夢の樹が接げたなら(森岡浩之)
ルールというものはしかし、どうしたって穴があるものだな、と思う。
最近何かと話題のホリエモン。今では社長から容疑者に転身を図ったわけですが、彼はルールの穴を巧妙につくようにして金儲けをしてきた、と言えるでしょう。ちゃんとしたことはわからないけど、当初から、違法ではないがかなり強引でグレーゾーン的な手法はしていたようだし、そういうのがうまい人だったのだろう。
自然界に存在するルールは、極めて美しい。物理も数学も、何かの存在が恣意的に決めたとしか思えないような、美しい規則性を有している。そこには、穴はないし、埋められそうにない穴が今現在あったとしても、いずれ埋められるはずだ、と信じられている。
しかし、人間が作るルールには、限界がある。作る側があらかじめあらゆる可能性を網羅することは不可能だろうし、そもそも、作る側の都合のいいように作られるのはもはや仕方ないことだ。
その最たるものが法律だろう。
今ここで法律の不備についてあれこれ書くことはしないけど、そもそも元になっているのが、戦後すぐに決められたものなわけで、時代がこれだけ違っているのだから、新しく作り直せばいいじゃないか、と思ったりもするが、間違いなくそういう方向には向かわないだろう。
法律は人を守らない。どうやらそれだけでなく、法律は人に牙を向くことだってあるらしい。
ここまで書いた文章は、本作の「スパイス」という作品を念頭に書いているけど、まあまた後で。
もう一つ。
言語というものはとても面白いものだ、と本作を読んで感じた。
僕は外国語というものに興味はないし、覚えて外国人と喋りたいとかもまったく思わない。英語とドイツ語を少しだけ勉強したことはあるけど、もはやすっかりぶっとんでいるし、まるで覚えていない。
しかしそれでも言語は面白い。言語の多様性という面ではなく、その構造というかそういった面が面白い。
ちょっと説明しずらいな。
少し考えてみたけど、言語そのものというよりも、脳がそれをいかに処理するのか、という点の方が面白いのかもしれない。即ち、言語だけでなく、音や匂いなど、脳が処理するあらゆる情報というものに多少興味があるのだろうと思う。
言語とはちょっと離れるけれども、ちょっと不謹慎な例を出そうと思う。例えば、物を見たときに、その右半分だけしか認識できない人がいる。花を見せて絵を書かせたりすると、右半分しか描けない。人の顔を区別することが出来ない人もいるし、右手と左手が逆の動きをしてしまう人もいる。言語の例を出せば、これは障害ではないけれども、人が言った文章を、まるきり逆さまにして言い返すことが出来る人もいる。
こういうことに対して面白いと言ってはいけないのだろうけど、でも、こういう通常ではない脳の処理というのは、僕にとっては結構興味深かったりする。
ちょっと今日は、何を書いているのかわからなくなってきたので、この辺で諦めて内容に入ります。
本作は、森岡浩之のデビュー短編を含む、8編の短編集です。長さもテイストもまちまちな短編集ですが、なかなか面白いです。
それではそれぞれの紹介を。
「夢の樹が接げたなら」
ある小規模の集団にのみ有効な言語、というものが流行する世界。会社や家族単位で、他の人とは通じない個人言語を持つことがブームになる世界。その世界には、言語デザイナーという職種があり、主人公もその一人。
主人公は言語オタクだが、その恋人は真逆。主人公は、完成された個人言語を、簡単な手術と睡眠学習のような手法で習得するシステムを作り上げたけれども、恋人はそれにさえ不信感を抱いている。
その恋人が主人公に、弟の話をする。ある言語を習得してから、おかしくなってしまったのよ、という。そんなことありえないと思いながらも一人調べ始める主人公が辿り着いた真実は?
言語というものを題材にして、なかなか面白くストーリーを作っています。著者の実質的なデビュー作だそうです。ただ、ある特殊な言語が出てくるのですが、そのイメージがなかなか難しいところです。僕個人的な意見としては、個人言語の氾濫する世界は嫌です。
「普通の子ども」
なんらかのシステムによって、あらゆる年代の姿に成り代わり、あらゆる年代に移動できるシステムが出来上がった世界。学校の中で唯一の「普通の子ども」である主人公は、新しいお友達についていくようにして教室を出て行って…。
途中までまったく設定を掴めなくて困りました。本作にはいくつかそうした作品があります。ちょっと微妙かな、という感じです。
「スパイス」
生命工学の技術が飛躍的に高まった世界。株の売買から初め、ある企業を買収、社長に落ち着いて研究の指示を出す。そうやって不動の地位を築いてきた男が突然トップニュースを飾ることになる。
社の技術で開発した、外見も知性も人間そっくりな、それでいて法律上では人間と定義されることのない存在。男はその存在を「アレ」「自社の工業製品」などと呼ぶ、見た目は愛らしい少女を、いたぶって食べると宣言したのだ。
その男の単独取材に指名されたあるアナウンサーは、その少女に接触し、絶対に助け出そうと男を追い詰めようとするのだが…。
これは最高です。この作品のために本作を買ってもいい、というぐらいの作品ですね。かなり現実に近い設定の中で、これほど奇妙で残酷で、しかも違法ではないことをやってのけるという発想は脱帽です。法律というものがいかに無力であるかということがわかります。最後の展開も、なるほどうまいなと思いました。
「無限のコイン」
電子マネー的な貨幣しか存在しない世界。その世界で突然、すべての人の電子マネー残高が無限になった。人々は狂喜して買い物をし始めるが、働かなくていいことに気付いた人々は店を閉め、次第に物資が少なくなっていく…。
電子マネーが無限になることによって展開されていく話はいいんだけど、最後がよくわかりません。この話は、一体どういう話なんでしょうか?
「個人的な理想郷」
かなり個人的なニュースばかりが放映されている。ある個人の生活、ある個人の近況、自分の趣味にあった映画、なんとなく知りたいニュース。テレビという存在そのものが変わってしまった世界での、ある男の死。
発想は好きですね。ストーリーはまあまあといったところでしょうか。
「代官」
僕はこの作品を読むのを諦めました。ほぼ流し読みで済ませました。時代小説っぽい感じで、僕にはまるでついていけなかったので、内容もわかりません。
「ズーク」
これは是非とも内容を知らないままで読んで欲しい作品ですね。冒頭ではかなり戸惑いましたが、読んでいるうちになんとなくわかってきます。この作品は、かなりユニークで独創的で面白いのではないかと僕は思っています。というわけで紹介はなしです。
「夜明けのテロリスト」
メディットという、人間のように思考する機械が氾濫する世界。メディットによって、クリエイティブな仕事はすべて機械に奪われてしまった。主人公は元コピーライターで、そんな事情で仕事を追われ、今は慣れない営業職に就いている。
バーで出会った男に、メディット反対の組織に誘われるが断る。その後、メディット開発会社から接触があり、奇妙な以来をされるのだが…。
ちょっと難しいし、ストーリー自体がそれほど面白くないのですが、発想の根幹というか、最後にファーストという名のメディットが明かす真実というのが面白いですね。なるほどそうだとしたら、人間なんて対したことはないな。偶然の産物じゃないか。そう思えてきます。
どの話も、現実とは何かが大きく違った世界を舞台にして、その論理の範囲内で物語を進行させて行きます。こういう作品が、本格的なSFなんだろうな、と思います。
全部が全部いい作品ではないですが、「夢の樹を接げたなら」「スパイス」「ズーク」の三作品を読むためだけに本作を買うのでも悪くはない、という感じです。特に僕的には「スペース」がお気に入りだし、「ズーク」はちょっといろんな人に読んで欲しいと思いますね。
森岡浩之とう作家は、「星界の~」シリーズで有名みたいですが、読んでみてもいかな、とちょっと思いました。読むかどうかはわかりませんが。
そんな感じです。
森岡浩之「夢の樹が接げたなら」
最近何かと話題のホリエモン。今では社長から容疑者に転身を図ったわけですが、彼はルールの穴を巧妙につくようにして金儲けをしてきた、と言えるでしょう。ちゃんとしたことはわからないけど、当初から、違法ではないがかなり強引でグレーゾーン的な手法はしていたようだし、そういうのがうまい人だったのだろう。
自然界に存在するルールは、極めて美しい。物理も数学も、何かの存在が恣意的に決めたとしか思えないような、美しい規則性を有している。そこには、穴はないし、埋められそうにない穴が今現在あったとしても、いずれ埋められるはずだ、と信じられている。
しかし、人間が作るルールには、限界がある。作る側があらかじめあらゆる可能性を網羅することは不可能だろうし、そもそも、作る側の都合のいいように作られるのはもはや仕方ないことだ。
その最たるものが法律だろう。
今ここで法律の不備についてあれこれ書くことはしないけど、そもそも元になっているのが、戦後すぐに決められたものなわけで、時代がこれだけ違っているのだから、新しく作り直せばいいじゃないか、と思ったりもするが、間違いなくそういう方向には向かわないだろう。
法律は人を守らない。どうやらそれだけでなく、法律は人に牙を向くことだってあるらしい。
ここまで書いた文章は、本作の「スパイス」という作品を念頭に書いているけど、まあまた後で。
もう一つ。
言語というものはとても面白いものだ、と本作を読んで感じた。
僕は外国語というものに興味はないし、覚えて外国人と喋りたいとかもまったく思わない。英語とドイツ語を少しだけ勉強したことはあるけど、もはやすっかりぶっとんでいるし、まるで覚えていない。
しかしそれでも言語は面白い。言語の多様性という面ではなく、その構造というかそういった面が面白い。
ちょっと説明しずらいな。
少し考えてみたけど、言語そのものというよりも、脳がそれをいかに処理するのか、という点の方が面白いのかもしれない。即ち、言語だけでなく、音や匂いなど、脳が処理するあらゆる情報というものに多少興味があるのだろうと思う。
言語とはちょっと離れるけれども、ちょっと不謹慎な例を出そうと思う。例えば、物を見たときに、その右半分だけしか認識できない人がいる。花を見せて絵を書かせたりすると、右半分しか描けない。人の顔を区別することが出来ない人もいるし、右手と左手が逆の動きをしてしまう人もいる。言語の例を出せば、これは障害ではないけれども、人が言った文章を、まるきり逆さまにして言い返すことが出来る人もいる。
こういうことに対して面白いと言ってはいけないのだろうけど、でも、こういう通常ではない脳の処理というのは、僕にとっては結構興味深かったりする。
ちょっと今日は、何を書いているのかわからなくなってきたので、この辺で諦めて内容に入ります。
本作は、森岡浩之のデビュー短編を含む、8編の短編集です。長さもテイストもまちまちな短編集ですが、なかなか面白いです。
それではそれぞれの紹介を。
「夢の樹が接げたなら」
ある小規模の集団にのみ有効な言語、というものが流行する世界。会社や家族単位で、他の人とは通じない個人言語を持つことがブームになる世界。その世界には、言語デザイナーという職種があり、主人公もその一人。
主人公は言語オタクだが、その恋人は真逆。主人公は、完成された個人言語を、簡単な手術と睡眠学習のような手法で習得するシステムを作り上げたけれども、恋人はそれにさえ不信感を抱いている。
その恋人が主人公に、弟の話をする。ある言語を習得してから、おかしくなってしまったのよ、という。そんなことありえないと思いながらも一人調べ始める主人公が辿り着いた真実は?
言語というものを題材にして、なかなか面白くストーリーを作っています。著者の実質的なデビュー作だそうです。ただ、ある特殊な言語が出てくるのですが、そのイメージがなかなか難しいところです。僕個人的な意見としては、個人言語の氾濫する世界は嫌です。
「普通の子ども」
なんらかのシステムによって、あらゆる年代の姿に成り代わり、あらゆる年代に移動できるシステムが出来上がった世界。学校の中で唯一の「普通の子ども」である主人公は、新しいお友達についていくようにして教室を出て行って…。
途中までまったく設定を掴めなくて困りました。本作にはいくつかそうした作品があります。ちょっと微妙かな、という感じです。
「スパイス」
生命工学の技術が飛躍的に高まった世界。株の売買から初め、ある企業を買収、社長に落ち着いて研究の指示を出す。そうやって不動の地位を築いてきた男が突然トップニュースを飾ることになる。
社の技術で開発した、外見も知性も人間そっくりな、それでいて法律上では人間と定義されることのない存在。男はその存在を「アレ」「自社の工業製品」などと呼ぶ、見た目は愛らしい少女を、いたぶって食べると宣言したのだ。
その男の単独取材に指名されたあるアナウンサーは、その少女に接触し、絶対に助け出そうと男を追い詰めようとするのだが…。
これは最高です。この作品のために本作を買ってもいい、というぐらいの作品ですね。かなり現実に近い設定の中で、これほど奇妙で残酷で、しかも違法ではないことをやってのけるという発想は脱帽です。法律というものがいかに無力であるかということがわかります。最後の展開も、なるほどうまいなと思いました。
「無限のコイン」
電子マネー的な貨幣しか存在しない世界。その世界で突然、すべての人の電子マネー残高が無限になった。人々は狂喜して買い物をし始めるが、働かなくていいことに気付いた人々は店を閉め、次第に物資が少なくなっていく…。
電子マネーが無限になることによって展開されていく話はいいんだけど、最後がよくわかりません。この話は、一体どういう話なんでしょうか?
「個人的な理想郷」
かなり個人的なニュースばかりが放映されている。ある個人の生活、ある個人の近況、自分の趣味にあった映画、なんとなく知りたいニュース。テレビという存在そのものが変わってしまった世界での、ある男の死。
発想は好きですね。ストーリーはまあまあといったところでしょうか。
「代官」
僕はこの作品を読むのを諦めました。ほぼ流し読みで済ませました。時代小説っぽい感じで、僕にはまるでついていけなかったので、内容もわかりません。
「ズーク」
これは是非とも内容を知らないままで読んで欲しい作品ですね。冒頭ではかなり戸惑いましたが、読んでいるうちになんとなくわかってきます。この作品は、かなりユニークで独創的で面白いのではないかと僕は思っています。というわけで紹介はなしです。
「夜明けのテロリスト」
メディットという、人間のように思考する機械が氾濫する世界。メディットによって、クリエイティブな仕事はすべて機械に奪われてしまった。主人公は元コピーライターで、そんな事情で仕事を追われ、今は慣れない営業職に就いている。
バーで出会った男に、メディット反対の組織に誘われるが断る。その後、メディット開発会社から接触があり、奇妙な以来をされるのだが…。
ちょっと難しいし、ストーリー自体がそれほど面白くないのですが、発想の根幹というか、最後にファーストという名のメディットが明かす真実というのが面白いですね。なるほどそうだとしたら、人間なんて対したことはないな。偶然の産物じゃないか。そう思えてきます。
どの話も、現実とは何かが大きく違った世界を舞台にして、その論理の範囲内で物語を進行させて行きます。こういう作品が、本格的なSFなんだろうな、と思います。
全部が全部いい作品ではないですが、「夢の樹を接げたなら」「スパイス」「ズーク」の三作品を読むためだけに本作を買うのでも悪くはない、という感じです。特に僕的には「スペース」がお気に入りだし、「ズーク」はちょっといろんな人に読んで欲しいと思いますね。
森岡浩之とう作家は、「星界の~」シリーズで有名みたいですが、読んでみてもいかな、とちょっと思いました。読むかどうかはわかりませんが。
そんな感じです。
森岡浩之「夢の樹が接げたなら」