黒夜行

>>本の中身は(2004年)

MOMENT(本多孝好)<再読>

人は皆、自分の中に一つの天秤を持っている。そして、その片方の皿に自分が乗っている。生まれた時、もう片方の天秤には何も載っていない。
人は生きていく間に、その天秤を釣りあわせようと、もう片方の皿に載せられる様々なものを探していく。金を稼ぎ、友を得、名誉を勝ち取り、権力を手にし、結婚し、子供を持ち、子供に何かを残し、歴史に何かを残し、綺麗だと言ってくれる人を抱きしめ、格好いいと言ってくれる人をはべらせる。死ぬまでにその天秤を釣り合わせることができれば幸せだ。そういう幻想をどこからか誰かに植え付けられ、あるいは創造主に予め与えられた人間は、釣り合わない天秤にいつも不満を抱くことになる。
自分が病気で死ぬ、あなたにはそれがどうしようもなくわかっている。やはりまだ天秤は釣り合っていない。そんな時、その天秤を釣り合わせるだけの重りを手に入れてきてくれる人がいる、そんな話しを耳にしたら、あなたはどうするだろうか?その話を信じたところで、誰があなたを責めることができるだろうか?
本作の紹介に入りましょう。
ある病院で、掃除夫としてアルバイトに励む神田。その病院には昔からある噂が語り継がれてきた。
「死ぬ間際に一つだけ願いをかなえてくれる黒衣の男がいる」
残酷な噂である。死を間際にした人にしか出回らないというその噂は、病院特有の雰囲気から生まれ出たのだろうが、それにしても「願いが叶うかもしれない」という幻想を死の間際に植え付けられるというのは、やはり残酷なことだろう。
いつしか噂は、黒衣の男から掃除夫へとその名前を変えた。
神田はふとしたきっかけからその噂に乗ることになる。公に明かすわけではないが、それとなく願い事を聞き、自分がその噂の主ではないけれども、という雰囲気でしかし願いを叶えていく。一つだけ、死を間近にした人の願い事を。
そんな、死を迎えるだけの患者と、掃除夫にして請負人となった男との、四編の心温まる出会いの物語である。
そう、つまり冒頭の天秤の話なわけだけれども、しかしこの小説は天秤の物語ではなかった。表題作「MOMENT」で明かされる真の物語は、心のどこかに何か表しがたい何かを残すかもしれない。

「FACE」
戦争という場で犯した罪。それを消し去るために与えられるはずの罰が与えられない老人。自分が殺してしまった男の家族に自然に接触して、その様子を報告してほしい。それが老人からの最後の願い。老人は自らに罰を与えるために罪を繰り返す・・・

「WISH」
心臓に障害を持つ14歳の少女。修学旅行先で撮った写真。そこに写っている男の人にこの写真を渡してきてほしい。それが少女からの最後の願い。幼すぎた純粋な想いが無機質な病室で結実する時・・・

「FIREFL」
乳癌の再発で再入院した女性。いくつか頼まれる、あまりに些細な、願い事というよりはお遣いと言ったほうがいいような用事を女性は口にする。世界から取り残された一人の女性の、死ぬ間際に望んだことは・・・一番美しく切ない話です。四編の中で一番好きです。

「MOMENT」
冒頭「FACE」から度々登場する、特別室に入院する老人の物語。しかし、この物語については、詳しく説明することを避けようと思います。

作者本多孝好は、少ない線描で驚くほど似ている似顔絵を書くアーティスト、といった雰囲気がある。相変わらず会話は最小限で、文体もどこか冷淡で突き放したような感じがあるけれども、それが文章という形になると心温まる物語に変わってしまうのだから不思議なものである。
この物語の中で、時折書かれる疑問がある。それは登場人物が登場人物に投げかけたものであるのだが、そこだけ作者から読者へ直接語りかけられているような雰囲気になるのは僕だけだろうか。
「人は死ぬ間際に何を考えて死ぬべきなんだろうか」
あなたは何か答えらしきものを浮かべることは出来ますか?

本多孝好「MOMENT」




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塗仏の宴<宴の支度・宴の始末>(京極夏彦)

えーっと、うーんと、あぁ・・・
これ誰だっけ・・・
何と何が対立?
塗仏・・・付喪神・・・くんほう様ぁ?

読んでいる最中の俺。
作品自体が化け物としかいいようのないもの。
読んでいて思った。
この作品を書くためだけに、これまでのシリーズ五作を書いたんではないか、と。

恐らく2004年最後になるだろう読了本(というのも次に読むつもりなのが模倣犯なんで)。大分ありえないぐらい長くて(どれくらい長いかと言えば、今まで読んできた中で三番目に長い)、それはそれは長く楽しい道のりだったけど、内容も構造も論理も、それはそれはわかりずらいなという感想。
京極の<京極堂シリーズ>は売れてるんです。でもこの作品が一般ウケするとは俺には思えないんです。俺みたいな生粋のミステリー好きだとか、他には妖怪や民俗習慣が好きとかいう人にもいいかもしれないけど、さぁてなぁ、一般ウケしているのが奇跡のような作品だと思う。
さて、出来るだけ内容と構造に触れようかと思う。
まずは構造から。
京極夏彦は上下に作品を分けるのを嫌うらしいが、今回はさすがに一つにまとめることはできずに、<宴の支度>と<宴の始末>の二巻に分かれている。<支度>の方は6編の短編(まあ中篇といったほうがいい分量だろうかな)で構成されている。それぞれの作品はどうみても関連があるとは思えない。消えてしまった村・自殺し続ける奇妙な来歴を持つ男・お祖父さんの記憶が改竄されてしまったと主張する女性・自分の意志で喋ったことではないことが何故か当たる占い師・気配も機会もはないはずなのに何故か生活全てを覗かれているという女性・家神をきちんとした場所に祀ろうとする女性。
そして、女性を殺害し木に吊り下げたとして逮捕されたあの男(まあそいつの正体は特に隠してないから書いてしまってもいいんだけど)。
一応まだ<支度>の方は、それぞれの話がそれなりに完結しているように見えるし、論理的だし、妖怪の話もまあなんとかなるように思う。ただ、この短編がどう繋がってどう一枚の画が描かれるのかがわからない。一番の謎はそこだろう。
あと、今までのシリーズ作に出てきた登場人物達がオンパレードで登場する。だから余計にどうなることやらわからない。
さて<始末>の方はというと。
もうこっちになると説明できることは何一つない。
視点がめまぐるしく変わる。まず誰だったのか思い出すのがとても大変。
状況が次々に変わっていき、でも事件らしい事件は何一つ起きず、京極堂は動かず、時に難解な妖怪談義に花が咲き、木場が榎木津が敦子がいなくなり、という感じ。
自分の記憶が信じられなくなったとき、過去を信じられなくなった時、どこに真実を見出せばいいのか。真実がどこかにあることを信じていたらいいのか、あるいは全ては自分で選び取るものだ、と開き直れるか。見ているもの・聞いていること・感じていること・蓄積してきたこと・記憶していること、そうしたこと全てが間違っていると分かった時、人はどうすればいいのか。
さて、俺はこの内容について、中心だけはわかった(まあ最後に京極堂が説明してくれるわけだからわかって当然だけど)。ただもはや謎がなんなのかすらわからなくなってきてしまっている身には、細かな部分はすでによくわかっていない。
まあ難しいですよ。
それでもやっぱ面白いんですけどね。
まあ、普通の人は厚さを見ただけで読まないだろうけど、読んでみてくださいな。

京極夏彦「塗仏の宴<宴の支度・宴の始末>」







西の魔女が死んだ(梨木果歩)

かなり毛色の違う作品を読んだ。どのくらい違うのかは、本作が受賞している賞の名前を見ればわかるだろうと思う。

日本児童文学者協会新人賞
新美南吉児童文学賞
小学館文学賞

まあ読書のはばは広い方がいいですね。
始まりは、「西の魔女」ことおばあちゃんが倒れた、という一報。ママとまいは急いで駆けつける。
そしてそこから、二年前の回想シーン。
まいはどうしても学校に行けなくなり、どうせ休むなら、とおばあちゃんの家に泊まることになった。「おばあちゃん大好き」と言えば「アイノウ」と答える、英国人の血の混じったおばあちゃん。二人暮しが始まる。
都会から離れた、自然に囲まれた環境。裏山があり、庭があり、庭には畑があり、山では野いちごが採れ、鶏を飼っていて、そうした喧騒や窮屈さの一切ない世界での生活に、次第にまいの心は鎮まっていく。
ある時おばあちゃんはある告白をする。自分の血筋は魔女なのだと。まいはそれを信じる。魔女になるためには訓練が必要であることを知り、その日からまいの魔女訓練が始まる。
規則正しい生活をし、何でも自分で決めること。
まいに与えられた課題はそれだけだった。ただ、それだけのはずの課題は、まいにとってはなかなか難しい。少しずつ努力しながらおばあちゃんとの生活を続けていく。
その生活の中で唯一の邪魔者、ゲンジさん。隣に住むゲンジさんのことをまいは好きになることができない。
そんな平穏でありながら時折心をかき乱される生活の中、まいが成長していく。
そういった感じの話。
この梨木果歩という作家、今なかなか人気で、本作かどうかは知らないけれど、新潮社がネットで行っている「読者が選ぶ文庫」みたいので、この人の作品が一位になっていたりしました。文体は加納朋子や光原百合のように静かで透明でゆったりしていて、心地いい。ミステリーからは大分遠いけど、内容はともかく、文体は結構好きな作家です。
短いしサクっと読めるので、気軽に読んでみてください。

梨木果歩「西の魔女が死んだ」



さまよう刃(東野圭吾)

まずは、自分の少年法に対する考えから書こうかと思う。
言い訳から。
人にはそれぞれ、よって立つ立場というものがあって、その立場に立って物事を見、判断することしか出来ない。だから、今まで少年法を肯定していた人が家族を少年に殺されて、あるいは少年法を否定していた人の息子や何かが犯罪に加担してなお同じ主張が出来るか、ということはなんとも言えない。もちろんどちらの立場にも立ったことのない自分には、より不明瞭な基準でしかこの少年法というのを見ることが出来ない。
その上で。
存在の是非については、必要だと思う。確かに環境に左右されやすく、また善悪の判断も覚束ない可能性のある子供の犯罪に対して、大人と同様の処罰を下す、というのは難しいと思う。更生を目的としている、という主張もわからないでもない。
ただ、犯罪の程度と年齢の設定には納得がいかない。
犯罪の程度については、確かに窃盗だとか傷害だとか、まだ軽いと思われるものについては少年法を適応してしかるべきだとは思う。ただ、人を殺す、ということについては、その重みをもっと法律に反映すべきだろうと思う。加害者には望んでなれるけれど、被害者はそうもいかない。天災のようなもので、ならば災害補償のような、つまり被害者の加害者に対する感情を尊重するような処罰を、殺人という犯罪については適応すべきだろうと思う。
年齢については、やはり二十歳未満を少年とするのは、もはや無理があるように思う。先の長崎で起きた小学六年生による殺人、あるいは来年1月に退院する、犯行当時中学生だったあの少年A。そのくらいの年齢なら、まだその後の教育環境やサポートによって構成する可能性があるようにも思える。ただ高校生、大学生くらいの年齢になれば、もはや少年法を隠れ蓑にしていると印象しかない。もちろん年齢を何歳に設定すればいいのかというのは難しい問題なので、俺はこう思う。例えば16歳から20までをグレーゾーンとして、その範囲の年齢なら、犯罪の程度や状況、養育環境やトラウマなど、裁判の過程で出される様々な事柄から判断し、少年法を適応するか否か、から裁判で争えばいいのではないかと思う。
これが俺の少年法に対する考え方。
前置きが随分長くなった。
今回の作品は、まさに少年法をテーマに据えていて、一人娘を少年に蹂躙された父親の復讐劇を描いている。場面や視点がくるくると入れ替わり、展開が早い。それぞれの立場における葛藤が描かれ、同情や賛同、無関心や非難、共感や叫喚、慟哭や後悔など、加害者・加害者家族・被害者・被害者家族・警察・世間・協力者・マスコミ、そういった様々な立場の人間が様々な感情を様々な形で表出させていく物語。
なるほど、最後にやっぱりミステリーなんだな、とも思わせてくれる。
個人的には、結末は残念だと思う。悪いという意味ではなく、やはりそうなのかという残念。
しかし、好きな作家だからこそ厳しく書くけど、今回の作品は厚みが無かったように思う。白夜行・幻夜は言うに及ばず、最近の作品、片想い・トキオ・手紙・殺人の門、などは、積み重ねられた過去や感情や想いのようなものが作品自体に相当の厚みを与えていたと思うけど、今回の作品は、悪く言えば、二時間ドラマを見ているような(見たことはないけど)、そんなあっさり終わってしまったような感じがする。場面転換によるテンポのよさもあっただろうし、そもそも短い期間の話を描いているから仕方ないのかもしれないけど、最近の作品に見られるような重厚感をあまり感じなくて、少し物足りなかったかな。
まあ少年による事件が多発している現代だからこそ読むべき作品ではあると思います。注意して欲しいのは、殺人の門並に重いので、東野氏の他の爽やかな作品を読んで、その流れで本作を読もうとしたら、なかなかギャップがあるのではないかと思います。読む際は、そういう作品だということを念頭に置いてから読み進めてください。

東野圭吾「さまよう刃」




絡新婦の理(京極夏彦)

京極夏彦の五作目。作品ごとにどんどん進化しているように感じる。
いつものように、京極作品のあらすじを書くことはまず不可能。前前作の「狂骨の夢」よりはまだわかりやすく、「鉄鼠の檻」ほど難解なテーマが出てくるわけではないけれども、それでもあまりに複雑すぎる。
とにかく鑿で眼を潰して人を殺して回る「目潰し魔」と、首を締めて人を殺して回る「絞殺魔」が出てくる。しかし両者はそれぞれの事象で見る限り交わらない。一方ではある学園が関わり、ある旧家が関わり、もう一方では木場修が関わり、彼の知人が関わる。
偶然が、いや、偶然に見える様々な事象が飛び交う。
山口雅也の作品に、「奇偶」というのがあって、これもさまざまな偶然を題材にした作品だが、こちらはそれぞれに対して論理的な(あくまで実現可能な範囲での)解決はなされない。
一方、この「絡新婦の理」の中での偶然は、全て(ほとんど?)偶然ではないことがわかっていく。蜘蛛が巣を張り巡らせるかのように、そして全ての不確定要素を足したり引いたりしてもなお機能してしまうような罠、仕掛け。そうした「偶然」とそれらを繋ぐ「糸」と「意図」が絡み合い、糸を辿った先に真実はなく、中心を求めようとすれば迂回するしかなく、結局何が起こっているのか、そして何をするべきなのか、その「蜘蛛の巣」に掛かっている人間にはわからない。
そういうお話。
結局何も説明していないけど、説明出来ないのだから仕方ない。正直、わからない部分も多くある。それは京極堂の演説で、知識がないからわからない、とかいう類のものではなく、あえて説明されないでいる部分がいくつかあって、そうした点がどうなっているのかわからない。
とにかくアホみたいに長いし、確かに複雑だけど、読んでいてそこまで辛くはないと思う(まあ人によるとは思うけど)。今までの五作の中では圧倒的に長いし、偶然を取り込んだ作品の複雑さには煩悶するけど、それでも一気に読めてしまうし、読後感も悪くない。
どうも、このくそ長い話しを、第一作目から映画化するらしいけど、まあ原作でも映画でもなんでもいいから、とにかく京極夏彦の世界を一度でもいいから堪能して欲しいな、と思います。
ちなみに、第一作目の「姑獲鳥の夏」だけで判断して欲しくないな、と。それを読んだ上で、第二作目の「魍魎の匣」を読んで判断して欲しいな、と。そこまで読んでダメなら、まあ合わないんでしょう。
本作の感想とかにはあまりなってないけど、そんな感じで。

京極夏彦「絡新婦の理」



黒冷水(羽田圭介)

さて、記念すべき500冊目。
今回の話しは、兄弟の崩壊の物語。兄・正気(まさき)と弟・修作の二人の攻防を描いた作品だ。
いきなり弟・修作が正気の部屋をあさるシーンから始まる。ありとあらゆるところを大胆にそれでいて繊細に暴き、エロ本や無修正ビデオなど、正気の隠したがっているものを掘り出し、その戦利品を使い満足する。
一方の兄は、そんな弟のあさりを知っている。弟はうまく騙せていると思っていてもアラばかりなのだ。一方的にやられているわけにはいかないし、でも弟と同じ方法は取りたくない。正気は母親に弟の行動を告げ口することで憂さ晴らしをする。
比較的優等生の兄と、堕ちきった弟。二人の意地の張り合いというか、冷戦の継続とか、とにかくそういったことが永遠続いていく。
兄は兄で解決を図ろうといろいろ試してみるのだが、黒冷水が心臓を覆う感覚を拭い去ることができない。弟は日ごとに壊れていく(ように見える)。お互いの限界まで達し、膨らみきった風船が爆発しようか、という時、くるっと引っくり返される。
言っておくが、ミステリーではない。まあだからというかどこまで気合入れて面白いとはいえないけど、二人の行動が妙にリアルで、その不気味さが逆に爽快だったような気がする。
さて、意図的に作者についての情報を隠してきたけど、奥付けにある作者の経歴を抜き出してみることにする。
「羽田圭介(はだ けいすけ)
 1985年生まれ。
 現在、明治大学付属明治高等学校在学中。
 本作で、第40回文藝賞を、
 史上最年少17歳で受賞」
素晴らしいですね。他に17歳でデビューした作家というのは、乙一・綿矢りさ・あと名前がわからないけど「飛行症候群」とかいう小説を書いていた人、の三人しか知らない。なかなかすごいものです。
17歳の作品だ、と後から知らされたら、それならすごいかもな、と思うかもしれない、そんな作品です。

羽田圭介「黒冷水」



回転木馬のデッドヒート(村上春樹)

ごくたまに、という接頭語をつければ、こういった経験をしたことがある人はいるだろうか。
「友達にクイズを出されたんだけど、わかんなくて。考えてくれない?」
そうやって誰かに出されたクイズ。この作品はなんかそんな感じがする。つまり、答えのわからないクイズを手にしてしまったような、そんな少しやっかいな感じ。もちろんそんなことはすぐ忘れてしまう類のものだけど、なんらかの際にふと記憶が刺激されて、また気になってしまうようなもの。
あるいは、的を得た表現ではないかもしれないけど、カラオケの歌詞のバックの映像のような。歌っている間は歌詞を見ていて映像は意識しないけど、後になってふと思い出したりして少し気になってしまう類のもの。
うまく表現できない。
なんというか、著者が「スケッチ」と称しているように、この作品に収められた短編はどれも、どこか風景を切り取ったような印象があって、なんというかそこに時間の流れが存在しないかのような、そんな奇妙な感覚すら抱く。何も現象せず、何も変化せず、湖のような、いつまでも同じ水が循環し続けるような、そんな感じ。
面白いか、と言われれば答えに窮する。とりあえず、今の俺にはよくわからない、という逃げを自分の中に認めることで、自分の評価にしようとしている。
ただ、この本を読んでいる時、なかなか集中できないのは事実だ。かなり薄い本なのに、普通の小説と同じぐらいの時間が掛かったような気がする。
それをまあ説明しようとすると、一枚の絵画を想像してみてほしい。その絵画は、遠めに見れば、あああれは森で川で人で空で鳥で建物で車でライトで飛行機で、そういったものが判別できる。けど近付いてもっと細部を見ようとする時、それがただの絵の具の線の集まりであることに気づいてしまうような絵画。
つまり、境界が曖昧で、べったりとした筆のラインが、曖昧なまま絵を構成している、そんな絵画。
要するに、そういった絵画を見ているような気になる。
全体としては何を書いているのかわかる。著者が何を言いたいのかがわかる、ということではなくて、話の筋という意味だけど。でも細部をよく観察することで全体を理解しようとしても、その細部が全体に繋がっていかない。筆のラインだけ見ていても絵画全体を理解出来ないように、細部の集合が必ずしも全体にならない、というような不安定感があって、その違和感で話に集中できなかったのかもしれない、と分析してみる。
とにかく、どの話も、答えのわからないクイズのように、何を言いたいのやらわからない。ただ、そういう気持ちになるかもしれない、というレベルでは理解できるかもしれない。そんな感じ。
とにかくこの作品が499冊目。次が記念すべき500冊目。

村上春樹「回転木馬のデッドヒート」



五十円玉二十枚の謎(若竹七海他)

なんとも奇妙な小説だ。内容よりも(といってしまっては失礼だが)、この本が出来上がった過程の方が面白いのではないか、という気さえする。
発端は若竹七海が学生時代に体験したある「事件」だ。当時本屋に勤めていた女史は、ある日両替をする変わったおじさんに出会う。ある土曜日の夕方、そのおじさんは五十円玉を20枚持ってきて、千円札に替えてくれというのだった。不思議に思いながらも両替するのだが、まさかその後ほぼ毎週土曜日の夕方に、同じように両替を頼みに来るとは思いもしなかった。
かくして「両替おじさんの謎」というのが女史には気に掛かっていたのだけれども、お客をあまり詮索しないように、と店長に言われ、さらにわけあってバイトを辞めてしまったために、結局真相は闇のなか、ということになってしまう。
さて、女史が作家になり、新人作家同士の集まりでのこと、この長年の難問をそうか作家の皆さんに解いて貰おう、と思い話をするのだが、みないいアイデアが出ない。と、その場にいたミステリ界では知らぬ者はいない有名編集長戸川氏が、「それではこれを企画にしてみませんか」と一声。居並ぶ作家たちは尻込みするも、そこは押しの戸川、どんどんと話しを進めてしまう。一般から原稿を応募し、それを選考しよう、という話にまで広がり、ようやく形になったのがこの「五十円玉二十枚の謎」というアンソロジー小説なのである。
問題編に次いで、雑誌掲載時に「解等編」を受け持った法月綸太郎・依井貴裕両氏の作品、そして一般から選ばれた六作品、このアンソロジーのための作家書き下ろしが三作品と、なんといしいひさいちの漫画のおまけ付き、という割と豪華にして空前絶後のアンソロジー。プロ・アマ入り混じっての作品など、これ以外にないのではないか?
とにかく皆同じ設定を与えられているにも関わらず、考えること。よくこれだけのバリエーションを設定できたものだ、と感心するばかりです。
もちろん謎は謎のまま、これといった決定打はでないままです。これを、当時両替をしていた人が見ていてくれれば、あるいはそっと教えてくれるのかもしれませんが。それとも、あまりにもくだらない理由過ぎて、教えてはくれないでしょうかね。
珍しい、という意味で手にしてみる価値はあるかと思います。

若竹七海他「五十円玉二十枚の謎」




掌の中の小鳥(加納朋子)

加納朋子の作品はいつだって綺麗で、透明で、優しく、そして何より美しい。
本作は連作短編集で、ある男とある女と「エッグスタンド」という名のバーのお話。なんというか、これ以上内容にはちょっと踏み込めない。何を書いてもネタばれに繋がりそうだし、何より、俺の言葉では氏の作品をうまく説明できないような気がする。氏の作品を一枚の絵画とするなら、俺のような人間の解説は、ただその絵画に上から塗りつぶすような行為なんではないか、とすら思わされる。
何にしても素晴らしい。全ての話が、まずミステリーとして最高で、さらにその上で優しい気持ちになれてしまうような、そんな話が盛り込まれている。
いつも思うのだが、もっともっと評価されてもいい作家だし、作品だと思う。是非是非、もう本当にお勧めです。そうですね、本多孝好が好きならまず間違いなく好きになれることでしょう。

加納朋子「掌の中の小鳥」




沙羅は和子の名を呼ぶ(加納朋子)

かなり素晴らしい。傑作かもしれない。
加納朋子と言えば、もはや1ジャンルと言ってもいい「日常の謎」を生み出す短編作家だ。なんらかのテーマで揃えられた珠玉の短編は、これまで読んだ女史の作品でもかなりよかったと思っている。
が、今回のもなかなかのものだ。
今回のテーマは、解説者の言葉を借りれば、「いたはずの誰か。いたかもしれない誰か。いなかったかもしれない誰か。いないはずの誰か。そんな誰かと出会うことで、異界が開かれ、物語が始まる」ということです。
この作品で加納氏は少し飛躍した。今までは現実世界で、現実的に論理的にありえることを解き明かす、というスタイルだったのに、今回は、どちらかと言えば、論理的に説明しようと思えば出来なくもない不思議な話、といった感じ。美しい詩のような文章や、優しい羽ばたくようなリズムを持った文章はそのままに、新たな地平へと踏み出しているような気がする。
非日常、という空間を、独自の筆致で見事に描き出している。あえて結末をどこかに収束させずに、想像の翼を広げさせてくれる。いつもの優しい眼差しはそのままに、違う世界へと僕たちを連れて行ってくれるようだ。
10編ある短編の中でいいなと思ったのが四編。「海を見に行く日」「商店街の夜」「オレンジの半分」そして表題作である「沙羅は和子の名を呼ぶ」。中でも素晴らしいのは「オレンジの半分」と「沙羅は和子の名を呼ぶ」。どちらも是非読んで欲しい作品です。
短編集の感想を書く場合、それぞれの短編の紹介や感想を書くことが出来ない(出来ないというかめんどくさいだけだけど)のが残念です。本当に、最高です。

加納朋子「沙羅は和子の名を呼ぶ」



ぼくのミステリな日常(若竹七海)

若竹七海のデビュー作。なかなか凝った構成だ。
始まりは、登場人物である「若竹七海」が社内報の担当になったことから始まる。創刊に向け着々と準備を進めていくが、読みものとして面白く、という上司の意向から、毎月短編小説を載せることに決まってしまった。さてプロに頼むお金はない。さりとて自分で書くのも・・・迷った挙句先輩に相談したところ、匿名でいいなら引き受ける、という人物を紹介してくれることに。そして、会ったこともない「匿名作家」から送られてくる12編の短編が本書の大半を占める。
一つ一つの作品はミステリータッチで、それぞれの話もしっかりしているように思う。設定としては、誰かの話を聞き、その情報だけで推理していこう、みたいな感じ。まあどうなんだろう?と思うような話もあったりするけど、概ねそれなりにまとまった短編を12編楽しめると思う。
そして最後に。「若竹七海」はある決意を持ってその「匿名作家」に会いに行く。今までの12編の短編が全て絡み合い、伏線ではないだろうと思っていた細かい描写なんかが一気に伏線へと変化していき、最後に作品全体としてのミステリーが完成していく。
なるほど、新人にしては(とかなり偉そうだけど)大分凝った構成だし、すごいものだな、と思った。
ライトにさらっと読めると思うので、気軽にミステリーを楽しみたい方にはいいのではないでしょうか?

若竹七海「ぼくのミステリな日常」




ダブルダウン勘繰郎(西尾維新)

というわけで、相も変わらず西尾維新。
まずは<JDC>について説明しなくてはいけないだろう。<Japan Detective Club>、「日本探偵倶楽部」という、名が体を表すというお手本のような名前。日本中の名探偵中の名探偵がこぞって目指す、探偵界の最高峰。日本最高の知能を有する知的集団の巣窟。
さて注目すべきは、この<JDC>、西尾維新の世界ではないということ。異常なミステリー狂には比較的名が知れているだろう、清涼院流水。作家、というか大説家(もちろん小説家のもじり)にして、ミステリー界の異端児中の異端児。ミステリーの限界をあっさり超え、というか寧ろ小説としての限界も軽く飛び越え、果て無き地表を目指す変わり者。その世界を西尾維新氏が借り受ける形になっている。これは珍しくなく、あの同じく異端児中の異端児、ミステリーから軽く文学へ、そしてさらに文学すらもあっさり飛び越えてしまった究極の文筆家、舞城王太郎氏も、自身の「九十九十九」という作品でこの<JDC>の世界を借り受けている。
さて前置きが長くなった。
今回はその<JDC>に入りたいと思っている15歳の虚野勘操郎と、奇しくも<JDC>の建物の前で勘操郎と出会ってしまった蘿蔔むつみの物語。二人は出会った瞬間から、何かに押し出されるように展開していく。<JDC>は試験の他に、未解決事件の持ち込み推理によっても選別していて、勘操郎はそれを狙い、ばく進していく。むつみの方はそんな勘操郎の勢いに押されるがまま、ついていく。
現在進行形で起こっている未解決事件に乗り出す二人。夢を追いかけ、自分なりのかっこよさを追求し、何もかも受け入れる覚悟で夢に突き進んでいく勘操郎。それを見てむつみは、かつて探偵になりたかった頃の自分を思い出し、過去を呪い、地獄を愛し、自分を省みる。ルーチンワークをこなすだけの毎日に突如現れた、エネルギーの塊のような勘操郎。
そんな話。
一番印象に残っているシーンは、やはりブラックジャック(カードゲームの)だろう。あそこで語られる「論理」の見事さに、確かに知識のなさはあったけれども、感動すら覚えた。これですら論理。負けても引き分けに持ち込もうとする執念。恐れ入った。
というわけで、いつものように印象に残った場面を抜き出すことにします。

(前略)「つーかあれだよね。本気でそう思ってるんだとしたら、むつみってすっげー傲慢な奴だよね」と続けた。
「なんでもかんでもむつみに責任があるんだと思ってりゃ、世話ねーよ。できることをやらなかったって人間がいたら、まあそいつは悪いかもしんない。けど至らなかったんだとしても、むつみ、できることやったじゃん。だったら俺は何も言うことないよ。そういうもんだろ?」(後略)

「(前略)自由ってのはそもそも不自由なもんなんだよ。不自由こそが最高だ。退屈な幸せなんて、地獄どころか牢獄だぜ」(後略)

(前略)いつからだったか勘違いしていた。ドライなのが格好いいと思っていた。熱くならないのが格好いいと思っていた。必至になるなんて格好悪いと思っていた。そっけなく冷めた眼でいるのが格好いいと思っていた。でも違った。勘操郎はその全ての逆を行きながら、惚れ惚れとするほど格好よかった。(後略)

西尾維新「ダブルダウン勘繰郎」



きみとぼくの壊れた世界(西尾維新)

<戯言シリーズ>ですっかりはまってしまった西尾維新の作品を続けて読む。
今回も相も変わらず異常な話。主要な登場人物は少ないくせに、それぞれが個性の塊のような人間。
櫃内様刻と櫃内夜月は兄弟で共に同じ高校に通う。この二人は禁じられた一線を現在進行形で踏み越えつつある、つまるところ近親相姦レベルの関係。不安定な妹のために常に最大の努力で最善の選択をし続ける兄。二人は際どいラインで何かを守りつつあるが・・・
迎槻箱彦と琴原いりすは、様刻の友達。そして保健室のひきこもりであり、なおかつ学園最大の知能を備える極めて激しい対人恐怖症(対視線恐怖症?人込み恐怖症?)の病院坂黒猫。だいたいこんな感じが登場人物たち。
妹を守ろうとし、妹にちょっかいをだす数沢という生徒が、体育館で殺されているのが見付かる。この学園は登下校の際に、登下校時の時間が記録されるシステムがあり、そのために事件は複雑になる。
警察関係者からの情報は一切なく、つまり死亡推定時刻やアリバイなどは知る由もなく、様刻と黒猫はこの殺人事件に首を突っ込みはするのだが・・・
ほぼ推理の過程はない。殺人は起きるが、その後も推理よりも彼等の一風変わった日常が描かれ、登場人物たちがあーだこーだ推理するようなことはない。この殺人事件をきっかけに様刻・夜月・いりす・箱彦・黒猫の世界はどんどん崩壊していき、というか崩壊する。
ミステリーであることは確かに間違いないんだけど、それがメインってわけでもない、みたいな。まあなんとも説明しにくいことは確かだし、まあ興味をもってくれれば読んでみてください。
ちなみに、印象的なセリフやシーンを抜き出してみます。

「・・・嘘をつくのは簡単だ。嘘をつき続けるのが、難しいんだよ。好きなものを、好きでい続けるのが、難しいのと同じでね。(後略)」

「(前略)世界に対して嘘をついたきみは-今、世界から騙されている気がして、ならないんだ。嘘ばかりついてきたから、誰も信用できない。そう、『嘘つき』が抱える真の悩みはそこなのさ。誰にも信用してもらえないなんて、そんなのは問題じゃない-誰も、信用できなくなってしまう。(後略)」

そんな感じです。

西尾維新「きみとぼくの壊れた世界」


ZOKU(森博嗣)

なんというか、シュールな話だった。
とにかくあまりにもくだらない悪戯が次々に起こる。映画館で、いいシーンに笑い声を流したり、畑の芋を全て芋判に変えてしまったり、授業中携帯のバイブ機能が一斉に振動したりと、とにかく事件にもならないくだらないことが起こる。
誰がやっているかは、初めからはっきりしている。
<ZOKU>というグループ。正式には<Zionist Organization of Karma Underground>。黒古葉善蔵という、何かの企業のトップでありながら、<ZOKU>という完全非営利組織のトップにたつ男。まったくもって、他に表現のしようがない、どうしようもない「悪戯」を熱意を持って実行しようとする男。真っ黒なジャンボジェット機を基地とするも、費用が掛かりすぎるのであまり飛ばさない。
それに対し。
<ZOKU>の悪戯を調査し、その悪戯を止めさせようとする、<TAI>というグループ。正式名称は<Technological Abstinence Institute>、あるいは<科学技術禁欲研究所>。木曽川大安が所長を務める。
そして、木曽川と黒古葉は幼なじみで、よく顔をあわせる。真っ白な機関車を基地とし、木曽川は嬉々としてその運転をする。
<ZOKU>はひたすらくだらない悪戯をし続け、<TAI>はそれを阻止しようとし続ける。<ZOKU>があるから<TAI>がいて、<TAI>がいるから<ZOKU>がいる、みたいな関係。
とにかくそれ以外特にストーリーはない。
それぞれの組織では、まあ部下というべき人間達がいて、それぞれ面白おかしい会話だとかをし(特にストーリーに関係あるとは思えない)、トップ同士も意味のわからない悪戯を最後にし、そして唐突に終わる。
これが森博嗣の作品でなかったら、どうだっただろうな、と思う。別の作家が、その人の書き方で同じようなストーリーを書いても、成立しないだろうな、と。森博嗣が、彼独特の文体でこのストーリーを描くからこそ、作品として成立しているんだろうな、と。
でも、暇つぶしに軽く読む本としてはかなりいいけど、何かを期待して読むような本ではないことを言っておきましょう。まあ言ってしまえば、この本を読む時間があるなら、他の本を読んだ方がいいと思う。

森博嗣「ZOKU」



エンジェル(石田衣良)

なんというか、普通だった。
純一は、ゲーム製作に関わる資金提供をする会社を経営する青年実業家。彼は、何故か自分の死体が埋められている現場を幽霊として目撃してしまい、さらにそれから自分の過去を追体験するかのように、様々な瞬間をフラッシュバックしていく。
そして、死ぬ前の二年間の記憶がなくなっていることに気づく。
純一は、幽霊としての存在のまま、自分がどうして殺されなくてはいけないのか、知らべ始める。
調べていくうちに、普通ではありえない資金提供の事実、黒い世界との関係、映画制作にまつわるごたごたなどを知ることになり、そして一人の女性と出会う。幽霊でありながら彼女を好きになってしまい、やがて狙われることになる彼女を必至で守ることにする・・・
どうして彼が殺されたのか、一体自分の失われた期間の間に何があったのか。まあその部分の内容はそんなにたいした話ではない。
さて、幽霊だとかなんだとか書くと、眉唾でアンチリアルでなんてイメージを抱くかもしれないけど、至って真面目な作品。その点は保証してもいい。
ただ、なんか普通で、特にこれといって感動するところもなかった。振れ幅が狭くて、淡々としている感じ。そうした作品も嫌いじゃないけど、起伏があんまりないような気がした。
でも女性に人気の高い石田衣良のことだから、女性が読んだらまた違うような気がする。別にお勧めはしないけど。

石田衣良「エンジェル」


クビシメロマンチスト-人間失格・零崎人識-(西尾維新)

登場人物のほとんどが壊れている作品を読むのはかなり心地いい。
前回と同じく、語り部は「いーちゃん」。「いーちゃん」が「烏の濡れ場島」から帰ってきて、大学に行き始めたところから。対人の記憶力が絶望的に悪い「いーちゃん」は、食堂で突然話し掛けられた女の子のことを思い出すことができない。
葵井巫女子。「いーちゃん」のクラスメート。思うがままに感情を発露することができ、ネジがぶっ飛んだようにテンションが高い。他にも、人に対して心を開かない少女・江本智恵、レディースのトップのような威圧感を持つが基本的にはいい人・貴宮むいみ、チャラ男のようで実は友達に対する仁義みたいのには篤い男・宇佐美秋春。これら四人が「いーちゃん」のクラスメートにして、物語の主要人物たち。
江本の誕生日会に「いーちゃん」は何故か誘われ、騒がしい時を過ごし、酔っ払った葵井を隣人の浅野みいこさんに預け、その翌日、江本の死体が発見される。
さて一方、完全なる人格破綻者にして、京都で殺人をしまくる通り魔殺人者・零崎人識に「いーちゃん」は狙われる。が間一髪かわし、何故か話す。鏡に映したようにそっくり。お互いがそう感じるほど似ている二人。人格破綻者と敗北者にして傍観者の出会いは、やがて人類最強の請負人・哀川潤の知るところとなり、零崎は警察にも哀川にも追われることになる。
江本の事件は、やがて連続殺人に発展し、葵井が死に、宇佐美も死ぬ。時には零崎とともに事件を調べ、主体性のない「いーちゃん」が、事件に首を突っ込み、というか影響を与え、そんな感じ。
まあこれだけ書いてみたけど、意味不明でしょう。読んでみてください。
今まで小説を読んでいて、登場人物の誰かに感情移入したことがほぼなくて、でもこれは初かもしれないぐらい「いーちゃん」に感情移入している。いや、自ら感情がないと言い切っている「いーちゃん」なわけだから、敢えて言うなら「スタイル移入」という感じか。
自分の思考のスタイルや、存在に付随する何かや、何かに対する距離なんかを、ここまでスパっと・クリアに・鮮やかに・不足なく・型でも取るかのように抉り取られ表現されたことは初めて。びっくりしたというのが本音。
俺のような人間がそう多いとは思えないし、もしかしたら他の一般の普通の人には意味のわからない小説なのかもしれないけど、どうなんだろう。
是非誰かに読んで欲しいな。受け入れられるだろうか。
ちなみに「西尾維新」はローマ字で「NISIOISIN」。つまりそういうこと。まあこれを見たからあれを考えたんではない、と言い訳してみる(この言い訳はある一人に対してもものだけど、その人がこのブログを見ているかは不明)。
まあ戯言だけどね(みたいな)。

西尾維新「クビシメロマンチスト-人間失格・零崎人識-」



クビキリサイクル-青色サヴァンと戯言遣い-(西尾維新)

初打席にしてホームラン、みたいな感じ(意味不明)。
西尾維新という、森博嗣に憧れて、氏のデビューのきっかけとなったメフィスト賞を、立命館大学在学中に受賞し(ちなみに今23歳)作家になった人物の作品を初めて読んだ。かなり期待はしていたけど、それ以上によかった。
話は「鴉の濡れ羽島」という絶海の孤島の、三日目の描写から突然始まる。語り部は、玖渚友(くなぎさとも、と読む。ずっとくさなぎだと勘違いしていた)という工学系の天才の付添い人である「いーちゃん」という人物で、その他この島には、超絶的な天才が集められている。伊吹かなみ・画家、佐代野弥生・料理人、園山赤音・七愚人(世界中の七人の天才のうちの一人)、姫菜真姫・占術師といった感じ。
「鴉の濡れ羽島」というのは、ある超大金持ち一族である「赤神家」というところの娘が所有する島であり、ある事情により勘当され、一生遊んで暮らせる金とこの島を与えられ、ある意味ここに「島流し」されたといってもいい。絶海の孤島から出られなくなったその娘・赤神イリアは、暇つぶしのために世界中の天才を島に招き、余暇をすごさせているというわけである。
そして唐突に事件は始まる。お決まりのように死体が発見される。しかも首なし。現場はある意味密室。そして絶海の孤島であり、主人であるイリアが警察の介入を拒んだため、警察の捜査もなし、というまさにミステリーではありがちであり、何でもありの世界。
事件は連続殺人に発展し、さまざまな謎が転がっているのだが、密室やらアリバイやらを「いーちゃんん」と「玖渚友」がそれなりに(これは重要)解き明かして、「人類最強の請負人」である「哀川潤」の介入を待たずして、島の生活を後にする。
事件解決後もいくつかの謎がさらに解明されていき、どんでん返しの連続。「それなり」の推理が「完全」になるのに、「人類最強の請負人」は一役買っている。
まあそんなミステリー的なところも確かにいいんだけど、それ以上に思想というかスタイルというか、登場人物たちの作り出す世界がとてもいい。スタイリッシュで洗練されていて、くどくなくて控えめ。天才であるが故の何かと、凡人であるが故の何か、あるいは犯罪者であるが故の何かが入り混じり、混沌としていく。それぞれのキャラクターが際立ちすぎるぐらいで、読んでいて笑ってしまうし心地いい。
森博嗣の小説が好きな人は間違いなく好きになれるだろうと思う。
ちなみに「いーちゃん」と俺はけっこうどんぴしゃで考え方が似ていたりすると思う。それもヒットの一員にはなっていると思う。消極的で状況に流され、積極的に死のうとは思わないけど、とりあえず生きている、みたいな。
ちなみに、本作では「犯人はなぜ首を切ったのか」という、首切断ものには必ず付随する理由がもちろん明らかにされるんだけど、まじ衝撃的だった。こんな理由で首を斬ろうという発想は、並みの犯罪者では出てこないだろうな、と。すごいです。
表紙だけみると、キャラ萌え系のライトノベルだと思われると思いますが、そしてカバーなしで人前で読むには多少恥ずかしいかもしれないけど(俺はそういうのは気にしないけど)、そういう抵抗を一切無視して読んでみてください。森博嗣好き、ミステリー好きは間違いなく楽しめると思います。それ以外の読書趣味を持っている人にも、ぜひお勧めしたいです。

西尾維新「クビキリサイクル-青色サヴァンと戯言遣い-」



天井裏の散歩者-幸福荘殺人日記-(折原一)

やはり折原氏の作品はトリッキーだ。
話は、ある男が「幸福荘」という古びたアパートに入居するところから始まる。この「幸福荘」とは、そこに住む小宮山という作家を慕って、作家志望者や編集者なんかが集まる、あの「トキワ荘」のような場所だった。男も作家志望で、201号室に入り、そこに備え付けられているパソコンの中に、一枚のフロッピーを見つける。
その中には、<文書1>から<文書6>までの文書が収められていた。そして物語の大半をこの六つの、フロッピーに収められているという設定の文章に費やされている。
それぞれの文章は書き手がそれぞれ変わって、内容は「幸福荘」を舞台とした、事実なのかフィクションなのか判断のつかない物語である。前の人の文章を踏まえて次の物語が進み、それが収められたフロッピーの持ち主も転々として、フロッピーに収められた文章であることを意識していないと取り残されてしまう。少しだけ複雑。
そして最後にいくにしたがって二転三転。まあその点はさすがだなと思う。
もしかしたらわざとそうしているのかもしれないけど、いつも文章や会話がひどい。わざとそうすることでトリックを鮮やかに見せる、みたいな意図があるのかもしれないけど、どうなんだろう。これでもう少し文章やら会話やらがよければもう少し普通の人も手に取るんではないかと思うのだが。
まあさすがの日本の叙述ミステリーの旗手、といった作品です。

折原一「天井裏の散歩者-幸福荘殺人日記-」




探偵倶楽部(東野圭吾)

大分久しぶりに東野圭吾の本を読んだ。
本作は連作短編集である。「探偵倶楽部」といういかにもありふれた名前のそのクラブは、金持ちしか相手にしない高級探偵クラブ。正確な調査と徹底した秘密厳守がモットーで、調査員は美男美女というコンビ。この二人がクールに鮮やかに、事件の真相を看破していく。
と盛り上げるように書いてみたけど、まあそこまでの作品ではない。一つ一つの作品にはしっかりトリックがあって、いくつかにはどんでん返しがあったりして悪くはないんだけど、東野圭吾の作品としてみてしまうと物足りなさを感じる。好きな作家ゆえ、評価が厳しくなってしまうこともある。ただ東野圭吾独特のキレのようなものは十分に味わえると思う。
ミステリ-好きには少し物足りない作品だとは思うけど、ミステリーの入門として、あるいは東野圭吾の入門として読む分にはいいのではないかと思う。

東野圭吾「探偵倶楽部」



スプートニクの恋人(村上春樹)

今まで読んだ村上作品の中で(といっても本作を含めて三作だけど)一番良かった。
とにかくストーリーは説明しずらいけど、きっと恋愛ものなんだろう。「ぼく」と「すみれ」と「ミュウ」が主な登場人物で、「ぼく」は「すみれ」に好意を抱いていて、「すみれ」は「ミュウ」に激しく恋を抱く、と言う話。ちなみに「すみれ」と「ミュウ」は女性。
これ以外に一体どんな説明が出来るというのだろうか。
とにかく、俺の言葉ではわかりずらいかもしれないけど、どんどん物語が拡散していくようで、なかなかついていくことが難しい。論理的に何かを捕らえることが困難で、論理の扉を開放していても、そこから入ってくるものはほとんどない。どこから入ってきたのかわからない言葉や文章や装飾や何かによってどこかが一杯になって、収拾がつかなくなって、透明度を失って物語の輪郭が奪われてしまうような気がする。
でも、その意味をちゃんと把握できている自信はまるでないけど、ちりばめられた言葉達は結構好き。色んな意味を含んでいるようで多面的で、しかし近付くとぼやけて、うまくつかめない。文章という塊になるともお手上げで、雰囲気しかつかめない。でも、文章という流れから切り離さなければならないのだけど、個々の言葉やフレーズは結構よかったりしたと思う。
突然だけど、俺は割と「ぼく」っぽいかなと思った。表面上どう見えるか、という点は違うかもしれないけど、形作る要素は似ているんではないかと。まあ「すみれ」のような人間にあっている自覚はないけれども。
最後に。まだそんなに読んでいないけど、村上春樹の作品には解説がないのではないかと思う。今まではなかった。作品全体を通して解説のない作家は村上氏を含めて二人しか知らない。もう一人は「歌野晶午」といって、歌野氏は自ら、「自分の作品は解説が必要なほど難しくはない」とよく書いている。それとは逆で、村上氏は人に自分の作品を解説されたり、もっといえば解釈されたりするのが嫌いなのではないか、と邪推してみる。どうかは知らないけど。
俺も内容の半分も理解できているとは思えないけど(そもそも理解するという行為がこの作品に対して正当かどうか不明だけど)、悪くはないと思うので読んでみるのはいいと思います。

村上春樹「スプートニクの恋人」



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2013年ベスト

2013年の個人的ベストです。

小説

1位 宮部みゆき「ソロモンの偽証
2位 雛倉さりえ「ジェリー・フィッシュ
3位 山下卓「ノーサイドじゃ終わらない
4位 野崎まど「know
5位 笹本稜平「遺産
6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
7位 須賀しのぶ「北の舞姫 永遠の曠野 <芙蓉千里>シリーズ」
8位 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日
9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
16位 藤谷治「世界でいちばん美しい
17位 神林長平「言壺
18位 中脇初枝「わたしを見つけて
19位 奥泉光「黄色い水着の謎
20位 福澤徹三「東京難民


新書

1位 森博嗣「「やりがいのある仕事」という幻想
2位 青木薫「宇宙はなぜこのような宇宙なのか 人間原理と宇宙論」 3位 梅原大吾「勝ち続ける意志力
4位 平田オリザ「わかりあえないことから
5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
6位 小阪裕司「「心の時代」にモノを売る方法
7位 渡邉十絲子「今を生きるための現代詩
8位 更科功「化石の分子生物学
9位 坂口恭平「モバイルハウス 三万円で家をつくる
10位 山崎亮「コミュニティデザインの時代


小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
10位 エイドリアン・べジャン+J・ペタ―・ゼイン「流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則
11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
7位 ジュディ・ダットン「理系の子
8位 笹原瑠似子「おもかげ復元師
9位 古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち
10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
11位 石井光太「遺体
12位 佐野眞一「あんぽん 孫正義伝
13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
19位 二村ヒトシ「すべてはモテるためである
20位 平川克美「株式会社という病

2011年ベスト

2011年の個人的ベストです
小説
1位 千早茜「からまる
2位 朝井リョウ「星やどりの声
3位 高野和明「ジェノサイド
4位 三浦しをん「舟を編む
5位 百田尚樹「錨を上げよ
6位 今村夏子「こちらあみ子
7位 辻村深月「オーダーメイド殺人クラブ
8位 笹本稜平「天空への回廊
9位 地下沢中也「預言者ピッピ1巻預言者ピッピ2巻」(コミック)
10位 原田マハ「キネマの神様
11位 有川浩「県庁おもてなし課
12位 西加奈子「円卓
13位 宮下奈都「太陽のパスタ 豆のスープ
14位 辻村深月「水底フェスタ
15位 山田深夜「ロンツーは終わらない
16位 小川洋子「人質の朗読会
17位 長澤樹「消失グラデーション
18位 飛鳥井千砂「アシンメトリー
19位 松崎有理「あがり
20位 大沼紀子「てのひらの父

新書
1位 「「科学的思考」のレッスン
2位 「武器としての決断思考
3位 「街場のメディア論
4位 「デフレの正体
5位 「明日のコミュニケーション
6位 「もうダマされないための「科学」講義
7位 「自分探しと楽しさについて
8位 「ゲーテの警告
9位 「メディア・バイアス
10位 「量子力学の哲学

小説以外
1位 「死のテレビ実験
2位 「ピンポンさん
3位 「数学ガール 乱択アルゴリズム
4位 「消された一家
5位 「マネーボール
6位 「バタス 刑務所の掟
7位 「ぐろぐろ
8位 「自閉症裁判
9位 「孤独と不安のレッスン
10位 「月3万円ビジネス
番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)