は、本作の「スパイス」という作品を念頭に書いているけど、まあまた後で。
もう一つ。
言語というものはとても面白いものだ、と本作を読んで感じた。
僕は外国語というものに興味はないし、覚えて外国人と喋りたいとかもまったく思わない。英語とドイツ語を少しだけ勉強したことはあるけど、もはやすっかりぶっとんでいるし、まるで覚えていない。
しかしそれでも言語は面白い。言語の多様性という面ではなく、その構造というかそういった面が面白い。
ちょっと説明しずらいな。
少し考えてみたけど、言語そのものというよりも、脳がそれをいかに処理するのか、という点の方が面白いのかもしれない。即ち、言語だけでなく、音や匂いなど、脳が処理するあらゆる情報というものに多少興味があるのだろうと思う。
言語とはちょっと離れるけれども、ちょっと不謹慎な例を出そうと思う。例えば、物を見たときに、その右半分だけしか認識できない人がいる。花を見せて絵を書かせたりすると、右半分しか描けない。人の顔を区別することが出来ない人もいるし、右手と左手が逆の動きをしてしまう人もいる。言語の例を出せば、これは障害ではないけれども、人が言った文章を、まるきり逆さまにして言い返すことが出来る人もいる。
こういうことに対して面白いと言ってはいけないのだろうけど、でも、こういう通常ではない脳の処理というのは、僕にとっては結構興味深かったりする。
ちょっと今日は、何を書いているのかわからなくなってきたので、この辺で諦めて内容に入ります。
本作は、森岡浩之のデビュー短編を含む、8編の短編集です。長さもテイストもまちまちな短編集ですが、なかなか面白いです。
それではそれぞれの紹介を。

「夢の樹が接げたなら」
ある小規模の集団にのみ有効な言語、というものが流行する世界。会社や家族単位で、他の人とは通じない個人言語を持つことがブームになる世界。その世界には、言語デザイナーという職種があり、主人公もその一人。
主人公は言語オタクだが、その恋人は真逆。主人公は、完成された個人言語を、簡単な手術と睡眠学習のような手法で習得するシステムを作り上げたけれども、恋人はそれにさえ不信感を抱いている。
その恋人が主人公に、弟の話をする。ある言語を習得してから、おかしくなってしまったのよ、という。そんなことありえないと思いながらも一人調べ始める主人公が辿り着いた真実は?

言語というものを題材にして、なかなか面白くストーリーを作っています。著者の実質的なデビュー作だそうです。ただ、ある特殊な言語が出てくるのですが、そのイメージがなかなか難しいところです。僕個人的な意見としては、個人言語の氾濫する世界は嫌です。

「普通の子ども」
なんらかのシステムによって、あらゆる年代の姿に成り代わり、あらゆる年代に移動できるシステムが出来上がった世界。学校の中で唯一の「普通の子ども」である主人公は、新しいお友達についていくようにして教室を出て行って…。

途中までまったく設定を掴めなくて困りました。本作にはいくつかそうした作品があります。ちょっと微妙かな、という感じです。

「スパイス」
生命工学の技術が飛躍的に高まった世界。株の売買から初め、ある企業を買収、社長に落ち着いて研究の指示を出す。そうやって不動の地位を築いてきた男が突然トップニュースを飾ることになる。
社の技術で開発した、外見も知性も人間そっくりな、それでいて法律上では人間と定義されることのない存在。男はその存在を「アレ」「自社の工業製品」などと呼ぶ、見た目は愛らしい少女を、いたぶって食べると宣言したのだ。
その男の単独取材に指名されたあるアナウンサーは、その少女に接触し、絶対に助け出そうと男を追い詰めようとするのだが…。

これは最高です。この作品のために本作を買ってもいい、というぐらいの作品ですね。かなり現実に近い設定の中で、これほど奇妙で残酷で、しかも違法ではないことをやってのけるという発想は脱帽です。法律というものがいかに無力であるかということがわかります。最後の展開も、なるほどうまいなと思いました。

「無限のコイン」
電子マネー的な貨幣しか存在しない世界。その世界で突然、すべての人の電子マネー残高が無限になった。人々は狂喜して買い物をし始めるが、働かなくていいことに気付いた人々は店を閉め、次第に物資が少なくなっていく…。

電子マネーが無限になることによって展開されていく話はいいんだけど、最後がよくわかりません。この話は、一体どういう話なんでしょうか?

「個人的な理想郷」
かなり個人的なニュースばかりが放映されている。ある個人の生活、ある個人の近況、自分の趣味にあった映画、なんとなく知りたいニュース。テレビという存在そのものが変わってしまった世界での、ある男の死。

発想は好きですね。ストーリーはまあまあといったところでしょうか。

「代官」
僕はこの作品を読むのを諦めました。ほぼ流し読みで済ませました。時代小説っぽい感じで、僕にはまるでついていけなかったので、内容もわかりません。

「ズーク」
これは是非とも内容を知らないままで読んで欲しい作品ですね。冒頭ではかなり戸惑いましたが、読んでいるうちになんとなくわかってきます。この作品は、かなりユニークで独創的で面白いのではないかと僕は思っています。というわけで紹介はなしです。

「夜明けのテロリスト」
メディットという、人間のように思考する機械が氾濫する世界。メディットによって、クリエイティブな仕事はすべて機械に奪われてしまった。主人公は元コピーライターで、そんな事情で仕事を追われ、今は慣れない営業職に就いている。
バーで出会った男に、メディット反対の組織に誘われるが断る。その後、メディット開発会社から接触があり、奇妙な以来をされるのだが…。

ちょっと難しいし、ストーリー自体がそれほど面白くないのですが、発想の根幹というか、最後にファーストという名のメディットが明かす真実というのが面白いですね。なるほどそうだとしたら、人間なんて対したことはないな。偶然の産物じゃないか。そう思えてきます。

どの話も、現実とは何かが大きく違った世界を舞台にして、その論理の範囲内で物語を進行させて行きます。こういう作品が、本格的なSFなんだろうな、と思います。
全部が全部いい作品ではないですが、「夢の樹を接げたなら」「スパイス」「ズーク」の三作品を読むためだけに本作を買うのでも悪くはない、という感じです。特に僕的には「スペース」がお気に入りだし、「ズーク」はちょっといろんな人に読んで欲しいと思いますね。
森岡浩之とう作家は、「星界の~」シリーズで有名みたいですが、読んでみてもいかな、とちょっと思いました。読むかどうかはわかりませんが。
そんな感じです。

森岡浩之「夢の樹が接げたなら」



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2013年ベスト

2013年の個人的ベストです。

小説

1位 宮部みゆき「ソロモンの偽証
2位 雛倉さりえ「ジェリー・フィッシュ
3位 山下卓「ノーサイドじゃ終わらない
4位 野崎まど「know
5位 笹本稜平「遺産
6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
7位 須賀しのぶ「北の舞姫 永遠の曠野 <芙蓉千里>シリーズ」
8位 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日
9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
16位 藤谷治「世界でいちばん美しい
17位 神林長平「言壺
18位 中脇初枝「わたしを見つけて
19位 奥泉光「黄色い水着の謎
20位 福澤徹三「東京難民


新書

1位 森博嗣「「やりがいのある仕事」という幻想
2位 青木薫「宇宙はなぜこのような宇宙なのか 人間原理と宇宙論」 3位 梅原大吾「勝ち続ける意志力
4位 平田オリザ「わかりあえないことから
5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
6位 小阪裕司「「心の時代」にモノを売る方法
7位 渡邉十絲子「今を生きるための現代詩
8位 更科功「化石の分子生物学
9位 坂口恭平「モバイルハウス 三万円で家をつくる
10位 山崎亮「コミュニティデザインの時代


小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
10位 エイドリアン・べジャン+J・ペタ―・ゼイン「流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則
11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
7位 ジュディ・ダットン「理系の子
8位 笹原瑠似子「おもかげ復元師
9位 古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち
10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
11位 石井光太「遺体
12位 佐野眞一「あんぽん 孫正義伝
13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
19位 二村ヒトシ「すべてはモテるためである
20位 平川克美「株式会社という病

2011年ベスト

2011年の個人的ベストです
小説
1位 千早茜「からまる
2位 朝井リョウ「星やどりの声
3位 高野和明「ジェノサイド
4位 三浦しをん「舟を編む
5位 百田尚樹「錨を上げよ
6位 今村夏子「こちらあみ子
7位 辻村深月「オーダーメイド殺人クラブ
8位 笹本稜平「天空への回廊
9位 地下沢中也「預言者ピッピ1巻預言者ピッピ2巻」(コミック)
10位 原田マハ「キネマの神様
11位 有川浩「県庁おもてなし課
12位 西加奈子「円卓
13位 宮下奈都「太陽のパスタ 豆のスープ
14位 辻村深月「水底フェスタ
15位 山田深夜「ロンツーは終わらない
16位 小川洋子「人質の朗読会
17位 長澤樹「消失グラデーション
18位 飛鳥井千砂「アシンメトリー
19位 松崎有理「あがり
20位 大沼紀子「てのひらの父

新書
1位 「「科学的思考」のレッスン
2位 「武器としての決断思考
3位 「街場のメディア論
4位 「デフレの正体
5位 「明日のコミュニケーション
6位 「もうダマされないための「科学」講義
7位 「自分探しと楽しさについて
8位 「ゲーテの警告
9位 「メディア・バイアス
10位 「量子力学の哲学

小説以外
1位 「死のテレビ実験
2位 「ピンポンさん
3位 「数学ガール 乱択アルゴリズム
4位 「消された一家
5位 「マネーボール
6位 「バタス 刑務所の掟
7位 「ぐろぐろ
8位 「自閉症裁判
9位 「孤独と不安のレッスン
10位 「月3万円ビジネス
番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)